なぜ大魔王バーンが呪怨ハウスを訪れたのか?そんなものは知らないです

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大魔王バーンvs伽椰子

 §

 

 じゅおん【呪怨】つよい怨みを抱いて死んだモノの呪い。 それは、死んだモノが生前に接していた場所に蓄積され、「業」となる。

 

 §

 

 埼玉県某市にその家はある。

 といっても何の変哲もない一軒家だ。

 2階建て、外には狭い庭、白塗りの外壁……よくある家、以上の感想が見当たらない。

 

 だが、真に禍々しいモノというのは往々にして擬態しているものだ。それは人然りだし、家もまた然りである。

 

 その家もまた外見ほどには普通の家ではない。

 過去、何人、何十人という人々を"喰って"きた呪いの家なのだ。

 

 積み重なる呪い。

 呪いは業へと変容し、更なる凶を発する様になる。

 

 多少霊感がある程度、いや、強い霊感があろうとこの業からは逃れられない。むしろ、より強くそこに巣食うモノと感応し、強まってしまうだろう。

 

 嗚呼、これまで一体どれ程の命が呪いの糧となり

 嗚呼、これから一体どれ程の命を飲み込んでいくのだろう

 

 §

 

 ある日、突然"彼等の家"に老人が訪問してきた。

 訪問といっても、律儀にチャイムを鳴らしたりノックしたりはしない。

 

 無言でドアを開けたのだ。

 不法侵入である。

 

 だが形はどうあれ、呪いを受ける第一条件を老人は満たしたことになる。

 

 こうなれば話は簡単で、まずは俊雄が相手の心的な防衛機能を弱めるべく恐怖を与えていくことになる。というのも、死者が生者へ干渉するためには一定の手順が必要なのだ。何らかの条件を満たさない限り、霊的存在は生者へ干渉することができない。

 

 だが、視界の端で軽く姿を見せただけの筈だというのに、老人は何をどうしたか、俊雄の首根っこをつかみ、自身の眼前に吊るすようにして言った。

 

「余がバーン。……大魔王バーンだ」

 

 バーンと名乗る老人の言葉に、俊雄は茫然とする。

 

 常ならば獲物の精神の均衡を崩す猫の鳴き声をあげる彼だったが、みよ! バーンと名乗る老人から放射される獰猛な精神波動を!! 

 

 不可視の力の波濤が、まるで寄せては返す波の如き有様で俊雄の怨霊体を霊的破砕せしめた。

 

 確かに俊雄は母である伽椰子の"端末"のような存在だ。

 伽椰子とは違って力も小さい。せいぜいが一般人を呪い殺すに足りる程度の力しかない。それでも、ただの人間が抗える存在ではなかった。

 

 問題は俊雄の眼前に立つ老人はただの人間ではないという事である。

 

 彼の名前はバーン。

 

 大魔王バーン。

 

 強者が弱者を支配する魔界の頂点に立つ魔界の神なのだ。

 

 所詮は脆弱な元人間の怨霊が大魔王に抗える筈がない。それは天の理で、地の自明である。

 

 しかし、俊雄だったモノが完全に砕け散る瞬間

 

 ──お、かあさん

 

 幼い、幽き声が玄関に響いた。

 その声色は俊雄だったモノが発していた感情のないものではない。

 

 無限の悲しみと、無限の愛しさが入り混じった哀切の嘆声であった。

 

 大魔王からは逃げられない。

 彼から逃げるにはあらゆる意味での死を迎えるしかない。

 

 それは恨みなどいった無形のモノであっても同様だ。

 大魔王の前では有象無象の限りなく、滅びを迎えるしかないのだ。

 

 魔界の神、大魔王バーンの前では塵も残らない。

 血も肉も魂も、そして業も。

 

 ・

 ・

 ・

 

「……よくぞここまで来た。見事であったぞ、と言おうと思っていたのだがな。まさか名乗るだけで果てるとは。余の買い被りであったか? それとも……」

 

 バーンの視線が階上へ向かう。

 

 視線の先にはなんの変哲もない階段が伸びており、何かがずるりずるりと降りてくるではないか。

 

 ──ア゛ア゛ア゛ア゛……

 

 聞く者の心胆を寒からしめる悍ましい声、どこか湿った衣擦れの音。音の一音一音に怨嗟が充溢している。

 

 ずるり、ずるり、ずるり

 

 ずるり、ずるり

 

 ──ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……

 

 恨みが形を取ったならば、おそらくはこのような姿を取るであろう。

 

 佐伯 伽椰子

 

 恐ろしくも、哀れな女。

 

 彼女の際限のない憎悪の前では生きとし生ける者全てが飲み込まれ、彼女の一部……いや、"業"の一部となるだろう。

 

 常人ならば、だが。

 

 §

 

「良い目だ……。汝の目が素晴らしい。己れを含むすべてを呪い、やり場のない怒りをみなぎらせた目が、な。それこそまさに余の理想……。魔界の戦士はそうでなくてはいかん……フッフッフッフッ……」

 

 バーンはそう言って、足元に這いつくばって彼をにらみつける血まみれの白いワンピースを着た女……伽椰子を見て言った。

 

 だが、あらゆるものへの憎悪にゆだつ伽椰子の意識がバーンの言葉を意味のあるものとして捉える事はない。バーンに対してだけそうというわけではなく、伽椰子が"こう"なってしまってからずっとそうなのだ。

 

 伽椰子はバーンの足に向かって手を伸ばし、その足首を握る。超高濃度の呪殺的心霊エネルギーが込められたグリップは、常人ならば耐えられない。発狂するか、悶死あるのみ。

 

 しかしバーンは常人ではないので問題はなかった! 

 まるで何事もなかったかのように話を続けるバーン。

 

「余は考えた。おまえが一番欲するもの……それはおそらく……余の生命であろうな? ……だからチャンスをやろう! 余のみでおまえと戦ってやる……! それが褒美だ、素晴らしいであろう? ミストバーン、キルバーン……余がこの二人抜きで行動するなど数百年に一度あるか無いかのことだぞ」

 

 にやり、とバーンの笑みが足元へ向けられる。しかしその笑みはすぐに失望のそれへと取って代わってしまった。

 

「……拍子抜けだな。せっかくチャンスを与えたのに……。息子の後を追うか……、女よ……!」

 

 ぼう、とバーンの右手に大きな明かりが灯る。

 いや、それは明かりではない。

 

 炎だ。

 

「これが余のメラゾーマだ。その想像を絶する威力と優雅なる姿から太古より魔界ではこう呼ぶ……カイザーフェニックス!!!!」

 

『かぁあああやあああこぉぉぉおおッッ!」

 

 放たれる炎の不死鳥。

 しかしそれは足元へ向けられるのではなく、廊下の奥へと放たれた。そう、伽椰子の夫である剛雄であった。勿論、彼もすでに"業"の一部として取り込まれている。

 

 剛雄は精子欠乏症の診断を受けていた。

 それが彼の精神的均衡に悪影響を与え続けていたのであろう、ある日「俊雄は小林の子」だと思い込んだために逆上し、小林への嫉妬から伽椰子を殺害してしまう。

 

 ただの殺し方ではない。カッターナイフで拷問を加え、苦しませて殺したのだ。その恨みの念が伽椰子をあのような姿にしてしまった。

 

 ちなみに小林とは伽椰子が憧れていた男であり、端的にいってしまえば伽椰子は小林のストーカーであった。しかし小林は別の女性と結婚し、伽椰子は剛雄と結婚する事になった。

 

 ともあれ、簡単に言えば剛雄こそがすべての元凶だという事だ。

 

 だが、その剛雄も怨霊となった伽椰子の報復を受けて殺され……"業"の一部となった。

 

 ……なってしまった。

 

 業の一部となったせいで剛雄は完全な意味では滅びることがなくなってしまったのだ。皮肉な事に、剛雄を最も憎む伽椰子は彼とある意味で一心同体となってしまったということである。伽椰子もまた業の一部であるがゆえに。

 

 しかし、その剛雄も……。

 

 だが、なぜ剛雄はバーンの前に飛び出していったのだろうか。

 

 その答えを知るものは誰もいない。

 

 §

 

 急速に膨れ上がる炎の鳥は武雄もその業も焼き尽くし、それでも勢いを弱める事がない。

 

 勿論家だって燃えている。家を焼きつつ火勢は更に勢いを増し、"彼等の家"だけではなく、周辺へと広がっていった。

 

「ふはははははっ……!! これは失礼……火葬より土葬のほうがお好みだったかな……?」

 

 まるで魔王の様な事をいいつつ、バーンは嗜虐的な笑みで足元を再び見下ろした。

 

 そこには先程まで全身創傷塗れであった女の姿はない。

 

 真っ白いワンピースを着た、目立つ美人ではないが欠点の少ない整った顔立ちの女がいる。

 

 伽椰子だ。

 狂気に染まった目はもうしていない。

 やや澱みは残っているものの、瞳の奥に理知の光を宿らせている。

 

 女の口元が僅かに動き

 

 その瞬間、左手から放たれた二発目のカイザーフェニックスが伽椰子に直撃した。

 

 天災規模の心霊災害を引き起こす今世紀最悪の怨霊は、この瞬間に完全にその存在を消滅させた。

 

 二発目のカイザーフェニックスによって、炎は広がっていく。どこまでも広がっていく。

 

 ・

 ・

 ・

 

 この日、埼玉県所沢市で大火災が発生した。

 その被害は甚大で、死者44人、負傷者444人、全焼121戸、半焼11戸、計4,500坪(1万5000平方メートル)を焼失した。

 

 


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