(──また若返った。数の利を手放してこの姿になったということは……!)
(……炭治郎の予想通りか。ヤツの分身は、頸を斬っても意味がない)
敵の性質を悟った無一郎は、腰を落とした姿勢を取り──告げた。
「炭治郎。アレの足止めは僕がやる。本体は任せた」
「……っ、でも」
『まだ相手の能力が分かってない』『二手に分かれるなら、少しでも手札を引き出してからの方が安全なんじゃ』
そう言おうとした炭治郎は、途中で口をつぐんだ。
「最早言葉はいらぬ」
憎伯天が、背面の太鼓を打った。
すると鬼の足元から、二体の木竜が出現。それぞれが炭治郎と無一郎を
無一郎が有無を言わせず、憎伯天の前へと躍り出る。木竜達の狙いが、彼一人に変わる。
「走って炭治郎! 僕より鼻が効くキミの方が、本体を探すには向いてる!!」
「〜〜っ。すぐ見つけるから!!」
(──させん)
憎伯天が再び、
彼はまだ余力を残している。憎伯天が同時に操作可能な木竜の数は、二体が限度ではない。
しかし、炭治郎の前に木竜は現れなかった。
霞の呼吸 伍ノ型
(柱の
(初っ端から大技を使わされた、けど……!)
(耳飾りの小僧に離脱された……!! 憎らしい、腹立たしい……!!!)
憎伯天が、残った片腕を振り上げる。切断される。
声を上げようと、大口を開ける。頭蓋ごと舌を切断され、術が霧散する。──が、しかし。
突如無一郎に、雷撃が降り注いだ。
「ガッ……!?」
(くそッ、喰らった!! 積怒の雷撃──
木竜が吐くものと違い、素体の積怒と変わらない威力ではあったものの……『
絶え間ない追撃が彼を襲うも、翻弄を得意とする『霞』の歩法を憎伯天は捉えられない。
(……『当てる』ことに重きを置いた雷撃では、動きが鈍らんか。
もっと迅速に。かつ、効率的に──)
(大技を使うと体力が減るのは、人も鬼も同じこと。可能な限り消耗を避けたいのは、相手も同じ。
奴だって大技を使わずに、僕の体力を削りたい筈。なら、そのために奴が取る行動は──)
憎伯天が両腕を再生し、連鼓を打つ。木竜の頭数が増えていく。
──無一郎の退路を塞ぐ形で。
(まぁ、こうなるよねッ)
(一撃で鈍らんのなら、もう二撃でも三撃でも、喰らわせるまで)
憎伯天が、自ら無一郎の方へ向かって駆け出した。
同時に木竜達が、憎伯天を巻き込みながら雷撃を吐き出していく。
(うわっ、
霞の呼吸 陸ノ型 月の
それは始まりの呼吸における型の一つ、『斜陽転身』と同じ──天地を入れ替える形で跳躍を行い、回避と攻撃を同時に行う型。
違いは『連撃』であることと、直接の派生元である風の呼吸が持つ性質を引き継いだ、広い攻撃範囲。
道を塞いでいた木竜達が細切れになり、無一郎の逃走経路が拓かれる。
(足止めにもならぬか、憎らしい。──だがまぁ、成果はあったらしいのう?)
(……くそ、一瞬対処が遅れたかな……。ちょっとだけ、身体が痺れて……ッ)
歯噛みする無一郎の前に、再び木竜が出現。間、髪を入れずに追撃が到来。
(あぁもうキリがないッッ)
今度は単に速い雷撃のみではなく、範囲が広い可楽の『突風』や、殺傷力が高い哀絶の『槍雨』も織り交ぜた攻撃。
無一郎は全て避け、時に斬り払って逃げ回るが……これは彼にとって初の『上弦戦』である。極度の緊張と集中による精神の疲弊、大技の連発と外傷による肉体の疲弊が、急速に「体力」を削り取っていた。
──にも関わらず、憎伯天が突然足を止めた。
(…………運がいい)
(なんだ……? ──ぁ)
霞の呼吸 漆ノ型
彼が編み出した、本来なら『霞』の歩法を最大限活かす筈であるその型は……鬼が迎撃を選ばなかったことで、その特性が発揮されないまま放たれた。
(──お前達はいつもそうだ)
鬼と鬼狩りが、同時に同じ言葉を思い浮かべた。
(家族でもないのに寄って
(────卑怯者め)
(修羅の形相で、必ず──儂らの
彼らが気付いたのは、玉壺の使い魔に襲われ負傷していた刀鍛冶の一人。使い魔が消えて助かったはいいが──その場から動けなくなっていた、大勢の中の一人。……「大勢」の中で、一際運がなかった「一人」
憎伯天の首筋に、線が走った。
小さな雷鳴の後、大地に無数の大穴が空いていた。
*
──嗅ぎ分けろ。どこにいる?
硫黄の匂いは、芭蕉扇の鬼が飛ばしてくれた。
無一郎くんが潰れる前に、見つけ出して斬らなければ。時間がない。
「────見つけたッッ!!」
位置が低い。しゃがみ込んでいるのか? 茂みの中に隠れている。
まずは視界の確保から。
ヒノカミ神楽
前方を薙ぎ払い、明らかになった『肆』本体の全容は──姿形こそ最初の『老人』と同じものだったが、その体躯は野鼠程度しかない、小鬼を通り越した『豆鬼』だった。
「!?」
(……いや、気後れするな! この臭い──本体で間違いない。人を大勢喰った鬼の臭気だ……!!)
ヒノカミ神楽──
「ヒッ、ヒィィィ!!!」
半天狗が悲鳴を上げた次の瞬間、炭治郎の身体を「何か」が圧し潰した。
「ぐゥ……ッ!」
(なんだ、上から──今のは、「風」か?
半天狗から攻撃の
(マズい、逃げられ──)
「どこを見ている?」
「──ッ!?」
声がした方──
角が二本の憎伯天に対し、ソレは一本。
連鼓の代わりに、羽と筒状の襟巻き。
両手に桴ではなく、片手に
「小さき者を踏みにじる、外道めが……。
儂は怨めしさで、いまにも頭が灼けそうだ」
(六体目……!! 『喜怒哀楽』に、『雷神』気取りの次は『風神』気取りか……ッ!)
窮地に追い込まれた時、爆発的な力を発揮する。……それは「人間」だけの特権ではない。
半天狗の血鬼術は、単なる『分裂』ではなく──『感情の具現化』である。そのとき
窮地に陥る度に、苦難が大きい程に──反動で、強くなる。
それが『半天狗』という鬼の特性。
「のう、
「……は?」
「
「────」
炭治郎の顔から、表情が抜け落ちる。全身が固まり、人形と化したように止まっていた。
──それでも、ジクジクと紅に染まっていく眼球が……静かに、雄弁に、彼が血の通った人間であることを証明していた。
「正気とは思えない……性根から腐ってるのか? お前……よくもぬけぬけと、臆面もなく……!!
臭いで分かるぞ、その悪臭──」
本体が潜伏から逃走に意識を切り替えたことで、
「お前、上弦の中でも殊更大喰らいだろう……! 上弦の参だって、こんなに酷い臭いはしなかった!
血涙を流しながら、炭治郎は叫んだ。
「いったいどれだけ人を喰らった!? その全員が、お前より強かったのか!? 自らお前を害そうとしたのか!?
──そんなワケがないだろう……!!! お前が口にした妄言は、全てお前自身に向けられるべき言葉だ、悪鬼!!」
「……話にならんな」
鬼が喇叭を吹き、炭治郎が駆けだした。
*
大正コソコソ噂話
その分身の名は、『