鬼滅の刃 とある一剣士の物語 作:鬼滅ニワカ侍Part2
「──────〇〇のところの診療所に居る医者知ってるか?」
「あぁ、美人だっていうあの?」
「そうそう。あそこの医者のところに、まーた息も絶え絶えの患者が運び込まれたんだと」
「なんだそれ。そいつは助かったのか?」
「運び込まれた時には死にかけだぞ?助かるわけないだろうよ。医者さんも可哀想に……そんな奴運び込まれたくないだろうによぉ。死体の処理とか面倒だろうなぁ」
「──────その話、詳しく聞かせてもらってもいいか?」
「おぉおおビックリしたァッ!?」
酒屋のカウンターで酒を飲んでいた2人組の若い男。そこに剣士がやって来た。背中に箱を背負って、三度笠を被ったその姿は他と比べて異質に映る。しかし特に悪いことをしているわけでもないので、視線を集めるだけで終わる。
背後からゆらりと現れた剣士に驚いて仰け反ったのを見計らって2人の男の間に入り込む。いきなりなんだと文句を言ってやろうと口を開いたが、剣士が店主に1番良い酒を彼等に……と言って1杯奢ってくれた剣士に気を良くしてヘラヘラと笑う。聞きたいことがあるなら何でも言ってくれと、手厚い掌返しを見せた。
「その医者のところには、よく死にかけの奴等が運ばれるのか?」
「お?おぉそうらしいぞ?んまぁ、オレ達も実際に見ているわけじゃないからなぁ。そう聞いただけってもんよ」
「死体はその後どうなる?」
「まぁ順当にいけば本人確認して、遺族に見せて、土に埋めるんだろうなぁ」
「頻度はどれくらいだ?」
「まちまちだが、最近は多いよなぁ?一月に3、いや4か?」
「行方不明になっちまった奴とかの死体も1回は運ばれるんじゃねぇか?」
「ふむ……その行方不明者も最近は多いのか?」
「おー。子供と年寄りが多いわな。年寄りはボケて歩き回って、子供はやんちゃで出歩いて戻って来れなくなるか、獣にでも襲われちまってんだろうよ。あー嫌だ嫌だ。子供ができたらしっかり聞かせねーとな」
「その診療所の場所は」
「ここからぁ……あー……そう遠くねぇよ?こっちの方角に行きゃあ、その内着くさ。人気だからな、いけばすぐ判んだろ」
次々と質問をする剣士に、何でそんなこと知りたがるんだ?と思いつつも、また高級の酒を1杯奢ってくれたので、まあいっか!となって景気良く答えていく。噂の診療所の名前や場所、どっちに行けば良いのか方角も教えた。
悪いが、知っていることはこれで全部だと言うと、剣士は有益な情報をありがとうと言っていくらかの金をテーブルに置いていった。その額は中々で、今日の酒代はタダだなぁ!とゲラゲラ笑って若い男達は肩を組んだ。
背後で騒いでいる男達のことはもう興味はなく、剣士は踵を返して店を出て行った。今の時刻は午後4時を少し過ぎたところ。言われた方角を歩いて向かえば、
「──────
「あーもう。またなの?元気いっぱいだこと!」
「へへー!オイラは元気がとりえなんだい!」
「菊さんや、胃に効く薬のあれ、良かったよぉ。またくれんかね」
「はいはい。でもあんまり飲み過ぎると、逆に胃に悪いですからね?1日2錠だけ。しっかり守ってくださいね」
「菊ちゃん今度飯でも行こうや!良い店見つけてなぁ!」
「奥さんに言いつけますよ?まーた浮気しようとしてるって。今度はもうお弁当作ってくれなくなっちゃいますからね!」
「そ、そりゃあ勘弁してくれよ菊ちゃーん!」
こじんまりとした診療所には、診療所らしさがない賑わいがあった。1人で切り盛りしているのか、清潔感のある白い服を身に纏った若い女性が、次々来る患者の相手をしていた。大した傷じゃなくても、診てもらうならこの人がいいと言って多くの人が訪れるのだ。
診療所の医者は菊と言って、スラリとした体つきに白魚のような手。和やかな笑みは整った顔立ちもあって男達を魅了する。なのに性格が良く面倒見が良いってんで同じ女からの評判も良い。医者としての腕も良く、子供の突然の熱や嘔吐で焦って診療所を訪れても真摯に相手をしてくれる。
そのお陰か診療所には毎日毎日小さな子供から大人、お年寄りまで様々な者達がやって来る。今日も忙しいなと言ってふぅ……と、落ち着いていると、コツコツコツ……と、戸を軽く叩く音が聞こえる。
はーい!と言って束の間の休憩から復帰して対応するために入り口の方へ行くと、そこには黒い着流しを身につけ、三度笠を被った一風変わった出で立ちの者が立っていた。一瞬不審な人かと思ったが、此処らで1番評判が良い診療所がここだと聞いてやって来た。診てもらえるか?と聞かれたので、普通の患者さんだと思い対応することにした。
「初めまして。今日はどうされましたか?」
「どうも腹が痛くてな」
「そうなんですね。服の上から触れても大丈夫ですか?」
「構わない」
「では失礼しますね?……ここは痛いですか?」
「いいや」
「ここはどうですか?」
「うーむ、少し痛いかも知れん」
「多分胃ですね。食生活はどうなっていますか?」
「最近は外食が多く、団子をよく食っていた」
「栄養が偏って胃が荒れたのかも知れないですね。一応お薬出すので、1日2錠。朝と寝る前に飲んでください」
「わかった。すまないな」
「いえいえ!このための医者ですから!」
和やかに対応して、少し待っててくださいねと言って胃に効く薬を取ってくる菊。椅子に座って微動だにせずに待っていた剣士に、姿勢が良いんですねと声を掛けながら袋に入れて手渡した。代金を告げて剣士からぴったりの額を受け取ると、大事にしてくださいねと声を掛ける。
これで終わりかと思ったが、剣士は帰らずに椅子に座ったままだ。まだ何かあるのかなと頸を傾げていると、少し聞きたいことがあるのだがと切り出された。
「此処へ向かってくる途中、重傷者がよくこの診療所に運び込まれると聞いた。最近は多いのか?」
「そうですね……確かに最近は多いかも知れません。熊にやられたとかで傷だらけの人が運び込まれるんです。今月だけで……4回ですかね」
「ほう……。行方不明者も多いだとか」
「子供とお年寄りの方々が多いですね。夜の出歩きは危険だと、大人の人なら分かっているので無闇に出歩かないのですが、お年寄りの方々と子供達はそうもいかないですから」
「そうか。ところで──────」
「──────菊ちゃん!大変だ!吉のところの婆さんがまた勝手に出歩いて居なくなっちまった!オレ達も手分けして探してるんだが見つからねぇ!本当に悪いんだが菊ちゃん手伝ってくれ!菊ちゃんならまた見つけられるかもしれねぇから、どうか頼む!」
「……っ!大変!今行きます!ご、ごめんなさい。用事ができてしまったのでこれで……」
「あぁ。長居をしてすまなかった。私は胃が痛くてそう動けないから手助けはできないが、見つかることを祈っている」
「ありがとうございます!では、行って来ますね!」
「……………………。」
月が顔を出す夜。そして鬱蒼と木が生えた森の中である女が懸命に裾を上げてまで走っていた。何を急いでいるのか分からないが、額に玉のような汗を掻いてまで必死だった。しかしその表情は何かに焦がれているようで、しかし楽しみを隠せていないようで小さく笑みを浮かべている。
やがて女は息を切らせながら
「市郎さん……」
「菊……今日もごめん」
「んーん。いいの。市郎さんのためだもの。心苦しいけど、仕方ないって割り切ってるから気にしないで。それよりどう?お腹は膨れた?」
「あぁ。今はもう大丈夫だよ。だから近くに来てくれ。僕に菊を抱き締めさせてくれ」
「あぁ……市郎さんっ」
ところどころ土がついて汚れている服を身に纏った市郎と呼ばれた男は、傍に来た菊を抱き締めた。互いに相手の背中へ腕を回して、隙間なんて存在しないと言わんばかりに強く抱き締め合った。そして菊は市郎から香る微かな血の臭いに唇を噛み、一条の涙を流しながら心の中で謝罪した。
抱き締め合った2人は少し離れると、菊が少し上を向いて目を閉じた。市郎は求めているものを察して彼女の頬に手を当てて、ゆっくりと顔を近づけていく。やがて2人の唇は重なり、菊はほぅ……と頬を赤らめながら夢心地のように息を吐いた。その煽情的な表情に市郎はごくりと喉を鳴らし、また顔を近づける。
「──────驚いたな。鬼でも性欲があるのか」
「「────────────ッ!!!!」」
市郎はすぐ傍から聞こえた声に反射的に反応し、菊を抱えて驚異的な跳躍を見せた。大凡10メートルは距離を取り、背後に菊を庇いながら牙を覗かせて険しい表情を浮かべる。2人の視線の先には黒い着流しと三度笠を被り、腰には刀を差した剣士が居た。
菊はハッと息を呑む。今日会ったばかりだからこそ覚えている。患者としてやって来た人だ。まさか、市郎さんを殺しに来たのかと思い彼の服を強く握り締める。その手の上から市郎が手を重ねて、大丈夫と言い聞かせてくれる。
2人のその様子を何も言わず眺めていた剣士は、左手で刀の柄頭を撫でながら、何とも言えんことをする医者だと吐き捨てた。
「噂を聞いたときに、どうもきな臭いと思ったが、思った通りだったな。鬼が一度人間を襲って傷つけ、診療所に運ばせる。医者が患者を殺すはずがないという考えを逆手に取り、薬品か何かを使ってトドメを刺す。適当に手続きを済ませて死体を埋めさせれば後は簡単だ。夜に掘り起こして食らい、また埋め直す。行方不明者を子供と年寄りに限定しているのは居なくなる確率が健全な大人よりも高いからだろう?だが多すぎても駄目だ。だから少しずつ期間を空けて攫って食わせていた。結託して随分と上手くやっていたようだが、残念だな。ここまでだ」
「あなた……鬼狩り!?い、市郎さんは悪くない!いつの間にかこんなことなって……人しか食べられなくなっただけで中身は私が好きな市郎さんなの!」
「恋人が鬼になるのは何度も聞いたが、人間と結託するのは中々ないな。それと、理由をいくら並べても意味はないぞ。どうせ斬り殺すんだ」
「……ッ!くゥッ!!」
「市郎さん!?」
市郎は鬼となって半年近く経つ。その間人間を攫って行方不明に見せかけて食ったり、剣士が言ったように一度襲い、診療所に運ばせてから殺して土に埋めさせ、死体を回収して食うのだ。こんなこと、恋人であった菊に犯罪の片棒を担がせるような真似はさせたくなかったが、菊が震えながら用意してくれた食事だ。食べないわけにはいかなかった。
身を潜めて暮らしながら情報を集め、自身が鬼という存在であり、鬼を狩る鬼狩り達が居るという話しも聞いた。市郎は目の前に居る剣士がその鬼狩りなのだと察している。つまり、あの差している刀で斬られれば死ぬのだ。
市郎は左腕で菊を抱き締めると、右手の平から赤黒い血を鞭のように伸ばして木の枝に括り付け、引き寄せることで高速で移動し始めた。まるで現代のスパイダーマンのような高機動でその場から退避する市郎と、必死にしがみつく菊。
戦うよりも逃げる選択をした市郎に、菊はどこまでもついて行くつもりだった。彼に掴まりながら背後の方へ目を向けると、剣士の姿は確認出来ない。ホッと一息つきながら移動して森の反対側まで来た。そこで市郎は移動をやめて地面の上に菊を下ろした。
「もう……追いかけては来れないと思う。菊、状況が変わったからこその提案なんだけど、このまま2人で逃げよう。そのためにも、菊にはあの診療所を……捨ててほしい」
「……うん。うん。市郎さんのためなら診療所なんてどうでもいい。最初からやり直そう?2人ならきっと──────」
「──────できると良かったな」
「な……んで……お前がここにッ!?」
「何故とはなんだ?追いかけて来たのだが。しかしまた驚かせてもらったぞ。人間と鬼の恋の逃避行とは恐れ入った。気になって途中で斬り殺さず、ここまで泳がせてしまった。まあもう楽しめたから殺すが、言い残す言葉はあるか?」
淡々と口にする剣士は、切株に腰を下ろして優雅に団子を食べていた。市郎と菊の事情など毛ほども興味が無いが、鬼と人間が恋のために逃げるという行為は楽しめた。演劇を見ている気分だった。しかしもう飽きたので斬り殺すと言う。
剣士は食べ終えた団子の串を適当に放り投げて立ち上がった。速度では恐らく勝てないと確信した市郎は、もうここで戦って剣士を殺すしかないのだと心に決めた。幸い自身には血鬼術がある。これを利用してどうにか戦闘を有利にして戦いに勝つ。そして剣士のことを食った後は菊と一緒に遠い地へ逃げて2人で暮らすのだ。
覚悟を決め、殺すために足に力を集中させて飛び掛かろうとした瞬間、市郎の四肢は斬り落とされ、頸が両断されていた。宙を舞う頸。回る視界。しかしその中で、市郎は同じように宙を舞う頸を見つけた。自身の愛する、菊の頸だった。
「なぜ……何故菊を……貴様ァッ!!」
「何故も何も、鬼に加担して散々人を殺していただろう。そんなもの鬼と大して変わらん。それなら殺してしまっても良いだろう?まあもののついでだ。共に死ぬといい」
「のろって……やる……ッ!呪っ……てやる……ッ!!」
「これまで死体やら子供やら年寄りを食っておいて、他者を憎む権利がお前にあるのか甚だ疑問が残るがな」
市郎の肉対は崩壊した。菊は頸を斬り落とされた事で既に絶命している。愛し合っていた男がある日突然鬼になってしまい、別れを告げられたが愛する者のため、血で手を汚した女。そんな2人の幕は、いとも容易く下ろされた。
剣士は2人を見逃すという選択肢が無かった。鬼ならば殺し、加担したなら同じく殺す。ただ、それだけの話だったのだ。
剣士
普通に走って追い掛けた。すぐに追い着いていたし、なんだったら行くだろう場所へ先に回り込んでいた。異常な移動速度を誇り、驚異的な持久力も併せ持つため、逃げ切るのは至難の業。
まだ名前が出てきてないって……マジ??
鬼となって半年近くが経過した鬼。菊協力の元、行方不明者や一度襲った死体を食っていた。血鬼術を使うことができるまで人間を食っており、能力は血を鞭のように使って引き寄せたり打撃を与えたりすることができる。
市郎の恋人。結婚はまだしていない。婚約をしていたが、市郎が突如として鬼となってしまい昼間に活動することができなくなってしまったため、行方不明扱いされた。
医者である面を使い、運ばれてくる重傷者にトドメを刺して必ず殺し、早めに埋葬させる。子供や老人は森の方に誘導し、催眠薬を投与して眠らせる。後は食わせるだけ。
罪の意識そのものはあった。