シュラハトくん見逃して 作:私貴方私(Y-ou@so-soなフリー)
『
ヒンメルは俺の不意打ちで敗北した。
今、
この魔法はクソだ。趣味が悪い。反吐が出る。
そして、そんな魔法を仲間に使った俺も最低なクソ野郎だ。
既にヒンメルの意識はない。
しかし、コイツならこの状態からでも呪いを跳ね除ける
でも、それでは意味がない。
だからさっさと命じる。
"ヒンメルの意識は眠れ"
"起きるまで楽しい夢でも見ていろ"
原作でグラオザームが勇者ヒンメルの一時的な無力化に成功している。
しかし、これでは足りないことも原作が示している。
まず、意識と身体の繋がりを断つ必要がある。
"身体機能を完全に保持したまま
"具体的には、体温の低下、瞳孔の散大、脈の停止、体内魔力の漏出を開始しろ"
"これは4分…いや3分間だけでいい"
原作において、『
しかし、俺だけは
不死の軍勢において、俺だけが
『
しかし、生者に対しては可能らしい。
だから、当時はずいぶん便利に使われたものだ。
"そして、ハイターの蘇生措置で完璧に復活しろ"
この魔法は死んだ人間の
自力では不可能な肉体操作もある程度可能だ。
無意識に身体が行う防衛行動も実行できる。
今回はその事実が重要だった。
しかも、命令実行は『対象の知識』に依存していない。
頭部がなくても動けることから、『命令』の解釈や実行は命令者の主観や知識に依存するのだろう。
ヒンメルに僧侶の知識がなくても、この命令は問題なく受け入れられるだろう。
"ついでに……"
"好き嫌いせずバランスよく飯食って幸せに生きろ"
"夜更かしは程々にな"
『フリーレンと幸せになれ』とは命じない。
何が幸せなのかは、彼が決めることだ。
『
元々魔力を比べるだけの魔導具だった『天秤』が、忌わしい記憶を再現する。
使い手を失ってなお、使い古されたシンクにこびり付いた汚れの様に。
この世に縋り付く "人の意思を踏み躙る魔法" がヒンメルの魂へ命令を強制する。
『服従』
ヒンメルの身体から活力が失われていく。
俺はあらかじめ用意していた仕込み剣と血糊を取り出す。
この場の様子は
だが、
「勇者様、楽しかったぜ。お前との友情ごっこ」
この場にいない誰かへ聞かせる様に叫ぶ。
俺は剣から滴り落ちる血糊を振り払う。
『呪われた天秤』はヒンメルの魂を解放する。
しかし、俺の魂は
その輝きは以前よりも一回りほど小さくなっている。
これでいい。
俺は鎧の内側に天秤を仕舞う。
そして、
「どうも」
そいつの顔を俺たちはよく知っている。
王国の伝令役だ。
ヒンメルよりもいくらか若い兵士だった。
それ以外の特徴はなく、どこにでもいる青年に見える。
「では、死亡確認を行いますね」
魔王城に近づくにつれ、王国から支援を受けられる様になった際、伝令役として着いたのが彼だった。
もちろんフリーレンやハイターとも面識がある。
「どうだ?」
青年はヒンメルの身体に触れる。
そして、ヒンメルの顔をしばし見つめる。
「脈なし、瞳孔の散大確認、体内魔力の霧散現象を確認。……はい、確かに『勇者の死亡』を確認しました。騎士ニヒツ、依頼は完遂です。貴方の忠誠は揺るぎないようですね。上へ報告しておきます」
そして立ち上がり、貼り付けた様な笑みを俺へ向ける。
「そりゃどうも。……約束は守ってくれよな」
「はい。忠誠を示した者に対して我々は寛大です。必ずや約束は果たされるでしょう。この後の撤退方法ですが、目的地への道中に隠れ家を用意しております。こちらの手紙をご確認ください。一度開くと数秒後に自壊するのでご注意ください」
まるでスパイ映画のようだ。
彼から受け取ったおもちゃにも興味を惹かれるが、今はそれより重要なことがある。
おそらく考えうる最悪の事態が起きている。
「分かった分かった。『霧の墓標』も『陰なる戦士』並に徹底してるな」
「……騎士ニヒツ。その名前は無闇に口にしないでください。次、口にすれば貴方であっても排除対象になりますよ」
生前の立場上、各国の諜報組織について調べることが多々あった。
『霧の墓標』は霧の魔法を主に使用する対人暗殺集団だ。
そして、『ヒンメルの出身地である
魔王城から遠く、戦力に乏しいはずの王国は、戦争や魔族の襲撃を免れて長い歴史を紡いできた。
戦禍を逸らし、戦場を他国に押し付ける。
『霧の墓標』はそれだけ暗躍に優れた集団だと言える。
そんな暗殺集団に狙われるという意味。
つまり、
最も考えたくなかった可能性が的中したのだ。
「へいへい。ふぅ、ようやくこの暑苦しい鎧ともおさらばできるぜ」
「騎士なんてやめてウチの暗部に入りませんか?あの名演技、我々よりよほど隠密に向いていますよ。仲間に『素顔』も『本名』も伏せて魔王討伐まで成し遂げてしまうんですからね。兜の中はどんな悪人面なのやら」
いくらヒンメル達が強いとは言え、私生活で常に暗殺者から付け狙われる生活に耐えられるかは分からない。
ましてや、命懸けで守り抜いたはずの人々から死を願われるのだ。
とても幸せな生活を送れるとは思えない。
「そんなに興味があるなら、見せようか、オレの素顔」
「たった今興味がなくなりましたよ。はは、そんなに殺気立たないでください。貴方のお仲間に気付かれますよ。ああ、
話し終えた瞬間、既にそこには
いや、初めから何もなかったのかもしれない。
少なくとも俺には認識できない手段で移動している。
俺とハイターが、ヒンメル達に内緒でこんな面倒なことをする羽目になった原因は
あれは
これまでヤツの組織が俺に接触してくる際は、毎回別の人物が用意されていた。
しかし、そのバックには常に正体不明の嫌な気配が纏わりついていた。
目的を達成したため、もはや隠す必要がなくなったのだろう。
魔族ではなく、対人に特化した暗殺者集団。
本気で暗殺を計画されれば、フリーレンだって危ないだろう。
魔族が人類共通の天敵と化しているこのご時世で、こんな組織を持っている国がまともであるはずもない。
「平和って難しいな。ヒンメル」
俺はヒンメルをその場に置いて歩き出す。
鎧が軋む音だけが辺りに響く。
『ヒンメルを殺すこと』が王国の意志だとした場合、俺はどうするべきだろうか。
心の中で『王国の民』と『ヒンメル達』を天秤にかける。
もちろん答えは決まっている。
勇者ヒンメルの遺体が見つかるまで後、1時間。
魔王の死から1週間後。
王都への帰還中、ヒンメル達は立ち寄った村から歓迎の宴を受けていた。
パリン
「おっと、すまない」
「おいおい、ニヒツ。魔王を倒してから様子が変だぞ。君が料理を落としてしまうなんてよっぽどだ」
村人たちが丹精込めて作ってくれた料理を不注意で大皿ごと割ってしまう騎士。
普段食事にうるさい彼にしては珍しいミスだった。
しかし、そんなミスも村人達は穏やかな笑顔で許してくれた。
今日はめでたい日なのだ。
魔王が討伐されたことに比べればメインディッシュの一つや二つ台無しになったところで、痛くも痒くもない。
この辺りは魔王城に近いこともあり、魔王討伐の恩恵も大きいのだ。
「すまんすまん。だいぶ浮かれてしまった様だ。ちょっと外で頭を冷やしてくる」
そういうとニヒツは席を立ち、村長の家から出て行った。
ヒンメルも彼を追おうと立ち上がるが、肩に手を置かれたことで席に座り直すことになった。
「ヒンメル。念のため私が見てきますよ。大丈夫。旅の途中でも良くあったことです」
ニヒツが食事中にいなくなることは旅の中でもよくあった。
それが魔王討伐後は頻繁に起こっている気がする。
ハイターはニヒツの魔力を辿り、村の外へ辿り着く。
そして、
「王国ですか?帝国ですか?それとも…」
「今回は北側諸国からだろうな。咄嗟の訛りまで偽装されていたら分からんがな。『影の戦士』は戦闘補助以外で毒なんて使わない。毒は決め手にかけるからな。相手が前衛職なら尚更だ。ハイター、念の為に毒の成分解析を頼む」
ニヒツは地面に横たわる男へ一瞥する。
兜しかない彼の表情は分からない。
それでもニヒツの性格からして、嬉しそうな表情をしていないことがハイターでも断言できた。
「何故こうなってしまったのでしょうね」
ハイターが呟く。
それは誰かに向けた言葉ではなかった。
ただただ現実を嘆き、自身の中から溢れ出してしまった失望の声だった。
「各国の上層部は
それはハイターも予想していた。
それでもハイター自身納得できない事実があった。
「それなら何故、味方であるはずの『王国』まで刺客を送ってくるのです?」
「勇者に国を乗っ取られるかもしれないと恐れているか、もしくは個人的にヒンメルに恨みがあるとか?王様と揉めたことでもあるのか?」
「そんなことあるわけな……あ」
ハイターは王様に謁見した日のことを思い出し、固まった。
心当たりがあった。あり過ぎた。
カクカクシカジカ
ニヒツは頭を抱えた。
「旅立ちの日に王様に無礼を働いて処刑されかけたため、仲は良くないと…」
「処刑しようとした勇者が魔王を討伐したので、王様は勇者に恨まれていると勘違いしている可能性があると……。いや、それだけじゃ勇者を暗殺するメリットが薄いな。今後の世界情勢的に、魔王を討伐した勇者を手駒として使えるメリットが大き過ぎる。なんなら王女を嫁にして王家に血筋を取り込もうとするのが普通だろう。暗殺なんてデメリットの大きい方法で排除する目的はなんだ?王国側で厄介な政治戦争が起きてる可能性もあるな」
ニヒツは、原作がヒンメルの旅の全てを描写しているとは思っていない。
あれはあくまでフリーレン目線でのお話だ。
ハイターは頭がいい。
フリーレンに気付かれない様に裏の諸々を解決していた可能性は高い。
政治絡みの問題や魔王討伐後のいざこざも同じく対処していたことだろう。
原作においてハイターは魔王討伐後、司教になっている。
1000年以上人類の脅威だった魔王を倒したにしては位が低い。
元が聖都のエリート僧侶出身でないにしても、教皇まで行かずとも枢機卿レベルに行きついてもおかしくはないはずだ。
女神を祀る宗教勢力としては、人気者がトップの方が信者を増やしやすいのだから。
おそらく、魔王討伐後のヒンメル達を庇う様に立ち回った結果。
神輿とするには扱いづらいと判断されたのだろう。
不器用な生臭坊主である。
「ハイター、俺がいなくなった後は頼んだぞ」
「いや、いなくならないでくださいよ。私1人で面倒を見切るのは無理です」
騎士と僧侶は仲間の笑顔が好きである。
「お帰りなさい。フリーレン」
裏切り者となったニヒツを感情のまま追いかけ、取り逃がしたフリーレン。
その後、彼女はハイター達の協力を得るため、村へ戻ってきていた。
「……ただいま」
雨の中帰ってきたフリーレンに、ハイターは毛布を被せる。
アイゼンが温かい飲み物を手渡す。
フリーレンは身体を温め、ホッと一息つく。
「ニヒツのやつはどうなった?」
「アイゼン。フリーレンのあの様子だと逃げられたんですよ。心配しすぎです」
ハイターたちは心配していた。
予想よりも冷静さを失ったフリーレンの様子。
そして、全力で襲撃されたであろう
ちょっとした手違いが生んだ悲劇である。
「バラバラにした」
「へ!?」「おぉ!?」
あまりにも衝撃的な事実に『僧侶』は二日酔いの時以上に青ざめ、『戦士』は今まで見たことないくらい目を見開く。
「でも逃げられた」
「ほっ」
「あいつそんな芸当までできたのか。相変わらず多芸だな」
最悪の事態にはなっていないらしい。
僧侶と戦士は安堵した。
ただ、衝撃で確実に彼らの寿命は縮んだ。
明らかにおかしい2人の様子に、フリーレンは気づかない。
そんな余裕はない。
「ヒンメルはどう思…」
ニヒツなら放っておいても、昼の時間になったら食事を作りに帰ってくるさ。
「……」
それまで僕たちはどっしり構えていればいい。
そう言えば、ニヒツの新作原稿を見つけたんだ。
「……」
みんなで読み込んで、びっしり誤字指摘と批判感想を書いておいてやろう。
そうすれば、ニヒツもこれに懲りて家出なんてしなくなるさ。
「……」
心配ないよ。頭が冷えたら戻ってくるさ。
ニヒツの世話焼きはもはや病気みたいなものだ。
ちょっと夜更かししたくらいで文句を言ってくるんだぞ。
「……」
フリーレン。
ここにニヒツが作り置きしていったメルクーアプリンがあるぞ。
今の君にはこれが必要だろ?
「ヒンメルなら……そういう…」
ヒンメルならニヒツの行動も何か理由があったと考える。かもしれない。
ヒンメルなら、
「ハイター、メルクーアプリンが固まったからフリーレンを呼んで来てくれないか?」
「ヒンメル、フリーレンならここにいますよ」
「ハイター、俺はお湯を沸かしてくる。このままだとフリーレンが風邪引くからな」
「分かりました。桶は台所の横に積んでありますよ」
「 フリーレン、驚いたでしょう。普段料理なんかしないヒンメルがメルクーアプリンだけは、ニヒツに頼み込んで作り方を教わったそうですよ。私達の屍の上に築かれたヒンメルの努力の結晶です。私とアイゼンは失敗作の処理でしばらく甘いものが食べられなくなりましたが…あれ?フリーレン何故泣いてるんです?あ、ヒンメルは私が蘇生させました。大丈夫、ちゃんと生きてますよ。作戦だったんです。ニヒツも裏切ってません。ちょっと事情があって潜入調査へ向かっただけです。……ああ、フリーレンに秘密にしていたのは事情があったからですよ。ええ、決して隠し事が下手だからとか、忘れていたとかそういうことはないです。本当はあの日全部話す予定だったんですよ。本当です。だから、また3日間ぶっ通しで号泣し続けるのは勘弁してくださいお願いします。めんど…ぶざ…いえ近所迷惑なので抑えてもらうことはできないですか?だめ?そっかぁ」
「おおぃ!?ハイター!なんでフリーレンがこんなこわ…泣いてるんだ。まだ3回目までカウントに余裕があったはずだろ」
うお〜ん
■ 次回
勇者の花嫁
犯人のフリーレン
クソ魔法オブザイヤー
最近増えていました。
魔王を討伐した私たちを暗殺しようとする輩が。
「影の戦士。暮れのカゲロウ。折れ耳。そして、霧の墓標。最近私たちの周りは各国の諜報員や暗殺者でいっぱいです。乗っ取られた村や町も多いでしょうね。魔族より厄介です」
「本当に実在したんだね。噂には聞いたことあったけど。というかハイター詳し過ぎじゃない?ハイターも教会のニンジャだったりするの?」
「ふふ、ニンジャってなんですか。全部ニヒツから聞いた話ですよ。なんでも、昔取った杵柄だとか」
「隠し事が多過ぎるんだよ、あいつ」
「それで?」
「全員ニヒツが対処しました。ヒンメルの葬式に来ていた人たちが
「なるほど。でも、そんな事に使う戦力があるなら、魔王軍との戦闘で使えばいいのに」
「まあ、対人と対魔族は全く別分野ですからね。ただ、私たちが魔王と七崩賢を倒したことで、国の偉い人達は政治遊びができる余裕ができたということです」
「…ねぇ、ハイター」
「なんですかフリーレン?」
「そう…だよね……」
「…」
「それで? ニヒツはなんでこんな臭い芝居をしたの?」
「ええ、私も信じたくはなかったのですが……。王国がヒンメルを暗殺しようとしていることが分かりました。だからニヒツは…」
……。
「おおかた王様辺りがヒンメルに復讐されることを恐れたのでしょうね。ヒンメルとアイゼンは旅立ちの日に処刑されそうになりましたし」
「後、我々は大陸北側に長く留まりすぎました。勇者が北側の国と仲良くなり、その力が中央諸国に向けられるかもしれない。そういう不安を煽ってしまった可能性もあります」
「…」
「ヒンメルの命が狙われているなら、先に死んでもらおうというのが今回の作戦です。ニヒツはそれを利用して、相手の組織に潜入しています。私たちは彼がことを終えるまでゆっくり旅を続ければ良い。今はそれしかできません」
「……わかった。今はニヒツを信じよう。それで?ゆっくり旅を続けるという話だけど、どこへ行くつもりなんだ?」
「ヒンメル。黄金郷って知ってますか?」