Re: 一方通行、狂人神父に成り代わる。   作:ミツヒコ

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オマタセシマシタ…
戦闘は一旦お預けです。





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第二十三話

 

 一方通行が躊躇いなく能力を行使すれば、奇襲の時点でコカビエルの手足を捥ぎ取るぐらいは出来たかもしれない。だが、相手は歴戦の猛者。回避される可能性は十分にある。それでも、翼の一枚や二枚は毟り取れただろう。彼にはソレをやる度胸も実力もある。

 実行に移さなかったのは、状況があまりにも良くなかったからだ。一方通行一人対コカビエル達という構図だったなら、彼は加減も容赦もせずに足元のベクトルを推進力に変換して突撃していただろう。そのまま指先のベクトルを捻じ曲げ、接触した部位を粘土のように千切っていたはずだ。

 

 しかし、標的の前にはゼノヴィア達がいた。

 一方通行個人としては、二人は嫌い寄りのどうでも良いぐらいの存在だ。知らない間に何処かで野垂れ死んでいて、腐りかけの骸の前を偶然通りかかったとしても、感嘆符が浮かぶかどうかも分からない。何となく手を合わせるぐらいだろうか。その程度の存在ではあるのだが、やはり目の前で死なれるというのは気分が悪い。

 何より、アーシアならどうするか。それが一瞬でも頭の中に浮かび上がった時点で、彼の次の行動は決まったも同然。見捨てるという選択肢は彼方へ消えた。

 

 だからこそ、彼はコカビエルに直接仕掛けなかったのだ。聖剣を握っている跳尸を吹き飛ばし、バルパーに傷を負わせただけ。元より老人に戦力的価値はないのだから、肩の負傷にも大した意味はない。肝心の首魁に対しては、睨むだけで終わらせた。

 もし仮にコカビエルに何かしらの危害を加えた場合、それは開戦の合図になりかねない。一方通行一人だけならば、それでも良かった。額に青筋を浮かべた堕天使と殺し合いになったところで、最後に立っているのは自分だという自信が彼にはある。

 

 問題は少年の後ろにいる二人組だ。ただボロボロのゼノヴィアはともかく、紫藤イリナには時間がない。腹を貫かれている以上、奇跡的に臓器が無事だったとしても、出血によって命を落とす可能性は十分にある。放置しておくのは論外。早急な治療が必要不可欠だ。

 だが、この場にアーシアはいない。いつもの平穏な放課後ならまだしも、黒幕と交戦するつもりだった一方通行が連れ回すはずもない。それ故、イリナに応急処置を施せる人間はこの場に一人しかいない。コカビエル達を相手に動けるのも、彼以外にいない。残念ながら、流石の学園都市第一位にも出来ないことはある。例えば、漫画のような実体のある分身の生成は不可能だ。

 

 ただでさえ人よりも頑強な堕天使と、既に死んでいるせいで痛覚も死んでいる跳尸というタフなコンビを相手にするとなると、一瞬で片付けて治療に移るというのも難しい。

 出来ないわけではない。自転エネルギーや公転エネルギーを利用すれば、コカビエルを瞬時に虐殺することは出来るだろう。しかし、それは周囲への被害を度外視した場合だ。

 確かに、それらのエネルギーを引き摺り出すのは数秒で済む。しかし、地球という星を回している力をぶつけるのであれば、それ相応の相手でなければならない。それこそ、核弾頭と正面衝突したとしても、その衝撃全てを吸収するような異常な物体でもなければ、町一つは簡単に消し飛んでしまう。当然、そこにいる人間も。

 彼がリアスに頼んだことがあるのは、瀕死のはぐれ悪魔の処理と建物や道路等の修復ぐらい。ミンチになった人間を元に戻すなど、何でも屋になっている彼女でも無理な話だろう。原型を留めていれば、悪魔に転生させるという蘇生手段もある。だが、それも数に限りがある。

 

 ならば、どうするべきか。

 破れてしまった血管の代わりをし、傷ついた臓器の役割を担い、裂けてしまった組織の修復作業を行いながら、今まで交戦してきた中でも最上級に面倒な二人組を相手にするのか。

 不可能ではない。しかし、一方通行の能力的に可能というだけ。同時並行で進めている演算のどれか一つでも狂えば、何が起こるか分からない。最悪の場合、治療中のイリナ諸共貫かれる可能性もあるのだ。

 

「どうした、来ないのか」

「悪りィな。やる気が出ねェ」

 

 不満げなコカビエルから視線を外した一方通行は、ゼノヴィアの持っていた聖剣を勝手に放り投げた。バルパーや跳尸に向けて投擲するわけでもなく、ベッドに読みかけの雑誌を放り投げるぐらいの乱雑さで。当然、持ち主は声を荒らげた。

 

『な、何をしてるんだ!』

『アレは一旦諦めろ』

 

 少年が導き出した答えは、聖剣を敵に渡してしまうこと。

 彼らの持っている手札の中で最も価値が高いモノとなると、学園都市第一位の遺伝子情報を除けば、争奪戦の賞品である聖剣しかない。そもそも、それ以外に使える交渉材料がないのだ。一方通行の蓄えている金銭を渡したところで、それで引き下がるような連中は戦争の為のテロ行為に手を染めないだろう。

 

『オマエらは最終的にアレが手元にあればイインだろ』

『た、確かにそうだが……』

 

 ゼノヴィア達の目的は聖剣の奪還。過程はどうであれ、駒王町に集められた全てのエクスカリバーを回収し、ヴァチカンへ持ち帰れば良い。鍛え直すことは容易いのだから、原型を留めていなくとも良いはずだ。

 対して、コカビエルの目的は戦争を引き起こすこと。聖剣を集めているのは、基本的にはバルパーの趣味に過ぎない。戦争好きの堕天使にとっては、エクスカリバーも単なる兵器でしかないのだ。RPGでの迷宮攻略の最中、偶然発見した強めの武器。彼にとってはその程度のことなのだろうと、一方通行は認識している。

 戦争の為の兵器ならば、鹵獲されない限りは所在も動かない。つまり、コカビエルの目的が達成されるまで、聖剣の在処は変わらないはずなのだ。それも単純な宣戦布告をすれば良いわけではなく、魔王の妹の殺害かそれに近しいことを行い、火蓋を切らなければならない。グレモリー眷属やシトリー眷属の抵抗、相手の根城に攻め込むという不利条件。それらを掻い潜るとなると、如何に歴戦の堕天使でも多少の時間は必要だ。

 

『ヴァチカンの使者としてのオマエには聞かねェ。オマエ個人としては、アレと紫藤はどっちが大事なンだ』

『イリナだ』

 

 即答だった。言った本人が即座に自身の手で口を塞ぐものの、色々と意味がない。この場には告げ口するような人間もいないことに加え、一度口に出した言葉はどう足掻いても戻せはしないのだ。

 

『ならイイじゃねェか』

 

 まだ、ゼノヴィアの持っていたエクスカリバーは拾われていない。一方通行が地面を小突けば、すぐにでも手元には返ってくる。しかし、実行には移さない。

 渋々といった様子で頷いた少女を一瞥した後、彼は地面を踏みつけた。それは手元に戻す為ではなく、引き渡す為。転がっていた剣は甲高い音と共に跳ね、老人の眼前に突き刺さった。場所があまりにも良くないが、その立ち姿はエクスカリバーの名に相応しい。残念ながら、それに相応しい人間だけが足りていない状態だ。

 

「コカビエル、提案だ」

「大体予想は出来るが、一応聞いてやろう」

 

 バサと態とらしく翼を鳴らし、コカビエルは笑みを浮かべた。

 会話の内容は聞こえている。何をしようとしているかは、目の前に広がる光景である程度は察している。後はどのような形で踏み出してくるのか。無様に頭を下げるのか、それとも聖剣以外の交渉材料を提示してくるのか。

 

「その玩具はオマエらにやるよ。一旦引け」

 

 しかし、想像していたものは何一つなかった。明らかな上から目線。当然、堕天使の微笑は消えていた。側から見れば劣勢に置かれているはずの少年が、あまりにも酷い態度で言葉を発したのだ。それなりにプライドのある堕天使幹部としては、良い顔は出来なかった。

 額に青筋を浮かべる程ではないものの、どうしても苛立ちは隠せない。頭でも下げていれば、まだ気分良く対応しただろう。しかし、頭を下げるフリすらしない。少年の実力はとうの昔に認めているコカビエルだが、やはり世紀単位で積み重なってしまった、どうしても掻き消せないモノがある。

 

「言い方変えた方がイイか?引かせてやるっつってンだよ。今ならオマケでその玩具付きだ。豪華な食玩だろ?」

「随分な自信だな」

「俺が一人でオマエらのこと探し回ってた。そンだけで十分だと思わねェのか」

 

 侮辱と捉えることは簡単だ。経験の浅い少年神父が一人、自己を過大評価している。一度も交戦していなければ、コカビエルもそう考えていただろう。本当にそんな輩であるのなら、言葉の一つも交わさないまま、槍で心臓を穿っていたはずだ。

 しかし、それが決して過大評価ではないことは知っている。聖剣と衝突しても傷を負わず、大した動作も無しにかなりの規模の風の檻を生成した化け物だ。能力のタネが分からない以上、脅威は未知数。

 神器であれば、戦闘の最中に更なる進化をするかもしれない。神器でないのなら、更に予測がつかない。ただの人間が神器を使わずに神の真似事を行っているのだから、人外としては心中穏やかではいられない。

 

 少しずつ考えていけば、双方に利がある話だった。

 コカビエル個人としては少年神父が気になるものの、相手にするのは厄介極まりない。志半ばで人間一人に計画を破綻させられるなど、仲間内で笑われるだけならともかく、他の勢力にもバカにされる格好のネタだ。

 一方通行側のメリットは言うまでもない。イリナの応急処置に専念できる。ある程度の治療を終えたら、後はその道のプロと言っても過言ではない同居人の元に担ぎ込めば良い。

 

「……それもそうか」

 

 霧散していく威圧感。面白くなさそうな顔は曝け出したままではあるものの、それと同時に戦意が薄れたことも分かる。突き刺さっていた聖剣を力任せに引き抜き、拾い上げた小銭を見るぐらいの、何とも興味の薄い目で眺め始めた。コカビエル自身が聖剣を振るえるならば、多少は脅威だったかもしれない。残念ながら、聖剣を扱うに足る因子を有していない以上、彼が持ってもエクスカリバーは少し鋭い剣でしかない。

 

「まあ、良いだろう」

 

 不承不承ながらも納得した様子で跳尸に剣を押し付け、コカビエルは翼を動かした。交渉はこれで終わり。そんな雰囲気が漂い始める。

 しかし、彼の後方には未だに敵意が剥き出しの老人がいた。突然肩に大怪我を負わされた上、雑に煽るような言葉を浴びせられたのだから、その感情は決して間違ったものではない。肩に刃の残骸を突き刺したまま、憎悪に満ち満ちた瞳を向けている。

 

『アイツを、アイツを殺』

 

 飛びそうになった命令。一方通行は反射で自滅させようと普段通りの格好をし、ゼノヴィアはイリナをこれ以上傷つけさせまいと拳を握る。

 その愚行を直前で止めたのは、黒い翼の持ち主だった。

 

「バルパー」

 

 ほんの少し前に消え去ったはずが、再び辺りに充満していくプレッシャー。重苦しい雰囲気自体は全体に広がっているが、その対象は一方通行達ではない。一応はコカビエル側であるはずの、バルパーに対してのものだ。

 

「俺はハナからお前の目的にも復讐にも興味がない。俺が興味を持っているのは聖剣だ。あの男が振るっていた物とは別だがな。お前はその技術者として、仕方なく使っているだけだ。そして、お前の代わりは幾らでもいる。これだけ言えば、意味は分かるな?」

 

 協力関係にあるとはいえ、そこにある力の差は歴然。

 少しばかり形は違うが、リアスと一方通行の関係性も側から見れば似たようなものだろう。違う部分があるとすれば、少年少女はキチンと互いの価値を認め合っている。お互いに軽口を叩く時もあれば、下らない言い争いをすることもある。簡素な友人関係に近しい何かを築いているのだ。

 しかし、彼らは違う。その間にある関係性は薄氷と呼べるかも怪しい。単なる利害の一致。堕天使が老人に対して向けたのは、あまりにも冷たい瞳。少なくとも、人間を見る目ではなかった。吠えるのを止めない駄犬が相手だとしても、もう少しマシな視線を向けていただろう。道端に転がっている虫の死骸だとか、泥だらけの菓子の残骸だとか、価値を見出せないモノに対する瞳。

 年端も行かない少年に傷を負わされ、一方的に条件を飲まされた。激昂するのも当然の話だ。バルパーも止められるとは思っていなかったし、止められても動いてやろうとも思っていた。

 しかし、そんな瞳を明確な強者から向けられて、怖気付かないのは無理な話だった。利害や損得を考える余裕などなく、動物的な本能による行動の抑制。それなりのエリート街道を歩んできたのだから、自身にそれ相応の価値があるのだという自負もあった。長年積み上げてきたプライドが、ほんの数秒で崩れ去っていく。同族である筈の少年と、聖書に記された堕天使。二人の怪物からの蔑むような視線のせいで、元々大きくない老人の体は更に萎んでいるようにも見える。

 

「それで良い」

 

 肩から流れ出る血を抑えるだけになったバルパーを一瞥し、コカビエルは鼻を鳴らした。

 

『仲間じゃなかったのか?』

『そォ思ってンのは、あの三流学者だけだったっつーことだよ』

 

 復讐心と執着心に駆り立てられていた老人にとっては、目の前の堕天使は必要不可欠な存在だ。彼がいなければ、目的の一割も達成できないという確証があったから。

 しかし、コカビエルにとっては余分でしかない。あったら状況は良くなるが、なくても構わない。受験中、机の上に置いてある予備の消しゴム程度の存在。それが床に落ちたとしても、手を挙げずに試験を続ける人間は少なくないだろう。

 

「それでどうする。停戦条約でも結んでおくか?」

「そンな守るかどォかも分かンねェもンは要らねェよ。そのカラスみてェな翼広げて、とっとと失せろ。こっちもやることあンだよ」

「なら、このままリアス・グレモリーを殺しに行くとするか」

 

 一方通行とリアスの関係を軽く知っているからこそ、冗談混じりに飛ばした言葉だった。多少なりとも動揺が見られれば面白い。万が一に激昂でもすれば、それはそれで爆笑モノだ。

 その程度の発想から生まれた、何処までも普通の煽り。揶揄うような笑みを顔に貼り付け、堕天使は少年の反応を待った。

 

「勝手にしろ」

 

 だが、彼は眉一つ動かさない。顎をクイと動かしただけで、その仏頂面は崩れなかった。視線は既にコカビエルから外されており、脅威として見ている気配もない。

 期待はしていなかったものの、その反応には流石に苛立ちを覚えた。眉一つ動かさないともなれば、煽った自分が馬鹿らしくなる。しかし、人間相手に憤慨するのも馬鹿馬鹿しい。

 

「後悔するなよ」

「しねェよ」

 

 明らかに機嫌が悪くなっていた堕天使は、物言わぬ聖剣使いと顔の青い老人の首根っこを掴み、そのまま飛び去っていった。

 結界には綻びが生じているが、すぐに消え去る程でもない。周囲に人間がいないのであれば、一方通行も躊躇い無く能力を使うことが出来る。施術に不要な瓦礫を蹴り飛ばし、ついでに塵や埃も吹き飛ばしていく。応急処置とはいえ、傷口に菌が入るのは避けるべきだ。

 

『い、行かせて良いのか?リアス・グレモリーは君と協力関係にあるんだろう?』

『グレモリーもあのカラス野郎の狙いは大体知ってる。対策してねェなら、それはアイツが悪りィ』

 

 冷たいとも思われる発言だったが、一方通行も流石にそこまで面倒を見るつもりはない。魔王の妹、領主、次期当主。そういった称号を持ち合わせているリアスが、特大のリスクを認識した上で何の対処もしていないのならば、それはその立場にいるべきでない何よりの証拠だ。

 サーゼクスに救援要請をするなり、一方通行に大金を払って護衛を頼むなり、彼女の人脈をフル活用すれば、自分の身を守る方法は幾らでもあるのだ。事前にコカビエルを叩き潰すことも、決して不可能ではないだろう。

 リアスの性格上、そこまでしていないだろうと一方通行は予想している。しかし、対策を一切講じていないとも考えられない。ならば、ある程度の時間は彼女自身が稼ぐはずだ。

 

『あのイカれジジイの傷をどォすンのかは知らねェが、強化素材が手に入った武器をそのままにすンのは有り得ねェ。聖剣の加工に使う時間を考えンなら、俺達と動き出すタイミングは大して変わらねェよ』

 

 それに加え、コカビエル達の準備時間もある。

 元々戦力外のバルパーにリソースを割くとは考えづらいが、折角奪い取った聖剣を無駄にするというのも考え難い。少なくとも、エクスカリバーを鍛え直すには相応の時間を要する。

 そこにリアス達が抵抗する時間を足せば、ある程度の余裕が生まれる計算だ。不確定要素が多過ぎる以上、一方通行にはこれ以上の楽観も悲観もできない。しかし、確定事項だけを抽出しても、多少の時間があるという事実は覆らない。

 

『後はまァ……』

 

 そして、彼が個人的にジョーカーになり得ると思っている悪魔がいる。

 

『何かあるのか?』

『バカな兵士がいるンだよ』

 

 少年の脳裏に浮かび上がったのは、ライザーとタイマンで殴り合っていた兵士の姿。非科学的な根性論で持ち堪え、感情論で神器の力を引き出し、タフネスの最高峰であろう不死鳥と殴り合う。

 悪い言い方をしてしまえば、かなりのバカだ。しかし、だからこそ、ある程度は信用が出来る。周りの眷属全員が地に伏せていたとしても、彼が一人だけ立っている姿は十分に想像できる。

 

 想いに応えるという、何とも曖昧な存在。それが神器。

 だが、一方通行はそれと似たようなモノを知っている。それは『自分だけの現実』と呼ばれていたモノ。神器と同じように限界はあるものの、想いに応えるような動きを見せることはある。

 土壇場での新たな制御領域の取得であったり、自身の能力の拡大解釈による能力の成長、他者の能力をヒントにした能力の応用。

 酷い使い方ではあったものの、レーティングゲームでイッセーの見せた技も進化の一つだろう。どのような形で伸びていくかは分からないが、コカビエルという圧倒的格上と交戦することによって、新たな力に目覚めるという可能性もある。

 

『つーか、そンなことはどォでもイイだろォが』

 

 頭を僅かに振り、一方通行はイリナの傷の近くに手を置いた。

 

「身長体重から考えンなら、本来の血液量は……傷があンのはそこと、そこにもあンのか。輸血するにしても、まともな場所だと色々と手続きがめンどくせェな。まァ、後からグレモリーにやらせりゃイイか」

 

 一方通行の異能の根幹を支えているのは、超能力者の中でも異常極まりない解析能力だ。勿論、演算能力があってこそではある。しかし、それ自体は電卓でも代用が可能だ。いくら複雑な方程式を暗算で解けたとしても、目の前で起こっている現象を寸分の狂いなく式に書き起こさなければ、彼の能力はキチンと発揮されない。

 何故なら、ベクトル操作は動き続ける現実を書き換える能力だから。学園都市にいる他の能力者の持つ力というのは、その時点での現実に書き加える能力でしかない。一方通行は書き加えられた現実をも書き換える。

 

 ベクトル操作は強力な異能だ。周囲からのベクトルを只管マイナス方向に書き換えてしまうだけで、相手は自滅してしまう。だが、それ以上のことが出来るだろうか。

 時速三十キロで走っている自動車に追いつく為、能力を行使したとする。足元に存在しているベクトルは何か。気温、風速、気圧、摩擦係数、空気抵抗、それぞれの数値には何を当てはめれば良いのか。他には何の数値が必要になるか。

 一方通行はそれら全てを解析し、脳内の数式を完成させ、目標を達成する。いくらノイマンのように高度な暗算が可能だったとしても、ベクトル操作を十全には扱えないのだ。

 学園都市第一位の称号が一方通行の手の中にあったのは、彼が『一方通行』を所持していたからではない。『一方通行』を所持していたのが彼だったからだ。

 

 つまるところ、彼の解析能力は並大抵のものではない。五感で認識不可能な低周波や放射線、空間移動等で用いられる三次元空間で表現できないベクトルも観測し、操作対象にしてしまう。

 その力を応用することで、様々な検査を行える。工事現場に出向いても、天文台に赴いても、その場に必要な精密機械と同等かそれ以上の解析能力と演算能力を発揮してしまう。当然、手術室の中で行うようなことも。

 

『何をしているんだ……?』

『色々だ』

 

 生命維持装置。今の一方通行の役割を端的に表すなら、それが最も適切だろう。失ってしまった血を補ったり、逆再生のように傷を消したり、時間を巻き戻すようなことはしていない。

 体温、脈拍、呼吸、血圧。現在のイリナの状態に限りなく近い数値を弾き出し、必要なことをベクトル操作で行っているだけだ。

 これ以上の出血を防ぐ為、血管の代わりをしている。傷ついた臓器の役割を担っている。細胞分裂を促し、欠損した組織の再生を促している。負傷の際に紛れ込んだ異物を取り除いている。

 その中でも常人が目で見て分かるのは、血流を操っていることだけ。それだけであっても、神器という摩訶不思議な異能が世に存在すると分かっていても、十分に奇跡のような光景だった。

 

『まだ死ンでねェなら、どォにでもなる』

 

 段々と迫っていた気配が遠ざかっていく。それに何度も触れたことのあるゼノヴィアだからこそ、すぐに分かった。少しずつ薄くなっていた色の変遷は止まり、それよりも酷くなることはない。それは灯火が瞬く間に掻き消されたという意味ではない。消える一歩手前だった命は、摩訶不思議な少年の手によって守られた。

 彼が何をしたのか、ゼノヴィアは全く理解していない。もし一方通行が噛み砕いて説明したとしても、良くて半分程度しか理解できないだろう。しかし、一つだけ分かったことがある。彼が命を繋いだ。魔法や奇跡のようなことを人為的に引き起こして、友人の命を繋いでくれた。

 

『まるで……』

 

 そこから先を声に出してはならない。

 確かに文字通りの神業であることは認める。患者の体に触れただけで、その容体を安定させることは不可能だ。どんな名医であっても、高名なセラピストであっても。

 それこそ、ゼノヴィア達の信仰している存在でもなければ、そんな奇跡にも見紛うことを意図的に引き起こせるはずがない。しかし、彼女の目の前で座り込んでいる少年は何者か。無辜の人々を殺めた大罪人だ。比喩表現とはいえ、その名を出すことは良くない。

 

『もしかして君は、アーシア・アルジェントと同じような神器を持っているのか?』

 

 喉元まで来ていた言葉をグッと飲み込み、何とか誤魔化した。

 

『俺のはあンな特化型じゃねェよ。十徳ナイフみてェなもンだ』

 

 実際には十徳ナイフ程度で済ませるべきではないだろう。しかし、ゼノヴィアがそんなことを知る由もない。

 

『そうか。便利な能力だな』

『……そォかもな』

 

 周りがその程度の認識だったなら。

 もしもの過去をほんの少しだけ想像したものの、一方通行はすぐに思考を切り替えた。危険域から脱したというだけで、彼の前で横たわっている患者の傷は完治したわけではない。極度の集中状態になる程ではないが、ある程度の思考領域は確保しておくべき状態のままだ。

 

 そんな中、紫藤イリナが意識を取り戻した。とはいえ、状態としては夢現のようなもの。覗き込んでいるゼノヴィアに対する反応は薄く、その焦点の合わない瞳で捉えているのは、自身に触れている一方通行の姿だった。朦朧とする意識の中では、真っ白な少年の姿は余程美しい何かに見えたのだろう。

 血塗れの両手が見慣れた形を形成した。アーシアもよく行っている、祈りの所作。

 

「主よ、ありがとうございます……」

 

 ポツリと言葉を絞り出し、イリナは再び意識を失った。

 

『イリナ!しっかりしろ!』

 

 目を瞑った少女の肩を掴み、揺らし始める青髪の少女。一方通行にもその気持ちは多少理解できるが、絶対にやるべきではない。

 空いている方の手でメッシュの部分に被せるように手刀を浴びせ、赤い瞳で下手人を睨みつけた。

 

『死にかけの人間に何してンだ』

『す、すまない……だが』

『コイツを殺してェなら、頭でも引っ叩いて起こせばイイ』

 

 慌てるゼノヴィアを強めの言葉で無理矢理宥め、少年は少女を担ぎ上げた。向かう先は自身の居城。下手な医療機関よりも信用できる同居人の元へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、天界の一部が騒めいた。

 先の大戦以来、沈黙を貫いていたモノが唸ったのだ。ほんの僅かな反応ではあったものの、天使長が揺さぶっても無反応だったことを考えれば、その異常事態がどれ程のものかは分かるだろう。

 

「一体、何が」

 

 熾天使達が騒ぐ中、ソレは再び黙り込んだ。

 聖書の神が作り上げたプログラム。完全なるブラックボックスであり、主以外の存在が干渉不可能なシステム。不具合であるならば、それも緊急事態だ。しかし、目の前で起こったことが正常な反応なのだとすれば。

 

 謂わば、天上の意思。それに干渉する何かが生まれたのか、辿り着いたのか。何れにしても、神のいない天界の長としては動かざるを得ない。それがどのような形に収まるとしても。

 

 

 

 

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