二つの00   作:神田瑞樹

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自分の昔の作品って、何か恥ずかしいですね(昔書いてたネギまなんて、今読み返せば赤面ものですし……)。おおらかな心で見て頂けるとありがたいです。


第一話

 

 

          Ⅰ

「………俺たちは、分かりあうことが出来たんだ………」

 

 刹那・F・セイエイとマリナ・イスマイール。

 共に姿は変わってしまったけれど、長い歳月を経てようやく分かりあうことが出来た二人。マリナはまるで五十年前に戻ったような気分で、刹那がいない間に世界で起こったことを語った。

 エルスの侵攻を退けた後も世界から争いはなくならなかったこと。

 些細なすれ違いと誤解から大戦にまで発展しかけたこと。

 そしてその歪みを正すために、ソレスタルビーングが再び戦火に身を投じたこと。

 刹那は口を挟むことなく、穏やかな表情で彼女の話に耳を傾けた。

 そしてどれくらいの時間が経っただろう。

 一時間か、あるいは二時間だろうか?

 盲目となったマリナには分からなかったが、それは彼女にとって幸せな一時であることに疑いはなかった。

 だから、この言葉を紡ぐことに躊躇した。

 だが、聞かない訳にもいかなかった。

 

「刹那………あなたはこれからどうするの?」

 

 視力は失ったが、それ以外の感覚は随分と鋭敏化した。

 だからこそ、刹那が僅かに反応を示したことがマリナにはわかった。

 

「………俺は」

 

遠い回り道の末、ようやく分かりあうことが出来たのだ。

 出来れば一緒にしてほしい。

 だが、刹那の口から零れたのはマリナの願いとは正反対の言葉だった。

 

「俺には、まだやるべきことがある」

「そう………」

 

 心のどこかでは、こうなるんじゃないかと言う確信染みたものがあった。

 イノベイターとしての能力などという大層なものではなく、単なる女の勘。

 わかっていたから聞くのを躊躇した。

 でも、それも終わり。

 シンデレラの魔法が十二時で解けてしまうように、楽しかった時間は終焉を迎える。

 マリナは気配を頼りに刹那を見つめる。

 光を失った彼女には見えないが、刹那もまた虹彩が金色に輝く目でマリナを見つめていた。

 

「刹那………いつになったらあなたに安らぎは訪れるの?」

「………俺には生きている意味があった。だからこそ、俺はこれからも戦い、そして対話を続けていかなければならない」

「一人で全てを抱え込むのは、とても悲しいことだわ」

「それでも、俺は立ち止まるわけにはいかない」

 

 確固たる意志の籠った声。

 やはり昔と変わらないのねと懐かしく思う一方で、同時にそれが哀しくもある。

 マリナは無言のまま、刹那の身体に手を回す。

 刹那もまた、何も言わずにマリナの身体を優しく抱きしめる。

 マリナは薄らと涙を流し、そっと囁くように呟いた。

 

「本当はあなたに一緒にいてほしい。でも、あなたはそれを望まない。だけど覚えていて刹那。あなたは一人じゃない。例えどれだけ離れていても、あなたの傍には多くの人達の心がある」

「あぁ………」

 

 マリナには分かっていた。

 これが最後になるだろうと。

 もう、二度と会うことがないということを。

 

 

 

        Ⅱ

 マリナとの別れを告げた刹那は、花畑の下でガンダムを見上げた。

『GNT―0000ダブルオークアンタ』。

 対話のために創られ、五十年以上も共に歩み続けたもう一人の自分。

パイロットと同じくELSと同化したその機体の表面には、色とりどりの花が咲き誇っている。

 ELSと刹那にとって、理解と平和の象徴であるあの花が。

 

「………喜んでいるのか」

 

 自然の花畑を前にしてはしゃぐELSの声が刹那の脳裏に流れ込んでくる。

 刹那は僅かに頬を緩ませて機体へと乗り込んだ。

 

          ◇

 

『もういいのか、刹那?』

「ああ」

 

 自分以外いるはずのないコックピットから突然聞こえた第三者の声にも驚くことなく、刹那は淡々とシステムを起動させていく。

 花へとその姿を変えていたELSは刹那の脳量子波を受けて元のダブルオークアンタの一部として戻り、以前に比べて遥かに出力を増したツインドライブが起動を始める。

 脳量子波コントロールシステムの準備シークエンスが完了すると、コンソールパネルから立体映像として三〇㎝ほどの黒紫髪の小人が浮かび上がる。

 ティエリア・アーデ。

 刹那と同じく元CBのガンダムマイスターの一人にして、ヴェーダによって作られた生体端末イノベイド。ティエリアの肉体自体は既に存在していないが、意識データーとしてダブルオークアンタと共に刹那と歩んできた。

 

『もう少し一緒にいても構わなかったんだぞ? これから外宇宙を巡ることを考えれば、僕達が再び地球に戻ってこれるのは早くとも百年以上先のことだ。イオリアの計画が最終段階まで来た今、それほど急いで旅立つ必要は………』

「既に決めたことだ」

『ふぅ。何十年経っても君の頑固さは筋金入りだな………わかった。こちらもヴェーダ本体との通信は既に完了している。いつでも発進可能だ』

「了解。量子ゲートから外宇宙に出る」

 

 ダブルオークアンタの左肩に設置されたGNシールドから六基のソードビットが前方に展開し、ゲートを創り上げる。その先に繋がっているのは、刹那とELSが長い対話と旅の末に見つけた新たなるELSの母星。 

 ダブルオークアンタが、ゆっくりとゲートへと触れる。

 その時だった。

 

「っつ!?」

『どうした刹那!?』

 

 ゲートに触れた瞬間、突如として停止したダブルオークアンタにティエリアは声を荒げる。刹那は虹彩が金色に輝く目を大きく見開き、

 

「………叫びが……聞こえる……」

『なに?』

 

 まさかイノベイターとしての直感が何かを感じ取ったのかと、ティエリアはヴェーダを介して刹那の意識とリンクする。

 そして聞こえてきたのは、

 

――――助けて

 

『これは………』

 

 かなり小さいが、間違いない。

 正しくこれは叫びだ。

 それも、この脳量子波は、

 

『人間のものか!』

「………だが、この世界のものではない」 

 

 もっと遠く。

 それこそ外宇宙の遥か先から発せられたものだと言う確信が、刹那にはあった。

 恐らくは物理的距離が意味を成さない量子空間を介して流れ込んできたのだろう。

 

『………どうする刹那?』

「決まっている」

 

 ゲートが向こうの脳量子波を感知している今、それを辿れば向こうの世界に行くことは容易。だが、それは一方通行。帰ってこれると言う保証はない。

 それでも、

 

「俺は行く」

 

 そのために自分は生きているのだから。

愚問だったなと、ティエリアは微笑を浮かべる。

 ダブルオーは、青白いGN粒子を振りまきながらゲートをくぐる。

 最後に刹那に聞こえたのは、

 

―――――タケルちゃんを助けてっ!

 

 誰かの名前を叫ぶ、少女の叫びであった。

そう。これが全ての始まり。

 これから先、真のイノベイターは遭遇することとなる。

 分かり合えぬ存在に。

 本当の意味での敵に。

 そのことにまだ、刹那達はきづいていなかった。

 

 


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