異星人の創った女性型アンドロイドに逆行転生或いは逆行憑依して歴史を変えるかも知れない話   作:片玉宗叱

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 後書きにフィリピンの地図と辿った航路を貼り付けてあります。


37 ミンダナオ島

―ユリウス暦千百二十一年、十一月。フィリピン。ミンダナオ島。ブトゥアン王国。

 

 レイテ島からスリガオ海峡を挟んで南にあるのがミンダナオ島である。レイテ湾からスリガオ海峡を抜けてボホール海に出てミンダナオ島沿岸に沿って南進すると、ブトゥアン湾へと至る。

 このブトゥアン湾にあったブトゥアン王国は十世紀頃にはボルネオ島を経由して現代のベトナムやスマトラ島、マレー半島のある地域との交易を行っていたと言われている。十一世紀には北宋の記録にもブトゥアン王国の記述が見られ、その頃には既にフィリピン諸島の交易の中心地となっていたと見られている。

 このブトゥアン王国は交易にバランガイと呼ばれるアウトリガーと帆を持った交易用の大型のボートを用いていた。このバランガイの現物は現代のブトゥアン近郊で発掘されている。切り返しを行う事で風上に向かっても進めたらしい。この優れた航海術がブトゥアン王国の交易の原動力となっていた。

 

 そのブトゥアンの湊、とは言っても桟橋などは無いその沖合に得体の知れない舟と思われる物が現れた。大きさはバランガイ(交易ボート)の十倍以上の大きさであり、櫂も帆も無いのに動いているのだ。湊はたちまち大騒ぎとなる。

 このブトゥアンの湊はアグサン川の河口付近に造られた河川湊である。*1

 

 そんな外の騒ぎを余所に『シンタ』の艦橋では呑気な会話が交わされていた。

 

「お母さん……。こっそり行くんじゃなかったの?」

 

 胡乱な目でタケルを見るシズクにタケルは片頬の指を当てながら応える。

 

「うーん、派手に行ったほうが権力者にすぐに話が通るかと思ってね」

 

「なんで長江でそれをしなかったのかなー」

 

 今度はフウカがシズクと同じ表情でタケルに聞いた。

 

「あそこは、ほら、宋は日ノ本とも交易してるし近いしで面倒な事になりそうじゃないかと思ってね」

 

「「あー、確かに」」

 

 タケルの言に何故か納得するシズクとフウカ。彼女達を見ながらイマヌエルが、やれやれと首を振りながら傍らのクマサブロウに語りかけた。

 

「(お嬢達も、ご主人に毒されてきたっすね……)」

 

「がうぁ。うがぁお(元々あんなだよ。母娘だもの)」

 

 クマサブロウも諦めの感情が声にこもっている。

 

「それで、上陸はどうするの? 『シンタ』には上陸用にボートなんか積んでないよ?」

 

ウパシチリ(有人ドローン)一択だよね?」

 

「あちらから接触して来るのをここで待つ。接触して来たら話して終わりか、ウパシチリを使ってお邪魔するかになるだろうね。二、三日待っても接触して来なかったら次に向かおう」

 

「甲板に出て手でも振ってみる? わたし達全員で姿を見せれば寄って来るかも」

 

 シズクが茶目っ気を出して言うが、クマサブロウが口を挟んだ。

 

「がぁおぐお、がふぅがおくぉう(いや全員で出て行ったら、それこそ威圧になるんじゃないかな)」

 

 タケルと娘二人に比べるとゴリラさんチームとクマサブロウは無駄にでかい。

 プロテクターを付けた四体が並んだら、その迫力だけで腰が引けてしまうだろう。

 

「安全を取って河口から五百メートルは離れているから、甲板に出て顔見世はあまり意味は無いかもな」

 

 現在、『シンタ』は潮の流れに逆らわない様に、陸に対して舷側を見せて碇泊している。

 五百メートルは意外と遠い。当時の人々はどうだったか確認は出来ないが、現代人だと顔の判別は不可能ではないかと思われる。

 

「ただ、人が乗っていると分かれば、こちらに来るかも知れないから、私とシズクとフウカで甲板に出てみるか。二人とも甲板に行くよ」

 

 タケルは娘二人を促して、自らも艦橋を出て甲板へと向かう。

 

 甲板に出て岸の方を眺めるとアウトリガー・ボートが何艘か遠巻きにしているのが見えた。距離としては二百メートル程だろうか。

 

「見て見て、結構近くまで来てるよ」

 

 フウカが燥いで指を差すと、シズクが大きく両手を頭上で振り始めた。

 

「おーい! こっちおいでよー!」

 

「シズク、彼らには現代(未来)日本語は通じないよ」

 

 タケルがそう言うと、舟の方から何やら呼びかけているのが聞こえた。それを聞いてタケルは自身の空間量子メモリ内の言語データベースを探す。

 一致する言語が見付かったのでタケルは言語機能を切り替える。

 舟からの声は『何者だ! 何が目的だ!』と叫んでいた。それに対してタケルも大声で応える。

 

『こちらから危害を加えるつもりは無い! 新しい交易先を探しに、この船でルソン島の()()()()()()()来た! この地に(おさ)、または王が居るなら話がしたい!』

 

 聞こえたのが年若い女の声で且つ流暢なサンスクリット語だった事で、アウトリガー・ボートの上の男達は驚いていた。

 ブトゥアンは交易で栄えていた事から交流のあるシュリーヴィジャヤ王国*2の公用語であるサンスクリット語が扱える者がそれなりに居たので、まずはその言葉で誰何(すいか)したのだ。

 言葉が通じる事で安心したのだろうか、遠巻きにしていたアウトリガー・ボートのうちの一艘が『シンタ』へと慎重に近付いて来た。大きさは長さが五メートル程で漕手の他に戦士か兵士と思われる武器を構えた屈強な男が数人乗っている。

 それを見て、タケルはトランシーバーで艦橋に連絡を入れる。

 

「急いでクマサブロウを甲板に寄越してくれ」

 

『(了解っす。自分達も出るっすか?)』

 

 イマヌエルが応えたので、タケルは追加で指示を出す。

 

「イマヌエル達はプロテクターを装備。もしもの時はトークボタン三回で出て来て迎撃」

 

『(了解したっす。穏やかに済んで欲しいっすね)』

 

「まったくだ。シズク、フウカ、いつでも艦内に退避出来るようにしておきなさい。クマサブロウはその際の援護ね」

 

 タケルは、のっそりと艦橋から出てきたクマサブロウに娘二人の護衛を頼んだのだ。

 

「がうがぁおがぁぅお(こっちは攻撃の意思は無いって言ってるのに武器を構えて来るのは頂けないよね)」

 

 アウトリガー・ボートが『シンタ』の目と鼻の先、二十メートルまで近付いた時にタケルは叫んだ。

 

『止まれ! それ以上は近付くな!』

 

 実際、彼らが『シンタ』に取り付いたとしても喫水から甲板まで四メートルもあるので、おいそれとは登っては来られないのだが、用心するに越した事は無い。相手は弓矢も持っているのだ。

 

『交易先を探しに来たと言ったが、宋よりも北から参ったのか!?』

 

 この十年前にブトゥアン王国の王スリ・バタ・シャジャは北宋に使節を送っており国交を結んでいる。この時は金や香辛料、奴隷を朝貢して北宋の皇帝を驚かせたと伝えられている。

 

『そうだ! 宋よりももっともっと北から我らは来た!』

 

『交易の品を拝見したい!』

 

「シズク、私が蝦夷地で作ったあれ(・・)を持って来て。ロープもね。ああ、あまり太くないので」

 

「はーい。フウカ手伝ってよ」

 

「えー、シズク一人で持てるでしょ」

 

「二人で持って来て。はい、急ぐ!」

 

「「はーい」」

 

 返事をしたシズクとフウカは小走りで艦内へと入って行く。それを見送りタケルはアウトリガー・ボートのブトゥアン兵に声を掛けた。

 

『今、見本品を持って来る! 暫し待たれよ!』

 

『あい分かった! 皆、武器を下ろせ!』

 

 タケルと会話していた男の合図で、舟上の男達は武器の構えを解いた。どうやら偶発的な武力衝突は回避できそうである。とは言え、まだ安心は出来ない。

 

「お母さん」

 

「持ってきたよ」

 

 シズクとフウカが戻ってきた。荷物はルイに持たせていた。それを見てタケルは労いの言葉と苦言を言う。

 

「ご苦労さま。でも二人に頼んだのにルイに持たせるのは感心しないな」

 

「うっほ、うほうほほうほ(ご主人、自分が志願して運んだので問題無し)」

 

 タケルの言にルイが手を横に振りながら訴える。

 

「キミは二人に甘いなぁ。じゃあ、蓋を開けて渡してしまおう」

 

 ルイが持って来たのは木箱である。釘によって蓋が止められているので、釘抜きを使って開けて行く。

 蓋を開けて中から現れたのは琥珀色の液体の入ったガラスの様な瓶とグラス、そして瓶詰めになった何か黄色いツブツブした物、カチカチに干した魚と思しき物、黄色味のかかった捩れた短い紐と丸い物が混ざった物。

 

『今から見本を下ろす! 舷側まで寄って欲しい!』

 

『分かった! おい、舟を寄せろ』

 

 リーダーと思しき男の声で漕手が舟を『シンタ』へと寄せて来た。

 

 タケルは見本をロープに結び、四メートル下に居る舟へと荷物を下ろした。

 

『受け取った! 玻璃(ガラス)に入っている様だが、これは何か!?』

 

 男が物について聞いて来たのでタケルは答える。

 

『琥珀色のは強い酒だ! その隣のはその酒を飲む為の器! 残りは酒の肴だ!』

 

 酒はタケルが密かに蝦夷地で作っていたウイスキーである。蝦夷地の石狩川周辺では泥炭(ピート)が産出する。それを知ったタケルが現代に生きていた時の知識と試行錯誤でスコッチ・ウイスキーモドキを作り上げたのだ。流石に酵母は本場の物が入手出来なかったので前回の航海で得たエール用の酵母であったのだが、まあまあの出来だとタケルは自負している。例によって大麦は大部分が食料へと回されるので少量しか作れないのだが。

 黄色いツブツブは濃い塩分とアルコールに漬けて常温でも日持ちする様にした『塩雲丹』であり、魚の干物は『鮭とば』で、捩れた紐と丸い物は『貝紐』と『貝柱』だ。珍味三点、いや四点セットである。チョイスが渋すぎる。

 

『黄色の粒の物は開けると日持ちしないから気を付けてくれ!』

 

『分かった! 王の宮に届けて託けて置く! 追って連絡があると思うので幾日か待たれよ!』

 

『宜しく頼む!』

 

 そんな遣り取りを終えると舟は岸へと向かって離れて行った。

 

「第一段階クリアってとこかな?」

 

「王様、気に入ってくれると良いね」

 

「塩雲丹も鮭とばも貝紐も貝柱も美味しいもんね」

 

 呑気なシズクとフウカである。いや、貝柱は良いとして、他は食べ慣れないと癖のある物ばかりじゃないだろうか?*3

 

 兎も角、こうしてタケル達とブトゥアン王国のファーストコンタクトは終了した。ウイスキーと蝦夷地の珍味は、果たして吉と出るか凶と出るか。数日以内には分かるであろう。

 

*1
中世ブトゥアンの湊の資料が無いのでこの辺は適当です。ただ当時は海岸付近はマングローブ林となっていた可能性が大きかったのではと考えて河川湊だと設定しています。

*2
 スマトラ島を中心に、マレー半島、スマトラ島、ジャワ島を勢力圏としていた。インド文化圏の外縁部に位置していて公用語でサンスクリット語が使われており、宋とも交易を行っていた事が分かっている。

*3
私は全部好きです。偶に鮭とばを仕事中におやつ代わりに食べてたり。微妙な顔をする人も居ますが、大概は「俺にもくれ」と言われて何人かに強奪されてます。




 活動報告にも書きましたが風邪引きました。明後日(十月二日)分が書き上がっていなかったら、ごめんなさい。
 フィリピンの地図と航路です。なんで狭い所をわざわざ通るのか。

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