異世界帰りの呪術師   作:北山 真

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 忙しくて書けない間に気づいたら半年以上経ってしまいました。お待ちしていただいた方には申し訳ない気持ちでいっぱいです。
 


帰郷

 

 ボーダーとの会談から一週間経った。

 

 あの交渉の後、真依はボーダーとの詳細な契約書を作成した。

 その契約内容を簡潔に説明するなら「ボーダーは真依の作った物の時価の二割を真依に支払い、残りの八割の代金として真依の身の安全、生活、戸籍、福利厚生等を保証する」というものだ。

 

 この契約締結後、真依はボーダーの一員として『構築術式』を使った。唐沢に言われては黄金を作り出し、鬼怒田に言われては希少金属や半導体などを作り出した。

 その結果、ボーダー内部にて真依の立場は完全に確立された。

 

 それはつまり、直樹がこの世界から去る時が来たという事でもあった。

 

 

 


 

 

 

 この日、ボーダー玉狛支部内のリビングでは、直樹の送別会を含めた複合的な祝賀会が開かれていた。

 ボーダーが大規模侵攻を乗り切った記念であり、大規模侵攻の事後処理を終えた事への慰労会であり、真依がボーダーと無事に契約した事への祝賀会であり、そし、遊真の退院記念でもあった。

 

「ともかく色んな事にかんぱ〜い!!」

 

 と、小南が酒を飲んだわけでも無いのにハイテンションになるぐらいには慶次が重なった日であった。

 

 小南の音頭に合わせて、この複合祝賀会に集まった各人が飲み物の入ったグラスを近くの人達と打ち合わせる。

 グラス同士の打ち合う音に、皆の談笑の声が続く。

 

 机の上にはこの日の為に作られた会食が並び、楽しい宴となっていた。

 その中で、本日の主役でもある直樹と遊真の二人もまた、一つのソファに仲良く座りながら食事と会話を楽しんでいた。

 

「おっ、これも美味いな」

「本当だ、美味いな」

 

 もぐもぐと肉を頬張る遊真と直樹。

 

「うん。やっぱり生身で食べる方が美味く感じるな」

 

 遊真が久方ぶりの生身での食事の感想を溢す。

 本来、トリオン体と生身の体で味覚は変わらない筈だが、遊真には違う風に感じた様だ。それが、遊真が数年過ごしたトリオン体が特殊であったからなのか、生身であることに対してある種のバイアスが掛かっているのか、或いは遊真が違いの分かる男なのか。

 理由は定かでは無いが、兎も角、遊真が今幸せを噛み締めている事は確かであった。

 

「ありがとうね……ほんとに」

 

 遊真が思わずといった様子で、ボソッと呟いた。

 その言葉は、隣にいる直樹にも聞かせるつもりの無い言葉であったが、騒がしい部屋の中にあっても直樹の耳にはしっかり届いていた。

 

「俺は傷を治しただけや、本当に感謝されるべきはお前を命懸けで助けた親父さんやろ?」

「…それでもだよ、直樹さんがいなけりゃ俺は近いうちに死んでただろうし…」

 

 少しだけしんみりとした雰囲気になってしまう二人。

 その雰囲気を変える為に、直樹が次の話題を提供する。

 

「じゃあ、元気になった遊真は今、何がやりたい?」

「とりあえずはオサム達を助けたいかな」

 

 健康体になった遊真のやりたい事は、友人関係になった三雲を助ける事であった。

 それを聞いた直樹は笑顔になりながら遊真に今やるべき事を示す。

 

「ならいっぱい飯食って力つけなきゃな」

「うん、そうするよ」

 

 生身の体でガツガツと食べだす遊真。

 その元気な姿を見ている玉狛支部の面々は優しい顔をしていた。

 

 祝賀会は賑やかに進んでいった。

 

 

 


 

 

 

 祝賀会が始まって数時間が経ち、用意されていた食事も粗方食べ終わり各々が好きな事をしている中、禪院直樹は迅悠一に呼び出されて屋上にいた。

 

「悪いね、わざわざ屋上まで来てもらっちゃって」

「いや、大丈夫ですよ。それで何ですか話って」

「うん。直樹君が元の世界に帰る前に、俺の未来視で見た未来を伝えておこうと思ってね」

 

 そこで不意に迅は言葉を切ったが、やがて意を決した様に口を開いた。

 

「直樹君が元の世界に帰った後、君の世界でとんでもない事件が起きる。そして……」

「俺が死ぬ…ですか?」

 

 迅が濁した言葉を直樹はズバリ言い当てた。

 だからこそ、迅もまたハッキリとその事実を口にする。

 

「うん。そういう未来が見える」

「そうですか」

 

 迅の話した衝撃的な未来にしかし、直樹は特にショックを受けた訳でも無い様子だった。

 

「…驚かないんだね、死ぬって言われてるのに」

「確定じゃないんでしょう?」

「見えてる限りはかなり高い確率の未来だけどね」

「……」

 

 高確率で死ぬと言われて漸く少しだけ動揺したのか言葉に詰まる直樹。

 だが、それでも、直樹の態度はいつもと変わらない。

 

「死ぬのが怖くないのかい?」

「流石に死ぬのは怖いですよ。でも、それが当たり前の世界で生きてきましたからね」

 

 直樹は自分の人生を振り返って口にした。

 呪術師として呪霊と戦い、異世界に行っては強敵と死闘を繰り広げて幾度となく死にかけ、遂には死後の世界で本当に死んだこと。

 

 戦いから逃げる事も出来ただろう。比較的安全な異世界に留まることも出来ただろう。

 

 しかし、それでも

 

「選んだのは俺です。いつ死ぬかも知れない、それでも誰かを助けることを選んだのは俺です。

 それが尊い事だと、色んな人から学びましたから」

 

 異世界にて過去に出会った人達を思い出しながら語る直樹。

 

「その心の赴くままに悪と戦い、善を行う者達がいました。

 人同士、人とモンスター、モンスター同士、それら全ての絆を結んで巨悪に立ち向かう者達がいました。

 死後の世界で自分達の未練を断ち切り、前へと進もうとする者達がいました。

 自分の置かれた立場から逃げず、覚悟を決めて仲間の為に戦う者達がいました。

 怪物達から逃げず、怪物の被害にあった人達の為に涙を流し、命をかけて戦う人達がいました」

 

 その話を静かに聞く迅。

 話を聞きながら迅もまた過去を思い出していた。自分の師匠、最上(もがみ)宗一(そういち)という男のことを。

 彼は自分の命と引き換えに『風刃』という極めて強力なトリガーを作成して、この世から姿を消した。

 

 その男の姿と思いを、迅は方時も忘れた事はない。

 

「それを格好良いと俺は思ったんです。だから戦えます」

「例え死んでも?」

「ええ」

 

 迅の目を真っ直ぐに見つめて、躊躇いのない返事をする直樹。

 

(曇りのない、真っ直ぐな目……本当に強いね君は)

 

 その目を見て、その覚悟を見てとった迅はそれ以上直樹を心配する事は彼を侮る行為だと理解した。

 だからこそ、これからかける言葉は先程までの心配からの言葉では無く、直樹を信じたい気持ちからの言葉だ。

 

「なら、約束しよう」

「約束…?」

 

 急に出た言葉を聞き返す直樹。

 

「うん、約束。いつか……いつになっても良いから、もう一度この世界に帰って来てよ。その時にはもっと良くなったこの世界を見せるからさ」

「そうですね。真依姉さんの事も気になりますし、必ず…とは言えませんけど、約束します。いつかまたこの世界に来ると」

 

 直樹が手を差し出して、その手を迅が力強く握りしめた。

 

 その男同士の約束を屋上の扉の前で聞いていた人物がいたが、彼等の話を聞いてそっとその場から離れた。

 

 

 


 

 

 

 祝賀会から一夜明け、直樹が元の世界へと帰る当日の朝。

 

 禪院直樹と玉狛支部の面々は玉狛基地のすぐ近くにある河川敷に集まっていた。

 河川敷には既に魔法陣が敷かれている。後は直樹が術式を発動させれば元の世界への帰還が叶う。

 

 現在時刻は十時を過ぎたところで、本来なら既に術式を発動させている時間だった。

 しかし、未だに術式は発動されてない。

 

 何故か?

 それは、禪院真依がこの場にいないからだった。

 

「何してんのよあの子は……」

 

 小南がイライラした様子を隠す気もなく吐き捨てる様に言った。

 

「まぁまぁまぁ」

「落ち着いて下さい小南先輩」

 

 その小南をあやす様に声をかけているのは迅と烏丸だった。

 迅は持ち前の未来視で真依が何をしているのか知っているから、烏丸は単純にお節介を焼いているだけである。

 

「俺が見てこようか?」

「いや、良い。ここで待とう」

 

 遊真が様子を見に行こうとしたが、木崎がそれを止めた。

 

 ちょうどその時、玉狛支部の扉が開き中から真依が現れた。

 しかし、その姿は満身創痍という他ないほど憔悴しきっていた。

 顔面は蒼白で死人の様で、今にも倒れそうなほど疲れているのか、足取りがふらふらとして怪しいが、赤い杖の様なもので何とか体を支えて歩けていた。

 

「ちょっ、ちょっとアンタ大丈夫っ!?」

「ええ…大丈夫よ」

 

 小南が心配から声をかけたが真依は大丈夫と言い、そのままふらふらとした足取りで直樹の方へと歩いていく。

 その尋常ではない様子に止めることを諦めた小南は、仕方なく真依の肩に手を添えて歩くのを支えた。

 

 皆が心配そうに見守る中、真依が直樹の前に立ちその手に持っていた赤い杖を差し出した。

 

「これ、あげるわ」

「これは……」

 

 差し出された物は正確には杖では無く、全長70センチ程の刃の無い赤い刀であった。

 その材質は特級呪具『遊雲』と同質のもの。そして、それに込められた呪力も『遊雲』に負けず劣らずの量と質を誇っている。

 

 それはつまり、赤い刀は新しい特級呪具であった。

 

 勿論、この刀は真依が『構築術式』で作り出したものである。

 真依がこれほどの呪具を作り出せたのにはカラクリがあった。刀を作り出す為に縛りを設けていたのだ。

 内容は簡単なもので、これから一週間の間呪力を使えない代わりに一回の術式で作れる物の上限をあげる、という内容だった。

 これにより、刀というこれまで真依が作ってきた物の中で最大のサイズを誇る物を作成出来たのだ。もっとも、作れたのは良いものの真依には全く余裕は無く、今の様に疲労困憊の状態になってしまったが。

 

「何でこれを俺に?」

「あんた交流会の時に刀折ってたでしょ?だからその代わり」

 

 急に特級相当の刀を渡された直樹の素朴な疑問に対しての答えはシンプルであった。

 確かに、交流会にて特級呪霊が乱入した結果、直樹の日輪刀は折れていた。

 しかし、だからと言って急に特級呪具を渡された直樹は戸惑っていた。

 

 その戸惑いから立ち直る前に、真依は更に言葉を紡いだ。

 

「これあげるから死ぬんじゃないわよ直樹」

「えっ?」

 

 思わず声をだした直樹は、一瞬の困惑の後、すぐにそれに思い至った。

 

「もしかして昨日の会話聞いてた?」

「ええ、ばっちり」

 

 そう、昨夜の迅と直樹の話を聞いていたのは真依だった。

 だからこそ、直樹が死ぬ未来を阻止する為に、その命を守る為の力を作り出した。

 

「真依姉さん……」

 

 自分の事を心配してくれた事に少しだけ涙ぐむ直樹だったが、続く真依の言葉で気持ちがすぐに落ち着くことになる。

 

「あんたが死んだら誰が京都校のみんなを守るのよ」

「真依姉さん……」

 

 直樹の身の安全よりも京都校の仲間の安全を優先したその台詞に、思わず肩を落としてしまう直樹。

 しかし、真依は多くは語らなかったが、これは直樹を信用していたからこその言葉であった。

 

 真依は完全とは言えないが直樹の実力を把握している。

 一級術士の東堂と互角以上に戦える近接戦闘能力、四肢の欠損すら元に戻せる反転術式、短距離から超長距離まで使用可能な瞬間移動。

 

 これらの力を加味した上で直樹が死ぬ未来を想像した時、その死に方は誰かを守っての死しか想像できなかった。

 誰かを庇い致命傷を負うのか、或いは誰かを逃がすために強敵を相手に足止めして死ぬのか。詳細は分からないが、恐らくはそういう未来が待っていると考えられた。

 

 だから、直樹の身を守る為に力を用意したのだ。少しでも死の未来から遠ざける為に。

 そして、それが間接的に京都校の大切な仲間達を守る事に繋がる事も確信していた。

 

 真依の発言で気落ちしていた直樹だったが、ある事に思い至り真依に質問する。

 

「…真希姉さんは心配じゃないの?」

「あいつはあんた以上に死にそうにないから良いわよ別に…」

 

 先程まで直樹と眼を合わせて会話していたのに真希の話題が出た途端に真依は顔を逸らした。

 その行動から先程の発言が照れ隠しなのは誰が見ても明らかだった。

 

 その場の雰囲気が生暖かいものになり、その雰囲気を変える為に真依は大きな声を出した。

 

「兎も角っ!そういうことだから!」

「分かってるよ真依姉さん、ちゃんと守るよ」

 

 真依から貰った刀を握りしめて、改めて直樹は自分の心に誓った。

 

「分かったなら良いのよ」

 

 直樹のその様子を見て納得した真依が別れの言葉を投げかける。

 

「じゃあね直樹、またね」

「うん、また」

 

 また会える日が来ることを信じている、と言葉に残し、直樹は真依と玉狛支部の面々に見送られて元の世界へと帰還を果たした。

 

 

 


 

 

 

 禪院直樹が異世界から帰還した直後に、加茂憲紀から聞かされた言葉は衝撃的なものだった。

 

「はぁ?もう一回聞かせて貰えます?」

「ああ、様々な事情からメカ丸は呪詛師の内通者だったと断定された」

「何がどうなったらそうなるんや……」

 

 その事実の衝撃は、直樹の口調が崩れる程度には大きかった。

 

 メカ丸の件は、直樹のいない間に全てが終わっていた。

 

 交流会の際、徒党を組んだ呪詛師と特級呪霊の行動が良すぎた。それを怪訝に思った五条悟や庵歌姫らは、信用出来る人間だけで内通者探しを行っていた。

 その結果浮かび上がったのは一人の男子生徒、つまりはメカ丸こと(むた)幸吉(こうきち)だった。

 

 歌姫は内通者の疑いが少ない東京校の一年生達を引き連れてメカ丸の本体がいる場所へと向かったが、そこは見事にもぬけの殻だった。

 そして、その事実が確認された現在、メカ丸は呪詛師として指名手配されてしまっていた。

 

「ほんま何やねん……人がいいひん間に消えよってからに……」

 

 自分がいない間に起きた事件。何一つ出来る事は無かったとはいえ、やるせない気持ちでいっぱいになってしまう直樹だった。

 そして同時に、仲間を守ってくれと願った真依に、次にあった時にどんな顔で会えば良いか分からなくなってしまっていた。

 

 

 





 いかがだったでしょうか、今話も楽しんで頂けていると幸いです。

 次回からは渋谷事変の話に移っていくと思いますが、ある程度書き上げてから投稿していきたいと考えていますので、もう暫くお待ち下さい。
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