七月X日。これから一週間、ボクは大好きな王子様を観察することにしました。せたかおるさんって言うんですけど、ボクはこのかおるってひとが大好きです。
かっこよくてキラキラしてて、絵本の中の王子様みたいなのでボクはかおるさまが好きです。どうしてかおるさまがかっこいいのか気になったので、自由研究してみようと思いました。
せっかくならかっこいいお洋服を着たいかなって思って、ボクはぶ台が終わったかおるさまにこんにちはして、かおるさまをおうちにさそったんですけど、かおるさまがなかなか着いてきてくれないので、仕方なくみぞおちをなぐりました。そしたら、かおるさまはそのままゆかにたおれちゃいました。
ボクはやったー、って思ってかおるさまを家までだっこで連れて帰ってあげたんですけど、かおるさまってとっても“きゃしゃ”なんですね。びっくりしました。
かおるさまをベッドでねかせてあげた時、ボクはこの人と一週間過ごせるんだなって思って嬉しくなりました。王子様のお洋服ですやすやねむってるかおるさまがかわいかったです。
目が覚めたかおるさまのまんまるのお目目がボクをとらえた時、とってもワクワクしました。かおるさまはふるえる声でボクの名前を呼んだので、優しくお返事してあげました。
でも、おかしいですよね。かおるさま、なぜかお家に帰ろうとするんです。ボクたちのお家はここなのに。
かおるさま、ボクがどれだけ説明しても「帰るべき家がある。」とか「子ねこちゃんたちを心配させたくない。」とか「君の親ごさんも心配するよ。」とか、うるさいんです。かおるさまがこんなに物分かりが悪いなんて思いませんでした。
ボクはかおるさまが大好きなのであんまりひどいことはしたくないんですけど、なんだかむかむかしてきたのでかおるさまの首をぎゅって閉めました。そしたら、すぐに静かになってくれたのでよかったです!
かおるさま、案外力弱いんだ。かおるさまはとっても力が強くて子ねこちゃんを守れるかっこいい王子様だと思っていたので少し残念でした。
でも、首を閉めたらかおるさまも分かってくれたのでラッキーです。明日から、たくさんかおるさまを観察できたらいいなって思います。
二日目。今日はかおるさまとコイビトごっこをしてみようと思います。コイビトごっこってすごく幸せそうな言葉なので、楽しみです。
今日もかおるさまはぶるぶるしてました。ぼくがうでにさわっただけで体がビクッとするので、心配です。筋肉痛にならないかな、かおるさま。
とりあえずコイビトはちゅーするイメージがあったので、ボクはかおるさまにちゅーしてみたんですけど、かおるさまがそっぽを向こうとするので両手でほっぺを固定してたくさんちゅーしてあげました。
かおるさまとちゅーして、ちゅーする時は案外呼吸が難しいことを知りました。でも息つぎしながらたくさんちゅーするのは楽しかったです。
あ、それから、ちゅーしてる時なんだかかおるさまの舌がボクの舌からにげてるような気がしたので、つかまえてあげました。舌と舌でぎゅーってしてるみたいで、とっても気持ちよかったです。
ちゅーし終わったあと、頭がふわふわしてたんですけど、かおるさまがとろんとした顔ではぁはぁ言ってたのでちょっとむかっとしました。女みたいな顔するかおるさま、ちょっとかっこ悪いです。
それから、えっと……何してたんでしたっけ? あ、思い出しました。コイビトごっこには続きがあったんです。なんかよくわかんなかったんですけど、楽しかったです!
コイビトごっこの感想なんですけど、やっぱりかおるさまはすごくきれいだなーって思いました。気高くて、みんなの王子様って感じで、それをボクがひとりじめできて嬉しいです。
ただ、ちょっとやっただけで痛い痛いってうるさくわめいたり、キンキンする女の声をたくさん出すので、おこったボクはかおるさまの首をきつく閉めてあげました。酸素を取りこむために必死に呼吸するかおるさまはとってもかわいかったです。
かおるさまをぎゅーってしてたら、なんか気分が高まってきて、頭がぼーっとしました。ぼーっとしてたら疲れちゃったので恋人ごっこをやめたら、かおるさまはぐったりしちゃいました。
コイビトごっこが終わってからなんですけど、かおるさまがずっとシクシク泣いてます。うるさいです。日記を書くときぐらい静かにしてほしいです。
三日目。今日はかおるさまとおしゃべりしてみます。全然目を合わせてくれないです。この前おしゃべりした時はたくさんボクの目を見て話してくれたのに。晴翔くん、って名前を呼んでくれたのに。
ボクはかおるさまに名前を呼んでもらうのが一番好きです。なのでビクビクしたまま名前を呼んでもらえないのは悲しいです。なので、ボクはかおるさまがどうしたらおしゃべりしてくれるか聞きました。
かおるさまは、ふるえる声で「痛いことをしなければ、いいよ。」と言ってくれたので、今日は痛いことをしないって約束をしました。
でも、何を話していいのかわかりません。ボクはおしゃべりが苦手なので、タブレットで何かお話のネタを探そうとしたら、それに気づいたかおるさまがこう言いました。
「そうだ、晴翔くんはハロハピちゃんねるを見たことがあるかな? 楽しい動画がいっぱいだから、きっと君にも気に入ってもらえると思うんだ。」
かおるさまは優しくそう言ってくれたんですけど、ハロハピちゃんねるはかおるさまがボクと同じ名前のはるとって子供に優しくしてたのが許せなくて見てないです。
そのことを伝えると、かおるさまは優しく笑って頭をなでてきました。ちょっとイヤです。でもかおるさまに頭をなでられるのは好きです。
これからずっとボクと二人だけで動画作ってくれたら許します、って言ったら、かおるさまは「考えておくよ。」しか言ってくれなかったです。ひどいです。
でも痛いことをしないって約束は守らないといけないので、むかむかをガマンしました。かおるさま、あいまいな返事ばっかりでイヤです。
そういえば、今日はかおるさまがおふろから出てくるのがおそかったです。それになんだかおふろ上がりのかおるさまの顔色が悪かったので、心配です。
ねむっているときも、かおるさまはとっても寒そうだったので、おなかに毛布を巻いてあげました。
四日目。かおるさまを起こすためにかおるさまの布団をめくったら、かおるさまのベッドが真っ赤になってて、びっくりしました。ボクはなんにもした覚えがないので、かおるさまがどこかケガしちゃったんでしょうか。
しかも、かおるさまにずっと着せていた白いズボンが真っ赤に染まってて、とってもこわかったです。ちょっとさわってみたら、なんだかサラサラしてて、血だってわかりました。
ボクはあんまり血を見たことないんですけど、この色は絵の具じゃ出せない色だと思いました。心配になったのでズボンをぬがせてあげたら、血が出てるのがわかりました。
なんだか痛そうでかわいそうなので、どうにか止めてあげたいです。ティッシュを被せてあげても血があふれてくるので、どうしたらいいのかわからなくなりました。
どうやっても血が止まってくれないので、ボクは仕方なくその様子を観察することにしました。どくどく、って血が流れていくのは見ていてとっても面白かったです。でも、やっぱり痛そうです。
心配になったボクはタブレットで何をしても止まらない出血について調べました。やっぱり早く止血しないとそのまま死んじゃうみたいです。かおるさまには死んでほしくないです。どうしたらいいんでしょう。
どうするすべもないままなんとか血を止めようとティッシュでふさいでいたら、かおるさまが目を覚ましてくれました。
かおるさまはあわててボクの手を止めて、「これは危ない血じゃないからだいじょうぶだよ。」って言いました。最初、その理由がわからなかったです。
かおるさまがせーり? とかなんとか言うんですけど、よくわからなかったのでタブレットで調べました。調べたんですけど、よくわからなかったです。
難しい言葉を使わずにフツウに教えてくれればいいのに、どうしてちゃんと教えてくれないんでしょうか。かおるさまはひどいです。こんな人のことを心配したボクがバカみたいです。
かおるさまはこれ以上君の家をよごしたくないから、とか言って、ボクを置いていこうとしたのでうでをつかんでベッドに押さえつけました。
ボクがうでに体重をかければかけるほど、かおるさまは大人しくなります。いい子だなー、って思います。でも、目を合わせてくれないのでかおるさまは悪い子です。
かおるさまはふるえる声で着がえさせて欲しい、トイレに少しだけ行かせて欲しい、どこにも行かないから、ってお願いしてくるので、お願いを聞いてあげました。
かおるさまをトイレに行かせてあげたら、なぜかかおるさまから血が出なくなりました。ちょっとさみしかったです。
五日目。たくさん買っていたはずのカップラーメンがなくなりました。これじゃあかおるさまにご飯を食べさせてあげることができません。
仕方がないのでボクはキッチンに立ってお料理をしてみようとしたのですが、なかなか上手くいきません。包丁を使うのはこわいです。
そんな時、かおるさまが不思議そうにキッチンにやってきました。ボクの手元を見るなり、かおるさまは優しく笑って「私に任せてごらん。」と言ってお料理を始めました。
かおるさまは不器用だと思っていたので、料理ができることにびっくりしました。かおるさまはあっという間にオムライスを作って二人分のお皿によそってくれました。
かおるさまが作ってくれたオムライスはすごく優しい味がしました。おいしかったです。
こんな感じでかおるさまと五日間いっしょに過ごして気づいたことなんですけど、かおるさまって案外大したことない人なんだなって思いました。
すぐビクってするし、言い訳ばっかりだし、全然目を合わせてくれないし。いっしょにいるって約束をしたのに、本当はボクの前からにげだしたいって思ってそうなところだって、最低だと思います。
こんな人のことを理想の王子様だと思ってたボクがバカみたいです。全然そんなことないのに。本当のかおるさまは、キラキラしてもないし絵本の中にもいない、ウソつきな王子様です。
でも、ウソつきだけど、かおるさまは優しいです。とっても優しいです。もう、何が何なのかわからないです。
六日目。目が覚めた時には、かおるさまはいませんでした。そんなの、聞いてません。
昨日の夜だって、ボクといっしょにねてくれたのに。ねむれないボクをなでてくれたその手が、とっても優しかったのに。
もしかして、今までの優しいかおるさまは、ウソだったんでしょうか。ボクのことをからかったんでしょうか。それだったら、かおるさまは最低最悪のウソつきです。
かおるさまが話してくれた言葉も、かおるさまが作ってくれたオムライスも、全部ウソなんでしょうか。晴翔くんって呼んでくれたのも、笑ってくれたのも、全部ウソだったんですか?
大切なことは、失ってから気づくって本に書いてありました。今になって、その理由がわかる気がしました。さみしいです。かおるさまに、会いたいです。
今わかりました。ボクはかおるさまのことが、大好きなんです。大したことないところも、大好きなんです。
だから、ボクはかおるさまがいそうなところをたくさん探しました。でも、かおるさまはどこにもいませんでした。
わかりました。きっと、かおるさまとボクの関係をじゃまするだれかが、かおるさまのことかくしてるんですね? だったら、ボクがかおるさまを取り返せばいいんですね。
ボクは重いドアをたたきます。ドンドン、と大きな音を立てながらドアをたたきます。だけど、かおるさまは出てきてくれません。
かおるさま、帰ってきて。かおるさま、会いたい。かおるさま、ボクだけのかおるさま。ずっとずっと、ボクのそばにいて。
ドアの向こうから声が聞こえます。「行っちゃダメ」「またひどいことされる」なんて声が。何もわかってない外野が、ボクたちの関係に口出しするんです。
ボクは信じてます。かおるさまのこと。ボクのことを、かおるさまが放っておけるわけがないんです。ほら、ね。
「……話をしよう、晴翔くん。」
──ああ、やっぱり来てくれた。
その日も、あまりよく眠れなかった。だが、その唯一の時間が薫は好きだった。隣で眠る彼の寝顔を眺め、また考える。どうしてこんなことになってしまったんだろう、と。
「……ひとりにしないで、かおるさま」
そんな時聞こえる、弱々しい晴翔の寝言。彼が眠っている時にだけに見せる弱さ、それを薫はどうしても無碍にできなかった。
彼がしていることは、到底許されない行為であると理解している。彼のために彼を拒絶しなければいけないことも理解しているが、薫の心がそれを拒む。
(晴翔くんのご両親は何をしているんだろう?)
思えば、最初から歪だった。この家に来てからというもの、薫は晴翔以外の人間を見たことがなかった。調理器具が充実していたり、生理用品が揃っていたりと、晴翔以外の人間が暮らしていた痕跡もあるにはあるのだが。
だが、薫が来てからはずっと晴翔と二人きりだ。もしかしたら、出張か何かで両親がどちらも家を空けてしまうからその寂しさを埋めるために自分をここに連れてきたのだろうか?
薫は考える。考えるが、その答えが出ることはない。その真相は、晴翔しか知らないのだから。
だからこそ、薫は話をしようと思った。もし晴翔が苦しんでいるのなら、その苦しみを少しでも和らげてあげたい。そうして彼に心の底から笑顔になってもらうことが自分のやるべきことだと思っているから。……それに、何より。
全ての苦しみから晴翔を守ってあげたい。そう思ってしまうほどには、薫の心は晴翔の奴隷だった。
「ここから逃げましょう、薫!」
そんな時だった。薫の幼馴染である白鷺千聖が、薫を迎えに来たのは。薫は千聖に連れられるままバンドメンバーであるこころの家に向かい。そこには薫を心配しているたくさんの友人がいた。
みんな薫のことを心配してたのよ、千聖はそう口にする。久しぶりに見る薫の顔にほっと胸を撫で下ろす友人や、薫の姿を見て泣いてしまう友人もいた。
だが。そんなことより、薫は晴翔が心配だった。彼を置いて、ひとりぼっちにさせてしまったから。薫がその不安を吐露すると、そんなこと気にしなくていい、と周りの少女たちは口を揃えてそう言った。
きっと大丈夫、それよりも自分の心配をして欲しい、薫のことを監禁するような人のことなんて心配しなくていい、友人たちはそう薫に声をかけるが。
「晴翔くんは私がいないとダメなんだ!」
……どうしてそんな言葉が口から出たのか、薫自身もわからなかった。薫は、何もかもが怖くなった。
ひとりにしてほしい、薫は震える声でそう言った。このままだと、またおかしくなってしまいそうだったから。
ひとりきりの部屋で、薫は考えようとした。大切な友人を、子猫ちゃんたちを心配させてしまったこと、家族を不安にさせてしまったこと、これからどうするかということを。
だが、脳みそにこびりついた晴翔の声が、晴翔の顔が、晴翔の言葉が、薫を離してくれない。全ての思考が晴翔に書き換えられて、薫は晴翔のこと以外何も考えられなくなっていた。
晴翔くんから、逃げないと。晴翔くんに、会いたい。その矛盾したふたつの感情で、薫の頭はぐちゃぐちゃだった。
……その次の日のことだった。晴翔がこころの家に訪ねてきた。ドンドンとうるさく叩かれるドアの音が、薫にとってとても愛おしくて甘美なものだった。
薫はまるで恋する少女のように駆け出し、ドアを開けようとしたが周りの友人たちに止められる。「行っちゃダメ」「またひどいことをされる」正しいはずのその言葉が、薫を本気で思っているその言葉が、今の薫にとっては、ノイズになってしまう。
今の薫が求めているのは心の安寧でも、幸せな未来でも、なんでもない。晴翔さえいれば、他はどうだっていいのだから──。
七日目。朝起きたら、かおるさまがとなりですやすや眠ってて、とっても幸せな気持ちになりました。やっぱり、いっしょのお布団でねるのは最高です!
そういえば、昨日かおるさまとお話をしたんですけど、かおるさまはやっぱりボクといっしょにいたいって言ってくれました。
晴翔くんには私がいないと、って言ってたんですけど、ここだけの話、ボクがいないとダメになるのは、かおるさまの方だと思います。ボクなしじゃ生きていけないかおるさま、とってもかわいいです。
そんな話はさておき、ボクとかおるさまはこのお家でいっしょにくらすことになりました! とってもうれしいです。これからずっといっしょなので、別に七日目とか書かなくていいかもしれません。
夏休みがおわってもずっといっしょなので、かおるさまにいってらっしゃいしてもらうのが楽しみです。もちろんボクもかおるさまをいってらっしゃいしてあげるつもりでいます。
でも、八月まではずっと夏休みなので、夏休みはかおるさまとずっといっしょにいます。それこそデートとかしてみたいです。ボクはお魚が好きなので、水族館とか行ってみたいです。
でも、なんででしょうか? かおるさま、いっしょにくらせてうれしくてたまらないはずなのになぜかなみだが出るんですって。
なんだかとってもかわいそうなので、その悲しい気持ちがいつかなくなったらいいなって思います! いっしょにいれば、そんな気持ちなんてすぐ忘れて、きっと幸せになれると思いますから。
かおるさまを観察するのは、とっても楽しかったです。優しいところも、かわいいところも、かっこ悪いところも、もっと好きになりました。
これからも、そんなボクだけの王子様をたくさん観察していけたらいいなって思います。
私立△△中学校
一年X組 吉田晴翔