二つの00   作:神田瑞樹

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第二話

         Ⅰ

ゲートをくぐると、そこに広がっていたのは漆黒の海。

果てなく続く闇の中に、ダブルオークアンタのGN粒子が青白い光点を作る。

 

「………ここは」

『どうやら、宇宙空間らしいな』

 

 刹那の呟きにティエリアが答える。

 本当ならば声の下に直接ゲートを開くはずだったのだが、距離が長すぎたのかこんな所に出てしまった。

ティリアはダブルオークアンタのセンサーを利用して周囲の情報を集め、そこから自分達が置かれている状況を把握しようとするが、

 

『なっ!?』

「どうした?」

『………各種センサーからの情報を統合してヴェーダ内のデーターと比較した結果、現在位置がわかった。今僕達がいるのはポイントA08093………火星圏のすぐ傍だ』

「っ!」

 

 刹那は絶句し、無限に広がる闇に目を落とす。

 ここが火星の近くと言うことは、ワープは失敗したのだろうか?

 そんな刹那の思考を読み取ったティエリアは、否定の言葉を返す。

 

『いや、少なくともここは僕達の知る太陽系ではないようだ』

「………なぜそう言いきれる?」

『ワープの後から僕とヴェーダ本体とのリンクが途切れている。脳量子波を通じてリンクを行っている以上、同じ太陽系内で僕とヴェーダ本体のリンクが途切れることは理論上有り得ない。それに火星付近にもかかわらず、センサーに探査衛星の影すらも見当たらないことも不自然だ』

 

 先程まで刹那達がいた西暦二三六四年では、人類の太陽系内の進出はほぼ完了しており、惑星にはそれぞれ無数の無人衛星や有人コロニーが設置されている。

 それが一つも見当たらないと言うのは、確かにおかしい。

 

『刹那、あの少女の声はまだ聞こえるか?』

「………いや」

『そうか』

 

 声が未だ聞こえているならばそれを道標することもできたが、途絶えた以上そうもいかない。手がかりがあるとすれば、

 

『確かあの少女は誰かの名を呼んでいたな?』

「あぁ。タケル、と」

『タケル………仮にこの宇宙が僕達の世界のものと酷似していると仮定するならば、やはり地球人だろうか?』

「その可能性はある」

 

 そもそも本当にここが自分達の世界の太陽系と酷似しているのかさえ定かではないのだ。

 あの少女の声が人間のものであった以上、この世界に人間がいることはまず間違いない。

 だが、この世界にも地球が存在するのか?

 もしあったとしても、人類は地球に住んでいるのか?

 この世界の人類は既に異種との対話を終えたのか?

仮定ならばいくらでも作れるが、結論を出すには情報が不足しすぎている。

 

『どうする刹那? やはり地球方面へと向かって見るか?』

「………いや、先に火星に向かう」

『火星へ?』

 

 幾ら距離が近いとはいえ、人類のいる可能性が高い地球を差し置いて先に有るかどうかもわからない火星に向かうなど普通は有り得ない。

 ということは、

 

『また何か感じたのか?』

「………はっきりとはわからない。だが、俺はそこに行く必要がある様に思う」

『イノベイターとしての直感か………』

「それに、ELSも行くべきだと言っている」

 

ELSとの対話の中で、刹那はELSの一部をその身体に受け入れた。

 言うなれば今の刹那は人間とELSの両方の性質を備えた新たな種族であり、彼には自然とELSの意思というものがわかる。

 ティエリアは少々悩むような仕草を見せ、

 

『………イノベイターだけでなく、ELSまでもが火星を意識している。この世界の火星には何かあるのか?』

「だからこそ、俺達はそれを知る必要がある」

 

 量子ゲートによる長距離ワープはマーカーが無いと使えないため、刹那は元の世界での座標を頼りにダブルオークアンタを翻す。

 目標は火星。

 未知の存在の遭遇とまで、後もう少し。

 

 

 

        Ⅱ

 ダブルオークアンタが火星方面へと進路を取って数時間。

 宇宙ロケットすらも凌駕する速度を持つダブルオークアンタは、瞬く間に予定ポイントまでの距離を詰めていた。

 

『そろそろだな』

 

 ここまで元いた世界との大きな座標のズレはない。

 順調にいけば後数分もすれば火星の姿を拝むことが出来るだろう。

 だが、火星までの距離が近くなればなるほど、刹那は言葉に出来ない何かを強く感じ取っていた。

 リボンズ・アルマークと戦った時とも、ELSと遭遇した時とも違う。

 そう。もっと、根本的な所で―――――

 

『見えてきたぞ、火星だ!』

「………」

 

 ティエリアの声で思考を中断し、メインモニターに視線を送る。

 まだ小さいながらも確かに映る第四惑星、火星。

 望遠カメラがその火星を拡大し、

 

『なっ!?』

「っつ!!」

 

 それに、刹那とティエリアは息を呑んだ。

 人類が到達していなければ岩石に覆われている筈の地表。

 そこに、塔が立っている。

 いや、これを塔と呼んでいいのだろうか。

 金属でありながらも岩、そんな何かを幾重にも積み重ねて作られた奇妙な建築物。

 そんなものが、間隔を置きながら火星の表面に無数に聳え立っている。

 

『望遠カメラの倍率から推測するに、あの構造物の高さは低い物でも千五百………高い物だと三千を超えているな。だが、一体誰がこんなものを?』

「………急ごう」

 

 刹那はダブルオークアンタの速度を上げる。

 違和感はここにきて更に強くなっている。

 ダブルオークアンタが火星の重力圏内へと突入し、地表の姿がここにきてはっきりとモニターに映る。

 

『これは………』

「………」

 

 天高く聳え立つ奇怪な塔。

 そして塔の周囲の地上には、望遠カメラではわからなかった無数に蠢く影。

 

『………なるほど、どうやらこの建造物は彼らの住処の様だな』

 

 ティエリアは平坦な声でそう述べるが、やはり動揺しているのがわかる。

 だがそれも仕方ないだろう。

 何せ蠢く影の姿は、醜悪の一言に尽きる。

 影にも種類があるのか大小様々な形をしているが、そのいずれも生理的な嫌悪を呼び起こすには十分すぎる程の醜さである。 

 

『………数は付近の地表部分だけでも軽く三十万。その上更に増大中か』

 

 ダブルオークアンタに反応したのか、続々と地下から無数の影が波となって現れる。

 このペースでいけば、恐らくは後十分もすれば地表は影によって埋め尽くされるだろう。

 ただ、地表に集まった影がダブルオークアンタに対して攻撃を仕掛ける気配はない。

 空中に浮かぶダブルオークアンタへの攻撃手段が無いだけなのか、それとも攻撃する意思(意思を持っているのかは定かではないが)が無いのか。

 

『刹那、君はどう思う?』

「………」

『刹那?』

 

 再度ティエリアが呼びかけるが反応が無い。

 刹那は半ば呆然としたまま確認した中で最も高い塔へとGNソードⅤの銃口を向け、操縦桿のトリガーに手をかけようとして、

 

『刹那!!』

「っつ!」

 

 ティエリアの叱責に刹那は我に帰る。

 トリガーが引かれる一歩手前で踏み止まったために、何も状況は変わっていない。

 だがもしも気付くのが後一歩遅ければ、今頃高出力ビームが巨大な塔を貫いていただろう。

 

『何をしようとした刹那! 彼らは僕達に対して敵対行動をとっていない。ここで僕達が攻撃を仕掛けるようなことがあれば』

「………すまない」

『なぜ彼らを撃とうとした?』

 

確かに影の外見はお世辞にも良いとは言えないが、刹那はそんな事で本質を見間違うような人間ではない。そうでなければ、ELSとの対話など不可能だった。

 刹那は険しい表情を浮かべ、

 

「………わからない。だが、奴らを見た瞬間、敵だと言う確信があった」

『なに?』

 

 人類に対して攻勢を見せたELSすらも敵と判断しなかった刹那が、何もしていない彼らに対して敵という判断を下したというのか。 

 ティエリアは形の整った眉を潜め、ある意味で彼らに近い存在に聞くことにした。

 

『ELSは何と言っている?』

「………未知の存在に対し、判断を保留している」

『ELSすらも知らない生命体………元からこの世界の火星に住んでいた固有種であるのか、それとも他から移住してきた異星体であるのか………いずれにせよ、このままでいるわけにもいかないな』

「ああ」

『刹那。彼らから何らかの意思を感じ取ることは出来るか?』

「………微かには感じる。だが、何か違うような気がする」

『違う? それが僕達やELSと比べてということか?』

「………トランザムによる簡易接触を試みる」

 

 刹那自身、その違いが何なのか、はっきりとはわかっていない。

 なぜ奴らから感じ取れる意思がこんなにも微弱なのか。

 なぜそれらの意思が全て同じなのか。

 そしてなぜ、自分は奴らと呼び、こんなにも警戒しているのか。

 答えを求め、刹那はシステムを起動させる。

 

「トランザム!」

 

 ダブルオークアンタの胸部の太陽炉を中心にして、一気に機体が赤色化する。

 刹那の強力な脳量子波と連動することによって、その稼働率を爆発的に上昇させたツインドライブから莫大なGN粒子の波が洪水となって周囲に溢れだし、瞬く間に火星全土を呑みこんでいく。

 クアンタムバーストには及ばないまでも、高濃度のGN粒子が火星を取り込み、一時的な意識共有空間を作り出す。

 刹那はヴェーダとELSを用いて数多の情報を処理しながら、流れ込んでくる声に耳を傾けた。

 

――――観察

――――収集

――――報告

 

 聞こえてくるのは断片的なキーワード。

 声は全て画一化されており、そこに個性などというものは存在しない。

 刹那は直感する。

 これは擬似的なものだと。

 そう。つまりは、

『彼らはある意味で僕らイノベイドと同じ………肉体に意思という名の命令を植えつけられた生体端末だったのか!』

 人間と殆ど変らぬ意思を宿すイノベイドとは違い、彼らに植えつけられた意思は余りにも脆弱。それこそ、命令通りに従う機械と何ら変わらない。

 ティリアが驚愕する間にも、刹那は更に深く声の奥底へと潜って行く。

 そこにいる筈なのだ。 

意思を与えた大元が。

 答えを知る存在が。

 細い糸を辿るかのように、刹那は無数の声の奥底へと進んでいく。

 そしてそれに触れた瞬間、圧倒的な情報の奔流が、刹那の脳を蹂躙した。

 

「がっ………がああぁぁあっ!?」

『馬鹿な! まだ表層意識に接触しただけだぞ!?』

 

ヴェーダとリンクが繋がっているにもかかわらず、処理しきれない情報の海が大挙として刹那に襲いかかる。人の意識など瞬く間に消え失せてしまう程の深い深い海。

 ELSとの同化によって情報処理能力が上がっていなければ、刹那の意識は崩壊していただろう。

 

「くっ……情報を………」

『わかった!』

 

 ティエリアはヴェーダの処理能力を最大限にまで引き上げ、ELSと共に刹那に襲い来る情報の海をかき分ける。ティエリアとヴェーダ、そしてELSのバックアップを受けて刹那は未知の存在との接触を試みる。

 

「………教えてくれ。お前達は何者なんだ?」

 

 答えはない。

 代わりに、幾重もの情報が刹那の脳裏を横切っていく。

 

―――――広間

¬¬―――――存■

―――――聳え■■大な■座

―――――上■■在

―――――■■■

 

『っつ! 刹那! これ以上の接触はトランザムでは無理だ! 飲み込まれるぞ!!』

「トランザム解除!」

 

 赤色化していたダブルオークアンタが、本来の青と白の姿へと回帰する。

 ツインドライブはその稼働率を通常状態まで落とし、形成されていた一時的な意思共有空間が解除される。 

 刹那は荒い息をつきながら、戦慄と共に呟いた。

 

「今のが………」

『彼らの中枢………つまりは、意思の本体だ』

 

 眼下に広がる無数の影に意思という名の命令を与えた大元。

 それこそ、ELSにも匹敵しかねない程の圧倒的情報量だった。

 だが、刹那を戦慄させたのはそんなことではない。

 彼を戦慄させたのは、

 

「あれは、俺達を生命だとは認識していなかった」

『あぁ』

 

 僅かに繋がった意識の中で感じたのは、友愛でも敵意でもない。

 まるで実験動物や自然現象を見るかのような、ねっとりとした観察の眼差し。

分かりあうとか、対話の以前に、そもそも同じテーブルについていない。

 ティエリアは表情を険しくし、

 

『これが君が彼らを敵と感じた正体か………まずいな、これでは』

 

 クアンタムシステムによる『対話』とは、高濃度GN粒子と脳量子波を触媒にした意思の共有。簡単に言えば、本音同士の会話といった所だろうか。

思いこみや先入観に捕らわれることなく、言語や種族の壁すらも越えて互いの本質を理解し、分かり合う。それこそがイオリア・シュヘンベルグと刹那が求めた『対話』である。

だが、

 

『対話の前提は、分かり合おうとする意思だ。それが無ければ』

「分かり合うことは出来ない」

『幸い、彼らはまだ何も反応を示していない。今ならば離脱することも出来るが』

 

 どうすると、ティエリアが問いかける。

 刹那は暫くの瞼を閉じ、そして再び開く。

 虹彩を金色に輝かせながら、イノベイターは決意を込めて宣言する。

 

「行こう。中枢へ」

『例え分かり合うことが出来ずに戦闘になってもか?』

「それでもだ」

 

 そもそも『対話』を成そうとしている刹那自身が敵意を完全には拭いされないでいるのだから、分かり合うことが出来よう筈もない。

 だが、

 

―――――たとえ矛盾をはらんでも存在し続ける、それが生きると言うことだと!

―――――生きて未来を切り開け!

 

 自分は生きているのだ。

 ならば、例え矛盾を抱えることになっても未来へと進まなければならない。

 それが、人なのだから。

 

 


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