ある日、不運にも帰宅路で蓮に捕まってしまった孝也。彼女は、意味深とも取れる理不尽四択恋愛クイズを出してきて……?
※小説家になろうにも同一作品を投稿しています。
いくら日陰を通っているとはいえ、夏のコンクリート街は暑くてたまらない。汗がにじみ出るのはもちろん、脳の機能も低下してくる。
……どこかに涼む場所、ないかな……。
平凡な男子高生である孝也(たかや)は、ちっとも体を冷やせない日陰ロードを日田歩いていた。背中には、教科書がギッシリ詰まった時代遅れの通学バッグを背負っている。
「……孝也、ここにいたんだー。学校中探し回って、もう足がクタクタになったんだよ!? 治療費とご飯代、おごってもらうからね?」
「なにをどう間違えたら俺が負担することになるんだよ……」
何を言い出すのかと思えば、孝也に責任を押し付けてばかり。約束を一方的に獲りつけておいて、無視されれば逆上してくるのは無いだろう。
会ったハナから無理難題を投げつけてきたこの美少女は、幼馴染の蓮(れん)である。幼馴染で皆が想像する華々しい青春は遥か彼方、微生物に分解されかけた腐れ縁が続いているだけである。
……そもそも、蓮を何か恋愛対象として見たことも無いですからね!
ネジが百本抜けていると学校で評された彼女。孝也に言われてもらえば、全身の部品を検査すれば欠陥が見つかりそうなほどポンコツだ。常識を求めるなど、百年早い。
「……なんで払うのが嫌なの? お金持ってきてないとか? ケツモチの人たちを読んであげるから、一緒にATM行こっか?」
「それはもうヤクザがやることなんだよな……」
ポンコツでいて、変に教養が付いてしまっている。将来の日本をフォッサマグナで二等分するのは、蓮のような人材だろう。
日本国憲法の下では、凡人も変人もみな平等だ。何処かへ隔離すべきネジのハズレ具合の蓮も、法律において人権が保障されている。孝也が手出しできるものではないのだ。
燦燦と日光がコンクリート地面へ降り注いでいる。コロンブスがここで卵を割ったら、地面に目玉焼きが完成してしまいそうだ。
都会は温暖化が深刻になっていて、ここ東京はその真っただ中にある。夜間でも熱中症になってしまうほど、生きづらい世の中になってしまった。孝也には元々生活がしづらい世間であるが、更に悪化してしまった形になる。
「……そんなことより、本題に入るね。私が好きな人は、誰でしょう?」
「あそこに落ちてる蛙だったら、今すぐキスして王子様に戻した方がいいぞ」
「ちがう! そこまで言うなら、孝也がキスしてきたどうなの? もしかしたら、女王様かもしれないよ?」
「女王はSMによく出てきそうなキャラが多いからな……。ちょっとお断りしようかな」
昨晩大雨が降ったことをいいことにノコノコと市街へ飛び出てきた蛙は、干ばつによる水不足でへたり込んでいた。ルーペで観察したいが、対象が勝手に動くかもしれないのでやりづらい。
……いきなり舌を伸ばされて、俺のファーストキスを奪われても嫌だな……。
高校生にしてキス経験が無い者は円グラフで過半数を占める、というのが孝也の願望だ。人間は、他人にも同レベルかそれより下でいて欲しいのである。
どんな人にも、恋愛には理想像というものがある。高収入なら顔をガチャガチャで引いてもOKと言い切る奴から、異性なら誰でも良いと諦めた自暴自棄な者まで、よりどりみどりだ。なお、まとめ買いをすると警察に摘発されるのでご注意を。
「選択肢付きの問題なんだから、最後まで聞かないと分からないのに……。一番、さっきすれ違った男の人」
「蓮、パパ活専門店? お前のツイッター、家のネコしか投稿して無かったはずなんだけどな……。もしや、裏垢か?」
「なんでそうなるの! もしそうだったら、孝也からお金をふんだくってるよ!」
手で作ったうちわが起こす小さな風で煽ったのだが、蓮は想像以上に癇癪を起したようだ。仮定の話に食いついてきて、彼女が勝てる見込みは万に一つも無い。
……というか、蓮が将来そうなる可能性は……?
法律という開かずの扉だけは犯さない彼女。法律順守の意識だけは正常に保って欲しいと願うばかりだが、もしかすると予備軍に入隊してしまっているのかもしれない。訓練内容は、素行不良や学校サボりである。
蓮に色仕掛けをされて、目がくらまないオジサンは存在しないと言い切れる。どこか適当な暗室に連れ込んで、手首を縄で縛ってしまえばいい。犯罪であることをネタにして、お客様から示談金をふんだくればいいのだ。
リピーターを作ることに躍起になる一般業界とは真反対に、この闇に葬り去る方法で同じ客はやって来ない。が、単価が異様に高いので成立する。味を占めた者は、通常のアルバイトなどやっていられなくなる。
もっとも、蓮にそこまで己を賭ける覚悟は無さそうだが。
「それじゃあ、二番目いくね。日本地図に鉛筆を刺して、その地域で初めて出会った男の子」
「なんで不確定で顔も見ない奴が選択肢に入ってるんだよ……。十年後くらいに、合馬ちゃんと心中する姿が見て取れる……。
「お馬ちゃん? 私、競馬の騎手になるつもりはないよ? 落ちたら痛そうだし、野次飛ばされそうだし……」
そうじゃない。ギャンブラー魂が燃え滾って、志半ばで気力が尽きることを心配してるんだよ、こっちは。
……これ、クイズ作る気無いだろ……。
簡単な国語の大学入試ですら、選択肢には真っ当な擬似解答をぶつけてくる。アラビア語やフランス語で枠を潰しはしない。
蓮の問題は、名前だけでパス出来てしまう試験よりは上に位置する程度だ。実質的な選択肢が一個しか残らないように細工されている。
「三つめはー、今日の朝テレビを見た時に映ってた男の子!」
「男の子好きだな、蓮……。政治家と結婚して、裏金をガポガポ手に入れようったって、そう都合よく運ぶものじゃないぞ……?」
「男の子って言った! 政治家はおじさんだから、入りません。残念でしたー」
どうとでも解釈できる問題に難癖をつけてくる様は、筆者の気持ちを説明しろと吐き捨ててくる悪徳記述と同等だ。蓮って、こんなに煽り性能高かったっけ……?
何も考えていない彼女は、道路の反対側を歩いている。伝染病が流行っているのならまだ分かるのだが、今は夏だ。インフルエンザも、ほとんど報告されていない。
……まあ、腐れ縁だし……。
家が隣という理由だけで、将来の結婚相手だと決定されてしまった黒歴史がある。成長するにつれ性格が相容れなかった孝也と蓮が同時に反対の声を挙げ、ようやく破談に至ったのだ。
許嫁という仕組みはこの令和で完全に破壊されているものとばかり思い込んでいたが、本人の意志を切り捨てて結婚させかけられていたとは恐ろしい。昭和の漫画に感化されたとしても、子供に押し付けるのは親のエゴと言うものだ。
「続いて―、最後の選択肢になりまーす。皆さま、お乗り遅れにならないようご注意くださいませー」
「……俺、タクシーに乗って帰る。その方が、きっと安上がりになるし」
「タクシーはたった今、私が買収しました。強制的に戻って来させられるよー。……四つ目の選択肢は、孝也だよ?」
てっきり巷で話題の有名人が登場するかと思っていたが、これは意外なところを突いてきた。
孝也が幼馴染でない一般的な男子高校生なら、この響きで堕ちていた。実質一択となった問題で『孝也』が出てくれば、イコール告白だと見なしても差し支えない。
……それは、蓮のことが何にも分かってないからであって……。
蓮に憑りつかれた不運な男子の運命は、どんどん下降線になっていく。暴れ馬蓮の手綱を握って制御できる者は、きっと誰もいないであろうから。
何年も過ごしてきて中身を知り尽くしている孝也ですら、遠隔操作のボタンで蓮を止めることは困難だ。手で制止して鎮火出来るなら運のいい日で、大抵はタックルで気力を折ってしまうまで暴走が止まらない。
……何も知らずに嫁に取ったら、いつか後悔するぞ……。
『不審者に注意!』と警告を促す看板は設置されていても、『美少女勧誘に注意!』と地獄への片道トロッコへ乗らされる勧誘への注意看板を見たことが無い。これは非常にゆゆしい事態であり、日本政府には早急に対処してもらいたい。
「……分かったぞ、答え。うん、蓮が言いたいのはそういうことか……」
「そんなに悩むことでもないと思うんだけどなぁ……。それでは孝也、答えをどうぞ!」
腹から出された力強い蓮の声に後押しされて、孝也は真の正答を言い放った。
「答えは、『好きな人はいません』だな。高校生だからって、若気の至りでやっていいこととやってはいけないことがあるいい例だな」
「……全然ちがーう! 孝也なんか、鉄溶鉱炉に投げ込まれちゃえばいいのに……」
骨の髄まで楽にするという評判の温泉があっても、孝也が行くことは未来永劫無いだろう。溶けた鉄に身をはじき出され、しまいには同化してこの世から消えてしまう。
……あれ、違ったか……。
自信満々で答えたのだが、蓮は深い意味を持たせていなかったようだ。
関西人は話のオチをいつも付けてくると思わない方がよい。裏を探りたくなる問題でも、裏の裏は表ということのようである。
「……答えは、選択肢の中から選んで欲しいな……」
「そうか……。なら、旅先で最初に出会った男の子だな」
「確かに、旅はロマンチックな出会いを生むって言うからね……、ってそうじゃなーい!」
孝也たちの両脇には、民家がズラリと並んでいる。大声で叫ぶと近所迷惑になるのが分からないのか。蓮が反対側に立っているおかげで、孝也が容疑者扱いされることは無さそうで何よりだ。
……答えが俺だったら、もっと物理的な距離を近く取ってくるはずだろ……? 俺からやるつもりは無いけど。
まず、道路を挟んで向かい側を蓮が歩いていることそのものがおかしい。心が通い合っていれば大丈夫なのは気軽に会えない遠距離恋愛のお話であって、放課後の雑談で接近してこないのは気がない証拠だ。
ここがゲームの世界であれば、蓮の頭上に『からかいの達人』と輝かしい称号が掲示されていることだろう。
「……やっぱり、答えは無しだな。そうじゃなかったら、俺はお手上げ」
「……正解は、孝也だよ」
ソーシャルディスタンスを律儀に取っていた蓮が、ターボエンジンをふかして背後に回って来た。しまった、不覚であった。
孝也の両肩に、ずっしりと重みがかかる。……蓮って、俺より身長低いはずなのに……。
「……こうすれば、分かってもらえるかな?」
「幼馴染だからって、次は警察呼ぶよー?」
ほのかなシャンプーのにおいが漂ってきたが、そんなものでひっくり返る孝也ではない。決め込んだ芯は、そよ風で倒れないのだ。
上に覆いかぶさろうとしていた蓮の感触が消えた。ずり落ちたにしては、消滅が一瞬である。神経の機能を全てストップさせたのではなかろうか。
孝也が後ろを振り返ると、不満を隠せずに口を曲げている蓮がいた。
「どうしたどうした? 課題でも学校に置き忘れてきたか?」
「……孝也のばーか! あんなことやこんなこと、言いふらしてやる!」
「なんだよ、あんなことって……」
暴発しそうな蓮の腕を引っ張ってみると、抵抗してこない。口ではああいっていても、体は素直なんだよな……。
孝也と蓮のドタバタ帰り道は、続いていく。
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ポツリと垂れた、一粒の滴。
「……どうやったら、孝也に想いが伝わるんだろうなぁー……」
私には、分からない。どうしていいのか、分からない。
苦しいよ、孝也。ねえ、気付いてよ。