ある日、小鳥遊ホシノと「シャーレ」の先生が夜の校舎で話していた時のこと。
体育倉庫室に写真立てが置いてあるのを先生は見つけた。写真立ては古ぼけ、ひび割れていたが、きちんと手入れされた跡が残っていた。
「"ホシノ、これは何?"」
先生がそう訊ねると、ホシノは少しだけ俯いた後、「何でもないよ」とポツリと呟いた。
写真立てにかかった埃を払い、先生はその中に映る三人の少女たちの写真を見る。
一人は空色の長い髪を風に靡かせる少女。
一人は髪を短く切ったホシノ。
最後の一人は、灰色の髪を短く切り揃えた少女。
そのうちの二人────空色の髪と灰色の髪の少女の顔は亀裂が入っているため、見えることはなかった。
「先生、割れたガラスが刺さったら危ないからさ。それを渡してくれる?」
「"………この子達は、ホシノの先輩?"」
沈黙が場を支配する。ホシノはゆっくりと差し出された写真立てを受け取ったあと、ひび割れた写真を見て、何でもないように壊れそうな笑顔を先生に向けた。
「なんでもないよ。気にしないで、先生」
「"………話したくなったら、いつでも言ってね"」
「うへへ、そうだね〜……本当に、そうだね」
無理矢理取り繕ったようなチャラけた態度を取るが、ホシノの胸中は穏やかではなかった。
ホシノの胸中を支配するのは、怒りと後悔、そして回顧だった。
ホシノは先生と別れると、一人自室で寝転がった。睡眠剤を指定された数飲み、ホシノに睡魔が襲ってくる。
(今日は、夢なんか見ないで眠りたいな。)
そんな事を思いながら、ホシノは眠りに誘われていく。
◆
先輩の方はどこまでも能天気で、同級生は稀代の天才児のような子で、生徒会長である先輩を私と同級生で支える形だった。
「────シノ、ホシノ。聞こえているのかい?」
「ホシノちゃん起きて〜!今日は見回りの日だよ〜!」
柄にもなく昼寝をしてしまっていたのだろう、私を起こす二人の声が聞こえる。そうだ、私は今日、二人と見回りに行かないといけないんだ。
「今行きますよ、ユメ先輩、ユユカ」
「フッ、この瀬兎ユユカを待たせるとは。罪な女だね、ホシノ」
「ユユカちゃん……っ!」
思わず笑みが溢れる。少し抜けているが優しいユメ先輩と、少し尊大で、██に似ているユユカ。
二人がいる日常は、辛いなりに幸せだった。
毎日のように日常を過ごし、アビドスを脅かす外敵と戦い、ユユカの作戦とユメ先輩の指揮、私の戦闘力でもってバランスの取れた闘い。
それが崩壊したのは、私たちに新しい後輩が出来てからすぐの事だった。
「ユメ先輩の様子がおかしい。ホシノ、ノノミ。何か知らないかい?」
ある日、ユユカがやけに神妙な顔をして私たちにそう言ってきた。はじめは、何かの冗談だと思った。ユユカはたまにそういうイタズラをするからだ。
「知らないけど。ユメ先輩の様子はいつもおかしいでしょ」
「………私も、知りません。ごめんなさい」
「そうかい。なら良いんだ……。私は知り合いを頼ってみる」
ユユカは各学園に広い人脈を持っていた。本人の才覚を買われ、様々な学園からアプローチをかけられている関係で、多種多様なコネクションがあるらしい。
「何もなければ良いんだけど……」
ユメ先輩が行方不明に"なった"のは、その丁度一週間後だった。突然ユメ先輩の持っていた大盾の反応が停止。ある一点を境に、ユメ先輩は「消失」してしまった。
「ユメ先輩を探してくる。ユユカとノノミは待っていて」
焦る内心を抑えながら、私は一人でユメ先輩を探しにアビドス砂漠を探索し始めた。結局、「ユメ先輩」が見つかったのはその一週間後だった。暑い、夏の日のことだった。
「ここに居たんですね、ユメ先輩」
「まったく……探しましたよ。どうしてこんな所にいるんですか」
「………帰りましょう。私たちの、学校へ……」
返事はない。当然だ。膝をつき放心する私の前にはユメ先輩の持っていた盾と、人の姿をした影しか無かったのだから。
涙は流れなかった。砂漠の渇きが、私の涙を枯らしてしまったかのように、涙は流れなかった。
その分の代償とでも言うかのように、心がひび割れて行くのが分かった。
帰ろう。ユメ先輩は確かに死んでしまったが、私には護らなければいけない後輩や、同級生がいる。
今までは、ユメ先輩がみんなを身体を張って守っていた。これからは、私が
私がアビドスに帰ると、血相を変え、涙目のノノミが泣きじゃくっていた。その身体はボロボロで、アビドスの校舎は大きく破壊されていた。
「何が……あった。何があった!?答えろノノミっ!」
「ホシノ……せんぱい………!ユユカ先輩が、ユユカ先輩があっ!」
ノノミの話を聞いて、愕然とした。悪い大人達が多額の債務を理由に抵当を要求し、そのカタとしてユユカは拉致されたらしい。
まだ間に合う。拉致されてからはまだ数時間しか経っていない。急いで戦いの支度をするようにノノミに指示し、悪い大人の根城へと攻め込んだ。
「ユユカっ!助けに来たぞっ!」
頭の良いユユカはタダでは拉致されていなかった。しっかりと私たちだけに分かるようにサインを残していてくれた。
そうだ、ユユカは優秀な子だ。だからユメ先輩のように、死んでいるなんてことはない。ないはずだ、と。そう信じていた。
「ようやく来ましたか。小鳥遊ホシノ」
「お前は─────!黒服……!何故ここにいる!?」
私がアビドスに入学してからずっとアプローチをかけてきている謎の大人『黒服』が、悪い大人と相対するように立っていた。
事態が理解できない。だが私はユメ先輩のように決断しなければならない。
「小鳥遊ホシノ、提案があります。瀬兎ユユカを奪還し、キヴォトスの崩壊を防ぎます。協力を」
「一つ、貸しだ。契約を履行してやる」
「勿論です─────。さぁ、行きなさい!」
黒服の号令で闘うのは癪だが、ユユカのためだと言い聞かせ、悪い大人に向かって吶喊する。
予想以上の速さだったのか、目を見開く男の不細工な面に鉛玉をコレでもかと撃ち込む。
「これで終わりか?あっけないものだな……!ユユカを返してもらうぞ」
「は、はは!舐めるなよ小娘!私は既に『適合手術』を終わらせている!【神秘】を手に入れたのだ、私は!」
ぐちゃぐちゃにした筈の男の顔面からは煙が出るのみで、どこも欠損はしていなかった。それよりも、目を引いたのは男の頭上に浮かぶ、よく見知った円環。
「お前、それ─────」
「ははははっ!そうさ、セトの力はこの私が奪った!キヴォトスの外でも私のみが持つ技術だ!」
「お前、お前は、お前だけは……!殺す!」
視界が赤くなるような錯覚に陥る。今までに抱いた事ない感情が私を支配する。必ず殺さなければならない敵。それがこの男だ。
「あああああああああっ!死ねっ!死ねえっ!死ねよぉおおっ!」
「な、何故!?何故だ、私はセトの神秘を手にしたのだぞ!し、死ぬ!死んでしまう!やめてくれ!頼むううっ!!」
「お前はそう言った人間を一人でも見逃したのか!?」
「い、嫌だぁあああっ!」
男にトドメを刺そうとした時だった。黒服が何かの装置を使い、男を包む。男は絶望しきった表情のまま固まり、水晶のようなものに封じ込められている。
「小鳥遊ホシノ、よくやりました。瀬兎ユユカはこの奥に安置されている筈ですが、その生死は絶望的で────」
「うるさいっ!」
黒服の言葉を無視し、奥の部屋に入る。黒服の言う通り、ユユカは安らかに眠っていた。そっと揺り起こそうとすると、ユユカはゆっくりと目を覚ます。
「ユユカ、帰ろう。迎えに来たよ」
「………………?」
ユユカは事態を把握しきれていないのか、ぼーっとした目で私を見た後にたった一言だけ、呟いた。
「きみ、だれ……?」
足元から、何もかもがガラガラと崩れる音がした。ギリギリで保っていた筈の心は、とっくに音を立てて砕け散っていた。
アビドスに一人で帰ると、ノノミが明るい笑顔で待っていた。そうか、と思った。
「おかえりなさい☆ホシノ先輩っ!」
「………ノノミも、こっちに来るんだ」
後輩に仮面を被らせてしまった事に絶望しながら、私も仮面を被る。ユメ先輩と、ユユカ。二人の仮面だ。
飄々としていて、だらしなくて、それでいて肝心な時には頭が切れる。完璧には行かないかもしれないけど、それでも。
「うへへ、おじさんと一緒に頑張ろっか」
「はいっ!ホシノ先輩!」
◆
「うわあああっ!?はぁ……はぁ……う、おえ…」
ベッドから飛び起きたホシノは慌てて洗面台に駆けていき、綺麗な洗面台を吐瀉物で汚していく。全て吐き終え、処理したところでホシノはふと鏡を見る。
「はは、酷い顔……先生には見せられないな……」
ホシノが先生と初めて出会った時、先生の性別もあり、非常に嫌悪していた。どうしても、ユユカを酷い目に合わせた男と被って見えた。
しかしホシノは、先生と触れ合う内に先生の中にユユカのような雰囲気を感じ、徐々に信頼していった。
「ねぇ、ユユカ。ユメ先輩。私……うまくやれてるかな。結局、ユユカは呼吸の仕方も忘れちゃったけど、私は本当の自分をたまに忘れそうになるよ」
誰に当てたでもない独白。それに応えるものはいない。ホシノが、一人であれば。
「苦労したんだね、ホシノ」
どこからか、声が聞こえた。
ホシノは声の方を向くと、その顔を大きく歪め、濁った瞳から大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちる。
「泣かないでくれ、ホシノ。確かに急に押しかけたのは悪かったとは思うけど……」
「色々言いたいことはあるけど、おかえり。」
ホシノは自分に出来る心の底からの笑みを、窓の外に立つ灰色の髪の少女に向けた。
続きは考えてません。ホシノを曇らせて救いたかっただけです。