Ⅰ
潜る、潜る、潜る、潜る――――――
数多の情報が駆け巡るそこは、意識という名の暴風。
生物の素の部分が、大挙となって刹那に襲いかかる。
「ああああっっ!」
気を抜けば、今にでもこの大嵐に飲み込まれそうになる。
そうなれば二度と帰っては来れないと言うことを、刹那は理解していた。
クアンタムシステムとは、諸刃の剣。
トランザムすらも遥かに凌駕する超高濃度粒子域を形成することで異種との『対話』さえも可能にさせる反面、そこには常に自我の崩壊という危険性が突き纏う。
何せ人間とは全く異なる思考形態や情報量を持つ存在と深層領域での意識共有を行おうとするのだ。いくらヴェーダとELSによるバックアップがあると言っても、刹那自身に相手を受け止められるだけの器がなければ瞬く間に精神が崩壊する。
『ELSとの対話を思い出せ………本質を………それだけを追い求めるんだ』
「くっ!」
目を閉じていては何も見ることは出来ない。
目をそらしていては何も知ることは出来ない。
それを知っているからこそ、刹那はこの嵐の中でもしっかりと前だけを見据えていた。
そして、光が、全てを包み込んだ。
◇
いつ生まれたのか、どこで誕生したのかはわからない。
けれど、自分達が作られた意味だけは理解していた。
外宇宙における資源の回収。
それが創造主――――珪素生命体より与えられた命令であり、同時に存在意義でもある。
『上位存在』の符号を持つ彼らは知的生命体が存在しない星へ着陸し、手足となる『存在』を駆使して進出範囲を広げながら、その星の資源を回収。
回収した資源は特殊な元素へと変換され、ある一定の段階になると創造主の元へと送られる。そんな事を繰り返してあらかたその星の資源の回収が完了すると、上位存在は己のコピーを別の星へと射出。
そうして、元々数える程でしかなかった上位存在は急速に数を増やし、今や10の37乗という天文学的な数字にまで跳ね上がった。
その様子を、全方型のスクリーンを眺めるようにして、刹那とティエリアが見つめていた。
「そうか………上位存在である彼らもまた、資源回収のために作られた生体端末だったのか」
存在がイノベイド、上位存在がヴェーダ、そして創造主がイオリア・シュヘンベルグ。
本当に自分達の関係によく似ていると、ティエリアは呟く。
映像は、火星に到着した上位存在が勢力を広げていくシーンに移っている。
外敵が存在しなかった上位存在は瞬く間に勢力を広げ、新たに火星に着陸した別の上位存在達と同期、万一の時のバックアップとして指揮系統に組み込みながら、資源回収を続けていた。
「そしてそんな時、僕達が訪れた」
上位存在にとって、情報接触を行ってきた三つは非常に奇妙であった。
金属と炭素が融合した存在と、未知の金属、そして創造主とは似て非なる珪素の物体。
未確定要素を排除するためにも、それらを調査する必要があった。
「だから僕達をここへ招き入れた………そういうことなんだな?」
確認の言葉と共に、刹那とティエリアは背後を振り返った。
そこにいるのは、この意識の主。
僅かな間を置き、翻訳された上位存在の声が耳からではなく、直接二人の中へと入ってくる。
『肯定する』
「ならば問おう。君達上位存在は、僕達をどう判断する?」
『創造主によって作られた希少種と、進化の過程で屈折変異を遂げた珪素物』
「つまり、僕達は生命体ではないと?」
『肯定』
「………君達上位存在が珪素生物以外を知的生命体と認めないと言うのは理解している。だが、僕達は意思を持った生命なんだ」
『否定』
「君達の本質を知った様に、君達もまた僕達の本質を理解した筈だ。それでも尚、僕達はあくまでも現象でしかないというのか?」
『肯定』
どこまでも機械的で分かり合おうとしない返答に、ティエリアは顔を顰める。
深層領域下での意識共有によって、お互いの本質を知ることは出来た。
だが、こうも食い違う。
誤解や偏見などではなく、そもそも自分たちとは根本から違う。
予め予測していたとはいえ、分かり合えない存在がいるというのはやはり辛い。
けれど、ここで諦めるわけにはいかない。
何か糸口を探ろうと、創造主に近いであろうヴェーダを話題に上げる。
「………ヴェーダを屈折変異を遂げた珪素物だと言ったが、それはどういう意味だ? 珪素で出来たヴェーダは君達が定義する生命体に該当するはずではないのか?」
『否定。安易に変化、化合する炭素とは異なり、珪素が自己形成、自己増殖する散逸構造を持つに至るまでには数多の条件と莫大な時間が不可欠。ゆえにこの宇宙に置いて知的生命体が発生する確率は極めて低く、殆どが進化の過程で何らかの変異を遂げ、知的生命体になりえない』
「ヴェーダもその変異したものの一つだと?」
『肯定』
つまり人間が同じ炭素で構成されている虫や動物を知的生命体とはみなしていないのと同様に、珪素で構成されていても特定の構造を持っていなければ知的生命体とは見なさないようだ。
考えてみればある意味当然のことではあるが、それを知った所で手詰まりの状況は何一つ変わっていない。
ティエリアが唇を噛むと、これまで沈黙を保っていた刹那が初めて口を開いた。
「………俺は、お前達に対して敵意を抱いている」
「刹那!?」
全てを台無しにしかねない唐突な言葉にティエリアは驚愕の声を上げるが、刹那は意に返さなかった。
そもそも、この世界で隠しごとは不可能なのだ。
ならば、自身の思う通りに伝えるだけだ。
止めようとするティエリアを制し、刹那は続けた。
「俺とお前達では全てが違う。お前達が俺達を生命だと見なさないように、俺もまたお前達を敵だと感じている」
上位存在は定められた行動しか取れないが故に刹那達を知的生命体だと見なすことはなく、それを感じ取る刹那もまた上位存在達を敵だと認識する。
恐らくこの連鎖は永久に変わることはないだろう。
断ち切るには、どちらか一方が滅ばなければならない。
そんなことは、痛いほど分かっている。
全ての存在と分かり合えるなんて言うのは、実現不可能な理想でしかないということは誰よりも刹那自身が理解している。
けれど、
「………俺は知っている」
国を失って尚も争いを否定し、他者と分かり合おうとした王女を。
誰よりも人類の未来を憂い、分かり合わせようとした孤独な科学者を。
「すぐには無理かもしれない。それでも、分かり合える可能性が微かにでも残っているのなら………俺はそれに賭けてみたい」
「………刹那」
偽善だと、傲慢だと罵られても構わない。
矛盾を抱いているということも理解している。
それでも、信じてみたいのだ。
可能性という名の希望に。
「だからもう一度答えてくれ、上位存在。微かでもいい。俺達と分かり合う………共に歩む気はないのか?」
自身の思いを脳量子波に乗せて、言葉を紡ぐ。
意識を共有し、超高濃度のGN粒子で埋め尽くされたこの世界では、刹那の強力な脳量子波は神託とも呼べるほどの力を持って相手の本質の中に入り込んでいく。
『理解』という段階すらも越えたそれは、半ば『同化』に近い。
ELSと同化した刹那だからこそ出来る『対話』における最大にして最後の切り札。
上位存在は即答を避け、まるで悩むかの様な沈黙を保つ。
静寂の間。
そして、
『………緊急事態発生。創造主の絶対則への干渉を確認。創造主に対する造反の危険性あり。緊急コードに従い対象を第二級観察対象から特級排除物へと移行。混乱情報の拡散を防止するため全情報同期を解除。『存在』の統帥権を『上位存在』へと譲渡する』
ぞくりと、刹那とティエリアの背筋に冷たい物が走る。
違う。
これまでとは、決定的に違う。
かつて、戦場でよく感じていた感覚。
刹那が拭い去れないでいる感覚。
そう。これは、
『………排除を開始する』
敵意だ。
「刹那!!」
「っつ!?」
意識共有空間から、現実のコックピットの中へと意識が引き戻される。
警報アラームが耳を焼かんばかりに鳴り響き、『対話』の間動きを止めていた触手が数を増やしてクアンタへと錯綜する光景がメインモニター一杯に広がる。
刹那は咄嗟にクアンタムバーストを中止し、足元に展開していたGNソードビットで球状のGNフィールドを展開する。
百近い触手がGNフィールドへと叩きつけられ、物理的な衝撃と剥き出しになった敵意の両方が刹那を襲う。
「くっ!」
余りにも不用意な己の行動に、刹那は大きく顔を歪める。
あのまま『対話』を続けていても分かり合える可能性は殆どなかったとは言え、上位存在は刹那達に対して敵意は抱いてはいなかった。
それを抱かせたのは、他ならぬ刹那自身。
……考えて見ればわかることだった。
自身がELSと『同化』しているために忘れていたが、『同化』とは『浸食』。
それを拒もうとするのは意思を持つ者としては当然。
どうやら自分で考えていた以上に、ELSの影響を受けていたらしかった。
より強く自身の気持ちを伝えるために行ったことが、最悪の結末を招いてしまったと刹那は己の浅慮を悔やんだ。
『刹那、後悔は後だ。今は』
「わかっている!」
最早こうなっては分かり合うことは不可能。
討つしかないと、苦渋の表情で操縦桿を握りしめる。
GNフィールドの出力を瞬間的に増大させて纏わりつく触手を強引に吹き飛ばし、後方へと距離を取る。
六基のGNソードビットがライフルモードのGNソードⅤへと装着してバスターライフルを形成し、その銃口が向かってくる触手―――――そしてその後方に控える上位存在を直線に捉える。
顔を歪ませながらも、刹那はトリガーを引いた。
バスターライフルの銃口から光が膨れ上がり、巨大な光線が迸る。
それは文字通り刹那の速さで襲い来る触手を消し飛ばすと、そのまま触手を操っていた上位存在を呑みこむ――――――ことはなかった。
直進しか出来ない筈のビームは上位存在に触れる直前で何故かその軌道を変え、対象に当たることなく広間の天井を貫いた。
「『なっ!』」
予想外の光景に刹那とティエリアは絶句する。
だが、呆けている暇はなかった。
上位存在の周囲に浮遊する一本の触手がクアンタへとその先端を向ける。
「っつ!」
言葉に出来ない何かを感じ、刹那は咄嗟に機体を動かした。
直後、一筋の光線がその横を駆け抜ける。
『ビーム………いや、これはレーザー!?』
「くっ!」
レーザーの照射は一度では終わらなかった。
上位存在を囲む無数の触手の内、数十本の先端がクアンタを捉え、次々と光線が広間を白く照らしていく。
クアンタはまるで未来予知でもしているかの如く僅かなレーザーの隙間を掻い潜り、お返しとばかりに上位存在にビームを放つが、やはり当たる直前でその軌道を 変えて届かない。
空間を曲げているのか、それともGN粒子に干渉しているのか………ヴェーダが弾き出した可能性は百以上にも及んだが、上位存在から流れ込んできた情報と照らし合わせた場合、その答えは一つに絞られた。
『………重力偏差による屈折場』
回収した資源から創られる特別な元素は、大きく分けて二つに分類される。
一つは、存在や上位存在といった生体端末の作成や、この建造物などを建築することなどに必要な運用のためのもの。そしてもう一つが、『創造主』へ送るために作られるもの。
後者に関しては『創造主』からのプロテクトがかかっているようで詳しいことは分からなかったが、前者に関しては多くの情報を手に入れることが出来た。その中には確かに抗重力作用を持つものや、少し応用すればレーザーを放てるものもある。
だが、上位存在はそれを兵器として運用することは想定していなかった。
それを覆したのは、
『――僕達か』
深層領域下での意識共有によって刹那達は上位存在達の本質を知り、数多の情報を得ることができた。
だが、それは相手も同じ。
上位存在もまた刹那達の本質を知り、記憶という名の情報を獲得した。
そして人間が本来意思伝達物質であるGN粒子をビームやフィールドに応用した様に、上位存在もまた元素を兵器として運用することを学習したのだ。
ビームをレーザー、GNフィールドを重力偏差場として、上位存在は刹那達に牙をむく。
「ちっ!」
クアンタムバーストによって粒子残量が心許ない以上、GNフィールドやトランザムをおいそれと使うわけにはいかない。
刹那は光の雨を極力かわし、どうしても間に合わない時は左肩のGNシールドで防ぐ。
幸いなのは無数にある触手の内、レーザーを放てるものは限られているということ。
恐らくはまだレーザーが作られて間もない影響だろうが、同時に撃てる数は最大で五本。またレーザーの照射中は触手が伸びて襲ってくることもなく、一度撃てばその触手が次発を撃つまでには十秒程のタイムラグがある。
まぁ。とは言っても常にレーザーが降り注いでいるという状況に違いはなく、障害物の無い密閉空間で落とされないでいるのは一重に刹那の強力な脳量子波と反射能力、更にはそれに追従出来るだけのダブルオークアンタがあるからこそ。
『だが、このままでは………』
「あぁ」
ビームが効かない場合は接近戦による攻撃がセオリーだが、何せバスターライフルすら通さない程強力な重力場だ。
EカーボンとELSの複合素材であるダブルオークアンタは何とか耐えられるかもしれないが、ELSと同化していても半分人間である刹那は確実にミンチになる。
これがレーザーと重力場を同時に使えないならば幾らでもやりようはあるのだが、どうやら完全に重力場を制御している様で重力場を常時展開したままレーザーを使用している。
撤退が頭にない以上、妥当な選択肢は時間をかけて攻略の糸口を見つけることだが、それも余り時間をかけ過ぎれば今度はレーザーが進化する危険性がある。
正に八方ふさがり。
これといった活路を見出せないまま、三分が経過。
ティエリアは険しい表情で次々とレーザーを放射する上位存在を睨む。
『どうすれば………』
「………方法はある」
『なに?』
広間にはクアンタムバーストの名残として未だ高濃度のGN粒子が溢れており、クアンタの粒子残量も回復した。
条件がそろったことを確認すると、刹那は自身の考えを話した。
『………不可能ではないな。だが、成功する確率は決して高くないぞ』
「わかっている。だが、これしか方法はない」
『確かにこのままではジリ貧か………わかった。細部の演算処理は僕とヴェーダで引き受けた。やれ、刹那!』
「了解! トランザム!」
機体が赤色化する。
三倍にまで性能が跳ね上がる『トランザム』を使用した以上、短時間の間だがレーザーを回避することは容易になる。
だが、何故かクアンタはそれまでの回避行動を止め、空中で停止する。
防御をするわけでも、攻撃をするわけでもない。
ただただ、浮かんでいるだけ。
一秒の間も置かず、全ての触手がクアンタへと照準を合わす。
それでも尚、クアンタは動かなかった。
五本のレーザーが、クアンタを貫いた。