「そろそろ 目的地に着くぞ キンさん」
パイロットが首をひねって声をかけた。
「分かっている」
芹沢金具は軽く返事して、セスナの側面の開け離れた出口から外を見た。眼下に浮かぶ南太平洋の孤島シルジョンスン島は、その面積の三分の二が密林だ。この位置からでも鬱蒼としたジャングルの広がりが確認できる。その先に小さい山があり、頂上からは白い噴煙が立ちのぼっている。
「あの山の山腹に小屋がある。フクはそこに降りたらしいからそこに降りたいんだ。」
「わかった。───見たところあんたが探しているものはいそうにないな」
「フクも怪獣も必ずどこかにいる」
「幸運を祈る」
「ああフクも目当ての足型も回収してくるさ」
そう言いながら金具は機外に飛び出しパラシュートを開いて小屋に向かって降下した。
ギャ・・・オオオ・・・ン
島に降りた矢先に咆哮が響き渡り島が揺れた
「やはり姿は見えないがいるな・・・」
この島には毒虫や毒蛇、毒蛭という容易に想像出来るものだけではなく毒猿やスフランのように自発的に動いて襲い掛かる毒植物のような信じられない存在もいるらしい。
幸いにも芹沢金具はそれらに遭遇せずに目的地の小屋にたどり着いた。
「あった」
小屋の近くには金具にとって大切な資材と物資が入っているコンテナが置いてあった。
一番大切なのがコンクリートミキサーである。発電機に燃料を入れて、セメントや砂利等の袋などの袋を取り出し、ミキシングドラムに入れ、ボタンを押した。そしてフレームの音と共に生コンの攪拌が始まったことを確認してから、金具は小屋に入った。
この小屋は先にこの島に訪れた研究者たちや親友の陣内福太郎が使った小屋だ。
小屋のドアを開けるとぷーんと微臭い匂いがした。中央にテーブルがあり、壁に沿っていくつかの小さいデスクやOSのマック、プリンターなどが置かれていた。
その中から金具は置き手紙と思わしき紙を手に取り読んだ。
やぁ芹沢金具へ
君もここに目当ての怪獣の足型を取りに来たんだな
自分もルクスビグラの足型を取りに来たんだ
ところで厚かましいと思うがお願いがある
ルクスビグラの足型を回収してほしい。
多分は僕はここで終わることになるだろう
何故かそんな確信がするんだ
だから君の目的のついでに僕がとった足型を回収してくれ
では君も目的の怪獣の足型を取れるように幸運が訪れることを祈る
その手紙はフクこと陣内福太郎という親友の同業者のものであった。
次に隣に置いてあったタイトルが赤いロゴで書かれている『原色全怪獣大図鑑』という本を手にとった。この本はすでにぼろぼろになっているが自分とフクと先輩の田中啓文の思いが詰まっ多ものだった。
この本は頭文字順に怪獣の写真や詳細なデータが順番に掲載されている。
例えばあ行のページに乗っているアントラーなら
磁力怪獣アントラー (ANTLAR)
身長40メートル 体重2万トン
出身地 中近東・バラージ
特徴・巨大な蟻地獄を作り出し砂煙を噴射し磁力光線で獲物を引き摺り込み溶解液で溶かして食べてしまう ウルトラマンのスペシウム光線が効かない バラージという幻の街にある青い石が弱点とされている
足型・次ページ参照
解剖図・次ページ参照
といったことが書かれている。
載っている怪獣はもちろん実在する個体ばかりで掲載されている写真や足型、イラストはそれぞれの怪獣の威容、質量感、迫力がじっくり伝わってくるほどの完成度だ。
その本を食いよるように見つめてゴメスの次のページをめくった瞬間手が止まった。
怪獣ゴジラ(GODZILLA)
身長40メートル(推定)
体重2万トン(推定)
出身地・シルジョンスン島
特徴・かの有名なT氏が作った怪獣映画の怪獣まんまな姿で島のジャングルに潜んでいるというが、その生態は不明。目撃例も少なく、後述のルクスビグラ共に非実在が疑われている
島の付近を航行中の「マーメイド号」というヨット襲撃やシルジョンスン島の学術調査団に襲いかかったり、ルクスビグラと戦ったという噂があるが真偽はわからない。
足型・なし(未採取)
解剖図・次ページ参照(ただし想像図)
金具の目は「未採取」という文字からしばらく離れなかった。
(田中さん・・・フク・・・オヤジさん・・・必ず自分は・・・・・)
本を元の場所に戻した金具はかつてのことを思い出していた。
怪獣が不定期に現れる以上、自分達のような足型採取を生業にしている人間にとって仕事はいつも降ってわいたようにはじまるのが常識だった。
例えそれが飲み屋で酔っ払って帰っている最中に空に突然、巨大な眼が現れて消えたのを見て幻覚か!と驚いて行動停止している時にも容赦なく携帯電話から仕事の知らせが届いた
「はい、芹沢です。」
「キンちゃん、私だ。川崎港のコンテナターミナル付近に油獣ペスターが上陸した。田中やフクはもう向かっている。──頼む」
「すぐに合流します。」
ペスターをはじめ、ゲスラ、ガマクジラ、タッコング、シーゴラス、シーモンスのような水棲怪獣は上陸することが滅多にないため芹沢のような「足型屋」にとってたいへん貴重な機会なのだ。
金具はタクシーを拾って川崎港の近くに降ろしてもらってに走って向かいながら自分が何故足型屋になったのかを思い返していた。
金具は友人の福太郎と共に昔から怪獣が大好きだった。動物園や水族館で展示されている生物を見るより怪獣図鑑を読んでいる方を好んだ。
怪獣は並大抵の生物よりデカくて力も強い火を噴いたり怪光線を出したり不思議現象を引き起こしたり普通の生物より魅力的に思ったのだ。そして大抵日本なしか現れないのも親近感が湧いて好きだった。
逆に周りの人は怪獣が大好きだはともかく大嫌いだというレベルまで興味持つ人もいなかった。怪獣慣れしすぎて精々台風と同じような直撃は困る程度の災害認定にしかならなかった。故に同じような趣味を持つ福太郎とは会ってすぐに親友レベルまでになったのだ。
福太郎と金具が初めて生の怪獣を見たのは小学四年生の時だった。福太郎の家族と自分の家族が仲良くなった一緒にW家族旅行をしようとした時に箱根に地底怪獣グドンとツインテールが現れたのだ。どうしても怪獣達の戦いが見たいと福太郎と金具が両方の家族にせがんで安全な場所から望見した時に圧倒的な巨大さや迫力が伝ってあまりのかっこよさにしびれたのだ。
それ以来福太郎と金具はどうしても怪獣関係の仕事に就きたくなって大人になったら「怪獣類足型採取士」の資格を取って夕陽パノラマ社の編集者の釜城と足型屋の先輩の田中にお世話になった。
仕事を覚えるのは辛かった。
「わしのやっとるとこを見て、盗め」と言ってくる見て覚えろという頑固一徹、昔気質の職人スタイルだったからである。
しかしそのおかげで二人はセメントの調合、素早く道へ撒く方法、怪獣からの逃げ方などの足型屋としてのいろはを全てに身に付けることができたのであった。
結論から言うとペスターの足型採取は成功だった。だが田中がペスターの気を引くためにスーパーガンを使って反撃として吐いてきた火炎放射で命に関わる大火傷を負ってしまったからそういう意味では失敗だったかもしれない。
その後、福太郎達は病院で瀕死の田中さんが語ったことは宇宙の眼を見たか、Tと呼ばれる人物の話や日本政府があえて怪獣を日本誘導して餌づけして兵器にしようとしている情報等色々語ってくれた。田中さんの遺言はゴジラとルクスビグラの足型を原色大怪獣図鑑に乗せてくれという遺言だった
そして田中さんが亡くなったあと、福太郎は田中さんの発言を確かめる為に怪獣利権の情報について調べて真実ということを確認して告発した。金具はそのことについて深く調べずに怪獣利権の渦中に巻き込まれて職を失ったことをカバーするべく他の職に就いて自然と福太郎と音信不通になっていた。そのおかげでシルジョンスン島で怪獣が見つかって福太郎がそこに向かったという情報を手に入れるのを遅れてしまった。
そして今はフクの後を追って島にいる。時々ゴジラと思わしき鳴き声がしてセメントを持って聞こえた方向に向かうが全然姿が見れないので苦労しているのだ。
島に来てから一週間以上が経過した。食糧や水が底を着き毒が入っているかも知れない果実を食べようと決心した時、近くに鳴き声が聞こえた。
ギャ・・・オオオ・・・ン
そこにゴジラがいた。怪獣図鑑の情報は正しかった。二足で立っている背びれを持つ恐竜型の怪獣だった。
はっきりと姿を確認出来たのが幸運だったが、最悪なことにそこにはフクが採ったルクスビグラの足型が近くにあったのだ。
それを荒されてちゃたまらないとキングは田中の形見のスーパーガンでゴジラを撃ってセメントを撒いたこちら側に来させようとしたのだ。
ギャオオオオオ・・・ン
攻撃されて怒ったゴジラが怪獣にありがちな熱戦を吐いてくるのではと疑ったが、運良く吐いてこないでただ単に咆哮しながら向かってくることに金具は耳を防ぎながらほっとした。
(さぁ俺を踏み潰す勢いで来い!お前の足型を採ってやる!)
そう思ったのが通じたのかゴジラは勢いよくセメントに足を突っ込んで消えた。
そう、足型を残して空気に溶け込むように消えたのであった。代わりにゴジラがいた場所には大きな「眼」があったのだ。
(まさかオヤジなのか・・・?)
それは、まさにフクと見たあの「日本特撮の歴史」に載っていたTの眼差しだった。金具が呆然としている間に巨大な「眼」が数度瞬きして閉じて消え始めた瞬間、世界も芹沢金具本人も消え始めたのであった。
(まさか本当にこの世界はTが作った世界だったのか!?)
芹沢金具が覚えているのはそこまでであった。
気が付いたときは病院のベッドのうえであった。彼をのぞきこんでいたのは死んだはずの田中と何故か小さくなった行方不明になった福太郎であった。
金具は状況がつかめず、
「田中さんとフク、生きていたんですか!?」
と叫ぶと
「お前もフクと同じくけったいな東京弁を使って実の親父を他人みたいに言うやな。」
「そんな馬鹿な・・・」
「ほんまによかったわ。おまえは十一日まえに、映画を観に行ったかえりに車にはねられたや。フクは戻ったけどお前が意識戻らんかったらと思ってけど・・・これで安心や、今、医者を呼んでくるさかいな」
そう言って父親が病室を出ていったのと同時に金具は自分を見た。
(ほんと・・・に・・こども・・や)
そうぼくはお兄ちゃんより一個下の小学三年生。お兄ちゃんと一緒に日劇で上映されたTプロダクションの特撮映画を観に行ったのだ。
兄弟揃って
(Tプロの仕事ということは怪獣が出るに決まっている)と思い込んでしまったのだ。
でも現実は青年がヨットに乗って太平洋を横断するというありきたりな内容だったのだ。
それに腹を立てて道路に飛び出た兄ちゃんを追っていたら道路を逆走してきた車に轢かれたのだ
「なぁキン」
「なあに?兄ちゃん」
「お前も同じか?」
「うん・・・」
どうやら僕達は兄弟揃って同じ夢を見ていたらしい
そして僕達はあんな夢を見た原因を車に轢かれた時、ラグビースクールとゴジラの看板を見た&愛読書の夕陽パノラマ社刊行「日本特撮の歴史」から影響を受けてあんな夢を見たのだろうという結論を出した。
そしていつか二人で出版社を興してあの怪獣達がいた世界のように身長・体重だけではなく足型もある怪獣図鑑を出版しようと楽しく話しながら病院の窓から空を見たら慈愛に満ちた巨大な「眼」が浮かんでいた。もう一度見るとそれはただの雲になっていた。
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