六月の十七日。
梅雨のくせしてお天気キャスターに文句をつけていたような、今までに見た事がないほど快晴の日だった。
あまりにも日差しが強かった。空の青が濃かった。空を見るだけで、夢を見ているのでは、と思うほどに。夢じゃなかったけど。
夢であるならばと、空想であるならばとおねーちゃんと仲良くしたいって思ったのが良くなかったのかもしれない。
出来れば夢であって欲しかったのだけれど、その日、あたしたちの姉妹仲は奇々怪々な壊れ方をしてしまった。
朝、昨日まで険悪だったのが嘘かのように、おねーちゃんは子供の頃にしかみたことがない純度の笑顔をして、あたしに元気に挨拶をしてくれた。
あたしは呆然とした。
具合でも悪いのだろうか。
真っ先に思いついたのはその可能性だった。
こんな上機嫌なお天道様がおねーちゃんの頭をいじってしまったのだろうか。
だって、そうでも無いと説明がつかない。昨日まではこんな笑顔をしてくれることも無くて、お互いに笑顔になれるような会話をすることも出来なくて。それでも、今目の前には春風駘蕩の雰囲気を纏って、何故か得意気にこちらを見据えているおねーちゃんがいる。
何かが起こって欲しい、とずっとずっと思っていたけれど、これ以上おねーちゃんのストレスになってしまうことを恐れて何も行動できなかったあたしをいっそ嘲笑っているかのように、吹っ切れた様子だった。
どうしてそんなことで悩んでいたんでしょうね。どうしようも無いのだから受け入れれば楽しく過ごせるのに。
そう言っていたのを覚えている。
その日のあたしは、もう情報がキャパオーバー、情緒がオーバーフローといった感じでせっかくおねーちゃんが話しかけてくれているのに、上手く話せないことが何度もあってベッドの中で後悔していた。久しぶりに一緒にお風呂に入らない、だったり久しぶりに一緒に寝ない、というお誘いも承諾しそびれてしまったし。
夢ではないか、と一日中お天道様に疑いをかけていたのも原因だろう。
もう今日はどうしようもないから、と自分に暗示をかけて、今からおねーちゃんのベッドに忍び込んでも許してくれるんじゃないか、という少し変態じみた発想は忘れることにて、明日もまた何か起こってしまうのではないか、と意味の無い推測をして。寝ることにした。
六月の十八日。
それは昨日とはうってかわって、天上の水たまりを針でつついて壊したかのような大降りが、窓の端からでさえ見えるような日だった。
昨日のあれは本当に何だったのだろうか。天候も、おねーちゃんも。
いっそ全て幽かな夢であったと思った方が、とまで思い至って、とりあえず朝の準備をすることにした。
あたしの部屋の、ドアの前で立ち止まってしまった。
開けたら、前のおねーちゃんに戻ってしまっている気がして。
脳に血を巡らせる。怖気付いて凝固した手を動かす理由をどうにか捻出する。
ああ、そうだ、こんな憶測に意味なんてないと分かってるんだろう。
扉を開ければ昨日のままのおねーちゃんがいるし、こっちに気づいておねーちゃんが居なくても眠れたの?みたいなことを言ってくるに違いない。さすがに盛ったか。あのおねーちゃんでもここまでは言わないな。
笑みが溢れる。自然と、強ばっていた腕が緩んで、扉を開けることができる。家のリビングが見える。足がうごく。雨の音が聞こえる。お天道様は昨日と違って憂鬱みたいだけど、それでも今日はいい一日になるんじゃないかな。今日こそはおねーちゃんと仲良くなりたい。
リビングには、あたしより早く起きたおねーちゃんが居て、こちらに声をかけてきた。あたしは笑顔で、元気に挨拶する。
「ねぇ、どうして十八日なの?昨日は十六日だったと思うのだけど」
挨拶は返して貰えなかった。多くの困惑と、あたしへの多少の忌避を孕んだ顔で、おねーちゃんはそう返事をした。
▽ ▽ ▽
おねーちゃんは、二重人格になってしまったらしい。
あの日から、一日ごとにかわりばんこでおねーちゃんが表れる。
あたしに笑顔で接してくれるおねーちゃんと、あたしをちょっと厭うようなおねーちゃん。
逆の方の記憶はなくなってしまうらしく、本当に一日ごとに魂ごと入れ替わってるのかもしれない。
それに、おねーちゃんのそれに呼応するように、天気もあの日見たままの爛々とした蒼天、そして次の日に見たままのどしゃ降りを繰り返している。
雨が降るからおねーちゃんが曇って、雨が止むからおねーちゃんが晴れる。
もしかしたら逆なのかもしれない。そこはちょっと要検証ってところではあるけど。
あたしは、できるだけおねーちゃんが望む通りに過ごしている。
まぁ、この行動基準がずっと前と変わっているかと言われると疑問だけど。
曇りのおねーちゃんの日は積極的に関わることはできるだけ避けているし、晴れのおねーちゃんの日は望むとおりにぎゅーもするし遊びにも出かける。ただ、同衾してしまうと朝対面するのは曇りのおねーちゃんなのでそれは申し訳なく断っている。お昼寝はしているけど。
解離性人格障害、それが病院で診断されたおねーちゃんの病名。
それは、主に児童虐待などの成長期のストレスで発症してしまう病気。
そしてあたしは、別れる前のおねーちゃんに相当なストレスをかけてしまっていた。
別れてしまったのは、あたしのせい。間違えようがない。
普通に、生きていけるはずだったおねーちゃんの人生を壊してしまったのも、あたしのせい。
あたしは、責任を取り続ける。
昨日は、嵐だった。
今日は、夢色の快晴が見られる日である。