GEHENAは激怒した。必ず、かの邪知暴虐のガーデンどもによる干渉をはね除けねばならぬと決意した。GEHENAには大義がわからぬ。GEHENAは、全地球的な研究組織である。マギをいじくり、HUGEを研究して暮らしてきた。けれども人類の存続に対する脅威に関しては、人一倍に敏感であった。

きょう未明、研究所がまた一カ所、テロ組織によって破壊された。今年に入って三件目である。データこそ残ったものの、貴重な研究資料の大部分は消失し、また一からやり直さねばならない研究も数多くあった。
都内に、分厚い警備の敷かれた研究所があった。その一室、ぼんやりと薄暗い会議室に響くのは呻くような壮年男性たちの声だった。

「なぜ研究所が襲撃されるのだ。」
「そんなことはわかっている。研究成果は公開している。我々の研究が気に入らないからだ。理由などないも同然だ。」
「いい加減、犯人の目星は付いているのか。」
「どこかのガーデンが関与していることくらいだ。もしかしたら複数のガーデンが暗躍しているかもしれぬ。」
「まとまった数のリリィが投入されていて、ガーデンが関与していないなどということがあるものか。それは何もわかっていないのと同じだ。」
「私人の身では捜査も難しかろうよ。我々には、あの暴力から身を守る力もない。」
「名ばかりの管轄権とはいえ、防衛省を叩ける、絶好の口実だ。死者まで出ている、大規模なテロだぞ。公安は何をやっている。襲われた研究所からの報告では、通報しているはずなのに、いっこうに警察官が到着しなかったようではないか。」
「テロ対策部隊を、召集するのに時間がかかったと、申しておる。体のいい言い訳だ。」
「おどろいた。この国家は、いよいよ狂ったか。」
「いいや、狂ってはいないだろう。元から最大限に狂っているものが、どうしてもっと狂うことができるものか。」
「我々の研究成果を応用すれば、対HUGE戦争を、優位に進めることができる。そして、我々は、直接のガーデン経営が不可能で、武力を持たない。叩けば研究成果を吐き出す、貯金箱か何かだと思われているのだよ。」
「やはり、皆もそう思うか。」
「では如何とする。我々が、公然と武装するには、並大抵のことでは済まないぞ。」
「大義名分が必要だ。我々が身を守れるだけの、武装を許される大義名分が。」
「一つ提案がある。陥落指定地域に研究所を集約するのだ。」

1 / 1
第1話

 

 

 

 

 GEHENAは単純な組織であった。もともと、陥落指定地域でも小規模な拠点の運営は行われていたため、その運営ノウハウは既に存在した。あとは、全国の研究所をひとまとめにして収まるスペースと、陥落指定地域でいかに土地を確保するかであった。何しろHUGEというやっかいな先住民がいるのだ。残念ながら、HUGEは毛布を差し入れても、それを使ってくれるような文明化された相手ではない。実力行使で排除するしかないが、それができれば、とっくに陥落指定地域ではなくなっている。

 だが、GEHENAにはその戦力もアテがあった。各地の研究所に存在する被検体である。研究所が一定以上のリリィを保有することは法によって禁じられているが、各研究所が合同で試験を行うことにはなんの制限もかけられていない。研究所を設置、運営するにも相応の経費がかかるため、ガーデンに比べて明らかに効率が劣るものの、GEHENAが使用できる貴重な戦力であることには変わりなかった。対HUGEに特化したその人材は、集めれば優にガーデン一つ分以上の戦力となる。もちろん陥落指定地域を攻略する過程で損耗もするだろうが、このまま手をこまねいていては破壊工作によって失われてしまう資源だ。ここで全て使い潰しても、安全な領域を確保できるならばお釣りが来る。被検体はまた集めればいいのだから。

 

 場所に関する議論は長くはかからなかった。求める条件を勘案すれば、都合のいい土地はそれほど多くない。

 自衛武装が正当化されるために、周囲を広大な陥落指定地域に囲まれていること。これが第一だった。陥落指定地域との境界であれば、対HUGEを名目として、いくらでも要塞化することができる。その要塞がHUGE以外に火力を向けることもあるかもしれないが、どうせ政府から見捨てられた陥落指定地域だ。誰も見てはいない。

 周りを陥落指定地域に囲まれていれば陸路での到達は不可能。空路での侵入はあるかもしれないが、探知できればいくらでも対処のしようはある上に、少なくともアーマードキャバリアなどの重戦力を持ち込まれることはない。

 条件を満たす新たな拠点は、旧東広島市に決まった。

 

 

 

 場所が決まれば後は行動あるのみである。全国の研究所からリリィが集められ、旧広島空港へと投下された。およそ研究中だったあらゆる対HUGE機器が性能試験がてら実戦投入され、そのほとんどが安定動作を達成できずに損失した。通常であれば試作品を戦場に投入して故障、となれば戦線崩壊の一因ともなろうものだが、GEHENAはこれを数を投入することで補ってみせることに成功した。実戦で自らの研究を試験したい研究者が星の数ほど居た、ともいう。

 

 東広島市解放作戦で投入された新技術において、特筆すべきは「インストール」と呼ばれる精神の移植技術を応用した各種研究の実戦投入であろう。マギ研究の一環によって魂の存在が証明されて以降、それを扱う技術についても研究が進められてきた。この技術の初期には素体への定着が上手くいかなかった魂がそのまま昇天する、素体の初期化に失敗したことに気づかず魂を定着させたことによる記憶の混乱、素体側に魂が引きずられ自我を失う、などの事故が報告されている。しかしながら、東広島市解放作戦の時期に合っては既に実用段階であり、様々なコンセプトの実戦試験が行われた。そのなかでもめざましい戦果を挙げたのが、「リリィバックアップシステム」と「HUGE義体」である。

 

 「リリィバックアップシステム」とは、文字通りリリィの精神をバックアップしておくシステムである。出撃前に魂を抽出、複製した後に、一方を体へと戻す。このときオリジナルとコピーの区別は付かず、その時点ではまったく同一の精神が二つ存在している。体へと戻されなかった魂は一時的に保管され、出撃でリリィが死亡した際に、適当な素体へと注入されることで、戦死したリリィを復元することができた。現場ではコンピューターゲームになぞらえ、魂の保存を「セーブ」、保存された魂を使用して蘇ることを「ロード」と呼んでいた記録が残っている。

 リリィバックアップシステムによる「セーブ」&「ロード」はリリィの戦闘を劇的に変えた。「命は一つ」という概念を根本から覆したことで、より大きなリスクを取った戦法が可能になったからだった。仮に相打ちになったとしても、復活できる分こちらにアドバンテージがある。無限の物量で人類を苦しめているHUGEに対し、リジェネレーターとリリィバックアップシステムによる復活を組み合わせたゾンビアタックで対抗する戦術は非常に有効だった。それまでであれば戦死して終わりだったリリィが、何度でも出撃できるのである。単純に戦力が何倍にもなったのと同じ効果があった。

 

 東広島市解放作戦においては、歴史上初めて「HUGE義体」の大量運用がなされた。これも精神移植技術の研究成果の一端である。つまりは捕獲したHUGEの精神を漂白し、そこに人間の精神を固定することで、HUGEの能力を利用しようという発想から生まれた技術である。黎明期にはHUGEへ精神を固定するだけの一方通行だったこの技術も、東広島市解放作戦時にはHUGE義体から抜き取った精神を人体へと戻すことが可能になっており、HUGE義体部隊は8時間作業した後に他の部隊へHUGEのボディを引き継ぎ、3交代で24時間稼働させることに成功している。投入されたHUGE義体はまだ技術試験の趣が強く、マギの行使はおろか熱線すら使用できない程度の性能しか発揮することができなかったが、疲れを知らない体、直感的に作業できる操作性、リリィを凌駕するパワーなど、土木作業機械としての性能は目を見張るものがあった。また、防御結界こそ展開できないものの、強靱な生体装甲は健在であり、弾避けとしては最適だったことから、ラージ級やギガント級のボディは一部が戦闘にも投入されている。

 とはいえ、この戦いに投入されたHUGE義体の主要な目的は土木作業であったことは間違いない。攻勢作戦であるものの、陥落指定地域の只中を解放しようというのだから、HUGEを排除した後に逆襲されないような要塞化は必須であった。補給を空路に頼るしかない以上、土木工事用の重機の搬入には非常に大きな制限がかかる。しかしながら、HUGE義体であれば、空間のマギで稼働するため燃料の輸送が不要であり、さらには現地で捕獲したHUGEに精神移植を行いそのまま運用することも可能であるなど、多大な利点があった。

 

 

 

 華々しい成果を挙げる研究があった一方で、期待されつつもコンセプト倒れに終わった研究もまた多かった。その際たるものが「リリィ集中運用計画」である。

 ノインヴェルト戦術を最高効率で行うことのみを目的としたノインヴェルト戦略論が主流だった当時においてですら、9人制レギオンを単位として戦場に投入する方式の効率の悪さは常に指摘され続けていた。ギガント級以上に対してノインヴェルト戦術を行うことを最優先の目標とした9人編制は中途半端に過ぎたのである。リリィを9人制レギオンで編制することはノインヴェルト戦術弾の発射数を最大化する観点からは最適ではあるが、ラージ級以下に対しては過剰戦力であり、戦力効率が悪い。

 また、9人制レギオンの人数はノインヴェルト戦術の基本的な最大参加人数によって規定されている。ギガント級以上のHUGE討伐には九人で行うフルスペックのノインヴェルト戦術が必要なためであるが、実際にギガント級以上を単独レギオンで撃破できるのはごく一部である。ギガント級は配下に中小型HUGEを引き連れていることが多く、その排除までを行うことを考えると、平均的な実力のレギオンでは難しいという事実があった。足りない戦力を補うために二個レギオンを投入した場合、やはり過剰戦力であり、無駄が多い。この一個レギオンでは少なく二個レギオンでは過剰という問題は現場レベルではおいてはそれほど問題視されておらず、無理をして一個レギオンで対処できるようになるか、多少過剰であっても大戦力で押しつぶすことが好まれていた。その結果として、無理をしたためにただでさえ低くないリリィの死傷率はますます高まるか、一方面に過剰に戦力が投入されることで別方面が全くの無防備になり陥落する、という事態がしばしば起きていた。

 これらの問題を解決する戦略理論が求められており、研究されていたものの一つが「リリィ集中運用計画」である。

 9人制レギオンを改め、ガーデン規模の単位で一つの戦場に対して投入することで、現場における柔軟な人数変更により戦力を効率的に扱うことができる、として研究されていたこの理論は、最初で最後の実戦を広島で迎えることになる。

 

 

 

 

 作戦の第一段階として旧広島空港へ投下されたリリィ戦力の第一波は二百人。高高度から空挺降下を行ったリリィのうち、降下中にHUGEの対空射撃で蒸発したり、着地後に戦闘態勢を取るまもなくHUGEに食いつかれ命を散らす者がいる。無事に着地してHUGEに相対する事ができるのは七割そこそこでしかない。リリィバックアップシステムの稼働は安定した戦線が形成されて以降のことであり、このときはまだ、「ロード」されるべきバックアップはない。

 それでも三桁に及ぶリリィの戦力は大したものだった。僅か一日で旧広島空港を着陸が可能な程度には制圧してみせたのだ。作戦の第二段階が開始され、、旧広島空港へと強行着陸した輸送機を出迎えたのは、僅か四十人に満たないリリィだった。

 

 

 第二段階、旧広島空港の要塞化と周辺の掃討に当たったリリィは一千人にも及んだ。第一陣の二百人と合わせると、この人数はGEHENAの動員可能なリリィの全てと言っても過言ではない数だった。掃討に従事する班、休憩を取る班、陣地構築の土木作業に従事する班、周辺警備に赴く班に分かれ、旧広島空港は周辺の山岳を巻き込んで着々と要塞化されていった。また、このとき初めてHUGE義体が投入され、工事へと投入されている。

 鉄条網と空堀、エリアディフェンス装置を始めとした対HUGEシステム群によって陣地化を完了したGEHENAは、作戦を次の段階へと進める。

 

 

 

 第三段階となる東広島市解放作戦では、小規模に開始されたリリィバックアップシステムの試験があっという間に広まったことで、激戦にもかかわらず戦死者はゼロに抑えられている。しかしながら、リリィの負傷率は一般的な戦場における死傷率の合計よりもなお高くなっていた。これには、バックアップシステムの普及によってリリィの間で「どうせ無傷で復活できるのだから、戦闘継続が困難なほどの重傷を負った場合一度死んで戻った方が早い」という認識が広まったことも原因である。骨折ならばリハビリを含めて二ヶ月は後方で療養しなくてはならないが、新しい素体に「ロード」するのであれば、半日で済む。HUGEの討伐報酬で生活している職業リリィにとって、稼働日数の減少は何よりも恐ろしいものであったからなおさらである。

 

 リリィの(復活可能な)肉弾特攻のかいもあり、着々と旧市街地が開放されていく中で、問題になったのは「リリィ集中運用計画」に基づく運用における負傷率の高さだった。確かにリスクをとった戦法は負傷率を高めていたが、それだけでは説明の付かないほどの高さであった。つまりはこうだ。リリィ集中運用計画においては、リリィは個別の脅威度ごとに決められた人数が抽出され現場へと向かう。机上の理論と現場との錯誤はここで発生していた。つまりは脅威度の判定が正確な物とは限らなかったのである。単独のギガント級なので九人編制で出撃したところ、実は特型であり未知の能力に遭遇したため全滅、などという事態が頻発した。これまでのレギオン編制であれば隊長が現場で柔軟に撤退などを決められたはずだが、リリィ集中運用計画の中では現場リリィには隊長などおらず、権限は皆横並びだった。また、戦場では息のあった連携が必要であるが、現場ではこれも上手くいっているとは言いがたかった。レギオン編制の利点として、常日頃から行動を共にする単位として規定することで親睦を深め、ひいては戦場での連携をスムーズに行う、というものがある。リリィ集中運用計画では、日常の最小単位をガーデン規模にまで拡大してしまったことで、戦術的な柔軟性は上がったものの、個々のリリィ同士における親密度は下がってしまった。流動性が非常に高く、判断に瞬発力の求められる対ヒュージ戦闘において、仲間が次に取るであろう行動を理解、予測して行動することは重要である。よく見知った仲間であれば容易い行為ではあるが、よくお喋りするクラスメート程度の関係ではそれを望むべくもなかった。

 第三段階の終盤になって、集められたリリィたちはそれまでのレギオン編制に戻されて運用されることとなる。評価報告書には「リリィの不均質性を考慮に入れず、運用の変更のみで全てがなされると考えたことがそもそもの誤りである」と書かれるなど、散々な評価をもって「リリィ集中運用計画」は終了した。

 

 市街地が解放されるにつれ、その警備に取られる戦力が増大することは、奪還作戦における大きな課題であったが、GEHENAはこれをHUGE義体の投入によって解決することに成功した。

 ギガント級以上の強力なHUGE義体を常に徘徊させることで、縄張りを主張し、有象無象のHUGEが入り込まないようにすることができたのである。ケイブはエリアディフェンスシステムで防ぎ、直接侵入はHUGE義体で威嚇することで防ぐ。ヒトの仕組みとHUGEの仕組みを上手く組み合わせた方式だった。

 

 旧東広島市外縁部の要塞化が完了するとともに、作戦は終了した。

 

 

===============================

 

 

 戦争の後は政治の季節がやってくる。正規のエリアディフェンス装置が次々と設置され、市街地からのHUGEの完全駆逐が宣言されると、東広島市は陥落指定を解かれ、行政単位として復帰することになった。

かつては政令指定都市を抱え、300万近い人口を誇った広島県も、現在の市町村は東広島市ただ一つで、人口はたったの3万人だった。陥落指定から長い時間が経ち、一時的な避難だったはずが避難先で新たな暮らしを立ち上げた住人も多く、住民票を残してせめてものよすがに、としていたのがこれだけの人数であった。

 停止されていた行政権が復活するにあたり、市長、市議会議員、県議会議員の各選挙が行われたが、GEHENAはこれを息のかかった人間によって独占することに成功する。復活した広島県の主要産業はGEHENAであり、避難先から戻ってきたGEHENAと関係の薄い人たちも、故郷を取り戻してくれたGEHENAに反対する理由は皆無だった。

 県議会から市役所まで。地方行政に食い込むことに成功したGEHENAは早速重武装化に手をつけた。名目は対HUGE対応部隊としての警察特殊部隊である。当時の都道府県において、警察が対HUGE執行部隊を持った例はままあるが、広島県警ほどの重武装は類を見なかった。地対空ミサイルや重砲を持っている警察とは何か、というあまりにもまっとうな議論が発生しかけたが、広島県警はHUGE対処用だと発表したのみで取り合わなかったため、世間は飽きて次の話題へと移っていった。

 

 世間が許しても、立場上許すわけにはいかない組織もある。この重武装化に対して、激烈な拒否反応を示したのは、当然ながら防衛省である。HUGEへの対処は自分たちの縄張りであるのに手を突っ込む気か、と顔を真っ赤にして広島県へと抗議を行った。駐屯地を設置させろという要請に対しても、東広島市が市街地の再整備の遅れを盾にのらりくらりと交わしている記録が残っている。面目を丸々潰された防衛省はガーデンの認可をしない方針でまとまっていたが、この嫌がらせはGEHENAのウルトラCで回避されてしまう。仕組みはこうだ。GEHENAが広島県に寄付を行い、その寄付金で廃校寸前のガーデンの運営権を広島県が購入した。これにより公立学校となったガーデンは、管轄が防衛省から文部科学省へ移管となり、防衛省の嫌がらせは意味をなさなくなってしまったのである。

 県の意向の強い広島県警には警察庁もあまりいい顔をすることはなかった。しかし、東広島市解放後数年間において、警察庁から出向してきたキャリア組が次々と殉職する、という現象に直面した後は重武装化を渋々黙認している。もともと陥落指定地域近くの現場警察官の殉職率はかなり高く、不審な現象ではないため、現在ではキャリア組の殉職は単純に職務熱心の結果として受け止められている。殉職したキャリアが出向前にGEHENAに対して否定的な言動をしていたのは単なる偶然である。

 

 

 重武装化や、HUGE義体の実戦投入といった新技術の導入によって守りを固めた東広島市は、学究都市としての新たな一歩を踏み出した。周囲を陥落指定地域に囲まれている東広島市にはこれといった産業がなく、自立が危ぶまれたが、GEHENAが大量の寄付を行うことによって、地方交付税の交付もほとんど行われることはなかった。大量の特許を持っているGEHENAにとってはパテント料のよい使い道であったし、何しろここには輸送から建設、人材派遣までGEHENAの子会社しかない。県や市が発注する業務を受注するのも全て自分たちのグループであったから、なんの問題もなかった。加えて、周囲を陥落指定地域に囲まれた立地は、難民をタダ同然でこき使えることから恐ろしく安い人件費を産んでおり、戦力、経済の両面からGEHENAの金城湯池であった。

 

 しかしながら、順風満帆な事象だけではなかった。安い人件費、というのは低レベルな人間が多いという事象の裏返しである。周囲の陥落指定地域からの不法侵入者による治安の悪化という問題が発生したのは、解放作戦が終わってしばらくしてからのことだった。

 陥落指定地域に居住している人間がいることは、この時代、公然の秘密であった。なにしろ行政の目の届かない場所である。あらゆる悪徳が陥落指定地域に流れ込み、法も秩序もない暗黒市場がいくつも作られていた。しかし、そんな中で美味しい思いをできるのはごくごく一握りの人間だけであり、大多数の人間は、HUGEからこそこそと隠れながら江戸時代レベルの生活をしていた。そんな中に安全な地域が突然発生したのである。噂が広まるのは風よりも早かった。頑張れば歩いて行くことのできる距離に陥落指定を解かれた安全な土地があるらしい。HUGEから逃げ惑う生活に疲れ切った人々が大挙して押し寄せるのも何ら不思議はなかった。

 この事態にGEHENAは慌てた。以前から陥落指定地域の人材を利用してはいたが、統計などない土地であるから、これほど大量の人間がいるとは思っていなかったのである。陥落指定地域の人間が市街地まで来たところで、仕事の量は限られている。そして文明社会では、仕事をしていない人間は社会的信用がなく居住すらままならない。市街地の外縁部にスラム街が形成されるまでに時間はかからなかった。GEHENAは土地が欲しいのであって、そこに住む人間についてはそんなに多くはいらないのである。そして頭から尻尾までGEHENA関係者しかいないこの場所で、難民の味方をするような世論が形成されるはずもない。

 

 陥落指定地域ではよくあること、ということで、ギガント級複数が率いるHUGEの群れがスラム街を更地にしたのは、市街地で大規模な略奪事件が起きた次の日だった。なお、HUGEの群れはスラム街を更地にした後、市街地へ侵入する前に、出撃してきたリリィに滅多打ちにされ逃げ出している。追撃するリリィはいなかった。

 

 対処療法で難民を追い払ったGEHENAだったが、すぐにまた難民が集まってくることは目に見えていた。行政としては、一応保護する義務もあり、これまでの意趣返しとして関東に難民爆弾として送り込んではどうか、という意見もでたが、これは却下された。関東は関東で興味深い実験が何件も進行中であり、徒に騒がしくすべきでない、という理屈だった。あまり人間を減らしすぎると被検体の確保も困難になる可能性がある、という考えもあった。よって決定されたのは、要塞化をできる限り早く進め、HUGEのついでに難民も拒絶する、というありきたりな物だった。

 だがしかし、効果が高いからありきたりになるほど使われるのであり、実際に鉄条網の敷設、空堀の掘削、地雷原の形成、防壁の建築、と段階を踏むに従って、難民による犯罪は減少していった。特に、対小型HUGE用の地雷を大量に埋設した時期からは、何故か急激に減少している。

 審査を通った人間だけがセキュリティーキーを得て防壁の内側へ入ることができ、市街地での労働にありつくことができた。エリアディフェンスと大量の戦力によって強力に守られた市街地は、難民が憧れる場所であって、居住する場所ではなかった。

 地雷原の外側、エリアディフェンスがギリギリ届かない場所にはまたもやスラム街が形成されたが、実害はうっすらと悪臭が漂ってくる程度であったので、今度は放置された。そこは陥落指定地域なので行政が面倒を見る必要もなかったからだ。

 

 

 かくしてGEHENAは安住の地を手に入れることに成功した。何者にも脅かされず、実験に必要な被検体はすぐ近くで確保できる。まさに夢のような場所だった。もちろん、開設当初は武装勢力の襲撃を受けることもあったが、防空網の整備とともにそれも減少している。トランスポンダーに応答しない飛行物体がHUGEではない可能性など、HUGEの市街地への侵入リスクに比べれば、天秤にかけるまでもないことだった。

 そのせいで一般ガーデンへの強化リリィの供給が滞ったりもしたが、当たり障りのない実験を名目として各地の研究所へ移籍させ、「救出」させることで後年には解決している。




pixivにも投稿しています。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。