望郷漂流客船イナバマル 祝福された後継   作:qlo

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※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。

※本作は後日、作者本人のpixivアカウントにおいても投稿予定の内容となります。

以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。





第十三節
借屍還魂(参)【断章】


 

 

 

 

 

 ──警報音が鳴り響く。

 

「──現地空間魔力、計測数値に変動あり!」

「膨張した敵性反応が即時分裂、同時に──」

「──同行サーヴァント六騎の反応が消失!」

 

 けたたましいアラートに次ぎ、マリーンたちのアナウンスが慌ただしく響き渡る。

 

「ななな何だ! 消失……消失だと? それも、一度にサーヴァント六騎分もの反応が! まさか、その全員が退去を──」

「慌てない、ゴルドルフくん! 六騎のサーヴァントは全員、少なくとも霊基グラフ上に異状はない! 立香ちゃんとのパスも健在だ。おそらく、特異点内で空間ごと隔離されているだけだ!」

 

 真っ先にリアクションを示すゴルドルフ司令官に、すかさず合いの手を返すダ・ヴィンチ技術顧問。あとは数拍と置かずして、キャプテン・ネモとムニエルあたりが割って入り、パニックの収拾をつけてくれるだろう。もはや見慣れた光景である。

 

「そのようだね。消失したのはあくまで、彼らが直前まで居た座標からの反応だ。敵性反応の分裂後に発生した異質空間の反応は五つ。該当者はメリュジーヌ、バーゲスト、千子村正、クー・フーリン、ハベトロット……それから──」

「──くそっ、マシュもか……!」

 

 まあ──その内容についてだけは、理解も収拾も追いつかないワケなんだが。

 

「ええい、藤丸めは無事なのだろうな! 奴の周りには誰が付いている!」

 

 サーヴァント六騎……それも、マシュを含めた戦力の大幅な分断。藤丸と同一空間内に居たはずの彼女らが一挙に消失したとあっては、控えめに言っても楽観はできない状況だろう。

 

「マスターの側にアルトリアの霊基反応あり! よかった〜、彼女はごく至近距離に居るものと思われ! おそらく、モルガンもふたりと一緒だよ!」

「そ、そうか! ならばひとまずは安心だな! それに、今の情報には無かったようだが……隔離されたサーヴァントたちの中に名が挙がらなかったということは、残された面々にはオベロンも含まれているのだろう。フッフッフ。奴もアルトリア共々、貴重な令呪二画の消費を以って投入した切り札だ。不測の事態にあってこそ、その希望的真価を奮ってもらわねば困るというもの──」

 

 ──ん……?

 

「いや、待ってください。反応拾えました! オベロンの魔力反応に異状あり! 彼も藤丸たちとほぼ同一の座標に居るようですが、霊基の……これは損耗、いや欠損なのか……? こんな致命的な状態が今の今まで、霊基グラフを含めどうして観測されずに──とにかく、極端に魔力反応が弱まっていた模様です! 減衰度合いで言えばモルガンの瀕死状態と同等だ! わけがわからねぇ!」

「──切り札どころか、不測の事態そのものになっとるだとぅ〜!」

 

 ……冗談だろ。投入から二時間足らずのオベロンまでもが、作戦開始時点から現地に居るモルガンと並ぶほどの衰弱状態にある──?

 

 ……いや。敵も追加戦力の警戒をしていただろうし、その面子の目星はつけていたに違いない。なにしろ此方のレイシフト適性者を恣意的に限定していた手合いなんだ。アルトリアとオベロンの両者、あるいは一方が、投入直後に何らかの特化的対処を被る危険性は充分にあった。

 

「(……だとすれば、この状況……おそらく、問題はそこじゃあない──)」

 

 ……違和感があった。今得られた情報のうち、オベロンの魔力反応のみが、なぜか他の情報取得から遅れて齎されたようだったのだ。その気味の悪いタイムラグは、いったい何に起因するものなのか──

 

「……残された四名の座標付近に、首魁級と思しき敵性反応あり。対峙しているであろう、アルトリアの魔力反応は平常値を上回っているけれど……でも、これじゃあ──」

 

 ──と。此方もこちらで思考を割くべき事柄であることに違いない。……モルガンとオベロンはおそらく行動不能。健在と言えるのはアルトリアだけ。つまり、現地はいま。

 

「何らかの理由で隔離からは免れたものの、その四名は丸腰同然の状況──って事だろうな……」

 

 ──王手か、詰みの瀬戸際だ。

 

「ナルホド。当然そう来ますよねぇ」

 

 すると。

 

「ええ。なにしろお相手渾身の観測地雷はパァに帰し、当初打つ気満々だった王手も空振り。さりとてリソースだけは有り余っているとなれば、すぐさま代替策を講じもしましょう。羽振りのよろしいこと。成金趣味もいいところですわ」

 

 一連の騒々しい管制室トークにも混ざらずにいた御仁たちが──悪態混じりに、しかしどこか清々しげな声色で口を開いた。

 

「シオン、そして急に現れたかと思えば静観を決め込んでいたコヤンスカヤ! それはどういう意味の言葉かね! まさか君たちは、この事態を予見していたとでも──」

 

 そう。現在の管制室には、バックアップチームの一員として光のコヤンスカヤが詰めている。先の第二陣投入の折、観測事象の選定アドバイザーとして飛び入り参加する事になったのだ。

 

「予見も何も、この程度は警戒して然るべき状況だったかと。『代替策』と申したでしょう? これは敵方が本来仕掛けるはずだった、不発に終わった先の罠に代わるプランなのです。……もしや。先刻の窮地を凌いだ時点で、すでに同件の警戒を解かれてしまわれたので? 血も涙もない魔術師こと、『ゴルドルフ閣下』♡」

「ぐぅ……! いろいろと言いたい事は有るがギリギリ言い返せん! あとその閣下呼びはやめたまえよ君ィ!」

 

 どこが光だ。性根から真っ黒じゃないか。じゃなくて。

 

「……それで、アンタらはこの状況をどう見る?」

 

 クリプターである僕にとっても、このコヤンスカヤの馴染みある煽りムーブは些か以上に胃にクるものがある。さっさと流れを本題に乗せてしまおう。

 

「おっと、そうでした。それでは不肖、遅れ馳せながら(わたくし)も、皆様の仕事に加わりましょう──よろしいですね、シオンさん?」

「ええ。この状況に乗り上げた以上、配慮すべき事柄は大幅に変わりましたので。言及対象の選定については、貴方の裁量にお任せします」

 

 ──言及対象の選定……それは、つまり。

 

「承りました。では、先んじて現状況の概要を。端的に申し上げますと──現時点を以って皆様は、先刻までの観測体制……つまり、『敵に関するリアルタイムな情報を進んで把握してはならない』という縛りを、おおかた脱却することができました。おめでとうございます♡」

 

 やはり、そういう話なのか。

 

「お、おお! 本当か! それは喜ばし──いや、違うな。……違うはずだということぐらい、今作戦においては私にも判る。本当に手放しで喜べる状況となるならば、わざわざ君がここに参じるわけがない。あくまでそれは、敵が『もはや我々を観測者として利用する気が無くなった』……あたりの意味だろう。どうなのかね?」

「おや、可愛げのないことで。しかしそこはご名答。一時はお仕事を共にした間柄は伊達ではなかったようですわね。感激しましたわ♡」

「いちいちハートを飛ばすな! 苦めの紅茶が欲しくなる!」

 

 いい加減にしろよこいつら。

 

「……で、どうせそれに尽きるって話でもないんだろ?」

「ええ。あくまでゴルドルフ氏の見解は、俯瞰的視野の半分にとどまるもの。『観測』の強要を手法の根幹とする敵方が、我々を主たる観測者としない判断を採ったのなら──その対象を次に何処へ移すのか、お分かりになりますね?」

 

 ……自明だろう。そしてそれこそが、たった今観測された異状の理由だ。

 

「──そうか。今は現地組の面々が、隔離された先であろう五つの空間内で『観測者』の役割を強いられているんだね。おそらくは、それぞれに特化的な観測内容を当てがわれる格好で。……と、言っている側から反応が拾えたよ。ストーム・ボーダーでは現在も、踏み込んだ観測行為をしていない。にも拘らず、現地特異点の存在強度の急速な増幅が認められた」

「なに……!」

 

 そして。

 

「状況が読めてきたよ。確かに私たちは、利用対象としての観測者ではなくなり、敵方からそれと恣意的に定められなくなったらしい。けれど、それは同時に──ここから先の敵方は、『私たちには感知し得ない情報の観測』を現地組に強要し、存在強度の増幅を図るつもりということだ。つまり今度の私たちは、その内容を観測しようにも叶わず、叶ったところで依然、存在強度の助長というデメリットを生む可能性があるだけなんだ」

 

 例によって現状は、より混迷を極めてくれたらしい。

 

「そういうことです。我々は一転、観測者から脱却したと言うより、脱却させられたと言うべき状況に置かれました。敵方の魂胆としては、『よろしい。其方が観測せぬと申すなら、これより先は何も観せますまい』──といった具合でしょう。ヤレヤレ、すっかりヘソを曲げられてしまったようですねぇ、これは!」

「言っとる場合か! 要するに我々はいま、半ば使い捨てられた挙句、蚊帳の外にほっぽり出されたわけだろう! こんな屈辱があるか!」

 

 実際、この現状は頭が痛い話ではあった。幾度にもわたり、特異点現地に居ない僕たち後方支援組にさえ混乱を強いる敵方の差配には、いい加減辟易してきた頃合いだ。

 

「もちろん皆様には、このままおとなしく指を咥えていただくつもりはございませんとも。雪辱はともかくとして、仕事はキチンと果たしていただきますわ──」

 

 すると。コヤンスカヤはひととおりのご高説を終えた矢先に、諸数値の計測モニターに視線を据えつつ、コンソールの前に陣取った。

 

「──シオンさん。これより、ある特定の項目についてのみ、トリスメギストスⅡに情報開示を求めます。ご許可をいただきたく」

「要求を認めます。指定の項目を申し出てください」

 

 ──おい、マジか。

 

「な──と、トリスメギストスⅡに情報開示を求めるだと! 大丈夫なのかねシオン君!」

 

 ──ゴルドルフ司令官が狼狽えるのも無理はない。観測行為全般に最大限の慎重さが求められる本作戦において、トリスメギストスⅡの演算能力は僕たちにとって、まさしく諸刃の剣なのだ。ゆえに現時点にいたるまで、その刀身は鞘に納めておくべきものと判断され、事実上の封印措置を採らざるを得なかった。

 

 それを解禁するとなれば、そこから先はこれまで以上に、如何に些細な判断ミスでさえも許されない。そして今──その判断の采配を、コヤンスカヤ個人が進んで担うと申し出た。

 

「(……本作戦に対する、コヤンスカヤの協力の意志は信用できる。彼女の申し出をシオンが即答で認めたあたり、リスクを取るほどの価値があることが窺えるが──)」

 

 ──ふたりの脳内には今、どんな筋書きが浮かんでいるというのか。その内容を計り知れない僕たちは、この行末を見守るほかになかった。

 

「問題ありません。この状況に陥るか否かに拘らず、いずれどこかのタイミングで、トリスメギストスⅡを再度使用することは予定していましたので」

 

 そう語り歩くシオンもまた、コヤンスカヤの隣に並び立つ。

 

「──『特異点現地から()()()()()()()が届いたなら、それを合図に情報戦の一部再開が可能となる』……『この予見が的中した場合、自分の判断能力を信用してもらいたい』──それが、コヤンスカヤさんから管制室入室直後に提示された、私経由でトリスメギストスⅡの間接的使用権を認めるための交渉条件でしたから」

 

 ……要するに密約だろ、ソレ。結果として僕たちに害ある内容ではなかったようだが、コヤンスカヤめ。油断も隙もあったものじゃない。

 

「……ぬぅ、よくわからんしヒヤッとするのも事実だが、シオン君がそこまで言うのならば仕方あるまい。いいだろう! トリスメギストスⅡの部分的使用再開を、司令官の立場からも許可する!」

 

 ──と。ゴルドルフ司令官の渋々ながらの号令を以って、本作戦の情報戦が再開することになった。

 

「感謝いたしますわ。では第一に──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の解析を」

「承知しました。トリスメギストスⅡの演算制限を一段階緩和、指定項目の解析を開始します」

 

 ──オベロンの──?

 

「え、霊基グラフ? 偽装って──わわ、ホントだ! なんだよこれ〜!」

「オベロンの霊基情報、登録内容がともに熔解してる! ドロドロだ〜!」

「個体情報の蓋然性が暴落してる! これじゃあ霊基構成が保たないよ〜!」

「──霊基グラフ、()()()()()()! ()()ヴァ()()()()()()()()()だ〜!」

 

 ─────。

 

「ど、どういうことかね! 現地における魔力反応だけではなく、カルデア式召喚を基底にした霊基グラフ──その情報までもが、ドチャクソにぶっ壊れておるというのか! 何がどうなったら、そんな事に──」

 

 …………まさか。

 

「──ナルホド」

 

 ……コヤンスカヤ、──

 

「いやはや、安心いたしました。どうやら此方の目算どおり、しっかりと働いてくれたようですわね──」

 

 ────…………!

 

「──おい、彼に何をさせた……!」

 

 僕はコヤンスカヤの背後に詰め寄り、勢いのままに問い掛ける。なぜなら、

 

「これはこれはカドック君。その節はどうも、お世話になりましたわ──おかげさまでお届け物は、確かに受け取られたようですわね」

「──、……!」

 

 彼がこうなった原因。その一端に、僕の行動が関わっているかもしれないからだ。

 

「……説明してくれるかな。コヤンスカヤ、そしてカドック。君たちはオベロンの現状について、何か心当たりがあるんだね?」

 

 ダ・ヴィンチはこの場を諫めるように、状況整理を促した。

 

「ええ。と言いますか、ご覧いただいた方が早いかと。先刻、カドック君より手渡されたアタッシュケースを──閉じた状態で、こちらへお持ちくださいます?」

「うん? ああ、アレの事だね──プロフェッサー、出番だよ! 用があるのは中身じゃなくて、ガワのほうだけど!」

「はい不服〜。首を長くして作業再開を待っていたんですがね〜。といいますか、なぜケースの方を?」

 

 待ちぼうけで凝り固まった首をぐりぐりと回しながら、ネモ・プロフェッサーはアタッシュケースを差し出す。

 

「ご苦労さまです。では皆様──こちらをご覧ください」

 

 コヤンスカヤはそう言うと、パチン、と指を鳴らしてみせた。すると──

 

「……何だ、これは? アタッシュケースの表面に、じわじわと削痕が浮かび出て──」

「文字……いや、文章……?」

 

 ──今までそこに隠されていたらしい、メッセージらしき文言が現れた。

 

「……あー、読むぞ。──“If they shadows have offended,Think but this, and all is mended,That you have but slumber'd here”──?」

 

 ──それは、あまりにも有名な喜劇の一文。その最後を締め括る、数行ばかりの言葉だった。

 

「(…………っ、…………!)」

 

 そう。言葉だ。これはただの、筆記された言葉にすぎないものだ。……だが。それを目にした僕の身は、まるで──知らぬうちに犯罪の片棒を担がされていた事を自覚したかのような、血の気が引くほどの悪寒に襲われていた。

 

「んん? ええと……これは──あ、『()()()()()』の引用か! でも、なんか少し違うような……」

「ああ。最初のところ、『we』が『they』に変わっているみたいだね。これじゃあ原文の『私事』としてじゃなく、『他人事』を語る意味合いになってしまう──」

 

 ……なぜなら。そのたった一語。一匹の蝶の羽ばたきにも等しい、ささやかな改編の為された文章が刻まれた、このアタッシュケースが。

 

「これ、これ見て! 彫られた文章が現れた箇所の下に、同じく刻まれていたらしい絵が──」

「……これは……()()()か? しかし……我々がイメージする船舶にしては、どこか形状が空想的というか……まるで、()()()()のような──」

 

 本事件に関わる、情報の密輸手段にして。

 

「──あれ? ……ちょ、えぇ〜! この彫刻を隠していた保護術式の残滓から、()()()()()()()()()()()()()()()()〜!」

「ていうかこれ、()()()()じゃ()()()! いや、中身のサンプルに掛かっていたのは保護術式なんだけど、ケースのほうは()()だよ〜!」

「マ、マーリンだと! マーリンと言ったのかね、マリーン君!」

 

 オベロン個人に対し、コヤンスカヤが仕掛けた『爆弾』──その真価であったことを、今更ながらに理解したからだ。

 

「……僕にアタッシュケースを運ばせたのは──コレに取り巻く無言の情報群を彼に、オベロンに視せるためだったんだな。コヤンスカヤ……!」

 

 ──保護術式を施されたサンプル、『金庫城の宝物』。それが『灰』となる前の姿を示唆する、『ガラクタの船の絵』。

 

『……と。カドック様がお訊きになりたいのは、『灰となる前の姿』について、ですね? それについては簡単です。ひと言で申し上げますと──『ガラクタ』でした☆』

 

 ──その『絵』とともに刻まれた、『夏の夜の夢』より引用し、意図的に改編された挙句、よりにもよってマーリンの幻術で隠されていた一文。

 

『── “もし、彼ら影法師たちが貴方の気に障ったのならば、このようにお考えください。貴方はここで、ただ微睡んでいたのだと”──』

 

 要するに。コヤンスカヤはこれらの情報に、()()()()()()()()()()仕掛けを施し、まざまざと見せつけたということなのだ。『この事態を知ったうえで、お前は何もしないつもりなのか』──そうとしか捉えようのない、焚き付けるかのようなメッセージを。

 

 ……嫌がらせなんて生ぬるい。これは脅迫にも等しい行為──彼の矜持、その所在に問い掛ける糾弾だ……!

 

「ええ。『このアタッシュケースを管制室に届けてほしい』──カドック君にはそのようにお伝えしたはずですが。いまさらそこに、何の疑問がお有りで?」

「(────、…………!)」

 

 ……白々しいにも程がある。くそ。やっぱり僕は、とんでもない役目を課されていたらしい。

 

「……オッケー。この件についてはなんとなく判ったよ、コヤンスカヤ。つまりはこういう経緯だろう──君は予め、この文章と絵を削痕として施し、そこへ視覚情報を()()する幻術の付与をマーリンに依頼した。それをカドックに持ち込ませ、()()()()()()()()()()()()()()()オベロンに目撃させ、彼にのみ伝わるメッセージを届けるよう画策した──違うかい?」

 

 荒みつつある空気への配慮だろう。ここも場を取り持つように、ダ・ヴィンチが要約を引き受けてくれた。

 

「──さすがはレオナルド・ダ・ヴィンチ、おっしゃるとおりですわ。ああ、一応申し上げておきますと、中身であるサンプルに施していただいた彼の保護術式については、純粋に証拠保全のためですので。そちらは引き続き、解析シークエンスにお回しください。ついでにかのグランドは、本作戦にこれ以上関わるおつもりは無いとのことです。もろもろ、誤解のなきよう」

 

 ……嘘ではなさそうなところが、より一層タチの悪さを醸し出している。これらのすべては本当に、コヤンスカヤ自身が打つべくして打った、必要手段であろうことは認めざるを得ない。

 

「……な、なんだそれは。というか……あの花の魔術師め、今回は役不足だとでも言いたいのか。またぞろ何処かに隠れ潜み、ここぞという見せ場を狙い待っておるのかと思ったが──」

「──ああ、それはナイナイ。事前のレイシフト適性推奨リストにも、花の魔術師マーリンの名前は入っておりませんでしたので。どのみち今回はこれが、彼にとって最初で最後の介入となるでしょう」

「──最初からハブられておったとは……!」

 

 ……オベロンは特記性能として、マーリン個人からの魔術・支援効果を阻む常時発動スキルを有している。このアタッシュケースに施された視覚情報補助の幻術がオベロンにだけ通用しなかったのも、コヤンスカヤがそれを利用するに至ったのも、同じ理由に依るものなのだ。

 

「改めて訊くよ、コヤンスカヤ。君はオベロンにこれを見せて、何をさせるつもりだったんだい?」

 

 ────、

 

「それはもちろん、()()()()()()()()()()()()()、ですわ。……自らが終わらせたと豪語した世界。そこから再起した残滓による、現在への侵攻を見過ごされるなど──張本人の振る舞いとして、責任放棄も甚だしいお話でしょう?」

 

 ────。

 

「私が彼に仕向けた事柄は以上です。その後に彼が特異点現地で行ったであろう内容については、諸々の観測数値から示されることでしょう」

 

 ……過去の確執、立場の相違、各々が目的の絶対性。それらが混ぜ返された状況にあって、彼女の意図に口を挟む者……いや、仮に口を挟みたくとも、それができる者など居るはずもなく。

 

「──ご理解いただけたようですわね。では」

 

 これで説明責任は果たしたぞと言わんばかりに。コヤンスカヤは淡々とした口調でもって、話題を先に移す。

 

「トリスメギストスⅡに、次の情報開示を要求します。解析対象、ストーム・ボーダー艦内。抽出対象──『金庫城の宝物』」

「受諾しました。指定の情報解析、演算結果を抽出します」

 

 ──、……?

 

「む……? ストーム・ボーダー内部だと? 特異点現地ではなく、かね? ……そもそも、カドックめが持ち込んだサンプル以外に、艦内に寄越された『金庫城の宝物』は、チェンジリングの直後に『灰』となり、いまや消え失せたという話では──」

 

 ────いや、まて。

 

「おやおや、その辺りの議論も据え置きだったので?」

 

 ……そうだ。僕たちにはまだ、思考を割いて然るべき事柄が、いまの今まで残されたままじゃあないか。

 

「はあ……。どうりでコトが順調に運んでいたわけですわ。不幸中の幸いと言うべきか、むしろ情けないと言うべきか……いくら此方の観測行為、思考活動が命取りになるとはいえ、斯様な()()()()()()()にも気づかずにおられたなんて」

 

 ──バーヴァン・シー本人を特異点へ転移・誘拐するために仕掛けられた前準備。『彼女の私物』との相似性を湛えた妖精の産物、『金庫城の宝物』というアンカーの設置。

 

「このような体たらくを敵方……()()()()()()()()()()()()()()()()が知れば、両手で顔を覆ってしまわれるというものです」

 

 敵方にとって重要極まる、隠滅を完遂して然るべき、それら計略手段の物的証拠が──

 

「その違和感の正体こそが──我々が付け入る隙を生む、致命的な()()だったというのに」

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「か、解析シークエンスに進展あり! 艦内で消失した『金庫城の宝物』の出現位置、消失時刻ともに判明したよ〜!」

「チェンジリングの回数、および個体の総数は九十八件! 出現位置はすべて艦内共有部、『灰』となるまでの時間は約一分!」

「それらが消失したタイミングは、バーヴァン・シーが転移させられた時刻と一致!」

 

 すると。立板に水がごとき勢いを得た情報たちが場の空気を混ぜ返し、コヤンスカヤのオーダーから間もなく、マリーンたちにも慌ただしさが揺り戻る。

 

「最後に送り込まれた個体の特定が完了! 現所在地、管制室──」

「カドックが持ち込んでくれた、アタッシュケースの中身だ〜!」

 

 ──、……!

 

「なにぃ! なぜ今になって、それらの詳細が判明したのだ! 作戦開始前には一切の異状として認められなかったばかりか──チェンジリングの代替対象がバーヴァン・シーの私物でありながら、あのモルガンですら感知できなかった事柄なのだぞ!」

 

 ……いや、違う。これはおそらく──今にならなくては感知できなかった事柄なのだ。

 

「……! ああ、なるほど! コヤンスカヤがオーダーした開示対象は、『オベロンの霊基状態』と『金庫城の宝物』の情報。ふたつは別々の事柄でありつつも、現状においては無関係どころか──両者の情報が互いに、ほぼ同一の事象としての観測が可能となる、秘匿情報のアクセスキーになっているんだ!」

 

 ──特異点現地における、オベロンの霊基欠損。

 

「……ハナイカのように狡獪。つまりはこれが、君の仕掛けた事の効果というわけだね。コヤンスカヤ」

 

 ──特異点現地の聖杯が存在証明を担う、『金庫城の宝物』。

 

「ええ──ご理解いただけたようで何よりですわ♡」

 

 そのふたつの事象が、密接に関わるような状況とは──つまり。

 

「……オベロン自身の霊基を削り撒かせ、現地の『金庫城の宝物』に付着させることで、聖杯による隠蔽効果にノイズを与え、敵方の指向性を遮断し──現地のものと同位存在である、艦内の『金庫城の宝物』を類感可能にしたのか……!」

 

 文字どおり、『身を粉にして働いて』もらったということか。

 

「──コヤンスカヤさんが交渉条件とした、『或る特定の信号』がまさにソレだったというわけです。すなわち、『オベロン氏の霊基欠損反応』。自身の体積、霊基情報をも可変とする彼の特性を鑑みれば、『それを合図に情報戦の一部再開が可能となる』という主張の意図にも察しがつきました。ややエグい内容である感は否めませんが、ここはお見事! とでも言うべきところでしょうかね!」

「忌憚なきご意見、甘んじて受け取りますわ。我が社のレビューも潤うというもの。今後ともご贔屓に♡」

 

 やや、どころか完全にエグいわ。脅迫まがいな手段で煽った挙句、人身売買まがいな手段までもを選ばせたんだぞ。ソイツの私怨マシマシじゃないか。

 

「し……しかしだな。水を差すようで気が引けるが、今さら『金庫城の宝物』の情報が満足に得られたところで、一体どうなるというのだね?」

 

 ……と、それもそうだ。

 

「ストーム・ボーダーに残されたものは、そこでプロフェッサーが解析中のサンプルひとつのみ。作戦開始前に送り込まれたという個体群はすでに『灰』となった後に消失し、艦内には残されておらんときた。……出涸らしどころか、文字どおり灰も残らぬ事象の情報が、何の役に──」

 

 ……うん?

 

「ええ。確かに、すでに消え失せた個体群については後の祭りですわ。ですが、此処に在るサンプルは、或る要素を足せば現地のそれと同じ状態になる──ここまで言えば、お分かりになりましょう?」

 

 ……なるほど。その手があったか……!

 

「……! そういうことか! 本人の毛髪でも、私物でも何でもいい。オベロンにまつわる要素を足せば、このサンプルは──現地の『金庫城の宝物』と同位対象に見立てた、()()()()として利用できるんだ!」

 

 ──オベロンの本体は今、藤丸のすぐそばに居るとの話だった。このサンプルがアンカーとなり得るならば、何らかの後方支援を通せるかもしれない。

 

「おっしゃるとおりですわ。……正直なところ、本来ならそこまでの収穫は得られないはずでした。いくらノイズを与えたからといって、現地の『金庫城の宝物』は聖杯の影響を強く受けすぎている。その因果を断ち切らないことには、此方が付け入る隙にはなり得なかったでしょう。ゆえに──かの刀匠、千子村正の現地投入が不可欠だったのです」

 

 ……そこまで見越していたのか、こいつ。

 

「──第二陣の投入時点までにおいて、敵方の首魁はスプリガン氏の姿を採り、当人が持つ因子を流用する形で計略を仕掛けていた。その方針が存在証明を前提とするならば当然、敵方は『金庫城の宝物』を主要な礼装として用いる。いえ、()()()()()()()()()()。そこを欠いてしまえば、『己がスプリガンである』と騙る事も叶わないがゆえに。その制約を逆手に取らせていただきました」

 

 ……縁を斬り、定めを斬り、業を斬り、我をも断たん、都牟刈村正。噂に違わぬ、見事なまでの斬れ味だったというわけだ。

 

「あー、実のところ、先刻の解析シークエンスが急激に活性化した理由も、ソレが切っ掛けだったんです。現地の千子村正の『業の眼』を通すにつれて、隠蔽情報をバッサバッサと無敵貫通。つまりは、彼をレイシフト可能な状態に整えるために奔走なさった、カドック氏のお手柄でもあるということです。まあ、その後の因果律改編に対する斬れ味が良すぎたあまり、観測可能な現地情報が爆増した結果──例の我慢大会を余儀なくされてしまったワケですが!」

 

 ここにもあったのかよ、諸刃の剣。峰のある日本刀のはずなんだが。

 

「あー……その村正の話だが。今作戦の彼は、時間制限付きのレイシフトに踏み切っているのだぞ。おそらくは宝具も使用したであろう、左様な大仕事を終えた後とあっては、そろそろ現地での活動も限界が来る頃合いだろう。……そのうえ、事態はさらなる局面に乗り上げてしまっている。彼も隔離されているとなれば、ひょっとしてもう、これ以上の活躍は望めないのではないかね?」

 

 ……そう。村正にカケるわけではないが、今回の彼は謂わば、付け焼き刃のようなコンディションで投入されているんだ。ここから先も現地活動を長らえ、事態急変後の状況打破までは高望みがすぎる。むしろよく保ってくれたと言うべきだろう。

 

「ええ、順当にいけばそのとおりになるでしょう。ですが──その限りではなくなる可能性の心当たりが……ええ。無いこともありませんわね」

 

 ?

 

「なに! それは本当かね!」

「とはいえ、さすがにそこは運次第といいますか、なんといいますか……まあ、『捨てる神あれば拾う神あり』といったところ──おっと、これ以上は現地に対する観測行為に踏み込みかねませんわね。かの国における私個人の記憶と見立てに留め、この場での共有は見送りましょう」

「またもや我慢を強いられるというのかー!」

 

 ……妖精國における、コヤンスカヤ個人の記憶と見立てから……現地の村正の活動継続、その可能性を見出せる──?

 

「現実問題、なるようにしかなりませんわ。それに──今の現地の状況を推測するに、むしろ今この瞬間にでも、彼は此方へご帰還されたほうが良いかもしれません。すでに最大の目的は果たしていただいたのですから」

 

 ……それもそうか。敵が五方に隔離空間を展開した思惑が『幽閉対象に特化的な観測を強いて、自陣の存在強度を増幅させる』ことであるのなら、わざわざその場に『観測者』として居座り、思惑に乗ってやる義理もない。千里眼の亜種の持ち主なら尚更だ。五つのうちひとつがパァにできるのなら、却ってプラスに働くまであるだろう。

 

「そうだね。むしろ今は、現地に発生した五つの隔離空間それ自体に思考を巡らせるべき局面だ。内部の情報こそ観測できないけれど、状況の概観くらいは可能だろう。さっきからの口ぶりだと、そのあたりも予測は立っているんじゃないかな? コヤンスカヤ」

 

 ……そうだ。コヤンスカヤが語った思惑が今のですべてなら、こうして迎えた事態急変は、彼女にとって想定外の出来事だったはず。だが、そんな様子は見せていない。つまり──

 

「ええ。もちろん予測しておりましたわ──」

 

 ──彼女のプランには、まだ先があるということだ。

 

「──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ずっと」

 

 ……は?

 

「なにぃ! それはつまり、最初から予測していたと言っているようなものじゃないかね!」

 

 いや……そう言ってるみたいだぞ、このペテン師は。

 

「はい? ですから、初歩的な違和感だと……ああ。そういえば、その件についてはまだ話の途中でしたわね。いいでしょう。かの名探偵の不在を偲ぶように、()()()ムーブを真似てさしあげる義理もなし。ここで懇切丁寧に、事態のあらましを述べましょう」

 

 コヤンスカヤの語りに並走し、自分の頭を今一度整理する。

 

「よろしいですか。敵方の計略の初期段階において、バーヴァン・シーさんの私物を密かに『金庫城の宝物』と取り替え続け、当人を転移させるためのアンカーを設置する事が最重要手順でした。ならば、転送するべき座標軸は彼女の私物と同位であることが望ましかったはず。なのにどうして、代替品が送り込まれた座標は──艦内共有部などという、多くの人目につきやすく、彼女の自室からもけ離れた地点になっていたのだと思われます?」

 

 ……思い返してみれば、小さな違和感がいくつもあった。

 

「む……? それは単に敵方の、チェンジリングの座標指定精度が荒かったのだろう。幾度も試行回数を重ね、バーヴァン・シーの周囲に狙いが定まるまでは、転送先をストーム・ボーダー内という大枠に指定することが精一杯で、それ以上の精度など望めなかったのでは?」

 

 ──ストーム・ボーダーじゅうに散見された、『灰』の目撃情報。

 

「敵方の限界がそこまでだったのなら、代替対象をバーヴァン・シーさんの私物に限定することができず、良くて『ストーム・ボーダー内にある妖精の産物』、最悪の場合は『妖精とは無関係の代物』のいずれかが、『金庫城の宝物』の相似品としてランダムに紛失していたことになります。少なくとも、一番最初にチェンジリングするべき対象は、絶対に彼女の私物である必要があった。でなければ、二個目以降の代替対象を同位存在に限定・精度向上を図るための、類感媒体を得ることができませんので」

 

 ──それらの『灰』の正体が、『金庫城の宝物』であったこと。

 

「……? 矛盾してはおらんかね? 現に彼女の私物に限定したチェンジリングは為されておるし、同時にその反面、やはりストーム・ボーダー内のあちこちに代替品がばら撒かれていた。つまり敵方は、コヤンスカヤ君が言うところの『代替対象のランダムさ』を掻い潜り、最初のチェンジリングから彼女の私物に指定できていたことになる。そこはどう説明がつくのだ?」

 

 ──作戦開始まで発覚せずにいた、バーヴァン・シーの私物紛失。

 

「簡単な話ですわ。()()()()()()()()()ヴァ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のです。かつての妖精國において、彼女本人を拐い出してみせたという──『スプリガン』氏その人に刻まれた、基底的な『縁起』をね」

「……ぬぅ……? より矛盾が強まった気が……、! いや──もしや!」

 

 ──その一連の出来事に見受けられる、不可解なズレ。

 

「! そうか、因果が逆だったのか! 敵方に精度向上を図る必要があったのは、バーヴァン・シーの私物と、その座標に狙いを絞ることじゃない。それらはむしろ、可能であることが前提で……調整が必要だったのは、彼女との縁がより強い私物を徐々に選び取り、本人を転移させるに足る類感媒体を得ること──『質と量』の問題だけだったんだ!」

「……()()()()()()()()()()()()()()()。そのうえで、早期の段階で僕たちの目に触れ、計略が阻止されかねないにも拘らず、代替品の出現位置がドンピシャの座標から()()()()()()()()()理由があるとすれば──」

 

 ──これらがすべて、新たな視点から再検討できる話なら。

 

「はい。果たされるべき計略の初期段階において、みすみす此方に悟らせかねない事態は絶対に避けようと考えるはず。ゆえに、挑発や犯行予告に類する行為を働くはずがない。それが意図的な行為ではないならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。つまり──」

 

 考えられる可能性は、極端に限られる。

 

「──敵方のなかには、『()()()()』が存在します」

 

『その違和感の正体こそが──我々が付け入る隙を生む、致命的な綻びだったというのに』

 

 ……ああ。どうやらこれは本当に、どデカい綻びだったらしい。

 

「……、なに──! それは要するに、敵方にとっての裏切り者……我々にとってみれば、『敵の敵は味方』的な存在が居る、ということかね!」

 

 ストレートに受け取るならば、そういう解釈もできるところだ。が──

 

「そこはまあ、少なくとも一枚岩ではありませんわね。なにしろ『仮称・異端分子』も『漂流物』。敵方の首魁が主導権を有する聖杯によって、その存在証明を許されているにすぎないビミョーな立ち位置なのですから。仮に叛意を抱いているからといって、すべてを実行に移せるほどの自由は望み薄です。味方と判ずるには些か足りませんわ。むしろここは──『なぜそんな勢力までもを同胞として抱き込んでいるのか』という点にこそ、意識を向けるべきでしょう」

 

 ──そう単純にはいかないのが、勢力争いの常なのだ。

 

「さて、ここで『五つの隔離空間』の話題に繋がります。我々ストーム・ボーダー組を観測者の役から外した途端、突如として展開された『被・観測機構』とでも呼ぶべき空間群には──その『異端分子』たちが動員されているものと思われます」

 

 ……なるほどな。

 

「……僕にも読めてきたよ。『異端分子』らも『漂流物』の一員ではある以上、現地組に観測されることで、総体としての存在強度の増幅を望める対象だ。だから多少のリスクは承知の上で、ここまで同胞として抱き込まれていたんだろう。だが依然として、そいつらの中には叛意を抱く可能性がある個体も居るため、いずれ切り捨てる機会を作るつもりがあった。つまり、敵方の首魁は──そいつらを『五つの隔離空間』内に『被・観測対象』として配置し、今このタイミングで使い捨てる段階に踏み切ったワケだ」

「正解です! どうやら調子が戻ってきたようですわね、カドック君♡」

 

 その調子を狂わせたのはお前だが。

 

「──ふむ。おおよその状況は判った。ここまでの言及は概観にとどまる範囲だし、計器をみるに現地への影響も無いとみえる。なんだ、望外にも順調に来ているじゃないかね! ようやく我々にも風が向いてきたぞぅ!」

 

 ……司令官殿もそこそこ狂ってきたな。順調ってことはないだろう。水面下での内ゲバが今ごろ露呈しただけなのだから。

 

「そうだ、つまりはアレだろう。最初期のチェンジリングの座標はズレていたのではなく、ズラした何者かが『異端分子』のなかに居て、そやつは今『五つの隔離空間』に配置されているのだろう? ならば幽閉された六騎のうちのいずれかがそれと接触し、共同歩調を求め得る目もあるということではないか! 向こうに自由は効かぬとしても、此方が対処することはできるのだからな!」

 

 ……まあ、一理あるか。バーヴァン・シーを転移させる前準備の段階に妨害を加えたのも『異端分子』の一員なら、今からでもそいつと接触できれば──

 

「(……いや、待てよ。でもそれは──いまだに可能な話なのか?)」

 

 ──そうだ。それこそ、矛盾している話じゃあないか?

 

「(……オベロンにノイズを与えられ、千子村正に因果を断たれ、『金庫城の宝物』は聖杯の影響下から本当に切り離されたのだとする。ならば、それと同時に切り離されたであろう、()()()()()()()()()()()()()』は今……接触以前の問題として、存在が維持できているのかさえ、もはや定かじゃないはず──)」

 

 ……それに。その特定の『異端分子』というのは、つまるところ──

 

「────♡」

「(────、…………!)」

 

 そこまで思考を巡らせた矢先。コヤンスカヤは僕の顔を見ながら、自身の唇に人差し指を当てた。

 

「……コホン。たしかに、『五つの隔離空間』内に居る『仮称・異端分子』と、現地の幽閉メンバーの接触は可能でしょう。しかし同時に、それは敵方が望み、そのように仕組まれた状況でもあるワケでして。当然、自陣に損害を被るような事態に陥らないよう、敵方も予め手を打って仕掛けたはず。例えば──『言うとおりに振る舞わねば、妙な真似をした瞬間にでも存在証明を打ち切るぞ!』──みたいな?」

 

 そんな無言のやりとりを知ってか知らずか。どこか文脈を誘導するかのような運びでもって、シオンがこの場をとり繋いだ。

 

「みたいな? ではないわ! 判っておるさ、そう好都合な展開など望めはしないとな! そうとでも考えておらんと、現地状況の展開に良いイメージが湧かんというのだ!」

「これは失敬。では、良し悪しとは別のイメージの話を──先の我慢大会が始まる直前に申し上げかけた、或る事柄の続きなのですが……覚えておられますか?」

 

 ? シオンが言いかけた事柄、というと──

 

「むぅ……? ……! ああ、そうだ! 千子村正の投入後、『()()()()()()()()()』とか言ったきり、保留しっぱなしだったではないか! 報告! 報告を怠るでないわ君ィ!」

 

 ……、──!

 

「はいソレです! いやあ、ここまで伏せておくのに苦労しました。なにしろあの時点でネタバレすれば、現地の皆さんはガッツリ王手。さりとて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。苦肉の策として私は、概略の把握に至った時点の思考段階をそのままに、皆さんに共有しかける素振りまでを演じることになりました。焦らしてゴメンね!」

「──怠るどころか、シレっと大仕事をこなしとる……だと……!」

 

 ……このハッカーが自陣側で良かったよ。

 

「というわけで。今ここで改めて、当該情報の共有といきましょう──」

 

 シオンは居住まいを正し、事の詳細を開示する。

 

「──『付喪神』。それが現在の敵の正体です。現地メンバーは確実に把握済みの情報なので、この共有が存在強度の増幅に大きく影響することはありません。そこはご安心を」

「……『付喪神』──?」

 

 ……たしか、モノに魂が宿った存在、日本における怪異の一種、だったか。案外、シンプルっちゃシンプルな正体だったもの──

 

「はい。無数の『漂流物』に取り憑いた、『漂流者』たちの成れの果て。その成り立ちを以って、『自らはそうである』と定めた存在。少なくともトリスメギストスⅡは、そうした側面が認められるものである、と解答しています」

 

 ──、……自ら……定めた?

 

「……おいおいシオン君。満を持してのネタバレは結構なのだが、それは正体と言えるのか? 枕詞に『()()()』だの『()()()』だの、看破にしてはやたらと不透明な物言いではないか。それではまるで──不確かなものを無理矢理に、暫定的に『そうである』と見做したかのように聞こえるのだが?」

 

 …………いや、ちょっと待て。

 

「おっと鋭い! さすがは我らがツッコミ担当、そこを見逃さないとは感心です。おっしゃるとおり、これは完答と言える見解ではありません。採点するなら良くて半分、実際にはそれ以下の配点となるでしょう。というか、これはむしろ──()()()()()()()()()()()()()()()()()、と言ったほうが佳いまである問題でして」

「は、はぁ〜!」

 

 もしかして──そういうことなのか?

 

「そう。シオンさんがおっしゃるとおり、これはいわゆる『()()()()()()』に位置する事柄なのです。『付喪神』であることは唯一の『正体』なのではなく、ひとつの『在りかた』。本当の意味での看破には及ばず、及び得るものでもありません。裏を返せば──敵方の本質は、より広義の概念と視座を以ってしか概観し得ない、雲を掴むような『何か』だということ。まずはそこを飲み込むことですわ」

 

 ……だとすれば──

 

「……シオン、コヤンスカヤ。あえて真っ直ぐツッコむぞ。……なら、僕たちはいったい──『何』を相手にしているんだ?」

 

 ──僕たちは、取り返しのつかない勘違いをしていたことになる。

 

「ええ。これは『解を求める意味での完答』はできずとも、『それが不良設定問題である』というメタ認知は可能な事柄ですので──ここからはその観点を以って、対象を定義するといたしましょう。よろしいですね、シオンさん?」

「はい。そもそも『()()()()()を認知する段階など、とっくの昔に過ぎているのですから。つまり──」

 

 ……なぜなら。今回の事件は──

 

「──『付喪神』という正体さえも一側面に収まるほどの、概念を包む大風呂敷にして、移りに移ろう流れの『()』。マクロなものは個物から、ミクロなものは因子まで、己が在りかたを選び取り、縁起の在処を挿げ替える。同異の垣根も、生死の境も、実存如何も流れの内に。すなわち、『借屍還魂(チェンジリング)』──それこそが、此度の敵の本質なのです」

 

 ──現象そのものが、犯人だったのだから。

 

 






お読みいただきありがとうございます。



おじいちゃんパートに入る前に、久々のストーム・ボーダー組の描写を挟ませてもらいました。コヤンスカヤが色々とやってます。



FGO11周年おめでとう! 学園モルトリありがとう! 水着ハベトロットおめでとう!
ストーリーもまだまだ続いてくれそうですね。楽しみです。



引き続き、お付き合いいただけますと幸いです。

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