ヤンデレの悪魔に人生狂わされる   作:ヤン・デ・レェ

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BOMB!

デンジと暮らし始めて三年くらい経ったある日、男の元にまたもや問題が転がり込んできた。

 

港湾を取り仕切る組が、海外の得体のしれない連中に取って代わられたというのである。港は大事だ。武器密輸なんかで一儲けしている男からすれば看過できないことだった。

 

だが、その得体のしれない何かの正体を突き止めないことには、部下を突っ込ませることも、自分から出向くこともできなかった。

 

男は利益の問題をいったん保留にし、マキマを通じてその得体のしれない連中の正体を探りつつ、向こうとの接触を図ることに決めた。

 

男はそれなりに仲間の命も自分の命も大事に思っていた。

 

仕事の話はともかく、ここまで。イタリアンマフィアじゃないが、男にとってもより大事なのは家の中のことの方だった。

 

 

 

 

雑居ビルの三階。その日は、デンジとポチタには夕飯の麻婆豆腐丼を先に食わせておいたから、あとは寝かせるだけだった。

 

「お休みなさい!兄貴」

 

「ワン!」

 

「おぉ、お休みデンジ、お休みポチタ」

 

男が仕事にとりかかろうと席を立つと、とてとてとデンジとポチタが駆け寄ってきた。

 

「ぎゅーって」

 

「ぎゅーな」

 

男はポチタを抱き上げると、デンジをぎゅーっと抱いた。それから、「歯は磨いた?」と聞いたりした。

 

デンジはほこほこした表情でこくりと、一つ一つに頷いていた。ポチタも気持ちよさそうに男に撫でられていた。

 

温かい空間だった。そうして、デンジが満足するまでギュッとしてから、三人はまた別々に戻った。

 

「おやすみなさい」

 

今度こそそう言って、デンジとポチタは自分たちの子供部屋に向かった。

 

二人の寝息が聞こえてから男は、コーヒーを淹れて、眼鏡を掛けて、今月の決算書を整理しながら目を通し始めた。

 

「業績は…黒字だが、やはり港で色々と止められてるな…賄賂の額を上げろって脅しか?それとも…」

 

独り言ちながら、ペンを走らせ、部下への指示書を作成する深夜。突然、ピンポーン、とインターホンの音が鳴った。

 

「…こんな夜中に誰だろう?またマキマかな?」

 

男は不思議に思いながら、子供部屋をチェックしてから、玄関に向かった。

 

 

 

 

「君ってさ、不用心だってよく言われない?」

 

やっぱりマキマだった。

 

開口一番にそう言われた男は、バツの悪そうな顔で、正直に頷いた。

 

「確かに、よくいわれるよ。」

 

前置きはさておき、マキマは単刀直入に、男に言った。

 

「今回の先方は危ないかも」

 

「具体的には?」

 

「後ろに国が付いてるって言えば理解できる?」

 

「どこの?」

 

「ソヴィエトだよ」

 

「なるほど、ロシアンマフィアか」

 

「ご名答…ところで、君って持ってるの?持ってるよね?」

 

「何をだよ?」

 

「銃だよ銃。このご時世に禁制品を所持するのは、君や私みたいに命の危険が傍にある仕事の人だけだからね」

 

「持ってる…アメリカの純正品だ。今も手入れはしてる」

 

「そう、なら好いんだ。君に自分の身を守る力が無くて…なんて、考えたくもないからね」

 

「俺も元デビルハンターなんだが…」

 

「ほとんどアマチュアだったの、知ってるんだからね?その強さは私でも謎だけど…ねぇ、なんか隠してない?」

 

「隠してない隠してない…それより、そのマフィア連中なんだが」

 

「うん」

 

「うっかり、消してしまっても?」

 

「問題ないよ。いや、寧ろ綺麗になるからね。私としては君に都合が好い方が好いんだ」

 

「ありがとうよ。いつも、感謝してるよ」

 

「このくらい当然だよ、だって私たち、対等な関係(恋人)だからね」

 

そう言って、マキマは帰って行った。オーバーホール済みの男の腕時計を一緒に返してくれた。道理で探しても見つからなかったわけだ、と男は思った。

 

男はふとした気分で、新品同然に磨かれた時計を巻こうとして、一人じゃできないことに気が付いた。

 

「ははは、そう言えば左腕、ないんだった」

 

男の声はゴムまりが弾むような軽妙さでポーンと落ちてはじけた。

 

静かに夜が更けていった。

 

 

 

 

 

 

翌日、男は義手を買い付けるために車を走らせていた。顔なじみと言うほどでもないが、義眼を作ってもらったのと同じ店にやってもらおうと考えての行動だった。

 

デンジとポチタを高校に上がり、早晩就職を迫られているコベニに任せての外出だった。

 

目的地まで高速で一時間ほど進み、郊外に出て、目的の店を探した。すぐ近くには海があった。倉庫群が遠くに見えた。

 

都市部のグレーゾーンにどっぷりつかりながら車を走らせていると、道路わきに、白線のすぐ内側に、少女が立っていた。

 

「ちょっと、道曲がれ…」

 

男は少女と目が合った。目には光がなく、体がやや前へと傾いていた。このままでは事故になるかもしれない。わかりやすい、分かりやすすぎる程にあからさまな所作に、男が言った。

 

とっさに運転手もハンドルを切り、手前の曲がり道に左折しようとした。

 

「あぁ、間に合わん」

 

男が呟いた瞬間。少女は首元から、手りゅう弾のピンのような物を引き抜いた。

 

グワァッ!!と眩い爆炎と共に、男の車が跳ね上がった。

 

「うおおぉぉ!?なんだなんだ!?何が起こった!?」

 

「助手席、無線つなげろ!無事か?」

 

「運転手が首の骨をヤッてます!ダメです!」

 

「後部、ボスはさっきの爆炎で右耳損傷、顔に火傷!ガードは自分含め、二人とも出れます!」

 

「出るな!」

 

「ボス!」

 

ひっくり返った車内で飛び交う言葉を遮って、男が一喝した。

 

防弾性の重厚な車体をひっくり返す爆発である。地雷か何かを踏んだに違いなかった。だが、男の心配はそれよりもまず、あの時の、あの少女は無事なのかと言うことだった。

 

「お前たちは応援を呼べ、俺はちょっと出て来る」

 

「ボス!死んじまいます!スナイパーがいたらどうするんですか!」

 

「地雷がありなら何でもありか…まぁ、その時はその時だ。俺の資産をみんなに配って淡々と慎ましやかに暮らすように…」

 

「ボス…脳震盪で逝っちまってますって。今行かねぇ方が…」

 

部下の制止も聞かず、男はシートベルトを外し、頭から落っこちると、彼方此方を窓ガラスで傷つきつつも、何とか車外に出た。

 

外から見れば、酷い有様だった。かろうじて爆散していないだけ十分か、車は半分燃えていた。部下も今にも這い出して来るだろう。

 

男は慣れた手つきでショルダーホルスターからスナブノーズのリボルバー拳銃を抜き、構えると、ひっくり返った車の周りを注意深く観察し始めた。

 

一歩一歩、歩く度に靴の裏でガラス片がザリザリと音を立てた。

 

男はある程度進み、それから立ち止まった。構えていた銃も降ろして、懐にしまった。

 

「あぁ、よかった、生きていたんだな」

 

「!?」

 

そこには、さっきの少女が立っていた。紫がかった髪の少女だった。今の今まで気が付かなかったが、首元には何かを巻いていた。

 

少女は驚いていた。

 

それはなぜか?男の姿が余りにもボロボロだったから?違う。

 

男が生きていたから?それもそうだ。だが、すべてではない。

 

男が駆け寄って、彼女のことを抱きしめてしまったからだ。

 

片腕でがっちりと、少女のことを抱きしめていた。

 

抱きしめた理由は何だろう。生きていてよかったとか?

 

確かにその感も一理ある。だが、きっと事実はもっと単純だ。

 

男は本能に近い何かで、少女の何か特別な部分を感じ取り、そこにシンパシーを覚えたのだ。

 

それはすべてが生来の男の力というわけではなかったが、間違いなく男に宿された力によるものだった。

 

逆に、もしもこの時、男が少女を抱きしめていなかったら、どうなっていただろう?

 

きっと、彼女は次の日には男を愛するマキマの手によって、報復的に抹殺されていたかもしれない。

 

いずれにせよ、男は少女を抱きしめた。

 

そして、少女は男の抱擁から、逃れるすべを知らなかった。

 

 

 

 

男と少女が抱き合うという珍奇な光景に、駆けつけた部下たちは疑問を抱かずにいられなかったが、気まぐれなカリスマの気心を完全に理解することが不可能であることなど、当の昔に理解していることだから、男の薫陶通りに、車の撤去作業から警察…具体的には公安との折衝までをテキパキ淡々と行った。

 

男は結局、顔の半分に火傷を負い、右耳をガラス片で切り取られてしまった。付添人に選ばれた少女は、救急車の中で何も言わず、しかし男の手を離さなかった。

 

被害は車一台にドライバーが首の骨折で全治何か月。それから各所への賄賂百数十万円。以て一千万と少し也。

 

稀に見る大損害に、麻酔で意識を失う間際、男はやれやれと苦笑して見せた。

 

 

 

 

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