とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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探偵と少女は空の彼方へ 3/3

 カナタちゃんのIDカードで入った旧研究施設。ソーラーパネルの発電と僅かに残った予備電源でぼんやりと明るい室内を歩いていくと、厳重に閉じられた扉の奥に術式の描き込まれた床を見つける。

 

「これ……【門】の術式かな」

「はい。もしウィルを使った計画が残っていれば、これを使って『上』に行けるはず」

「その『上』っていうのはさ、何かの隠語なの? 具体的にはどこに行くの?」

「ですから、『上』です」

 

 固定した座標に飛ぶために作られているのであろう【門】を起動しているカナタちゃん。

 彼女の背中にこちらが問いかけると、片手間で指をピッと上に向けられた。

 

 ……それは…………つまり……

 

「……えーと、今から向かう場所って、もしかして……()()?」

「はい」

「『はい』!!??」

「私も逃げながら聞いていたけど、あるらしい。雲の上に、変異細胞(ナノマシン)で形成した……ウィルの戦闘モード実験用の浮遊人工都市が」

「やりたい放題しておる……」

 

 やっぱりアレだよね、カナタちゃんもマッドサイエンティスト寄りの人間だよね。

 そんな考えを知ってか知らずか、彼女は準備を終えたのか乗っている電動車椅子をウイーンと動かして反転しながらこちらを見上げる。

 

「お喋りしてないで、行きますよ〜」

「…………。ん???」

「どうした、ヨイチ」

「いや……ん〜?」

 

【門】が起動したってことは、上空にある人工都市とやらは残っているわけで。

 ……なにかが、引っかかる。何か重要な情報を忘れているような、嫌な感覚。……けれども、今は先に進まないといけない。

 

「なんでもない、行こう」

 

 一度思考を打ち切って、カナタちゃんとシセルと三人で【門】を跨ぐ。──と、一瞬の浮遊感ののちに視界が切り替わる。似たような室内、しかし明らかに周囲の空気が違う。

 

「移動できましたね。外に出ましょう、現在地が浮遊人工都市であるとすぐに分かりますよ」

「怖いなぁ……」

 

 ややげんなりとしながらも、カナタちゃんの先導で室内から外へと出る。こっちの出入口はIDカードを使わないシンプルな扉で、カナタちゃんに代わって扉のドアノブを捻り押して開け放った。

 

 流れで外に出れば、そこは雲一つない快晴の広がる──否、文字通り()()()()上空が広がっている。

 

「雲が無く、太陽が近い……とすると、6〜7000メートルよりも更に上ってことになるな」

 

 そう独りごちるシセルは、どこかしらの都内を再現したような無機質な街並みを見渡す。

 街中を歩きながら、こちらもそれとなく深呼吸を挟み、問題ないことに違和感を覚える。

 

「しかし……この高さで息苦しくないのか」

「そのへんも、変異細胞(ナノマシン)の汎用性ありきですね。街全体がちょっとした暖房器具であり酸素生成機でもあるんですよ」

「そうか、これ実質、あのウィルが一人で作って維持してるんだもん、な…………」

 

 と、そこで。自分でそんなことを口にして、ようやく違和感の正体に気がついた。

 

「────。あ゛ッ゛!!!」

「チョワッ!? ど、どうしたんですか与一さん、急に大きな声を出して」

「カナタちゃん、ウィルやシセルの変異細胞(ナノマシン)は外部に切り離すと時間経過で劣化して崩壊するんだったよね?」

「あ、はい、そうですけど」

「だとしたら、こんな大規模な浮遊人工都市が()()()()()()()()()()()()のに、なんで今でも問題なく()()()()()()()()()()()んだ?」

 

 そこまで言えば、カナタちゃんもようやくハッとした様子で異常事態を察する。

 

「……そうですよ。ここはウィルの変異細胞(ナノマシン)100%の浮遊人工都市。地下内部に上空に留まらせるための推進装置を数百と埋め込み、下から見上げても見えないように光を屈折させて風景に溶け込んだステルス機能もある。でもそれはウィルが居なければとっくに細胞の劣化で機能を停止していないと……この都市全体が既に崩壊していないとおかしい」

「だとすると──()()()()()()()()()?」

 

 カナタちゃんの推察に対してこちらが呟くと、シセル少し考えるそぶりをしてから口を開いた。

 

「そうか、これまで私が相手をしていたのはここから分離していた分身体……! マズいぞヨイチ、そうなると私たちは逃げ込んだのではなく追い込ま

 

 

 

 ──刹那、最後まで言い切る前に、シセルの体が不意に上空から振り注いだ無数の刀剣に刺し貫かれ地面に縫い留められる。

 

「…………え??」

「ッ、ちぃ……!!」

 

 ズガガガガガ!! とアスファルトにめり込む刀身が、シセルを無残なアートに変える。

 いきなりのことに反応できないカナタちゃんを抱えて【韋駄天】を起動してその場から離脱すると、更なる追撃が、さっきまで立っていた場所に撃ち込まれ──大爆発を引き起こし熱風を撒き散らす。

 

「ひえぇっ!?」

「……参ったねこりゃ」

 

 刀身もろとも木っ端微塵に吹っ飛んだシセル……は飛んだ先で再生するだろうから問題なし。別の問題は、この攻撃を撃ち込んだ相手である。

 

「っ、ウィル……!」

「さっき聞いてた通り、モードは幾つかあるんだな。格闘以外の……刀剣と射撃モードか」

 

 爆風の向こうからこの場に歩いてくるのは、2つの人影。一人は和装をベースにした衣装を風にはためかせるウィル。

 そしてもう一人は、撃つのに使ったミサイルランチャーの筒を地面に落とすように捨てている、防弾ベストのような厚い上着を着込んでいるウィル。

 

 相変わらずどちらも無機質なマネキンめいているが、ゆえにこそ、淡々と殺しに来ている事実が恐怖を煽っているのは確かだった。

 

「カナタちゃん、一応聞くんだけど、各モードの能力とか知ってたりする?」

「……この二人のうち、片方は無数の刀剣の生成と操作に特化したモード、片方が大型銃器の生成に特化したモードです」

「いい能力をお持ちなよう──でっ!!」

 

 和服のウィルと防弾ベストのウィル……すごいややこしいな。便宜上『ソードマン』と『ガンナー』で呼び分けるが、そのうちのソードマンが手を翳したかと思えば、奴の手元から高速で増殖して形を整えられた無数の刀剣が射出され、それらが別々に意思を持っているかのようにこちらへと殺到する。

 

【韋駄天】の機動力で振り切れはする──が、ここでガンナーの方が別のランチャーを作り出し、こちらに向けて狙いを定めてくる。

 ピー、という嫌な音がした直後、ぼしゅっ! と撃ち出されたミサイルが空中でパカッと割れ、中からマトリョーシカのように出てきた4つのミニミサイルが尻に火を付けて接近してきた。

 

「嘘でしょ」

「誘導弾です、建物の陰を利用して逃げて!」

「分かってる、舌噛むから閉じてて……よっ!」

 

 カナタちゃんのアドバイスを聞きながら、足に力を入れて【韋駄天】の加速を使い誘導ミサイルから逃走を開始。路地から建造物の裏に逃げ込み右へ左へと走ると、誘導の高さから曲がり角に引っ掛かったミニミサイルは1つずつ徐々に背後で爆発していく。

 

 しかし次の問題がある。それは、ここがウィルの変異細胞(ナノマシン)で作られたフィールドである以上、こちらの動きは把握されているということ。

 

「──そりゃ来るよな……!」

 

 ミサイルから逃げるように角を曲がった先、別の路地へと出られる通路に、ソードマンが先回りして刀剣を生成して路地裏を埋め尽くしている。

 

「どっ……どうするんです!?」

「男は黙ってぇ、正面突破ァ!」

「私、女なんですけど!?」

「今は多様性の時代だよ……!」

 

 腕の中でギャンギャンと騒ぐカナタちゃんの声を流しつつ、こちらも魔力を放出して『手』を打つ。

 

「【禍理の手】」

 

 背中から飛び出す数本の禍々しい『手』が、刀剣の波と接触する直前でこちらとカナタちゃんを纏めて包み込む。果たしてソードマンの生成した刀剣とぶつかるも頑丈さで勝り、ついでとばかりに【韋駄天】の加速で奴を撥ね飛ばしながら表に飛び出す。

 

 姿勢を直して追ってくるソードマンの気配を背後に感じながら、息を整えつつ呟く。

 

「これらが全て分身体で、本体が何処かに居る……と仮定するとして、どうやって見つけるかな」

「……どうあがいても、ウィルは分身体を作ることなく本体単独で動くのが一番強いです。ですので、このままモードごとに分けているであろう分身体を仕留めていけば、やがて与一さんを倒すために本体が出張ってくる……と思うんですが」

「つまりこのまま戦って勝っていけと。分かりやすい作戦だね、俺好みだ」

 

 カナタちゃんの提案に賛同して、ウィルを倒すための算段を立てるべく、一度シセルと合流したほうがいいな……と思案していた、瞬間。

 

 不意にぞわりと嫌な予感が背筋を撫でて、()()から逃れるべく加速エネルギーを跳躍に回し、足元で起きた爆発を避け────その動きが失敗であると直後に悟り苦虫を噛み潰す。

 

「マズっ──」

 

 足元の爆発。それはガンナーの仕掛けていた地雷だろう、しかしそれを避けるために跳躍して上空に跳んだのは失敗だった。

 だからこそ、カナタちゃんを守るために丸めた背中を、第三のウィル──ファイターとでも呼ぶべき、全身のパーツからブースターを蒸かした分身体の蹴りをモロに食らって地面に叩きつけられる。

 

「ぐっ……!」

「うぁっ」

 

 地面のアスファルトに衝突して転がり、腕の中でカナタちゃんが呻く。

 咄嗟に立ち上がるも、周囲では三角を形成するように3体の姿が違うウィルたちが取り囲み、こちらに攻撃できるようにと構えている。

 

「……面倒だな」

 

 さてどうするか──と、面倒臭いと思い始めている感情を押し留めて打開策を思案しようとしたとき。ふと、いきなり、眼前でガンナーが、横合いからスレッジハンマーを振り被った誰かに叩き潰された。

 

「……!? な、なにが……!?」

 

 突如として響いた轟音と衝撃波に思わず目を閉じていたカナタちゃんが、当然の疑問を浮かべる。

 

「──おい、おいおいおい、この野郎、()鹿()()()よぉ。楽しそうなことやってる時に、私のことをハブいてんじゃねえよ」

「……え゛」

 

 そこに立っていたのは、ポニーテールの頭に角と背中に翼を生やした、左目に十字のマークを浮かべている、見覚えのある顔の女性。

 

「よぉ……久しぶりィ……!」

「うわああああ出たァ──────!!!」

「そんなに喜んでくれるなんて師匠冥利に尽きるなァ……ひっぱたくぞコラ」

 

 それは、現状を変えうるこちら側の切り札(ジョーカー)。或いは災厄。それは、歩くトラブルメーカー。それは、人間の姿をした災害。

 

 ──人は彼女のことを、明暗丞久と呼んだ。

 

 

 

 

 

『続』




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