鬼殺しのかぐや姫   作:しやぶ

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第三十三話:図屏風の鬼

 

(──また若返った。数の利を手放してこの姿になったということは……!)

(……炭治郎の予想通りか。ヤツの分身は、頸を斬っても意味がない)

 

 敵の性質を悟った無一郎は、腰を落とした姿勢を取り──告げた。

 

「炭治郎。アレの足止めは僕がやる。本体は任せた」

「……っ、でも」

 

 『まだ相手の能力が分かってない』『二手に分かれるなら、少しでも手札を引き出してからの方が安全なんじゃ』

 そう言おうとした炭治郎は、途中で口をつぐんだ。

 

「最早言葉はいらぬ」

 

 憎伯天が、背面の太鼓を打った。

 すると鬼の足元から、二体の木竜が出現。それぞれが炭治郎と無一郎を睨(ね)め付け──口を開いた。

 

 無一郎が有無を言わせず、憎伯天の前へと躍り出る。木竜達の狙いが、彼一人に変わる。

 

「走って炭治郎! 僕より鼻が効くキミの方が、本体を探すには向いてる!!」

「〜〜っ。すぐ見つけるから!!」

 

(──させん)

 

 憎伯天が再び、桴(バチ)を振るった。

 彼はまだ余力を残している。憎伯天が同時に操作可能な木竜の数は、二体が限度ではない。

 

 しかし、炭治郎の前に木竜は現れなかった。

 

 象(ゾウ)の牙のような、陰陽勾玉を分解して縦に繋げたような形状の桴は、『憎』の字が記された連鼓(れんつづみ)を叩くことなく──持ち主の腕ごと、彼方へ斬り飛ばされていた。

 

  霞の呼吸 伍ノ型 霞雲(かうん)の海

 

(柱の童(わっぱ)!? あり得ぬッ、石竜子(トカゲ)の術を──『狂鳴雷殺』を掻い潜ったというのか!?)

 

 否(・)。回避したのではなく、無一郎は飛来した術を全(・)て(・)斬(・)り(・)捌(・)き(・)な(・)が(・)ら(・)直(・)進(・)し(・)た(・)のだ。

 

(初っ端から大技を使わされた、けど……!)

(耳飾りの小僧に離脱された……!! 憎らしい、腹立たしい……!!!)

 

 憎伯天が、残った片腕を振り上げる。切断される。

 声を上げようと、大口を開ける。頭蓋ごと舌を切断され、術が霧散する。──が、しかし。

 

 突如無一郎に、雷撃が降り注いだ。

 

「ガッ……!?」

(くそッ、喰らった!! 積怒の雷撃──予(・)備(・)動(・)作(・)が(・)消(・)え(・)て(・)る(・)ッ)

 

 木竜が吐くものと違い、素体の積怒と変わらない威力ではあったものの……『至近(この)距離だと回避も迎撃も間に合わない』と判断した無一郎は、すぐさま飛び退き憎伯天から離れることを選択した。

 絶え間ない追撃が彼を襲うも、翻弄を得意とする『霞』の歩法を憎伯天は捉えられない。

 

(……『当てる』ことに重きを置いた雷撃では、動きが鈍らんか。

 石竜子(トカゲ)にもっと広範囲の術を撃たせ、その対処に型を使わせれば……確実に、奴を消耗させることはできる。が……連戦が決まっている今、後に響くようではいかぬ。その上で、時間も惜しい。

 もっと迅速に。かつ、効率的に──)

 

(大技を使うと体力が減るのは、人も鬼も同じこと。可能な限り消耗を避けたいのは、相手も同じ。

 奴だって大技を使わずに、僕の体力を削りたい筈。なら、そのために奴が取る行動は──)

 

 憎伯天が両腕を再生し、連鼓を打つ。木竜の頭数が増えていく。

 ──無一郎の退路を塞ぐ形で。

 

(まぁ、こうなるよねッ)

(一撃で鈍らんのなら、もう二撃でも三撃でも、喰らわせるまで)

 

 憎伯天が、自ら無一郎の方へ向かって駆け出した。

 同時に木竜達が、憎伯天を巻き込みながら雷撃を吐き出していく。

 

(うわっ、雷撃(それ)自分には効かないんだ!?)

 

  霞の呼吸 陸ノ型 月の霞消(かしょう)

 

 それは始まりの呼吸における型の一つ、『斜陽転身』と同じ──天地を入れ替える形で跳躍を行い、回避と攻撃を同時に行う型。

 違いは『連撃』であることと、直接の派生元である風の呼吸が持つ性質を引き継いだ、広い攻撃範囲。

 

 道を塞いでいた木竜達が細切れになり、無一郎の逃走経路が拓かれる。

 

(足止めにもならぬか、憎らしい。──だがまぁ、成果はあったらしいのう?)

(……くそ、一瞬対処が遅れたかな……。ちょっとだけ、身体が痺れて……ッ)

 

 歯噛みする無一郎の前に、再び木竜が出現。間、髪を入れずに追撃が到来。

 

(あぁもうキリがないッッ)

 

 今度は単に速い雷撃のみではなく、範囲が広い可楽の『突風』や、殺傷力が高い哀絶の『槍雨』も織り交ぜた攻撃。

 無一郎は全て避け、時に斬り払って逃げ回るが……これは彼にとって初の『上弦戦』である。極度の緊張と集中による精神の疲弊、大技の連発と外傷による肉体の疲弊が、急速に「体力」を削り取っていた。

 

 ──にも関わらず、憎伯天が突然足を止めた。

 

(…………運がいい)

(なんだ……? ──ぁ)

 

  霞の呼吸 漆ノ型 朧(おぼろ)

 

 気(・)付(・)い(・)た(・)無一郎が逃走を止め、憎伯天へ一直線に斬りかかる。

 彼が編み出した、本来なら『霞』の歩法を最大限活かす筈であるその型は……鬼が迎撃を選ばなかったことで、その特性が発揮されないまま放たれた。

 

(──お前達はいつもそうだ)

 

 鬼と鬼狩りが、同時に同じ言葉を思い浮かべた。

 

(家族でもないのに寄って集(たか)って、逸(はぐ)れ者を攻撃する。この度し難い極悪人共は──)

 

(────卑怯者め)

 

 

(修羅の形相で、必ず──儂らの食(・)事(・)を邪魔しに来るのだ)

 

 

 彼らが気付いたのは、玉壺の使い魔に襲われ負傷していた刀鍛冶の一人。使い魔が消えて助かったはいいが──その場から動けなくなっていた、大勢の中の一人。……「大勢」の中で、一際運がなかった「一人」

 

 憎伯天の首筋に、線が走った。

 

 小さな雷鳴の後、大地に無数の大穴が空いていた。

 

 

 

 *

 

 

 

 ──嗅ぎ分けろ。どこにいる?

 

 硫黄の匂いは、芭蕉扇の鬼が飛ばしてくれた。

 無一郎くんが潰れる前に、見つけ出して斬らなければ。時間がない。

 

「────見つけたッッ!!」

 

 位置が低い。しゃがみ込んでいるのか? 茂みの中に隠れている。

 まずは視界の確保から。

 

  ヒノカミ神楽 灼骨炎陽(しゃっこつえんよう)

 

 前方を薙ぎ払い、明らかになった『肆』本体の全容は──姿形こそ最初の『老人』と同じものだったが、その体躯は野鼠程度しかない、小鬼を通り越した『豆鬼』だった。

 

「!?」

(……いや、気後れするな! この臭い──本体で間違いない。人を大勢喰った鬼の臭気だ……!!)

 

  ヒノカミ神楽──

 

「ヒッ、ヒィィィ!!!」

 

 半天狗が悲鳴を上げた次の瞬間、炭治郎の身体を「何か」が圧し潰した。

 

「ぐゥ……ッ!」

(なんだ、上から──今のは、「風」か? 団扇(うちわ)鬼の能力──本体も使えた?)

 

 半天狗から攻撃の予兆(におい)を感じ取れなかった炭治郎は、そのことに困惑するも……すぐに意識を切り替えた。敵が倒れている自分に見向きもせず、背を向けて逃げ出したからだ。

 

(マズい、逃げられ──)

 

「どこを見ている?」

 

「──ッ!?」

 

 声がした方──上(・)空(・)に炭治郎が目を向けると、憎伯天によく似た鬼が、彼を見下ろしていた。

 

 角が二本の憎伯天に対し、ソレは一本。

 連鼓の代わりに、羽と筒状の襟巻き。

 両手に桴ではなく、片手に喇叭(ラッパ)。

 

「小さき者を踏みにじる、外道めが……。

 儂は怨めしさで、いまにも頭が灼けそうだ」

 

(六体目……!! 『喜怒哀楽』に、『雷神』気取りの次は『風神』気取りか……ッ!)

 

 窮地に追い込まれた時、爆発的な力を発揮する。……それは「人間」だけの特権ではない。

 

 半天狗の血鬼術は、単なる『分裂』ではなく──『感情の具現化』である。そのとき抱(いだ)いた感情が、強ければ強い程……それに呼応し、強力な分身が生まれる術である。

 

 窮地に陥る度に、苦難が大きい程に──反動で、強くなる。

 

 それが『半天狗』という鬼の特性。

 

「のう、童(わらべ)よ。儂は理解ができない。何故弱(・)者(・)を虐(しいた)げる?」

 

「……は?」

 

「無(・)抵(・)抗(・)で逃げ回る者を、どうして甚振(いたぶ)ることができる? その行為に、痛む良心はないのか?」

 

「────」

 

 炭治郎の顔から、表情が抜け落ちる。全身が固まり、人形と化したように止まっていた。

 ──それでも、ジクジクと紅に染まっていく眼球が……静かに、雄弁に、彼が血の通った人間であることを証明していた。

 

「正気とは思えない……性根から腐ってるのか? お前……よくもぬけぬけと、臆面もなく……!!

 臭いで分かるぞ、その悪臭──」

 

 本体が潜伏から逃走に意識を切り替えたことで、そ(・)れ(・)は露呈した。

 

「お前、上弦の中でも殊更大喰らいだろう……! 上弦の参だって、こんなに酷い臭いはしなかった! 鬼(・)舞(・)辻(・)と(・)は(・)別(・)種(・)の悪臭だ……! 短(・)期(・)間(・)で(・)大(・)勢(・)喰(・)い(・)散(・)ら(・)か(・)し(・)た(・)鬼(・)特有の、咽せ返るような血の臭い……!! それがお前は、骨身の芯まで染み付いているッッ」

 

 血涙を流しながら、炭治郎は叫んだ。

 

「いったいどれだけ人を喰らった!? その全員が、お前より強かったのか!? 自らお前を害そうとしたのか!?

 ──そんなワケがないだろう……!!! お前が口にした妄言は、全てお前自身に向けられるべき言葉だ、悪鬼!!」

 

「……話にならんな」

 

 鬼が喇叭を吹き、炭治郎が駆けだした。

 

 

 

 *

 

 

 

 大正コソコソ噂話

 

 その分身の名は、『琥怨灼(こえんしゃく)』

 

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