優華(ゆうか)は俺の彼女で、結構頑張り屋。俺にだけ、普段見せてくれない一面を見せてくれる。なにこのかわいい生き物幸せ過ぎて死んじゃうんですけど!

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俺の甘ったるい彼女が愛おしすぎて、真面目に死ねるんですけど! ~ゆるーいお泊り編~

 高校の中での格差社会とは、何だろうか。友典(とものり)が一つ上げるとするのなら、付き合っている彼女がいるかいないかだろう。

 

 男女間の関係は、露骨に差が出てくる。異性と食事デートにいく者がいる一方で、コントローラーを手に画面へ集中する者もいる。

 

 友典は、前者だ。

 

「ねえねえ、友典―。今上がったよー」

「随分長風呂だったんじゃないの? ……正直、寂しかった」

「正直だなぁ、友典はー。今、慰めてあげますからねー」

「赤ちゃんじゃないぞー……」

 

 廊下から寝間着姿で登場したお方は、まごうこと無き友典の彼女だ。名は、優華(ゆうか)と言う。

 

 彼女との馴れ初めは、なんとも恥ずかしくて公言したくない。何かの手違いで全世界のネットワークに広まってしまったら、羞恥心で倒れてしまう。

 

 今も未成年に変わりはないのだが、当時はもっと若者ぶっていた。苦かりし入学ほやほやの頃である。

 

 入学早々休み時間の暇つぶしでスマホを使用したことがバレてしまった友典は、捕まれば娑婆の空を扇げないと逃げ回っていた。高校生にもなって規範意識が欠如しているとは、けしからん新入生である。

 

 無我夢中でコーナーを曲がろうとした時、摩擦熱に上靴が耐えられず滑ってしまった。スマホを下敷きにしなかっただけ幸運だとしなければいけないだろう。

 

『……大丈夫? 激しくぶつかったみたいだけど……』

 

 そうやって手を差し伸べた少女が、現在友典の隣で背伸びをしている優華であった。

 

 その場では少しばかりの会話を交わしただけで終わったが、その後部活でも偶然出くわしたのだ。

 

「……優華はさ、どうして俺を選んでくれたんだ? 他にいい男はいくらでもいたと思うんだけど……」

「私にとっていい男は、友典しかいないよー? 何にでも一生懸命なの、私には真似できないよ……」

 

 優華は、惜しまずに柔らかい笑顔を前面に押し出してきた。ライトノベルの看板娘を背負えそうだ。

 

 ……優華の家に泊まるの、いつぶりなんだろう……。

 

 晩御飯は何度も誘っているが、お泊りまで進行したのは右手で数えるほどしかない。決して度胸が縮こまっているのではなく、学校のお喋りで全てが満たされていたからだ。優華と同じ空気を吸えれば、それで良かったのである。

 

 他人の家とにおいというものは、鼻が慣れてくれない。唐辛子のトゲが刺さってはこないが、丸く甘い毛布に包み込まれているように感じる。

 

 彼女が友典を家にあげてくれるのは、愛を育んできた証。もちろん、訝しげな行為は致していない。

 

 この一瞬にある幸福を、全力で抱きしめなくてはならない。優華がいる今日という日は、二度と訪れる事の無い宝物なのだから。

 

 タオルを首にかけたまま、優華は冷蔵庫へと向かっていく。

 

「さて、問題です。お風呂上りの定番と言えば、何でしょう?」

「簡単すぎるだろ。アイス」

「それもいいね……。でも、残念!」

 

 彼女が手に持っているのは、長方形の紙パックだった。銭湯ではないので、瓶に入れられたものは売られていない。そうだ、次の機会にでも銭湯に……別々だからあんまり意味はないか。

 

 牛乳が定番になった詳しい理由は分からない。優華が気持ちよさそうに喉ぼとけを上下させているだけで、心が温かい液体で満たされていく。

 

「友典も飲むー? 間接キスじゃないから、嫌かな?」

「勝手にキス魔のレッテルを付けないでほしいな……。二人きりだから許しちゃうけど……」

 

 夕食でお茶を口に含むのに、牛乳で汚してしまってはいけない。友典は腕でバツを作った。

 

 間接キスを気にするのはどうしてなのだろうか、友典には不思議でならない。衛生的に問題が発生はすれど、唇と唇に物が媒介していてはキスと呼べないような……。

 

 優華の唇は、生まれてから今まで守られたまま。友典も、強固なセキュリティーガードを突破するには至っていない。対応がやたら甘い彼女も、ここ一番の守備は堅固なのだ。

 

 ざっと、食卓に並べてある料理群に目を向ける。

 

「優華……って、ダイエット中なんだっけ?」

「そう……だね。このラインナップだと信じてくれなさそうだけど……」

 

 優華の勢いが若干衰えたのは、皿上の個体が茶色で統一されているからだろう。弁当がこの色で埋め尽くされているところを想像したくない。

 

 テーブルの中央を飾っているのは、優華スペシャルこと爆弾唐揚げ。中まで火を通すために、衣が分厚くなる弊害を持つ一品である。

 

 明らかに二人前を超える量が並んでいるが、これは友典に期待しての配分でない。そう、彼女が腹の中に収めてしまう予定の揚げ物たちなのだ。……優華は否定しそうだけど。

 

「全部食べるんだろ、これ。……食いっぷりも、十分可愛いけど」

「褒めたら何でも許してもらえると思うな! ……ごめん、前言撤回……」

 

 意志の弱いお嬢様だこと。国を統治する立場の家族とは思えない。

 

 優華が指先を曲げて、ライオンのように吠えた。ペットとして長年飼われて犬にしか考えられない鳴き声だ。ご主人様に擦り付く仕草なんか、ライオンにないだろ……。

 

「……晩御飯食べる前に、もうちょっとだけ話さない? 膝枕してあげるよ?」

「……そういえば、まだ一回もしてもらったことないな……」

 

 居間で招き猫になっている優華に、身を預けることにした。

 

 脂肪が蓄えられた太ももは、アメリカンホットドック級だ。高級な枕は安眠を誘うらしいが、優華自家製の枕は脳がとろける甘い香り付き。すぐにでも意識を手放せる。

 

 見上げた先には、幾度も目にした微笑があった。実家に帰って来た安心感が、寝転がっている身体を持ち上げる。

 

「……何か、お姉ちゃんになった気分。友典にばっかり、引っ張ってもらってたから」

 

 目を閉じて、空想にふけっている。彼女に記録された映画が、今まさに上映されているのだろう。観客席に座りたかったが、入場制限がかかっていて視聴できない。

 

 男女の部活内交流戦で、頭が真っ白になった優華をフォローしていたのが友典だ。自分の部活の統制が取れないのは先輩としてどうかとは思うが、その時は協力すればいいまで。一人では困難な仕事も、余裕のある人が受け入れる優しさで支えられる。

 

 ……優華も、頑張ってるんだけど……。

 

 皆がボールに目を走らせる男子テニスとは雰囲気が変わり、女子のテニス部は雑談で練習もまともに進まない。あくまで独立した部活同士なので、口出ししてやれないのがやるせない。

 

 優華が、友典の評価を下げる言動をしたことは無い。一年以上かけて培ってきた土壌の成果である。

 

「……このまま、やっちゃおうか。友典は目を瞑ってて?」

 

 彼女の唇が、僅かに開いた。水分で潤されたピンク色が眩しく、サングラスをかけなければ目が潰れてしまう。

 

 台本を渡されていない友典は、身動きがとれなかった。活動の意志を失くしたと表現した方が正しいかもしれない。

 

 優華なら、何をされても構わない。心の扉が全開になり、これから行われるであろう事を受け入れた。が、

 

 ……あれ、中々来ないな……。

 

 触れるはずのマシュマロが遅延していた。予約されているお迎えは、まだ来ない。

真っ暗闇に、血が上った優華が打ちあがった。こんな花火、実際に夜空で見てみたいな……。

 

「……あれ、なにやってるのかな? 今日の予定を決めようと思ってたんだけどなぁ……。もしかして、口づけ?」

「……俺も男なんだよ……、期待したくなるだろぉ……」

 

 受け身で淡い期待をして失敗することは、一番背筋が震える。相手にその気が存在しなかったことをまじまじと見せつけられては、返す言葉が無くなるのだ。

 

 ああ、いつから優華は策士になったのだろう。アドバイスを素直に受け入れて試行錯誤する彼女は、もう雲の彼方へ消えてしまった。

 

 

 

 

 

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「今日は、外がうるさいね……。私の家の光が、それだけ目的なのかなぁ?」

「大方ハエか蚊じゃないの? 万が一入ってきたら、俺が優華を守ってやるよ」

「……友典、頼もしーい」

 

 非リア充が耳にしたら爆発しそうな会話内容だ。ネット動画を漁っていた二年前の友典も、同じ結末を辿っただろう。

 

 ソファの上で胡坐をかいている優華は、目も虚ろになっていた。まだ九時を過ぎたくらいなんだけどな……。腹がはち切れるほど溜め込んだからかな……?

 

 頭が上下に揺れて、落ち着きがない。睡眠と覚醒のボーダーラインを浮き沈みしている。寝ぼけた優華のご尊顔も、ハートの矢となって撃ち抜かれてしまう。

 

「……でも、網戸にしてるから入ってこないと思う……。……暑い……」

「網戸開けてたら、外からの熱気が侵入してくるんだから当たり前だろうに……」

 

 友典も優華も、額から汗を垂らしていた。セルフサウナで熱せられた結果である。水風呂に入ってからまたサウナに入室すると良いらしいのだが、部屋自体がサウナではいい塩梅に収まってくれない。

 

 ……さっき閉めようとしたら全力で防がれたし……。

 

 厄介なことに、風通しが良くなるという理由だけでサウナ室が製造されている。発案者が優華とあっては、逆らえない。寝室はここじゃないからいいか……。

 

『ブーン……』

 

 扇風機が力尽きたかと脳の片隅に追いやろうとしたが、この部屋の空気を循環させているのはエアコンと自然。片耳専用扇風機などあるものか。

 

 友典の目の前を、黒い点が横切った。金星でも水星でもなく、外部から侵入した黒悪魔であった。

 

「友典―、まだ寝たくな……むし!」

 

 不気味な羽音からワンテンポ遅れて、優華が飛び上がった。世界記録が狙えただけに、メジャーを持参していないのが悔やまれる。

 

 ソファで跳ねると、その後はどうなるだろう。重力に引かれて、真下へ落下していく。

優華にとって不運なことに、天敵のハエは足元へ滑り込んだ。

 

「……友典、ハエ……叩き……」

「遺言か? それが遺言で良いんだな?」

「……もう一つ……、ベッドまでお姫様抱っこして……欲しいな……」

「それは却下。腕は引いてやるから」

 

 どさくさに紛れてタスクを増やそうとしないでくださいな。夏季休業の課題も終わってないんだから……。

 

 友典は壁に掛けてあった水色のハエ叩きを手に持ち、優華へと手渡した。俺がやれって? 優華が催促してきたんだよ!

 

 鬼に金棒となった優華だが、すばしっこく逃げ回る黒い脅威に腰がのけぞっている。交配しかけたテニス部を復活させる意欲は、霧散してしまったようだ。

 

「……出てこい! 出てこい! この私が直々に、場外ホームランにしてやるぅ!」

 

 クルクル三振スラッガーは、闇雲にハエ叩きをストロークした。テニスの積み重なった経験で、往路と復路の軌道が一致している。ハエを駆除するのには逆効果だ。

 

 害虫には、専用スプレーを噴射するのが手っ取り早い。錯乱している優華に渡すと、友典ごと駆逐されそうで探す気になれない。

 

 のらりくらりと細身のバットを躱した黒兵が、王冠のように頭頂部へ乗っかった。小さな羽をばたつかせて、生きていることを目一杯アピールしている。ハエに人類の知能は備わっていなかったことが判明した瞬間だ。

 

「……もう、嫌だあぁぁぁぁぁ!」

 

 優華の体に、取り付かれた。胸がないと煽って上半身タックルをよく受けたものだが、水風船のような柔らかさが背中に張りついた。

 

 友典は、優華に抱きしめられたのだ。

 

 頭のてっぺんに着地したハエは、もうどこかへ飛んで行ってしまった。優華に涙を流させた恨み、晴らさずに生きれるものか……。

 

 顔をぐしゃぐしゃにして抱きしめてくるその姿に、庇護すべき幼い女の子が投影された。

 

「……もう怖くないからな、優華……」

 

 優華は、甘えたいのを我慢していたのだろう。そうで無くては、なりふり構わず抱きしめてこない。

 

「……友典……」

 

 髪の毛を撫でてやると、懐いた猫になった。昔飼っていた猫のように、丸まって静かな寝息を……。

 

「おいおい、寝ちゃったのかよ……」

 

 ……仕方ない、この甘えん坊ちゃん彼女をベッドまで送ってやるしかないか……。


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