とある夏の、とある少年少女の1日。






※この作品は、近日連載小説となる予定です。
本編の前日譚にあたるお話となっております。

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夏のバンドリ祭に参加させていただくに当たって書かせていただきました。よろしくお願いします。


一心眼-ヒトツメ-

 

 季節が変わり始めると、匂いが変わる。

 

 普通の人なら、季節の変わり目は気温や天気で認識する。それだけで充分認識できる訳だし、匂いなんて誰も気にも留めない要素だとは思う。でも、俺は気温とかだけじゃなくて、匂いでもその変化に気付くことができるようになった。それが良いのか悪いのか、今でもふと考える。考えても、答えは出ないけれど。

 

 雲1つ無い空っていうのは今日の空のことを言うんだろうなぁ、なんて思いながら俺は待ち合わせ場所で人を待つ。一応待ち合わせの時間から5分くらい過ぎてはいるが、あいつはあんまり時間気にする人じゃないから、もう慣れたものなんだけどさ。ああいう気まぐれな人でも、約束したり、どっか行くぞってあらかじめ伝えてれば……ちゃんと来てくれるんだから。

 

 そこから数分待ってると、左肩を軽く叩かれる。振り向くとそこには、目当ての本人がそこに居た。毎回左側から肩叩いたり話しかけてくれるのは、きっと本人なりに色々気遣ってくれてるんだろうな、って。そう思う。

 

「せーら」

 

「よっ。楽奈(らーな)

 

 (かなめ)楽奈。小さい頃からずっと一緒に居る、謂わば幼馴染と言える存在。本人はどう思ってるかわかんないけど、俺は楽奈のことを、親友だと勝手に思っている。何をするにも一緒で、前まではギターだって2人でやってたから。

 

「さて、行くか。いつものとこだろ?」

 

「弦欲しい」

 

「あぁ、そういえば弦切れそうって言ってたもんな」

 

「ん」

 

「付き合うよ。俺も雑誌買いたいしさ!」

 

 そう言うと楽奈は無言で口角を上げた。口数が少ないのは相変わらずだし、これももう自然と慣れたな。あんだけ一緒に居る訳だし、何を言おうとしてるのかは大体分かる。普段関わる時に困ったことはないんだけど、元からこの性格だ。色々周りから誤解されやすいし、気分屋なのもあって入ってたバンドメンバーから反感買うことも少なくはなかった。お陰で色んなバンドを転々としてるけど、本人的にはギターが弾ければ良いみたいだから、不満はないらしい。俺的には、その鋼のメンタルがちょっぴり羨ましい。

 

 暫く歩くと、俺達が小さい頃からお世話になっている行きつけの楽器屋に着いて、入口の扉を開けると、レジの方向から快活な声が聞こえてきた。

 

「いらっしゃい! おっ、星羅(せいら)に楽奈ちゃんか!」

 

「店長、こんにちは!」

 

 俺が『店長』と呼ぶこの人は(みやび)さん。この楽器屋、『Stringer』の店主で、俺の父さんと同級生。父さんとは昔一緒にバンドをする程の仲で、バンドを解散して社会人になった後は楽器いじりの趣味を活かして楽器屋の経営を始めたんだそう。中古や新品問わず様々な楽器やメンテ用の商品が置いてあって、壊れた楽器の修理もしてくれるからここらでは人気のお店で、いつもたくさんの人で賑わってる。この空気が心地良くて、つい長居したくなってしまう。

 

「今日は何買いに来たんだ?」

 

「楽奈が替えの弦欲しいって言ってて。俺も今月発売の雑誌が欲しくて……」

 

「そっか。いつもありがとうな、2人共。ゆっくり見てってくれ!」

 

「はい! ありがとうございます! 楽奈、色々見てまわ……いないし」

 

「楽奈ちゃんなら、もうあっち行ったっぽいな」

 

「えっ。いつのまに……」

 

 俺と店長が話してる間に楽奈はもうギターコーナーに居て、並べられている商品を物色していた。

 

「楽奈ちゃんは相変わらず気分屋だなぁ。色々振り回されてんだろ?」

 

「まぁ……否定はしません……」

 

「ははっ! まぁ気にすんな! 男は女に振り回されるくらいがちょうど良いって言うしさ!」

 

「それ、誰の言葉なんですか……?」

 

「ん? 俺」

 

「どっかの偉い人が言ったものかと……」

 

「そもそも偉い人は女に振り回されることを美談にしたり笑い飛ばさねぇだろ」

 

「そういう雰囲気はありますね」

 

「だろ? ほら、行ってこいよ。彼女が待ってんぞ」

 

「別に彼女とかそういうんじゃないですから! おい、楽奈ー!」 

 

 店長に揶揄われながらも、俺は彼に促されるままに楽奈が居る方へ向かう。店長は昔からああで、軽口や揶揄いは日常茶飯事。でも、いざという時は頼りになるし、アドバイスもしてくれる。それに……俺の片目のことも、気にしないでいてくれた人だから。多分、俺はあの人に頭が上がらない。これまでも、きっとこれからも。

 

 

 

 

 楽奈は新品のギターの弦を見つけ、それを買い物カゴに無造作に放り込んでた。俺も目当ての雑誌を見つけたので、それを持ちながら再度楽奈の様子を見に行くと、中古のギターがずらっと並べられている売り場にしゃがんでいて、ぼーっとギターを眺めていた。

 

「楽奈、新しいギター興味あんの?」

 

「別に」 

 

 俺に視線をやりながら一言、そう答えた。特に理由はなかったっぽい。そういう気分だったんだろう。

 

「ただ見てただけか。まぁ、おばあちゃんのお下がりあるし、まだまだ使えるから……新品買うのはしばらく先になりそうだな」

 

「店側としちゃあ、ギター買ってくれた方が嬉しいんだけどなぁ……」

 

「あははっ……そうですよね……」

 

 いつのまにか店長も俺達が居る売り場に来て、一緒に会話に混ざる。たしかに替えの弦だけじゃなくて何かしらギター買った方が売り上げに繋がるだろうし、店長も助かるだろうけど、生憎俺達はまだ高校生じゃないからバイトできないし、親から貰えるお小遣いだけでギター買うのはちと時間がかかる。俺が前まで使ってたギターも貯めてたお小遣いで去年ようやく買えたくらいだし。諸々の理由が重なって、今は手元にないんだけど。

 

「星羅は……もうギターやんないのか?」

 

「えっ?」

 

 店長が藪から棒に俺にそう聞いてきた。この人は昔から俺たちのことをよく知ってる。楽奈と俺が一緒にギターやってきたことも。今俺がギターをやってないことも。……この()のことも。全部分かってる。多分、店長から見ても急だなって思ってたよな、あれ。

 

「お前が店にギター売りに来た時、すげぇびっくりしたんだぞ? あれだけ打ち込んでた星羅が、急にギター辞めるって言い出したんだから」

 

「いやぁ、なんだかモチベが下がっちゃったといいますか……部屋に放置して埃被せるくらいなら、使う人の手に渡った方が良いかなって」

 

 俺はそれっぽい理由を付けて誤魔化す。たとえ店長にも、言える訳ない。ビビって、怖くて、ギター持つこともままならなくなったなんて。何より、それを言えば……あの日のことが楽奈のせいみたいになっちまう。そんなの死んでもゴメンだ。誰かの責任になんて、したくない。

 

「まぁ、それはそうなんだが……でもよ、お前言ってただろ? 楽奈ちゃんと()()()()()()()()になるって。2人で最高になるんだって。それは……もう良いのか?」

 

 店長は寂しそうに目を細めながらそう聞いてきた。たしかに俺たちはそう言った。2人で最高になるって。それが夢だった。そうなれば良いなって思ってた。けど、別に楽奈は俺と一緒じゃなくても充分ギターが上手い。誰もがあいつのギターに度肝を抜かれる。まだ高校生にすらなってないあいつが、巷のライブハウスでは一目置かれてるくらいになってる。それならもう、俺の出る幕はない。俺は俺なりに、楽奈にできることをすれば良い。

 

「……俺が居なくても、楽奈は1人でも最高になれますよ」

 

「星羅……」

 

「大丈夫です。俺、ギター弾く以外の趣味も見つけられたし、なんやかんやで……楽しく生きれてますから」

 

「お前の目は、もう何ともないのか?」

 

 辛そうな顔をして、店長は一言俺にそう聞いた。やっぱこれ、目立つもんな。聞かれたからには、とりあえず現状を伝えるか。

 

「まぁ、はい。もうほとんど見えてませんし、お医者さんからも、『手の施しようがない』って言われちゃって。でも、まだコッチが見えてますし、特に不自由な訳じゃないです。心配しないでください!」

 

 俺は左目を指差しながら、店長に聞かれたことを答えた。あの日からどんどん右目の視力が少なくなっていって、今はもうほとんど見えてない。おまけに後遺症で瞳の色も変わっちまって気味悪がられたけど、それにもだいぶ慣れてきた。いうてもう片方の目が生きてるし、ちゃんと見えてるからそんなに不便な訳でもない。まぁ、歩き方とか物の見方とか工夫する必要はあったけど、それも別に苦じゃないしな。普通に生きてく分には、何も問題はない。

 

「……そうか。すまん、変なこと聞いて」

 

「いやいや! 気にしないでください!」

 

「実は、な。お前が持ってきたギター、まだ店頭に並べてねぇんだ。裏で保管してる」

 

「えっ? 何でですか?」

 

「星羅が、またいつでもギターを始めれるようにさ。弾きたくなったら声掛けろ。金は要らねぇ。すぐ、お前に返すから」

 

 言われてみれば、確かにギターコーナーにあの時売りに出した俺のギターは並べられてない。店長なりに、気遣ってくれてたんだろう。ありがたいけど、また弾ける時なんて、来るんだろうか。また、あれが弾けるようになるのかな。いまいちそのビジョンが見えてこない。

 

「……わかりました。もしその時が来たら、お願いします」

 

「おう。いつでも待ってっから」

 

 店長は歯を見せてニカッと笑った。先のことはまだ何もわかんないけど、もしもの時を考えて、店長の厚意を受け取ることにした。マジ、頭が上がんないわ……世話になりっぱなしだな俺。いつか絶対、恩返ししなくちゃ。

 

「はい! っと……すみません。この雑誌買うので、お会計お願いします。あ、楽奈! このギターの弦買うんだろ? 会計すっぞー!」

 

「うん」

 

 いつのまにか買い物カゴを放置して違う売り場に行ってる楽奈に声を掛けると、ゆっくり歩いて戻ってきた。それを見て店長は笑いながら、俺たちが欲しい品の会計をしてくれた。今はこういうことでしか恩を返せないけど、いつかは、もっとちゃんとした形で店長にお礼を伝えたい。今伝えるには、俺があまりにも小さくて、なんにも……出来てないから。店長の元気な声に見送られながら、俺と楽奈は店を出た。夏特有の熱気が、一気にぶつかってくるのを感じた。

 

 

 

 

 

「……そういや楽奈。この前入ったバンド、どうだ? 上手く、やれてるか?」

 

 昼飯を食ったり、雑貨屋に行ったり、猫カフェで時間を潰した帰り、俺は楽奈と肩を並べて歩いていた。そうしてく中、最近の楽奈の近況でちょっと気になったことをふと聞いてみた。けっこうな頻度で入ってるバンドを変えて、やめてはまた違うとこに入るを繰り返してるから、直近で入ったバンドで上手くやれてるか少し心配だった。さすがに入って1週間で辞めるなんてことはないと思いたいんだけど……どうかな。

 

「やめた」

 

「えっ……まじ!?」

 

「まじ」

 

 申し訳なさや後悔の欠片もない、むしろ清々しさまで感じる口調で一言、『やめた』と楽奈は言った。マジかぁ……1週間もたなかったのかよ……最速記録更新したんじゃないか? 話聞く限り全然悪いバンドじゃないし、1回ライブも見たことあるけど下手ではなかったはずなんだけどな。

 

「何でだよ。あのバンド、それなりに上手かったろ」

 

「つまんねー女しかいなかった」

 

「あー……そういう感じね……」

 

 こいつの価値基準は基本的に、『つまんねー』か『おもしれー』かのどっちか。どういう判断でそれを決めてんのかはいまだにわかんないんだけど、その2つは特に楽奈にとっては大事らしい。まぁそりゃつまんねーよりかはおもしれー人と付き合う方が良いんだろうけど。やっぱ基準がわからんな……きっとそのバンドメンバーの誰か、もしくは全員を『つまんねー』認定して即刻辞めたんだろうな。何かイザコザがあったとかか……? どちらにせよ、楽奈はまたフリーに逆戻りって訳か。わかってはいたことだけど、いつでもどこでも気分屋だなぁ、こいつ。

 

「やっぱ楽奈はバンドとかじゃなくて、ピンチヒッターとかで弾くのが性に合ってんのかなぁ」

 

「弾ければ良い」

 

「それは、そう!」

 

 やっぱギター弾ければなんでも良いタイプだよな。楽奈は居場所にこだわらないし、誰かの指図で弾くこともない。昔からそうだった。楽奈は多分バンドとかそういう決まったコミュニティじゃなくて、臨時でサポートギターとかライブ直前に穴が空いたポジションを埋めたりとか、そういうのが性に合ってんのかなとは思ってる。別に無理してどっかのバンドに居続ける必要はないだろうしな。良くも悪くも、楽奈らしい。

 

「……でも」

 

「楽奈?」

 

 急に立ち止まって、楽奈はそう呟いた。何事かと思って、俺も歩くのをやめて楽奈を見る。

 

「せーらがいないと」

 

 んん……? 俺がいないと? どういう意味で言ってんだろ。俺がいないと困ることでもあんのか? もしかして……ギターの話をしてんのかな……? 俺はもう、楽奈の隣でギターを弾くことはなくなっちまったから。

 

「……ごめんな。弾けなくなっちまって」

 

「良い。……ごめん」

 

「謝んな。あの時のこと……俺は後悔してない。楽奈がギター弾けてるなら、それで良いんだ。ホント、それだけで……」

 

 この言葉に、嘘はない。紛れもない、俺の本心。楽奈がこれからもギターを弾けるなら、ギターの技術で周りを熱狂させられるなら。俺はそれで良いって思ってる。今の俺には、そう思うことしかできない。楽奈はしばらく俺を見つめた後に、何歩か歩き始める。

 

「ギター弾く」

 

 楽奈は一言、そう呟いた。いつもみたいに、それが普通であるみたいな、何の起伏もない声音。そう言った後、楽奈はもう1度立ち止まった。

 

()()になる」

 

「……! 楽奈……」

 

 何年も前に交わした約束を、俺の前で言葉にした。やっぱり、それが今のこいつにとっての原動力みたいになってるのかな。今でもそうなら……嬉しくはあるけど、それはそれとして何だか、縛っちまってる感じもする。複雑な気持ちが込み上げてくる。

 

「せーらはおもしれー」

 

「どした急に……」

 

「せーら以外は、つまんねー」

 

「お前についてける人がいないってことか……」

 

 たしかに、楽奈と肩並べてギター弾ける人なんてそう簡単には出てこないだろうとは思ってる。もしそんな人が居るなら、手放しで尊敬してる。楽奈が今まで入ったバンドに、そのレベルの人が居るようには思えないし、そういう意味でも『つまんねー』って言ってたりすんのかな。ついてける人がいないのか、俺がそう聞いたら、楽奈はくるりと俺の方に振り向いた。

 

「待ってる」

 

「えっ?」

 

「待ってる」

 

「いや2回言わんでも……何を待ってるんだ?」

 

「せーら」

 

「んー……? ……あっ」

 

 暫く考えて、なんとなく、わかった。楽奈は俺がギター弾けるようになるのを、待ってるってことか……? あのニュアンスだと多分そういうことだろ。

 

「ギターの話か」

 

「……ん」

 

「そういうことね。……ありがとな。楽奈」

 

 俺の予想は当たってたようで、楽奈は静かに頷いた。素直に嬉しい。こいつが俺にまだ、期待してくれてること。待ってるって、言ってくれたこと。ちゃんと、それを心に留めて、生きていかなくちゃなって思う。その上で、俺は楽奈に今の正直な気持ちを伝えようと口を動かす。

 

「俺は、俺にできることをするよ」

 

 今の俺は、まだそれしか言えない。すぐにギター弾けるようになるとは思えないし、怖さが抜ける訳でもないって思う。けど、楽奈がそう言ってくれた以上は、それと向き合いたい。だから、ただ自分にできることをする。できる範囲で、楽奈の力になりたい。今は、ただそれだけだ。

 

「……抹茶パフェ」

 

「……ははっ。ったく。しゃあねぇな。おごってやるよ」

 

「……フッ」

 

 俺達は軽く笑い合い、行きつけのライブハウスのRiNGへ向かう為に歩き始める。何から何まで言葉に出さなくても、俺たちはわかり合える。こいつが今思ってることも初めて詳しく聞けたし、今日も今日とて良い日だ。楽奈がRiNGでギター弾いても弾かなくても、涼むにはちょうど良いか。めちゃくちゃ冷房効いてるし、少し……あそこで休もう。

 

 道端に、蝉が仰向けに転がってる。この夏を必死に生きた蝉にも、さよならは等しく訪れる。

 

 蝉は逝っても、今年の夏は、もう暫く逝かないみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 




目で見えるものと、目には見えないもの。




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