如月さんからのリクエストです!!

 お題は【モカとの夏祭りデート】

 高校生の真瀬 江斗がモカと共に夏祭りを回る話です!!

 2人は付き合ってないです!

 それでも良いという方はどうぞ!!

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 え、俺がギャグしか書けないって?

 どうせこれもギャグだろうって?

 失礼だな、純愛だよ(言いたいだけ)


夏を越えても君と一緒に

 

 

 8月某日。夏休み。

 

 もうやめてくれと夏の暑さに悲鳴をあげ、エアコンたちが最も火を吹く暑い夏の今日この頃。

 

 午前中に働きながら、俺は友人との会話に耳を澄ませていた。

 

「夏祭り……?」

「うん。この時期になると毎年夏祭りがあるでしょ? だから今日は午後のシフトはなし。山吹ベーカリーは午後は臨時休業ね」

「初耳なんすが」

 

 花咲川学園特有の、水色のセーラーを着た少女……山吹(やまぶき)沙綾(さあや)は、俺に向けてこの商店街のイベントについて説明をしていた。

 彼女は、俺がバイトしているこの店・山吹ベーカリーの店長の娘であり、俺こと真瀬(まなせ)江斗(えと)と同じ高校3年生である。まぁ、学校は違うのだが。

 

「まぁ、わかった。じゃあこの後は家に帰って自由に過ごすよ」

「うんうん、いっつも働いて貰ってウチもすごい助かってるし、今日はゆっくりと休んでね」

 

 俺は完成したパンを商品棚に陳列しながら、夏祭りに関する思い出を整理する。

 

(夏祭りかぁ……男友達とバカ騒ぎした記憶しかないな)

 

 高校生の……それも男子高校に進学するような学生の過ごした夏祭りなんて、大体がそんなものだろう。

 

 普通にお行儀悪く横に並んで屋台を巡り、ゲラゲラと馬鹿の一つ覚えみたいに些細なことで笑い、屋台を巡る。

 

 なんの面白みもない、けれども楽しいという思い出だけはある、そんな夏祭りの記憶。

 

「……真瀬(まなせ)くんは、誰かと巡ったりする予定はないの?」

「? 何が?」

「夏祭り! ほら、年頃の男子高校生なんだし、恋の一や二つあっても良いんじゃないの?」

 

 余計な詮索もお節介もない、純粋な疑問として山吹は俺の恋愛事情について尋ねてくる。

 

「そうは言っても、俺が通ってるの男子校だし、そういった色恋沙汰は何もないよ。むしろ、夏祭りにそういった色恋沙汰を持ち込んだやつは大抵……次の学期で刺されるし」

「そ、そうなんだ……た、大変だね……」

 

 夏休み中の夏祭りに女とデートなんてしようものなら、間違いなくクラス全員に締め上げられる。

 山吹も俺の意図を汲み取ったのか、同情とも呆れとも取れる不思議な表情をしている。

 

「それに、俺ら今年受験でしょ? 夏祭りなんて行ったら、先生に怒られちゃうし」

「でも、一緒に行きたい相手がいないわけじゃないんでしょ……?」

 

 改めてその質問をされると弱い。別に、俺だって夏祭りに興味がないわけじゃないのだ……誘いたい人はいるし、なんなら気になっているのだと思う。だが、まだこの気持ちには絶対的確証が持てない上に、仮に確証があったとしても、臆病な自分には到底口にできない。

 だからこそ、俺の山吹への返答は……

 

「………………ノーコメントで」

 

 黙秘権を行使することだった。

 

「え、本当にいるの!?」

「聞いてきたのは山吹でしょうが……」

 

 聞いてきたのはそっちなのになぜ驚くのか。呆れながら俺はパンの陳列を終え、お盆にトングを乗せて調理場に戻る。しかし、その程度では山吹は逃してなどくれなかった。

 

「相手は誰? よかったら教えて欲しいなぁ〜」

「絶っ対にやだ」

 

 なぜわざわざ女は人の恋愛事情に踏み込んでくるのだろう……と思ったが、俺でも同級生に彼女が出たら聞きたくなるなと思い、心のうちに浮かんだ文句を心の奥底にグッと押し込める。

 

「え〜、じゃあ私わかりやすいヒントちょうだい! ね?」

「ヒント1、女。はい終わり」

「え、それだけ!? ちょっ、それは反則じゃん!」

「何言ってんだよ。人類70億人の中から35億まで。日本に限定すれば5000万人にまで絞ってやったんだぞ? すげぇ絞ったじゃん。ウワー、コレデアイテバレチャウナー」

 

 言葉を以て話す気はないと告げる。流石にそれが相手の怒りに触れたのか、片手で頬を摘まれ、引っ張られる。

 

「ケチ」

「秘密主義者と言え」

 

 どうあっても俺が話す気などないと悟ったのか、山吹は手を離して軽くため息を吐いた。

 

「せっかく真瀬くんと一緒に回りたいって言う女の子を紹介してあげようと思ったのになぁ」

 

 わざと煽るような声音で告げる山吹。正直、相手は気になるが……

 

「こう見えて一途なんでね。知らない女と夏祭り巡って刺されるくらいなら、好きな女と祭り回って刺されたい」

「刺される未来は変わらないんだね……」

 

 苦笑いを浮かべた山吹はついに諦めたのか、荷物を持って店の外に出ようとする。

 

「今日もバイト?」

「うん、学校の後でRINGに。午前だけだけど、お店よろしくね?」

「うっす」

 

 そのまま山吹は店のドアを押すと、バイトへ向かっていった。

 

「ふぅ……」

 

 パンの陳列も終わり、今の時間帯は客足が少ないおかげか、レジで立っているのが俺の仕事となっていた。

 

「夏祭りねぇ……」

 

 店の窓から見える景色を遠巻きに見ながら、俺は肘をつく。

 

(まぁ、向こうは向こうで予定があるだろうし、誘うのも無理そうかな)

 

 心の中でそんな諦めを浮かべながら、ただぼーっと立ち、シフトの時間が過ぎるのを待っていたその時だった。

 

 カランコロン、と、店のドアが開く音が耳に入り、無意識になりかけていた自分の意識を、即座に戻す。

 

「いらっしゃいませ〜」

 

 ハキハキと、それでいてうるさくもない程よい声量で挨拶をする。

 

「やっほー、江斗」

「なんだお前か……モカ」

 

 入ってきた客を見て、俺は一度伸ばした背を曲げ、大きく息を吐く。

 白いショートヘアの、どこか飄々とした掴みどころのない少女……青葉(あおば)モカは、ニヤニヤとした笑みを俺に向けながら店の入り口に立っていた。

 

「さっきさーやに会ったんだけど、江斗くん好きな子いるんだって〜? いやぁ、青春ですなぁ〜」

「あの女ァ……」

 

 既にいなくなった山吹に恨み言のような言葉を吐きながら、拳に力を入れる。

 

「それで、お相手は誰かな? よかったらモカちゃんに教えて欲しいなぁ〜」

「絶対にやだ」

 

 言える訳がない。特にモカ(こいつ)にだけは……絶対に……

 

「と、というかそういうモカはどうなんだよ、好きな人」

「んー?」

 

 こっちだけが聞かれるなんてフェアではない。俺は、モカの質問に質問を返すが……

 

「モカちゃんはいるよ~」

「え゛っ」

 

 予想外の返答に、俺は変な声を出してしまった。

 

「蘭でしょ~? ひーちゃんでしょ~? つぐでしょ~? ともちんでしょ~? それから……」

「分かった。もういい。お前が幼馴染みを大切にしてるいい子ちゃんって事はよく分かったから」

 

 俺はモカから好きな人を聞くのを諦め、仕事に専念することにした。

 

「それよりモカ、今日はどのパンを買いに来たんだ? さっき店長が追加で作ったのを並べたばっかりだから、どれも出来立てだぞ」

「江斗のオススメで~」

「メロンパンとチョココロネ、それから焼きそばパンとイチゴジャムパンで良いよな?」

「ありがと~」

 

 どうせ今はモカ以外に客はいない。俺はレジを一度抜け、トレイにモカが普段から好んで購入しているパンを一通り乗せ、レジに通す。

 

「ポイントは?」

「こちらに~」

 

 ポイントカードを、まるで対戦式カードバトルでもするかのように目の前に並べるモカ。俺はカードのポイントを加算した値段を伝える。

 

「…………お会計、450円っす」

「わぁお安い~」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、500円玉を手渡ししてくるモカに苦笑いを浮かべる。

 相変わらず、ポイントを巧みに利用しやがって、と愚痴にも似た呆れを心の内に秘めながら俺はモカに50円のお釣りとレシートを手渡した。

 

「あ、そうだ。ねー江斗、ボールペンある?」

「ボールペン?」

 

 レシートを受け取ったモカが、何かを思い出したかのように……ボールペンを聞いてきた。

 

「ボールペンなんてあったかな……?」

 

 レジの周辺にある物を掻き分けながら、ボールペンを探すが、どこにも見つからなかったが……レジ下の収納スペースを確認するためにしゃがんだ際に気が付く。

 

「あ、俺の尻ポケットに入ってたわ」

 

 ちょうど尻ポケットの辺りに違和感を感じて、俺はポケットを探った。ありがたいことにボールペンが一本だけ入っており、俺はそれをモカに差し出した。

 

「ほら、これでいいか?」

「ありがと~」

 

 ボールペンを受けとったモカは、俺が先ほど渡したレシートを受け取ったレシートをレジ前の机に置き、何かを書き始める。

 何を書こうとしているのか確認しようと試みるが……モカの手と頭で隠されてしまい、確認をすることはできない。

 俺がその内容を確認することができたのは、モカが書き終えた後だった。

 

「お兄さんかっこいいね~、この後空いてる~?」

「は?」

 

 突然のモカの発言に、俺は腹の底から訳が分からないと声を上げてしまう。

 なんなら、さっき俺が渡したはずのレシートを俺の前に差し出してくる。

 

「彼女はいるの~? お酒いける~?」

「俺もお前も未成年だろうが」

「ありゃま、バレちゃいましたか~」

「バレちゃいましたね」

 

 意味の分からないやり取りに呆れながら、俺はモカに差し出されたレシートを受け取った。表には何も書いていないようだったが……裏にはしっかりと、情報が記されていた。

 

『今夜17時。羽沢珈琲店 集合 持ち物 財布 』

「は?」

 

 本日二度目の、戸惑いの声が上がる。

 

「それじゃ、ごちそうさまでした~」

 

 モカは俺をおいてきぼりにした状態で袋詰めしたパンを抱え、足早にレジから離れて玄関に向かう。

 

「あ、オイ待て!!」

 

 静止させようと声を掛けるが、モカはそれを無視して店から出て行った。

 後に残ったのは、カランカランと客の出入りを知らせる金音だけだった。

 

「なんなんだよコレ……」

 

 モカから手渡されたレシートの裏に書かれたメモ。それを眺めながら、俺は首を傾げる。

 

「青春ねぇ~」

「青春だねぇ」

「せいしゅんだ!」

「せいしゅん? なの?」

 

 背後から男性と女性、そして二人の子供の声が響く。

 ゆっくりと後ろを振り向けば、この店の店長とその奥さんと二人の子供……すなわち、沙綾の両親とその弟の純と妹の紗南である。

 

「い、いつから見てました?」

「沙綾と話してた辺りだよ」

「ほぼ最初じゃないっすか」

 

 店長の言葉に、思わず顔を引き攣らせる。

 まさかこの一家、みんなして俺のこと見てたのか?

 

「……はぁ」

 

 俺は大きなため息を吐きながら、メモをポケットに仕舞い、店長の方を向いた。

 

「店長、今日早めに上がれって娘さんから聞いてるんですけど」

「あぁうん、今日はもう上がって良いから、午後はたっぷり青春を謳歌してくれよ?」

「…………うっす」

 

 色々と言いたいことはある。だがこの人はあくまでも俺の雇い主であり上司だ。心の底に言いたいことを押し込め、俺はレジの奥へと向かうのだった。

 

 


 

 

 8月某日。17:20。

 

 いかに夏と言えども、夜になるとその暑さは鳴りを潜め始める。

 しかし、今日この場所。この街はその暑さを取り戻すかのような熱気に包まれていた。

 普段からただでさえ賑わう商店街は、今日この日。祭りという大義名分の元、大賑わいを見せていた。

 和太鼓が鳴り響き、賑わう人々は屋台の食べ物や小道具を手に恋人、あるいは友人や家族と共に祭りを満喫していた。

 

「まぁ、少し早いくらいが良いか」

 

 腕時計で時刻を確認しながら、俺はお祭りモードの商店街を闊歩する人たちから逃げるように目的地……羽沢珈琲店へと向かっていた。

 

「ふぅ」

 

 多少は手こずりながらも、なんとか店の前に辿り着く。

 

「やっぱこの辺りで時間を潰せば良かったか……? いや、それはそれで面倒だったな……」

 

 店の前に辿り着き、窓ガラスに映った自分の服装を改めて確認する。

 俺が今着ているのは簡素な私服でもなければ制服でもない。

 今日この日のために用意……すなわち、さっき近所で買った甚兵衛(じんべえ)である。

 紺色の半袖半ズボンに白い紐を使った装飾が施されたお手頃価格の甚兵衛。その服装に違和感を持たれないように俺は簡単な巾着袋を手にしていた。まぁ、銀色の腕時計だけは和に相反するものかもしれないが……それはまぁ、許してもらいたい。

 

(和服なんて初めて来たな……)

 

 いや、七五三を除けばその限りではないのだろう。だが、日常生活で和服を着る機会など滅多にない。この場の空気に合った新鮮さと少しの違和感を感じながら、壁に寄りかかる。

 

「まだかな……」

 

 時間より早く来たのは自分だ。だからこんな時間に彼女が来るとは思えないが……それでも、期待せずにはいられなかった。

 チラチラと、腕時計とスマホの時間をいったりきたりする時間が繰り返されること五分。

 カランカランと店の扉が開く音がする。その音が羽沢珈琲店のものであることはすぐにわかった。俺は音の方へと視線を向ける。

 

「お待たせ~、待った?」

「おう、待っ………………」

 

 店から出てきた人物を見た瞬間だった。一瞬だけ、息が止まった気がした。

 あぁ、そりゃあそうだ。今日はお祭りなんだ。当然、期待もしていたし、予想だってしていた。

 だが、頭の中でのイメージと現実で実際に目にするのとでが、俺が受けるダメージが違った。

 

 俺の目の前に現れたモカは、浴衣(ゆかた)だったのだ。

 俺の着ている甚兵衛よりも少し濃い紺色をベースに、白い花の装飾が施された浴衣。軽く化粧でもしたのか、普段は可愛い系統であるモカはイメージがガラリと変わり、どこか大人びた綺麗な印象が前面に押し出されていた。

 

「……たぞ」

「おやおや~? 妙に間があったけど、もしかしてモカちゃんに見惚れちゃった?」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべた状態で、俺の顔を下から覗き込んでくるモカ。

 その動作でゆらりと、横髪に付けた花の装飾が揺れた。

 彼女が自然と近くに寄ったせいか甘い匂いを感じ取ってしまい……このままでは、モカに内心を看破されかねないと危惧した俺は、視線を店側に逸らした。

 

「見惚れるってお前……まぁ、すげぇ可愛いと思うけ……ん?」

 

 視線を店側に向けたことで、俺は一つの違和感に気が付く。

 店側のガラス……正確には、ガラスの向こう側に人が4人ほど集まっているのだ。

 

 黒い髪に赤メッシュをした少女……美竹(みたけ)(らん)

 首近くまで伸びた薄桃髪の少女……上原(うえはら)ひまり

 長く伸びた赤目の少女……宇田川(うだがわ)(ともえ)

 暗めの茶髪を短く揃えた少女……羽沢(はざわ)つぐみ

 

 もういっそ一言にまとめよう。

 

 モカの幼馴染み`sが、こちらを店のガラス越しに覗いていたのである。

 

「へぇ、あれがモカの……」

「ちょっ、聞いてたよりもイケメンなんだけど、どういうこと!?」

「おぉ、見た感じ結構良いヤツそうじゃん」

「モカちゃん、頑張って……っ!」

 

 なるほど、野次馬(おさななじみ)か。

 

「良い幼馴染みだな」

「モカちゃんの大切な人たちで~す」

 

 にっこりと、微笑むモカ。今の彼女のその笑顔は、今の服装と状況も相まって、とても破壊力が強く……意識しなければ、直ぐに意識を持っていかれそうになる。

 だが、これだけは言葉にしておきたい。形はなくとも、音にしたかった。

 

「まぁ……浴衣、すげぇ似合ってるよ」

「えへへ~。モカちゃんなんでも似合いますから~」

 

 少し照れたようにはにかむモカを見て、俺は視線を横に逸らした。

 

「江斗も甚兵衛似合ってますな~」

「そ、りゃども」

 

 追加で右手を使い、口元を抑える。多分、今こいつの前で手をどかしたらきっと、この口元はだらしなく吊り上がってしまっているところを見られてしまう。

 

「その浴衣、みんなに着付けてもらったのか?」

「蘭がそういうの得意だから、手伝って貰いました~」

「おぉ、良いじゃん」

 

 なるほど。そう言えば美竹が結構良いところの家だって聞いたことあるな。美竹、ありがとう。アンタ最高に良い仕事してくれたよ。

 

「あいつらとは回らないのか?」

「明日回るよ~」

 

 なるほど。そういえばこの祭りはこの日だけでなく、明日もやるのだった。今更思い出した事実に、一人納得する。

 

「だから、今日はモカちゃんが江斗を独占しま~す」

「えっ、あ、おい!」

 

 モカに甚兵衛の右裾を掴まれ、そのまま人込みの方へ誘導される。自然と口元を隠していた手が剝がされてしまうが……モカの方は顔をこちらに向けずに人込みに向けて歩き出す。

 

「ほら、江斗。いこ?」

 

 駆け足気味に進むモカ。カツカツと下駄の音を鳴らしながら俺は、モカの姿を見ないように視線を逸らしながら進むのだった。

 

 


 

 

「お、射的か」

「射的だね」

 

 モカと歩いている内に、俺は一つの屋台へと視線を止めた。古き良きコルクタイプの射的……ではなく、簡単な吸盤を弾先にくっ付けた現代式の射的である。

 

「お、ウチに目を付けるとはお目が高いね~。お兄さん、やってくかい?」

 

 屋台の前で足を止めてしまったのが運の尽きと言うべきか……案の条、屋台を構える中年くらいの男性に呼び止められる。

 

「あー……モカ、何か欲しい景品あるか?」

「んー?」

 

 モカは、景品が陳列された棚に視線を巡らせながらモカは小さな言葉を漏らす。

 

「あ、じゃああのぬいぐるみとか?」

 

 モカが指を向けた先には、ピンクの熊のぬいぐるみが……

 

「ミッシェルじゃねぇか」

 

 なぜ射的屋の景品にミッシェルが? と疑問が幾つも湧いてくるが……モカが所望したのだ。手に入れない訳にはいかない。

 

「じゃあ、俺やります」

「あいよ! 一回500円ね」

 

 俺は指示された通り500円玉を店のおじさんに渡し……変わりにオモチャの銃を受け取る。

 

 手に取ったおもちゃの銃の残弾数を確認する。

 

「6発か」

 

 両手で銃を構え、狙いを定める。

 

 コルク銃タイプの店では景品は倒したら手に入るらしいが、生憎と現代ではそんなことはなく、目の前の点数が記された円盤を撃ち、吸盤がくっ付いた場所の合計得点が、景品獲得に繋がるのである。

 

「ふぅ……」

 

 息を吸い、呼吸を整える。照準を定め、引き金に手をかけ

 

「彼女にイイトコ見せてやれよあんちゃん!」

「彼女じゃねぇ!! あっ」

 

 屋台の男に言われた言葉に反射的に引き金を引いてしまい、標準はズレ、全く見当違いの方向へと弾は放たれる。

 

「惜しい! 30点!」

「ぐっ!?」

 

 残弾は残り5発。ミッシェルのぬいぐるみを獲得するのに必要な点数は、250点。つまり後最低でも一発50点を取らなければならず……

 

「おじさん、あたしもやって良いですか~?」

「え、モカもやるの?」

 

 俺の様子を隣で見ていたモカが、どうやら参戦を決めたらしい。既に500円を用意して小銭用のトレイに乗せている。

 

「ほらよ嬢ちゃん、彼氏に負けんなよ?」

「だ、だから俺彼氏じゃな……」

「ほっ」

 

 次の瞬間、モカが弾を一発放つ。放たれた弾はまるで標された軌道でも描くかのように真ん中へと進み……

 

「いぇ~い、モカちゃん100点~」

「う、うそぉ……」

 

 屋台のおじさんもようやく事態を認識したのか、少し驚きながら真ん中に命中した弾を外し、次を撃つよう促す。

 

「よっ」

 

 再び放たれる弾。

 

「いぇ~い」

「「なあっ!?」」

 

 再度、中心へと命中。二連続の弾丸命中に、今度は俺と屋台の男が声を上げて驚く。

 

 ……後の展開など、きっと誰もが予想できたであろう。

 

 残り4発の弾を全て中心へと命中させたモカは、ホカホカ顔でミッシェル人形を手にし、俺は可もなく不可もなくの微妙な点数を獲得し、屋台の男に憐みの目を向けられたのだった。

 

「最初からモカ一人でやれば良かったんじゃねぇの?」

「あれ~、拗ねてる?」

「るっせ~」

 

 本当なら、モカのために俺が景品を取りたかったが……それに必要な技量を俺は持っていなかったらしい。

 

 というかそもそも、何故俺はここまでムキになっているのだろう。俺とモカは別に付き合っているなどの彼氏彼女の関係ではない。

 俺がムキになる必要など、どこにもないのだ。

 

「ほら、次行くぞ」

 

 少し、悔しいという気持ちが心の内側に沸いた気がした。

 俺は、少しでもその感情を紛らわせるためにモカに次の屋台に行くように提案した。

 

「あっちにたこ焼き売ってるな」

「いいね~。江斗、一緒に食べよ?」

「あぁ」

 

 次に目に入ったのは、たこ焼きの屋台だった。

 

 マヨネーズとソースが絡み合う独特の匂いと熱気を放っており、自然と目に着いた。

 

「モカ、俺が買ってくるから、あっちの方で待っててくれ」

「は~い。モカちゃんはソースで~」

「わかった」

 

 人込みから少し離れた場所にいるようモカに指示し、俺はたこ焼き屋の方に移動する。

 

(……モカなら多分、二つくらい食べるよな?)

 

 普段からあの量のパンを1人で食べているのだ……念のため、自分の分を含めて三つくらい用意しておくとしよう。

 たこ焼きの屋台の前に立ち、味を確認する。

 

「おじさん、三つください」

「あいよ! 一つ500円だ! 味はどうするんだい?」

「ソースふたつ、あとチーズひとつで」

 

 たこ焼き3パック分の代金を支払い、俺は手にしたたこ焼きを袋に入れ、少し離れた位置で待機していたモカの元へ駆け寄ろうとするが……

 

「ねぇ、今一人なの?」

「彼氏と待ち合わせだったりするのかな~?」

 

 モカが立っている場所に、柄の悪い金髪の男とピアスを開けた黒髪の男がモカを周囲から隠すように囲んでいた。

 ……なるほど、ナンパか。

 

「あたし、今連れと一緒に来てるので、お兄さんたちとはちょっとー……」

「えー、つまんないなー」

「じゃあ、そのツレも一緒で良いからさ! ね?」

 

 人込みを掻き分け、モカとナンパ男2人の元へとやや強引に足を運び……

 

「オイ」

 

 金髪のナンパ男の肩に手を置いた。それに反応して金髪男、遅れて黒髪ピアスが俺の方を振り向き……

 

「人のツレにちょっかいかけるのはやめ……げっ」

「「げっ」」

 

 俺を含め、その二人も一斉に苦虫を嚙み潰したかのような声を上げた。

 普通のナンパ男だったら特に何とも思わないものが……よりにもよって、コイツらと遭遇するとは……

 

「や、やっほ~江斗センパイ……お久しぶりっす」

「き、奇遇っすねぇ……俺ら、パイセンに会えて嬉しいっすわ」

「お前ら……」

 

 ナンパ男たちの顔を見た瞬間、俺は大きなため息交じりに、声を零す。

 

「もしかして……知り合い?」

 

 モカがその様子を見て何かを察したのか、小走りでナンパ男たちの間を抜け、俺の背後に移動した。

 

「まぁ……学校の後輩」

「なるほど~」

 

 しかもただの学校の後輩ではない。非常にお喋り&噂好きで有名な後輩の二人なのだ。こうして鉢合わせてしまった以上、もう手遅れである。

 俺を盾にしながら顔を覗かせるモカを後目に、俺は改めてモカをナンパした後輩と向き直る。

 

「で、お前ら何してんの?」

「「っ!」」

 

 俺の一言に、後輩二人がビクッと肩を震わせる。

 

「い、いや、その、一人で綺麗な女の人がいたら……ねぇ?」

「ついつい話しかけちゃうじゃないっすか?」

 

 まるでお互いの意見に合意するように、後輩は二人して頷き合っている。

 

「なるほど……」

 

 俺はそのまま後輩二人の肩を組み……モカに聞こえないような位置に後輩二人を誘導する。

 そしてそのまま手に持っていたたこ焼きのソース一つ、チーズ一つを後輩たちの前に差し出し……一言。

 

「とりあえず、たこ焼きを穴という穴に詰められて死ぬか、これを受取ってとっとと帰るか、選べ」

「「ゴチになります先輩! あと、彼女に手ぇ出そうとしてスミマセンでした!!」」

「だから彼女じゃねぇ!!」

 

 まるで搔っ攫うかのようにたこ焼きを受取った後輩は、誤解を解く前に全力ダッシュで逃げて行った。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 大きな声をノーモーションで出したせいか、軽く息切れを起こしてしまう。

 

「なんか、疲れた……」

「ありがと、江斗」

 

 疲れた俺に対して、裾を掴んだ状態でモカは感謝を述べてくる。

 

「それよりほら、たこ焼き。お前の分を買って来たぞ。奢りだから遠慮なく食え」

 

 俺の分と余分に買っておいたたこ焼きはさっきの後輩たちに渡してしまったが……こうしてモカの分が残っているため、後悔はない。

 俺は残ったモカの分のたこ焼きを手渡した。

 

「いいの?」

「いいよ。どうせ俺、そこまで腹減ってないし」

 

 元々、そこまで大食らいな訳ではないのだ。一食抜いた程度では大した影響は出ない。

 俺はたこ焼きを受取ったモカと共に適当に座れる場所を探しながら、移動を開始した。

 

 

 

 

 


 

「いやぁ、それにしてもカッコよかったですな~」

「なにが?」

 

 ナンパ騒動から少し時間が経過し、場所は少しだけ商店街から離れた公園。

 そこに設置されたベンチの上で、俺とモカは休んでいた。そして、俺とモカの間を挟む形で大量に設置された……屋台の食べものたち。

 道中、たこ焼きだけでは物足りないとモカがわたあめに焼きそば、たい焼きにカステラと、屋台の食べ物を総舐めしてここに来たのである。ちなみに、かき氷は最後に回ろうとのこと。でなければ、溶けてしまうからだ。

 

「『オイ』」

「…………」

 

 モカが、低くドスの聞いたような声で俺の肩を掴む。

 

「『人の女にちょっかい掛けるのはやめてもらおうか』」

「俺一言もそんなこと言ってないんですが?」

 

 どうやら俺の真似事だったらしい。誰だよそのイケメン。間違いなく俺じゃないな。

 

「あんな主人公みたいな台詞を現実に使うなんて、モカちゃん思わずキュンとしちゃったな~」

「頼む、もうやめてくれ……」

「『たこ焼きを穴という穴に詰められて死ぬか、これを受取ってとっとと帰るか、選べ』」

「俺に恨みでもあるのか!? もうそろそろ泣くぞ!?」

 

 顔を抑えて思わず蹲る。今思えば、完全に厨二病のような発言であり……それをモカの前でしたと思うと、シンプルに心が痛かった。

 

「いや~、江斗の隣で食べるたこ焼きはおいしいね~」

「そりゃ良かったよ……」

 

 モカから顔を逸らす。一方のモカはというと、たこ焼きを食べているようだった。パキパキとたこ焼きのパックが歪む音が耳に入る。

 

「江斗は食べないの?」

「俺は……見てるだけで良いよ」

 

 正直、腹が減っていないわけではないのだが……それでも、食欲は不思議と湧いていなかった。

 

「えー、美味しいのにもったいないなぁ」

 

 パクパクと、美味しそうに食べるモカを横目に眺める。相変わらず、何を考えているか分からない。

 

「江斗」

 

 ふと、名前を呼ばれる。

 俺は顔を上げ、モカの方へと向き直ると……

 

「はい、あ~ん」

「んぶっ」

 

 モカによって、微妙に冷めたたこ焼きを口の中に無理やり入れられる。

 予備動作なくたこ焼きを突きつけられたせいか、口回りにべちゃりとたこ焼きのソースが付着する。

 

「汚れたんだけど」

「あはは~、ヒゲみたいになってる~」

 

 どうやら最後のたこ焼きだったらしく、モカは空になったたこ焼きのパックをベンチに置いて笑っている。

 

「どうすんだよ、俺タオルとか持ってきてねぇぞ」

 

 唇のあたりならまだ舌で舐めて拭きとれるが……ソースは俺の舌では届かない位置にも付いており、拭くことができそうになかった。

 

「うーん……」

 

 そんな俺を見たモカは少し考えるような声を漏らした後に……

 

「じゃあ、モカちゃんが拭き取ってあげましょう~」

「お、頼む」

 

 恐らく、モカはハンカチかティッシュを持っているのだろう。

 しかし、モカはハンカチなどを出す気配はなく……

 

 そのまま、俺の服を掴むと頬を自身に寄せるように引き寄せ……耳元で一言。

 

「あたしが舐めて拭いてあげようかな~」

「……ぇ?」

 

 その一言に、俺の思考が停止する。

 

「動いちゃダメだよ~」

「ち、ちょ、モカ!?」

 

 反射的に飛び退いてモカから離れようとするが、いつの間にか片手を首後ろの方まで回されており逃げられず……

 ゆっくりと。まるでスロー再生でもしているかのようにモカと俺の距離はゼロへと近づいてゆき……

 

「な~んて、モカちゃんジョークでした~」

「……え」

 

 遅れて、柔らかい布の感触が頬に触れる。

 

 モカの手には、いつのまにかハンカチが握られていた。どうやら、そのハンカチでソースを拭いたらしい。

 

「キスされると思った~?」

「な……なわけ……なぃだろ……」

 

 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるモカ。俺はどうにかして、否定の言葉を喉奥から搾りだす。

 

 否。先ほどからドクドクと心臓の音が酷くうるさい。

 

 顔が酷く熱い。自分の五感が機能していない。

 

 こんな状態で放った否定の言葉だなんて、否定していると言えるのだろうか?

 

「ぁ、ぅ……ぇと……」

 

 結果、言葉が上手く続けられず……赤子の言葉のように途切れ途切れの声しか出なかった。

 

「も、モカ……あんまからかわないで……ちょっと……」

「ちょっと〜? ん〜? 江斗はどうしちゃったのかな〜?」

 

 その声だけで、ニヤニヤとまだ意地悪な笑みを浮かべていることが分かる。俺は、モカの方を必死に見ないように視線を逸らし、手で顔を隠す。

 

「モカちゃん、江斗の顔見たいな〜」

「や、やだ……」

 

 こんな状態の顔、見せられるわけがない。絶対に顔が赤くなってる。

 だが、しっかりと断りを入れたのにも関わらずモカが諦める気配はなく……顔を隠す俺の腕を掴み、強引に剥がそうとする。

 

「い、いやだ……」

 

 よりにもよって、モカに赤くなった顔を見られるなんて、羞恥心が限界を超えて死んでしまいそうだ。

 しかし……

 

「江斗」

 

 モカに名前を呼ばれ、抵抗が止まってしまう。なんで止めてしまったのか、自分でもよくわからない。

 

 モカは動かなくなった俺の腕を無視して手を伸ばし……腕の隙間から両の手を入れ、俺の頬を包み込む。

 

「わはー、すっごい真っ赤だ〜」

 

 ニヤニヤ……は少し違う。

 モカは俺の顔を見て笑っていた。でも、その表情はいじわるというには少し違くて……

 

「なぁ、モカ」

 

 俺は、口を開いて尋ねる。

 

「なんで、モカの顔も……赤いの?」

「………………」

 

 その言葉に、静謐が続く。

 俺もモカも動かない。

 依然としてモカは俺の頬に手をそわせ、目と目を合わせたまま固まっている。

 

 ……少し動けば、モカと俺の距離は無くなってしまうだろう。それは唇と唇が触れると言うことであり……

 

「も、モカ! あと少しで花火上がるんじゃないか!?」

 

 耐えられそうになかった俺は慌てて大きな声を出し、モカの手を振り解いてたち上がる。

 

「え〜、もうそんな時間〜?」

 

 いつも通りの変わった様子のないモカを尻目に、俺は腕時計で時間を確認する。

 

 8時00分。

 確か調べた限りでは、この祭りの終幕間際……20時20分から30分にかけて10分間の間花火が打ち上がる……はずだった気がする。

 

 

「花火、見にいこう!」

「花火、良いねぇ〜」

 

 間延びした声でモカも立ち上がる。というか、よく見たらあれだけあった食べ物のほとんどを完食している。気が付かなかった……

 

「じゃあ江斗、行こう? オススメの場所があるから、あたしが案内するね」

「あぁ、任せた」

 

 モカに導かれる形で俺は歩き始める。

 自然と、隣に並んで歩くのではなく、俺がモカの後ろを歩く形に落ち着く。

 

 俺はモカの後ろに付いて歩きながら、心臓部に手を当てる。

 まだドクドクとうるさく音を立てる心臓に、俺は悔しいと感じてしまい、唇を噛み締める。

 

 なぁモカ。お前は今みたいな事を、他の奴にもやったりするのか?

 

 わからない。

 

 あの赤い顔も。

 

 モカの笑顔も。

 

 今はただ、その『わからない』がバクバクと心臓の鼓動と共に、俺の中を無作法に駆け巡るのだった。

 

 

 


 

 夏休みの7日前。

 それは、真瀬 江斗が山吹ベーカリーのシフトに入っていない日のことだった。

 

「真瀬くんの好きな人?」

「さーやなら知ってるかな〜と思いまして」

 

 早朝の山吹ベーカリーにて、モカは江斗について尋ねていた。

 

「う〜ん、真瀬くんの好きな人かぁ……」

 

 モカの質問に対し、沙綾は悩ましげに唸りだす。

 

「いないん……じゃないかな? 真瀬くん男子高だし、そう言うのには縁がないって愚痴を言ってたし」

「ふむふむ、なるほど〜」

「でも、確かな情報じゃないし今度聞いてみるね」

 

 沙綾の提案に腕を組み、納得しつつも安心したような様子を見せるモカ。それに気がついた沙綾は、一つの質問をする。

 

「モカ、もしかして真瀬くんのこと好き?」

「あはは〜、バレちゃったか〜」

「え、ホントなの!?」

 

 あっさりと自白したモカに、沙綾が驚きの声を漏らす。

 

「てっきりはぐらかすと思ってたけど……」

「いやぁ、実はモカちゃん、みんなが思っている以上に江斗の事が気になっちゃってるみたいでして~」

 

 いつも通りの変わらない間伸びした声で喋るモカ。しかし、その視線は今は誰も立っていないレジの方を向いており……その言葉に籠もった気持ちが、本物であることを示していた。

 

「ちなみになんだけど、好きになった理由って聞いても良い?」

「んー?」

 

 沙綾の言葉に、モカが首を傾げる。

 

「好きになった理由……う~ん……」

 

 少し考えるような動作をして、一拍。

 

「一目惚れかなぁ」

「一目惚れ!?」

 

 モカの言葉に、沙綾が驚いた声でオウム返しをしてしまう。

 

「いやぁ、現実に一目惚れをする事なんてパン以外になかったから、モカちゃんびっくりだよ」

「あはは……その理論だと、真瀬くんの扱いがパンになってるような……」

 

 モカの惚気(?)に苦笑いを浮かべる沙綾。だが、一方のモカはというと……

 

「ということはつまり、江斗はパンだった? なら、モカちゃんがおいしく頂かないとですなぁ~」

 

 ペロリと舌を出し、お腹のあたりを擦るモカ。

 内心、沙綾はパンに挟まれてモカに(物理的に)食べられそうになっている江斗という光景を思い浮かべ、苦笑してしまう。

 

「じゃあ、モカは真瀬くんと付き合いたいの?」

「でも江斗も忙しいし、中々機会がなくて……」

 

 モカの言葉を聞き、沙綾は「あぁ、なるほど」と、モカがここに来た理由を察した。

 

「つまり、私に真瀬君のシフトと彼女の有無を教えてほしいってことだよね?」

「おぉ~、さーやってば優しい~。できれば1週間後の夏祭りの日が知りたいですなぁ」

「……モカ、最初からそのつもりで来てたでしょ?」

「さぁ、なんのことだか~」

 

 相変わらずのモカの様子に策士だなぁと思いつつ、沙綾はカレンダーへと視線を向ける。

 

「1週間後の夏祭り……あ、真瀬くんその日はしっかり1日シフトが入ってるね」

 

 レジの下にある棚の引き出しから、山吹ベーカリーのシフト表を確認し、モカに伝える沙綾。 

 

「だめだったかぁ……」

 

 変わらない様子のモカだが……それでも、誰が見ても分かるくらいには落胆していた。

 

「う~ん……」

 

 友人が落ち込んでいるのを見て見ぬふりをすることなど、沙綾にはできない。悩むように声を漏らすこと数分。

 

 沙綾は、一つの最適解を導き出す。

 

「できるかどうかは分からないけど、お父さんに頼んで祭りの日だけ真瀬くんのシフトを開けてみるよう交渉してみる?」

「っ!」

 

 沙綾の提案に、モカが目を開く。

 

「さーや、ありがとう」

「どういたしまして。代わりにモカ、夏祭りは思いっきり楽しんでね?」

 

 モカは沙綾に感謝をしながら、内心で強い喜びを嚙みしめる。

 

 沙綾の協力により、真瀬 江斗の予定が把握できたのだ。

 

 モカは、計画をもう一つの段階に進めるのだった。

 

 

 

 


 

 それから数時間後。

 

「着付け?」

「蘭なら最高の着付けをしてくれるかと思いまして~」

 

 circleでの練習の休憩中。モカは、蘭に対して相談をしていた。

 モカの突然の相談に蘭は一瞬考えるような動作をして……

 

「できるけど…………男?」

 

 適格な回答を導き出す蘭。そして、その言葉に反応する少女が一人。

 

「え、男……? モカ、彼氏できたの!?」

「なんだなんだ、モカに彼氏だって?」

「え、モカちゃん彼氏いるの!?」

 

 蘭の呟きに誰よりも早く反応した少女……上原ひまりの言葉に、その練習室にいた宇田川 巴と羽沢 つぐみの二人も連鎖的に反応し、モカの周囲に集まった。

 

「いやぁ、実は夏祭りで誘う計画をしておりまして~」

「というか、私たち女子高なのにどうやって男を見つけてきたの!? ちょっと詳しく聞かせ――」

「ひまり、ステイ」

「むぐぅ!?」

 

 彼氏(ではない)ができたことに興奮している……というよりは、幼馴染みがどんな人を好きになり、どんな恋をしているのか気になってたまらないという親切心(おせっかい)から来た興奮のようだった。

 しかし、これでは話が進まないということで、ひまりは巴に後ろから口を抑えられる形で制止される。

 

「モカちゃん、その人はどんな人なの?」

 

 ひまりが強制的に黙らされた隙を見て、つぐみがモカに尋ねる。

 

「ん~? …………パンみたいな人?」

「それ、本当に人間?」

 

 モカの回答に、蘭が思わずツッコミを入れる。

 

 一目惚れをしたと言いたかったのだが、曲解してモカの想い人は人外と化した。

 

「ぱ、パンの人? ……う、うん! 良いんじゃないかな? 私は、モカちゃんを応援するよ!」

 

 脳内でどうにかしてパンを人に当て嵌めようとし、パニックになったつぐみは、思考を放棄気味にモカの応援を決意した。

 

「まぁ、アタシはモカが選んだヤツなら大丈夫だって思うし、信頼もするさ」

 

 むぐむぐむぐ! と唸るひまりを抑えながら、巴は屈託のない笑みでモカを応援する。

 

「モカ」

 

 そして、モカの前に立ち射貫くような視線で名前を呼ぶ蘭。

 

「その男は、モカの事を大切に思ってるの?」

 

 それは、モカの身を誰よりも案じての言葉だった。

 モカが選んだ人ならば、蘭は本人ですら素直に祝福すると思っていた。

 だが、いざその状況に遭遇してみれば、蘭の内側に溢れたのは祝福の気持ちではなかった。

 

 知らない男とモカが付き合う。

 

 もしもその男がモカを悲しませるような真似をする男だとしたら?

 もしもその男がモカに手を上げるような男だったら?

 もしもその男がモカを裏切るような真似をしたら?

 

 そう考えると、モカに対して祝福するような気持ちを塗り潰すかのように疑惑と不安が湧いてきたのだ。

 

「ん~、わからないとしか、今は言えないかな?」

「…………」

「あたし、あの人の事をみんなみたいに知らないし、もしかしたらパンよりもお米が好きって言うかもしれないし~」

 

 でも、と言葉を続けるモカ。まっすぐ蘭の視線に応えるように視線を向け……モカは己の気持ちを嘘偽りなく伝える。

 

「それでも、あたしはあの人に惹かれてるから。どうしても気になって、好きって気持ちが溢れて、その気持ちが止まらないから、もっと知りたいって思ってる」

「モカ……」

 

 蘭はモカの気持ちを正面から聞き、心配は残りつつも……覚悟を決める。

 

「わかった。モカがそこまで言うなら、あたしも応援する」

 

 蘭は射貫くような視線ではなく、慈しむような、それでいてどこか寂しそうな瞳でモカを見て、微笑みながら祝福をした。

 

「心配してくれてありがと、蘭」

「べ、別にそんなつもりじゃ……」

 

 蘭が顔を赤くして、モカから視線を逸らす。

 

(照れた時に顔を逸らすの、なんか似てるなぁ)

 

 蘭のそんな動作に好きな人を重ね、モカはくすりと笑みを浮かべ……一言。

 

「まぁ、まだモカちゃん付き合ってないんだけどね?」

「「「「え?」」」」

 

 その言葉に、全員が思わず驚いたような声を上げる。

 

「まだ付き合ってないから、夏祭りで告白しようと思ってて~」

「なるほど……」

 

 モカの一言に全員が唖然とする中、ただ一人自体を察したかのように言葉を発する少女が一人……ひまりである。

 

「つまりモカは、そのパンの人と付き合いたくて、夏祭りで堕としたいんだね?」

「そのまんまじゃん……」

 

 ひまりの言葉に蘭が再度ツッコミを入れる。

 

「なら、私たちがすることは決まったね……!」

 

 ひまりは、まるで推理を披露する探偵のように堂々と作戦を提案する。

 

「私たち4人でモカをプロデュースして、そのパンの人をメロメロにできるようにしちゃおう!!」

 

 ひまりの提案に蘭、巴、つぐみの三人が頷く。

 

「まぁ、あたしならモカに似合う浴衣を探せるだろうし……任せて」

「なら、アタシはモカが楽しめる場所をリストアップしておくか!」

「じゃあ、私は当日にお店を貸せるようにしておくね。多分、着付けとかもこっちでやった方がいいだろうし!」

 

 次々と出てくる意見に、ひまりは満足そうに頷く。

 

「みんな……」

 

 乗り気な幼馴染みたちに、モカは呆気に取られたような……しかし、確かに嬉しそうに言葉をこぼしたのを、彼女たちは見逃さなかった。

 

「よーし! モカの恋が実るよう、みんなで頑張るよ! えい、えい、おー!!」

「「「「…………」」」」

「なんでぇ!?」

 

 いつも通り、ひまりの号令は不発に終わるのであった。

 

 


 

 

 そして現在。

 

「…………」

「…………」

 

 夏祭りの喧騒に紛れながら、俺とモカは二人で歩いていた。ただし、お互い隣り合ってではなく、モカの後を俺が追う形である。

 

(気まずい……)

 

 先ほどの公園での出来事に、俺はモカに何を話しかければいいのか分からず……お互いに沈黙の時間が続いていた。

 

「そろそろだよ〜」

「お、おう」

 

 しばらく歩いたところで、モカの方から声をかけられる。俺は、多少戸惑いながらも声を出して応え、後を追った。

 

「あ」

「ん? どうした?」

 

 突然、モカの足が止まった。突然の停止に俺の動きも自然と止まる。

 モカの隣に並び、顔をよく見ると……モカの視線が下を向いていることに気がついた。

 

「切れちゃった……」

 

 モカに釣られて視線を下に向け、ようやく気が付く。なんと、モカが履いている草履の紐が切れていたのだ。

 

「大丈夫か?」

「大丈夫……だけど……」

 

 不安そうに周囲にキョロキョロと視線を向けるモカ。

 

「直せそうな場所が……」

 

 ベンチのある公園から少し歩いたため、今は近くに座れる場所がない。

 

「これは……直すのは無理そうだな」

 

 しゃがみ込んで草履の修理を試みるモカだが、どこか悲しそうな表情をしてしまう。

 草履の紐は根本から外れたのではなく、途中で断裂したかのように切れているのである。

 これでは、例えモカや俺が草履を治す技術を持っていたとしても、治すことは不可能に近い。

 

「花火まで時間は……あと10分か」

 

 腕時計で現在時刻を確認し、俺は壊れた草履をどうにかして修理しようとしゃがんでいるモカに視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。

 

「なぁモカ」

「あ、ちょっと待ってて。早く治して、ともちんが教えてくれた場所まで直ぐに江斗を案内するから」

 

 表面上は、普段と変わらず間延びした声のモカだが……その声には、明らかに焦りが滲み出ていた。

 俺は、そんなモカを落ち着かせるように声をかける。

 

「モカ、ここから予定してる場所までどれくらい掛かるんだ?」

「……5分くらい」

「そうか……」

 

 どうやら、モカは俺がやろうとしている事に勘付いたらしい。少しだけ言葉を詰まらせながら、モカは時間を口にした。

 

「オススメの穴場があるんだろ?」

 

 モカが言うには、花火がよく見える場所は幼馴染みに教えてもらった場所らしい。

 ……少なくとも、今のモカの焦り様から本人も楽しみにしていたことが伺える。

 なら、俺がやる事は決まっている。一切の躊躇もなく、俺はモカに対してしゃがみ込み、背を向ける。

 

「ほら乗れ。今なら夏祭りだから出血大サービス。目的地まで運賃タダだぞ」

「で、でも……」

 

 背を向ける俺に対し、モカは何かを言いたげに戸惑っているようだった。

 

「気にすんなって。俺も男だし、力だけなら有り余ってるからさ。モカを抱えるくらいどうってことない」

 

 口が裂けてでもモカを背負った時に重いというつもりはない。俺はモカに速く背に乗るよう急かすが……

 

「……登れる?」

「あぁ、もちろ……え? 登れるって……え、なに? どういうこと?」

 

 モカの言葉に、嫌な予感を覚える。

 ふと、モカが指を道の先に向ける。指を指した方向は坂道であり……その奥には暗がりの中うっすらと街灯で照らされた()()が見えており……

 

「ま、任せろし。問題ないし。余裕だし」

「……声、震えてますなぁ」

 

 モカがそんな事を言った次の瞬間だった。

 

「うおっ!?」

「それじゃあ、お言葉に甘えて無賃乗車させてもらいま~す」

 

 突然、背中に自分以外の重量が掛かった。あまりにも前触れのない加重に思わず体勢を崩しそうになるが、気合で押しとどまる。

 背中には浴衣越しとはいえふにゃりとした感触が押しつけられ、脳内に湧いて出た煩悩を気合と根性論で押し退ける。

 

(この手……ギターのタコか)

 

 俺の鎖骨のあたりには、モカの白い腕が交差する形で回されており……自然と、モカの指先に視線が留まる。

 モカの指先には、ギターを続けることで形成されるタコの痕らしきものができており……素人目でも、モカが努力に努力を重ねていることは容易に分かった。

 

「頑張ってんだな」

「?」

 

 俺の呟きの意図が伝わらなかったのか、小さく首を傾げるモカ。

 

「なんでもない。じゃ、出発するぞ」

 

 俺はモカの太ももに手を回し、立ち上がった。

 立ち上がる事も歩くことも、問題なくできる。モカ本人の体重が、そこまでで重くはないのだ。

 

(なんであんなに食っておいてこんなに軽いんだ?)

 

 ふと、モカが普段食べているパンの量や今回屋台で食べた食べ物の量を考えると、少し心配になった。

 

「今、なんでこんなに軽いんだって思った?」

「エスパーかオメェは」

 

 あっさりと見透かされた心の内。

 俺は、苦笑いを浮かべながらも、モカを背負って進み始める。

 

「ふぅ……よっと」

 

 坂道だからか、疲労が溜まるのがやけに速い。息を整える行為と移動を交互に繰り返しながら俺は一歩。また一歩と歩き続ける。

 そしてすぐに階段の前にまで辿り着くのだが……

 

「な、なげぇ……」

 

 思っていた以上に、階段が長い。モカを背負った状態で見上げると首が痛くなりそうである。

 

「キツそうなら、ゆっくりでも……」

「きつくない。余裕。時間掛けずに安全運転で行くし」

 

 だが、こんな事で音を上げたくはなかった。俺は、腕により力を込めて一歩、一歩と進みゆく。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 自然と息が上がる。人一人を抱えて階段を上るのは流石に苦しい。夜とは言え、さすがに身体が熱い。喉がや肺が破裂しそうなほど苦しくなる。

 あまりにも早い体力の消耗。

 時間を掛けすぎたせいか……ついにその時は訪れる。

 ひゅう、と静寂を壊すかのように空気を裂いて進むあの音が、俺とモカの耳に入る。

 

「あ」

「間に合わなかったね……」

 

 遅れて、ドォォォン!!! と大きな爆発音が響く。階段の上へと視線を向けると、うっすらと光っている。 おそらく、あれは花火の輝きだろう。

 

「随分と、上は見晴らしが良いみたいだな」

「そりゃあ、ともちんがとっておきの場所だって教えてくれたからね」

「なら、途中からだとしても見ないとな」

 

 休んでいる暇はない。俺は、疲弊した足と腕に力を限界まで込める。

 

「ふっ……!!」

 

 少しずつでも進んだことで、階段の頂が見える。

 ドンッ!! と大きな音がたて続けに響く。

 

「ラスト……スパートっ!」

「おぉ、到着~」

 

 まるで目的地へのゴールを祝福するかのように、花火の輝きと轟音が俺たちを包み込む。

 

「す、すげぇ……っ!」

 

 まず口から出たのは、疲労の言葉よりも驚きの言葉だった。

 階段を上がった先には古い神社のようなものが立っており、時間帯も相まって人の気配はどこにもなかった。だが、そこから見える景色は街を一望できるほど高く、打ち上がる花火を限りなく横から見ることができるのだ。

 

「ふっふっふー、良い景色でしょ?」

「あぁ、本当に……」

 

 背負っているせいで顔は見えないが……それでも、モカがドヤ顔をしているのはすぐにわかった。だが、それ以上に目の前の花火の光景に視線を奪われた。

 

 ドン!!

 

 大きな光が見えた瞬間、音が遅れて鳴る。その打ち上げ花火としてごく当たり前の輝きに、俺はモカを背負ったままその場に立ち尽くしていた。

 

「むぅ〜」

「にゅぐっ!?」

 

 何を思ったのか、モカに突然頬をつねられた。

 

「花火に見惚れて……モカちゃんがいるのに、江斗の薄情者〜」

「はぁ!?」

 

  頬を引っ張ったりつねったりしながら、モカはぶつぶつと文句を言っている。

 

「ほ、ほ()! あそこに()ンチある()!」

 

 俺は、偶然視界に入ったベンチに向かい、モカ共々ようやく腰を下ろした。

 

「ふぅ〜〜」

 

 溜まった疲れを吐き出すかのように大きく息を吐くが、それさえも花火の音でかき消される。花火の開始から少し時間が経ったせいか、程よく盛り上がっている時間帯だった。

 

「重かった?」

「いや、全然。まだまだ余裕だね」

 

 あえて余裕だという態度を崩さないようにする。疲れを見せるなんて情けない真似をするつもりはない。

 

「えー、疲れてるなら、あたしの膝を貸してあげようと思ったんだけどなぁ」

「え」

 

 膝をポンポンと叩きながらニヤニヤとするモカ。

 一瞬、すぐにでも「疲れました!!」と叫びたい気持ちに駆られるが……そんな情けない言葉を出せるほどの度胸なんてない。

 

「今、膝枕して欲しいって思った?」

「…………まさか。別に俺疲れてないし、なんならまだまだ余裕だし、元気有り余ってるくらいだし、だから疲れたから膝枕して欲しいなんて別にそんなことまったくこれっぽっちも思ってなんか……」

 

 早口で言い訳をスラスラと口にする。一度口に出してしまった事を反故にするなんて卑怯な真似はできない。

 そんな陳腐なプライドで理性を保っていたからだろう。

 モカの突然の行動に、俺の反応が遅れる。

 

「ほいっ」

「わっ!?」

 

 突然、モカに肩を引っ張られ、そのままバランスを崩して倒される。

 バランスを崩された身体は、引かれた方向へと無抵抗に倒される。

 

 ポスンと、俺の頭はモカの太ももに着地する。

 

「…………俺、疲れてないって言ったよ」

「ここまでおぶってくれたお駄賃。モカちゃんのありがた〜い膝枕です」

 

 ポンポンと、頭を撫でられる。気恥ずかしさからすぐに頭を退けようとするが、モカにうまい具合に力をいなされ、ひざまくらを強制続行させられる。

 

「途中返却は受け付けておりません〜」

「お駄賃なのに?」

 

 大人しくひざまくらをされておけという事なのだろう。俺は身体を少し捻り、モカに膝枕をされた状態で花火を見れるように体勢を変えた。

 

 ドン! ドン! ドン!

 

 花火はまるで静けさと暗闇をこの世から消すかのように眩しく輝いており、俺もモカも自然とその輝きを無言で見つめる。

 

「…………」

「…………」

 

 無言の時間が続く。特に話すことも話せることもない。だからこそ、俺はこの花火が尽きるまでこうしているしかないのだ。

 

「どう?」

「え?」

 

 しかし、モカから声をかけられたとなれば話は別である。

 突然投げかけられた問いの意図が分からず、聞き返す。

 

「花火、どう?」

「あぁ、花火か」

 

 一瞬、花火以外のことを聞かれたのかと思ってしまった。

 

「すごく良い景色だよ。正直、花火なんてどこで見ても同じだと思ってたから……すげぇ楽しいよ」

 

 素直に、思ったことをそのまま口にする。

 

「ありがとな、ここまで連れてきてくれて」

「いえいえ〜。江斗もありがと、ここまで連れてきてくれて」

 

 お互いがお互いをこの場所に連れてきた。その事実がどこかこそばゆく感じながらも心地良く、俺はクスっと笑みを浮かべる。

 

 そんな風にお互いに話していると、花火はクライマックスになりつつあるのか、より大きく、眩しく、天に響く轟音が街全体を照らし出す。

 

 誰もがその最後の最高の花火に目を奪われる中……ふと、俺の視線は花火から外れた。

 顔を少し動かし、花火ではなく俺の真上にいる彼女へと、視線を向ける。

 

 花火の輝きで彼女の顔は鮮やかな光で照らされており、キラキラとした純粋な瞳で、花火に魅入っているようだった。

 その様子があまりにも可憐で、愛おしく、自身の思いが溢れてしまい……

 

「好きだなぁ」

 

 ……俺は、そんな言葉を無意識にこぼしていた。

 

 花火の音と輝きが、きっと今の言葉を拐ってくれる。だから、これでいい。

 俺が好意を示せるのは、きっとここまでだ。どうしようもなく臆病で、関係を崩すようなことを、きっと俺は言葉になんてできそうにない。

 

「江斗、今何か言った?」

「いや、何も言ってない」

 

 少しだけ、モカの耳に戯言が入ったのだろう。俺は、そのまま息を吸うかのように今の言葉を消した。

 

「そっか〜」

 

 どこか残念そうな様子のモカ。

 いつの間にか花火の玉も打ち尽くしたのか、あれだけ存在感を放っていた花火はその姿を消していた。

 

「終わっちゃったな」

「…………」

 

 しんと、静寂が訪れる。

 これ以上、ここに留まる理由は無くなった。

 花火の終わりと同時に俺の心も消えてしまったのか、俺はどこか無感情的に起き上がろうとする。

 

 

 この夏祭りを経て、俺は彼女に…………青葉モカに焦がれているのだと分かった。

 

 だが、俺には踏み込むことなんてできない。

 その先が、どうしようもなく怖い。

 今日が終われば、きっといつもと変わらない、帰ることのできない日常に戻ってしまうのだろう。

 そうだと分かっていても、俺は進むことのできない臆病者なのだと理解してしまった。

 

 だからこそ、俺は心を騙す。

 たった一度だけ、口から出た本音を嘘と一緒に練り込み、蓋をする。

 

 これで良い。きっと、これが俺にできる最大限の幸せなのだろう。

 

「江斗」

 

 起き上がろうとした頭を抑えられ、モカに名前を呼ばれる。

 

「なに?」

 

 頭を膝下に固定され、強制的に目と目が合うような状態となる。俺が星を見上げるように上を向き、モカが自然と俺を見下ろす形である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大好き」

「………………………………は、ぇ?」

 

 まるで、起きたことを報告するかのように、自然と告げるモカに、言葉が詰まった。

 否、詰まったのは言葉だけではない。

 モカの放った言葉の意味が理解できず、脳がわかりやすくエラーを起こしている。

 体を動かすための機能そのものが詰まったかのような感覚に、俺は拍子抜けな声を出してしまう。

 

 モカは、そんな俺をイタズラが成功したとでも言いたそうに笑っていた。

 

 

 


 

「好きだなぁ」

 

 そんな江斗の声が、花火と混じってあたしの耳に確かにハッキリと聞こえた。

 

 ドクン、ドクン、ドクン

 

 あたしの鼓動は、花火と混じったかのように内側で響いている。

 

 今、江斗の頭はあたしの膝下にある。それはそうだ。精一杯の勇気を振り絞って、お礼と称して少し強引に、乗せたからだ。おかげで、江斗の顔の向きがどこを向いているかは、すぐに分かった。

 

(江斗、ずるいなぁ)

 

 先に伝えたかったのに、言われてしまった。

 でもきっと、江斗はしっかりと形にしないと逃げてしまう。

 

「江斗、今何か言った?」

「いや、何も言ってない」

 

 あぁ、きっと花火の音で聞こえてないと思ったのかもしれない。

 きっと、江斗は逃げたままだ。

 今を逃せばのらりくらりと躱され続け、きっといつかこの気持ちも居場所を見つけられないままだ。

 

 なら、あたしがする事はたった一つだけだ。

 

「江斗」

 

 彼の名前を呼ぶ。

 

 あぁ、こんな距離では鼓動が聞こえてしまうかもしれない。

 

 元々、今日この日に江斗に想いを伝えるつもりで準備をしてきた。

 でも、いざその時が来ると口に出すのがすごく怖くて、思わず誤魔化してしまう。

 

「なに?」

 

 ゆっくりと反応する江斗。

 

 江斗。今日は夏祭りを一緒に回ってくれてありがとう。

 

 一緒に屋台を回ってくれて、すっごく楽しかったんだよ。

 

 射的で屋台のおじさんに揶揄われて、顔を赤くしてたよね。でも、私は否定されて少しいじけてたんだよ。だからお返しに、射的で本気を出しちゃった。

 

 後輩くんたちにナンパされた時、怒ってたよね。

 ちょっと怖かったけど、私のために怒ってくれて、実はちょっと嬉しかったんだ。

 

 たこ焼きを食べた時、すっごく動揺してたよね。

 でも、あの時はあたしの心臓もバクバクだったんだよ。ちゃんと意識してくれたかな?

 

 あたしの草履が切れちゃった時。迷わず背負ってくれたよね。

 階段を登ってる時、何度も足を止めそうになってたけど、あたしのために頑張ってくれて、ありがとう。

 直に触れる君の背中は凄く逞しくて、だから離したくなくて……

 

 

 

 

 叶うならこれっきりじゃなくて、また同じことをしたいなぁ。

 

 また2人で、祭りを巡りたい。もっと2人で並んで歩きたい。もっと2人でいたい。

 

 まだ手だって繋げてないけど、あたしは乗せられるだけの想いを言葉に乗せ、伝える。

 

 きっと捻った言葉では躱されてしまうから、伝えるならきっとこの言葉だ。

 

「大好き」

 

 あぁ、やっと言葉にできた。

 

「………………………………は、ぇ?」

 

 やっぱり、顔を赤くして固まっちゃった。

 

「江斗はどう?」

 

 でも、あたしはこうして言葉にしたよ。

 この夏を越えても、君と一緒にいたいから。

 だからね、江斗。

 

「江斗はあたしの事、好き?」

 

 次は、江斗が言葉にして欲しいな。

 

 

 


 

「お、俺は……」

 

 モカの告白に、俺は言葉を詰まらせる。

 

 好きだと伝えるだけ。自分の心の内側を曝け出すだけ。だと言うのに、それがどうしようもなく怖くて、喉に刺さった魚の小骨のように出したい言葉が出てこない。

 

「俺……は……」

 

 早く言え。声に出せ。言葉にしろ。形にしろ。

 

 でも、望んだ言葉はいつまでも出てこない。

 

「お、俺……!」

「江斗」

 

 慌てた俺に対して、モカは落ち着かせるように、やさしい手つきで胸に触れる。

 

「わぁ~、ドクドクしてる」

 

 心臓の鼓動が、モカの手を経由して伝わる。

 元々、今着ている甚兵衛は通気性を求めて薄い布で作られてる。

 肌と肌の間に挟まる布など、あってないようなものだった。

 

「あたしと、同じだね」

「ぁ……」

 

 顔を赤くしながらも微笑みを浮かべるモカの言葉に、躊躇っていた自分の中の何かがなくなった気がした。

 

(そっか、モカも同じなんだ)

 

 ならきっと、今度は俺の番だ。

 

「俺も、好き」

 

 今度は逃げない。モカが口にして、言葉にしてくれたこの気持ち。

 曝け出してくれた自分の内側。

 今、こうして伝える。

 

「俺は、モカが好きだ」

 

 ようやく口にできた言葉は、どこにでもありふれた陳腐な言葉。それでも、こうして口にできた事が幸せだった。

 モカは、赤く染まった頬で笑顔を浮かべる。

 

「やっと、伝えてくれたね」

 

 怖かった。

 

 こうして思いを伝えることが怖かった。

 

 でも、モカは伝えてくれた。

 

 モカのおかげで、伝えられた。モカが怖いの向こう側へ連れていってくれた。

 

 俺とモカは、お互いの気持ちを確認し合うように、笑い続けるのだった。

 

 

 


 

「いやぁ、この夏祭りで江斗の色々な表情が見れましたなぁ」

 

 お互いの告白から少しして。モカは江斗に再び背負われる形で階段を下っていた。

 花火は終わったが、まだ祭りは終わっていない。ドンドンドンと、遠くから響く和太鼓の音が二人の耳に入ってくる。

 

「そんなに色々な顔してたか?」

「えっと、笑った顔でしょ~? 拗ねた顔でしょ~? 照れた顔でしょ~? ちょっと泣きそうになった顔でしょ~? それから……」

「分かった、もういい。お前が俺のことばっか見てたのは分かったから」

「あちゃ~、バレちゃいましたか」

 

 お互いに、そんな軽口を続けながら階段を下り続ける。

 距離は密着し、上る前と変わらない。けれど、二人の距離は確かに縮まっていた。

 

「この夏祭り中、江斗はモカちゃんにメロメロだったもんね~」

「……まぁ」

 

 否定ができない。そんな事実に内心少しだけ拗ねながら返答をする。

 

「いやぁ、ドキドキしてる江斗は可愛かったねぇ~」

「あ、あのさ……俺男だからそんな風に可愛いって言われても納得できないんだけど……」

 

 少しだけ彼の耳が赤くなっていることを、モカは見逃さなかった。

 

「そういえば……」

「ん?」

 

 モカが何かを思い出したかのように声を出し、江斗は自然と耳を澄ませる。

 

「よく外国の人が日本の浴衣を勘違いするよね?」

「勘違い?」

 

 首を傾げる江斗。彼がしっかりと話を聞いていることを確認したモカは、話を続ける。

 

「ほら、浴衣の下には下着を付けないで着るって勘違いをしてる人がいるってやつ」

「…………へぇ」

 

 なぜ、今そんな話をするのだろうか。

 なぜ、モカは自身に回す腕に力を込めたのだろうか。

 なぜ、耳元に口を近づけてそんな話をするのだろうか。

 

 そんな疑問ばかりが、江斗の脳を駆け巡る。

 

 考えるなと必死に脳に念じても、心臓は本能に忠実になったかのようにバクバクと音を奏でる。

 

「ねぇ、今あたし…………どっちだと思う?」

「お、おまっ!? ま、まさか!?」

 

 誘惑するかのように耳元で囁くモカに、江斗は取り繕う余裕すらなく顔や耳を真っ赤に染める。

 

「やっぱり可愛い~」

「ふ、ふざ、ふざけ……」

 

 煩悩に言葉さえも詰まらせて戸惑っている江斗を見て、モカの心に新たなイタズラ心が宿った。

 

「江斗」

「な、なんだよ……」

 

 歩く足を止め、江斗が振り向こうとする。しかし、モカを背負っている以上顔を合わせることはできない。

 

 自然と、照れて赤く染まった頬がモカの視界に入る。

 

「大好き」

 

 次の瞬間、モカは江斗の返答も聞かずに身を乗り出し……

 

 ちゅ

 

「へ?」

 

 小さなリップ音を響かせた。

 

 何が起こったのか、石化したかのように現実の処理に時間が掛かっている江斗。

 顔を赤くしたまま、動かなくなってしまう。

 

「この先は、追々ね~」

 

 愛しい恋人に甘えるかのように、モカは足を江斗の身体に絡め、絶対に逃がさないとでも言うかのように腕に力を込める。

 

「……ほんっとにお前は……」

 

 まるで手玉に取られているかのような感覚に、江斗は反論をしようとするが、言葉なんて見つからない。

 だが、それでも不快感などは欠片もなく、あるのは照れくささとささやかな幸せ。

 

 せめてこの幸せを逃がさないように。

 

 この照れくささを、今度は誤魔化さないように。

 

 今自分が背負う彼女と、夏を越えても一緒にいられるように。

 

 真瀬江斗は、青葉モカと共に夏祭りの喧騒へと向けて進むのだった。

 

 


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