鬼滅の刃 とある一剣士の物語 作:鬼滅ニワカ侍Part2
『──────すまない。お前がそうなったのは私達の責任だ……すまない。本当にすまない』
『愛してるわ██。本当に愛してる……元気でね。風邪引いちゃダメよ』
『私からお前に与えてやれるのは
『せめて……せめてあなたには──────』
「──────邪魔だ。お前達は私に必要ない」
斬り砕かれる。何もかも。謎の剣士、柳を形成する一部であったもののそれらが無情にも斬られる。何も無くなる。それは必要ないと断じられ、まるでそこらに落ちている石の如く、価値の無い物に変わってしまった。
生きていれば現在があり、当然過去がある。誰にも変えられない過去。無情。平等。殺人鬼。あらゆる言葉を投げられた柳にも、過去があった。
「私は最初から、生まれ落ちたその瞬間から私だ。何者にも変えられん。私は柳──────
雨を凌げるだけの、謂わばバス停のような形をした場所にて、柳一心は刀を抱え込みながら眠っていた。天気は雨。ザーザーと降り注ぐ雨粒に、それらを降らせる黒い雨雲。風はそれ程強くなく、雨粒は真っ直ぐ降り注いでいた。
無駄な夢を見たかと思えば、今度は大雨か……と、柳は溜め息を溢しながら立ち上がった。気分が沈んでしまう。鬼にとっては昼でも動ける貴重な時間だ。いつもの柳なら、早くから鬼が斬れると上機嫌になっただろう。しかし、この時は機嫌が悪かった。
柳は座っていた椅子からゆっくりと立ち上がり
雨を凌いでくれた庇代わりの場所の屋根は二つに斬り裂かれ、天は神の怒りを体現したように……割れていた。
「──────鎹鴉。鬼は何処に居る?」
「北東!北東の山!夜になると霧がずっと掛かって、誰も帰ってこない!」
「血鬼術だな。上弦でも出て来ないものか……」
下弦の鬼を殺したことは何度もあれど、上弦とはまだ一度も邂逅していない。出会いさえすれば絶対に逃がさず、その頸を必ず斬るだろう。歩きながらどんな斬り心地なのかと妄想を膨らませる。人のため世のためではなく、己の欲のために上弦を求めるのは柳くらいなものだろう。
これは独自の考えだが、鬼の斬り心地は頸が1番良い。それは頸が弱点のため、1番硬くなっていることに起因する。そして、鬼の祖である鬼舞辻無惨の血が濃い下弦などになってくるとより肌が硬くなり、それに比例して斬り心地も良くなる。
他の者には斬れないものを容易く斬る柳だが、柳は硬ければ硬い程斬り甲斐と斬り心地が良く、気持ちが昂ぶる。つまり、硬度を上げれば上げるほど、柳は本領を発揮し、より鋭く斬りに掛かる。鬼にとっての悪循環である。
柳の独自の考えに基づくと、鬼の血が濃ければ濃いほど斬り心地が良く、恐らくだが鬼舞辻無惨の斬り心地はこれまで斬ってきた者達のものそれとは、比べものにならないことだろう。それを目指し、柳は動いている。目的や想いは違えど、目指すところが同じ。故に、少しだが鬼殺隊に力を貸して協力関係にあるのだ。
「──────ノコノコと俺の縄張りにまーた人間が入って来やがった。刀を持ってるな……鬼狩りかァ?カッハハ!無駄だ。無駄なんだよォッ!!どんだけ鬼狩りが来ようが、俺は捉えられねェッ!」
「ふぅん……?余程の自信なんだろうな。ならば、私を楽しませてくれるのだろうな?」
「お前が楽しむぅ?カッハハ!楽しむのは食事にありついてる俺だけだ!」
歩いて向かったことで鬼が出ると噂の山には夜に到着した。鬼が動き出す絶好のタイミング。そこにはやはり、情報通り深い霧……濃霧が発生していた。十中八九、中は鬼の領域なのだろうが、柳は霧そのものに攻撃性がないことを気配で察すると、躊躇いなく入っていった。
一寸先も見れなくなるほどの濃い霧で視界が封じられている。足元すらも見えなくなりそうで平衡感覚も狂いそうだ。木の根などがあれば、もしかしたら足を取られてすぐさま転倒してしまうだろう。そんな視界の中でも、迷いなく進んでいく柳に、鬼の声が響き渡った。
自信に満ち溢れた声色だった。自身の血鬼術に絶好の自信を持っているのだろう。柳は感じ取れる気配が霧によって霧散していることにより、個体の位置が掴めていない。しかしそれも偶には良いだろう……そんな認識だ。気配を細かに感じられないからという理由で、追い詰められるほど、柳は弱くない。
そのあまりの速度から不可視とさえ噂されている柳の神速の剣戟。柄を握り締め、抜刀してから納刀するまでが速く、優れた動体視力でも見切れない。しかし、そんな速度は柳にとってはまだ序の口だった。そこから更に速度を上げると……柳の剣は空間に歪みを生み出す。
「──────ッ!?なんだっ!?俺の血鬼術が……っ!?す、吸い込まれて……ッ!?」
「空気の壁を裂いた。空気の存在しない真空空間は元の形に戻るため、辺りの空気を吸収する。そうなればお前の自慢である霧の血鬼術は乱れ……お前の姿が鮮明に映る」
「……ッ!!クソッ!!」
「霧に姿を変えるならまだしも、霧を発生させるだけの血鬼術ならば視界が悪いだけだ。潔く死ね」
「俺の血鬼術は強い……ッ!俺も強いッ!お前らみたいな人間風情にこんなところで殺されてたま──────」
鬼の頸は当然の如く斬り落とされる。体が霧となっているなら、確かに強力だっただろう。しかし今回の鬼の血鬼術は広範囲ではあるもののただ霧を濃く創り出すだけのもの。視界が悪くなるだけでは柳は止められない。
無数の斬撃により幾つもの軌跡を描いた真空空間が、元の状態に戻ろうとするため辺り一帯の空気を急激に吸い込む。すると発生させた霧が吸い込まれていき空気の流れが生まれる。よって、鬼の位置が必然的に浮かび上がってしまう。
霧が一時的に晴れてしまったがために、鬼は気配を感知されてしまった。姿を捉えて、気配を読むことができ、頸を見つけたならば、あとは寄って頸を斬るだけ。それで全て事足りる。今回も特に面白味のあるものでもなかった。
頸を斬られた鬼が悔しそうにしながら朽ち果てていくのを見もせず、柳は踵を返して下山を開始した。鬼によって創り出された濃霧は今度こそ晴れていく。すると視界は開けていき、柳より少し先に到着していたのであろう何名かの鬼殺隊が見えた。
隊員達の何枚かは既に鬼に襲われて息を引き取っている様子。必死に仲間に呼び掛けているものの答えてもらえる筈もなく、涙ながらに叫んでいた。少しすれば『隠』が来て処理を開始することだろう。居残る意味もない柳には関係無いことだ。
「も、もしかして柳さんですかッ!?」
「誰だお前は」
「えっ。つい最近会ったばかりなのにもう忘れられてる……?あのっ、あれです!すごい分身する鬼が出た時に鬼の元へ案内した早見です!」
「……お前みたいな奴だったか?」
「私だけを的確に忘れられてるッ!?」
助けられただけの隊士なので印象に残らないのも仕方ないと言えば仕方ないのだが、全く覚えられていないのは、それはそれでショックだった。ですよねー……と言いながらホロホロと涙を流す女の隊士に小首を傾げた後、無視するようにまた歩き出した。
ハッとした女隊士は急いで立ち上がり、柳のことを追いかけて前まで来ると両手を広げて通せんぼし、少しでもいいので話を聞いて下さいと涙ながらに叫んだ。何がしたいのか今いちよく解らない柳は黙って続きを促すと、女隊士は息を大きく吸い込んでから頭を深々と下げた。
「あの時は助けていただき、本当にありがとうございました!お礼を言いたくて任務の時に探していました!」
「ふぅん……?」
「つきましては……ささやかながら感謝の気持ちにご飯でもどうですか……?私奢ります!」
「そうか。では行くぞ」
「い、今からですか!?」
「なんだ、まさか朝まで待てと?そもそも私は
「そ、そうですね……はい、わかりました」
チラリと死んでしまった仲間の隊士達を見やる早見。本当なら一緒についてあげたいが、飯を奢ると言った手前、行く気満々の柳をずっと待たせるの得策ではない。今は乗り気だが、時間を取らせて怒らせて斬られたのでは笑い話にもならない。
それを察してか、殉職した隊士の傍に居た別の隊士が、早見に行って来いと言った。柳のことは鬼殺隊で周知されている。ここで怒らせたらマズいことくらい分かるのだ。例え仲間を残すことになったとしても優先順位は柳の方が上になる。そういう通達なのだから。
あとで必ず墓参りをしようと心に決めながら、早見は柳の後を追いかけて小走りした。追いついてからは特に何も話さず、なんとなく気まずい雰囲気が漂う。早見は柳に結果的に助けてもらっただけに過ぎず、柳のことは深く知らない。話も発展するか分からないし、怒りの琴線がどこなのかも不明なので下手に話し掛けられない。
そうこうしている内に飯屋が建ち並ぶ繁華街にやって来ていた。早見は念のため持ち歩いている長細い袋に日輪刀を入れる。柳は適当に購入した長細い箱の中に日輪刀を入れて背負っている。刀を帯刀しているところを見られると警察を呼ばれてしまうからだ。
「私はカレーにしよう。お前はどうする」
「えっと、じゃあ……うーんと……コロッケ定食で!すみませーん!カレーライスとコロッケください!」
「はーい!」
定食屋に入った柳と早見はメニューを見ながらそれぞれ食べたいものを決めていく。洋食が普及されるようになった大正時代に於いて、カレーやコロッケ、トンカツは特に親しまれていた流行中の食べ物である。一般家庭でも作れるようになった洋食のため、飲食店にはかなりの頻度で備えられている。
洋服も珍しくはない時代、着流しを着ている柳は少し浮く。ましてや三度笠を被っていると尚更だろう。今から食事をするのにずっと被っていては邪魔になるので、店員が品を持ってきたのと同時に外し、椅子に立て掛けるように置いた。スプーンを使ってカレーを掬い、食べ始めた柳を早見はボーッと見ていた。
──────うわぁ……すっごい綺麗な顔。男の人だよね?でも美人……目はつり目で鋭いけど二重でぱっちりしてるし鼻も整ってる。口の形も均等が取れてるし色が健康的っていうか……艶やかっていうか。睫毛も長いっ。肌も染み1つないのに潤ってて羨ましいなぁ。私はそばかすとかあるのに……あ、髪を後ろで1つに纏めてるってことは少し長いのかな?解いたら色気とかすごそう……。
「──い──────」
──────髪が痛んでる様子ないし、綺麗な黒。私なんて鬼と命の奪い合いしてるから精神的な疲労で枝毛あるし……柳さん強いからそんな心労なんて無縁なんだろうなぁ。お館様にもお認めになられてるすごい人だし。爆裂に強いし。いいなぁ。
「──────おい」
「はひっ!?」
「いつまでも他人様の顔を見るな。お前の不躾な視線と気配で食いづらい」
「ご、ごめんなさいっ!」
あーーーー失礼なこと早速やっちゃった!!と、早見は少し前の自分を叱りつけたい気分になった。怒りを買わないようにしようと配慮してきたつもりなのに、まさか人の顔を飯も食わずずっと眺めていたとは……実に無自覚だった。
稀に見る綺麗な顔だったのでつい眺めてしまった。鬼殺隊で有名な『花柱』とその妹の姉妹は、実力の高さもありながら美人で有名だ。早見も見たことあるが、自分なんかとは比べものにならないと一目見て察した程だ。
柳の顔はそれに似たものを感じるくらいには美人な顔立ちだった。男の筈の柳に美人なんて言ってしまえば頸を斬られそうなので口が裂けても言わないが、早見は愛想笑いで誤魔化しつつ、若干冷えてしまったコロッケ定食をガツガツと食べ進めた。
黙々と、意外にも綺麗な姿勢と所作でカレーを一口ずつゆっくりと食べていく柳と、目の前にある綺麗な顔にうつつを抜かさぬように必死に定食を掻き込む早見。会話らしい会話もないまま食は進み、食べ終わると宣言通り早見の奢りで夕食は終わった。
定食屋を出た2人は人通りを歩く。早見は柳の後ろをついて歩く形で、柳の背中を眺めながら意を決したように口を開いて問いを投げた。あなたはどうしてそんなに強いのかと。すると柳は立ち止まり早見に手を伸ばしてきた。殺される!?と思ったが、襟を掴んで強い力で引き、隣に移動させられた。目を白黒していると、柳はまた歩き出す。
「私の後ろに立つな。そもそも話しづらい」
「あ、ごめんなさい……」
「それで、何故私が強いのかだったか。それを聞いてお前に何の得がある。言っておくが、お前の肉体では私のようになるのはほぼ不可能だ。その筋肉配列では関節の動きが固い。身体能力の差も大きく、心肺機能すらも大したものがない。つまり、お前ではいくら鍛練を積もうが私にはなれない」
「……そうなんですね。あはは……体が固いの正解です。……噂では、柳さんは人の体の良し悪しというか、色々なことを言い当てちゃうっていうのを聞いたんですけど、どうやっているんですか?」
「視えているだけだ」
「見えてる……?」
「私には、人間、動物、鬼……生物の肉体が透けて視えている。筋肉に骨格に血管……全てだ。だから動きが全て判る。骨折も血管の破裂も筋肉の断裂なども判る。まあお前がそこまで気にするものでもない。お前程度には一生縁がない話だ」
「そうだったんですね。柳さんはすごいなぁ……」
早見は柳の言葉を疑わなかった。きっと柳さんならそのくらいのことは朝飯前なのだろうと、何故と聞かれても答えられない、謎で、曖昧な自信があった。しかしそうなのだろうと考えると、きっとそうだと確信を抱いてしまう。
人の体が透けて視えるなんてことがありえるはずがない。誰かが聞いたら、きっとそう見えているように感じているだけだと言うだろう。もしくは本当のことを言いたくないから適当言っているだけだとも。しかし早見は柳の実力の高さを垣間見た。そして思った。柳さんが居れば、きっと鬼を根絶やしにしてくれると。
これからも私は私なりに頑張ります。だから柳さんもこれからたくさん、いつものように鬼を殺してください。そう伝えようとしたその時のこと……。
「き、緊急ーッ!!『花柱』胡蝶カナエが
「なっ……っ!?上弦の弐っ!?や、柳さんっ!どうしま……ひッ!?」
「ククク……はははッ……漸くか……漸く上弦が……いいぞ。今日の私はツイている。気張れよ胡蝶カナエ。私が行くまで上弦の鬼を逃がすな。その鬼は──────私が斬るッ!!」
早見は見たことを後悔した。一度も見たことがなかった柳の笑みは、狂ったようなものだった。歓喜と興奮、殺意を混ぜ合わせたおどろおどろしい真っ黒な感情が炎となって瞳に灯り、気配ががらりと変わった。
鬼舞辻無惨直属の最強の鬼……十二鬼月の上弦。そんな鬼の中でも上から2番目に位置する鬼の元へ、凶刃が迫っていた。
とても整った顔立ちをしているよう。鋭いつり目とポニーテールのように縛った髪型が特徴。基本無表情で、笑みなど基本浮かべず、仏頂面が殆ど。しかし喜怒哀楽はしっかりとあるし、笑うときは笑う。が、どちらかと言うと嗤う。
刀を一振りするだけで天候をも変える怪物。生物の肉体が透けて視えるようで、そのお陰なのか、天性のものなのか相手の動きが先読みできる。
早見
一般隊士であり、女。ついこの間、曲がりなりにも命を助けてくれた柳にお礼を言いたかった。恩返しをしたかったが、できることなんて殆どないのでご飯を奢ることにした。お礼も言えたので満足はしている。
柳の狂ったような凶人の笑みを見てしまった人。とても人間が浮かべるべき表情ではないと後に語る。
いつの間にか柳は消えていて、その場に残されてしまったので急いで鎹鴉に道案内を頼んで現場に急行中。