幼馴染を取られちゃったくらたまの独白。
私には
四月生まれで、十ヶ月の月齢が空いてた私にとって最初はとってもお兄さんに感じて、ゆうくんも私をとってもかわいがってくれた。お互いに一人っ子でゆうくんは下の子が、私は上の子が欲しかったって願望が二人をずっと一緒にしてくれた。そう思っていた。
「ましろ」
「あ……ゆうくん、おはよ」
「間に合ったね」
「ちょっと、ギリギリだったよ……えへへ」
そして私達は高校生になって、私は憧れの月ノ森女子学園の高等部へ進学した。その憧れを知っていてくれたのかゆうくんも近くの男子校に通っていて、私とゆうくんは毎日一緒に駅で待ち合わせて、毎日一緒に登校するようになった。下校の時も、ゆうくんの部活の時間と私のバンド練習が合えば駅で待ち合わせて一緒に帰る日々が続いている。
──夏休みになってもそれは変わらなかった。
「暑いね」
「そうだね、朝なのにカラダがアイスみたいに溶けちゃうかと思った」
「ましろは肌が白いし繊細なんだから、焼けないように気をつけないと」
「う、うん」
私にとってゆうくんは、幼馴染で、お兄ちゃんみたいで──大好きなヒト。私なんかよりずっと頭が良くて、ずっと気遣いができて、忙しい両親のために家事も出来ちゃう、一人じゃ何も出来ない私とは正反対の、でも優しいヒト。
月ノ森に行きたい私のために推薦で進学を決めた後はずっと、ずーっと私の勉強を見てくれて、差し入れをくれて、ずっとずっと傍で応援してくれた。キラキラのお星さまみたいなヒト。そんな献身的な彼のことを好きだって気づくのはとっても簡単だった。
「そうだ、日焼け止めでいいの見つけたんだよ、よかったら使って」
「え、い……いいの?」
「ましろのために探していたから」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
胸が苦しくなる。水中にいるみたいに、宇宙にいるみたいに。キラキラって輝くゆうくんの笑顔に仕草に、優しさに私はいつも恋をしている。
今日はゆうくんも私も私服だからあんまり気にしなくていいし、時代遅れっしょ、と透子ちゃんが言ってた通りあんまり煩くは言われないみたいだけど月ノ森は男の子と一緒に居ちゃいけないって校則があるみたい。それにすごく噂になるから普段は一緒に電車に乗るものの他人のフリみたいな感じ。
「ふふ」
「どうしたの?」
「今日は、たくさんおしゃべりできるなぁって」
「そうだね」
だから休日はギリギリまで一緒にいる。そんなちょっとした時間もすごく嬉しくて、幸せで。私はこの関係がとっても居心地がよかった。友達以上で、恋人未満な関係。ゆうくんと私じゃ、釣り合いが取れないし。何より告白して今の関係が壊れることが怖い。それだったら、このままでいい。
「見てゆうくん」
「どうしたの?」
「このパフェ、すごく美味しそうじゃない?」
「すごいね、どのお店?」
「えっとね……あ、ここだって!」
「思ってたより近くだね、じゃあ終わったら寄り道しようか」
「……うん!」
幸せだから、このままでいい。だって今のままでも私はゆうくんとの関係に満足している。恋人同士にもしなれたとしても、そうしたら今度はまた別の特別な進み方をしなくちゃいけない。
手を繋ぐのはたぶん、簡単だと思う。一緒の電車に乗って座れたら腕と腕がくっつくくらいの距離にいるしゆうくんは時折私の手を引いてくれるから。でもキスとか、その先は自信がない。
「じゃあ、ゆうくん」
「終わったら連絡ね」
「うん」
「頑張れ、ましろ」
「ありがとう」
今のままならそういうことは考えなくていい。えっちなことをしちゃうのが、キスとか好きって気持ちで触れ合いを求めることが何も恋愛じゃないって思う。校則にあるみたいな不純異性交遊じゃなくて大好きな彼とただ一緒に電車に乗って、一緒に学校に行って帰って、他愛のないおしゃべりをして。時々ご飯を食べに行ったり、遊びに行ったりする。それだけで私は満たされているから。
「つまんねー」
「……つまんなくないもん、私は」
「ま、まぁまぁ、しろちゃんなりの恋愛ってやつだよ」
「フツーは好きってことは付き合うってことで、付き合うってことはエロいことするもんなの! 異性友達との友情とか清い関係とかありえねーから!」
「だ、断言するのはよくないんじゃ……」
──だから透子ちゃんに相談した私がバカだったのかなぁ、なんてことを考えてしまうのはよくないことだよね。
本当は瑠唯さんに相談したことだった。しかも別に恋愛の進め方とかゆうくんに告白する方法とかじゃなくて、こういうので校則違反とかなっちゃわないよねってことを訊ねたところを透子ちゃんにまで話が及んでしまったってだけ。
「あくまで
「そ、そうだよね……ごめん」
「けれど、議論の余地があるということはそう取られても仕方がないということでもあるのだから気をつけた方がいいわね」
しかも、こんな感じの瑠唯さんの言葉でこの話は終わっていて、それをどこからか聞きつけた透子ちゃんがややこしくしてるだけだった。
そりゃあね、えっちなことに興味が完全にないわけじゃないけど。でも瑠唯さんが言ってたように私の気持ちだけでゆうくんに迷惑を掛けたくないから。
「……練習しよ」
「そんなんじゃ愛想尽かされてもしらないからな」
「なんで透子ちゃんが必死なの……?」
「さぁ?」
その理由は私は勿論、七深ちゃんもつくしちゃんもわからずに首を傾げた。実はモニカの中で透子ちゃんだけはゆうくんと直接話したことがあって、それが関係してるのかな。
ちょっとだけ不安になって、私は思い切ってゆうくんに訊ねてみた。
「ゆうくんって、えっちなことに興味ある?」
「──ッ!? き、急になに!?」
「あ、え……あ、ごめん」
「い、いやいや、怒ってはないんだよ、ないんだけど、急すぎて焦ったというか、唐突すぎるというか」
もしかしなくても訊き方を間違えてしまったことを私はすぐに察することができた。
あると言ったらそれはそれで私にえっちなことについて興味があるってことを知られるのは男の子じゃなくても恥ずかしいもんね。照れちゃったみたいに顔を赤くする彼に私もつられて恥ずかしくなってしまう。
そんな電車が揺れる気まずい沈黙を破ったのはゆうくんの方だった。
「……あるよ、男だからね」
「そ、そっか……そうだよね」
「うん……あんまりましろにこういう事言いたくなかったけど……気まずくなりたくないし」
「だ、大丈夫……私は、大丈夫だから」
その言葉、あるよと言ったゆうくんの言葉に私は心臓が飛び出そうになってしまった。
──ちょっとだけ逸らされた目が、気まずそうな顔が意味することは私を意識してくれてるってことなのかな。えっちなこと、私のことを想像しちゃうのかな。
踏み込んでみたい、もっと、ゆうくんの口から私のことを。
「もう着いちゃうね」
「あ、う、うん……えっと、じゃあ、また後でね」
「うん、またね」
けれど惜しいことに、時間切れで。私はそれでも幸せすぎてどうにかなってしまいそうで。
ゆうくんは私を女の子として意識してくれている。それだけで、私は幸せだ。
──幸せだったんだ。
その私にとって当たり前のこと、ゆうくんが傍にいて一緒にいて、大好きな人と一緒にいる時間が消えてなくなっちゃったのは翌年の、二年生の春が過ぎた頃だった。
理事長が変わって校則が厳しくなって、ゆうくんと一緒にいられる時間はどんどん少なくなって。
そしてその頃、ゆうくんには私じゃない女の子のところへ行ってしまった。
「あ! ましろちゃんだ!」
「か、香澄さん……こんにちは」
「こんにちは、今日もモニカのみんなと練習?」
それからまた夏が来て、私はばったりと戸山香澄さんと出会った。憧れの人だったけど今ではこうして会うと話しかけてくれて、前よりもっと大好きになって。
その人は明るい人で、ゆうくんはそういう明るさを、透子ちゃんみたいな明るい人が好きだって知ったのはその時だった。
「はい……!」
「そっか、暑いから気をつけてね!」
「……香澄、さんは?」
「私? 私はこれから悠卯とデートなんだ〜♪」
「そ……そうですか」
分かるよ、私だって香澄さんのことは大好きだ。でも、ゆうくんを取られてしまうのは違うよ。
あっさりと、ゆうくんは以前から好きだったんだと笑って、私が何も言えないまま香澄さんとお付き合いをしてしまった。二人は順調で、こうしてバンドやバイトの合間にデートをしてる。
──透子ちゃんが必死だったのは、私のためだった。
「知ってたんだ」
「まぁ……たまたまだからな!」
「うん」
「けどさ、シロ絶対落ち込むし、相手が香澄さんじゃなんにも言えないだろうからって」
「……ごめんね」
正直、透子ちゃんのこと疑ってた。透子ちゃんとゆうくんは私を介して知り合って、香澄さんもそうなんだけど、特に三人で出かけることもあったから。透子ちゃんは他人との距離も近いタイプだし、ゆうくんを取られちゃうんじゃないかって怖かった。だから透子ちゃんからゆうくんの名前が出る度に、目を背けていた。
だから気づけなかった。
「いっそ」
「ん?」
「いっそね、ゆうくんに嫌われて、フラれて、そうやって香澄さんと付き合ってくれたらよかったのに」
ゆうくんは変わらない。私が好きなゆうくんのまま。
だからこそ思い知らされた。最初から彼の瞳の中に私はいなかったんだ。輝けない、星じゃない私じゃどうしてもゆうくんを振り返らせて好きだって思わせることができなかった。
夏休み、私は一人で電車に乗ることが増えた。夏休みでも、校則のことがあるなら離れた方がいいと言い始めたのはゆうくんだった。
だけどその日は、電車内で移動しているとばったりとゆうくんに会ってしまった。
「お、おはよう……」
「おはよ、今日も練習?」
「う……うん、ゆうくんは?」
「部活、お互い頑張ろうね」
「……ね」
気まずそうな様子もない。でも、この人は憧れの、香澄さんのカレシ。
私の幼馴染は、もう本当に私の幼馴染でしかない。
今度、一緒に夏の流星群を観になんて行かないでなんて言えない。
花火も、いつも一緒に行ってたのに。今年は香澄さんと行くなんて言わないで。
えっちなことに興味があるって言ってたのが、私のことじゃなくて香澄さんのことを思い浮かべてたなんて気づきたくなかった。
「……今日は、香澄さんと会わないの?」
「向こうから会いに来るよ、毎日でも」
「そっか」
「そういえば、ましろと幼馴染だって知らなかったみたいで、驚いてたよ」
「……言ってない」
「今度三人とかでどこか行こうって、プールなんて言い出してさ」
「……そっか」
悪い子になれたらどれだけいいんだろう。大好きだから、香澄さんなんかと付き合わないで、私の方がずっとずっとゆうくんが大好きだから、なんて言えたらどれだけ気持ちが楽なんだろう。
でも私は、香澄さんがすごく優しくていい人で、暖かい、真昼の星だって知ってる。なにより、香澄さんがちょっとでも傷つくところなんて、見たくない。
だから私は、この気持ちを夏の海の底に閉じ込めておこうと思う。私自身にももう開けられないくらい深い海の底に。
「プールはちょっと、恥ずかしいから……遊園地とか」
「いいね、じゃあ言っておくよ」
「私が香澄さん取っちゃおうっと」
「それはよくない。誰のカノジョだと思ってるの?」
「え、わ、私……?」
「違うでしょ」
二度と、キミを好きにならないように。
これからも香澄さんを好きでいられるように。
さようなら、私の初恋。