Ⅰ
五本の光線が違うことなくクアンタを貫いた。
だが、ここで疑問が残る。
クアンタの装甲は、こんなにも脆いものだっただろうか?
先にも述べたが、ダブルオークアンタに使われている装甲はEカーボンにELSが同化した特別装甲。
膨大なGN粒子の強化もあって実弾攻撃にはほぼ無類の、光学兵器に対しても高い防御能力を持つ。無論多数のレーザー照射を受ければ大破は免れないが、それでも何の抵抗もなく貫かれたという事実には些か疑問が残る。
その疑問の答えは、すぐに明らかとなった。
レーザーに貫かれた後、クアンタが跡形もなく“量子となって”その場から消え失せたのだ。
それに驚いたのかどうかは定かでないが、突然消えた『敵』に対して触手の先端は目標を見失い、あてもなく上位存在の周囲を徘徊する。
その時だ。
上位存在の背後に、赤色の機体が現れたのは。
急襲をいち早く捉えた数本の触角は、すぐさまクアンタへと疾走。
コックピット目がけて伸びた槍は、機体を“すり抜けて”通過する。
腹部が量子となって霧散しているにも関わらず、クアンタはGNソードⅤを横薙ぎに振り抜いた。本来ならば重力偏差場に阻まれて届かない攻撃。
だが、振り抜かれたグリーンの刃は何の影響を受けることもなく上位存在を切り裂いた。
根元から斬り飛ばされ、宙に舞った上位存在のガラスの如き眼がクアンタの深緑のアイカメラと重なる。
GNソードⅤの刀身をピンクの光で染め上げ、クアンタは舞った。
「うぉぉぉぉおおお!!」
振るわれた一撃は斬撃ではなく、爆撃。
圧倒的破壊力と速度を持って、上位存在は抵抗する間もなくこの世から消滅した。
Ⅱ
「はぁ、はぁ、はぁ……」
『大丈夫か、刹那?』
「あぁ……」
そう答えるも、刹那の呼吸は荒い。
鈍痛が脳を焼き、脂汗がじっとりとヘルメットの中を濡らしている。
リンク越しに伝わってくる刹那の状態にティエリアは難しい顔をし、
『やはり、負担が大きかったか……』
刹那が行ったのは機体の量子化。
だが、過去に何度も行ってきた単なる量子ジャンプとは違う。
行ったのは、不定確率状態での現実干渉。
そもそも量子化とは、機体が粒子となって別の場所で再構成することではない。
それは、因果律の操作なのだ。
ダブルオークアンタという存在確率を曖昧化させ、再びその確率を決定することで因果を改変、ワープを可能にする。
ツインドライブを持つ機体のみに許された究極の回避システム。
とは言え、量子化も万能ではない。
量子となっている間はいかなる物理的攻撃も意味を成さないが、確率を確定して実体化すれば当然現実の干渉を受ける。
実際、かつてのリボンズ・アルマークとの戦いにおいては実体化した直後を攻撃され、太陽炉を失うと言うこともあった。
今回の場合、上位存在が重力偏差場と言う鎧を纏っている以上、例え量子化してレーザーを回避したとしても、その後実体化しては重力偏差場の影響を受けることとなる。
故にダブルオークアンタは現実に干渉できる『実体』でありながらも、現実の影響を受けない『量子存在』であるという矛盾存在でいる必要があった。
勿論、そんなことはいかに刹那でも本来不可能だ。
だが、クアンタのバックアップに回されているヴェーダの高い演算処理能力が全て『実体』と『量子』の狭間における確率計算に費やされたこと、クアンタに予め量子ジャンプのシステムが搭載されていたこと、広間に高濃度のGN粒子が溢れていたこと、そして実行に移せるだけの能力がELSと同化した刹那にあったこと。
様々な要因が組み合わさった結果、僅か数秒間だけ、不可能は可能へと変わったのだ。
……一度発動すれば攻撃も防御も回避すらも絶対不可能。だが、刹那の負担が大きすぎる。
量子化を超えた技であるために只でさえ刹那の負荷が大きく、またヴェーダを持ってしても計算しきれなかった分が更に刹那の負担を大きくしていた。
……くっ! ヴェーダ本体があったなら!
ダブルオークアンタに積み込まれている小型ターミナルユニットの演算処理能力は、オリジナルの約四割。
情報処理に関してはヴェーダと匹敵する能力を持つELSと共に行うことでヴェーダ 本体にも匹敵する処理能力を発揮できるが、こと計算に関してヴェーダが一手に引き受けるためにどうしても本体に比べて劣る。
勿論、劣るとは言ってもMS一機に搭載するには余りにも破格であり、世界規模の情報統制やハッキングすらも可能なのだが、それでも既存の物理現象を超越した計算を行うにはまだまだ足りない。
後悔にも似た願望がティエリアの中に過るが、ないものねだりをしていても始まらない。
『行けるか、刹那?』
「問題ない」
そう言う顔色はまだ少し悪いが、このまま留まっていれば存在が流れこんでくる可能性もある。早々にここから離脱すべきだと進言しようとした、その時だ。
――――――――排除失敗
『「っつ!?」』
クアンタムバーストの余波がまだ残っていたのか、GN粒子を通じて伝わって聞こえてくる声に刹那とティエリアの顔が強張る。
クアンタを翻すと、そこにあるのは主を失った巨大な台座だけで上位存在の姿はない。
けれど、刹那は未だに痛む頭の中で確かにその存在を感じ取っていた。
―――――――特級危険物拡大の危険性あり。絶対側に従い、惑星における全資源を強制破棄。対象物の排除を優先する。
台座から発せられている青白い光が急激に大きくなる。
メインモニターに映っている空間が歪み、各種センサーが異常な数値を次々と叩きだしていく。
それが何を意味しているのかを、ティエリアはすぐに理解した。
そして理解するが故に、戦慄する。
『まさか………自爆する気か!?』
エネルギー出力を強引にオーバーロードさせ、強力な爆発現象を引き起こす。
かつて、ELSとの戦いにおいて擬似太陽炉搭載型のMSが取った手段と同じ。
恐らくは先のレーザーや重力偏差場と同じ様に刹那達から学習したのであろう。
だが、
『規模が違う。僅かな余波だけで空間すらも歪める高エネルギー体が暴走すれば………』
少なくとも半径数百キロは消滅。
下手をすれば火星の地軸に影響を与え、火星そのものが崩壊しかねない。
味方殺しを禁じられている生体端末が、刹那達を排除するためだけに火星の存在すべてを消滅させかねないこの様な手段を取る。
つまりは、
……それだけ僕達を――刹那を恐れているということか!)
逆に言えば、それだけ『創造主』の絶対則が重いとも言える。
僅かな干渉でもあれば、いかなる犠牲を払ってでも排除しようとする程に。
既に光は小さな太陽の如き光量を持つに至り、いつ爆発してもおかしくない。
『刹那!』
「わかっている!」
縦穴を通って脱出したのでは到底間に合わない。
GNシールドからビットが展開し、円状の量子ゲートを構成する。
目的地は、ここに来るまでに通った火星の衛星軌道。
今の刹那の状態を鑑みれば些か不安は残るが、それでもやるしかない。
ゲートの形成と同時にクアンタがその中へと飛びこんでいく。
そして、白が、世界を塗りつぶした。
◇
―――――――■那
声が、聞こえる。
自分を呼ぶ声が。
真っ白な世界。
朦朧とした意識の中で、ノイズを含みながらも自分を呼ぶ声が刹那には確かに聞こえた。
――――――刹―――――那
誰なんだ?
疑問が浮かぶが、わからない。
この声を知っている筈なのに、わからない。
近いようで遠い。
まるで分厚い透明な壁が、自分と声との間に立ち塞がっているかのようだ。
―――――――――刹那―――――
声は段々とその透明度を増していくが、やはり壁に阻まれて誰なのかはわからない。
けれど確信があった。
声はいずれ壁を残り越えてくる。
そしてその時こそ、自分は――――――――
◇
「うっ………」
ゆっくりと、刹那は瞼を開く。
飛びこんできた映像は、見慣れたコックピットの中。
『起きたか、刹那』
「ティエリア………状況は、俺達はどうなったんだ?」
量子ジャンプをした所までは覚えているが、それから先の記憶がない。
何だか夢を見ていた気もするのだが、どうもはっきりとしない。
『落ちつけ刹那。多少の座標のズレはあったが、量子ジャンプは問題なく成功した。今僕達がいるのは火星の衛星軌道上だ』
「そうか………」
一先ずは無事に脱出できたことに胸を撫で下ろす。
その時、ふと刹那は自分を蝕んでいた鈍痛が消えていることに気づく。
「俺は一体どのくらい寝ていた?」
『十二時間と言った所だな。久しぶりの実戦に『対話』、それに量子化を多発したんだ。精神の疲労がピークに達したんだろう』
『対話』と聞いて刹那の表情に苦い物が浮かぶが、まずは状況確認が先決。
「クアンタの状況は?」
『爆発の余波に巻き込まれた幾つかのビットが消失したが、現在は既に再生している。システム、ハード共に問題はない』
「………火星はどうなった?」
『それは見た方が早いな』
サブモニターが立ち上がり、望遠カメラの映像が映し出される。
映し出されたのは今から十四時間ほど前には巨大な塔が聳え立っていた場所。
だがそこに塔の姿はなく、ただただ巨大なクレーターが広がっているだけだった。
「これは………」
刹那の声に驚きの色が混じる。
しかし、それは巨大なクレーターに圧倒されたわけではなかった。
むしろ、その逆。
「………爆発の範囲が小さすぎる」
『あぁ』
ティエリア程の正確な推定は出来なかったが、刹那もまた優れた感覚から暴走したエネルギーの脅威を感じ取っていた。
モニターで映し出されているクレーターの直径はおよそ五〇~六〇キロ前後。
巨大なことに間違いはないが、それでも予想していたモノと比べると余りにも小さい。
『君が眠っている間に出来る限りの情報を集めて見たが、今の所火星全域に大きな変化は出ていない。詳細な分析を行えばまた違う結論が出るかもしれないが、それでも火星の崩壊だけは避けられたようだ』
「爆発が弱まった原因はわかるか?」
『不明だ。権限を譲渡された上位存在が何らかの干渉を施したと言う可能性が最も高いが、推論の域を出ないな』
肩を竦めるティエリアに刹那は暫しの間思案し、
「………存在の動きは?」
『クレーター内部に一時集まっていたが、すぐに元の巣へと戻って行った。懸念事項としては僕達から流出した情報が広まっている可能性があるということだが、今の所その様子はない』
もっとも、今の所その様子が見えないからと言って、情報が漏れていないと断定するのは早計だ。確証を得るためには巣内部へと再び潜る必要があるのだが、万一情報が漏れていたら、
『密閉空間での無数のレーザー照射と重力偏差場………迂闊に飛び込むのは無謀だな』
自爆があった以上、存在は味方同士では攻撃しないと言うことは当てにならない。
エネルギーや元素を多く消費する関係からレーザーや重力偏差場を使えるのは少数に限られるだろうが、それでも全体の一%でもいれば大きな脅威となる。
刹那は現状を理解し終えると、固い表情でシートに身を任せた。
『気にするなと言っても無理だろうが、余り自分を責めるな。『創造主』の絶対則への干渉が不可能だと判明した以上、どの道『対話』は失敗していた』
ティエリアの言うことは正しい。
あのままではどう転んでも分かり合うことなど不可能だった。
けれど、敵意を抱かせたのは、対話の直接の失敗の原因は自分だと言う思いが刹那の心に重くのしかかっていた。
……俺は間違っていたのか?
僅かな可能性でもあるなら、分かり合える可能性に賭けてみたいと思った。
だが結果としてそれは相手に敵意を抱かせ、こちらの危険を増大させることとなった。
分かり合えないと感じた時点で『対話』などせずに、消滅させておくべきだったのか?
ELSは何も言わない。
静かに、刹那を見守っているだけ。
暗い思考の海に陥りそうになった刹那を見かねたティエリアは、話題を変えた。
『そう言えば刹那。周囲を探索中に、面白い物を発見したぞ』
「……おもしろいもの?」
ティエリアは首肯し、いくつかのサブモニターを新たに立ち上げた。
「これは………」
『そう、人工衛星だ』
刹那の知っているものとは大分フォルムが異なっていたが、間違いなくそれは人工衛星だった。そして刹那は、拡大された衛星の表面に刻まれた文字を読み上げる。
「U……S…A」
『ユニオン―――いや、アメリカか。火星に来た時は距離が離れていたためにEセンサーに映らなかったが、ほかにも国連所属と思われるものを数機発見することが出来た』
「……クアンタが衛星カメラに映った可能性は?」
『無いな。見た所、人工衛星に使われている技術はかなり古い上に、配備されている数も極めて少ない。クアンタのレーダー領域外からの撮影はまず不可能だ』
「そうか……」
だがこれで分かったことがある。
「地球には………人類がいる」
『その可能性が濃厚になったな』
技術が古いことと、配備されている人工衛星の数が極めて少ないことから考えて、恐らくこの世界の人類はまだ宇宙に進出できる程の技術力がないのだろう。
もしくは、
『技術はあっても、それだけの余力がない……か』
刹那とティエリアの脳裏に浮かぶのは、『存在』の姿。
人類を生命体と見なすことがない以上、存在が地球に進出している可能性は大いにある。
もしも、この世界の人類が存在に抗うだけの力を持ってないとしたら――――
「行こう、地球へ」
『あぁ』
火星をこのままにしておくことに不安はあるが、何も出来ない以上留まっていても仕方がないと判断。クアンタのスラスターに光が灯り、深緑の輪を作って飛翔する。
目的地は地球。
邂逅まで、後もう少し。