大排気量の轟音をマフラーから響かせて、1台のバイクが夜陰の中を疾走する。
月明かりに照らされたバイク。そのフォルムは、一度見れば網膜に焼き付いて離れない程に、強烈で鮮烈だった。
燃え盛る車輪と、悪魔の頭骨を模したハンドルパーツ。大型のハーレーを凶悪なシルバーメタリックの装飾で彩った業火を吐くバイク。
それに跨るライダーは、これまた異形。
黒いライダースジャケットに、黒いズボン。黒の革グローブ。
そしてそれらを纏う、燃え盛る炎を宿した白骨死体。
肉は一欠けらも残っておらず、真っ白な骨。それが、燃え盛るバイクをかって夜を切り裂く地上の彗星のように道を駆けていた。
バイクの走り抜けた後に残るのは、炎の轍。
その道すがらに、炎の宿った眼窩が不意に空を見上げる。
空に浮かぶのは異形。
象の様な頭部を持ち、胎児のように丸く膝を抱えた巨人だろうか。
その同心円状の目が月を背にギョロギョロと、まるで目を皿にするようにして街を見下ろしている。
炎のライダーは、更にアクセルをふかすようにグリップを捻る。呼応するように、車輪を形成する炎の勢いも増し、同時にヘッドライトの位置にある髑髏の目より勢いよく炎が噴き出してきた。
増す速度。猛る炎。爆音が、夜の帳をつんざいた。
そして、宛ら炎の弾丸のようになったバイクは道路わきのフェンスへと乗り上げ、その金網を斜めに駆け上がっていき、先端から飛翔。
更に捻られるアクセルによって噴き出した炎の勢いか、バイクは何も無い空中を駆けていく。
ここで、空の異形が自分へと近づいてくる炎のライダーに気が付いた。
尤もそれは、遅きに失した、ともいえる愚鈍さ。
唸りを上げて炎の丸鋸と化した前輪が瞬く間に迫り巨大な異形の脛へと食らいつく。
「ォォォオオオオオオオオオオオオオオ!?!?!?」
絶叫。ギャリギャリと嫌な音をたててバイクの前輪は異形へと食い込んでいく。
振り払おうと身を捩るが、一手遅い。その太い首へと、燃え盛る鎖が絡みついていたからだ。
皮膚を、肉を、骨を、魂すらも焼かれているのではないかと錯覚するほどの業火。大きな手が鎖を引き剥がそうと伸びた部分を掴めども、掴んだ指は一瞬で焼き尽されボロボロと煤の塊のようになって崩れ落ちていく。
「――――終ワリダ」
一際激しく炎が吹き上がり、前輪の炎が異形の巨体を真っ二つに焼き切った。
ぐずぐずに崩れていく巨体を見送って、炎のライダーの左前腕に燃え盛る鎖が巻き付きその炎を鎮火させる。
そのまま、バイクは近くのビルの屋上へと焦げ目を刻みながら着地、停車した。
独特な猛獣の唸り声の様なアイドリング音を響かせながら、燃え盛る眼窩は空を見上げる。
「――――いやー、漸く見つけたよ」
空に人が立っていた。
真っ白な髪に、目元を覆う包帯。特に後者は、完全に視界を潰してしまっているのだが、炎のライダーはその視線が自分へと向いていると感じ取っていた。
何より、先程焼き潰した巨大な異形よりも空に浮く男は遥かに強い。
炎のライダーの左前腕に巻かれていた鎖が独りでに解け、その白銀だった表面は一気に赤熱して炎を宿した。
一方で、空の男もまた徐に包帯をずらすとその下にあった空色とも上質なアクアマリンとも言える宝石の様な瞳を露にする。
「……へぇ、面白いね。その炎って、
言いながら、本格的に包帯を解いて本気モード。
その口元には、笑みが浮かぶ。
「ここ最近、広い範囲で呪霊や呪詛師が消されてるって事で放り出されたんだけど……うん、これなら受けて良かったかな。良い見つけものだし」
「失セロ」
「ダメ。君ってさ、人間でしょ?そういう術式で変身してるにしろ、放っておくのは無理だからね」
「……」
男の言葉に、ライダーは鎖を回し始める。
舞った火の粉が辺りを照らし、先端と擦れた屋上には炭のラインが幾つも引かれる。
「やる気だね。良いよ、ちょうど退屈してた所だからさ」
男の返答と共に、炎の鎖が襲い掛かる。
呪術界最強の男、五条悟。
無下限呪術と呼ばれる“無下限”を使役する術式と、六眼と呼ばれる対象の術式を看破し呪力を視認、更に精密なコントロールも可能とする目を持ち合わせた生まれながらの強者。
そんな五条にとって、真正面からやり合える者はまず居ない。過去には、張り合っていた男もいたが彼とは袂を分かってしまった。
そして、今。
「結構厄介かな」
迫りくる燃え盛る鎖を
当初の目的は、とある一帯における呪霊並びに呪詛師の消失事件。
呪霊とは、人々の負の感情が寄り集まる呪いの塊。呪詛師とは、自身の私利私欲のために力を行使する呪術界の規定から外れた者達。
何れも、五条にとっては雑魚ばかりだが、しかしそれらが唐突に消えるのは
この場合で考えられる可能性は、尋常ではない呪霊の出現。若しくは、在野の術式持ちが力を覚醒させた場合の二種類が主に挙げられる。
五条が派遣されたのは、呪霊もしくは呪詛師の仕業の場合はそれらの討伐。言葉が通じる相手ならばスカウト。
そして今、彼はいつにない興奮を覚えていた。
燃え盛る鎖を扱う、炎を宿したライダースジャケット姿の骸骨。
完全な化物的見た目だが、
問題なのは、宿した炎だ。
(あの鎖は、本来はただの鎖。呪力の一つも宿ってない。にも拘らず、炎を待とうと特級相当のモノへと変化するんだから驚くよね。何より、呪力を燃やしてくる)
五条の扱う無下限呪術は、簡単に言うと距離を操るものに近いか。
彼への接近物は、ただ只管に接近し続けるだけで辿り着かない。要は、はたから見れば数センチ程度の幅に近く出来ない途方もない距離が転がっている様なものだ。それも、永遠に近づく事のない距離だ。
行使するには、分子レベルの微細な呪力コントロールが求められるのだが、これを可能とするのが六眼。
だが、どれだけ凄いと言われても、突き詰めれば呪術だ。呪力を術式へと流して行使する。
そして、炎骸骨の扱う業火は、
つまりは、術式によるガードをしようにも、ガードに回した術そのものを焼かれて機能しないという事。
要するに五条の強みの一つを潰された。というか、呪術師、呪霊、呪詛師の持つ力を根本的にぶっ壊される形。
しかし、炎のライダーが一方的かと問われれば、ソレも否だ。
今もそう。見えない力の衝撃に、体が揺らされる。
如何に呪力を焼こうとも、術式の副次効果までにはその効果は及ばない。加えて、呪力を焼くと称したが一瞬で呪力その物を焼き尽す訳では無い。
如何に大火力であろうとも、焼けるのは表面からだ。内部は、外側が焼けなければ焼けないように、僅かな熱の浸透こそあれども物事には順序がある。
五条程の呪術師ともなれば、放つ呪力の層も厚い。ついでに、数度の衝突で炎の原理もある程度読み解かれている。
数秒の壁にしかならないが、高度な戦闘状況においてはそれだけで十分すぎる。
何より、位置が悪い。
炎のライダーは、機動力という点で五条に大きく劣っている。いや並大抵の相手よりは上。だが、五条は限定的とはいえ瞬間移動を可能とする。目視できる範囲ならば幾らでも飛べるだろう。
結果、膠着状態。いまいちどちらも攻め切れない。
五条としては、消し飛ばす訳にもいかず。炎のライダーからすれば決定打に欠ける。
そして、夜が明け始めた。
「――――あ」
一瞬の出来事だった。ビルの隙間から覗いた朝日が炎のライダーにあたった瞬間、その体は人のモノへと戻ってしまっていた。
更に運の悪い事に、五条の一撃が彼へと叩き込まれその体は近くの給水タンクへと勢いよく吹き飛ばされてしまう。
「……やっちゃった?」
朝日の中で噴き出る水。
その水音に混じって、僅かに焦った五条の声が響くのだった。