ようこそマイナス至上主義の教室へ   作:かつおのたたき

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第マイナス八話『悪魔』

 

 

 オレと禊が悪魔(堀北)と契約してから一週間が経った。

 

 この一週間でオレたちは櫛田(くしだ)にある条件の元、協力してもらい、赤点組を集め直して毎日勉強会を行っている。須藤(すどう)たちはスタート時点で遅れているため、順調と言えるほどではないが、それでも今までより格段に出来るようになってきている。この調子で行けば赤点回避も十分に可能だろう。

 試験とは関係なく、気がかりなのは(みそぎ)が着々とクラスメイトからのヘイトを集めていることだろうか。勉強会に参加しているメンバーからはそこまででもないが、クラス内での立ち位置は腫れ物と言っていいくらいの距離を置かれている。触らぬ神に祟りなし、暗黙の了解で自然とそうなっていることだけが気になる。

 

 そして、今。櫛田が出した二つの条件のうち一つ、堀北(ほりきた)を含めたダブルデートを────

 

「綾小路くん、変なこと考えてるでしょ」

「………いや?」

 

 ダブルデート、より正確に表現すれば4人での昼食を楽しんでいる。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「球磨川くん、今日はありがとね。お弁当作ってもらっちゃって」

『別にお弁当くらいいつでも作ってあげるよ』『友達だろ?』

「ふふっ、ありがと!」

 

 生徒の多くは食堂やカフェテリアへ移動し昼食を済ませる都合、教室はいつも以上に静かだ。教室を見渡してみれば、携帯を触りながらパンを食べている生徒や、コンビニで買ったと思われる弁当を食べている生徒がいる。

 そんな教室の中に少しばかり異質な区画がある。周りの机を組み合わせ、楽しく和気藹々と食事をしている区画。男女で向かい合い、昼食をとっている。

 

 そう、オレの席である。

 

「そういえば、堀北も弁当作って持ってきてたよな」

「………」

「そうなんだ! 堀北さんも料理上手なんだね!」

「………」

『僕のコロッケと玉子焼き交換しようよ』

「……はぁ、どうぞ」

 

 無視に無視を重ねた末、嫌そうに弁当箱を差し出す堀北。ずっと思っていたが、堀北は禊に甘いな。直接言えば何をされるか分からないので口にはしないが。

 

 先程、楽しく和気藹々と言ったな。あれは嘘だ。堀北は昼食が始まった段階から殺気を纏い、淡々と、粛々と、黙々と、食事をしている。

 堀北に声をかけては無視され、食事を口に運ぶ。そんな時間を過ごし続けている。オレもそこまで話す方ではないし、禊も食事中に騒ぎ立てるタイプでもない。櫛田は堀北と話したそうにしているが、完全に無視されてしまったらできることも無い。

 もちろん、オレだって堀北が4人での昼食になった途端、陽気でお喋り上手になるかも、なんて欠片も思ってなかった。

 思っていなかったが……にしたってもう少しあるだろう。

 まぁ、堀北は櫛田が苦手らしいし、仕方ないと言えば仕方ないんだが……。

 

『さて!』『場も盛り上がってきたところで僕から重大発表がありまーす!』

 

 禊が突然大きく手を広げ立ち上がった。この食事会が始まってから盛り上がった瞬間は一度もない。

 

『入って!』

 

 禊が教室の外へ声をかけると、はーい! と聞き覚えのある声が聞こえた。

 ドアを開きこちらへ向かってくるのは、手に何かの資料が挟まったファイルを持った一之瀬(いちのせ)だった。

 

「ずっと待機してたのか?」

「ううん、今来たところだよ。球磨川くんがサプライズにしたいって言うから」

『助かるよ一之瀬さん』

「はい、どうぞ……の前に!」

 

 禊がファイルを受け取ろうと手を伸ばした瞬間、パッと一ノ瀬が手を引く。意図せずトルコアイス屋のようになっているが、禊はあくまでフラットな表情のままだ。

 

「えっと、堀北さんだよね。Bクラスの一之瀬(いちのせ)帆波(ほなみ)です。よろしくね!」

 

 一之瀬の登場ひとつで先程までの空気が嘘のように軽くなった。一之瀬と櫛田は顔馴染みのようで互いに笑顔を向けあっている。

 だが、肝心の堀北は……。

 

「球磨川くん、どういうつもり?」

『ん?』『どういうつもりって言うのは?』

 

 何を考えているんだ、とばかりに禊を睨んでいる。

 Bクラスから来た一之瀬への警戒を強めているようだ。クラス同士で競い合う学校のシステム上、他クラスと関わる際に警戒が必要なのは当然の反応だろう。

 

「急にごめんね。私は球磨川くんに頼まれてたものを持ってきただけだよ」

「頼まれてたもの?」

『そう』『一之瀬ちゃんにDクラスのため、とある物を用意してもらったんだ』

 

 禊が楽しそうに手を広げこちらを見る。対照的に堀北はさらに警戒を深めたようだ。眉間に皺を寄せながら口を開いた。

 

「BクラスがDクラスのために? 信じられないわね、競争相手である他クラスに協力する理由がないもの」

「あはは、クラスなんて関係ないよ。これは私が球磨川くんっていう友達のために個人的に動いたことだからね。もちろん、球磨川くんには貸し1だけど!」

 

 一之瀬は疑われているのを気にせず朗らかにあくまで明るく言葉を続ける。

 

「なおさら怪しいわね。球磨川くんのために動いてくれる友達がいるなんて信じられない」

「うぅん……」

 

 困った表情をした櫛田から声が漏れた。禊には悪いがクラスでの現状を見れば全くその通りだと思う。もちろんオレだって禊に頼まれれば多少は動くだろうが、他に友達がいるように見えるかといえば……。

 

「そんなこと…ないと思うよ? 球磨川くんにだって良いところが……」

 

 声を漏らしてしまった分も、禊を庇おうとするも言葉に詰まる櫛田。生まれた沈黙に気まずさを感じたのか、一之瀬が慌てて口を開く。

 

「……私は球磨川くんのお願いならいつでも出来る範囲で動くからね!」

『一之瀬さん』『無理しなくてもいいよ』

「無理なんてしてないよ! それよりほら、これ!」

 

 気まずさをかき消すように、一之瀬が手に持ったファイルを堀北に差し出した。

 

「これを見てもらえれば少しくらいは堀北さんに信じてもらえるんじゃないかな?」

「これは……過去問?」

「3年生の先輩から貰ってきた中間テストと、この前やった小テストの過去問だよ。()()()()()()()()()()()()()だし、これがあればテスト勉強も楽になると思うんだけど、どうかな?」

 

 一之瀬が持ってきたのは、一週間後に行われる中間テストの過去問だった。

 

「確かにありがたいけど……」

『けど?』

 

 堀北が眉をひそめながらペラペラと過去問に目を通していく。

 聡明な堀北ならもう気がついただろう、()()()()()()()()()()()()

 

「小テストはこの前やったものと全く同じね……でも、中間テストの方は()()()()()()()()()()

「え?」

 

 範囲が同じだと言っていた一之瀬が困惑の声をあげた。それもそのはずだ。一之瀬から見れば間違いなくテスト範囲はあっている。

 

「あれ、もしかして聞いてないの?」

「聞いてないって?」

 

 櫛田が聞き返す。

 

「先週の金曜日にテスト範囲が変更されたって話」

 

 露骨に驚きを顔に出す堀北、それを見て驚いた表情をする一之瀬。そう、オレたちに知らされているテスト範囲と実際のテスト範囲は違う。

 

「球磨川くん、綾小路くん、それに櫛田さん。今から茶柱先生に聞きに行くわよ」

 

 堀北は、そう言うと立ち上がり己の弁当箱をしまった。携帯を取りだし須藤たちに連絡すると、一之瀬の方に向き直り感謝を口にした。

 

「ありがとう一之瀬さん。助かったわ。今のうちにこのことを知れていなければどうなっていたか……」

「いいよいいよ! 競争相手とは言っても同じ学年同士助け合わなきゃ! その代わりと言ってはなんだけど、これからも仲良くして貰えたら嬉しいな!」

「仲良く……そうね。努力はするわ」

 

 そんな会話をしながら握手をする二人。堀北から発された社交的な言葉に少し驚く。

 

『じゃ』『そろそろ』『行こっか』

 

 堀北が初めて出した社交性に興味はないとばかりに教室の扉に手をかけ、禊が言った。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「おい、さっきの話はどういうことだよ」

 

 昼休みが終わる20分前、オレたちは須藤たちに連絡を取り職員室の前で合流した。

 

「テスト範囲が間違ってるって……あと一週間しかねぇんだぞ!」

「そうだよ堀北ちゃん! どうなってるんだよ!」

 

 今にも壁を蹴り出しそうな勢いで須藤が騒ぐ、それに続き池、山内も堀北に迫る。

 

『まあまあ』『三人とも落ち着いてよ』『それを確認しに職員室(ここ)に来たんだろう?』

「それはそうだけどよ……」

 

 禊に窘められ、落ち着きを取り戻す三人。

 

「球磨川くんの言う通りよ、分かったなら落ち着きなさい。こんな所で騒がないで」

 

 何で減点されるか分からないのだから、と睨みつけ三人を黙らせると、職員室の扉を開いた。

 

「先生、急ぎ確認したいことがあります」

 

 職員室に入ると茶柱先生の元へとズンズンと進み、率直に要件を伝える堀北。他の教師からの視線が少し痛い。

 

「随分と大所帯だな、堀北。他の先生たちが驚いているぞ」

「大勢で押しかけたことはお詫びします」

「それはいいが、今はちょっと取り込み中だ。手短に頼む」

 

 教師として何かやることがあるのだろう、ノートに何かを書き込みながらこちらを振り返ることなく作業を進めている。

 

「先週茶柱先生から伺ったテスト範囲ですが、誤りはありませんか? 先程、Bクラスの生徒から指摘を受けましたので」

 

 茶柱先生は手元から視線を動かさず、堀北の話に耳を傾ける。そして、黙って聞いていた茶柱先生がこちらを振り向いた。

 

「……そうか、中間テストの範囲は先週の金曜日に変わったんだったな。悪いな、お前たちに伝えるのを失念していたようだ」

 

 そう言いながらノートにサラサラと五科目分のテスト範囲を書き出し、ページを切り取ると堀北へと手渡した。

 そこに書かれた範囲は、既に習った範囲だったが殆どが勉強会を開始する以前のもの、須藤たちが一切手をつけていない部分だった。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよさえ(佐枝)ちゃん先生! 遅すぎるぜそんなの!」

「そんなことはない、まだ一週間ある。今から勉強すれば十分に間に合うだろう?」

 

 悪びれることも無くそれだけ言うと、オレたちを職員室から追い出そうとした。

 

『これ以上ここに居座っても、なーんも変わらないし早く行こうよ』

「で、でもよ球磨川! こんなの納得できないって!」

「球磨川くんの言う通り、こうしていても時間の無駄よ。それよりも、少しでも新しいテストの範囲を勉強するべきだわ」

「けど!」

 

 それだけ言うと堀北は踵を返し、職員室を出ていく。納得できない様子をそのままに須藤たちがその後に続いた。

 茶柱先生は一度もこちらに目を向けることをしなかった。様子を見るに、そこには生徒への申し訳ないという思いや、ミスをした焦りもない。

 何より、一部の教師達には今の話が聞こえていたはず。こちらに対する反応らしい反応も無ければ、こちらを一瞥する様子すら見えなかった。

 ふと、茶柱先生の向かいに座る星之宮(ほしのみや)先生と目が合った。薄く微笑み、ヒラヒラと手を振ってくる。軽く会釈を返しながら、確信した。

 

 間違いなく、何かがある。ただテスト範囲を伝え忘れていたって訳でも無いようだな。何があってもオレには関係の無い話だが。

 

 廊下に出ると、午後の授業を知らせる予鈴が鳴った。

 

「櫛田さん。少しお願いがあるのだけど」

「ん? なにかな?」

「新しいテスト範囲のことDクラスの皆に知らせて欲しいの」

 

 そう言い、先生から受け取った紙を櫛田に手渡した。

 

「それはいいけど…私でいいの?」

「ええ、この中で一番の適任者があなたなのは議論するまでもないこと。テスト範囲を勘違いしたまま試験当日を迎える訳にはいかないの」

「うん、わかった。私が責任をもって平田くんたちに伝えておくね」

「私は明日以降に備えて新しいテスト範囲から絞り込みをするわ。あなたたちは必要以上に焦らなくていいわ。一週間あれば十分に勉強は間に合う」

 

 堀北は焦った様子を見せつつも、どこか余裕を持っているようだった。テスト一週間前にして禊が過去問を入手してきた。という事実が堀北に余裕を与えているのは間違いない。

 

「堀北。苦労かけるけどよ、頼むわ」

 

 須藤は、頭を下げながらそう言った。

 

「俺……明日から部活休む。それで、何とかなるか?」

「……それは……」

 

 以前までの須藤なら絶対にしなかったであろう申し出。一週間という短い期限を考えれば、それは必要不可欠、冷静な判断だった。

 

 その願ってもない申し出を、須藤から口にしたという事実は堀北を驚かせているようだった。

 

「本当に構わないの? 凄く、苦労することになるわ」

「勉強は苦労するもの、だろ?」

 

 ニヤリと笑い、須藤が堀北の肩を叩いた。

 その言葉は以前、堀北と須藤たちが仲違いした際に堀北が口にした言葉だった。

 

「須藤、本気かよ?」

「あぁ。このまま退学して担任の思い通りなんてすげぇムカつくだろ?」

 

 追い込まれに追い込まれた事で、腹を括ったのか、須藤が初めて勉強に対して前向きな姿勢を見せた。やらなければテストを乗り切ることは出来ない、そう肌で感じたのだろう。

 そして、池と山内も須藤に触発された。

 

「仕方ない、俺たちもやるぜ」

「分かったわ。あなたたちにその覚悟があるなら、協力する。だけど、須藤くん────」

 

 パン、と肩に置かれた手を容赦なく振り払った。

 

「私の身体に触らないで、次は容赦しないから」

「……可愛くねー女……」

 

 ここで堀北が過去問のことを須藤たちに伝えなかったのは、この一週間で須藤たちに危機感を持たせるためだ。例えこの中間試験を乗り越えたとしても、この先にもテストはあるのだ。

 ここで過去問の存在を明かし、勉強に水を差し、緊張感を緩めるよりもこのまま勉強を続けさせるべきだと言う判断。

 これは須藤たちと合流する前に4人で話し合い、出た結論だった。

 クラスのために赤点組を救済する、というのは先のことまで見据えた上で続けるべきという話。

 

『じゃあ須藤くんたちにはこれをあげるよ』『はい、去年の過去問!』

 

 だったんだが。

 

『この過去問は去年のテスト問題と一語一句同じ物なんだ』『これがあれば勉強なんて必要ないだろう?』『ああ、お礼なんていいから!』『部活頑張ってね!』

 

 それは良い笑顔で。堀北の考えを、須藤たちのやる気を、その全てを理解した上で。水を差した。

 

「は、はぁ? そんなの持ってるなら早く言ってくれよ!」

 

 須藤、池、山内からすれば良い報せに他ならないはずの報告。それが、喜ぶ以前の違和感を生み出す。

 この時、初めてこの場にいる全員の心情が一致した。

 

意味がわからない

 

 何故言ってしまったのか。何故早く言わなかったのか。何故今なのか。

 須藤が覚悟を決め、二人がそれに触発され、テストに向けてやる気になる。そんな一連の流れを前にして、最も効果的に、流れを断ち切る選択をした。

 

「……球磨川くん」

『安心してよ堀北ちゃん!』『クラスのみんなにももう渡してあるし!』『僕たちは仲間だ! みんなでAクラスを目指そう!』

 

 堀北の突き刺すような視線すら意に介さない。支離滅裂で意味不明、底の底まで醜い過負荷(マイナス)

 いけしゃあしゃあと笑う。何が悪いのか、と。自分は友のために動いたのだ、と。

 

 その時、初めてオレたちは気がついたのだ。本当の悪魔が誰だったのか。この世界には、手を取るだけで吐き気を催す存在がいることに。

 

 その場にいる全員が、球磨川禊の発する重圧(プレッシャー)を前に口を開くことが出来ないでいた。堀北も、櫛田も、池も、山内も。あの喧しい須藤でさえも。

 

『さっ!』『午後の授業が始まっちゃうよ!』

 

 オレたちに背を向け、去っていく禊を相手に。誰も口を開くことは出来なかった。

 

 

 

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