あれから1年が経過した。
壊理の様子は攫われる前と何ら変わらない日常に戻った……。
しかし、1つだけ変わった所がある。
運転をしているのがアウルムではなく焦凍であるという点で、アウルムの腹部が不自然に膨らんでいるという事。
「っと……荷物は持つぞアウルム……無理するな」
買い物帰り、車を降りてスーパーで買った食材や洗剤、消耗品を詰め込んだ買い物袋を持とうとしたら運転席から降りてきた焦凍がそう告げてくる。
24歳となったアウルムと焦凍。
結婚してから夫婦仲は依然として良好であり……娘である壊理を引き取ってからも幾度となく夜の営みを行っていたが中々恵まれずにいた。
まだ中学生の壊理が完全に寝静まってから2人でそういうホテルへと足を運んで何度もヤッていたのだが中々妊娠できずにいた。
理由はとてもシンプルだ、死柄木弔やオール・フォー・ワンとの最終決戦や脳無との戦いの際に腹部を損傷しすぎてアウルムは内臓が、特に子宮が上手く機能していない……お医者様からも妊娠はかなり難しいでしょうと、また仮に妊娠した場合……出産時には胎児は兎も角として母体の生命は保証出来ないとまで言われた。
しかし、それでも望んだ……私と焦凍、そして壊理が居る……しかし、とても我儘を言うのであれば……私は子供が欲しい。
そして、ようやく妊娠が判明。
産婦人科で確認してもらい想像妊娠ではない事を確定させた後に焦凍と壊理へと報告。
冬美さんと冷さんにも報告を行った。
冬美さんからはおめでとうと手をブンブンさせながら握手をされ、冷さんからは冷さん自身が4人もの出産をした為にかなり慣れているのか妊娠初期中期後期に必要なやる事リストと絶対にやってはいけないリストをいただいた。
特にヒーロー活動に多大な制限が掛かる為に妊娠が確定した瞬間に副所長を一時的に退いて最古参のサイドキックに副所長の座を譲った。
当然、本人の了承を得た上で副所長に任命した。
副所長は所長である焦凍程では無いが殆ど自由がない、休日でも突発的な呼び出し、経費やその他金銭面の最終確認の為の書類チェック、有事の際の警察とのやり取りなどその業務は凄まじく多岐に渡り枚挙にいとまがない。
勿論、与えられた役職に応じた報酬が別途支払われるので給料面ではかなりの高待遇となる。
アウルムは事務所の皆に妊娠の報告を行い徐々にではあるものの出産するまでの間は自身のヒーロー活動を縮小していく事を告げる。
今は多少なりとも動けるが8ヶ月目や臨月になるとヒーロー活動をお休みせざるを得ない。
そして、恐らく焦凍も私の事でヒーロー活動に多大な制限が掛かる、つまり『業務に穴を開ける』可能性がこれから非常に高くなる。
それを申し訳なさそうに伝えると……最古参のサイドキック、というより……全サイドキック、そして全事務員より大きな、大きな、とても大きな溜め息が吐かれる。
全員の大きな溜め息を代弁するかの様に最古参のサイドキックが呆れたような表情と声音でアウルムに語りかけてきた。
「なーんでそこで真っ先に謝罪が出るんですか……貴女や焦凍が1番大変なんですよ、何せ貴方達2人は『親』になるんです……それは誰が肩代わり出来るようなモノでもない、ソレはあなた方2人にしか出来ないとても大切な『ヒーロー活動』なのです……何の為に私達が居ると思ってるんですか、業務に穴を開けても良いんですよ、寧ろもっと頼って下さい……焦凍、先に言っておきますが……もしもコチラの仕事を……『公務員としてのヒーロー活動』にかまけて奥さんを……アウルムの事を疎かにしてたら本気で殴りますよ? グーパンです、その顔面が変形しても構わず殴り続けます、サイドキック90人、事務員90人も居るのです、誰かが業務に穴を開けても誰かが穴を埋めます、というよりいつも貴方達2人が率先して、それをしてくれたじゃありませんか……私たちはその恩を返すだけですよ」
そこで最古参のサイドキックは一度言葉を切り咳き込むとアウルムを抱きしめて告げる。
「……何かあったらいつでもお気軽に連絡して下さい」
そう言われたのがもう8ヶ月前、時が経つのは速いなぁと、ふと病室に掛けられたカレンダーを見て懐かしさに浸る。
アウルムは病室のベッドに横になりながら臨月を迎えた自身の腹部を見て幸せそうに笑みを溢す。
だいぶ前のエコー検査で性別が判明し女の子だと言われた、それをA組の皆に知らせた時は皆に祝福された。
名前はいまだに決めていない。
臨月になった為、余裕を持って一応入院している……その間の家事は焦凍がやってくれてるが炊事関連だけは冬美さんにお願いしている、壊理も料理に興味が湧いて来たのかアウルムの妊娠前に料理を教えて欲しいと言われ冬美さんと一緒に料理を教えたり交代交代で料理の出来を見たりしている、その為、壊理もアウルムのレベルとは言わないが店で出しても問題ないレベルのドルチェ作りや料理が行えるまで上達した。
いつか壊理の手料理を食べたいものだ。
しかし……心配事もある、最近、異様に吐血する事が頻繁に増えてきており産婦人科医曰く過去に受けた怪我や傷が主な原因だと……。
唯一の救いは胎児には影響が無いと診断された事だが……既に臨月に入っている為に出産の前に家族にもう一度、ご家族の意向を、意思を確認して統一して下さいと告げられる。
意思の確認、つまり……もしも危険域に入った場合、どちらを優先するかという事だ。
母体を助けるか、それとも赤ん坊を助けるか……。
終ぞ決まらずにいた……それを確認する。
アウルムは病室のベッドに横になりながら、焦凍は病室に備え付けられている椅子に座りながら互いに思いの丈を語る。
「……私は、もしも何かあった際には……お腹の子を優先して欲しいと思っています……もしも私に何かあったら……もしも、私に何かあった場合……お腹の子の面倒は冬美さんと冷さんに既にお願いしてあります……そして此処に弁護士さんに作ってもらった遺言書があります、当然ですが言うまでもなく……何も無い事を私も願ってます、しかし……如何に万全の体制を整えていてもこればっかりは……やっておかなければいけない事です……」
アウルムは水を飲みながらそう笑顔を作って焦凍へと、愛する夫へと告げる、焦凍もお茶を飲みながら、アウルムへと、愛する妻に語りかける。
「俺は……俺は……可能な限りアウルムを救って欲しいと考えている」
此処に至って……初めて意見が対立した、初めて意見が割れた、そして焦凍とアウルムは初めて大喧嘩をした。
こればっかりは互いに譲れないのだろう。
喧嘩の収拾に5時間程かかり……太陽が沈む時間帯になりようやく喧嘩が収まり意思の統一が為された。
意思統一の前に焦凍からとある言葉が語られる、あの時のスピーチの返答だと前置きされて語られる。
誰もが縛り付けられてるみたいだ
きっと重力に引かれてるせいだろって
仕方ないって 生きてく理由を殺してる
真っ黒に塗りたくられた世界
何を描いても見えやしないよ
大丈夫だって嘘ついて
一人きりで震えてる
もう歩けないよ
涙堪えて下を向くなら思い出して
「進めば二つ」と声にして
過去は時に君を囚え
夢は時に呪いになる
願いは叶えようとするほど
人は平等じゃないと知るんだ
君よ 気高くあれ
迷うな 少しずつでいいんだ
宿命を超えて再び進め
死ぬべきなのは何にもなれない人間
お前はどうだ? 誰かが嗤った
正しさで殴りつけて 生きてく理由にすり替える
互いの言葉 届かぬ世界
死ねないなら殺すしかないな
それでも君は目を開け
闇の中に何を見る?
強さで弱さを消した
あの日 自分さえも消えた
二度と誰かに自分を決めさせはしないと誓え
その声轟かせ
心揺らす 感じるまま
問われるまでもなく
その手も足も動くのは誰のため?
過去は時に罪に変わり
夢は時に憎しみになる
自分が何も許せなくて
怒り嘆き 苦しむ時こそ
君よ 気高くあれ
迷うな 少しずつでいいんだ
宿命を超えて再び進め
君よ 気高くあれ
アウルムはその言葉の真意を悟る、悟るが……それを踏まえて焦凍へと言葉を語り……最終的にお腹の子を優先するという意思統一で確定した。
「では何かあった際はお腹の子を優先……まぁ何もなければ母子共に元気な姿を見せる事が出来ますよ……これはあくまでも万が一の可能性を考慮してです。ほら、そんなに泣かないで下さい……ッ⁉︎ ッハァ⁉︎」
涙を流す焦凍の頭を優しく撫でた瞬間に、アウルムの口から突如として大量の血が零れ落ち病衣を真っ赤な血で染めて、それと同時にベッドに
他ならぬ自分自身の事であるアウルムは即座にソレを理解しナースコールを押して口から血を零しながら告げる。
「普段以上に大量に吐血したのと……多分コレ破水もしてますね、お尻の周りがびっしゃびしゃです、陣痛も始まりました……結構痛いですね」
出産予定日はほんの少しだけ先だが予定日はあくまでも予定である。
緊急で出産のオペが開始される。
焦凍は分娩室の前で祈る様な表情で椅子に座っていた。
出産に立ち会うかどうかをアウルムに問いかけたがアウルム自身が首を振って拒否したのだ。
曰く……見せたくない姿というのがあるらしい。
アウルムの事を尊重して……母子共に元気な姿を見せてくれるって信じて……待つ事にした。
そういえば産まれてくる俺達の子供は女の子らしい。
様々な事が絶え間なく頭を駆け巡り……隣に母さんと姉貴、そして娘である壊理が来たのすらも気づかずにいた。
「ほらほら、あまり思い詰めるのは良くないぞ? 焦凍」
そう告げてくる姉。
隣に居る母さんも焦凍の手を握って告げる。
「大丈夫、そう信じましょう……」
それから10時間が経過した後、医師が分娩室から出て来て告げる。
「無事に産まれました、母子共に元気です」
それを聞いてホッと安堵のため息を吐く焦凍。
分娩室から出て来たアウルムと、タオルに包まれた我が子。
一旦病室へと戻ってから再度対面との事であった。
そして、対面する、焦凍と壊理の3人で我が子と。
姉さんと母さんも一緒にと告げたのだが……2人から同時に告げられた。
「いやいやいや‼︎ 先ずはアンタと壊理が行くの‼︎ 私達は後でいいのよ‼︎」
そう告げられた為に壊理と共にアウルムが待っているであろう病室へとノックして入ると其処には愛おしそうに産んだばかりの我が子を抱くアウルムが居た。
焦凍と壊理に気づいたアウルムは笑顔を見せて言の葉を紡ぐ。
「抱いてあげて、ほら……焦凍、壊理も」
そう告げられて我が子を抱き抱える焦凍。
続いて壊理も妹の事を抱き抱える。
そして、焦凍は問いかける。
「そう言えば……名前、決めたのか?」
夫婦別姓が認められたこの社会では結婚後でもどちらの名前を名乗ろうとも自由である。
産んだばかりの我が子の名字がミダスティアになるのか轟になるのは未だ考えている段階だが……。
名前は決めていた。
「えぇ……名前は『
そう幸せそうに微笑むアウルムであった。
これから忙しくなるだろう。
出産を終えて……休止していたヒーロー活動も徐々に復帰していかなければならない。
しかし、アウルムの表情には不安など微塵も無かった。
愛する2人の娘がいる、愛する旦那もいる、何より、独りぼっちではないのだ。
これから先、何があろうとも……きっと大丈夫だろう。
黄金の様に燦然と輝く笑顔を浮かべアウルムは言葉を紡ぐ。
「今日、この日は……黄金に煌めくこの想い出は、記憶は……永遠に色褪せない良い思い出です」
これが、この幸せこそが幼い頃からずっと手に入れたかった理想郷だったのだと、この黄金に煌めく家族の形こそ、私が心の底から存在を願いずっと探し求めていた黄金郷だったのだと、そう感じながら。
黄金郷のヒーローアカデミア
END