「おい……大丈夫か! しっかりしろ!」
両手で抱え上げた、その少女にはほとんど重みがなかった。
小さく、細すぎる身体。土と砂と──血が染み付いた、検診衣。
擦り傷は多かったが、出血はほとんどなく。けれども酷く憔悴しており、息もかろうじて、というほどのものだった。
「……ゴッドイーター……?」
「! ああそうだ、悪いが見捨てられないんで連れていくぞ! 名前、言えるか?」
「……にひゃくに……」
202? とても人名には思えぬ単語に、よくよく少女の手首を見れば、そこには同じ番号の書かれた白い腕輪があった。
(──これは──)
いわゆる、実験体、というやつだろうか。だが、こんな身体でどうやってここまで……?
いや、疑問は後だ。すぐさま立ち上がってヘリに通信を入れる。
「こちら雨宮上等兵! 遭難者を一名発見。回収よろしく頼む!」
すぐに応答がきて、ヘリが近づいてきた。
腕の中で、少女はそのぼんやりとした、真っ暗な瞳で、俺の顔を見上げていた。
「……ありがと、ございます……」
「ああ、気にするな。すぐにお医者さんに診てもらえるからな。お嬢ちゃん、どこから来たか……分かるか? 親御さんは?」
「……わかりません……わたしは、研究所に……つれていかれて…………だれも、たすけられなかった…………」
……幼い口から語られた話に息を呑む。
それを最後に、少女は意識を失ってしまった。
▽
──一年後の2062年。俺は少女と、意外すぎる場所で再会を果たした。
「本日付けで極東支部に配属になりました、幻代アキです。レアモノは出ませんでした。確率はカス。これからどうぞよろしくお願いします、先輩」
まさか神機使いになっているとは、思わなんだ。
見つけた時に見た、小さく脆い印象は先の光景で打ち消された。紛れもなく、目の前にいるのは一人の少女兵だった。
その赤い瞳に迷いはない。
初陣で戦場を蹂躙してみせた十二歳の彼女は、この時点で既に神を狩る悪魔じみていた。
「えー、死ぬな。死にそうになったら逃げろ。で、隠れろ。運がよければ不意をついてぶっ殺せ! ……これじゃ四つか? まぁとにかく生き延びろ、そうすりゃ万事、あとはどうにでもなる」
「もう一回」
「……死ぬな。死にそうになったら逃げろ。そんで隠れろ。運がよければ不意をついてぶっ殺せ」
「もう一回!」
「もう何回言わせてくるの? ってか、もう覚えてるだろお前……?」
思わずツッコむと、えー、と目の前の少女が気の抜けた顔でぼやく。
202──改め、幻代アキ。先週、入隊してきたばかりの脅威の新人。十二歳とは思えない戦闘センスを持ち、その実態は何故かアラガミ素材に対して異様な執着を見せる……変人っ娘だった。
アナグラ内で出くわすと、てくてくと後ろをついてくるのは可愛い……のだが、おかげで俺にロリコン疑惑の噂が立っているのはいただけない。誤解だ。
「知らないんですかリンドウさん。命令を覚えているのと、直接聞くのとでは栄養素が違うんですよ。なんなら今度、録音させてください」
──そしてなんだかよく分からないが、彼女は少し前に出した俺の命令を、異様なまでに気に入ったらしい。
一日に三回は言ってくれとせがんでくる始末だ。本当によく分からない。いや悪い気はしないんだが、こう、あんまり言ってもなにか……こう……薄れるだろ? 有難みってやつとかが。
「却下だ却下。このリンドウさんの声は安売りできませーん」
がしがしとその頭をかき混ぜる。あぁやべ、嫌がられるか、と思ったが、目を閉じ両指を組み合わせたポーズで、少女は修道女のような雰囲気で享受していた。なにそのリアクション?
「……どうしたんだ?」
「感謝を捧げています……」
「そ、そう……」
────分からん。
悪い奴ではないのは確かだが、こいつ、本っ当に分からん……!
▽
だが扱いに困っているのは俺だけの話ではないようだった。
「……え? 全額……?」
「……そうだ。アキは、自身に支払われるクレジット……その全てを技術部に振り込んで欲しいと……要請があった……」
作戦室で、姉上──第一部隊の隊長、雨宮ツバキからもたらされたその報告には、流石に唖然とするしかなかった。
ゴッドイーターの仕事は死と隣り合わせだ。確かに金を稼ぐ、という点においてはこれほど稼ぎやすい仕事もないだろうが、まさか己の利益を度外視して、報酬金を他に振り込むなんてことをするのはベテランにだっていやしない。
そんなことを、あの十二歳の子供が希望する、などと。
……いくらなんでも、それは……やりすぎなんじゃないか?
「なんでそんなことを……」
「さっさと神機の機能をアップデートしてほしい、とのことだ。というか、もういくつか技術部に改善案を提出しているようでな。サカキ博士を始めとした技術者たちが、意気揚々と開発を進めている」
「えー……」
余念がないというか、なんというか。
あの年齢で、そこまでするか? 普通。
「まあ、彼女は仮にも後見人がサカキ博士だからな……そういった研究に関しても、教育を受けているのだろう。そして実戦で戦う内に、アイデアが閃いた……のかもだ」
「……なんか本当の親子みたいですねぇ。特に素材求めている辺りとか」
「同感だ。しかし、あいつはまだ幼い。私も隊長として注意するつもりだが……」
「分かってますよ。俺がちゃんと見ておきますって。これでも結構、懐かれてるんですよ?」
「フ……それはどうだろうな」
「……姉上。まさか対抗心、燃やしてます……?」
「姉と呼ぶな」
アキの奴の神機は近接、姉上のは遠距離。と考えれば、戦術上も相性が良いのかもしれない。女性陣って、一体いつの間に仲良くなってるものなんだ?
▽
「やぁ、よく来てくれたねリンドウ君。状況は見ての通りだ。軽く片付けておいてくれないかな?」
任務終わり、もう夜に差し掛かろうという時間帯にラボに呼び出された。
そこに広がっていた光景に、やや驚く。ラボとはいえ、普段はそこそこは片付いている場所だ。そこが今は、様々な書類や設計書のようなものに埋め尽くされており、足の踏み場すらない。
「……なんです、これ……? あ」
しーっと人差し指を立ててソファに座るサカキ博士──その膝の上で横になっていた存在を見て、事態を察する。
博士の膝の上には、件の少女アキ。ぐっすりと眠っており、完全無警戒の寝顔をさらしている。
「今日は彼女の開発アイデアを聞いていてね……流石は子供、発想が豊かというか、神機の生みの親である私としても、実に興味深かったよ」
その辺りに落ちていた設計書を拾ってみると、そこには鎌……? らしき形態の神機が描かれていた。他にもハンマーや槍、果ては双剣、半月のような刃をした武器がある。
「……新しい形の神機、ですかこれ」
「あぁ。しかも割と実用的なんだ、これが。今すぐに開発、というわけにはいかないが、将来是非とも実現したいと思っているよ。他にもね、ホラ捕食形態があるだろう? アレの動きをタイプ別に分けて、それぞれで新たな強化効果を──」
「あーあー、了解っす博士。さっさとそいつ、部屋に運んでやってください。こっちは俺がやっときますんで……」
「ははは、すまない。では、よろしく頼んだよ」
そう言うと博士はアキ少女を横抱きにラボを出て行った。やはり親子感が否めない。本当に血は繋がってないんだよな、あの二人?
「……すげぇな……」
天才、というやつなのだろうか。門外漢の俺が軽く目を通しても、革新的なアイデアばかりなのが読み取れる。各武器のモーションスケッチまであった。……む?
「……絵、うまっ」
落書きレベルな薄さの走り書き。そこには姉上や俺の似顔絵があった。なにこれ、似すぎだろ。でも俺の方はちょっと……なんか今より大人な感じがしないか? 気のせい? こんな風に見られてんの、俺? 照れればいいのか、老けてみられていることに悲しめばいいのか……微妙なところだった。
▽
──2063年。幻代アキの入隊から一年が過ぎた頃。
「たっだいま──!! 幻代アキ、生還完了しましたぁぁアア──!!」
七日ほど
「北海道ォ!?」
「ええ……海を渡りかけたところで、どうにか空中でウロヴォロスを殺し切って……着地はウロヴォロスがクッションになってくれたから助かったんですけど、帰りはホラ、ろくに車なんてないじゃないですか。私もまだ免許ないし。なのでその辺にいたオウガテイルを物理で言う事きかせて乗り物にしてみました」
そんでちょっと、いやかなり常識を外して戻ってきてしまっていた。今は医務室のベッドで起き上がった状態で、呑気そうに笑っている。
オウガテイルを、オウガテイルをなに……? 乗り物に? 意味が分からない。そんな暴力的コミュニケーションが通じてしまったのか?
「……待ってくれアキ君。じゃあ、もしかして君の神機が回収していたあのコアは……!」
「あ、ウロヴォロスのコアです。お納めください」
大戦果すぎた。サカキ博士が口を半開きにして絶句する。俺と姉上も言葉を失った。
なんか……もう……神機使いとして生まれるべくして生まれたような奴だな……!
「そうだ。帰ってくる途中、アラガミ狩りまくってた時に思いついたんですけど。ミッションって一日一件じゃないですか。アレ、どうにかなりませんかね?」
「ど、どうにか……とは?」
「
こいつは、
いったい、
なにを、言っているんだ……?
▽
──その後もアキという少女の快進撃という名の伝説は極東に生まれ続けた。
連続出撃許可が出てしまったことで彼女のアラガミ討伐数が、遂に俺や姉上を上回り、回収コアの増量によってみるみる内に装甲壁の更新が進んだ。アキが帰ってきて半年と経たない内に、神機の制御ユニット、強化パーツの種類も増え、プレデタースタイルという新たな制御機構が実装されるに至った。
プレデタースタイル……というのは、アキの戦闘データを元に構築された新たな捕食形態だ。なんでもサカキ博士曰く、彼女の神機は技術班の知らないところで「進化」しているらしい。それこそ──本物のアラガミのように。
原理も再現性も不明だが、ゴッドイーターとして磨き上げられていく様は、いっそ清々しさすらあった。周りはそんなあいつに恐れをなして、「悪魔」などと敬遠しているが、とんだ思い違いだ。
あいつほど、ゴッドイーターの生存率に貢献している奴など他にはいない。
新商品として大いに喜ばれた回復錠改を独自に手を加えて回復錠Sなんてのを生み出したり、回復球を改造した回復柱の案を出したり、Oアンプルを勝手に改造してエリキシル錠なんて新たな回復薬を開発したりと、なんかもう改造と革命の代名詞になっている。
回復アイテムが増えたことで、グッと俺たちの生存率が上がったのは間違いないだろう。それと気のせいではなく、ターミナルにあったバレットデータの種類が異様に増え続けていたりもする。
それでも悪魔呼びが払拭されないのは、うん、毎日一人だけ異様にアラガミの返り血を浴びて帰ってきてるのが、一因だろうなぁ…………
「あの……アキ? お前さ、もう少し、こう、自分の女の子要素みたいなの、思い出していいんじゃないか、なぁ……?」
「リンドウさん……キャラメイクに拘ると地獄を見ますよ? それに最終衣装は候補が最後まで出揃ってからじゃないと、キリがないんです」
いやそんな地獄は知らんけども。
……なんか、
▽
──2066年。
「…………ドウ。……リンドウ……」
「ん?」
廊下を歩いていると、なにやら妖精の囁きが? ──なんてことはなく、声のした方へ行ってみれば、そこには自販機横のベンチに座った十二歳の少年、ソーマ、と。
「……たすけろ……」
──その左肩に寄りかかって爆睡している、十六歳になった少女がいた。
「……」
煙草を取り出し、おもむろに火をつければ、少年の眉が不機嫌そうにひそめられる。横を向いて煙を吐き出し、もう一度ベンチの方に目を向けると、少年はこちらを睨みつけたまま微動だにしない。
「んー……お似合いだな!」
「っざけてんじゃねぇ……」
「もう認めちまえってお前。楽になるぞ?」
「……、」
おや。反論が来ない。
そういえば先週、アキがMIAになった時にすぐ飛んでいったのはソーマだった。あれから、何か心情の変化があったのかもしれない。失いかけて、ようやく自覚した、というパターンだろうか?
「……俺が、求めていい奴じゃない……」
「……あー」
そういう段階か。
まったく男心ってのは面倒だ。いや恋心と言っても変わらないか? どうにもこうにもカッコつけたくなっちまう年頃か、気持ちは分からなくもねぇが──
「じゃあお前、このまま責任取らせなくていいの……?」
「っ……」
あ、葛藤している。己の内のなにかと戦っているようだ。こいつも大分、色んなものをメタメタにされてしまったらしい。初めて会った時よりも明らかに雰囲気が和らいでいるし。
特に最近はアレだ。素材回収中、アラガミの牙にアキの髪が引っかかって、迷うこと無く髪を千切りかけたのを止めてほどいてやってたりとかしてたし、わざわざヘリにタオルを積んでやって、返り血まみれの奴を拭いてやってたりとかしてたし、夜遅い帰投になった時は部屋に送ってやってたりとかしていたし。
なんか、どっちが年上か分からない感じになっている。それでもアキにとっては「面倒見がいい」という評価止まりのようだ。不憫すぎるだろこいつ……
「……まあ、先達として一つ良いことを教えてやるよ、ソーマ」
「?」
「そいつ、お前が来てから、作り笑いしなくなったんだぜ?」
「……え」
意外な事実だろう。だが考えてもみれば、彼女の生い立ちだって笑えないものだ。アラガミ狩りを楽しくやっていたのは事実だろうが、その笑顔が自然なものになってきたのは、本当にここ最近の話なのだ。
「自惚れていいと思うけどな、俺は。それだけだ。じゃあな、また部屋まで送ってやれよー」
これ以上は若者たちの時間である。
俺は出来る大人なので、そこで退散した。
▽
──2071年。
極東支部で、アキというゴッドイーターの評判が覆り始めたのは、あいつが欧州に出張に行ってからのことだった。
入隊してからの数年間、不自由な生活を厭わず続けられていた技術部への全面支援の発覚。
極東のアラガミの出現率が上がったにも関わらず、これまでとなんら変わりなく業務を遂行できている余裕の大元となった、膨大な戦闘データ。
アナグラの連中は少しずつ気付き始めた。“あいつ、もしかして凄い奴だったのでは?”と。
それから再評価の後押しになったのは、欧州を始め、各国から極東にやってきたゴッドイーターから聞かされる、「幻代アキ」の逸話の数々。
“悪魔の通る道にアラガミなし”。
そんな言葉が生まれているほどだった。更には『周回学』なんてのが構築されて、神機使いが一番初めに教わる学問らしきものが普及を始めた。つーか、第一部隊には完全にしみ込んでいた「周回マニュアル」そのものだった。姉上が教練担当を務め始めてからは、これが本格的に極東の神機使い全体に叩き込まれるようになり、────激戦区と呼ばれるハズのこの支部の死亡率が遂にゼロになった。
「周回行ってきまぁーす!」
「おー、行ってら」
そう言って今日も新人──いや、もう新人とは呼べない域に到達した第二の周回後継者、神薙ユウが戦場に飛び出していった。共についていった彼の同期のコウタ、幼馴染のアリサも、すっかり慣れ切った様子で当然のように出撃していく。次の世代が明るすぎる。
「あ、リンドウさんがこんなところに」
ベテラン区画のベンチ席で煙草を吸っていると、エレベーターからアキが降りてきた。こいつも、もうすっかり成人した姿になった。感慨深い。そしてその後ろには、影のようについている十八歳になったソーマがいた。
「お前らか。ソーマの方はどうしたんだ、フードなんか被って」
「……素晴らしいでしょう?」
なにが?
アキによる謎の基準による謎の賞賛は、今さら珍しくもないが、なにが?
ソーマの青いコートはフード付きだが、普段はそれを被っていない。そんな奴が見慣れない格好になっているのは、やはりこの娘のせいらしい。
「いや、この時代のソーマといったらフードでしょう。しっくりくるし」
「どの時代基準なの……? ああそうか、アキは昔の方のこいつのが見慣れてるのか……」
「あはは。まぁそんな感じですねー」
「……、」
……幻代、うしろうしろ。
ムスッとした顔で佇んでるぞ、ソーマ。フード邪魔っぽいぞ。あ、取った。
「あ。コラッ」
ぱさ、とフードが脱げる音を聞きつけたアキが後ろを振り返る。
懲りずにフードを被せようと彼女が左手を伸ばした瞬間、青年が距離を詰め、──こちらからはアキの後頭部しか見えなかったが、
「──、」
鈍感娘の耳元に口を寄せたソーマが何事かを呟く。いい加減に意識しろ、辺りだろうか? それから頭を一撫ですると、
「────私用の周回を思い出した」
直後、そんなことをのたまったアキは、足早にその場から立ち去って行った。逃げたとも言う。
あーあ、と残されたソーマの様子を見てみれば──
「──うわ。お前、そんな顔すんのかよ」
「……忘れろ」
無理だって。なに今の、狩人の目と乙女が混ざったような、見てられないぐらいの甘酸っぱい顔は。
「苦労してんなぁ。ありゃもう数年はかかるぞ」
「いや、目算ではあと半年といったところだろうな。あいつは割とこういう方面には弱い。押し倒せば抵抗しないだろうが俺の望むところじゃない。向こうから落ちてくれないと意味がないからな」
……こいつもほんっと、よく喋るようになったよなぁ。
ま、アキの前でだけ異様に無口になるってだけなのだが。というかそれも作戦の一環らしい。猫を被る、というやつだ。おっかねぇおっかねぇ。
アキが悪魔というなら、こいつは魔狼だ。死神なんて生易しいものじゃない。
ま、余人からしたら、悪魔には「ご愁傷様」、としか言いようがなかった。いたいけな青少年の青春を狂わせた罪は重いのだ。
「……あいつ、前からなんか企んでる気がする。気をつけろよ、リンドウ」
「ははは! アキが? あいつが陰謀する時なんか、世界が滅びるかその逆かの二択だろ!」
──後になって思えば。
俺も割と、ちゃあんとあの少女のことを分かっていたのだなあ、なんて感心した。
▽
──20XX年。
『リンドウ……極東は今どうなっている』
通信機越しに聞こえたソーマの声は、いくらか緊張しているようだった。
はて、と俺は何度か改修工事が進んだ極東支部のエントランスを見渡す。
「ん? まぁいつも通りっちゃいつも通りだな。子供らが毎日楽しそうにやってるよ。お前が思ってる通りさ。なんだ、何かあったのか?」
そう言うと同時、持っていた通信機を横から強奪された。あ、と声を上げたが、相手を見ると取り戻す気は起きなかった。
「はーいもしもし。わたしだよー。……うんうん、ほほお。なーるほど、なんか面白いことになってんね」
偏食因子の影響なのか、その外見は二十代後半のように若々しい。白を基調とした大人びた衣装で貫禄も出てきたものの、彼女の気安さは昔となにも変わっていない。
「オッケー、任せろ」
その一言で話にケリがついたことを悟る。なにが「オッケー」、なのか。俺は知っている。これでも一番長い付き合いだから知っている。今の声の軽さに比例して、おそらくとんでもなく重大な話が決まってしまったことを。
「何? 今さら驚いて。あぁ、連れてこい連れてこい。全員まとめて来たまえー。受け入れ準備、やっとくよ。うん、じゃあね。また。愛してる」
また最後に火力を叩き込んで、彼女は通信を切る。これも、この夫婦の間ではよく見られるやり取りだ。今ごろ向こうにいる旦那は悶えているに違いない。
「何かあったんです、
支部長──極東支部支部長、アキ・シックザールはそこで此方を向いた。
ヨハネスからその役職を引き継がされた当時、誰も文句を言う者はいなかった。極東各地の流通を誰よりも無駄に細かく把握している人材だし、てか世界の救世主が晴れて極東支部のトップになったことを、極東外の一般市民も歓迎したほどだ。
──もっとも。その本人は役職に就いた時から、さっさとアリサ辺りに引き継がせようと、裏で色々やっているらしいが。
「欧州から地上踏破船が来る。クリサンセマム、それにダスティミラーの研究チームも一緒だって。うちの
「わぁ……」
極東危機一髪、再び。
いや、アキが支部長の座についてからは意外にも平穏だったのだが、そろそろ
ちなみに、
ダスティミラーってのは、ソーマが向こうでオーナーを務めているもので、クリサンセマムはまた別のミナトのことだろう。
「あの、お前らの子って留学中だったんじゃ」
「うん、本部の腐り具合を見てみようっていう課外学習にね。ダスミラはソーマが向こうで研究するために作ったサブ拠点みたいなものだし、本部の観察環境としても悪くないっしょ」
「英才教育すぎるぅー……」
フェンリル大改革計画、なんてものが遂に発動されてしまうのかもしれない。
前から本部はキナ臭いと思っていたが、その引き金を引くのが、まさかこいつらの子供になるとは。血は争えないものなんだろーか。
「なんでも、『ペニーウォート』っていう実験施設にいた子たちも一緒らしくてね。ちょうど実態調査に来てたクリサンセマムのオーナー夫婦がまとめて保護してくれたんだってさ。大所帯になるぞぉ」
「そりゃ騒がしくなりそうだ」
肩をすくめ、歩き始めた彼女の後に続く。
さぁ、本部と対立する一大事件の幕開けだ。それなのに不安を感じないのは、彼女の通り道には、明るい未来が待ち受けているような気がするからだろう。
──希望を駆け抜けるようなその旅路は、まだまだこれからも続くようだった。
20XX年の世界
灰域? 知らない子ですね……
元悪魔にして未来の極東支部支部長
真面目に将来の役職を考えたらこれしか浮かばなかったやつ。
作中的には、前支部長から計画と息子のみならず地位まで奪ったように見えるが、役職引継ぎは前支部長からのささやかな復讐の結果であったりする。
ある夫婦の娘
紆余曲折あってGE3主要人物たちと合流。以下、裏設定ファイルから抜粋したもの。
名をゼーレ。命名過程には父親と祖父たちの間で論争があったらしいが、母親の一声で決定したとか。
両親大好き。シオとは無二の親友、シオが姉のような存在。ヨハネスのこともペイラーのこともドン引きしつつも尊敬しているが、神機さんを真の祖父だと認識している。
母親から神機を継ぎ、やがて剣鬼の異名を持つに至る。
雨宮リンドウ
世界救済の裏の立役者。悪魔、救世主と呼ばれる少女を見守ってきた存在。
少女の出張中、裏でその悪評の改善に奔走してたりした。未来はこれからも続く。