救いの蠱毒   作:ヤン・デ・レェ

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正直者

僕とレヴィはロアナプラという東南アジアの島に引っ越した。

 

決め手は、知り合いからの紹介だった。バチカンの淑女曰く、静かで快適だそうだ。彼女とは若いころに何度か仕事を一緒にしたこともあったので信頼できると思った。

 

レヴィは日本に行きたがったけれど、そっちはそっちで僕が嫌がった。だって、わざわざ嫌で出てきたところに戻るのはちょっとねぇ…。

 

ともかく、僕とレヴィはこの…蒸し暑いけど確かに静かな…ロアナプラに引っ越した。選んだ新居は島のど真ん中にある一等地だ。セキュリティは…正直、僕は興味ないかな。静かでいいとこだし、盗みが入るなんて考えられない。そもそも盗むものもないし…だって、越してきたばかりの家だからテーブルだけ買って床に座ってご飯食べてるんだよ?

 

そんな感じ、でも、まぁ住めば都っていうしそのうち慣れるでしょ。あーあ…今はなにより寝具が欲しいよ。聞いておくれっ、毎晩毎晩、レヴィは僕に引っ付いて寝るんだ!もうぅ、暑くて暑くて…子供のころからちっとも変わってないんだからな~あの子は。

 

そういえば、さっき話したロアナプラを紹介してくれたレディの所にも、新入りが入ったらしいよ。彼女は厳しい人だから、ちょっとやっていけるか心配。

 

あっ…いっけね、忘れてた。お昼ご飯をレヴィと一緒に食べに行くんだった…現地集合って言ってたけど、この時間だと…あぁッ!?いつもの道じゃぁ間に合わないじゃん!でも僕は方向音痴だし…仕方ない、元カノのお慈悲に縋るとするかぁ…。

 

 

 

 

僕がリップオフ教会に道案内を頼みに行くと、見慣れない金髪の女性がタバコをふかしていた。ロンメルが好きそうなサングラスをかけていたから、とてもお洒落さんだなと思っていると、奥から元カノ…ヨランダ姉が出てきて言った。

 

「電話で聞いたよ、今はクリスなんだって?メスガキ一匹背負いこんで、こんな地の果てまで乗り込んでくるたぁ…アンタ、私を好きすぎないかい?それにしても…アンタのその若さどうなってるんだい?全く神の御加護もあったもんじゃない。」

 

ヨランダ姉の説法だけは好きになれない。だって眠たくなるんだもん。

 

「アンタは変わんないね、懐かしいよ…。それで、今日はどうしたもんかね?入用のモノでも?」

 

うん。まぁねー。ところで、道案内ってやってる?あ、お金はないです。

 

「方向音痴と金欠癖もそのままかい…浪費癖もないのに、治んないもんだねぇ。ま、私もアンタにゃ負けるよ。人でも発信機でも好きなもん持っておいき。」

 

ありがと!ヨランダ姉大好き!

 

「ふんッ!照れるから人前じゃやめとくれ!それで、どれにするんだい?」

 

僕はヨランダ姉のほっぺにちゅーしてから、入り口で静かにタバコを吸っていた金髪の女の子に目を向けて言った。

 

この子にする!

 

「えぇッ!?あたしぃっ?」

 

 

 

 

ここ四年間の成果で、ようやくクリスさんの誕生日を知る事ができた。6月28日…彼曰く、第一次世界大戦が終結した日なのだという。

 

これまで祝われるだけだったから、あたいは今年こそは祝う側に回りたかった。だから柄でもない、サプライズなんて考えたんだけど…大丈夫かな?ちょっと心配になってきたぞ…。

 

クリスさんはあぁ見えて物凄い鈍い。切れ者な感じはあるし、実際にそうだ。けど…それは仕事だけというか、それ以外の部分は結構抜けてる人だったりする。この前だって靴下と靴をそれぞれバラバラに履いてたし。歯磨き粉とクリームを間違えるし。ミルクティーに砂糖じゃなくて塩いれるし。洗濯の仕方も知らなかった。

 

だから、最近のあたいは家業じゃなくてクリスさんのお世話をするための勉強ばかりだ。ま、まぁっ…それはそれで楽しいっていうか、いいなぁ~って思ってたりはするんだが…。

 

とにかく、ドジで鈍いクリスさんは当然のごとく方向音痴で、おまけに純真なんだ。よくあれでこの世界で食っていけてるな、とつくづく思うぜ。まぁ、だから癒し枠?かなんかの扱いなのかもしれないし、確かにあの人の顔は広い。知り合いから歓迎されなかったことは皆無だし、寧ろみんなあの人のご機嫌を取りたがる。

 

…おっと、いけね。話が逸れた。言いたかったことは、アレだ、クリスさんが一人でこの…比較的小奇麗なレストランに辿り着けるのか気がかりだってことだ。

 

あの人は大丈夫だって言ってたけど…ごめん、信用できねぇ。ロアナプラを住みよい静かな町とか言えるのはアンタくらいのもんだよ…。

 

「お~い!レヴィ~!おまたせ~!」

 

聞きなれた声に振り向くと、店の前にあった人だかりが突然砕けた。真っ二つに裂けてでてきたのは、グラサンをかけタバコをふかす金髪のシスター服の女と、その女に先導されながら私の方に手を振り向かってくるクリスさんの姿だった。

 

 

 

到着早々店の奥に通されたあたいとクリスさん…それから何故かコイツ、エダ…。座るなり灰皿を独占したコイツにも、ウェイターがメニュー表を渡しやがった。

 

「いやぁ~助かったよ。ありがとうね、エダちゃん。」

 

「ァッス…あたしのことは、エダで、いいんで。」

 

ご機嫌でエダ…という見るからに怪しい女にも気前よく笑顔を振りまくクリスさんを見ていると、あたいは下っ腹がむかむかしてきた。あたいは別にクリスさんに腹を立てているワケじゃねぇ。そんなことは、断じてありえねぇ。

 

けどよぉ、誰だぁテメェ…人の気も知らねぇでタバコふかして居座りやがって…。

 

「じゃぁ、エダで。よっし、用もなくなったんだからお前は帰れ。ありがとよ。世話になったな。次はねぇから安心しろよ。」

 

二本目のたばこに一本目から火を継いだエダに、我慢の限界だったあたいは言った。

 

あたいの言葉に、エダはきょとんとして、それからにやりと笑った。

 

あ、因みにクリスさんは気にすることもなく頼んでいたイカスミパスタが一番に届いたことを嬉しそうに報告してきた。よかったっすね。美味しそうに食べてくれて嬉しい。あたいが作った訳じゃないけど。感想が「しょっぱいね」は可愛いです。

 

で、エダの女郎はというと、なんとニヤけた面のままあたいの席の隣に座り込みやがったのだ。

 

「あたしはエダっての。よろしく~。ところでさぁ…アンタ、さてはあの人に気があるワケぇ?それもかなーり入れ込んでるみたいじゃん?完全部外者のあたしまで邪険にするってこたぁよ?ね、どーなのさっ!」

 

「う、うぐぅ…。」

 

「あれれ、図星かい!アンタ、嘘つくの下手でしょ。…案外、育ちがいいのかな?」

 

「う、うるせー!テメッ…あの人になんかちょっかい掛けてみろ、その灰色の脳細胞を超特急でアメリカに凱旋させてやるよ。」

 

「…へー…わかる?アメリカ人だって。」

 

「あったりめーだろうが、その役人くせぇ言葉選びとか、完全にあっちで朝からコーヒー啜って労働に勤しむクソホワイトの口ぶりだぜ?」

 

あたいの口撃が効いたのか、さっきまでの調子をすっかり落としたエダは突然真顔になって、それからすぐにムスッとした表情を浮かべた。

 

因みにクリスさんはあたい達の口の悪さにパスタを噴き出していた。あぁ~あ、あれだけ紙ナプキン首から下げろって言ったのに…咽た拍子にソースが襟に撥ねてるじゃないすか。やっぱりあたいがいないとダメなんですね~。

 

…で、どうなんだよ?エダ、てめぇ。腑抜けた面しやがって。クリスさんのシャツは一枚しかねーんだぞ!越してきたばっかでマジでこの人、服ねーんだぞ!弁償しろや。

 

「へー…あっそ、まぁいいや…。」

 

「…テメェ、何が目的だよ。」

 

あたいはエダに聞いた。…もしかして、クリスさんを狙ってる訳じゃねーよなぁ?そんなわけねーもんなぁ?

 

もしも、仮に少しでも好いなって考えてみろ、顔見りゃぁな、分かんだよ。ぜーんぶな。あたいの勘を舐めんなよ。

 

「…ぷっくくくくくッ!あっひゃひゃひゃひゃっ!あ、アンタ面白いね~!OK、気が変わったよ。」

 

突然笑いだしたかと思えば、今度は馴れ馴れしく肩を組んできやがった。なんだこのアマ。

 

「いいかぁ、レヴィさんよ、あたしはね、こーう見えて学生の頃はブイブイ言わせてた口でね。そういう、色恋もお手の物な訳よ。」

 

いきなり何を言い出すんだッ!?この野郎!クリスさんに聞こえたらどうすんだ!ってか、ガン見してる!ガン見してるから!あの人コッチをガン見してるから!

 

「うるせぇよ。そんなことより、アンタどーしたいんだい?え?引っ付きたいんだろ?その様子じゃぁ、あの男にベタ惚れなんだろ?」

 

「だだだだだだ、だったら何だよ!?テメェにゃ関係ねーだろうが!」

 

あたいがエダを引っぺがそうとすると、エダはあたいの胸を鷲掴みにしやがった。…テメェ、殺されてーのか?クリスさんにも揉まれたことないのにぃッ。

 

「おっと、危ない。流石に悪かったよ、今の殺気はマジだったじゃんアンタ。そんなにかい?そんなになのかい?」

 

「そんなにで、何が悪いんだよッ。」

 

「悪かないし、何より面白そうだ…このクソ暑くて退屈な島で、娯楽は大切だぜ?」

 

「あたいの純情を弄んでみな、二度と足腰立たなくしてやるよ。」

 

「おーそりゃ怖い…でも、あたしは役に立つと思うぜ?アンタの恋路を応援、してやるよぉ。」

 

「…よ、余計なお世話だ。」

 

「本当かい?なんだか、奴さん、モテるんだろ?」

 

「わ、分かんのかよ!?んなこと…。」

 

「分かる分かる。ありゃー、マズいね。ヤバいよ。劇物よ。早くしねーと盗られちまうね。間違いない。」

 

「…テメェ、気はねぇんだな?」

 

「あたしゃ、危ない男に興味ないんだよ。他人様の男をとるにしたって、アンタみたいな地雷背負ってるのはお手上げさね。」

 

「…ふん、胡散臭いアマだ。」

 

「尼さんの言うことは聞いとくもんだぜ?…ま、あたしはお暇するよ。また、気が向いたら教えとくれよ。相談に乗るぜぇ~?」

 

そう言ってエダは店を出た。

 

「仲好しさんだったのか…知らなかった。」って…クリスさん、そりゃアンタの勘違いだ。ふふふ、でもそういうところも可愛いっすね。

 

口周りにべっとりついたソースをナプキンで拭いていると、あたいの料理も来たみたいだ。やっと二人きりになれた…。

 

「お誕生日おめでとうございます!クリスさん。」

 

「えぇッ!嘘ォッ!?覚えててくれたの!ありがとー!レヴィもお誕生日おめでとう!」

 

「あ、あたいは今日じゃないっすね。」

 

 

 

CIA女性捜査官射殺事件の調査班に配属されたことが、イディス・ブラックウォーターが男を知るきっかけだった。

 

黒髪で中肉中背、目の色はオレンジと緑の溶け合っていて色素が薄い、年齢不詳、本名不詳、職業不詳。今はクリスと名乗っているらしい。

 

イディスが…延いてはアメリカが調べて分かったことはソレだけだった。自国のスラムで育った少女を供に連れていることも分かっていたが、素性に関しては彼女、レベッカ・リーの方が余程詳しく知る事が出来た。

 

異質な男にしかし、イディスは惹かれた。

 

初めは純粋な興味だったが、調査班で事件の全容を究明するために、その男について調べれば調べるほどに…。

 

「目が、合っている?」

 

そのように、感じるようになっていた。

 

男の瞳は美しかった。男の容姿もずば抜けて美しいものだった。

 

しかし、瞳にしても魔眼であるはずもなし。どうしてなのかはわからなかった。惹きつけられていく自分に恐怖を覚え、調査班からの転属を願い出たほどだった。

 

願いは受理され、彼女には工作員としてアジア方面への潜入の辞令が下った。

 

アメリカから遠く離れれば、あの瞳を忘れられるはずだ。イディスはそう思った。

 

人格を変え、一人称を変え、言葉遣いを変え、出自を変え…エダが生まれた。エダとなった彼女には、その経歴の中にCIAとしての身分は存在せず、だからこそ男のことなど、クリスのことなど知らない。興味もない。執着もない。

 

奴はただの犯罪者だ。ただ一方的に私が写真で、或いは画面越しに見てきただけ。

 

あれ?どうしてあたしが彼のことを知っているんだ?

 

 

 

 

「あの…どーしてあたしなんすか?」

 

他に人がいなかったのはあるかもしれない。年配のヨランダに案内させるほど人の心を捨ててないのかもしれない。けれど、普通だったらとても話しかけられないような雰囲気を放っていたあたしをわざわざ案内役に選んだのは何故なのか。

 

「いい匂いだったから。」

 

「そ、それだけ!?」

 

短くもハッキリと伝えられて、驚きが思わず口から出ていた。

 

「いいや、他にもあるよ。君、顔が好みだ。」

 

「いやいやいや…なんでいきなり口説いてんすか!?」

 

まさか、あたしを狙ってんのか!?

 

「口説いてないよ。思ったことを口に出しただけだよ。」

 

「あ、そっすか…。えぇっと、他には。」

 

赤面した自分を殴りたかった。

 

「頭良さそうだったから。」

 

「頭悪そうな返答っすね。」

 

地図も見ずに案内するあたしに角を曲がるその都度、感心していた理由はソレか。

 

「鈍い自覚はあるかな。こだわりはあるんだけど、興味ないこととか細かいことには無頓着なんだ。」

 

天才気質、なのか。あたしは興味本位で質問を重ねた。

 

「じゃぁ、あたしは琴線に触れたんすか?」

 

「触れた。」

 

うんうん頷く様は小動物的で、危険人物として合衆国から警戒されている人のモノとは思えなかった。

 

「へ、へー。あ、そろそろ着きます。」

 

「君さ、エダちゃんはさ…少し…。」

 

「少し…?」

 

突然立ち止まったかと思えば、顎に手をやり某名探偵のように眉間に皴をわざとらしく作った男が言った。

 

「ウソ臭いね!」

 

どのウソのことだろう…ぼんやりと、そう真夏の日差しにバてた時のような曖昧な感覚が頭に靄をかけた。

 

「…だったら、どうするんですか?」

 

「ウソじゃない方も知りたい。」

 

顔を寄せて言う男は、今日一番に真剣な表情だった。

 

「面白くないと思いますけど…。」

 

「ウソの方も知ってるから、面白いよ。」

 

「そういうもんですか。」

 

「いや、見てみないとわかんないや。」

 

この人と話していると、化かされているような気分になる。嫌な感じがしないのが、恐ろしいところだと理解しているけど。それでもあたしはおかしくなって笑っちまった。

 

「ぷくくくっ…変な人っすね。」

 

「君も変だよ。僕の顔じゃなくて眼ばっかり見てる。」

 

ドキリ。自分でも無意識のうちのことを指摘されて冷や汗をかく。目を見て話すことと、目だけに注意が向いていること、その区別ができるだけでも十分鋭かった。

 

「眼も、あれっすよ、アンタは変なんすよ。」

 

「変なのぉ~?嘘だぁ。」

 

再び歩き出したあたしに並んで、顔を覗き込まれる。なんでだ、嫌じゃない。きっと顔が好いからだ。言葉に影もウソもないからだ。小悪魔のような表情だった。

 

「ウソじゃないっす。ヤバいっすよ。」

 

「へぇー。石にできるかな?」

 

「出来ませんね。それは…無理。」

 

「じゃぁ、何にできるのさ。」

 

ふふっ……見るからに消沈した姿が不覚にも可愛かった。

 

「いや、そんなの私にもわからないっていうか…。」

 

「…あ~なるほど、君がそうなのかぁ…。」

 

「…?何がっすか?」

 

納得したと言いたげな、目を丸くして感心するような表情を浮かべるクリス。しかし私にはさっぱりだった。君?…どういうことだろう?

 

「…いやぁね、やっぱり面白かったから。」

 

「…そろそろ、目的地に着きますんで。」

 

人の込み合う中心市街で小奇麗な店を探してくれってんだから、ここじゃぁ簡単な探し物だった。それにしても…やっぱり、あの目はマズい。何か、裏っ側からひっくり返されるみたいな。都合よく造り変えられるみたいな感じだ。あぁ、にしても…。

 

「お~い!レヴィ~!おまたせ~!」

 

好い男だなぁ…。あの女には勿体ない。

 

けど、男から先に堕とすにはリスクがデカい…地雷踏み抜いて死んだバカが身内に一人いることだし。

 

…先に女の方を攻略するかね。

 

待ってろよ?あたしのクリスちゃん♪

 

 

 

 

 

 

 

 

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