鬼滅の刃 とある一剣士の物語 作:鬼滅ニワカ侍Part2
「──────苦しいよなぁ。それはそうだ……俺の血鬼術を吸い込んでるんだからな。肺胞が凍って壊死してるんだよ。出会った鬼狩りはみんな、君みたいになるんだ」
「……っ」
「君も柱なんだろう?花の呼吸だっけ?なら『花柱』だ!女の子なのにそんなに強いんだから、きっと血の滲むような鍛練を積んだんだろうな。頑張ったな、苦しかったよな。でも大丈夫だ。そんな無駄なこともうしなくていいんだ。俺が君のことを救ってあげる。俺の一部となって永遠に生きような?」
「ふざけ……こほッ……ッ!」
『花柱』胡蝶カナエ。独自の呼吸を作り、鬼殺隊の最高位である柱にまで上り詰めた柱の中でも唯一の女性。鬼に襲われている人々を救いたいという気持ちとは別に、鬼のことも救ってあげたいという考えを持つ。
膝を付いてどうにか倒れ込まないように堪えているものの、対峙する鬼の言う通り目に見えないほど細かい血鬼術を吸い込んでしまい、肺が壊死して一呼吸する度に胸に激痛が走る。加えて鬼が持つ鋭く、黄金色で対の扇子によって体を斬られ、大量の血を流してしまっていた。
大量出血に加えて肺胞の壊死。カナエは満足に立ち上がることすらできず、声も上げることが儘ならない。助けを呼ぶことも、その場から撤退することもできない。
接敵したこの鬼は、これまで遭ってきた鬼の中でも特に強く、そして呼吸を使う鬼殺隊との相性が最悪だった。吸うだけでカナエのように肺が壊される凶悪な血鬼術。そして本体は遠距離の攻撃を主体とする一方で高い身体能力を持ち、『柱』であるカナエすら翻弄してみせた。
虹色に輝く瞳には、上弦と
「今日はいい夜だなぁ。こんなに強くて綺麗な子と会えたんだ。こんなに幸運なのも俺が日々苦しむ可哀想な人間達を救ってあげているからに違いないよなぁ……。あぁごめんよ。苦しいよな。今食べてあげるから心配しなくていいぜ。さぁ、俺と永遠に生きよう!」
──────助けは……まだ来ない。鎹鴉が向かってそれなりに時間は稼げたと思うけど、他の『柱』の人達が複数人来ても勝てるか判らない……しのぶ……あぁしのぶ。ごめんね。お姉ちゃん、もうダメみたい。
鬼は対の扇子を畳んで
左腕で体諸共両腕を巻き込まれて抱き締められ、自由の右手でカナエの顎を掴んで上を向かせる。非常に整った顔立ちをした青年のような姿をしていて、瞳は虹色という特異な色をしている。浮かべるのは柔らかな笑み。全てを赦すと言わんばかりの笑みに、カナエはこの鬼が何も感じていないことを理解していた。
顔を覗き込まれ、柔らかな笑みを少し深くする鬼。カナエの必死の抵抗はないようなもので、無理に動こうとするとその分肺が激痛を発する。鬼は頭から流れるカナエの血を真っ赤な舌で舐め取り、口内で味を確かめるとパッと表情を明るくした。
「上質な味だねぇ。『柱』だからかな。稀血ではないけれど、君を食べればまた俺は強くなれるし、可哀想な君を救ってあげることができる。一石二鳥という訳だ」
「……ッく。ごほッ……こほッ……」
「じゃあ、少し我慢してくれよ?」
人間の肉を噛み千切る、綺麗で鋭い歯が迫っている。抱き締められて拘束されているため逃げられず、例えこの拘束が無くても重傷の体では逃げ果せることは不可能だろう。もう終わりだと、流石に諦めたカナエは心の中で最愛の妹と、家族になったばかりの小さな少女のことを思い浮かべて涙を流した。
鬼殺隊に入った時から、死ぬことの覚悟はできている。しかししのぶ達を置いて先に逝ってしまうことが唯一の後悔だった。鬼の歯がカナエの頸の肉を噛み千切ろうとした瞬間、熱を孕みつつ……どこか悍ましいものを内包する声が響いた。
「──────お前が十二鬼月、それも上弦の鬼だな?上弦だろう?上弦なんだろう?あぁ皆まで言うな、判っている。少し口頭で聞いてみたかっただけだ。会いたかったぞ。会って斬りたかった。ずっと鬼舞辻無惨の血が濃いお前達上弦を取り敢えず誰でもいいから斬ってみたかった。今宵、それが漸く叶う。いい……とてもイイ。素晴らしい夜だ。私はやはり運が良い。上弦との初めての出会いであるこの日の夜を、私は記念として忘れることはないだろう。さぁやろう。殺し合おう、存分に」
「うん?へぇ……俺はやっぱり運が良いみたいだ。またご馳走がやって来てくれた。君も鬼殺隊かな?『柱』のこの子も俺にやられてしまったけれど、君はどのくらい戦えるのかな?あっと、自己紹介をしておかないとね。俺は
「やはり──────上弦ともなると
「……え?」
自己紹介をし、現れた異彩の剣士……柳一心を見ていた筈の鬼……童磨は視界の中から柳の姿が消えていることに気がついた。それに加え激痛が右腕からする。そこを見れば、肘から先が無くなっていた。いや、地面に落ちていた。断面は灼かれたように焦げており、驚異的な再生速度を生かした再生がされない。
童磨は考えるよりも先にカナエをその場に置いて前方に向かって駆けて距離を取っていた。背後に居ると直感したからだ。その勘は正しく、そこには柳がいつの間にか立っていた。凄まじい動体視力を持つ童磨はカナエの素早い動きを完全に捉えることができた。しかし柳のそれはカナエとは比べものにならないものだった。
動きを全く捉えることができず、また醸し出される覇気のような圧倒的雰囲気の割に殺気が一切なかった。だから来ると察知することもできず、易々と斬られてしまった。だがやはり1番不可解なのは再生できない腕だ。再生が遅くなるならまだしも、
「腕だぞ。たかが腕を斬っただけでこの感触。素晴らしい。やはり私の考えは間違っていなかった。鬼舞辻無惨の血が濃ければ濃いほど、斬り心地は良い。もう少し感触を確かめたいが……大丈夫だろうか……──────早々にお前の頸を斬らないよう我慢できるだろうか?」
「血鬼術──────
斬り落とされてしまった右手は使い物にならないため、童磨は左手で器用に懐から黄金色の扇子を1つ取り出すと、大きく振るって血鬼術を発動させた。冷たい冷気が発生し、童磨の高い身長の半分くらいの背丈がある、自身の姿形を模した氷で形成された人形を創り出した。その数は15にもなり、そのどれもが童磨本体と変わらない戦闘能力を持つ。
個体それぞれで血鬼術を使うことができ、氷人形が経験したことは全て本体である童磨に還元される。つまり童磨が15体新たに現れたと言っても過言ではない。この氷人形を創り出したところで本体は弱体化せず、普段通り血鬼術を使用できるという理不尽極まる御業。
氷人形に遠距離から血鬼術を使わせてダメージを与えつつ、柳の手の内を切らせようという考えだった。氷人形ならば斬られたところで何の痛手にもならない。破壊されてもまた創り出して補充すれば良いだけの話。しかしその考えとは裏腹に、柳を囲うように創り出した氷人形は
「感触は所詮氷だな。つまらん。そんなものを寄越すのではなく──────お前がこっちに来い」
「えぇ……冗談でしょ。君の攻撃全然見えないんだけど。ていうか、右手が再生しないな。どうなってるんだこれ?」
「私が
姿を現した時から柳は日輪刀を納刀した状態だった。童磨の右腕を斬り落としたり、氷人形を細切れに斬ったりしている以上、抜刀していることは明白なのだが、いかんせん動きが速過ぎて納刀する所作すらも捉えられない。なので柳の日輪刀の刀身は、鬼はおろか『柱』ですら見たことがなかった。
柄に手を掛けて、柳の日輪刀が鋭い音を立てながらゆっくりと抜刀される。柳の日輪刀は真っ黒な漆黒だった。混じり気の無い、鍔から鋒まで全てが漆黒の1色だった。それだけを見るならば鬼殺隊で黒刀を使用する隊士とそう大して変わらない。言うなればあまりに黒すぎることだけ。
鞘は左手で握り、右手で日輪刀を持って鋒は地面に向けている。何の変哲もないと童磨が思ったその矢先、柳の日輪刀は鍔の方から
鋒まで赫く染め上がった日輪刀の周囲の光景が歪んでいる。これは遠目から見た真夏日のアスファルトの表面などによく見られる
「これが灼刀だ。鬼殺隊など、鬼を殺すことを生業としておきながら灼刀の存在すら知らんという怠けぶり。所詮は寄せ集められた塵芥の如き者達。知らず、できずとも不思議ではない。肉体を透かして視ることもできんからな」
「肉体を透かして視る……?」
「──────お前は良い肉体をしている。優れた筋肉。しなやかさを持ちながら強靭。骨格もいい。柔軟性もある。その視神経ならば動体視力も良いだろう。心臓の動きが速いな。その速度は恐怖を感じている時のそれだ。そう恐がることはない。喜ぼうが恐がろうが、お前は今宵私に斬られて死ぬ」
陽炎が発生して後ろの景色をぐにゃりと捻じ曲げる灼熱を纏う刀を、見せ終わったと言わんばかりに鞘に戻していく。赫い刀身が鞘の中に完全に納められると、半身となって居合の構えを取った柳。その姿を見て、童磨は足元からナニカが這い上がって全身に絡み付く感覚を得た。振り払っても離れそうにないそれを、人は死の気配と称した。
頭が痛くなる。童磨にとっては存在しない記憶。だが童磨の中に入れられた鬼舞辻無惨の細胞が記憶している記憶。痣があり、耳に花札のような飾りを付けた、日輪刀の刀身を赫く染め上げる剣士が刀を構え、斬りつけようとしてくる光景が頭の中に広がる。それと共に浸透してくる恐怖と死の感覚が、童磨に伝染する。
「寄って斬れば全て事足りる。私の持論だが、それが上弦の鬼にも通用
「これは……今までであったことのない類の人間だなぁ」
黄金の扇子を広げて血鬼術の冷気を散布する童磨と、姿を掻き消しながら灼刀で斬りつける柳。両者の戦いは大きな戦闘音を響き渡らせ、時には凍りつかせ、時には斬撃で遮るものを両断していく。熾烈を極める戦いはしかし、そう長くは続かない。
「──────姉さんッ!!」
「し、の……こほッ!?こほッ……ッ!!」
「ぁ……ぁああああああああああああッ!!!!姉さんッ!姉さん姉さん……ッ!!嫌だ、やめてッ!死なないでッ!!」
「ごめん……ね?しのぶ……」
「謝らないでッ!!そんなことより止血の呼吸をしてッ!」
「肺を……やられて……呼吸がね、うまく……できないの……」
「嘘……でしょう……?どうすればいいのッ!?傷が深すぎる……ッ!?こんなところじゃ碌な手当もできないッ!血を流しすぎてるし肺がやられてる……?もうッ、ぁあもうッ!!」
柳を除いてその場に1番早く、そして速く駆けつけたのはカナエの妹であるしのぶだった。鎹鴉から上弦の鬼と戦闘になっていると報告を受けた瞬間には自身の全速力で走っていた。呼吸を最大限使い、現場に向かってその目で見たのは、血溜まりの中おかしな呼吸をしながら倒れる姉の姿だった。
虫の息。今すぐにでも死にそうな姉をできるだけ優しく抱き上げて、傷の状態を診ていく。しかしこのままでは助かる見込みもない。設備も一切揃っていないこんな場所では、姉を治療することなど不可能。流れる血を止めようにも、止血の呼吸すらカナエはできない。
幼い頃に両親を亡くし、姉と2人でこれまでやってきた。最近では新しく家族になった子も居る。鬼を狩ることを決意した以上、死ぬ覚悟はできていてもいざ、姉が死ぬ場面に立ち合うと頭の中が真っ白になった。
離れたところでは尋常ではない戦闘音が響いている。恐らく上弦の鬼と先に着いていた誰かが戦っていることだろう。しかしそんなことが気にならないほど、今のしのぶにはカナエしか見えていなかった。カナエはもう死ぬ。纏わり付く死の気配が濃い。しのぶの目から大粒の涙が流れ、頬を伝って地面に涙が落ちた時、激しい戦闘音は止んだ。
「──────ふふッ……はッはは……はははははッ!!素晴らしい……ッ!上弦の鬼とはこれ程のものだったのかッ!
草木の奥からやって来たのは、柳だった。興奮した様子ではあったが三度笠があって表情は見えなかった。黒い着流しや素肌には傷は見えず、しのぶは呆然と柳のことを見ていた。何故なら、その手には両の眼が抉られ、口が後頭部付近まで斬り裂かれて切り口は焦げ、頸から上しかない上弦の鬼である童磨を、髪の毛を鷲掴んで持っていたからだ。
土産の品のように持ち歩いていた柳は、血塗れのカナエと、そんな彼女を抱えながら呆然とこちらを見ているしのぶに気がつくと、無雑作に童磨の惨い生首を弧を描くように放り投げた。生首はごとりと音を立てて落ちると転がり、しのぶの目の前まで転がり、やがて崩壊して消えた。上弦の弐は、柳によって斬り殺された。
「遅かったな、胡蝶しのぶ。鬼はもう斬った」
「柳……さん……姉さんが……ッ!」
「ん……?あぁ、胡蝶カナエか。それはもう死ぬだろう。諦めろ。肺の大部分が壊死し、傷が深く、心臓が止まりかけている。半刻もしない内にそれは死ぬ。まあそう悲観するな。死ぬ覚悟なんぞ鬼殺隊に入った時点でしているのだろう?死ぬ覚悟を決めて狩っていたのに、殺された途端ふざけるなとは言うまい?」
「それ……は……」
鬼殺隊になることは強制ではない。むしろ、カナエとしのぶは命の恩人である悲鳴嶼行冥の言葉を聞き入れず、鬼殺隊に入隊した姉妹だ。死ぬ覚悟はできていて、殺されてもある意味仕方ない。これで殺されたとしても、何故どうしてとはならない。そう言われたしのぶは言葉に詰まり、柳は興味無さそうに2人の傍を歩いて去って行く。
助けるつもりなど毛頭無い。意味もない。親しい訳でもない。そもそも胡蝶カナエが死のうが胡蝶しのぶが死のうがどうでもいい。柳にとってはその程度の者達。柳はどこまでいこうと柳であった。しのぶは絶望に彩られた表情をしたが、ハッとしたような表情になると、急いで柳の着流しの裾を掴んだ。
「往生際の悪い女だ。お前の姉は死ぬ。諦めろ」
「あ、あなたなら……姉さんを助けられるっ!助けられる筈なんですっ!」
「お前には私が医者に見えるのか?姉の
「違いますっ!何で、誤魔化すんですか……っ!噂で1度だけ聞きましたっ!偶々その人が蝶屋敷に来てたんですっ!」
『いやー、〇〇さん聞いてくださいよー。俺ってこの前鬼にやられて死にかけてたんですけどね、あの柳っていう人に更に殺されかけたと思ったらこうして生きてるんですよ!もう血鬼術か何かかと思いましたね!』
「あなたは何かしらの方法で、死にかけた人の命を救う事ができるっ!」
「…………………。」
「お願い……お願いします。何でもします……何でもしますから、どうか私の姉を……姉さんを助けてください……お願いっ……します……っ」
「…………………。」
柳一心に土下座をして頼み込む胡蝶しのぶ。姉である胡蝶カナエはあと数分もすれば死ぬ運命。それを覆すことができるのは、柳しか居ないのだとしのぶは言う。
三度笠の向こうで、目を細める柳は振り返って土下座するしのぶを見下ろす。そして、左手親指で鯉口を切った。
謎に包まれた異彩の剣士、柳の謎の1つが今解明されようとしていた。
漆黒の柳の日輪刀の刀身が、灼熱の太陽のように赫く染め上がった状態のことを指す。刀身はまさしく灼熱そのものであり、熱せられた空気が背景を捻じ曲げるため陽炎が発生する。
この状態で斬られた鬼は再生することができない。再生が遅いなどという次元ではなく、再生が一切できない。切り口は真っ黒に焦げ、傷口からは常に太陽に灼かれたような激痛が絶え間なく生じる。
ちなみに、この状態には別の正式な呼び名があるのかも知れないが、柳はそういった知識が無いため、『灼熱を纏う日輪刀』から灼刀と名づけて勝手に言っているだけ。
透ける視界
柳が視ている景色。人、動物、鬼。生物の肉体を透かして視ることができ、それによって相手の動きや状態を事細かに看破する。血管や神経までもはっきり視てしまうため、視た相手の現状の肉体的強さをある程度把握でき、骨格や筋肉配列から得手不得手の動作なども把握できる。
この視界を使って鬼の強さ、鬼殺隊隊士の強さ、怪我の状態や病気の有無を知る。柳は
柳一心
斬る感覚がこの上なく好きという狂った思想を持つものの、本来は熾烈を極めた互いに命を脅かす極限の死会いをやり続けたいというもの。だが、柳が強すぎるために拮抗する相手が居らず、思想の段階を無意識に落として斬れればそれでいいという前提のものとなった。
透ける視界、灼刀が使えない鬼殺隊の隊士達をその他塵芥の寄せ集めと思っている。そのため『柱』は有象無象の中でも強い方の有象無象という認識。個人に興味は持たず、誰が目の前で死んでも一向に構わないという認識。
本人に自覚はないが、何故周りには強い奴が居ないのか。どうして透ける視界も灼刀もできないのかと心が慟哭している。強い奴が居て欲しい。居たとしたら斬りたいと考えるため、人斬りとしての考えが強すぎる。生まれてくる時代を間違えてしまった人。
もし、鬼舞辻無惨や上弦の鬼を狩る剣士達が居た時代に生まれていれば、鬼殺隊、鬼、柳の三つ巴になっていたかも知れない。
死にかけた人を救った事があるとされている。どうやったのかは判らないが、噂では血鬼術なのではないかとされている。
胡蝶カナエ
上弦の弐の童磨と出会ってしまい、重傷を負わされた。あと5分もすれば死ぬが、どうなるのかは柳次第。
胡蝶しのぶ
以前運ばれて治療を受けていた隊士が、同期の隊士と柳の不思議な力について話しているのを偶然聞いていた。この時には気にも留めていなかったが、思い出して口にしていなければ、柳はそのまま去っていた。