「……報告は以上となります。確実にそうである、と断言できる者はおりません。今回も、名乗り出た者は売名行為の自称かと」
黄都中枢議事堂。調査部隊による報告は簡潔に行われた。
夢幻劇を引き起こした二度目のアレカ。
その名前も、事象も、全ては歴史に残るどころか、黄都に届くことすら無かった。
勇者を名乗る人物によって
竜の死体は確認出来ず、そもそもの名乗りを上げた人物すら姿を見せない。
別途調査が行われることにはなったが、それだけだ。
更には、どういった情報経路を辿ったかは定かではないが、
勇者自称者。アレカの人生の成績は、そう結論付けられる。
果たして、二度目のアレカは脇役にもなれない行間の存在として、その生を終えた。
その生は無意味だったのか。
アレカは初めから、勇者など目指すべきでは無かったのか。
◆
暗く、淀んだ地下の根城。
捲りのユーテライが居を構える、血鬼の城だ。
「……アレカは死んだ、と」
「はい、ユーテライ様。約束通り、血鬼の痕跡は全て消されていました」
心術によって命を吹き込まれ、
その多くは、村の復興の為に送られたものだった。メナイサによって流された家を再建し、元の状態に戻す。全てを元通りにすることは出来なかったが、それでも体裁を整えることはできた。
そして、数体はヒジリが乗っ取っていた死体やアレカ本人の死体を回収する。
最終的にはその全てが地中深くに埋まった状態で機能を停止するように組み込まれていた。
従鬼と同じように、屍魔もまたアレカにとっては脚本の書きやすい
「……そうか。ご苦労だったね」
「ひとつ。アレカの所有していた、恐らく魔剣と思われる物が消失していました」
「……まぁ、
ワイテの山に潜む怪談が魔剣を逃すことは無い。回収できる程近場にあるのなら必然だろう。
「それも含めてですが、振り返ってみると不可解な点がいくつかありますね」
アレカが生きて目的を達成出来たのなら、魔剣を奪いに来る死神にどう対処するつもりだったのか。
自身が竜を殺したとするために、神籬のヒジリという存在をどうやって隠し通すつもりだったのか。
街道の水没という現象を黄都が認知したとき、
「……それらも計算のうち、ってわけかな」
「どうでしょう。自分が死んだ時用の保険を、厳重に掛けるものか」
「……あるいは、最初からそのつもりだったのかもしれないね」
無意識下に失敗すると分かっていた劇に対して、失敗した時用の伏線を散りばめておく。幾分か後ろ向きな思考だが、頷けるものはある。
「……まぁ、彼の望む結末では無かったんだろうけど、中々に面白いものが仕上がっているんじゃないかな」
生き残った従鬼によって、アレカの記憶を媒介したフェロモンは回収されている。五感の共有による追体験。
小説を捲るように、人生を観る。捲りのユーテライは、そうやって娯楽を摂取していた。
「……少なくとも、私が君を忘れることは無さそうだ。それだけで、成果としては上々なんじゃないのかい、アレカ」
アレカがそうしていたように、明後日の方向を見ながら、ユーテライは独りごちる。きっとその先にアレカは居ないのだろうが──ああ、その方が、物語的に映えるんじゃないかな、と。そう思った。
◆
──遠吠えが響く。
◆
旅を続ける者がいた。
彼はいつだって、様々な土地を渡り歩いている。ひとつ、いつもの彼と違う点を上げるのならば──それは、いつだって進み続けていたはずの彼が、この世に生まれ落ちて初めて
「やぁ、こんな辺境に兵士だなんて、物騒だね」
「黄都の使者だ。貴様はここの住人か?」
「いいや、旅人だよ。星守りのミナギって言えばわかるかい?」
ハティノ村落は今、村の再建に忙しくしている。
が、
ミナギの自己紹介に、黄都兵は首を横に振る。
「いや、知らないが」
「おっと、そりゃあ残念だ。この機会にぜひ覚えといてくれると助かるね」
アレカの言葉では、ミナギは魔王自称者として報告されているそうだが、おそらくその情報はどこかで止まっているらしい。
「貴様はこの付近に竜が出たという話を聞いてないか?」
「そりゃあ、物騒な話だな。オレも荷物をまとめといたほうがいいかもね」
「そうか……耳が聡い旅人や、当の村人ですら知らない情報を、一体誰が送ってきたのか……」
首を捻っている。
竜の存在を知っているのは、今や星守りのミナギただ一人となってしまった。当時村人達は全員がラロウドの手によって催眠状態にあったし、ラロウド含めたその他の者は既に死んでいる。
ミナギがそれを口に出すことはない。
理由は単純。面倒事に巻き込まれたくないというただ一点だ。
「ま、悪戯なんてのはどこでも起きるもんさ。今回はちぃっと大規模だったようだが」
「冗談じゃない。我々だって馬鹿じゃない。情報の裏取りはしている。この付近に竜の姿があったことは確かなんだ」
「おお、こわい。といっても、当の竜も、その下手人も見当たらないんじゃあ対処のしようもない」
アレカがその辺りを抜かるとは思えない。情報の統制は完璧だったのだろう。竜の出現、海洋生物の進軍、海による水没や狼、魔術の存在、そして飛来した凶星など、その全てがアレカに都合よく取り捨て選択されて周囲の村や黄都へと伝わっていた。
それらを教えてくれる黄都兵が嫌に饒舌なのも、ミナギにとっては運が良かったのかもしれない。
「時に君達はこんな言葉を知っているかい?」
ミナギが自身の人差し指をピッと空に伸ばす。
「“黒い音色は所を選ばない”。客人なんてのはいつ何処で現れるかわからない。そいつが追い返したってのは、落とし所としておかしくないんじゃないのかい?」
無理がある話だ。だが、結局は旅人の言うことだ。参考にすることすらないだろう。
やがて、どう結論づけたのか、調査部隊は引き返していった。
「いやぁ、よかった。兵隊さんにじろじろ見られちゃあ落ち着いて飯も食えないさね」
見張りの者に声を掛けてから入り口を抜け、ハティノの土地を歩く。
子供まで駆り出され、復興に忙しい彼らを横目にゆったりと。ミナギの詞術があればある程度は力になれるだろうが、それはやらない。
理由は単純に、面倒事に巻き込まれたくないからだ。
「ここ、いいかい?」
「……よそ者。旅人?」
休憩中であろう少年と少女の二人組、その対面にあった角材へと座り込む。
少女は、了承を得る前に腰を落ちつけたミナギへと、じっと睨みつける。その顔は、片目を眼帯で覆われていた。
名を、湯治のレイテという。
「レイテ、そんな顔したら怖がられるよ……すいません、誰に対してもこうなんです」
「ちょっと! 誰でもじゃないから!」
あはは、と。少し困ったようにレイテをあしらう少年が居る。その首元には刃を立てられたかのような切り傷が一本走っている。
名を、霜走りのイーラという。
「はは、旅人だってのは間違ってないさね」
「ふーん。で、旅人さんがどうしてこんなとこに? 見ての通り今忙しいんだけど」
言われて、辺りを見渡す。
復興に忙しくする彼らではあったが、その顔には活気が溢れていた。停滞は人を暗くする。だが、前へ進むための苦労は、人に生きる理由を与える。
旅人はそれを見たかったのだ。
「そうさね……たまには戻ってみる、ってのもいいんじゃないかと思ってね」
「なにそれ、答えになってないけど」
そして一点。人間以外に復興を手伝う存在がいた。それこそが、狼。ラロウドの従えていたそれであった。
「それより、あの狼達はどうしたんだい?」
「なんでかはわかんないんだけど、群れの狼と接触する機会があってさ」
最初は警戒していた村人達だったが、何故か狼達の目に親しみを感じてしまい、そのまま村に滞在させることにしたらしい。
狼達も反抗することはなく、逆に村内を走り回って資材を運んでくれている。
「馬だって移動に使うし、道中は手入れするだろう? 多分そんな感じ」
ラロウドの行いは無駄ではなかった。その事実に、くつくつと笑いが込み上げてくる。
「なに笑ってんのよ。おかしなことだってくらい私達もわかってるわよ」
「ああ、違う。友人も同じように、狼と仲良くしていたんだ。変な奴だったよ」
狼と親交するような者が自分達以外にもいる、その事実に二人は目を丸くする。
「その話、聞きたいな」
気づけば、三人の周りには他の村人も集まってきていた。
「そうかいそうかい、じゃあ聞くけど、時に君達はこんな言葉を知っているかい?」
旅人はピッと人差し指を立てる。
「“
「知らない。アレカって有名な人なの?」
「はは、知らなくていいさ」
それを正確に記憶しているのは、もはや自分しか居ないのかもしれない。
アレカは主人公にはなれなかった。
だけど、誰か一人でも覚えているのなら、それを語り継ぐことが出来れば。
物語は死なない。
「気になる言い方して。聞いて欲しいんでしょ、早く話してよ」
「そうかい。なら話してあげよう。これは、そうさね──」
それは、赤錆た結末を彩るだけの鎮魂歌に過ぎない。
「星を彩る夢幻劇だ」
これにて完結です。ご観劇ありがとうございました。
感想などを貰えると喜びます。好きなキャラとか。
ちなみに、土地の位置関係とかは日本地図と同じ配置にしてます。漫画版に記載されてた地図見るに違うっぽいけどまぁそれはそれで。