舞、それは魔の帷。
転じて魔を封ずる行為。
台、それは砦。
帝都を守る要塞。
必要でしょう?
帝都に仇なす魔を打ち払う「カゲキダン」が。
推薦したいのです、防人となる少女を。
私は彼女の輝きが見たい、輝く彼女の続きを見たい。
貴方は彼女に舞台を、彼女は私に輝きを。
……わかります。
***
変な夢を見た、と妻に話したところ「疲れているんじゃないの?」と碌に相手にもされなかった。
それもそうだ。人の言葉を話すキリンが居た、など大真面目に話したところで信じる者等居まい。
疲れている、確かにそうかもしれない。
国の文化財である
「無理しないでね、とは言い辛いけど。最近物騒だから」
半世紀以上姿を見せていなかった降魔の出現に、霞ヶ関と永田町は蜂の巣をつついたような騒ぎだ。
鉄火場とは無縁の
「気を付けるよ」
気を付けたところで、化け物に出会ってしまえばどうにもならないのだが。
通勤電車の中で、あの夢の事を考える。
あのキリンは何と言っただろうか。
「彼女」とは一体誰の事なのだろうか。
「アイジョウ、カレン……?」
私の意志とは無関係に、口から音がこぼれた。
***
舞台少女は舞台に立ち続けないと死んでしまう。
そう、レヴューを通じて教わったものの、それを実感するのは聖翔音楽学園の卒業が間近に迫ってからだった。
飢えてしまう。精神的にも、そして肉体的にも。
スタァライトという私の舞台を演じ切るために、私は私の全てを使い果たして空っぽになった。もう二度と舞台に立てないんじゃないか、そう疑った私を私の空腹感が裏切った。
――舞台に立ちたい――
空っぽになった心の底から湧き上がる自分を突き動かすような衝動に、ずっと白紙のままだった進路希望調査票を取り出した。……けれども。
教室中に響き渡るおなかの音がその気力を削ぎにかかる。
「まひるちゃぁん……」
「華恋ちゃん、お昼まで後1コマだからね? それまで頑張ろ」
腹が減っては戦は出来ぬ。
普段何気なく食べている学食もそこそこのお値段だ。例えばアレを1日3食食べるとしたら幾らになるだろう。他にも携帯代や寮の費用といった生活費を考え出すとキリがない。聖翔に通わせてくれたお父さんのありがたさを実感する。
けれど、その学園生活ももう終わり。その後は自分で稼がないと。
休み時間中に何か考えられると良いんだけれど。そう思って取り出したシャープペンシルは突然の校内放送で止められてしまった。
<<3年A組、愛城華恋。今すぐ職員室に来るように>>
通されたのは生徒が普段入らない職員室の奥の応接室。そこには険しい顔をした櫻木先生の他、スーツを着た見慣れない男性が座っていた。
「座れ、愛城」
指示通り、櫻木先生の隣の椅子に腰かける。
「それで、文科省の方がウチの愛城にどのような用件でしょうか」
「端的にお伝えしよう。愛城さんに帝国歌劇団へ入団していただきたい」
私を、スカウト!?
「帝国歌劇団とは、
舞い上がる私を制して、先生が詰問する。
「カゲキダン」は「歌劇団」以外にあったっけ。そう記憶を探していると、歴史の授業に思い当った。
「ご想像のとおり、
帝国歌劇団あるいは帝国華撃団。
演劇に携わる者であれば知らない人は居ない。その成り立ちからその役割、そしてその最後まで。
太正期に設立され銀座・大帝国劇場に拠点を置いた帝国歌劇団は、ほとんど同時期に設立された聖翔音楽学園と並んで日本の演劇の黎明期を牽引した存在。聖翔と違って、帝国歌劇団にはもう一つの顔があったけれど。
それは、対降魔秘密部隊。銀座の霊地に建てられた大帝国劇場で舞台を演じることで魔を封じ、降魔が出た時には帝国華撃団として降魔の討伐を行った。
けれど、降魔が姿を見せなくなってしばらく。不祥事もあって華撃団は解体され、歌劇は日比谷の新国立第一歌劇団に引き継がれた――という。
「なぜ、華撃団なのですか。なぜ、愛城なのですか」
「なぜ華撃団なのか? 櫻木先生もニュースくらいご覧になるでしょう。なぜ愛城さんなのか? 華撃団花組が普通の人間に務まらないことはご存知でしょう」
「だからと言って、愛城でなければならないということはないはずです」
進路が決まらず、だからと言ってどこかの劇団へのオーディションに応募するわけでもなく。そう、次の一歩を踏み出せない私に差し伸べられた手を、櫻木先生は打ち払おうとする。
「ええ。ですが、同様に“愛城さんであってもいい”。私は愛城さん自身の意志を尊重したい。可能であれば先生には席を外していただき、本人と直接話がしたい」
「それは出来ません。華撃団は普通の歌劇団ではありません。学校として、指導者として、生徒を守る責務があります」
“華撃団は普通の歌劇団ではない”――確かに、そうかもしれない。
普通の歌劇団は歌い踊るのが仕事で、ロボットを動かして降魔と戦うのは普通の舞台人がやることじゃないと思う。
けれど、先生は知らない。私達が地下劇場でトップスタァを目指して
先生は知らない。私は一度、舞台少女として死んだことを。
私はもう普通の舞台人ではないのだ。
なので、「華撃団」が危険な所だと分かっていても、怖くはなかった。
そこが本当に私の次の舞台かは分からないけれど、私に手を差し伸べてくれた舞台を一度見てみたいと思った。それを選ぶにしろ選ばないにしろ、今この場で可能性を減らしたくなかった。
だから、私はこの部屋で初めて声を上げる。
「あのー、大帝国劇場って見学できたりしませんか?」
ようやく、重い上掛けを下ろすことが出来たような気がした。
櫻木先生から耳が痛くなる程の注意を受けた後、ようやく職員室を出ることが出来た。
男性の後に続いて、表に停めてあった車に乗り込む。
「えっと、文科省の……」
「“支配人”で構わない。華撃団再建の暁には色々な肩書きが付くだろうが、今はそれだけだ」
「どうして、私なんですか?」
櫻木先生と同じ質問。だけど、先生のそれとは異なる質問。
華撃団花組には強力な“霊力”を有する人間しか入ることが出来ない。これも、演劇に携わる人間であれば皆知っている。
じゃあ、どうやって支配人は私に霊力があると知ったのだろう。
「君も知ってのとおり、華撃団の解体と時同じくして学校の健康診断から霊力検査の項目が廃止された。したがって、君達の年齢層の霊力保有者を国は把握できていない」
そう、そのはずだ。
年配の先生からは検査を受けたことがあると授業で聞いたけれど、私は1度も受けたことが無かった。だから、私はそもそも“霊力”が何なのか良く分かっていない。
一つ思い当たるのは、あのオーディション。
地下劇場を始め、お互いのキラめきをぶつけ合ったあのレヴューがそうだとすれば。そのキラめきが霊力だとすれば。
「笑わずに聞いてくれるか? 実は、キリンが教えてくれたんだ」
***
ただの夢だと思っていた。
だから、櫻木先生のような「良識ある大人」の前では言い辛かった。
もっとも、本人に言ったところで、妻に相手にされなかったように娘程の女子高生にも笑われるだろう。そんな悲観は彼女の絶句で裏切られることになる。
「……なんで、キリンを知って・・・・・・」
先程まで年相応の快活な笑顔は消え、驚きと恐怖に塗りつぶされたような表情は、あの夢がただの夢ではないことを表していた。
「愛城さんは……いや、話したくないなら話さなくて構わない。私の独り言だと思って聞いて欲しい」
キリンの事を尋ねようとしたところ、より恐怖の表情が強くなったのを見て諦めた。
しかし、キリンに恐怖を覚えているのではなく、どちらかと言えば“キリンを知っていること”を恐れているように見える。なら、別に彼女の事情を知る必要はない。
「大帝国劇場の支配人を務めていた私に華撃団再建の内示が出された晩、人語を話すキリンの夢を見た。何を言ったかはもう覚えていないが、一つだけ強く記憶に残る言葉があった。“アイジョウカレン”、君の名前だ」
その言葉を忘れまいと、通勤電車内でスマホにメモを取ったほどだ。
出勤次第、ありとあらゆる手段・コネクションを用いて「アイジョウカレン」を探した。その時ほど自分が文科省官僚であった事に感謝したことはない。「アイジョウカレン」は「愛城華恋」として聖翔音楽学園に在籍していた。学校も演劇も文科省の
「……他に、何かありませんでしたか? 例えば、砂漠……知らないところに連れて行かれたとか」
「いや……? 何もない空間にキリンが一匹佇んでいただけだ」
砂漠とは何かの比喩だろうか。あるいは、キリンにどこか連れていかれたことがあるのだろうか。
まぁ、今詮索すべきことではない。彼女が話したくなった時に聞けばよい事だ。
“キリンを知っていること”を気にかけているような彼女にとって、その存在を知っている私はいわば共犯者のようなものだ。その内、心を開いてくれるだろう。
「ここが大帝国劇場だ。もっとも、今は期待していた姿とは程遠いかもしれないが」
車に揺られてしばらく。私の職場である銀座・大帝国劇場へ到着した。
もっとも、現在大帝国劇場は華撃団再建のため、老朽化著しい文化財としての役割を終えて実戦用施設へと改修中である。外壁に沿って組まれた足場は野暮ったい防音シートで覆われており、お陰でその太正モダンな外観を拝むことが出来ない。
それでも、彼女にとっては憧れの建物であることは変わらないようで、キリンの話の後しばらく澱んでいた目を輝かせて言った。
「中に入れますか?」
「あぁ、工事中なので一部だけだが、案内しよう」
正面玄関を押し開けてロビーへ、そしてそのまま劇場へと進む。
まるでお上りさんのように上下左右にせわしなく視線を動かしていた彼女だが、肝心の舞台へとたどり着く前に足を止めてしまった。
「舞台人として、何か感じ入るところでも?」
「ちょっと軽はずみだったかなって・・・・・・」
なるほど、確かに名だたる大俳優が立った舞台であり、そして我が国で最も歴史ある舞台でもある。そんな舞台を前に彼女が臆するのも無理はない。
「どうだ? 1曲歌い踊ってみるというのは」
「えぇっ!?」
とはいえ、彼女らは自分達の存在を舞台に刻むために歌い踊ったのではない。ここに立った人間は全て、この帝都を守るために歌い踊ったのだ。
キリンが紹介する彼女であれば、この舞台から拒絶される人間と言う訳ではないだろう。
「じゃ、じゃあ1曲だけ……」
彼女はおっかなびっくり舞台に上がると、声の調整を始めた。
その間に私は最前列の真ん中の席に腰掛ける。演者は1人、観客も1人。大道具も小道具も照明も無く、最も簡素な舞台。
だが、私にとっては未来の花組トップスタァを独り占めした、最も高価な舞台となるだろう。
***
支配人の言う通り1曲歌い終えると、たった1人の観客席から拍手が起こった。
文字通りまばらだけれど劇場に反響したそれは、この大帝国劇場の先輩方にも認められたようで、なんだか気恥ずかしくなる。
「流石、聖翔音楽学園と言ったところか。曲はスタァライトの?」
「はい、帝国歌劇団のレヴュー曲を、とも思ったんですけれど先ずは自己紹介が先かなって」
聖翔音楽学園99期生として3年間を投じてきた演目、そして舞台少女“愛城華恋”が生まれた切っ掛け。スタァライトこそ私の自己紹介として相応しい作品は無いだろう。
「良い心がけだ。帝劇の先達も歓迎しているだろう」
支配人は立ち上がると、劇場をぐるりと見渡してそう言った。
「個人的な感想としては、流石キリンが紹介する人物だ、と言ったところだ」
「……それは、どういう……?」
「私は仕事柄、多くの舞台人を見てきた。皆、秀でた者ばかりだったが同時に“自分のために舞台に立つ人”ばかりでもあった。けれど、君は違う。1曲聴いて確信したよ。君は
どうして知っているのだろう。
どうして分かったのだろう。
確かに、私は1年前、誰かのために舞台に立った。ひかりちゃんを迎えに行くため、スタァライトの続きを演じたのだ。
けれど、それを知っているのは私を含む99期生9人だけ。
目の前の支配人は、あの地下劇場すら知らないはずなのに。
「帝国歌劇団の団員にとって最も重要な資質を君は備えている。是非、帝国歌劇団に入団し、華撃団の再建に手を貸してもらいたい」
華撃団が怖いわけではない。
むしろ、舞台少女としての全てを掛けて奪い合ったあのオーディションの方が、自分にとって遥かに怖いものだったと思う。
けれど、舞台少女のキラめきが霊力だとすれば、あの剣も上掛けも全部スタァライトの舞台に置いてきた私が、帝国歌劇団で何ができるのだろう。
――愛城華恋は次の舞台へ――
そうは言ったものの、踏み出したその先が本当に舞台なのか、それとも奈落なのか。
聖翔という鳥籠から巣立ってしまえば、誰もそれを保証してくれない。
「それは、保留させてください……」
踏み出した一歩を下ろす場所を迷ったまま、だからと言って元に戻すわけでもなく。そんな不安定な私を咎めるように、何かが足に当たる。
拾い上げたのは真っ赤な宝玉。緞帳に引っかかっていた古い小道具が今になって落ちてきたのだろうか。支配人が目を逸らしているのをいいことに、なんだか他人のものとは思えないそれをそっとポケットにしまう。
「そうか。君の心の整理が付いたらまた連絡して欲しい。帝国歌劇団はいつでも君を歓迎する」
「いいんですか?」
もう少し強引に勧誘されるかと思ったけれど、支配人はあっさり引き下がった。
「いい歳した官僚が女子高生を強引に勧誘すると、懲戒処分になるんでね」
大帝国劇場に来たときと同じように正面玄関を出たところ、空から叩き付けられる騒音に思わず耳をふさいだ。見上げてみると、ヘリコプターが信じられないほど低いところを飛んで、盛んに白煙を伸ばしている。
「陸軍の戦闘ヘリだ。降魔が近くに出たんだろう」
同じく空を見上げた支配人が、降魔の出現を教えてくれた。
その言葉が終わるか終わらないか、爆発音が響く。
「近い。ミサイルの発射方向からして日比谷あたりか」
「日比谷!?」
まひるちゃん達が行く新国立第一歌劇団があるところだ。そんなところにミサイルを撃ち込んでいるなんて。
「君は事態が落ち着くまで大帝国劇場内に居た方が良い。シルスウス鋼装甲で防御されたこの城の中であれば安全だ」
「でも、新国立が!」
「大丈夫だ。陸軍の攻撃開始は、避難完了の証でもある」
知らなかった、都内がこんなことになっているなんて。
知らなかった、こんなに簡単に舞台が壊されるなんて。
そんな当然のことに気付けなかった。だから――
「私を降魔の下へ連れて行ってください」
「正気か? 君は未だ華撃団の団員でもないし、霊子甲冑も無い。現地へ行ったところで何も出来ないんだ」
サイレンの音が鳴り響き、パトカーに先導された迷彩柄の物々しい車が銀座の街を地響きと共に駆け抜けていく。
視界に入るそれら全てが私の日常を侵食する非日常のようで、当たり前だと思っていた舞台が壊されていくようで。
「だったら、今この場で華撃団に入ります!」
それをただ立ったまま見ているだけの自分が嫌だった。
***
彼女に、燃える宝石を幻視した。
熱く、そして眩しいそれは自分から遠の昔に失われたもののようで、思わず目を逸らしたくなる。
「……分かった、遅かれ早かれ出会う相手だ。ただし、私の言うことを聞くように」
キッ、と私を見据えた彼女が頷いたのを見て、規制線を貼っている警官の所へ向かう。
スーツの中年と学生服の女子高生では避難の波に逆らって現地に行くことはできない。寧ろ変に勘ぐられて交番へ連行されるのがオチだろう。
公権力には正しい手続きで対応しなければならない。それは同じ公権力に属するものとしてよく理解している。
「おっさん、さっさと非難しな。運が悪けりゃここも直に戦場だぜ」
「こういうものだが、現地に入りたい」
口は悪いがこちらを気遣ってくれる警官に、職員証を提示する。
気遣いを無碍にするのは心苦しいが、こちらはその戦場に行かなければならないのだ。
「はぁ? 文科省? 文民は避難の対象だろ」
「上に掛け合って欲しい。“華撃団”と言えば伝わるはずだ」
警官は怪訝な顔をした後、パトカーの無線に手を伸ばした。
普通の民間人であれば問答無用で追い返したのであろうが、官僚と言うグレーゾーンの人間であった事が幸いしたのだろう。彼はこちらの意図通り上位者に連絡を取ってくれた。
後は“華撃団”を知る者まで繋がることを祈るだけだ。
「こちら銀座帝劇前規制線、“華撃団だ”という文科省の官僚が女子高生を連れて……児童福祉法違反でしょっ引きますか? えっ……。……はぁ!? ……はぁ、了解しました」
何やらよろしくない言葉が聞こえてきた気がするが、素知らぬ顔で無視する。
通信を終えた警官は、大きな溜息を吐いた後こちらに向き直る。
「乗りな、現地までお送りしろとの命令だ。――あんた何者だよ」
「君と同じ、ただの宮仕えさ」
人生で初めてパトカーに乗ったとは彼女の談。
初めてでなかったら華撃団には入れないだろう。前科者が公務員になるのは難しい。
「車で行けるのはここまでだ。こっからは軍隊に話を付けてくれ」
国鉄の高架前でパトカーは止まった。
なるほど、高架の向こう側には陸軍の兵士と戦闘車両で塞がれており、遠目に降魔の姿も見える。線路の向こう側は既に戦場であり、民警すら出入り出来ないと言う訳だ。
「君は車内に居るように」
降魔の攻撃範囲がどの程度かは判明していない。現状観察されているのは単純な殴る蹴るといった直接攻撃だけだが、太正期の資料には「数十mの火炎を吐く」といった記載もある。
ここまで来てもらった彼女には悪いが、陸軍に渡りを付けるまでは車内に居ておいてもらった方が良いだろう。
車を降りた後、彼女に聞こえないように警官に耳打ちする。
「万が一の場合は全速で彼女を帝劇に送り返してくれ」
それに、逃げるには足があった方が良い。
***
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あぁ、糞ったれ、糞ったれ。
今、何か一つ願いを叶えられるのなら、過去に戻って愚かな判断をした連中に
「中隊長、どうしましょう!」
「怯むな! 撃ちまくれ! ヤツの動きを止めるんだ!」
悲惨な報告が飛び交う無線に怖気づく部下を叱咤して、効果の薄い攻撃を続行させる。
既に頭上の
もっとも、残っている火力は
陸軍、いや軍全体の対降魔兵器の不足は危機的状況だ。全国の弾薬庫を総ざらえしたところで、1個中隊分も存在しないだろう。当然だ。霊子甲冑同様に対降魔兵器を一手に供給していた神崎重工は、華撃団の解体と同時に政府と喧嘩別れしたため二度と公共事業に参加しなくなったのだから。
お陰で、帝都を化け物がほっつき歩いているという異常事態なのにもかかわらず、使用が許可された対降魔兵器はTOW1発だけ。それも30年以上も前の骨董品ときた。
「中隊長、
「華撃団が何の用だ!」
その華撃団殿がお越しになったらしい。
しかし、自分の耳には華撃団が再建され、実戦能力を獲得したとの話は届いていない。状況を打開してくれる存在ではないだろう。
「新規花組隊員に戦場を見学させたいとか」
「弾除けにしてやると言え!」
想像通り、いや、寧ろお荷物であった。
華撃団が社会科見学など何の冗談だ。だったら、部下の盾になってもらった方が税金の使い道として言い訳が立つ。
「私はともかく、彼女はもう少し丁寧に扱っていただきたいですな」
報告に来た部下を押しのけて指揮車に顔を突っ込んできたのは、嫌味な背広野郎。
こいつが件の華撃団か。
「帰れ。貴様らのケツを拭くので我々は大忙しだ」
「貧乏くじを引いた者同士、仲良くしませんか。でなければ、陸軍は明日も明後日もそのケツを拭き続けることになりますが」
反射的に手が出てしまった。背広野郎のネクタイを掴んでその上半身を指揮車内に引きずり込む。
「冗談も大概にしろよ。誰の所為でこんなことになっていると思っている」
背広野郎は少し驚いた表情を見せたものの、ドアの淵で上手くバランスを取ると、直ぐに平静を装った。
「華撃団の解体は30年も前、私も貴方も就職どころか選挙権も無い頃です。我々の仕事は先人達が良かれと思ってなした事の後始末。貴方も宮仕えの身ならご存知でしょう」
あぁ、畜生。言われなくとも分かっている。
現状では大量の通常兵器とTOW1発で降魔を仕留めることが最善だと。
1日でも早く華撃団を再建することが最善だと。
盛大に舌打ちをし、ネクタイから手を放す。
「で、何がしたい?」
「華撃団花組候補生、愛城華恋。彼女に我々の敵を教えたい」
1つ、背広野郎の前に出さないこと。
1つ、背広野郎は護衛の前に出ないこと。
1つ、護衛は機動戦闘車の前に出ないこと。
貴重な霊力保有者を守るために講じた3重の防壁は、当の本人によって無駄になることとなった。
「そのガキを止めろ!」
高架の向こうで霊力保有者を引き留めていたであろう警官の叫びに気付いた時には既に遅く、助走をつけた彼女は高架下のバリケードを飛び越えていた。
「愛城!?」
咄嗟に上体を指揮車から引き抜いた背広野郎だったが、運動不足が祟ったのか簡単なフェイントで躱されてしまう。
実弾が入っているにもかかわらず、慌てた
「戻れ! 死にたいのか!?」
部下の静止を振り切った彼女は、素晴らしい運動神経で障害物を乗り越えていくと、最後に最前線の機動戦闘車を飛び越える。
しかし、その先に着地するはずのアスファルトは無く、そして我々を取り囲んでいた高層ビル群も姿を消していた。
「……何が起こった?」
動揺する部下達を抑えるため指揮車の外に出る。中隊の車列の最前線に辿り着くと、下方のひときわ明るい平地に降魔が見えた。
軍人に必要なのは、どんなときも平静さを失わないことだ。
例えここがどこであろうと、降魔がいるのであればやることは変わらない。
「撃ち方――」
「止めろ」
そう振り上げた手を背広野郎が掴む。
「ここは劇場だ。観客は舞台に手を出してはならない」
劇場だと?
そう指摘され、周囲を見回す。
暗くてはっきりしないが、我々中隊や車両が押し込められているところは階段状の座席になっている。そして、降魔のいる下方の平地は遥か上方からの照明で照らされていた。
「あれが、舞台か……」
その舞台の上の降魔は我々客席の存在など見向きもせず、ただただ己の脅威が現れるのを待っているようであった。
***
音を立てて舞台装置が動く。
小道具が製作され、衣装が縫製され、舞台化粧が施される。
久しく訪れていなかった感覚。けれど、慣れ親しんだ感覚。
あぁ、もう一度舞台に帰ってきたんだ、
奈落の底の私を迫りが舞台に押し上げる。
スポットライトが回転し、動的な幾何学模様を映し出す。
「星は巡る 明日の空へ
華は廻る 明日の大地へ
昨日よりキラめく 今日をまもり
今日よりキラめく 明日をつくる
帝国華撃団花組 愛城華恋
帝都をスタァライトしちゃいます!」
口上の終わりと同時に光の束に照らされたのは、私と降魔。
ただ、姿勢を低くして今にも飛び掛かれる降魔と違って、私は丸腰。
でも大丈夫。帝劇で拾った宝玉を握りしめる。これは昔の小道具じゃない、ずっと一緒にいた――。
「おいで!」
宝玉から金色の
金細工の鍔が蕾の様に膨らんだかと思うと、大輪の花を咲かせた。
そこに伸びるのは私のキラめき。私が選んだ過去と選ばれなかった未来の結晶。幾多の可能性を越えて鍛造されたそれが私の手に力強い重さを伝えてくる。
キラリと剣身に反射したスポットライトに降魔がたじろぐ。その隙に踏み出した一歩に合わせて劇伴が始まる。
これはレヴュー。
舞台少女が舞台に捕らわれた存在ならば、舞台に封じられてきた降魔もまた舞台に捕らわれた存在になってしまったのだろう。
体制を立て直した降魔が吐く火炎を剣の一振りで両断し、続けて繰り出される尾の叩きつけを劇伴に合わせたステップで躱していく。
これはレヴュー。
情熱を、渇望を、誇りを、嫉妬を、絆を、運命を。舞台少女は自分を形作る全てを燃やして輝けるのに、人々の負の感情から生まれた降魔にはただただ純粋な悪意しかない。
それでは何も燃やせない、何の輝きも生むことが出来ない。
「だから、ごめんね……」
鉤爪の連続攻撃を捌いて降魔の懐に入り込むと、その急所を一閃で切り飛ばした。
倒れた降魔が暗転と共に緞帳の奥に隠され、ステージの中央がスポットライトで白く縁取られる。
その中央にあるのはセンターバミリ。そこに力強く剣を突き刺して宣言した。
「ポジションゼロ!」
ただ、それだけでは物足りず、思わず頭によぎった台詞を口にする。なんだか言わなきゃいけない気がしたから。
「勝利のポーズ、決め!」
TV版1話で華恋ちゃんが「これがレヴュー(レビュウ)」と言っているので実質サクラ大戦です。