半ば死にかけの木っ端な人間ですが今回《夏のバンドリ祭》に参加させていただきます。
読めた文ではありませんが、目に留めていただき感謝いたします。
学生の本分である学校が終わり、時刻はすでに16時。
部活のない殆どの学生が自分たちの親しんだ帰路を歩き、エアコンの効いた自宅、扇風機の回る縁側、各人が愛しの涼しさの元へと帰る時間。
嫌になるような照り付ける日差しに熱されたコンクリートの道を踏みしめて、生徒たちは自分たちの涼しさの元に帰っていく。
1年ごとに夏を体験する生物にとってその乗り越え方は無数に分かれる。
そんな中、帰宅する生徒は、何日後かに行われる街のお祭りに浮かれ、浮足立つように足を進める。
「ねぇ、今日花火上がるじゃん」
横で同じく日差しを受ける美咲もまた、そんな祭りの開催を伝える花火について聞いてきた。
「そうだな」
「行く?」
「どうでも」
「うーわ、ぶっきらぼうな返答」
30℃後半の気温。そんな中を決して短い距離ではない道を歩きながらじわじわと肉体を熱していく。
自分の脳を含めて肉体の水分は沸騰寸前まで茹で上がっている感覚を感じている。
夏って季節はこれだから嫌なんだよ。
熱から解放されようにも、脱ぐことを選んだ場合、たちまち自らの全ての皮膚をさらけ出し、そのままの勢いで警察のご厄介になる。
流石に暑さを動機に札付きの前科者になるのはあまりにもバカが過ぎる。
俺は、横で共に帰路につく美咲にぶっきらぼうな返事を返した。
「ねぇ、どうするのってさ」
「あーはいはい」
口先で適当なことを言いながら彼女の言葉を避けていく。
「……一緒に行く?」
「おん」
「あっさり言ったね」
「おん」
何か今、自分はとんでもないことを了承した気がする。
だが、頭は暑さでどうにも上手く回ってくれない。
「ふーん。言質取っちゃったからね」
うざったらしいほど鳴き喚く蝉の声で美咲の声が搔き消える。
「じゃ、また夜」
そういって美咲はどこかイタズラが成功したように少しにやけながら自分の家へと帰っていった。
そうして自宅へ帰り、エアコンの冷風によって冷えた頭が、自分が熱に浮いた言動をしたことを自覚したのは言うまでもない。
……それでも、彼女からの誘いだ。自分が組んだ約束でもある。
流石に約束を無碍にするような真似はしない。
俺は今夜打ちあがる花火を美咲と見る為に夜の準備をすることにした。
そうして時は過ぎ、美咲と約束した場所と時間に俺は来た。
自分と美咲の関係は、自分でも良くわからない。
美咲は、妙に頓智来なバンドに所属して、着ぐるみでそこに参加している。
もう既に訳が分からないだろ?
俺も初めて彼女の口から聞いた時には脳が理解を拒みかけた。
その時の俺は、エラーを吐き続ける脳を回しながら精いっぱいの言葉で「大変だな」と言ったが、きっと彼女からすればさぞ不誠実な対応に感じただろう。
そんな彼女がどんな曲を弾いているのか気になり、こっそりライブを見に行ったこともあった。
結論から言えば、すごかったの一言に尽きる。
着ぐるみでバンドに参加していることを聞いてイロモノバンドとは思っていたが、予想を超える範疇の型破りな出来事の連続だった。
『世界中を笑顔に』
その言葉の通り、観客を笑顔にさせるような曲の数々。
そんなバンドの中に、彼女はいる。
時々、俺に話してくれることからも美咲はあのバンドを大切に思い、そのメンバーとして過ごしているようだった。
そんな彼女と、なんとなくの間で友達の関係になっている。
ラップをして成りあがったスターのように言葉を吐けるでもない。
ターンテーブル回して世界一になった童貞のように曲を繋げられるわけでもない。
ましてやギターを弾いてロックスターになれるわけでもない。
せいぜい、俺にできるのは楽曲を聞いて、口ずさんでその気分を模倣する程度。
ただ聞くことしかしない臆病とも言えない小心者。
言ってしまえば俺はロックを体現する側ではなく、生み出されたロックを摂取する側の人間。
そんなところだ。
だからこそ、俺は彼女の事がよくわからない。
真実がどうあろうにしろ、俺は友人という立場で波風立たせず過ごすだけ。
自分と親しくしてくれている異性と共に居ることが出来る。
正直私自身でも思うし、更に他人から言わせれば身に余る程の幸福なのだと言うのだろう。
だからこそ、先ほどの返答は大きなミスだ。
「お待たせ。待たせちゃった?」
どうしようか自分の身の振り方に思考を回そうとした時、不意に後ろから聞き覚えのある声が聞こえる。
自分の頭を進行形でいっぱいにしている件の美咲が見慣れない色鮮やかな浴衣姿で、俺の後ろに立っていた。
あれまぁ素敵な恰好。こっちの気も知らないで。
自らの今までのマイナスな思考を消し飛ばすような高火力の姿をこちらの気も知らずに見せてくる。
「んで、花火はいつから始まるんだ?」
「時間見たけど、まだ上がらないんだって。まだ出店を回る時間あるけど、どうする?」
「……何か食うか?」
「いらないかな。花火を君と見に来ただけだし」
今度は高火力の言葉で俺の思考を吹き飛ばしに来る。
「……花火大会の楽しみ方として、それでいいんかね」
この少女は、こうしていつも以上に俺の心をざわつかせる。
きっと本人は知らずのうちなのだろうが。
彼女の一挙手一投足の全てが、俺の心を青に引き戻す。
「……暑いな」
「そう? 夜だから昼間よりはマシではあるけど」
「お前が慣れてるだけじゃないのか?」
「そうかも。これ位は着ぐるみのおかげで慣れっこになったのかもね」
ふう、と一息ついた美咲は再びこちらに笑いかけてくる。
思考のクラッシュとリロードを繰り返していることで、自らの脳が熱暴走を起こしていたから、美咲よりも暑く感じていたのかもしれない。
そうこう変に話していると、アナウンスが会場一帯に鳴り響く。
どうやら、あと10分ほどで花火が上がるらしい。
「場所、見つけに行こっか」
「人混みは避けたいとこだが、どうする? 山でも登るか?」
「……ぶっ飛んだ提案はこころだけだと思ったけど、君もそういうこと言うんだね」
「一応、順風満帆な男の子なもんでな」
「何それ」
美咲は自分に星ほどの笑顔を見せてくる。
自分の頭も小洒落たことを言える程度の余裕が生まれてくる。
そうして俺と美咲は、人が少なく、ある程度見やすい場所を探して移動する。
「こことかどう?」
「良さげな場所だな。ここで待つか」
「おっけー」
長い悪路を歩き続けたので、美咲はその場にしゃがんで花火を待つことにしたようだ。
そうやって、花火を無言で待つこと幾ばくか。
火薬の爆発音とともに、何発かの予告とも思える小さな花火がいくつか打ち上がる。
「始まったね」
「そうだな」
そうして、黙って大きな葉花火を今か今かと待っているが、打ちあがるのは最初の小さい花火よりも本少し大きい程度のモノばかり。
なんだか肩透かしを食らった気分になった。
「花火ってこんなに小さかったっけ」
「さぁな。今年の花火師が新人だったとかなんじゃないか」
なんだかなぁ、と美咲が少しぼやいた所で、花火の発射が止まる。
「あれ、終わり?」
「なわけないだろう……多分」
そうして、帰ろうと二人で立ち上がろうとした時、再び花火のうちあがる音が聞こえる。
ヒュー、と空にか細く、しかし力強く昇って行った下からの流星は、
ドカン!!
大きな音と火薬の匂いと共に、黒一色のキャンバスを塗り替えるように、一面満開の花を空に咲かせた。
先ほどまでの肩透かしはここからの為の余興。
打ち上げた花火師たちは花をこすって自慢げに今も上げているのだろう。
その心意気に花火を見ている自分も、その心意気にたまやと自然に口から毀れ落ちる。
「綺麗…」
真夏の夜空に打ち上がる色彩様々の花火を見て美咲はそう呟く。
「そうだな。花火よりも断然」
今のお前の方が綺麗なんだ。
黒に塗られる一瞬の光なんかよりも、俺は君の時たま見せるその姿の方が綺麗なんだと言いたい。
そこまで思考が回った所で再び自分の失態にすぐさま気付いて口を噤んだ。
「…ふーん?」
「…忘れていい。場酔いみたいなもんだ」
目の前のかわいらしい小悪魔は、どこかイタズラの含んだ笑みでこちらの顔を覗き込んでくる。
「いやだね」
「君の言おうとしたこと、ちゃんと言ってくれるまで忘れてなんてあげないよ」
美咲は頬を少し照れくさそうに赤らめながら俺にそう言った。
嗚呼、そうだ。その顔だ。
その顔に、俺の心は狂わされるんだ。
失態ばかり晒す原因になった自らの
『なんと、愚かな言動だ』
純粋な青を抱えきれなくなった誰か。
いつか大人になった誰かは、今の俺に対してそう唾を吐くのだろう。
「ねぇ、ずーっとこっちの恰好のこと言ってくれないよね」
「今のあたし、どうかな」
美咲は、俺の感想を待っている。
青春とは、いつか死に絶える夢である。
だから、今お前の持った思いはただの夏の悪い熱病に浮かされている。
私にそう言った堅物の大人がこの場に存在したならば、再び水を差す言葉を投げかけるのだろう。
そうなのだとしても、俺はこの未熟な果実たる青い夢を、まだ味わっていたいのだと。
花火の花弁に照らされた彼女の顔を見て、そう思える。
夜空に上がる花火師の努力の爆発音をバックBGMに、俺は先ほど言いかけた言葉を切らすことのないように再度繰り返すのだ。
今、目の前にある青に、塗りつぶされるように。
目の前の青春に、恋を唄うように。
読んでいただきありがとうございました。