真・恋姫†無双~転生記~   作:ふかやん

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益州に賊軍跋扈し、壮也外道から少女を救う

 華北において黄巾という大嵐が吹き荒れている頃……壮也は荊州における要衝にして中心都市であった『江陵(こうりょう)』を通過し、西に向かって黒風を走らせていた。

 

 

「この先が益州…かの高祖、劉邦が天下を取る為の足掛かりにした土地か。…急いだ方がいいかもしれないな。今のところ追っ手は無さそうだけれど、劉表殿が追っ手を出さない保証もない」

 

 

 この時の壮也は、長居は禁物とばかりに行動をしていた。それというのも炎蓮こと孫堅を救う為に荊州における有力者であった黄祖の戦いで炎蓮を救う為とはいえ無粋とも言える助太刀を行い、その結果黄祖は命こそ助かったものの片腕を失うという重傷を負ったのである。

 

 

 その黄祖と、荊州刺史であると同時に漢の宗室の一員でもある劉表が主従関係にある事を壮也は重々理解しており、出来うるなら世情が不安定になりつつあるこの天下において平穏が保たれている荊州を見聞してみたいと思いはしたものの、その黄祖を負傷させてしまった自分の事を劉表が敵視しないという可能性もないと思い、早々に荊州から別の土地に移ろうと考えたのであった。

 

 

 そうして壮也は黒風の頸を撫でてから手綱を打つと、黒風も一声嘶いてから足を進めて行ったのである…。

 

 

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 益州。現在の中国における四川省、重慶市、雲南省、貴州省の大部分を含んだ土地であり、後漢王朝の頃には漢中郡・巴郡・広漢郡・蜀郡・犍為(けんい)郡・牂牁(そうか)郡・越嶲(えっすい)郡・益州郡・永昌郡。そして広漢属国・蜀郡属国・犍為属国の12郡国118県で構成されている。

 

 

 四川盆地を中心に、益州の北に位置し、関中(西安)から益州への進入を阻む秦嶺山脈。益州の東には長江が切り開いた峡谷(三峡)を形成する巫山(ふざん)。益州の西には長江の上流域を成す険しい横断山脈。

 

 

 そして北部から北東部に位置し、漢中から四川盆地へ入るルートを険しくする大巴山脈という険しい山脈によって周囲を囲まれた天然の要害である一方で、豊かな資源に恵まれた『天府の国』と呼ばれてもいた。

 

 

 その歴史は先秦時代にまで遡り、秦が統治していた土地でもあるのだが、それほど重要視されていると言う訳でもなかった。それというのも秦から益州に入るには、『蜀道の険』と呼ばれる人一人がやっと通れるような桟道を使わねばならないほどに厳しい道程だったからだ。

 

 

 まして一度桟道を破壊されれば文字通り中原から完全に孤立してしまう。この為秦の頃、益州は流刑の地という印象が強く、後に楚漢戦争を繰り広げる事となる項羽と劉邦が対立する前に、項羽が封建を行って劉邦を関中王に任じた時も、辺境の地という印象が強かった漢中・巴蜀の地(当時「関中」には統一以前の秦の領土を指す意味もあった)を与えられ、この時に『左に遷す』と項羽が言った事が後代において『左遷』の語源となった様に、中央から離れた僻地とみられる事が多かった。

 

 

 無論土地柄としては肥沃であり、ここで力を付けた劉邦が項羽を討ち倒す事が出来た事も事実ではあるのだが…。やがて後漢王朝になると、益州には州牧の設置を進言した漢の宗室の一人でもある劉焉(りゅうえん)が派遣される事となり、現地の豪族の助力を得て独立勢力を築いていたのだが…黄巾の大乱による影響はこの益州にも如実に表れていた。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 成都(せいと)。劉焉が益州の州都として整備した都市にある皇城、その廊下を一人の女性が大きな足音を立てながら歩いていた。

 

 

 『酔』と書かれている肩当を付けた、豊満な肢体を印象付ける灰色の装束を纏い、銀の長髪を後ろで一房に纏めたのを紅色の玉の簪と梅の花びらを象った装飾の簪で止めた髪形をしており、妙齢の女性としての美しい美貌を持っているのだが…その顔は酷く苛立っており、誰かを探しているのかあちらこちらに顔を向けていた。

 

 

「ええい、あの糞ガキめが…どこで怠けておるのか!!政務も滞っておるというのに…『あっ、桔梗(キキョウ)様!』っ!?お、おお(カオル)様ではありませぬか!」

 

 

 愚痴をこぼしながら誰かを探しているであろう彼女に対し、声をかけて来た人物がいたので、桔梗と呼ばれた女性が声の方に顔を向けると…そこには濡れ羽色の長髪を靡かせた、水色の瞳をしている清楚な雰囲気を醸し出す少女だった。

 

 

「どうしたのですか?その様にいらだった様子で…」

 

 

「あ、ああ。これはその…。あの糞がっ…否、お館が執務室におられぬのでどこで油を売っておるのかと思いましてなぁ…」

 

 

 桔梗が頬を指で掻きながら、困った様に事情を説明すると…薫と呼ばれた少女は苦笑しながら、溜息をついたのである。

 

 

「ああ、なるほど…またお父様が執務をさぼっているのですね?困ったものです…益州の刺史をお爺様から託されているというのにこの始末、娘として恥ずかしく思います…」

 

 

「いえいえ!姫様がその様に申し訳なさそうにする必要はありませぬぞ!?悪いのはあの糞ガっ…お館であるが故に!」

 

 

 薫が自らの父親の醜態を情けないと思っているのか溜息を再びつくと、桔梗は慌てて安心させようと口を挟む。それを見て、薫も苦笑して頷いた。

 

 

「…ありがとうございます、桔梗様。それよりも…恐らくお父様は庭園の長椅子で寝転がっていると思いますよ。あそこがお父様にとってお気に入りの場所ですから」

 

 

「おお、忝い!では失礼いたしますぞ!!」

 

 

 薫の助言を受け、桔梗…益州において知らぬ者無き名将である厳顔は嬉しそうに拱手をすると猛然と駆け去って行った。その後ろ姿を見て、薫…現益州刺史である劉璋(りゅうしょう)の息女である劉循(りゅうじゅん)は再びため息をつくより他なかった。

 

 

「全く…お父様も少しはきちんとしてほしい物です。この益州の平安を護るという責務があるというのに、しょうがない人なんだから」

 

 

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 成都の皇城、その内部にある庭園。その四阿(あずまや)にある長椅子に一人の男が寝転がっていた。

 

 

 身に纏うのは地位の高い人間が纏う様な、上質の絹で作られた着物なのだが……その着物はすっかり着崩れをしており、手には強い酒精が漂ってきている徳利を持ちながら……。

 

 

「んごぉ……ぐがあぁ……」

 

 

 …気分良さそうにいびきをかきながら昼寝をしていたのである。その顔も無精ひげを生やし、ぼさぼさの黒髪を生やし放題にしているなど、どう見てもこの皇城には不釣り合い……というべき人相の男である。やがて…。

 

 

「あっ、見つけた!おい起きろお館!!」

 

 

 そんな男に、黒い短髪に白いメッシュが入っている、黒を基調にした手甲を取り付けた闊達そうな雰囲気を感じさせる少女が声をかけて来た。すると男はゆっくり目を開けて、声をかけてきた少女をねめつけると…欠伸をしながら起き上がった。

 

 

「ふあ~あ…何だ焔耶(エンヤ)じゃねえか?せっかく気分よく寝てたってのに、少しは空気読めよ?」

 

 

「何が空気を読めだ!?桔梗様がお館の事を探しているんだぞ!どうせ仕事をほったらかしにしてさぼってたんだろ!?政務をさぼるなんてそれが刺史のする事か!?」

 

 

 そう言って焔耶と呼ばれた少女が叱りつけたのだが…目の前に座っている男性は不敵な笑みを浮かべながらこう問いかけた。

 

 

「なあ焔耶?弓ってのは、どうして使わない時は弦を外しておくと思う?」

 

 

「は?そ、それは…時間が経つと摩耗して弓が痛んで、引き絞った時に破損する事もあり得るからだろう?」

 

 

 焔耶が男性の質問に答えると、男性は焔耶の前に人差し指を立てながらこう答えた。

 

 

「それよそれ。人間もな?張り詰めた状態のまま過ごしていちゃ、いざって時に満足に働く事も出来ねえのよ。締める時はきっちり締め、緩める時はしっかり緩める。出来る人間ってのは、そのメリハリ!ってのを切り替えるのが大切なのよこれが」

 

 

「っ!????そ、そうなのか…!ではお館が普段怠けているのは、いざという時に備えているという事なのか!?感服したぞお館…!!!!」

 

 

 男性の言葉に、焔耶は頭をガーンと叩かれたかのような衝撃を受けた様に顔を驚愕の表情に染めたかと思うと、その瞳に尊敬の色をありありと浮かべ始める。

 

 

「おう、そう言う事よ。それじゃ、俺はまた休んでるからお前も適当に探すふりをして『糞ガキぃ…!!!』……なあ焔耶?ひょっとして俺の後ろに桔梗の姐さんいたりする?」

 

 

「うむ、いるぞ!」

 

 

 その時唐突に後ろから響いて来た凄みを聞かせた声を聞き、男性が冷や汗をかきながら焔耶に問いかけると、焔耶は元気一杯という感じで答えたので恐る恐る振り返ると…そこには額に青筋を浮かべている妙齢の女性、桔梗が仁王立ちしながら見下ろしていたのである。

 

 

「ようやっと見つけたわ…!これで何度目じゃ!?政務をさぼって逃げ出すのは!?」

 

 

「ん―…ざっと十九回ぐらいだな」

 

 

「数えるな!!…ご苦労だったな、焔耶。うまく糞ガキを留め置いてくれて助かったぞ」

 

 

 桔梗が叱りつけながら傍にいた焔耶に声をかけると、焔耶も拱手をしながら頭を下げた。

 

 

「はい!この程度何でもない事です!!」

 

 

「!??…待て焔耶、お前もしかしてさっき感動してたのって…ふりか!?ふりなのか!?」

 

 

「当たり前だろう?何度も引っかかってれば、嫌でも慣れるぞ?」

 

 

 男性が疑問を投げかけ、これに焔耶が胸を張りながら自信満々に答えると、男性は悔しそうに唸るより他なかった。

 

 

「ぐぬぬ…!??妙な所で成長しやがって…ってか桔梗の姐さん!どうして俺がここでサボっ…英気を養ってるって分かった?!」

 

 

 男性が自身の首根っこを掴んで逃げられない様にしている桔梗に問いかけると、彼女もまた何でもないという感じに答えたのである。

 

 

「姫様が懇切丁寧に答えてくださったわい。親思いの薫様に感謝するんじゃな」

 

 

「…娘に売られるとはなぁ」

 

 

 まさかの裏切りを受け、さしもの男性も観念せざるを得なかった。…この男性こそ、益州の刺史を務めている劉璋、字を季玉(きぎょく)その人である。

 

 

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 そうして桔梗が劉璋の首根っこを掴みながら執務室に連行しようとしたのだが…。

 

 

「さあお館!いつまでもさぼっておらんで政務に励んでもらいますぞ!!それにお館に急報もあるので『ああ?黄巾の奴らに呼応した賊共が暴れようとしてんだろ?』っ!??………ご承知、だったのですかな?」

 

 

 桔梗が報告をしようとするも、その前に劉璋が口を挟んできた事に内心驚愕をしながらも、平静を装いながら問いかけた。

 

 

「あのなぁ…伊達に益州の刺史を務めてねえよ俺は?身分隠して街中に行ったりすりゃあ、成都のみならず成都を訪れてる旅商人や職人、百姓から世間話とかを聞いたりしながら情報を精査してたりしてんのよ。…中原で起こってる黄巾の乱に呼応して暴れようと考えてる奴らだろうなぁ。察するに…首魁は馬相(ばそう)趙祗(ちょうし)の奴か」

 

 

 首根っこを掴まれながらも冷静に分析をする劉璋に、桔梗は唾を飲み込みながら頷くしかなかった。

 

 

「っ!さ、左様ですぞ。奴らが巴郡の臨江県に集結して蠢動しようとしておると、現在江州におる紫苑(シオン)から連絡を受け取ったのです…」

 

 

「成程ねぇ…紫苑の姐さんにとっちゃ馬相は、今は亡き賈龍の旦那の仇だからな。やる気もひとしお、って奴だろうよ。ああ後な?張任や李厳、それと孟達に法正の奴らを東州兵と一緒に送っといたから。それと…魏延」

 

 

 劉璋はそう言うと、桔梗の傍にいた焔耶…三国志において劉備に仕えた猛将の一人である『魏延・文長』に呼びかけた。

 

 

「っ!?は、はいっ!」

 

 

「お前もこんな所で油を売ってないで、江州に駆け付けろよ?お前は武人なんだろ?だったらこんな所で油売ってないで…前線行って思う存分暴れてこい!!」

 

 

「っ!御意!!桔梗様、失礼します!!」

 

 

 先ほどまでのだらけ切った調子とは真逆の、強い意志の籠った叱咤激励を受け、魏延は拱手をしながら頷くと自身の馬を預けている厩に向かって駆けだして行った…。

 

 

「……既にそこまで指示を飛ばしておったとは、思いませんでしたぞ?しかし大丈夫ですかな?紫苑はまだしも、副官に焔耶を初めとした、まだまだ経験の若い者達を戦場に出すなど…」

 

 

「腐っても、益州を預かる刺史なんだっつーの。それと言いたい事は分かっけど、いい鍛錬になんだろ?ただでさえこの益州は中央から置いてけぼりになってる僻地なんだ。一応仮想敵国?として見てる荊州の劉表の嬢ちゃんは荒事を好まない小動物みたいな性格であっちから攻め込む可能性は皆無だし、もう一つの仮想敵国と言える漢中の張魯(ちょうろ)の奴が首魁を務める五斗米道も黄巾のやり方を嫌っていてこれも攻め込んでくる可能性は皆無と…。要するに好き好んでここに攻め込もうって馬鹿もいねえんだし、賊共にはいい鍛錬相手になってもらえばいいだろ?」

 

 

 そう言い切って見せた劉璋を見て、桔梗は呆れた様に溜息をつくより他なかった。自身が仕えている主君だからこそ分かるのだ……この男は、平素の時は政務をさぼって怠ける事が多いが、その一方で国を治める王としての決断力と怜悧な英知、そしてどんな状況でも動じる事のない胆力を持った男である事を。

 

 

「…普段からその様にしてくだされば、ワシや姫様も安心なのですがな?」

 

 

 桔梗はそう呟きながら首根っこを掴んでいる劉璋に目をやるのだが、当の本人は口笛を吹きながらそっぽを向いている始末であった…。

 

 

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 その頃荊州を旅立った壮也は、益州の東側に聳える巫山を越えて益州は巴郡、臨江県に向かう最中にあった。

 

 

 だが、臨江県に近づくにつれて壮也の目に留まったのは粗末な甲冑を纏い、武具を手にした人相の悪い男達…即ち賊徒の集団だった。それも百や二百と言った集団が所々から集まりつつあった…!

 

 

 そして臨江県近くまでくるとその規模は万を超える物になっていて野営地まで作られており、時間が経てばまだまだ終結するのが目に見えていた。

 

 

「…(かなりの集団だな。時期や土地から推察するに、馬相の乱に関係した賊徒共だな。襲うとするなら平都(へいと)枳県(しけん)涪陵(ふうりょう)…もしくは江州と言った所か。こちらは単騎、下手に騒ぎを起こさないようにした方が…)…っ!?」

 

 

 だが、壮也の目に看過できない物ー下種な笑みを浮かべた数人の賊が紫色の髪をした少女を本営に引っ張っていく光景ーが映り、壮也は直ちに黒風に跨ると手綱を打った…。

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 

 賊徒が作った野営地の天幕、そこにこの賊軍を率いる二人の頭目…馬相と趙祗が地図を広げて今後の展望を議論していた。

 

 

「…今集まっているのはざっと三万と言った所だ。時間を掛ければまだまだ集められるが…」

 

 

「そんなに待ってられるかよ!!江州にいるのは五千程の守備軍って話じゃねえか!一息に攻め落としてやろうぜ!!」

 

 

「落ち着け馬相、あの劉璋の奴が指を咥えて俺達の蠢動を黙って見ている訳が無いだろう?恐らく東州兵を差し向けてくるはず…あの手ごわい連中を相手取るにはこちらも数を揃えるべきだ」

 

 

 どっしりとした体格に立派な髭を生やしている男性…趙祗が数を揃える為にも今は待機をするべきだと意見をするのだが、それに対しほっそりとした体格で、顔に包帯を巻いている男…馬相は頷かなかった。

 

 

「冗談じゃねえ!江州にいるのはあの糞野郎…賈龍(かりゅう)の部下共と、あいつの情婦である黄忠じゃねえか!連中を等しく地獄に叩き落とさなきゃあ俺様の気が済まねえ!!…ぐうっ!傷が、痛む…!!」

 

 

 そう喚き立てた馬相が急に苦痛に悶える声を出したかと思うと、顔に巻いている包帯を荒々しく破り捨てる。そこには……大刀で切りつけられてできたと思われる刀傷が、顔面に痛々しく残っていたのだ。

 

 

「……まだ痛むのか?賈龍がつけた大刀の傷が?」

 

 

「ああ痛む!!くそっ……あの糞賈龍め!!死んでまで俺を恨んで呪ってやがるのかよ!!畜生がっ!!」

 

 

「……(呪っているか…あながち間違いではないだろうな。何せ、あんな事をしでかしたんだから)」

 

 

 傷を掌で押さえ、時折激痛が走る事で顔を歪める馬相が暴言を吐くのを、趙祗は呆れた様な目線で見つめるより他なかった。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 実はこの馬相という男、嘗ては賊ではなく江州を拠点とする益州従事を務めた賈龍の副官を務めていた。しかし生来粗暴で女性を凌辱する事をこの上なく好む馬相を、賈龍は副官として全く信を置いていなかった。

 

 

 そして事件が起こる。荊州出身であったが夫を亡くし、その遺言に従って夫の親友だった賈龍の元を娘と共に訪れる事となった黄忠を、馬相は一目見て気に入ってしまう。

 

 

 普段は気丈に振舞うものの夫を亡くして意気消沈していた彼女を、馬相は誰もが寝静まった夜半に彼女の部屋に忍び込んで襲い掛かったのである。当然彼女は抵抗しようとするも、あらかじめ彼女の娘である璃々(りり)を人質に取り『抵抗すれば娘を殺す』と恐喝して来た馬相に、黄忠は亡き夫との間に儲けた娘を失う事に耐え切れず、抵抗を止めざるを得なかった。

 

 

 そうして馬相の毒牙にかかろうとしたその時、奇跡が起きた。自身にとっての親友であり、夫を失った黄忠の事を気にかけていた賈龍が中々寝付く事が出来ずにおり、晩酌に誘おうと彼女の部屋を訪れたのだ。

 

 

 当然目の前で行われようとした凶行を見て賈龍は激怒。黄忠の娘である璃々を人質に取っていた馬相の部下を護身用に持ってきた大刀で斬り捨てると、そのまま逃げだそうとした馬相の顔に深々と刀傷を刻みつけたのである。

 

 

 馬相は騒ぎを聞きつけて駆け付けた賈龍の部下達によって拘束。そのまま処刑しようとしたのだが、あらかじめ牢内に抜け穴を作っていたらしく、馬相は雲隠れをしてしまう。

 

 

 その後しばらくの間平穏な時間が流れ、黄忠も夫を亡くした悲しみが賈龍の不器用ながらも暖かな励ましによって少しずつ癒されていくと同時に、彼に対して心惹かれる様になり、娘である璃々も賈龍を父親同然に慕う様になったのだが…再び事件が起きてしまう。

 

 

 賈龍が巴郡一帯の巡察を行う為に出かける事になったのだが…その道中で立ち寄った邑に、雲隠れしていた馬相が賊を率いて襲撃をかけたのである。

 

 

 これに賈龍は抵抗をするも多勢に無勢…。付き従った従者達は全滅し、賈龍自身も矢の雨を浴びて壮絶な最期を遂げてしまったのだ…。そして悲劇はそれだけにとどまらなかった。あろう事か馬相は賈龍の亡骸を、頸と手足を切り落とし、切り落とした頸と手足を木の杭に突き刺して見世物の様にして立ち去ったのである。

 

 

 夫を亡くしたのみならずその夫の死を共に悼み、自分の事も気にかけてくれた恩人である賈龍の無残な最期に、黄忠の心痛は如何ばかりか…!!それは浄められ手足と首を繋げられるものの痛々しい切断跡が遺されてしまった賈龍の亡骸を見た黄忠の嗚咽がそれを如実に示していた…。

 

 

 そうして益州刺史の責務を父である劉焉から受け継いだ劉璋は、直ちに馬相の事を『父劉焉を支え、尽力してくれた好漢を卑劣にして無残なる最期を与えるという、悪辣無道を成した外道』として指名手配し行方を追っていたが…その馬相が賊徒共を結集しつつあるという情報が劉璋の耳に届いたのが、壮也が益州の地に辿り着いた時だったのである。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 趙祗が今なお命を奪った賈龍に対して卑劣な所業を行った馬相に冷たい視線を向けていると、本営の外から声が響いて来た。

 

 

「お頭!!」

 

 

「っ!!何だ!?」

 

 

「す、すいません!けどお頭が言っていた黄忠の娘を連れてきましたぜ!!」

 

 

「何ぃ…よくやった!!すぐ行く!待ってろ!!」

 

 

 その報告に馬相は途端に目を輝かせるとそのまま天幕から外に出て行き、それを見た趙祗は何か途轍もなく嫌な予感を感じて共に外に出た。そこにいたのは…。

 

 

「やだぁ!!離せぇ!」

 

 

 紫色の髪にリボンを二つ身に着けている、まだ子供と言っていい少女が賊共に手を掴まれていたのだ…!

 

 

「っ!?おい馬相…この子は誰だ!?」

 

 

「誰だってぇ?決まってんだろ…黄忠の娘さ!」

 

 

「な、なんだと…!?お前、こんな頑是ない幼子を誘拐してどうするつもりだ!?」

 

 

 趙祗が馬相に詰め寄ると…馬相は外卑た、醜悪な笑みを浮かべながら答えた。

 

 

「決まってんじゃねえか…こいつを磔にしてあの女に、黄忠に見せつけてやるのよ!!降伏しねえならこの嬢ちゃんを殺すってよぉ!!」

 

 

「何、だと……ふざけるな!!俺も賊だ、お前と同じ穴の狢であることは否定しない!!だがな…俺は決してこの嬢ちゃんの様な無垢な子供を手に掛けようと思った事はただの一度もない!!お前は賈龍をあんな惨たらしく殺しただけでは飽き足らず黄忠から…我が子を想う母親から幼子の命を、未来すら奪う積りか!?馬鹿な真似はやめろ!!」

 

 

 馬相が行おうとしている所業に、さしもの趙祗も怒りを隠せなかった。…趙祗は嘗ての益州刺史であった郤倹(げきけん)に仕えた武官であったのだが、重税を取り立てて民草を苦しめ、自分自身は贅沢な暮らしに溺れる彼に義憤を以て立ち上がってこれを弑逆し、そのまま逐電して賊を取り纏める様になった。

 

 

 しかし奪うのは悪徳な領主や商人だけを狙い、女子供には手を出さない事を何よりも重んじていた。そんな時同郷の出であった馬相から協力をしてほしいと呼びかけられるも、彼は初め乗り気ではなかった。馬相の醜悪な所業を伝え聞いていた事もあり断ろうとしたのだのだ。

 

 

 そんな時太平道を作った張角達が掲げる『民草を苦しめる漢朝を討ち倒し、民草が飢える事のない世を作ろう』という考えに共感し、その助力になりたいと思った時に馬相の手勢と合流、隙を見て馬相を亡き者にしようと考えていたのだが…予想以上に馬相の醜悪さは群を抜いていたのである。

 

 

「うるせえ!!あの女にはもっと苦しんでもらわなきゃ俺の気が済まねえんだ!!邪魔するってんなら…『お前が…お母さんを…』あん!?」

 

 

 諫めようとする趙祗に対し、馬相が喚き立てながら反論しようとするもその時に、か細い声が聞こえた為その声の方を向くと、賊兵に両腕を掴まれ身動きが取れないでいる璃々が、両眼に涙を溜めながらも強い意志の籠った眼で馬相を睨みつけていた。

 

 

「お前が賈龍の叔父さんを……お母さんの事を慰めてくれた、璃々の事も可愛がってくれた叔父さんを…!お母さんは……お前なんかに絶対負けないんだからぁ!!」

 

 

 そう言って暴れ始めたのだが…やがて彼女の足元に転がっていた石ころに足が当たったのか蹴り飛ばされ、それが馬相の頬に命中したのである。

 

 

「いっ!?………こ、こ、この糞ガキがぁ!!!殺す!!人質にするのはもうやめだ!!てめえの顔面の皮を剝いでから磔にして、あの女の前で突き殺してやる!!」

 

 

 まだ幼い無垢な少女の精一杯の抵抗…しかしそれは馬相の怒りに油を注いだだけだった。激怒した馬相は腰に差している刀を抜くと、彼女に近づこうとする。

 

 

「っ!?馬鹿な真似はやめ『邪魔だぁ!!』…がっ!?」

 

 

 これに趙祗が目の前で行われようとしている惨劇を止めようと馬相の肩を掴むのだが、振り払おうと体を動かした馬相の手に握られていた刀が…彼の喉を掻き切っていた!!

 

 

「おおっとぉ…?うっかりしちまったなぁ?けどいいよなぁ?これでお前の手勢も俺のものになるんだからよぉ…!さぁて…待たせちまったなぁ、糞ガキぃ…!!!」

 

 

 喉を切り裂かれ、傷口を抑えながら仰向けに倒れてしまった同郷の出である仲間すら、手に掛けた事にも何の痛痒も抱かない馬相…!その目は完全にいかれているとしか言えない物になっていた。そしてその目は…目の前で繰り広げられた惨劇に顔面を蒼白に染めた同僚に腕を掴まれている璃々へ向けられる。

 

 

 だが…それでも璃々は怯える素振りすら見せない。幼いながら彼女は覚悟を決めていたのである…自分と、自分の母の事を気にかけてくれた、不器用ながらも心優しかった賈龍の事を無残に殺したこの(馬相)にだけは、絶対に怯えたりしないと言う様に。

 

 

 しかしその瞳すら鬱陶しいとばかりに睨みつけた馬相は、その刀で彼女の顔の皮を剝いでやろうと近づけようとし…。

 

 

ーどどっどどっどどっ!!!!

 

 

 …その時突如として響き渡って来た馬蹄の音に刀を止める。

 

 

「ああん?何だ一体…ごえっ!??」

 

 

 馬相が音のする方に振り替えるも…その途端、馬相は何かがぶつかって来たような衝撃を受けたかと思った直後に自身の身体が空中に撥ね飛ばされ、間髪入れずに地面に叩きつけられた衝撃を受けて意識を失ったのである。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 少女…璃々の目に飛び込んだのは、まさに衝撃的な光景だった。つい先ほどまで自分に危害を加えようとしていた男を、墨の様に真っ黒な毛並みをした荒馬が猛然と撥ね飛ばして地面に叩きつけたのである。

 

 

 そしてその馬には、純白を基調とした袖の無い、蒼い装飾が肩口の縁などを飾り付け、胸元に『徐』の一文字が描かれた甲冑を纏い…大戦斧を手に悠然と構えている青年が騎乗していたのである。

 

 

 しかしその瞳には、強い怒りが込められていた。それは……『罪なき者を手に掛けんとする外道を決して許さない』という義憤の籠った物。少女にとって正しく『自分を救ってくれる英雄』の登場であった…!

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 少女の危機を間一髪救う事に成功した壮也。直後賊の追撃を受け逃走をする彼の前に現れたのは、益州が誇る精鋭の軍勢。そして研鑽に励む若武者達だった…!!続きは次回の講釈で。




オリジナル武将


『劉璋・季玉』


 現在の益州刺史を務めている男性。執務室から逃げ出してさぼっているのが日常茶飯事である駄目男であるものの、国主としての決断力と怜悧な英知、胆力を持ち合わせている人物。


 …なのだが普段から政務をさぼったり、身分を隠して皇城を抜け出しては町の酒場で酒を愉しむなどダメな部分の方が多い残念な人でもある。


 史実や三国志演義において、劉備に領地である蜀を奪われる暗君としての一面が強い人物であるが、その一方で吉川三國志などでは領民想いで善良なお人好しとして描かれる事も多い。


『劉循』(容姿、性格は『英雄伝説 閃の軌跡シリーズ』のエリゼ・シュバルツァーを参考にしました!)


 劉璋の娘。父親である劉璋と違って清楚且つ凛とした佇まいの少女であり、国を背負う国主としての責任感を幼いながらに持ち合わせている。使用武器は細剣。


 父親のダメっぷりに辟易する一方で、やる時はしっかりと国主としての責務を全うする父親の事を認めてもいる。


 史実において劉備の益州攻めに対し、雒城に籠って1年にわたり劉備の攻撃を防ぎ続けた。


『馬相』


 益州に跋扈した賊軍の頭領。嘗ては益州従事を務めていた賈龍の副官を務めていたが生来粗暴であり、女性を凌辱する事を何よりも喜ぶ性根であった事から、賈龍からは全く信頼されていなかった。


 また賈龍を頼って益州を訪れた黄忠を凌辱しようとし、抵抗しようとした黄忠に対し娘を人質に取るなど救いようもない外道。終いにはそれを邪魔した賈龍を逆恨みして襲撃、これを殺害すると死体をばらばらにするという所業すら行った。


 史実において『馬相の乱』という反乱を起こした人物。嘗ての益州刺史であった郤倹を殺害し、天子を名乗るものの賈龍によって殺害された。


『趙祗』


 益州に跋扈した賊の頭目。嘗ての益州刺史であった郤倹に仕えていたが、悪政を行っていた彼に怒りを示して殺害し、賊となった。


 馬相とは同郷の出であるものの、賊に身を堕としはしたものの女子供に手を出す事を嫌い、襲う相手も悪徳領主や商人だけに絞るなど馬相に比べれば遥かに善人。


 黄忠に恨みを抱きその娘である璃々を人質にしようとした馬相を止めようとするも、逆に彼に首を切り裂かれた。


 史実において『馬相の乱』を共に引き起こした頭目。彼もまた賈龍によって討たれた。
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