二つの00   作:神田瑞樹

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第六話

 わかり合えると思っていた。

 その可能性が殆どないとは理解しつつも、最後にはきっとわかり合う事が出来るのだと、心の底では信じていた。

 人々がわかり合えたように。

 ELSと自分がわかり合えたように。

 もしかすると、驕っていたのかもしれない。

 ELSと対話を為した自分ならば全ての生物とわかり合える―――――そんな驕りが無意識の内にあったのかもしれない。

 だからこそこんな結果を招いた。

 元々不可能だったと言うのは免罪符になりえない。

 この様な最悪の結果を生んだのは、間違いなく自分のエゴだ。

 そしてそのエゴがこの世界を歪めようとしている。

 何とも滑稽なことだ。これまで散々他人の行為を歪みとして駆逐してきた自分が、逆に歪みとして世界に危機をもたらしている。 

こんな自分のどこが人類の革新なのだろうか?

 変わっていない。

 遥か昔、神を信じていた頃の自分と何一つ変わっていない。

 教えてくれ、ロックオン。俺は……

 

        ◇

 

 そこで、目が覚めた。

表情が自然と硬くなり、額に薄らと汗が浮かんでいるのがわかった。

 刹那は一言も発さないままチラリとレーダーに目をやり、続いてメインモニターに視線を移す。映っていたのは、薄暗い世界の中で悠々と目の前を通過していく魚の群れ。

 変わりない事を確認するとそのまま重い体をシートに投げ出した。

 

『大丈夫か?』

「問題ない」

 

 そう言う刹那の表情は硬い。

 嘘をつけとティエリアは内心で溜息を吐くが、言った所で頑固な相棒が己の苦悩を吐露しないことはこの五十年でよくわかっていた。

 

……やはりまだ引きずっているのか。

 

 火星における上位存在との対話の失敗。あれから一週間弱の時が流れた今も刹那はその事を悔やんでいる。勿論、上位存在が創造主の絶対則に縛られている以上『対話』の失敗は必然であったし、相手の敵意を招いてしまったのも不可抗力だ。

 恐らく刹那とて頭では理解しているのだろうが、心が納得していない。

 上位存在の敵意を招いたのは自分のせいだと言う責任感、この世界に新たな歪みを生んだ事への罪悪感、人類のためには『存在』を駆逐するしかないと分かっていながらも未だ分かり合うことを心のどこかで求めてしまう己への苛立ち。

 そういったものが混ざり合い、刹那の精神を追い詰めている。

不味い傾向だと思う。

ただ、こんな時どんな言葉をかければいいかティエリアにはわからない。

刹那の状態は把握できてもそれに対処することが出来ない。

五十年も共にいてこの様かと内心で己を嘲るが、元々誰かを説得することには向いていないのだろう。ロックオンのように誰かを導くことは自分には出来ない。

 ならば、刹那が己の力で立ち直るまで待つしかない。

 ティエリアはそう結論付けるとそれ以上刹那の内面には触れず、当面の方針へと話を変えた。

 

『刹那。これまでに集まった情報を報告しておく』

「あぁ」

 

火星を出てからおよそ一週間。

トランザムと短距離ジャンプを駆使して驚くべき速度で地球へと到達したダブルオークアンタが一先ず太平洋の真ん中に身を隠したのがつい昨日のこと。

何をするにもまずは情報が必要なため、海の中に身を潜めた後は刹那が休息を取る間、ティエリアはヴェーダを介してこの世界の情報を集めていた。

 

『まずは懸念事項だったこの星についてだが、やはりここは地球で間違いなかった。ただし現在の暦はグリニッジ標準時で西暦1999年8月16日。つまり、僕達の世界から見れば350年程過去のことになる』

「過去? だが、それにしては……」

『あぁ、僕達の世界とは歴史が食い違っている。これは私見だが、恐らくここ異世界の可能性が高い』

「異世界……」

 

 ある程度予感はしていただろうが実際に聞くとまた異なるのだろう。

 刹那は同じ言葉を繰り返し呟いた。

 

『異世界とは言っても僕達の知識が全く通用しない訳じゃない。色々な所で差異はあるが、共通する事柄も多い』

 

 地理的事柄や言語といった風土的なことは勿論、使われている科学技術も一部を除けば概ねかつて刹那達の世界で昔使われていたものだ。

 だからこそヴェーダはこの世界のネットワークに簡単に侵入することが出来た。

 この時代のセキュリティーなどヴェーダにしてみればあって無い様な物なので、瞬く間に世界中のネットワークを掌握し、世界各国から情報を収集、分析を行っていた。

刹那はサブモニターに表示された情報に目を通しながら、この世界についての知識を頭に入れていく。

 ソ連、日本帝国、大東亜連合、戦術機、衛士―――――

 軽く把握しただけでも刹那の知る歴史とは食い違っている。

 だがやはり最も目を引かれるのは、

 

「……BETA」 

 

Beings of the Extra Terrestrial origin which is Adversary of human race(人類に敵対的な地球外起源種)。『存在』のことをこの世界の住人はそう呼んでいる。

一先ず他の情報は後回しにし、刹那は最も気になるBETAについての情報を読み進めていく。

 

 1958年、火星探査衛星ヴェイキング一号(米)が火星で生物を確認。

1959年、火星の地表に複数の巨大建造物を確認。火星生命体が知性を持つ可能性が示唆され、コミュニケーションを取るための研究が開始。

1967年、ブラトー1の地質探査チームが月面のサクロボスコクレーターを探査中に火星の生物と同様の存在を確認した後、消息を絶つ。

同年、第一次月面戦争勃発、謎の生物はBETAと命名される。

1973年、中国の新疆ウイグル自治区カシュガルにBETAの着陸ユニットが落着。それを受けて大一次月面戦争は人類の敗北を持って終結。中国は国連軍の介入を拒否してソ連と連携し『紅旗作戦』を実行。作戦当初は優位に戦況を進めていたが、落着から二週間後光線級属腫の出現により戦況は一変。戦術核を用いた焦土作戦を余儀なくされる。

 1978年、大規模反攻作戦として『パレオロゴス作戦』が東欧州で決行。一時は戦線を押し返すも、作戦の失敗と共にBETAの攻勢が激化。戦線を大きく後退させる結果となる。

 1992年、敗戦を繰り返す人類の勢力挽回を懸けてインドで大規模反攻作戦『スワラージ』作戦が決行される。様々なハイヴ攻略のセオリーが確立させるも作戦は失敗。

1993年、全欧州がBETAの完全支配下となる。

1995年、世界の人口がBETA襲来前の5割にまで減少。

1998年、『光州作戦』が決行するも失敗に終わる。

 

軽く目を通しただけでもいかに人類が追い込まれているかがよくわかる。

元々人類の劣勢自体は予想していたがこれ程とは正直考えていなかった。

険しい表情で情報へと目を通していく刹那だったが、最後までその表情が晴れることはない。BETAを確認してから四十年、交戦を始めてから二十五年。

 それだけの年月を費やしたにもかかわらず人類はBETAに対して殆ど何も知ることも、有効な対策を取ることも出来ないままでいる。

BETAに対抗するだけの技術がないからだと言えば確かにその通りだろう。 

実際この世界には刹那の様に『対話』をする術もなければガンダムの様な圧倒的戦力もない。だがそんなことより、こんな状況において尚も人類が内部で火種を持っていることこそが最大の問題だった。

 

『この世界の人類は未知の存在と遭遇するには余りにも早すぎた』

 

 ティエリアがそう嘆くのも無理はない。

 地球連邦と言う政府の下で拙いながらも一つに纏まっていた刹那達の世界とは異なり、この世界では国家同士が利益と体面のために足を引っ張り合っている。

 後300年―――イヤ、100年もあれば状況は変わっていたのかもしれないがそれを言った所で詮なき事。 

 

『刹那、これからどうする? やはりまずはあの少女を探すか?』

「そう……だな」

 

 正直、何をしたらいいのか刹那にはわからなかった。

 この世界の人類と共にBETAと戦うべきなのか、この期に及んでも『対話』を続けていくべきなのか、それとも別の方法を模索すべきなのか。

 果ての無い迷路に放り込まれたかのような閉塞感。

 少しでも行く手を照らす光を求めて刹那は声の持ち主を探すことにした。

 

『問題は少女を探す方法か。この世界の人口が減少したとは言え、それでも二十億はいる。そこから声しかわからない少女を探すとなると』

「彼女が言っていた『タケル』という単語から絞り込めないか? この世界が俺達の世界と類似しているならば日系人の名前の可能性が高いが」

 

 主に男性に使われる名前であることや文脈から考えればタケルと言う名前自体が直接少女自身のことを指し示すとは思えないが、あんなにも必至で叫んでいたのだ。家族か恋人、あるいは親友か。

 少なくとも少女と深い関係にあったのは間違いない。

 ホログラムのティエリアは苦い顔で小さな唇をかんだ。

 

『正直難しいな。各国の戸籍データや国連の情報ベースからある程度絞り込むことは出来るが、それでも1000が限度だろう』

「1000……」

『しかもこれは戸籍があり、かつ現在生きている人物の合計だ。難民や何らかの理由で戸籍がない、あるいは既に死亡している数まで含めれば更に何百、何千倍にも膨れ上がる。更にここから交友関係を洗うとなると最早どのくらいの数になるか想像もつかない』

 

 それこそ『タケル』が愛称という可能性さえある。

 元の世界ならばイノベイドという世界中に散った生体端末を利用することでリアルの情報を集めることもできたが、ここではそうもいかない。更には電子ネットワークの普及がまだまだ未成熟であるという点も探索を難しくしていた。

 

『刹那。彼女の声は―――脳量子波は感じるか?』

 

 この世界に降りたった直後は駄目だったが地球に降りた今ならばどうか。

一抹の期待が込められた問いかけに対し刹那は静かに首を横へと振った。

ある程度予期していたその返答にティエリアは静かに息を吐いた

『地球に降りても駄目か。それほどまでに脳量子波が微弱なのか、それとも……』

 

 その先をティエリアはあえて言わなかったが何を言いたいのかは刹那にもわかっていた。すなわち、少女がもうこの世にはいないという事。

 何せ常に死の危険が隣り合わせの世界だ。余り考えたくはないが、刹那達が地球に来る前に死亡したと言う可能性も大いにあり得た。

 

「……トランザムはどうだ?」

『火星と同じく一時的な簡易意共有空間を作り出すのか。確かにこれならば地球全土を覆える上に生存していれば彼女の脳量子波を探り当てることも出来なくはない。だが止めておいた方がいいな』

「なぜだ?」

『先にも言ったがここは僕達から見て数百年も前の世界だ。当然、科学水準も一部を除きそれに見合ったものとなる』

 

 GN粒子はその特性の一つとして電波やレーダー機器の作動を妨害するというものがある。かつて刹那達CBがあれだけ大規模な活動にも関わらず追撃の手を逃れえたはこの特性による所が大きい。今回の大気圏突入、及び地上での潜伏においてもその特性はいかんなく発揮されている。

 が、

 

『光通信や有視界通信、Eセンサーすらも存在しない世界だ。電波を通信や索敵手段のメインとしている以上、大量の高純度GN粒子を散布すれば世界中の軍事機能が一気に麻痺するぞ』

 

 いや軍事機能だけではない。

 経済、政治、都市機能、その他様々な分野において大混乱が起きるのは明白。

 ただでさえ余力がない世界だ。

 そこにそんなことが起きればどうなるか。

――ヴェーダが導き出した試算結果を見る気にはなれなかった。

 

「ということは……」

『あぁ。超広域に超高濃度粒子を放出するクアンタムバーストは勿論だが、通常のトランザムの使用も極力控えた方がいいな』

「っつ!」

『まさかELSと同化した弊害がこんな形で現れるとはな』

 

 ELSと同化したことによりクアンタのツインドライブは火星全土をGN粒子で覆えるまでの出力を持つにいたった。

 それ自体は歓迎するべきものだ。

 実際、ELSと同化した後のダブルオークアンタの粒子生産量は同化前の1.75倍。これは西暦2364年における最新鋭MSと比べても何ら遜色ない数値である。だが、その圧倒的な粒子量が逆に足枷となっていま現れている。

 

『手詰まり―――だな』

「………」

『こうなれば一つ一つ情報を洗っていくしかないか……』

 

 とんでもなく時間がかかる上に見つかる保証はないが仕方ないと、ティエリアが候補者のリストアップを行っていく。サブモニターに流れていく情報を視界の隅に入れながらも刹那の思考は別の所にあった。

 

……本当に何もないのか?

 

 何か、そう何かを見落としているような気がする。

 それはイノベイターとしての直感。

 刹那はもう一度少女の声を思い出した。

 マリナと今生の別れを告げた後、外宇宙に出ようと量子ゲートを開いた所で彼女の声が聴こえてきた。助けてと。

 それに応えるために刹那達は外宇宙所か次元の壁すらも突破して―――

 

「……なぜ俺達は声を聴くことが出来た?」

『なにを言っている?』

 

今更過ぎる疑問にティエリアの呆れた声が飛んだ。

だが刹那の顔は真剣だった。

 

「俺はあの時外宇宙に出るためにゲートを開いた。そしてこの世界から発せられた“声”を聞いた」

『あぁそうだ。量子空間では距離の概念など存在しない。だからこそ僕達も次元の壁すら超えることが出来たんだ。それのどこに疑問を挟む余地が―――』

 

 そこまで言ってティエリアもまた気づいた。

 物事の不可解さに。

量子空間に彼女の脳量子波が流れ込んできた。

 それはいい。間違いない。

 だが、

 

『そもそもどうして異世界の脳量子波が僕達の世界に流れ込んできた?』

 

 量子空間においては距離の概念は存在しない。それこそ地球から太陽系を超えて外宇宙に出ることすら容易、一瞬だ。だがそれはあくまでも同一次元世界内での話。

 次元の壁を超えようとするならばどうしたって何かしらの目印は必要になる。

 実際刹那達は脳量子波という目印を頼りに世界を渡ったのだから。

 

『何の道標もなくクアンタのゲートが次元の壁を越えて情報を受け取る可能性は限りなく低い。もしも可能ならばこれまでにも同様の現象が見られている筈だ』

 

 つまりあの時、少女の脳量子波はおよそ間違いなく世界の壁を越えて刹那達の世界に流れ込んでいた。そしてそれを偶然クアンタの量子ゲートがキャッチしたのだ。

 

『だがどうすればそんなことが可能になる?』

「……彼女の“声”は決して強いものではなかった」

『あぁ。あの程度の脳量子波で分厚い次元の壁を越えられるとは到底思えない。なら間違いなく他の要因があったはずだ。微弱な少女の脳量子波を僕達の世界に届けた、世界の次元に穴をあけた要因が』

 

 それが一体何なのか。

 その答えに近しいものを二人は既に稼いで目撃していた。 

 

「……存在、いやBETA」

『あの大広間での爆発か』

 

 空間を歪めた圧倒的なまでのエネルギー。あの上位存在の自爆は本来例外に該当するものだが、何も全く同じ必要はない。ようは次元に脳量子波を送り込めるだけの穴を生み出せればいいのだ。

 そしてそれが可能な兵器がこの世界にはある。

 メインモニターにその兵器の名称が映る。

 刹那は険しい眼差しでこの世界の大量破壊兵器を睨んだ。

 

「G弾……」

 

G11―――重力操作を可能とするBETA由来の元素から創られた対BETA決戦兵器。高重力の海によって空間に歪を生み出すこの兵器ならば、世界に一瞬の穴をあけるぐらいは十分に可能。

この兵器が実践に用いられたのはたった一度。

そしてその一度というのが、

 

『今から一週間前の『明星作戦』、僕達がこの世界に来た日だ』

 

こうなるともう無関係だとは考えられない。

だがそうなるとあの声の少女はG弾の重力場の近くにいたということになる。

 

『不味いな。これでは』

「……G弾の重力場範囲内に生存者は?」

『確認されていない。事前通告なしに投下されたため当時横浜ハイヴ周辺にいた相当数の兵士が巻き込まれたようだが全てKIA、もしくはMIAが通告されている。またハイヴ内でも生存者は……』

 

 そこまで言ってティエリアの表情が苦いものへと変わる。

 それに刹那が眉を潜めるとティエリアは固い声音で続きを紡いだ。

 

『……いや、一人いる』

 

 ピッと、新たに立ち上がった画面。

 そこに映し出されていたものに刹那は暫しの間言葉を失った。

 

「これ……は?」

『……ハイヴ内で発見された唯一の“生存者”だ』

「っつ!?」

 

 画面一杯に映し出されたのは、脳だった。

青白い液体に満たされた入れ物の中に浮かぶ、人間の脳と脊髄。

 

『G弾投下後、ハイヴ内に侵攻したアメリカ軍が撮影したものだ。他にも映像と同様のものが全部で187確認されたが生体反応が確認されたのはこれ――いや、この人物だけだ』

「………」

 

 ぐっと握った刹那の拳に力が籠る。

 なぜこんなものがという質問は愚問でしかない。

 炭素を資源としか、人間を生命とみなさないBETAがこんなことを行う理由など一つしかないではないか。

 

「人類の調査………」

『あぁ』

 

 重い空気が二人の間に漂う。

 そして静かに、刹那は呟いた。

 

「行こう」と。




みんなが忘れている頃にひっそりと更新。元々が一発ネタの作品だけに理論とか、話の整合性とかには目をつぶって頂けるとありがたいです。



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