ライスシャワーお姉ちゃん【完結+おまけ不定期】 作:稗田之蛙
藍から青に変わりつつある、朝日の予兆を感じさせる夜空。
私達は二人で初日の出を見に外を歩いていた。
冷たい風が、頬の熱を冷ましていく。それと引き換えに、どこか名残惜しさを覚えてしまう。
「『ウマ娘』。彼女たちは、走るために生まれてきた。ときに数奇で、ときに輝かしい歴史を持つ別世界の名前と共に生まれ、その魂を受け継いで走る」
私はウマ娘の伝承の話を語るように呟く。ウマ娘なら誰だって知ってるであろう、普遍的な御伽噺。
「奇しくも私は名前や魂だけでなく、記憶も受け継いだ。受け継いだ記憶の中には、『ライスシャワー』についても混ざっていた」
私はそこまで言ってから、姉さんの方を横目に見る。正気を疑われてないか確認したかった。
ライスの姉さんは、静かに私の話を聞いている。彼女の瞳は、真剣そのものだった。
「恐ろしい事に私達多くのウマ娘が描く『軌跡』は、その記憶通りに事が運んでいる事に途中で気づいた。まるで誰が勝つか誰が負けるかなんて運命は、神様によって予め決まっているように思えた」
私はそこまで言って、姉さんと顔を見合わせる。だが彼女の瞳は揺らがない。むしろ納得した様子すら見せていた。
「貴女の記憶の中に居たライスは……『ライスシャワー』は、レース中に大怪我をしちゃったのかな?」
私は、小さく頷いた。そして続きを語る。
「怪我をしたライスシャワーはそのまま"英雄になった"」
直接的な言い方はしたくない。ライスの姉さんはそれを察してくれた様子で、しんみりした表情になる。
「私は、宝塚記念でライスの姉さんもそうなるのではないかと危惧していた。恐れていた。でも、その心配は無用だった。姉さんは私の予想を覆す『奇跡』を描いてくれた」
私はそこで一度言葉を区切る。姉さんは何かを考え込んでいる様子だったが、小さく頷く。
「……でも、次のレースでライスが――私がそうならないか、貴女は心配なんだよね?」
姉さんの言葉に、私は頷く事で肯定の意を示す。
私達のレースにそういう懸念はどうしても付き物だ。だからこそトレーナーも選手本人も万が一が起こらないように万全を期す。その証左として、レースでその手の事故が起こる確率は私達の想像している以上には低い。
それで皆は、安心して、信頼してレースを走る事が出来る。
だが、私にとっては事情が違う。それだけでは拭えない。生きていく上で『祝福』として考えていたこの記憶も、今や『呪縛』のようなものだ。
水平線が見える堤防に突っ伏して、明るみ出した東の空を見つめる。姉さんは何も言わずに側にいてくれた。
「貴女が幸せな事で、皆に愛され続ける事で、ライスシャワーが――『彼』が報われると感じていた。私にとって憧れの存在が、別の世界では幸せでいてくれる事が、ただ嬉しかった」
私はそう呟いて、再び姉さんを見る。彼女は複雑な表情で俯いている。
……多分、姉さんは私に言いたいことがある。けど、それを堪えているように見えた。
私は深呼吸をする。神に懺悔する罪人のような心境で、続きを口にした。
「だけれど、それがライスの姉さんに『全く自分の知らない誰かの代替品』と感じさせていた」
堪えているであろうものに、理解を示す。そして、謝ってしまった。
「ごめんなさい。ライスの姉さん。貴女にとっては、この世界の出来事が全てなのに。私はずっと、自分の理想を押し付けていた」
姉さんは、私の言葉に静かに首を横に振る。そして、水平線を見つめたまま言葉を紡ぎ始めた。
「あのね。ライスは、もう大丈夫だよ」
そしてゆっくりとこちらを振り向きながら続ける。その表情は柔らかく感じるものだった。
「確かに、そのライスシャワーさんとライスは……別の存在だと思ってる。私は、この身体でこの世に生まれて、それで……」
彼女はそこまで言ってから、ふふっと笑う。
「貴女が『ライスシャワーさんに向けている憧れ』と、『私への気持ち』は、ちゃんと別けて考えていてくれたんだよね」
私は――ハッキリ分別出来ていたか少し怪しいが――……姉さんの言葉にしっかり頷く。
彼女は空を見上げながら、小さく息を吸ってから続ける。
「なら、不安に思う事はないんだって。私自身への気持ちは、貴女の中にちゃんとあるって分かったから」
彼女はそう言うと、海から登ってくる朝日を見つめながら微笑む。
……私は本当に馬鹿だ。勝手に考え込んで。勝手に怖がって。勝手に距離を取ろうとさえ視野に入れ始めて。
「それとね。ライスシャワーさんへの気持ちも、大切にしてあげて。確かにそれは悲しい出来事も混ざってるかもしれないけど……忘れる必要は、ライスはないと思うんだ。目を逸らしたくもなる時だってあるかもしれないけど、向き合わなきゃいけない思い出だってあるから」
私は姉さんに釣られるようにして、朝日を眺める。その光が瞳に写り込んで眩しい。
サイレンススズカは現役時代に脚部不安の兆候があった。
だが、しかし"サイレンススズカは秋の天皇賞を無事に走り切った"。
同じくライスシャワーというウマ娘も春の天皇賞の疲れから故障するのではないかと不安視されていた。
だが、しかし"ライスシャワーは宝塚記念を無事に走り切った"……。
いずれ、どこぞの牧場の片隅でそう語られる未来になればいい。
私は朝日にそう願いつつ、姉さんと一緒に、初日の出を見続ける。
「ライスの姉さん」
「二人っきりの時は、ライスのお姉ちゃん」
久々に聞いた気がする彼女の主張に、思わず苦笑する。
私は朝日を見つめながら口を開く。
「私は――これからも私の、『ライスシャワーお姉ちゃん』で居続けてくれますか。貴女の傍に居続けていいですか」
「もちろん」
彼女は即答して、私に掌を重ね、尻尾同士を絡めてくる。
「別の世界の『ライスシャワー』は違うのかもしれないけど……この世界のライスにとって、貴女は大切な存在なんだから。ライスにとっても、みんなにとってもどうでもいい存在じゃない。名前の無い、名前の知らない存在なんかじゃない。
――ディオスさんは、ライス達の大切な友人で、チームメイトだよ」
朝日の温かさと彼女の体温が混ざり合って一つになるように感じた……。
…………神様。
私は、過去にも、現在にもちゃんと向き合って、未来へ歩んでいこうと思う。
「……ところで……一つだけ……聞いていいかな……?」
あれ、良い話に終わったのに不穏な流れを感じるぞ。
「なんですか?」
私がそう尋ねると、彼女はもじもじしながら口を開いた。
「…………その、『ライスシャワーさん』とは、どういう関係だったのかな? 憧れの存在だって言ってたけど……その、彼って言ってたから……男性だったんだよね?」
「……まぁ、男性といえば男性でしたが」
彼女はちょっとむすっとしたような、どぎまぎとしたような、どちらも混ざったような神妙な顔つきで呟いた。
「…………もしかして、ライスシャワーさんとは恋人さんとか、そういう関係だったり、した…………?」
……御伽噺でありがちな話だと思うが、そこまでロマンチックなオチは用意されてないさ。
さて、彼と私の関係はどう説明したものか……。
『作者のあとがき』
Q.ディオス「なんで延々とライスの姉さんが可愛いお話書いていれば読者もハッピーハッピーなのに私の記憶の事とか余計な事ぶち込みやがるんです?」
A.「作風」
元々、この作品は同作者の『ウマ娘とかいうのに生まれ変わったらキングヘイローの取り巻きになっていた件について』という作品の外伝的位置づけとして書いておりました。
当初としては体格の大きい気弱な女性を翻弄するライスシャワーの構図が面白いからそのスタンスで延々続けようと思ったものの、やはり節々で「なんで主人公はこんなにライスに好かれてるの?」と不審な点が出てくるのも事実で。
終盤はその積もり積もったものの清算という形のお話になりました。
毎回挿絵を入れていくスタンスで立ち上げた作品ですが、主人公の独白以外最初から最後までそれを敢行出来たので、練習にはなりました。
正直なところ「ライスシャワーがお姉ちゃんぶって可愛いのをコンセプトにした作品でアクの強くて特殊な設定の主人公に焦点当てるのってどうなんだ……?」とは作者自身思いもしましたが、まぁひとまずの終わりにもっていけたという事でよしとすべきか。
ともかくとして、ここまでお付き合いありがとうございました。
物語はひとまずの終わりを迎えましたが、気分が向いた時にまた同じ雰囲気でライスシャワーがお姉ちゃんぶる話を投稿していくので、たまに様子を見に来ていただければ幸いです。
――2024年1月1日今年で16歳になる未成年の落書き
外伝元と別視点の話数:
https://syosetu.org/novel/309474/
https://syosetu.org/novel/309474/37.html (1話目)
https://syosetu.org/novel/309474/43.html (『ささやかな祈りの始まりにて』の主人公視点)