夏休みを目前に、期末テストを終えた羽丘学園のクラス内は、喧騒に満ちていた。
「烏!一緒に帰りましょう!」
「いいけど...サキの家、反対だろ?」
「寄り道がしたい気分ですの、行きましょう!」
祥子は烏の手を取って教室を出る。
別段2人は付き合っているわけではないのだが、一緒に居る機会を多く見る。
そうなった理由は、入学辺りまで遡る。
羽丘高等学園1-B、出席番号19番、
自他ともに認めるキラキラネーム。
中学時代から、彼はそれが原因で笑われてきた。
しかし、ここに入ってからは違った。
番号順で隣になった
「どこに笑う要素がありますの?彼のお父様、お母様がくれた立派な名前ですわ!」
彼女は彼を勇気づけるために、カラスがいかに幸運の証であるかを説明した。
「一般的には、烏は黒くて不気味と思われがちですが、神様の使いという一面もあるのです!」
「また鳴き声には魔除けの効果があるともいわれ、ネガティブなものから守ってくれますわ!」
彼女は、いかにして、烏がいい存在であるかを力説した。
彼は、そんな彼女に問いかけた。
「どうして、そこまで?」
「お名前をバカにされることが、どれだけ悔しいか、私にはわかりません。ですが、人様のお名前を笑えるほどの地位ではないはず、ですので」
彼女のその元気に当てられ、彼もますます元気になっていった。
そして、時は流れる。
「さぁさぁ!時は金なり、ですわ!」
「分かった、わかったから、準備だけさせてくれって」
烏がカバンを持ったのを確認した瞬間に、祥子は彼の腕を引っ張って教室を出た。
「何焦ってるんだよサキ、別に逃げないよ」
「隙を見せたら逃げそうでしたもの...先に捕獲しておくのがいいのですわ」
「俺は猛獣かなんかなの?」
「男性は狼と言いますから、あながち間違ってないですわね!」
「誤解だよ、だいぶ」
祥子は腕を離そうとしない。
烏は周りの視線に居心地の悪さを感じつつも、それを解こうとはしない。
「...なんだか、周りの皆様が騒がしいですわね」
「なんかあるんじゃないの?昨今は色々イベントあるからね」
烏はそう言って、足早に昇降口に向かう。
彼の腕を持ったままの祥子は、引き摺られながら昇降口に向かった。
靴を履き替えて外に出て、当然のように並んで歩く。
「焦っているのはそちらでは?」
「時は金なりなんだろ?サキの家は門限も厳しいって聞いたぞ」
「寄り道と言ったって、別に夜まで遊ぶわけではありませんわ」
祥子は烏の前に立って、
「それとも、烏は私を夜まで連れ回すおつもりでしたの?」
とからかうように言う。
「バカ言うな。そこまでの財力と土地勘は持ち合わせてない」
祥子の横をすり抜けて、烏は歩く。
「あっ、もう。お待ちになって」
今日の気温は、この季節にしては低い28℃。
しかし、夏というワードが生み出す概念的な暑さが、体感温度を2~3℃上げていることだろう。
「あっついですわ...」
「今日は涼しい方なんだけどな...アイス食う?」
烏は視線の先にあったコンビニを見ながら聞く。
「...買い食いは、どうなのでしょうか?」
「いいんじゃねえの?違反はしてないだろ」
特に何を気にするでもなくコンビニに向かう烏と、生徒手帳を見ながら「確かに...ありませんわね」と呟いて、祥子は後を追う。
コンビニに入れば、先ほどまでの暑さで出てきていた汗が、空調によって冷やされていく。
「...今度は寒いですわね」
「まぁしゃあない。アイスどうする?」
冷凍コーナーの前で立ち止まり、しばし考える祥子。
烏は特に考えることもないようで、一番近い位置のアイスを取る。
「考えませんのね」
「こういうのは安いか食べたいものかで決めてる。今は食べたいものの気分だからこれ」
「私は...あ、これにしますわ」
祥子が取ったのは2つに分けられるアイス。
それを見た烏は手のジェスチャーでそれを寄越せと指図する。
「え?」
「会計一緒にした方がいいだろ。女の子に払わせるわけにはいかないし」
「では、素直に甘えますわね」
祥子はアイスを手渡す。
「後でその分は払いますわ」
「いいよ。俺に付き合わされたってことにしとけば」
「え、どうしてですの?」
「仮に『書いてなくても学生としてどうのこうの』って言われたら俺に付き合わされただけって言えば、祥子は許してもらえるだろ」
「...それは、どうなのでしょうか?」
烏の言い分には納得できる部分もあったが、なぜ彼がそうやって言うのか、祥子は理解が出来なかった。
なぜ帰り道が大体一緒というだけで、ここまでしてくれるのかが、気になる。
「...とりあえず、会計してから話そう」
「...そうですわね」
「さっきの、お話」
「ん?」
烏は四角い棒アイスを咥えながら祥子の方を向く。
対して、祥子はいまだ開けてないアイスの袋を見ながら口を開く。
「どうして、そこまでしてくださるの?」
「ん...そこまでって?」
「どうして色々、あなたは私を気遣うのです?」
祥子は、自分の中にあった疑問を投げかける。
「...理由とか無いけど」
「...え?」
烏はあっけらかんと答える。
「な、なんで...?」
「なんでも何も。じゃあ、かっこつけたいからじゃだめか?」
「かっこ...へ?」
祥子は絶句する。
「帰り道、誰かと一緒になる事とかなかったし。ちょっと気の利いたことしてみたいなぁって」
「それだけ、ですの?」
「まぁ、それだけ。細かいこと考えると頭痛くなるし」
烏は笑いかける。
祥子は安堵の顔を浮かべた。
「...なんでほっとしてるの?」
「いえ。いつもの烏でほっとしただけですわ」
「何だいつもの俺って。それより、アイス食わないと溶けるぞ」
「あっ、そうでしたわ...良ければ、1本どうぞ」
2本に分けて、左手の方を差し出す祥子。
「...いいの?」
「えぇ。さっきのお礼ですわ」
「気にしなくてもいいんだけどな。まぁ、くれるなら、いただきます」
烏は食べ終わったアイスの棒を袋に戻して、祥子から貰ったボトルアイスを咥える。
「器用、ですわね」
「...なにが?」
「手を使わずに吸えるものなんですの?」
「覚えなくてもいい技術だから覚えるな」
そう言って烏は再び咥えなおし、吸いだしながら遠くを見つめる。
祥子もそれに倣って、遠くを見る。
太陽はちょうど雲に隠れ、カラスが電線に止まっている。
「日が当たってないからか、ちょっと涼しいですわね」
「じゃ、今の内に帰るか。冷房部屋で涼むんだ」
「...かえって体調崩しませんか?それ」
平和な世界線が見たかったので...