愛しき私の子よ、どうか死なないで
いつか、心の優しい 強い死神になって
-戸魂界 数百年前-
「オイてめぇら、ウチの隊長サマが
ありったけの隊士かき集めて双極の丘まで来いだとよ!」
瀞霊廷 護廷十一番隊 隊舎に酒焼けした大声が響いた。
「そんな所で何すんだよ」
道場の真ん中で寝転びムラサキを吹した男達が気怠そうに問う。
「隊長サマがこれから隊長の座を賭けた決闘を受けるんだとよ!」
隊舎に満ちていた惰けた空気を一瞬で掻き消すその言葉に、
隊士達は一斉に動き出した。
「待ってたぜこの時をよ」
「おい、起きろてめぇら」
「こうしちゃいられねぇ」
口にする言葉は違えどこの場、
今や護廷一惰切った十一番隊が紛れもなく一丸となった瞬間だった。
「---やっと隊長が…… ブッ殺されてくれる!!!」
<双極の丘>
十一番隊の声掛けで集められた、
他隊の隊士含む約五百名以上が見つめる先には
二人の死神が立っている。
六尺六寸を優に越え、
悪辣の笑みを浮かべる巨漢の死神と、
橙色の花柄の半纏を羽織り、髪は癖毛でぼさぼさ、
猫背で痩せた丸眼鏡の若き死神。
「随分集まったみてぇだなぁ、おめぇの死様を見によぉ」
「はい… そうですね…」
「おめぇ随分余裕そうだなぁ、
これから汚ねぇ肉片になろうってのによぉ」
「へぇ… そうなんですか…」
「解ってんのかおい!今から殺し合いすんだぞごらぁ!」
「はぁ… それより喉が渇きました… 早く、の--」
「おめぇが護廷最強十一番隊隊長
『剣八』の名を持ってやがるのが許せねぇ!!!」
「あ… 耳はいい方なので怒鳴らなくても聞こえてますよ…」
---ブチンッ
「俺 様 の 名 は !!
右厳堂 嵬厳二(うげんどう がいがんじ)!!
剣八の名は俺様にこそ相応しい!!
おめぇみてぇな虫螻は俺様がぶっ殺す!!」
『卍っ解ぃぃぃ!!【獄慟輪入極道】!!
(ごくどうわにゅうごくどう)』
爆煙を上げた斬魄刀が無数の棘のある木製の巨大な車輪に変化し、
それが五つに分かれ、隊長に向かい轟音を立てながら転がってゆく。
一撃目を躱し、二撃目を受けようと
刀を構えた瞬間、躱した筈の車輪が分かれ、
六つ目の車輪が背中を抉るようにして命中した。
「躱したと思ったかぁ?
俺様の卍解は避ければ分裂を繰返し、確実に相手を轢き殺すっ!!」
言葉通り躱す度に分裂を繰返し、
十数もの車輪が隊長の周りを煙と轟音を上げ取り囲んだ。
「おめぇ卍解はどうしたぁ?躱すばっかで攻撃もしねぇ…
まさか俺様の卍解に勝てねぇと解って諦めちまったかぁ?」
勝負を見届けている十一番隊隊士達も、
隊長の劣勢振りに期待を隠さない。
皆、隊長の敗北を望んでいる。
幾ら荒くれ者が集う十一番隊でも、
圧倒的な強さによる威厳や風格を持つ隊長に、
隊士は尊敬や憧れを抱くものである。
『剣八』を名乗るに相応しい強さに。
現十一番隊隊長にそれを抱く者は皆無だ。
いきなり就任してきた青臭い青年。
弱々しい口振りに、ひょろひょろの体格。
威厳、人徳、羨望、尊敬、力。
隊長に必要な素養の欠片さえ見当たらない。
十一番隊の恥晒しと、誰もが罵った。
「なあ知ってるか?
実は隊長は“蛆虫の巣”で産まれて育ったらしいぜ」
「なんだそれ、生まれながらの虫螻じゃないか」
「そんでどっかの隊長が死体に寄り添う姿を不憫に思ったかで、
引き取って霊術院に入れたんだってさ」
「なぁ、何であれが隊長なのか知ってるか?」
「さぁ?普通は副隊長か実力者だよな」
「オイ、隊長の戦闘を最後に見たのはいつだったか覚えてっか?」
「随分前だった気がすんなぁ」
「偶にある虚討伐の時の隊長の戦いったらダサくて笑えもしねぇよな」
「縛道放ったり、傷を負やぁ回道で治すわ、
斬魄刀はただの布っ切れだわで」
「情けねぇよ、『剣八』の名が泣いてるぜ」
戦場を支配した右厳堂に十一番隊隊士達の期待が集まる。
隊長を倒して『剣八』の名に相応しい隊長に変わってくれと…
「---久しぶりですね… とても楽しみです…」
車輪群に囲まれた中、丁寧に半纏を畳むとふっと姿が消えた。
「うわぁっ!」
目の前に現れた隊長に驚く隊士。
「すみません… これを預けても宜しいでしょうか?」
差し出された血に染まった半纏を慌てて受け取る。
「終わったら取りに戻るので… それまで宜しくお願い致します…」
そう言い終えると、右厳堂に向かいゆっくり歩いていく。
車輪の群れの中を容易く抜け出た隊長に少し動揺し舌打ちをする。
「漸く殺る気んなったかよぉ」
「あっ… すみません… まだです…」
そう言うと慣れた手付きで背中の傷に回道を施す。
「敵を前にして治療とは、本当にイカれちまってんなぁ」
「すみません… 今、終わりました…」
その言葉通り、一問答している間に
車輪に深く抉られた筈の傷が塞がっていた。
明らかに回道に長けた者の治癒に掛かる時間より早かった。
流石に怪訝に思った右厳堂が物言うより先に隊長が告げる。
「はい… 全て整いました…」
「けっ、本っ当に苛立つなぁ…
じゃあとっとと解放しやがれぇ、おめぇの卍解をよおぉ!」
---ゆったりとした動きで柄に手を掛ける。
刃が自らに向くように刀を抜いて、
その手を顔の横に近づけ斜め下に傾ける。
親指を刃に当て、鋒まで血を伝わせる。
血の雫が地に零れる刹那、呟くようにその名を呼んだ……
『---織り成せ 【祈守】(おりがみ)』
刀身が艶やかな生地で織られた、鋒の平らな柄まで真白な刀。
その斬魄刀は戦いから無縁に思える程、儚く見える。
---流れていた血は、その刀身に吸い込まれて消えていた…
「おいおいおいぃ!!ふざけるのも大概にしやがれぇ!!
卍解はどうしたぁ、卍解はよぉ??!!」
「えっと… あなたを倒すなら始解でも--」
その言葉を聞くや否や野獣のような叫び声を上げ、
右厳堂は一斉に車輪を隊長目掛け走らせた。
「<<<<<縛道の四 這縄>>>>>」
十数もの這縄が鎖のようにして放たれ、
全ての車輪同士に絡まると同時に後述詠唱を始める。
「馬鹿が!!縛道なんぞで止まるかよぉ!!」
だが、言葉に反して車輪の動きは鈍くなり、
ついには動きを完全に止めてしまう。
「あぁ?! 一体どうなってやがるっ?!」
車輪を止められた異常に狼狽える。
「改造鬼道 千歩欄干」
千の欄干が隊士達ごと円状に囲い降り注ぐ。
鳥籠のように立体に形成された千歩欄干に
祈守から織り成された白い布が、取り囲む様にして伸びていく。
皆が戸惑う合間に完全に周囲を塞がれ、
完全な闇に閉ざされた。
「一体何の為にこんな事を?!」
「鬼道だ!灯りを出せ!」
「皆霊圧に注意しろ!戦いに巻き込まれるぞ!」
隊士達が混乱する中、隊長がゆったりと右厳堂に語りかける。
「這縄は解きました… 僕はここです… 」
「思う存分… 暴れてください…」
隊長は闇の中、居場所を知らせるように霊圧を放ちながら
ゆっくりと、どこへと歩いて行く。
「蛆虫野郎がぁ!!無意味な事ばっかしやがって!!
完っ全にぶち切れたぜぇ!!!!
おめぇ楽に死ねると思うなよぉ!!
死なねぇ程度に切り刻んで、
許しを乞うまで地獄を見せてやらぁ!!!!」
倒れた車輪を一斉に立たせ、隊長目掛け走らせる。
隊長は立ち止まり、霊圧を急激に下げる。
「馬鹿がぁ!!見失うとでも思ってんのかぁ!!」
言葉通り、真っ直ぐ隊長に向かい車輪群が押し寄せる。
「ぎゃぁぁぁ!」 「来るなっぐぁっ!」
「何だよこのぬっ うがっ!」
「足が動か…!」 「わあぁぁぁ!」
「助けて!お願い!隊ちょ… がはっ!」
聞こえて来るのは隊士達の阿鼻叫喚のみ。
隊長は右厳堂を誘うように霊圧を放ちながら移動を繰り返す。
---数分が経ち、悲鳴は減り、右厳堂の怒号が響き渡る。
「おめぇごらぁ!!逃げてんじゃねぇよ!!
『剣八』らしく正面から来いやぁ!!!!」
怒り狂い、隊長を捉えようと車輪を走らせるも
隊士をいたずらに傷付けるだけで隊長には掠りもしない。
「何がしてえんだ!!殺し合いこそ『剣八』だろがよぉ!!
斬りあって斬りあって、それでも死なねぇ!!
戦いを望み、戦いを愉しみ、戦いに生き、戦いに死ぬ!!
それが『剣八』の名を背負う者の生き様だろうが!!
それをおめぇは汚してんだよ!!
偽物以下の蛆虫野郎は早く死にやが---」
「縛道の八 斥」
右厳堂が首に手をやる。
苦悶の表情を見せ、遂には意識を失い倒れる。
意識を取り戻した右厳堂の見上げる先には、
日が暮れ 藍に染まった空があった。
横を向くと、無造作に転がっている見慣れた両腕が目に入った。
膝から先の感覚も無い。
「……そうか、俺ぁ負けたのか」
「はい… 僕の勝ちですね…」
「一体何をしやがったんだ」
「喉の内側に斥を張りました」
「それが『剣八』の戦いか?」
「僕は十一番隊隊長であり… 『剣八』ではありません」
「…けっ、最期までまともに話も出来ねぇか
そんな野郎に負けりゃ無様極まりねぇぜ」
「さぁ、さっさと止めを刺せ それで終いだ」
「すみません… 好物は最後に頂く派ですので…」
「…あぁ? どういう意味だ?」
右厳堂の問いに優しい笑みだけを向けて、
そのまま隊士達の方へと歩いていく。
そこにあるのは余りに凄惨な光景。
隊士約五百名その全てが倒れ重傷、数名が既に絶命していた。
「誰か、四番隊を、早く…」
「死にたくないっ 死にたくないっ!」
「助けてくれ、隊長…」
「何で、こんな事を」
颯爽とした歩みで隊士達に向け歩いていく。
なのにその足取りは、どこか子供のような無邪気さを感じさせる。
目の前まで来た隊長に、十一番隊隊士が縋り助けを求める。
「四番隊を、こいつら酷い怪我だ!早くしねぇと皆死んじま---」
「大丈夫ですよ… あとは頂くだけですから…」
---隊長は刀を鞘ごと腰から抜き、
まるで赤子のように優しく刀を抱きしめる。
そして、子をあやすように童歌を紡ぐ。
「愛しき私の子よ はしゃぐすがたは いぬさんね
かたん ことん かたん ことん」
「愛しき私の子よ ぐずるすがたは ねこさんね
かたん ことん かたん ことん」
「愛しき私の子よ もうすぐよ
かたん ことん かたん ことん」
「愛しき私の子よ さぁ着てごらん
あなただけに ましろなあいを」
『卍解 【出生織ノ神一重】
(しゅっしょうおりのかみひとえ)』
目映い清らかな光に包まれ、ゆっくりと姿を現す。
それは飾りの無い真白な着物。
薄く儚く、優しく包むそれはまるで、
おくるみの様にも見えた。
隊長の両手はだらりと垂れて刀は無く、
放たれた霊圧に殺気も無く、
ただ、無邪気な子供のような顔をしていた。
「た…隊長?なぜ今卍解を?」
あまりの意図不明の行動に隊士達は混乱する。
先の決闘 急に千歩欄干の檻が消え、
目に明かりを取り戻し周囲を見やれば血に染まった地獄絵図。
隊長は始解を解き、横たわる右厳堂の両腕両足を切り落としていた。
隊長の勝利。
周囲を巻き込む戦いが終わった安堵、
隊長が勝った事実に対する落胆、
怪我の痛みによる苦痛。
隊士達の感情は余りの状況に混迷を極めていた。
そして、隊長の卍解。
もう意味など解る筈も無い。
思考する余地も余裕も無い。
ただただ阿呆のように、狼狽える隊士達。
そこへ、場に合わぬ子供のような声が響いた。
「う~ん!やっとおわったぁ!」
「ああ~ のどかわいたよ~!」
「ひさしぶりにいっぱいのめるぞ!」
「じゃあ おててをあわせてっ」
「いっただっきま~~~す♪」
目の前の隊士に抱きつく。
隊士は驚き引き剥がそうとするも、なぜか体が動かない。
三つほど呼吸する間に干物のようになり倒れこむ。
「っぷは~!やっぱりほろうより
しにがみのちのほうがおいしいや!」
「よし!おなかい~っぱい たくさんあそぶぞ~!」
雨上がりの後、水溜まりで遊ぶ無邪気な子供。
濡れても構わず転げ回って、笑いながら駆け巡る。
そんな昔の記憶が脳裏に甦る。
流魂街で過ごした日々。
まだ邪気など無かった子供時代。
右厳堂は眼前の光景に過去を重ねた自分に恐怖する。
そして、それと比較にならない恐怖を目にしている。
重傷の隊士達を玩具か何かの様に扱い遊ぶ死神。
愛でて、抱きしめ、投げ、
千切り、舐め、吸い、捨て、
捕まえ、齧り付き、潰し、
纏め、転がし、蹴り飛ばし、
歌い、転び、飛び跳ね、
話し、笑い、愛でて、抱きしめ、殺す。
おめぇは自らが言ったように、確かに『剣八』では無い。
戦いを望み、戦いを愉しみ、戦いに生き、戦いに死ぬ。
それが『剣八』だ。
隊長 おめぇは、ただの化物だ。
息のある者を数えた方が早い、死体をひとつひとつ数えるよりも。
約五百名居た筈の隊士達は、数十にまで減っていた。
干からびた死体の散らばる中で、怪我で動けずただただ恐怖する。
此方に来るな、死にたくない、と願う事しか出来無い。
「うぅ~ん おなかちゃぷちゃぷになっちゃったぁ~」
「もういっか! とっておき た~べよっ♪」
そう言って右厳堂に向けくるりと回り、
軽く飛び跳ねるようにして近づいていく。
「今のおめぇに殺されんのは御免だ!!
俺様は『剣八』になる!!
どんな戦い方をしようがなぁ!!!!」
右厳堂は体を残った腕と足で起き上がらせ、
側に落ちていた斬魄刀の柄を口で咥え、
全霊の霊圧を込め始解を解放する。
『廻狂えぇ!!【輪入道】!!!!
(まわりくるえ わにゅうどう)』
長い柄の先に無数の刺の付いた車輪が、轟音を上げ回転している。
斬魄刀を咥える歯と顎は重さに耐え兼ねひび割れて、
振るう度に良からぬ音が首から響く。
姿勢を保てず何度も倒れる。
踠く姿は無様極まり無い。
だが、斬魄刀は決して離さない。
何度も何度も立ち上がり、
正面の隊長を睨み続ける。
“こんな野郎に負けねぇ!!”
“ぶっ殺して俺様が名乗る!!!!”
“『剣八』の名を護るために!!!!!!”
「あはははははっ♪
おじさんうまれたてのぶたみたい♪」
「ほら!がんばって!こっちまでもうすぐだよ♪」
そう言って右厳堂が近づいても、それに合わせ後退りを繰り返す。
こどものただのわるふざけ。
『剣八』を賭けた決闘への、最低最悪の侮辱。
今の隊長に、そんな思考など小指の甘皮ほども無いだろう。
悪意など無い、思惑など無い。
面白いことを見つけて笑う、ただの無邪気な子供。
「ふぅっ わらいつかれちゃった」
「じゃあ さいごのとっておき」
「たべて ごちそうさましよっと♪」
隊長は両手を広げて飛び跳ねる。
右厳堂は最後の力を振り絞り、
全力を持って斬魄刀を振り下ろす。
「うおおおおおおおぉっ!!!!!!」
勝負が決まる、一瞬の間に、
---戦いは終わった。
「ゴメンよ、無粋な真似をしちゃってさ」
輪入道を刀で受け、頭を掴み止める。
何が起きたか、互いに一瞬に解らなかった。
二人の間に割って入ったその男。
「おめぇは?!何故ここに?!」
右厳堂が斬魄刀から口を離し驚き問う。
「何故って、これは元から決闘じゃあ無かったからさ」
「これ以上、無駄な殺生を止めに来たのさ」
やってくれたよ、
ボクが外せない仕事がある間に決闘を企てるとは。
周りを見渡す。
知っていた通り乾いた死体が散在し、
戦いの後だというのにその場には、
一滴の血も流れていなかった。
男は掴んだ頭を放り投げる。
無抵抗に飛んでいく隊長。
着地するや否や喜びの声を上げる。
「きてくれたの! おとーさん♪」
「だから、ボクはキミの父親じゃあ無いって」
半ば諦めたように、そう呟く。
「じゃあ えっと おなまえなんだっけ?」
ふうっと溜め息を付き、男は答える。
「護廷十三隊 八番隊隊長 京楽春水」
生き残った隊士達から声が上がる。
「やった!これで助かる!」
「四番隊を呼んでください!」
「早くしないと皆間に合わない!」
「大丈夫、既に手配済みだよ」
生き残った隊士達に安堵が広がる。
「護廷十三隊 十一番隊副隊長 右厳堂嵬厳二」
「キミの今回の処遇は隊首会で決めるだろう」
「キミには悪いが今は刀を納めてほしい」
右厳堂副隊長は暫しの沈黙の後、
静かに頷き、燃え尽きたように倒れこんだ。
「本当にすまないと思うよ、元凶は全てボクにある。」
「きょーらく?だっけ?」
「なんかぴったりするような?ないような?」
「やっぱり おとーさんってよんでいい?」
キミを蛆虫の巣から出した時、
面倒を見る決意をした。
キミを霊術院に入れ、
名が欲しいとせがんだ時、
全ての責任を負う覚悟をした。
らしくない事をしたと、後悔さえした。
だからこそ今、その責を果たそう。
「護廷十三隊 十一番隊隊長
総蔵佐 王介 (さくらのすけ れいすけ)」
「キミを 叱りにきたよ」
「え~~っ ぼくわるいことしてないよ!」
「いっぱいあそんで いっぱいちをのんでただけだよ?」
「そうだ!おとーさん!いっしょにあそぼうよ!
なにしてあそぶ?」
「たかおに?いろおに?あっ!だるまさんがころんだは?」
「じゃあ影鬼で遊ぼうか」
「うんっ!かげおにだねっ!まけないぞ~!」
『花風紊れて花神啼き 天風紊れて天魔嗤う 【花天狂骨】』
始解を解放し構える京楽。
一瞬にして王介の影を踏み、影に刀を突き刺す。
背中に突き立てた刃。だが、手応えは無い。
間を開けず直接斬り掛かる。
腹、腕、胸、足、首。
手加減無用の斬撃。
その全てを当てても、切り傷一つ付けられない。
「流石に無理か。卍解したキミを斬り伏せるのは」
【出生織ノ神一重】
途方も無い程織り込まれた布で誂えた着物。
刀も術も知性すら 攻撃の一切を捨てた、防御のみの卍解。
完全詠唱の九十番台の鬼道も、
もしかしたら山じいの始解でさえ、
無傷で防いじゃうかもしれないねぇ。
最弱の斬魄刀。
最弱の死神。
キミは自分をそう卑下して、乾いた笑いをよく溢していたっけ。
卍解習得の修行、仲間を死なせないようにと回道を修め、
破道が合わない事を知り縛道を極めんとする姿も、
ボクには立派な死神に見えていたんだ。
十一番隊隊長の座も、
戦死した前隊長の代わりにボクが無理を通して推薦したんだ。
キミの努力の結果が、いつか皆の憧れになると信じてね。
キミの狂気はいつから心にあったのか。
隊長という責任の重圧からか。
自己嫌悪の末路か。
母を無くした癒えない傷のせいか。
それとも、生まれ落ちたその瞬間から…
知っていたつもりだった、キミの狂気を。
どうにかできると考えていた。
いつか救えると思っていたんだ。
ボクは本当に浅はかだった。
詫びの代わりに引導を渡そう。
どこまでも自分勝手な
ボクの為の、最後のわがままさ。
「わはっ!やっぱりおとーさんはすごいや!」
「ぜんぜんかげをふめないよ~」
瞬歩による高速戦闘。
隊士達の目には二人の影さえ追うのも難しい。
先ほどの戦闘とは比べるべくも無い。
隊長同士の本気の戦いは次元が違う。
隊士達は到着した四番隊の治療を受けながら、
二人の戦闘を離れた場所から眺めていた。
「仕方がない。奥の手といきますか」
始解を解き立ち止まる。
すかさず王介が影を踏む。
「やった~~♪ぼくのかち~~♪」
「つかれたっていいわけは きかないもんね」
嬉しそうにその場で飛び跳ねる。
「………まいった、ボクの負けだよ」
袖に仕舞った〈それ〉をそっと取り出す。
「王介クン、飴玉舐めるかい?」
「うん!ありがとう!」
橙色の包み紙をくるりと捻って、朱色のそれを口に放る。
「おとーさん!これおいしいよ!」
「たべたことないあじがする!」
「ん?なんかへんにゃあじゃがそろ………」
力無くへたりこみ、意識を失い倒れる。
卍解が解け、死覇装へと戻る。
「流石は曳舟サン特製の丸薬。
無事王介を制圧できた、感謝するよ」
王介の横に立つ。
「キミに赦してもらう気なんてないさ」
「うんと怨んで逝ってくれ」
「地獄でまた逢ったその時は…」
刀を首へと振り下ろす。
これでおわ---
「終いじゃ、春水」
首に刃が触れた瞬間、それ以上動かなくなる。
尸魂界で比肩するものなど無い霊圧を受け、
京楽の息が止まりかける。
「これ以上の勝手は許さんぞ」
「山じい、覚悟の上さ。これはボクと王介二人の---」
「餓鬼の戯言を聞く耳なぞ、儂には無い」
拳骨が腹にめり込み、意識が遠退く。
薄れゆく景色の中に王介が映る。
“助けも出来ず、責任も果たせず、か。
これがボクへの罰なのかい?
王介、キミは確かにボクにとって---”
「負傷者十五名 死者四百九十名」
「瀞霊廷開闢以来、尋常成らざる殺戮だ」
「情状酌量の余地も無い」
「悪鬼羅刹の大逆人」
「判決を言い渡ァす!!」
「十一番隊隊長 総蔵佐 王介」
「貴様を死刑に処す!!」
<処刑所>
中央四十六室によって裁かれた僕は深い穴の中にいる。
上からは醜い声が響いてくる。
周りからは唸り声が響いてくる。
僕の頭からは喚き声が響いてくる。
五月蝿くて敵わない、小鳥の囀ずる暖かな縁側が好きなのに。
両手足と首に霊力を封じる錠が嵌められている。
虚を目視できるように調整されているのか。
「では処刑を執行する!!」
虚を捕えていた縛道が消える。
腹を空かしているのか、一斉に襲い掛かってくる。
鋭い爪が胸を裂く。
巨大な顎が右手を喰らう。
刺々しい尾が右目を突き刺す。
無骨な拳が身体を吹き飛ばす。
「どうした!しっかり避けろ!!」
「簡単に死んでくれるなよ!!」
「これじゃあ賭けにならんじゃないか!!」
「もっと足掻け、もっと踠け!!」
「死神らしく、虚に立ち向かえ!!」
「絶望する顔を此方に見せろ!!」
「戦え!戦え!!戦え!!!戦え!!!!」
漸く静かになった、鼓膜でも破れたのか。
頭の声も聴こえない、泣きつかれて眠ったのか。
京楽隊長は静かな人だった、
女性隊士の前以外では。
酒の呑めない僕との晩酌は楽しかった?
一人で出来上がっていたけど。
偶に鍛練も黙って見てくれていた、
指導なんて受けた記憶も無い。
僕は京楽隊長にとって何だったのか。
疑問は全て飲み込んだ。
怖れていたのか、守りたかったのか。
母は静かな人だった、
輩を追い払う怒鳴り声以外は。
乳を欲しがる僕は煩わしかった?
出ない胸を吸わせてくれたけど。
偶に歌を聴かせてくれた、
周りも黙るのはこの時他に無い。
僕は母にとっていい子だったのか。
いつか聞こうといつも後回しだ。
怖かったのか、守りたかったのか。
二人の心の奥の真実が。
二人がくれる優しさを。
虚が叫び拳を振り上げる、
首を捻り千切って投げ捨てる。
尾をしならせ叩き付ける、
目玉に腕を突き刺し脳を引き摺り出す。
口を開いて噛り付く、
顎を蹴り上げ頭を砕く。
爪を尖らせ胴を貫く、
腕を捥ぎ体を二つに割る。
「どうなってる!霊力は塞いだ筈だぞ!」
「それで虚に敵うものか!」
「虚が弱いのだ!もっと強いものを放て!」
上から次々と降ってくる。
その悉くを殺してゆく。
何度倒され、何度斬られても立ち上がる。
敵を殺す、その為ならば自らの肉も骨も断つ。
たたかい、闘い、タタカイ、戦い、
戦い、タタカイ、たたかい、闘う。
戦いを望み、戦いを愉しみ、戦いに生き、戦いに死ぬ。
総蔵佐 王介 十一番隊 隊長
その姿はまるで-----
日も落ちた頃、虚が尽きたのか、見物に飽きたのか、
灯りを焚いた見張り数名だけが残っている。
穴の底に放置された死刑囚。
何故まだ息があるか解らない、見るに耐え兼ねる身体。
口に溜まった血を飲み込む。
胃まで届かず、流れ出る。
味など疾うに味わえる筈など無いが、
不味そうな顔をする。
ゆっくり痛みも感覚も意識も消えてゆく。
事切れるその刹那、出る筈の無い声が小さく響いた。
「おかあさん おとうさん」
「うんでくれて そだててくれて」
「ほんとうに ありがとう」
- Love is White
Innocent Beast -
-完-