現時刻夜七時、場所は羽丘の近くのコンビニ。俺はここである人を待っている。
「こんな時間に呼び出してなんなんですの、
相手は豊川祥子。水色の髪をツインテールでまとめたお嬢様。そして、バンドをやってたお嬢様。
「この間、初華に連絡したんだって?たしか、全部忘れさせて、だっけか」
「……余計なお世話を」
「で、実際のところはどうなんよ」
コンビニで買ったコーヒー片手に聞いてみる。祥子のデリケートな部分にズカズカと、嫌な顔してもお構い無し。質問をやめるつもりは毛頭無い。
「言いましたわ。あんなの見せられたら忘れたくても忘れられないもの」
「あんなの、ね」
溜息と一緒にコーヒーを口にする。中学の一時期、祥子がやっていたバンド、CRYCHIC。祥子が作ったバンド。で、祥子が終わらせたバンド。その残党が新しいバンド作って、CRYCHICの曲、春日影をやった。ちょうど睦とそのライブ見に行った祥子が後で初華泣きついたんだとか。
「CRYCHICの最初で最後のライブ、あれ結構好きだったよ」
「私に対しての当てつけですの?」
「かもしれないな。あと、妬み」
「……当てつけはともかく、あなたに妬まれる覚えはなくてよ」
祥子にはないさ。俺にはあるけど。虐められた側は覚えてて、虐めた方は覚えてないのと同じ。行動力、人脈、才能、祥子の全てを嫉妬して妬んでる。あの可愛いボーカルと出会って、睦を誘ってベースとドラムも見つけて。作曲も祥子がやったらしいし。
「ほんっと、そういうところもムカつくよ」
「さっきから話の筋が見えませんわ。私をここに呼び出した理由はなんなんですの」
「それ聞いちゃう?」
「無理言って門限を過ぎてからも外出してきたのだから、それ相応の内容じゃなければ怒りますわよ」
どうやらのらりくらりと話の本筋から逃げるのもここまでらしい。
「やり返し、されてくれない?」
「やり返し、ですの?」
「そう。やり返し」
返事は意味が分からない、とのこと。もちろん意味を分からせるつもりで言葉は選んでいない。呼び出した理由も、ここまでの話も、七割か八割は嘘だ。
「内容によりけりですわね。無理なものは無理と断らせていただきます」
「簡単なことだよ。俺と一緒に駅まで来て」
いぶかしむ祥子に手を差し伸べてみる。端から見たらナンパにみえるんだろう。やっている俺も恥ずかしい。ポーカーフェイス、保ててるかな。
「……やり返し、されてあげますわ」
「そうと決まれば早速行きますか」
「目的地はどこに?」
返事をせず、俺は祥子の手を引いていく。同時に空いた手でスマホを弄り、電車の時間を調べる。できるだけ遠くに行ける電車を探す。もちろん、祥子の問いにはノーコメントのまま。
駅に着くと時間は八時を回るかどうかと言ったところ。この時間ならまだ電車がある。
「いい加減になさい英次!わたくしをどこに連れて行くつもりなの!」
「財布に余裕は?」
「ありますわ。じゃなくて!質問に答えなさい英次!」
怒りの限界に達したらしい祥子は強引に俺の手を振りほどいた。途端、俺と祥子に視線が集まる。疑惑、興味、不信感。見られる理由大いにある。加えて帰宅ラッシュに直撃、流石の人混みだ、人目を気にせずその場で震えながら立ち尽くす祥子の手を再度取り、そのまま改札を潜る。
「で、落ち着きましたかお嬢様」
「落ち着くも何も、早く行き先を言いなさい。お母様に怒られてしまいますわ」
「あぁ、その心配は無いよ。今日は帰れないから」
「は?」
乗った電車のボックス席で少しだけ本当のことを言ってみる。途端に呆けた声を上げる祥子。そのアホ面を睦と初華にも見せたいが、今回は俺だけの独り占めにさせて貰おう。
「帰れないってなんですの!」
「行き先はずっと遠くのどこか。俺も一回見ただけだから地名は覚えてないけど」
「着替えも何もありませんのよ!この身一つで何も分からないところに連れてくなんて……」
現状を悲観するように言葉がスラスラと出てくるあたり、本当に育ちのいいお嬢様だよ。俺はそんな祥子が好きだし嫌いだ。だからこうしてやり返してる。行き先も告げずに電車に連れ込んで、その澄ました顔を崩してみたかった。
電車は快速と言うことで所々駅を飛ばしていく。数十分もすれば県外に到達、倍もすれば終点でまた乗り換えて。隣に座る祥子は喚き疲れてうとうとしている。俺も眠いが、寝たら車庫までいちゃったり、なんてことがあるから寝られない。電車に乗った頃には鳴り止まなかった祥子のスマホの通知音も今は鳴らない。俺の親が祥子の親に連絡してくれたんだろう。
「祥子、起きて」
「なん、ですの」
「乗り換え」
寝ぼけ眼の祥子の手を取り、迎えのホームに止まる電車に乗り込む。また電車に揺られて遠くに。山に川にビル街にを抜けて、いよいよ終点。改札を出ると時刻は日付を回る頃。目に入る光はコンビニと24時間営業のチェーン店だけ。調べてみると近くにはネットカフェとホテルがある。夏休みの真っ只中とはいえ、人気が無いこの付近であれば空き部屋の1つや2つはあるだろう。
「で、本当に連れてきましたわね」
「俺が嘘付けないのは祥子も知ってるだろ?」
「ええ、よく知ってますわ。そのムカつく二枚舌に何度騙されたことか」
なんて昔話をしながら泊まるホテルに向けて歩を進めた。
高校生、という身分を偽ってチェックイン完了。シャワールームとダブルベッドが1つの簡素な部屋。想像とは裏腹にかなり予約が埋まっていてこれが最後の一部屋だった。セーフ、と言いたいところだが、祥子と俺は年頃の男女と言うことをお忘れ無きように。
「なんとか寝床は確保できましたわね。一部屋でベッドも1つですが」
「それはごめん。言えばネカフェでも床でも公園でも寝るよ」
「そう言いたいのも山々ですわ。ですが、部屋を取れたことに免じて許して上げます」
へいへいと軽く感謝を伝え、一度ホテルを出てコンビニに向かった。俺も祥子も飲み物しか口にしていない。移動距離も移動距離だし、流石に飯抜きは悲しいにもほどがある。
「こ、これはなんですの。カップ、ラーメン?」
「飯代ぐらいは出すよ」
「それでは遠慮無く」
そういいながら祥子は俺の持つカゴにカップラーメンとお菓子とペットボトル飲料とを投げ込んでいく。会計はコンビニでは見たことのない金額に。レジしてくれた店員さんもちょっと驚いてた。
先に外で待ってて、と言われたから大人しくドアの少し横で待機。電車の中で着替えがなんだっていってたし、何を買ったかは聞かないでおく。
「お待たせしましたわ」
「ホテル戻ったらシャワー浴びるか、先に買った物食べるか」
「シャワー一択ではなくて?」
「祥子お嬢様の仰せのままに」
ホテルに戻って荷物を置いて、祥子はシャワーを浴びている。俺は部屋で一休み、と思っていたが、祥子に言われて部屋がある階のホールで待っている。無理矢理連れて来たのはいいものの、プランは何もない。少なくとも今頭にあるのは祥子の代わりに怒られること。今更ながらちょっと後悔してる。
「終わりましたわ」
「すっきりしたようでなにより」
「あなたが浴びているときは私はここにいたほうがよろしくて?」
「祥子がしたいようにしていいよ」
呼びに来た祥子に言われて、俺もシャワーを浴びる。いつもより少し冷たい温度で、疲れた頭を冷やしていく。シャワールームを出ると椅子に座る祥子の姿がある。何をしているかと思えば、カップラーメンと睨めっこ。もしかして、の想像なんだが……
「カップラーメン、食べたことないとかいう?」
「お生憎様、こういったモノは口にしたことがありませんの」
「そうかそうか。なら教えてやるよ」
備え付けのポットに水を入れ、沸騰したお湯をカップラーメンに注いでみせる。これであと三分待てば、と説明している間も祥子はカップラーメンの容器から目を話さなかった。
三分経過を知らせるタイマーが鳴って、蓋を開いてみる。途端に広がるラーメン特有の香り。俺が醤油で、祥子がシーフード。小さいテーブルに他にもいろいろ並べてかなり豪華な夕食に。
「流石に割り箸は使い方分かるよな?」
「ええ、分かりますとも。個包装されている棒を二本使うのでしょう!」
「そのふっとい棒をこうやって割るんだよ」
目の前で割ってみせるとこれまた驚きのオーバーリアクション。食べ始めると背徳的な飯の旨さに気づいたようで、目の前に置いてある容器はあっという間に空になっていった。
「ご馳走様でした」
「満足したようで」
「英次にしてはいいチョイスでしたわ」
そりゃどうもとお礼ばかりに片付けをする。数分とかからず終わったが、その間にも祥子はまたウトウトとしている。時間を確認するとそれもそのはず。もう深夜二時を回ろうとしている。
「祥子、寝るならベッドで寝ろよ」
「わ、分かってます……わ」
「俺は椅子で寝るから」
「何を言ってますの。ダブルなのだからあなたもベッドで寝られるでしょうに」
余計な、いやありがたい祥子の一言で俺もベッドを使わせて貰うことに。祥子が壁側、俺が通路側で背中合わせの状態でベッドに入った。電気は枕元にあるスイッチで消灯可能。やろうと思えば今すぐにでも消せる。
「もう寝たか?」
「わたくし、電気が付いてると寝られませんの」
「じゃあもう消すか」
「いえ、このままもう少し」
祥子に言われたとおり、電気は消さずにそのままに。会話がなくなって、表情も見えない。今日1番の気まずい雰囲気に包まれた。
「それで、今日連れ出した本当の理由はなんですの?」
「言っただろ。やり返しだって」
「その嘘で隠している本音を聞きたいのだけれど」
肩をすくめて、といわれましても、な表情を作ってみる。もちろん祥子からは見えていないから意味は無い。俺の嘘はバラすまで見破られないことが多いんだけど、それは祥子以外の話。今回も、昔もそうだった。
「昔馴染みからの慰め、って感じに受け取ってくれればいいよ」
真実と偽りを織り交ぜた返事。祥子を妬んで恨んでいたことも本当。バンドをやめてから雰囲気が変わって心配していたのも本当。ただ、口から出るのじゃ逆のことばかり。よく言う天邪鬼、ったやつ。
「最初からそう言ってくれれば良かったものを」
「言えたらここまで苦労しねぇよ」
「お互い、口下手なのは昔から変わりませんこと」
そういうところも、って言えないのが悔しいところではある。少なくとも、来るときよりも雰囲気が明るくなった、気がする。俺のしたかったことは出来たから、満足かな。
「CRYCHICの件、ご心配をおかけしました。わたくしが始めたバンド、わたくしの手で終わらせたことも言えば良かったですわね」
「そうしてくれると助かってたかもな」
「なので、もしまたバンドを組むことがあれば、初ライブにはご招待させていただきますわ」
一晩歩いた悪友として、とか粋なこと言っちゃってさ。俺も上手い返事を少し考えていると、後ろから寝息が聞こえてくる。電気が付いてたら寝られませんわ、とかいってたのはどこ行ったんだよ。
「まぁ、いいや。おやすみ」
電気を消して、俺も瞼を閉じてみる。明日、帰ったから怒られることは覚悟しておこう。
ちなみにこの後主人公一睡も出来なかったと思います。