一騎当千の拳 作:北斗のハゲ
関羽と拳次郎によって、その周りには大きなクレーターが出来上がっていた。関羽の冷豔鋸を真剣白刃取りで受け止めた拳次郎だったが、その衝撃に制服の方が耐えきれず、両袖が綺麗に破れ去ってしまった。
(私の一撃を受けても尚、その目に戦意が宿らないとは……)
関羽という名を聴いただけで恐怖ですくみ上がる者も居れば、名声を欲しがって好戦的な顔になる者もいるが、拳次郎はどちらにも属さな
い。
(この関羽雲長の名を聞いて、興味すら抱かれなかったの初めてだな。フッ……玄徳はこれも見越して私に使いを頼んだのか?)
これ以上やった所で、意味はないか。関羽は青龍刀に込めていた力を緩める。
己の青龍刀と拳次郎の両手、どちらにも傷ひとつなく、気を込められた一撃を綺麗に受け流された事が関羽には理解できた。
(気の操作が少なくともAランク以上、肉体の強度も同等。成程、風の噂も本当か)
南陽に来る前、南陽四天王と呼ばれる者の噂を耳にしていた。その中で、関羽の興味を引いたのが拳次郎の噂だった。
「……すまなかったな。玄徳にお前の事をよく聴かされていて、確かめたくなったんだ」
「そうか……」
興味3割、私情7割。言葉にはしなかったが、気を納めた関羽を見て拳次郎も構えを解いた。
「なら、帰るんだな。もう用はないだろう?」
拳次郎は置いていた鞄を持つと関羽にそう言った。初対面で襲われる事は多々あるが、その中でも上位に入るくらい拳次郎は関羽の事を厄介事を持ってきそうな女と、何となく察した。
「お前は……何というか、うん。玄徳に言われた通りの男だな」
自分を見て何処か納得するように頷く関羽に、何を吹き込まれて来たんだと拳次郎は眉間に皺を寄せた。
「最後に、これだけ渡しておこう。玄徳と私の連絡先だ。成都に来る時、連絡してくれ」
半ば押し付けられる様な形でメモ用紙を受け取ると、頷きながら鞄にしまう。それを見て関羽は微笑むと、青龍刀を持って歩き出した。
「また会おう、霞拳次郎」
「あぁ」
短く別れを告げ、二人は正反対の道を進み出した。
それから数分後の事。拳次郎がいつもの通学路を歩いていると、路地裏や目の前からゾロゾロと私服の拳次郎と同年代の男たちが現れた。
「……」
「ヘッ、悪いな、お前に恨みはねぇけどちょっとボコられてくれや」
ザッと、30人ほど。バットやメリケンサック、トンファーなどと言った武器を持った男たちがニヤニヤと笑みを浮かべながら拳次郎を囲う。
こういった手合いが来るのは初めてではない。
楽就や左慈といった南陽四天王やそれに準ずる者と仲の良く見える拳次郎は他の闘士からすれば嫉妬の対象になる。拳次郎が闘士でないから尚更だ。初めのうちは相手をする事もあったが、いちいち相手にするもの面倒になった拳次郎は敢えて大人数を相手にするように誘導し、やってきた南陽の闘士たちを怪我一つ無く黙らせた。それが、関羽の聞いた風の噂の発端だろう。
「誰の差金だ?」
「あー? 教える訳ないっショ!」
男はそういうと同時に、背後からバットを振りかぶる。
「は?」
バットは拳次郎の人差し指に寄って止められていた。男の方を振り返る事もせずに。男がどんなに力を込めて押し込んでも、びくともしな
い。まるで、大きな鉄の塊。ぶるりと無意識のうちに身体が震えていた。
「て、てめぇ! 一体どんな手品使ったってんだぁ!?」
「邪魔だ」
「おぎョ……!?」
容易くバットをへし折り、顔面に突き刺さる裏拳。あまりの早業に男は情けない声をあげながら大きく吹き飛ばされた。
「なっ……! おい、こいつ闘士じゃねーって話じゃなかったのか!?」
「あぁ、勾玉だって付けてねぇ!」
拳一つで仲間が宙を舞うのを目撃した彼らは同様する。人数の有利を信じて疑わなかった心が揺れ、ざわざわと騒ぎ出す。
そんな奴らを冷めた目で見渡した拳次郎は指をポキポキと鳴らす。
「……加減はしてやる。病室が恋しい奴はかかってこい」
拳次郎のその挑発とも取れる言葉と共に、男たちは拳次郎に襲いかかった。
時を同じくして、南陽では孫策伯符への勅が下っていた。
「もー! なんなのさー!」
伯符は学校まで辿り着くことはできたのだが、校舎内で迷子になっていた。初めての学校で迷うなという方が無理な話かも知れないが、迷った原因が適当に走り回っていた、という伯符は公瑾置いてかなきゃ良かったなー、と思い始めていた。
「あ! ねーねー! ちょっと聞きたいことがあんだけどさー!」
ドタバタと階段を登った先にポツンと立っていた人物に伯符は話しかけた。
「あァ?」
龍のプリントがされたフードを目深く被り、パーカーのポケットに手を突っ込んでいる男。そのポケットからは長いトンファーが飛び出していた。
「ケヒッ……てめぇが孫策伯符か」
「あれ? 名前教えたっけ?」
伯符は男の様子に疑問を持つことなく会話をしていた。
「ヒヒヒ……ヒャハハ!」
男が舌を出しながら君の悪い笑みを浮かべ、トンファーを伯符に向けて振りかぶる。
「わわっ! ちょ、ちょっと!」
トンファーを避け、追撃に飛んできた蹴りを躱す。
「あっっ!!」
突然襲いかかってきた男に、避けに徹していた伯符だったが、男の蹴りが運悪く胸部に掠ってしまう。服は無惨にも破れてしまい、たわわに実った胸が露わになる。
「あーー! おニューの制服がー!! こ、こらーっ、弁償だ弁償!」
むくれながら伯符は男に文句を言うが、男は反応が無い。左右の目が上下に、舌を出したまま
だ。流石の伯符も初めて見るタイプの人間だったらしく、少し変なヤツだ。と引いていた。
「うげー……」
「ヒャハーー!」
男はお構いなしに攻撃を続けてくる。伯符も躊躇っていたが、こうも防戦一方だと気分が良くない、隙を突いて一発お見舞いしてやろう。そう決めていたが──
(この人……変だけど強い!)
伯符は知る由も無いが、男は南陽四天王に数えられる人物──
「──しまっ……!」
一瞬の油断。その隙を甘寧は見逃さなかった。腹部に叩き込まれる衝撃に、ドアを突き破りながら伯符は空き教室へと吹き飛んだ。
甘寧は笑みを浮かべてゆっくりと伯符の居る場所へと近づいていく。獲物を追い詰める狩人の様に。
「う……うぅ……」
ケンカが好きとは言え、まだ伯符は闘士という存在を知ったばかり。甘寧とは戦ってきた数が、経験値が違う。故に直線的な動きは読まれやすく、狩られてしまう。
「甘寧。そこまでだ」
「あァ?」
トンファーを伯符の頭に振り下ろそうとした甘寧に待ったを掛けたのは南陽の制服を着て眼帯をつけた少女、呂蒙だった。
「てめェ……呂ォ蒙ォォオ? 何のつもりだァ?」
甘寧は楽しんでいた所を邪魔された事で呂蒙を睨みつけていた。
「言わないと分からないか?」
臆する事なく呂蒙が言うと、甘寧の額に青筋が増える。
「アァ!?」
同じ四天王と呼ばれるものたちであっても、仲が良いわけではない。ただ、彼らは実力者だからそういう地位に担ぎ上げられて居ると言うだけ。
「呂蒙ォ……これは勅だぜ? てめェ如きがしゃしゃり出てきて止められると思ってんのかァ?」
「孫策伯符の腕は私が確かめる。お前は退け」
呂蒙の言葉を聞いた甘寧は大きく舌打ちをし、トンファーを壁に叩きつけた。大きな物音と共に凹み、ガラスが砕ける。
「いつからてめェが上になったんだァ? あァ!?」
「くだらない言い争いをするつもりはない」
「……チッ! いつか殺してやる」
甘寧は携帯を取り出し、何かを確認するとガラス片を踏みつけながら呂蒙を睨みつけ、その場から去っていった。
「妙に素直だな……まぁ、いい」
イカれた中華拳法使いが己の言うことを聞いて去っていった事に違和感を感じる呂蒙だったが、今はそれよりも重要な事がある。
(こいつが孫策伯符……)
いてて、とお腹を摩りながらゆっくりと身体を起こす金髪の少女。
「もー許さないかんね! 今度はこっちから……ってあれ?」
素人の様な我流の構えを取りながら伯符は教室から飛び出して来たが、もう甘寧の姿はそこにはなく、代わりに呂蒙が居た。
「ね、さっきまでトンファー持った人居なかった?」
「……」
伯符は呂蒙に話しかけるが、返事はない。
(こいつが本当にそうなのか……?)
覇王と称される器を持つ少女。そう聞いたが……呂蒙にはとてもじゃないがそうは見えなかった。拳次郎の様な不気味な強さはなく、その辺の雑魚闘士と言われた方が納得できる。
「孫策伯符」
「ん? なんであんたも私の事知ってるの? あ! もしかしてこーきんの知り合い?」
緊張感の無い声色に呂蒙はため息を吐きたくなったが、相手のペースに乗ることは無く事を進める。
「いや……一手、手合わせ願おうか」
呂蒙がそう言いながら構えると、伯符はニヤリと口角を上げた。
「いいね、私もバトルしたかったんだ! ふかんぜんねんしょーだし!」
伯符にとって、四天王二人目の相手──呂蒙子明とのバトルが始まる。