「バンディット、構造体の中を現在も飛行中です!」
「あ、あれ本当に航空機?」
「ど、どうしましょう、隊長!?」
無線越しにフェアリィ達が驚く声が聞こえる。
無理もないだろう、と思った。
当事者の俺が言うのもなんだが、こんな支柱が入り乱れた狭い屋内に、飛行機で飛ぶなんて正気の沙汰ではない。
実際、今だって相当危ない。
入口よりは広いとはいえ、それでも支柱の複雑さで飛行のしにくさは相当なものだ。
支柱を避けたと思えば、コンマ数秒で目の前に別の支柱が。
それをまた避けて……と、通常の飛行ではあり得ないスラロームを何回も行う必要があった。
ちょっとでも油断すれば、どこかに掠ってお陀仏だ。
実際、先行して進入してきたUAVとランバーのいくつかが、俺を追って自滅、墜落した。
マニューバキルですらない。ただただ、想定していない空間を飛行しての自滅。
そうとしか言えない。
まだまだうじゃうじゃといるが、他の連中は自滅したやつを見て学習したのか、無理な飛行をせず、ゆっくりとこちらの様子を窺うような飛び方に留めている。
今の調子であれば、後続のUAVとランバーは、少なくともここにいる間は脅威ではないだろう。
問題は、他の連中……。
「どうするも何も、攻めるに決まってんだろうが! オラいくぞ!」
と、星美が無線で叫んでいた。
向かってくるらしい。そうでないと困るが。
「レナ! いい加減オープンでべらべらしゃべるのやめなさい! 向こうに全部筒抜けなのよ!」
「良いんだよ。エリサ、これがいいんだ」
聞こえてきた来栖の真っ当な指摘に対して、星美はそのようなことを宣った。
……なにやら妙に含みのある言い方だ。いやな予感がする。
と、そんなことを考えている間に、星美たちが構造体の中に進入してくるのを、レーダーで確認した。
入ってくるごとに、敵機の機影が出たり消えたりしている。
屋内かつ、複雑に入り組んでいる閉所ということもあって、レーダーの効きが悪いらしい。
「ケツにしっかりはりつけ。見失うなよ」
星美の無線から察するに、どうやら向こうも同じようだ。
恐らく同様にレーダーが効かないため、目視で俺を見失わないようにしてるのだろう。
これであれば、なんとか予測しやすいか。
さて、ここからが問題だ。
どのタイミングで
一番無難なのは、レーダーで明滅している敵機を確認しつつ、動きを予測する方法だ。
無難、というより、それしかないだろう。
そう思いながら、俺はレーダーを確認する。
作動スイッチに手をかけて、タイミングを計るために。
そして、それは映った。
12時方向。距離7マイル。バンディット3。
真正面。
「なんだと……!?」
思わずそんな声が出た。
間髪入れず、アラート、飛翔体。
フェアリィの対物ライフル弾。
とっさにバンクし、紙一重で躱す。
「自分の尻を追いかけてくれる女ばっかだと思ったか?」
明滅した、情報の遅いレーダーが、今更ながら更新していた。
前方にバンディット3。コヨーテス1~3。
後方、バンディット7。ハウンズと、残りのコヨーテス。
つまりだ。
星美と、コヨーテスであろう二人のフェアリィが、真正面から迫っている、ということ。
「コヨーテの言うことを獲物が信じるなんてな。こんな間抜けな話もねえ」
彼女の言葉で、ようやく事態が飲み込めた。
なんてこった。俺は大間抜けだ。
なぜ敵の無線が言っていることを、そのまま信じていいと思った?
なぜケツに付いていると、レーダーもロクに見えていないのに決めつけた?
なぜここが、連中のホームグラウンドだということを忘れていた?
「ここまでだ。あっけなかったな」
先ほどとは一転して、つまらなそうに淡々と星美は言った。
これは、ものの見事な挟撃だ。
目の前には星美たち。
後ろにはハウンズ。
そして、その間にライカのサイズが迂回できそうな隙間はない。
こちらが不意打ちできない状況では、星美たちを突破することは、とてもじゃないができない。
……完全に誘導された、というわけか。
「……聞きなさい、ニッパー」
詰みであることを確信したのか、来栖から無線が入ってきた。
「機体を減速して、武装解除をして降伏を示しなさい。もはや勝負は決した。無駄に命を落とす必要はないでしょう?」
なるべく平淡に、しかしどこか懇願が見え隠れしているような口調で、来栖は降伏勧告をしてきた。
……そういえば、初めて会ったときも、こうやって突っかかってきたのを思い出した。
考えてみれば、彼女はいつでも、だれかを死なせないことを目的とした行動だった。
「私は別にどっちでもいいんだぜ? 玉砕覚悟で来てくれた方がこっちとしちゃおもしれえ」
星美は対照的に、そんなふうに言ってきた。
なるほど、これはまた好戦的だ。
駆藤が辟易としてたのも、なんだかわかる気がする。
「下手な挑発はやめなさい、レナ。ギリギリの相手を刺激すると何をするかわからないわ」
「お堅いな。狩りは楽しむもんだぜ?」
「これは狩りじゃない。こんな狭い場所で、自滅覚悟でミサイルでも撃たれたらたまらないわ」
「余裕で躱せるだろ、そんなもん」
「そういう問題じゃない」
星美と来栖はそんな応酬をして、じわじわと俺に近づく。
今更機銃を撃ったところで、不意打ちすらできないこの状況で、フェアリィ達には通用しない。
ミサイルなどこちらが撃つ前に、察知して撃ち落とすだろう。
それがわかってるから、連中はここまで確信してるのだ。
もはや完全に勝負は決した。
驚くほど速やかに、あっけなく。
そんな空気が満ちていた。
……ギリギリか、確かにな。
この状況、この場所、あまりに余裕がない。
俺は減速した。
来栖の言う通り、機体の速度を落としていった。
「……チッ、思ったよりつまんねえ男だ」
「ふう……聞いてくれてありがとう、ニッパー。そのまま武装を解除して。でなければ、規定により降伏受諾とはみなせない」
星美と来栖が、それぞれ正反対のことを、俺に言ってきた。
もう星美たちの姿はハッキリと見えるくらい近づき、目と鼻の先だった。
来栖たちも同じく、機体のバックミラーから、すぐ近くにまで来ていることが見えた。
俺は無線をオープンにして、口を開いた。
「……アンタの言う通りだ、来栖。俺はまだ、ここで死ぬつもりはない」
「へえ、
フェアリィ達の距離が、さらに縮まる。
「はん、ただの玉無しじゃねえか。なんだってナナやヨーコはこんな男に……」
縮まる。
「……? ニッパー、どうしたの? 早く武装を解除して」
縮まる。
それを確認しながら、俺は来栖に対して口を開いた。
「……ひとつだけ聞いていいか?」
「ニッパー?」
「俺はまだ、降伏勧告を受け入れていない扱いだな?」
「ええ、そうよ。だから早く武装を――」
と言いかけて、来栖の口が止まった。
気づいたのだろう。
当然だが、ひとつ彼女は見落としている。
「ニッパーッ! アナタ――」
縮まる。
そして、入る。
全フェアリィ、有効射程範囲内。
SU-IEWS ON
「狩りの最中に獲物を信じるなよ。猟犬共」
急減速。
仰角最大。
ピッチアップ。
ストール。
機体をその場で、180度回転。
天井と地面に、機体がぶつかりそうなのを、辛うじて躱す。
やはり、
機首が一瞬で、真後ろに向く。
つまり、だ。
星美たちが、機体のケツを拝む形になった。
「なん――!?」
即座にスロットルを最大。
燃料をだいぶ喰うが、仕方ない。
アフターバーナー。オーバーロード。
身体が急激に押し付けられる。
当然だ。
慣性すらねじ伏せるような、他の航空機じゃ、到底あり得ない加速度。
「なに!?」
「ひ……きゃあ!」
IEWSの影響下に入った星美たちが、アフターバーナーの爆音をもろに受ける。
それを確認する間もなく、急加速。
動揺しているハウンズに急接近、同じくIEWSの影響下で、アフターバーナーを可能な限り鳴らしてパス。
「ぐうっ!?」
「うわあ!」
悲鳴にも呻きにも似たフェアリィ達の声を聞き、俺はその場から全力で逃げ出した。
「ぐッ……状況報告! レナ、レナ! クソ……!」
どうやら、来栖は仕留めきれなかったらしいが、星美のやつはダウンしたらしい。
レーダーを見ると、どうやら俺の認識は間違いなさそうだ。
更新が遅いながらも、明滅している敵影の数は、先ほどより明らかに減っている。
星美のIFFも、先ほどの地点から動く気配はない。
4、5人は行動不能にできたと見ていいだろう。
アフターバーナーの爆音をもろに受けたのだ。フェアリィとはいえただでは済まないはずだ。
IEWS、効果消失を確認。
残り使用回数、2。
「ッ……ニッパー!」
来栖からの、明確な怒気のこもった声が、耳をつんざく。
……やはり、撤退はしてくれないか。
数をある程度減らせばあるいは……という俺の希望的観測は叶いそうにない。
ただ、それはそれでいい。
やることは変わらない。
敵が誰だろうと、誰を守らなければいけない状況だろうと、それは変わらない。
飛んで。
墜とす。
墜とされるまで。
ただそれだけ。
それがライカだ。
それだけが目的だ。
そのはずだろう、ライカ?
……俺は今、何を思ったのだろうか?
こんな時に、俺はライカに何を思った?
なぜ、今こんなことを思った?
ふと、脳裏にある姿が浮かんだ。
ライカだった。
あのホムンクルスの姿で、フェンリル隊と話している、母艦の中でのライカの姿だった。
なぜ俺は今、それを思い出したのだろう。
頭を振り払って、思考を戦いに戻す。
どうかしてる、戦闘の最中に、こんなことを。
考えることは、ただひとつ。
墜ちるまで、ライカはどう墜としたいか。
墜ちるまで、ライカはどう飛びたいか。
それだけだ、それを実現するだけ。
俺は思考を再び、戦闘に向けた。
戦いは、まだ終わっていない。