退屈な町の非日常の中、わたしは1人舞い踊る。
8月15日。
わたしはこの日をどれだけ待ったことだろうか。
忠和湖花火大会。わたしたちが住む県で一番大きいイベントだった。
この日には県内のほとんどから多くの人たちが訪れて、湖畔がいっぱいになる。本気の化粧をして、浴衣も着て、多くの人が歩く姿は完全に非日常な光景で退屈な地方暮らしを忘れさせてくれるから、わたしはこのイベントが大好きだった。
毎年訪れていたけど、それは家族でやっていた。
……今年は2人で行く。
それも、15年の人生で初めてできた彼氏と。
「闘夜……」
ベッドの上で彼を思う。
切れ長の瞳に鼻筋が通った顔立ち。イケメン……ではないけど、精悍な印象の持ち主。
クラスで近くの席になった縁で話すようになった男の子。目つきは悪いけど、話すと目尻が下がって可愛い。割とまくし立てるような話し方のわたしの話をちゃんと(時折苦笑いを交えながら)聞いてくれる。
最初は少し気になるぐらいの相手だったけど、1学期の期末試験が終わった頃に決定的な変化があった。
きっかけは、闘夜が他の女子に告られているのを見てから。
わたしが思ったよりも、闘夜はモテるみたいでわたしが目撃する前から3人ぐらいから告白されていたらしい。
幸いその時までフリーだったけれど、このままでは近い内に闘夜が誰かに取られてしまう。
強い危機感を抱いたわたしは、終業式が終わると力づくで闘夜を廊下の隅っこに引っ張っていたのだ!
「……ねえ、闘夜? 今って好きな人いる……?」
廊下の角に闘夜を追い詰めて、両手壁ドンで闘夜が逃げられないように囲う。
今になってみればそこまで必死にやる必要もなかったけれど、とにかくわたしに余裕はなかった。だってわたしと闘夜の繋がりはやたらと話す相手でしかなくて、夏休みにまで一緒に行動するような仲じゃなかったから。今日この時を逃せば、機会はない。そう思い込んでいた。
「……いるけど……」
そんなこと、聞きたくなかった。
もとよりわたしに勝ち目がなくて、ただ無駄に迫っただけ。1学期の居心地のいい関係を壊しただけ。
わたしは絶望のあまり、涙を流していた。
「泣くなよ、それお前のことだから。悪いな、俺が先に動いていれば、こんな不安にさせることもなかったってのに」
「えっ、なんて?」
「かーっ、なんで聞き逃すかなお前は! いいか!? 耳かっぽじって聞けよっ! 俺、穂高闘夜はお前……木曽愛花が好きなんだよッ!」
廊下に闘夜の大音声が響く。その声でわたしは正気に戻った。
そして、人通りは少ないけど、みんながみんなわたしたちを見ていることに気づく。
「ふぇ? ふぇ? ふえええええっ!」
恥ずかしくて、何より闘夜側に逆告白されたのが意外でわたしも大きな声をあげてしまう。
「あぁ、うるせえ……。 それで返事はどうなんだ? 赤っ恥かいてでも伝えたんだ! なんかしらの答えは寄越せよ……!」
「いいの、わたしで? やかましいよ? 伊那ちゃんみたいにおっぱいも大きくないし、あんまり可愛くないし……」
「やかましいのは承知の上だ。ないもんはしょうがねえ。けど、お前なぁ……自分が可愛くないって思ってるのは正気か? お前クラスの男子に陰でなんて言われてるか知ってるか? 『少し大人しくしてくれれば、クラスで4番目に可愛い』って言われてんだぞ?」
「え、嘘……」
信じられなかった。小さくてやかましいのがわたしだと思ってたから。
驚くわたしをよそに闘夜の語りは続く。
「俺さ、無愛想な方だからよ……友達もてんでいなくてな。中学の時はずっと1人だった。だから、わざわざ丹野から林都の高校に移った。……だが、人が変わっても俺が変わんねーとダメだったな。結局、初っ端から避けられてた……」
それは朧げながらに覚えてる。
4月の間はわたし以外に闘夜の周りに人はいなかった。
寂しそうに北の山々を眺める闘夜の姿を見ると胸が締め付けられて嫌だったから、誤魔化すようにもっと闘夜と話しかけるようになったんだった。
「避けられてんのに俺に話しかけてきてくれて、バカみてえに話をして、バカみてえに笑ってたら、いつのまにか俺の周りにお前以外の奴も集まるようになった」
「だって闘夜目つき悪いけど、性格はいいじゃん。気づけば、みんな集まるよ」
「……確かにそうだったかもしれねえ。けど、それを引き出してくれたのはお前だ。周りに知らしめてくれたのは、お前だった。お前がいなければ、俺は1人だった。んで、こんな遠くに来てまで1人になるぐらいなら林都に来なきゃよかったと思ってるだろうよ」
だから、お前には感謝してるんだ。
そう言って闘夜は目尻を下げて笑う。
「お前が自分をどう思ってるかちょいちょい突っ込みたいところはあるがな。俺はバカみてえにお前を愛してる。それだけは焼きつけといてくれ」
言われずとも、焼きついてる。
闘夜の笑顔が、思いが心にしっかりと。
こんがり焼かれてしまったわたしは考えることをやめて、口を動かす。
実に滑らかな動きだった。
「喜んで」
後日、闘夜にこの時のことを聞いたけどあまり答えてくれない。
ただ1つ返ってきたのは『なんかお前の目、血走ってて怖かったわ』というデリカシーもクソもない発言だった。
*
林都の駅で闘夜は先に待っていた。
今日は花火大会があるから、県全体から普段じゃありえない人数が歩いている。その分、人目が多い。
(初めて着物を着たんだけど、どうなんだろう?)
普段はボブにしている黒髪は結い上げられて、足元には下駄。
黒地に白の牡丹が染め抜かれた着物はシックで、やかましい普段のわたしにはそぐわないように思えてならない。
気合いは入れてきたけど、似合ってないとか言われるんだろうなぁ……。
正直、わたしは怖かった。
迫る審判の時。
近寄ってくるわたしを見て目を丸くする闘夜。対してわたしは覚悟をして目を瞑る。
「可愛い……。なんかエロい……! あぁでも、やっぱ可愛い……!」
目を開くと、なんか闘夜が心臓を抑えて悶絶しながら語彙を無くしていた。
いや、可愛いかエロいかどっちかにしろよ。
ともあれ、褒めてくれたからむちゃくちゃ嬉しいけどさぁ……。
「いいから、闘夜。いつまでだらしない顔してるの」
「悪い、昇天してた。やっぱクラスの男子共の目は間違ってなかったんだなぁ」
「……昇天されてたほうがマシだったね、これ」
くつくつと笑っているうちに電車が出発する。
目的の東忠和駅までは8駅。1時間ぐらいは乗ることになるみたい。林都にいると電車なんてあまり使わないから、ちょっと不安でもある。
「おっと」
最初動き出しの振動でわたしの身体が揺れて、闘夜の腕の中に滑り込んでくる。闘夜の筋肉質な身体が浴衣を通じてわたしに触れる。少しだけごわついた感触。それが、わたしたちは男と女なんだと否応なしに突きつけてくる。
「ごめんね。……それにしても思ったより揺れるね」
「まぁ林都住みならそうだよな。ちゃんと手すりに掴まっとけ」
「うん、そうする」
言われた通りに、ドア横の手すりに掴まる。闘夜もわたしの後ろから同じ手すりに掴まる。すると、自然と闘夜が前屈みになって、ちょうど私の耳の後ろのあたりに闘夜の唇がくるような位置どりになった。
「楽しみだな、花火大会。丹野からはさすがに遠いからさ。今日初めて来るんだ」
「……そう、なんだ」
周りに人がいるから小さめの声。けれど、位置的に唇と耳が近いから感覚としては囁かれた感じに近い。闘夜の息も時折、耳と髪にかかってむず痒い。
なんか、全体的に近すぎない?
そう思っても、闘夜がドンと後ろに立っていて前が壁だからうまく距離を開けられずにいた。
(まぁ、でもこの距離なら平気かな)
そう思っていたわたしは浅はかだったのかもしれない。
東忠和に近づく度にどんどん乗り込んでくる人々。
最初は一応車内全体を見渡せるぐらいなのに、気づけば近くの人の顔ぐらいしか見えない。
闘夜もまた押し込まれて、今やわたしの背中に完全密着していた。
それでいて、東忠和まではまだ3駅ぐらいは残ってる。
「ひい、潰されちゃうよ……」
すごい圧迫感。例年はお父さんの車で来てたからこの混雑を知らない。
「俺も東京に遊びに行った時ぐらいしか、この混雑を知らない。だが、大丈夫だ。俺がお前を潰させやしねえし、痴漢にも触らせねえ……」
耳元でやたらかっこいい台詞を吐かれて、首の後ろから手を回されるいわゆるあすなろ抱き。
抱かれているけど闘夜くんが上手いこと力を加減してくれてるのか圧迫感はない。けど、闘夜くんには結構周りの人とか物が当たってるようで、脇に鞄が刺さる度に「かはっ」と息を吐いていた。
守られてる感が強くて、闘夜くんの息遣いがなぜかエッチで、筋肉質の身体が男の子を確かに感じさせる。正直、ちょっと身体が火照った。
残り2駅。
駅員さんがなんとか押し込んでホームの人が全員乗っかる。
押し込まれる度に、わたしの身体に闘夜が押し付けられてほっぺたとほっぺたが当たる。息遣いなんてもう生易しい。もうほぼほぼキスみたいなものだ。
「……思った以上にやべえな」
「そだね」
「次、少ないといいな」
闘夜の言葉にわたしはうなづいた。
残り1駅、忠和。
わたしたちの祈りが空しかったことを知る。
「ウソでしょ……」
今までの途中駅の中で一番の人の数。
もう隣の駅なんだから歩けよと思う。
それで、……それで入るの? もう満員だよ? 立ってるよりかは人と人に挟まれて直立するだけの人とかいるんだけど。よしんば入ったとしても、これ圧力でわたしの腕とか折れない? 大丈夫?
もう私は怖くて仕方なかった。
頼むの嫌だけど、お父さんに車出してもらえばよかったと後悔してる。
その時、ぎゅっと闘夜の抱く力が強まった。
「悪い、愛花。けど、これで潰れるのなら俺も諸共だ……!」
「闘夜……!」
「愛花……!」
目をつぶって闘夜に身を委ねる。
その時、私は途方もない多幸感を覚えた。
もう、何も怖くない──。
ガタンゴトン、ガタンゴトンと電車は動き出す。
東忠和。扉が開く。
激流のように人々がドアに殺到する。
わたしたちはぎゅっと抱き合って耐え忍んでいた。時折、ぼんぽんと幼子をあやすように闘夜が軽くわたしの頭を触る。それですごい心が安らかになった。
……もう、どれだけ時間が経ったのだろう。
いや、どれだけ経っていてもいいや。なんか今、すんごい幸せだもん。
だが、幸せも長くは続かない。現実に引き戻される時は必ず来る。
「なあ、あんたら東忠和だろう? 降りんでいいのか?」
気だるげに呼びかける声が聞こえて、わたしは顔を上げた。
左にお土産袋を提げて、右手で他県の地酒を呷る若い旅行客。林都からずっと乗ってきていた人だった。
「盛り上がるのはいいが、まだ序の口じゃろうて。早漏が過ぎるわ」
下ネタがキツいけれどこの人が言ってくれなければ、わたしたちはいつまでも浸っていた。だから、お礼を言ってわたしたちは電車を降りた。
*
その後は2人で屋台を回って花火を見た。
たくさん遊んだし、花火は綺麗だったけれど、どこかしっくりきていない。
逸れないように手を握ってはくれていたけれど、物足りなかった。
行きよりは帰りの方が分散するのか、帰りの林都行きは座ることができた。
「悪いな、その顔だと俺はあんまり楽しませることができんかったようだ。やっぱ、対人経験の差かね……」
がっくしと肩を落とす闘夜にわたしはかける言葉はなかった。
結局のところ、わたしは本気で花火大会を楽しむことができていなかったように思う。だから、謝るとしたらわたしの方だ。
何気なく、ドア横の手すりに目が移る。
あそこにいた時間が、抱きしめる闘夜の筋肉質な塊が、なんとかしてわたしを守ろうとしてくれた心が忘れられない。
花火の光なんかよりもずっとずっとわたしに焼きついてる。
「悪いと思うなら、もっとわたしと付き合って、もっとわたしに触れて……。わたし、まだ物足りないの。──遠慮は、しなくていいんだよ?」
ねぶるように、わたしは闘夜の身体を眺め回す。
すると、闘夜がごくりと唾を飲み込む音が聞こえたような気がした。
……ああ、どうやら夜はまだ終わらないらしい。
読んでくださりありがとうございます。
ひとまずここで完結ですが評判が良かったら、R18で続きを書こうと思ってます。
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