昼は学生、夜はヒーローとして活躍するモンスター娘、フランシの活躍を描くアクション巨編短編!
 ゲーム本編であるゲシュペンス島ではなく、モンスター娘学園時空をもとにした現代パロディです。

 pixivにも同じタイトルで投稿しています。

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【モンスター娘TD】モンスター娘学園外伝・フランシのスパイダーバースデイ

 オーケー、それではもう一度だけ説明しますの。

 (わたくし)フランシ

 ホウ砂水溶液で遊びながら自分の腕を噛んだら、体内で自在に蜘蛛糸を生み出せることに気づきましたの。

 まあ蜘蛛の力を持つアラクネ娘なので、できて当然なのですけど。

 正義感が強い姫はこの力を人助けのために使いましたの。

 昼は平凡なモンスター娘として学園に通い、夜は秘やかに人々を救う。

 そんな日々が、すっかり姫の日常になっていましたの。

 

 

 1 

 

「ぴいいいぃーーーーーーー!」

 同じ区画のどこかで、コカトリス娘が鳴いた。

 窓から差し込んでくる太陽の光に驚いているのだ。

 その声を目覚まし時計の代わりにして、フランシは目覚めた。

 

「カーテンを閉めればいいですのに……」

 コカトリス娘の生態に首を傾げながら、フランシは寝床を這い出した。8本の脚で体を支えて、鏡を覗き込む。

「お肌のハリがいま一つですわ」

 ここのところ、睡眠不足だ。連日連夜、こっそり部屋を抜け出しては人助けに回っているからである。

 

 フランシはベッドルームを出て、階下のダイニングに向かった。

 蜘蛛族の姫であるフランシがごく一般的な二階建ての民家で暮らしているのにはわけがある。モンスター娘学園に通うためだ。モンスター娘学園が何かって? モンスター娘が通う学園であることしか分からない。

 とにかく、学園に通うため、この家に下宿しているのである。

 

「おはようペン」

 焼き魚をお皿に載せてテーブルに置きながら、ワーペンギン娘が席を勧めた。

「おはようございますの、ペンおじさん

 フランシにとっては大家にあたるこのワーペンギン娘のことを、彼女はペンおじさんと呼んでいる。娘なのに「おじさん」はおかしいと思うかもしれないが、立派なつけひげをつけているのだからおじさんでまちがいない。

 何より、本人がそう呼ぶようにフランシに勧めたのである。

 

 なに? ワーペンギンなんてモンスターは聞いたことがない?

 まあそれはいいじゃないですか。

 

「最近起きるのが遅いペン。悩み事でもあるペン?」

「このところ密猟者学園が暴れてるでしょう。気になってしまって……」

「フランシは優しい子だペン。でも、暴漢のことは警察にでも任せておいたほうがいいペン」

(その警察が頼りにならないのですけど……)

 心の中で毒づきながら、朝食を口に運ぶ。

 

 ペンおじさんはフランシのことを心配してくれている。

 そんな彼に黙って窓から抜け出し、密猟者学園の生徒と戦うことに心が痛まないでもない。

 だけど、痛めつけられる罪なき人々を放っておけないのだ。

(ノブ……ノーブランドヒンセール? とかいうのに反するのですわ……)

 正しくはノブレスオブリージュ(高貴なる義務)。

 

「ごちそうさまですわ。食後のお飲み物を……」

 と、フランシが冷蔵庫を開けようとしたとき……

「あーっとぉ! そんな時間はないんじゃないペン!? 遅刻しちゃうペン!」

 ペンおじさんが冷蔵庫の前に立ちはだかり、両手を広げた。バサッ!(萌え袖が広がる音)

 

「いえ、まだ時間は……」

「少年老い(やす)く学成り(がた)しとも言うペン。ショタが最終回に成長するやつって需要あると思ってるペンかね?」

「批判ともとられかねないことを言うのはおよしになったほうが」

 ※登場人物のセリフは作者の思想信条を示すものではありません。

 

「とにかく今日は急いだほうがいいペン! さあ、早く登校するペン!」

 ぐいぐいと背中(生物学的には腹)を押されて、出口へと向かわされる。

(何か隠してるみたいですけど……)

 どうしてもフランシに冷蔵庫を見せたくないようだ。

(でも、ペンおじさんのことですから何か理由があるのでしょう)

 悪巧みをするようなワーペンギン娘ではない。そう思って、フランシは素直に従うことにした。

 

「では、行ってきますわ」

「行ってらっしゃいペン!」

 

 

 2 

 

「ってわけで、モンスター娘の力の根源は強い欲望によって支えられとるっちゅーわけや」

 スクリーンに投影されたスライドを示して、壇上の講師が締めくくった。

「質問はあるか?」

 講義室の視線を集めながら、教壇に立ったモンスター娘が生徒たちをぐるりと見回した。

 

「はい、オキュー教授」

 フランシがぴしっと手を挙げた。

「ご著書の『多脚おねショタ学の展望と転換』を読みました」

「お、勉強熱心やなあ」

「おねショタ学における展望については興味深く読みましたの。ですけど、おねショタのスターティング、いわゆる出会いと触れ合いについて多脚性の特徴はあり得ますの?」

 

 フランシの鋭い質問にオキュー教授の目が引き締まった。

 地の文に鋭いと書かれているからには鋭いのである。

 

「重要なんは互いの欲望や。一方だけでなく、互いの欲望が交差するところにおねショタの展望があるんや」

「欲望ですの……愛欲ですか?」

「それだけとは限らへん。食欲や承認欲求を満たして関係性を築くことが必要な段階もあるやろうな」

 性的な目的をもって未成年に接触するグルーミング行為を推奨するオキュー教授。しかし現実と倫理が違うモンスター学園ではそのことを指摘するものなどいなかった!

 イエスショタコン、ノータッチ。現実では決してマネしないように。

 

 終業の鐘が鳴り、オキュー教授の特別授業が終わった。

 学生たちが三々五々(さんさんごご)、講義室を出ていく。

 そんな中で、フランシの元にひとりのモンスター娘生徒が声をかけた。

 

「すごかったね、フランシちゃん!」

 ゴブリン娘のアニスである。

 箱入り娘のアニスは何かとフランシと気が合い、たびたび勉強会をしたり放課後にクリームあんみつを食べに行くなど、ともに女学生らしい青春を過ごしているのだ。なぜか昭和っぽい青春である。

 

「すごいって……何がですの?」

「オキュー教授っていくつも論文を発表してて、しかもタコ焼きのビジネスでも成功してるすっごく有名なモンスター娘なのに、臆さずに質問して、すごかった!」

「前から気になっていたことを聞いただけですの」

「すごいなあ、かっこいいなあ」

 キラキラとした羨望の目を向けるアニス。あまりにも素直なゴブリン娘に、さすがのフランシも毒気を抜かれてしまう。

 

「気になるなら、あなたにもオキュー教授の本を貸してさしあげますの」

「ほんと? それじゃあ……」

 と、学生らしくはしゃいでいるとき……

 

 プワーーーーーーン!

 

 大きなクラクションの音が鳴り響いた!

 いわゆる、きっかけとなる事件(インサイティング・インシデント)である!

 

 

 3 

 

「こんなの、キャワワじゃないよぉ!」

 とつぜんの叫びと共に、ワーベア娘が車道へと突っ込んできた!

 

 そこへ、猛スピードでトラックが突っ込んでいく。車は急に止まれない。

 ドライバーは急ブレーキを踏みながらクラクションを鳴らした。これが先ほどフランシたちが聞いた音である。

 はたしてモンスター娘学園時空なら車道なるものがあるのか。運輸業があるのか。そういう問題はひとまず全て棚上げしておく。緊急事態にそんなことを気にしてられませんからね。

 

「うわーーん!」

 ワーベア娘は泣きながらトラックに体当たりをぶちかました。撥ね飛ばされる……ということはなく、トラックのバンパーが思いっきり凹んでいる。

 モンスター娘がトラックより頑丈であることが証明された。脅威のHPと物理防御力である。

 

「なんだなんだ!?」

「モンスター娘だ!」

「まったくモンスター娘なんて迷惑だよなあ!」

「メイワク……モンスター娘は迷惑……」

 大通りは大混乱だ。その中を、サイレンと共に一台のパトカーが走ってきた。

 

「警察だわん! そこのワーベア娘、おとなしくするわん!」

 ケルベロス娘のテルル刑事だ。パトカーの運転はケィナ巡査である。

「先輩、威圧的な態度は刺激してしまうですぅ」

「いざとなったら暴力にものを言わせて警察の威信をビシッと見せつけるんだわん!」

 物騒なことを叫ぶ警察の登場で、もちろんワーベア娘は態度を硬直させた。

 

「テティちゃんのハチミツケーキぃーーーー!」

 泣き叫びながら、ワーベア娘はトラックを持ち上げた。まさに怪力乱神(かいりょくらんしん)、あまりにも非現実的なパワーである。

「落ち着くわん! お前はもう包囲されてるわん!」

「嘘はよくないですぅ!」

 ここに至ってテルル刑事がさらに威圧しようとするものだから、事態がさらに悪化する。

 

「えーーーーーい!」

 なんと、ワーベア娘はトラックをパトカーに向けて投げつけた!

「わん!? ケィナ、避けるわん!」

「無茶ですぅ!」

 道幅いっぱいに相当する横幅のトラックが、パトカーのみならず他の車両も巻き込んで飛来しようとしたその時である!

 

 シュパッ!

 

 大きな蜘蛛の巣が建物の間に張られ、トラックを受け止めた。

 蜘蛛の糸は強い伸縮性と鋼鉄に匹敵する剛性を兼ね備えているから、トラックを支えることもできる! できるったらできる!

「こ、これは……またあいつだわん!」

 パトカーから実を乗り出したテルル刑事がまわりに視線を巡らせ……

「あそこですぅ!」

 建物の上に、逆光を背にしたシルエットを見つけた!

 

 8本の脚ですっくと立ったフランシだ。目元を隠す仮面(ドミノマスク)で顔を隠している。

 クラクションの音を聞きつけて、慌てて変装して出てきたのである。

 

「ここはわんの管轄だわん! 勝手にでしゃばるんじゃないわん!」

 獰猛に威嚇するテルル刑事。だがフランシは怯えずに車道に目を向けていた。

「それよりも、ワーベア娘のことを」

「うわあああああん……」

 トラックを投げ飛ばした張本人は、へたり込んで涙を流している。一暴れしたことで、少し落ち着いたのだろう。時々ちらっとまわりを伺って泣き顔を見せる余裕も出てきている。

 

「くっ……お前もそのうちつかまえてやるわん!」

 テルル刑事がワーベア娘を確保する。今度は暴れることなく、パトカーまで連行された。

「事件のたびに現れるモンスター娘……いったい何者なんですぅ」

 ケィナの疑問に答えるものはもういない。フランシはすでに姿を消していた。

 

「マスクで顔を隠しているから、顔はもちろん種族もわからないわん」

 どでかい下半身は目に入っていないらしい。モンスター娘の想像力はそんなものである。

「顔を隠さないといけない事情があるのかもしれないですぅ」

「どうせろくでもない事情だわん。どこかのスパイかもしれないわん……スパイだーわん!」

「アクセントおかしくないですぅ?」

 警察コンビのわちゃわちゃを、連行されたワーベア娘が冷ややかに眺めていた。

 

 

 4 

 

 夕暮れ時。フランシは帰路を急いでいた。

 

「すっかり遅くなってしまいましたの」

 モンスター娘学園のそばでワーベア娘が暴れた一件のせいで、帰宅が遅くなってしまったのだ。

 ただ現場で活躍すればいいだけではない。誰もいないところまで姿を隠し、マスクを取って何事もなかったかのように振る舞う……そういう後始末もきちんとしなければ、秘密のヒーロー活動は続けられないのだ。

 

「すっかり警察にも目をつけられてしまいましたし、やはり正体を知られるわけにはいきませんの」

 もし謎のヒーローの正体がフランシだと知られれば、進級に悪影響があるかもしれない。

(そうなってしまったら、ペンおじさんにも迷惑がかかってしまいますの)

 そのペンおじさんが待つ家が見えてきた。

 

「……妙ですの」

 何かが引っかかった。いつもとは様子が違う。

 フランシが感じた違和感は、開かれたままになっている窓のせいかもしれないし、ポストに新聞紙が入ったままになっていたせいかもしれない。とにかく、いつもとは何かが違った。

 嫌な予感に突き動かされて、フランシは急いだ。そして、扉を開けて……

 

「これは……!」

 家の中はめちゃくちゃだった。あちこちにものが散乱し、冷蔵庫は開け放たれている。その中は空っぽだ。

 そして、リビングの床にモンスター娘がぐったりと倒れていた。

 

「ペンおじさん!」

 フランシは慌てて駆け寄っていった……。

 

 

 5 

 

 静かな病室。ペンおじさんがベッドに寝かされている。

 医師の診察では、命に別状はないとのことだった。だが、意識がいつ戻るかはわからない。

 あまりにも静かすぎて、点滴が落ちる音まで聞こえそうだった。フランシはただうつむいてそばにいることしかできない。

 

(姫がヒーローごっこなんてしていなければ……)

 ペンおじさんを襲った何かから守ることができたかもしれない。後悔が渦巻き、フランシの目に涙がにじむ……。

 と、その時、病室に二人連れが現れた。

 

「失礼するわん」

 テルル刑事とケィナ巡査だ。

「現場の検証が終わったですぅ。現場は荒らされていたけど、金目のものは無事ですぅ。ただ、冷蔵庫の中の食べものはすべてなくなっていたようですぅ」

「事情聴取にご協力いただきたいわん」

 フランシが無言で頷く。

 

「犯人に心当たりはないわん? 被害者が誰かに恨まれていたとか……」

「ペンおじさんはそんな人ではありませんの。釣りが趣味で、禁漁区にも平気で入っていくくらいで……」

 じゅうぶんに恨まれていそうだが、そのことで家を襲われることはないはずだ。

 

「先輩、やはり例の連続強奪犯ですぅ?」

「連続強奪犯?」

「気にしなくていいわん。あとはわんたちに任せるわん」

「姫になにか、できることはありませんの?」

 テルルは目を閉じて首を振った。(頭の横にあるふたつの頭も目を閉じていた)

 

「そばにいてやることだわん」

 そして、警官たちはペンおじさんに頭を下げて去って行った。

 病室に残されたフランシは、ふたたびペンおじさんの側でうつむく。

「見知らぬ誰かを助けられても、大切な人を守れないんじゃ……」

 今度こそ、あふれた涙が止まらなかった。

 

 フランシが泣き疲れた頃……

「う……」

「ペンおじさん?」

 ベッドの上のペンおじさんが、うっすらと目を開ける。まだ朦朧としているようだが、意識が回復したのだ。

「ごめんなさい、姫が守れなくて……」

「いい……んだペン……」

 かぼそい声でペンおじさんが答える。

 

「フランシ……よく聞くペン……」

 そっと萌え袖でフランシの涙を拭う。フランシはその声を聞き取るために身を乗り出した。

 

「大……カ…には……大いなる……が伴う……」

 

 そして、再び目を閉じた。再び眠りについたのだ。

「ペンおじさん……」

 その言葉が、フランシの胸の中を反響する。

 

「……わかりましたの」

 フランシは決意した。迷いはもうなかった。

 

 

 6 

 

「警官たちは、連続強奪犯だと言ってましたの」

 ペンおじさんの家に戻ったフランシは、荒らされた家の中を整理しながらつぶやいた。

「つまり、同じようなことが他にも起きている……そして、誰かが止めないとこれからも起き続けるということですの」

 ひゅうっと窓に風が吹く。その風に乗って、一匹の蜘蛛が飛び込んできた。

 

「戻りましたわね」

 ある種の蜘蛛は、わずかな風の中に糸を広げて空中を移動する。時に何百キロという距離を移動する。アラクネ娘であるフランシは、彼らを従わせることができるのだ。

「取り調べの様子はどうでしたの?」

 あのとき……病室で別れた時、フランシはテルル刑事のブーツに蜘蛛を潜ませておいたのだ。そして、働き者の蜘蛛はパトカーに乗って警察署まで同行し、テルル刑事の取り調べを盗み聞きしてきたというわけだ。

 

 蜘蛛は姫の力になろうと、取り調べの様子を迫真の演技で再現してみせた。

『ワーベア娘のテティ。パティシエをしてるですぅ』

『パティシエがどうしてあんなことをしたんだわん!』

『だってぇ、テティちゃんの大事な蜂蜜ケーキがぜんぶ盗まれちゃったんだよぉ!』

『だからってトラックを投げ飛ばすなんて……恥を知るわん!』

『先輩がぷるぷるしてるですぅ』

『ケーキはお祝いや喜びのしるしなの! それがなくなって、たくさんの人が悲しんでるんだよぉ!』

 ……と、そんな感じだったらしい。

 

「蜂蜜ケーキ……」

 フランシはぽつりとつぶやいた。

 開けっぱなしになっている冷蔵庫。

「ペンおじさんが隠していた冷蔵庫の中身……」

 蜘蛛は脚でにおいを感じることができる。モンスター娘であるフランシにもその力があった。

 

「必ず犯人を止めてみせますの」

 

 

 7 

 

「はぁ……はぁ……」

 薄暗い部屋の中に、荒い呼吸がこだましている。

 

「もう耐えられない……でも……」

 それは最後の良心との葛藤だった。

 モンスター娘の前に、ひとつの箱があった。その中には蜂蜜ケーキが入っている。

 ペンおじさんがワーベア娘のパティシエから買い、冷蔵庫にしまっていたケーキだ。

 

 強奪犯はそのケーキを持ち去り、いまそれが目の前にあった。

「これを食べれば……でも、これ以上罪を重ねるのは……」

 暗闇の中で、頭を抱えて苦悶する。その時、不意に部屋の窓が開け放たれた。

 

「誰だ!」

「悪党に名乗る名は持ち合わせていませんの」

 壁を登り、窓を開けて飛び込んできたフランシは、素早くケーキの箱を奪った。ペンおじさんの思いが詰まったケーキが無事なことに、わずかな安堵を感じた。

 

「どうやってここを……!」

「においを追跡しましたの。あなたがこのケーキを狙って犯行を繰り返していたことを突き止めましたの」

 フランシと対峙するモンスター娘の顔から、葛藤が消え去っていく。代わりに、ケーキを奪われた怒りがわき上がる。赤い髪が逆立つほどに。

 

「あなたが犯人だなんて……残念ですわ。オキュー教授」

「顔を隠した卑怯者に言われたないわ!」

 ぶわっ!

 オキューの背から生えた触手が、フランシを捕らえようと伸ばされる。だがフランシは身軽にかわした。

 

「今ならまだ引き返せます。自首して、罪を償ってください」

「まだや! まだウチが求める味に辿り着いてへん!」

 触手を振り回しながら、フランシを窓際へと追い詰めていく。たまらずフランシが窓から飛び出した。

 モンスター娘学園の校舎だ。ここはその建物の一角にあるオキュー教授の研究室だったのだ。

 

「ウチはもっと美味いものが欲しい! 美味いタコ焼きを作りたい! そのための味のヒントを蜂蜜ケーキに感じたんや!」

「だったら買えばよろしいでしょう!」

「そうや、その通りや! でもな、ウチ以外に味わわせたくないと感じたんや! 独り占めしたくなった!」

 力強いタコ足が窓を割り、蠢きながら飛び出してきた。吸盤が壁に張り付き、壁を登るフランシの後を追う。

 

 フランシはケーキを持ったまま屋上へと駆け上った。オキューは柵をぐにゃりと歪ませながら登ってきた。

 校舎の屋上で二人が対峙する。

「オキュー教授……どうして!」

「食欲こそ最も根源的な欲求! それを満たすためならウチは何でもする! 人を傷つけても、自分が食べたいものを食べるんや!」

 モンスター娘の目が、凶暴に輝いた。

 

「強すぎる食欲に支配されていますの……!?」

「ただの食欲とちゃうで! 何度でも満腹中枢の強さで食が進む……」

 ドドドドド……

 

「ド級の食欲! ド食ったオクトパスや!

 ドォン!

 

「脚が太ぇ敵なんですの……!?」

「蛸の触手は全てが筋肉の塊! パワーはあんたのか弱い脚とは比べものにならんで!」

 ぐ、ぐ、ぐ……

 オキューが身を低くしたかと思うと、次の瞬間、いくつものタコ足を伸ばして一気に跳躍した!

 

「……っ!」

 あまりの速度に反応が遅れる。気づいた時にはフランシはケーキの箱を奪われ、吹っ飛ばされていた。

 ガシャン! 転落防止の柵に体をしたたかにうちつけ、フランシは悶絶する。

「あーっはっはっは! 弱い! 弱いなぁ!」

 力の差は圧倒的だった。

 

「ウチの邪魔をせぇへんのやったら、見逃したるでぇ!」

 オキュー……いや、ド食ったオクトパスの最後の良心は消え、ケーキの箱に手をかけていた。

「ワーベア娘のパティシエが作ったケーキも、これが最後のひとつ……これでウチの独り占めや!」

 

 

 8 

 

(どうする……!?)

 柵にもたれたまま、フランシは思考をめぐらせていた。

(パワーでは不利。近づけばまたタコ足で投げ飛ばされてしまいますの)

 いままさに、オキューはケーキを丸呑みにしようとしていた。味わって食べればいいのに。

 

「それに……」

 負けているのは、力だけではなかった。

 圧倒的な食欲。欲望の強さこそモンスター娘の根源だ。強い欲望に突き動かされているとき、モンスター娘は最大の強さを発揮する。味方ユニットの時よりも敵として出てきた時のほうが最大HPが高いのはこのためである。

 

(あんなに強い欲望に、勝てるわけが……姫には、あれほどの動機なんか……!)

 その時、ふと心の中に声が浮かんだ。

 ペンおじさんが病室でフランシに告げた、あの言葉。

 

 大人向けのカプには、大いなる性欲が伴う

 

 かっと、フランシの目が開いた。

「そうですの……! ここで逃げたら、いつまでも後悔を引きずることになる! そうしたら、堂々とおねショタを楽しむこともできませんの!」

 ヒュッ!

 フランシは蜘蛛糸を放った。糸は狙いたがわずケーキの入った箱をつかまえ、オキューの手の中から奪った。

 

「な、なんや!? さっきとは迫力が違う……!」

 驚愕に目を見張るオキューに対して、フランシは柵の上へと登り、ケーキを高々と掲げてみせた。

「このケーキはペンおじさんのもの! あなたには渡しませんの!」

「こざかしいわ! 何回やっても同じや! パワーではウチのほうが圧倒的に有利!」

 ぐ、っとオキューが身をかがめた。先ほどの大ジャンプを再びしかけるつもりである。

 

(かかった!)

 それこそが、フランシの狙いだった。チャンスは一瞬。オキューが飛び出した直後、フランシは自ら後ろへと身を投げ出した。

「なんやて……!」

 空中では軌道を変えることができない。フランシを狙って飛び上がったオキューは、柵を跳び越えて校舎から飛び出した。

 

「一度かわしたからって……」

 モンスター娘は屋上から飛び降りるくらいではぴんぴんしている。もう一度ジャンプ攻撃をしかけるだけ……そう思ったオキューだが、自分が飛び降りようとしている着地点に気づいて青ざめた。

「しもた、あれは……!」

 

 フランシがオキューを誘導したその先には、モンスター娘学園のプールがあった。

 

「タコの弱点は……海水ではない水ですの」

 はたしてクラーケン娘がタコと同じ弱点を持っているのか。そんな考証はしていない。今回は真水に弱いということにしました。

「くそおおおおおーーーー!」

 

 バシャーン!

 

 たっぷりの水の中に落ちたオキューは呼吸ができずに溺れてしまう。フランシは彼女が弱ったところで糸で縛り上げ、警察に通報したのだった。

 こうして、連続強奪犯は「善意の通報」によって逮捕された。

 テルル刑事は謎のヒーローの活躍に歯がみすることになったが、それは別の話である。

 

 

 9 

 

 そして、翌日……

「退院おめでとうですの」

 フランシは、元気になったペンおじさんと共に食卓に着いていた。

「一日寝たら元気になったペン! たいしたことなかったペン!」

 ペンおじさんはすっかり体力を取り戻していた。秒間HP回復の効果である。

 

「元気がなによりですの。犯人も捕まったようですし、おじさんのケーキも無事ですの」

 ド食ったオクトパスとの戦いで守り抜いたケーキは、奇跡的にまったく崩れていなかった。すごいね。

「何を言ってるペン? これはペンのじゃないペン」

「え?」

 思わず聞き返すフランシに、ペンおじさんはつけヒゲを直しながらにっこり笑った。

 

「このケーキはフランシのだペン。お誕生日おめでとうだペン!」

 フランシは不意を突かれたようにまばたきした。

「そういえば……すっかり忘れていましたの」

「忙しくするのもいいペンけど、まずは自分のことを大事にするペン」

 フランシを慕う蜘蛛たちも脚を振り上げてお祝いをしてくれる。

 

「ありがとうございますの」

 フランシがオクトパスを止めたことは、誰もしらない。

 だけど、戦ったことで守れたものがあった。今度は、フランシの頬を濡らす涙が温かく感じられた。

「最高の誕生日(バースデイ)ですの」

 

 ちなみに常温で放置されていたケーキは、賞味期限が切れてすっぱくなっていた。

 

(おわり)


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