継国之物語   作:西次

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 感想があまり来ないので、好き勝手に書き散らさせていただいております。見直しが不十分な自覚はあるので、後で色々と改訂されていることもあるでしょうから、その点はご理解ください。

 きっと今回も、後で見直したら辻褄の合わない部分があったりすると思いますので……。それでも、定期的な投稿間隔を破ってしまうと、自分の中の何かが折れるような気がするのです。

 ともあれ、なんか違うんじゃない? これは外れすぎてて筆者の解釈に疑問があるよ? とか、そういった感想をいただけるだけでも参考になるのですが、読者の皆様方の感覚としてはどうなのでしょうか。

 楽しんでいただけているならば、時間つぶしとしての価値を認めていただけているならば、それで十分だと思うのですが、少し不安に思っている部分は否めません。

 しかし、読んでいただいているだけでも光栄に思うべきだ、という思いも自分の中にはあります。
 ……どうか最後まで、目を通していただければと思います。




第十一話 村落間の小さな争いと、その結果

 

 平助が荒事に慣れているのは、経験以上に生まれ持った資質が関係している。

 彼が初めて殺人を犯したのは、十を数えるか数えないか、という子供の頃。戦場においてではなく、村の外ですらなかった。

 彼は極めて身近な場所、生家の中で殺生を冒した。相手は、自らの母を害そうとしていた男であり、平助は母を守るために男に石を打ち、倒したのである。

 

「なんで殺した! あの人がお前に何したっていうんだい!」

 

 そして、母は平助を非難した。子供であった彼は、守ったはずの母からの悪口を理解することはできなかった。

 

「襲われていたから、助けようと思ったんだ。殺すつもりはなかったけど、ついやりすぎて」

「そういうことじゃないんだよ! ああ、もう、どうして……」

 

 母はそれでも平助への避難をやめなかったが、彼は自分の成した結果にだけは納得していた。だから男の遺体を処理するため、当時所属していた村の長老衆に、事の経緯を説明しにいったのである。

 

「それで? ……その間男の死体はそのままか。ふむ、どうやって片したら良いかわからない? ああ、わかった。明日にでも人をやって、確認させようか。他には?」

「母が、いつもと違うのです。なぜか怒りっぽくて。どうしてでしょう」

 

 戦国には戦国の倫理がある。子供であっても、同族殺しはためらうべきものだと、ごく普通に理解してるものだ。しかし平助にはそれがない。

 

「……お前さんがためらわずに人を殺したこと。罵倒されても動じずに、顔役の俺の家まで迷わずにやってきたこと。どちらも子供のやることにしては、手際が良すぎる。気味が悪くなって、当然だろうさ」

 

 男を殺し、母の悪口をあびた、その直後に。度胸とも冷酷とも取れる行動を、小さな童がやり遂げた。

 説明するときの口調も淡々としており、長老衆の男は、かえって偽りであることを疑ったほどである。

 

「まあ、お前さんの言う通り、本当に自宅に死体があればの話だが。子どもの嘘にしては真に迫っているから、確認はさせるがな」

「はあ、左様ですか」

「……血の痕くらいは、せめて拭っておけよ。そんな物騒な匂いをさせて、他所の家に来るもんじゃない。覚えておくように」

「はい、わかりました。次は、ちゃんと血をぬぐってから来ます」

「おう。……そうだな」

 

 平助の言動が、あまりに落ち着いていたものだから、長老衆の男も反応に困った。

 一から十まで疑っていたわけではない。死んだと思い込んだだけで、実は生きていたということもありうる。

 いずれにしろこの調子であれば、涼しい顔で暴力をふるったことは想像に難くない。物騒な子供であることは確かだが、この危うさをどう評価したものか?

 それに相手が生きていたら、どんな処遇が的確であろうか。まずその点を顔役の男は悩まねばならない。しかし確認の後、子供の言が正しかったと証明されたとき。平助への評価は劇的なものになった。

 

――ここまで異常であるなら、かえって評価に値する。こいつは使えるぞ。

 

 平助は、暴力の行使にためらいを持たない。その上で、無用な場ではわきまえた態度を取れる。言葉を尽くして説明できる知性を持っていることが、大人からの関心を買う結果となった。

 あとの展開はと言えば、村の立派な暴力装置として育てられ、都合良く使い潰せる兵士としての人生が待っている。

 

 平助は優秀だった。武力を振るうことをためらわず、人を殺すことを忌避しない精神性。そこに生まれ持った武才が交われば、優秀な兵士――もっと良い表現を使うならば、立派な武士の資質があったと言えるだろう。

 平助が成長しきるまで安定した環境にあったのなら、これは実現する可能性があった。それを母が喜んだかどうかは、また別の話であるだろうが。

 

「お前はやりすぎる。あの人にも、私にも似ていない。どうして、お前なんかが生まれたんだか」

「すいません。わかりません」

「答えなんて求めてないよ! 気味が悪いだけじゃなくて、気も利かないね、お前は」

 

 平助は、母から愛情を与えられた記憶がない。幼少のころはあったかもしれぬが、青年期に入って戦働きをする時分にもなれば、そうした覚えもなくなる。それでも不快に思わず、普通に受け入れられていたあたり、彼もまたどこかが壊れていたのだろう。

 家に戻るたびに憎まれ口を叩く、この肉親に対して――反感なり嫌悪なりを感じても良いはずなのだが、平助は母を敬うことをやめなかった。ひとえに、それが正しい態度であると知っていたからである。

 まさに彼は、それが正しいのだろうという知識だけで、感情を交えずに仕事を行える人物だった。人間的な喜怒哀楽が、もともと薄い性であったのだろう。

 これが母にとっては癇に障ることであったから、彼とても改善の努力が必要であることを認め、人間らしい感情を身に着け、振る舞うことを覚えていく。

 

――そうか。自分は気が利かないのか。なら、気を付けて人と接するようにしよう。上手な人に見習ったり、他人の失敗をよく見て、自分ならどうするかを考えよう。

 

 憎まれ口からも教訓を受け取ろうとするほど、子供の頃の平助は淡々とした性格であった。母への態度も変わりようがなく、ごく普通に子として尽くす。

 母に対する義理のようなものが、感情を上回っていた。理屈ではない感覚と知識で、彼は母の尊厳を守り続けたと言ってよい。子供は親に従うものだ、という社会理念を律儀に守り続けた。周囲からは、そのように見えたのである。

 だからこそ、平助は武力に優れるだけでなく、信頼できるだけの倫理を身に着けた男として、相応の評価をされていた。成長に伴って、人当たりも良くなれば、なおさらであったろう。

 惜しむらくは、彼一人の力では、どうにもならない事態が起こったことである。

 

――今年は、田畑の実りが良くない。周りの大人も、どうやって家族を食わせるか、みんな悩んでる。

 

 飢饉であった。食うものがなく、よそから奪うにしても限界がある。口減らしを必要とした村は、より手広く略奪に走らねばならず――。結果として、平助の生まれ育った村は、逆に周囲から袋叩きにされ、土地も人も奪われてしまった。

 世話になった人たちもいた。嫌われていた人も、好意を持った人も、同じくバラバラになってどうなったかはわからない。

 

 平助一人にできたのは、母を連れ出して、その命を守ることだけだった。負けの気配を感じたときから、逃亡の準備だけはしていたので、とにかく生き残ることはできた。

 食い物にされた村には戻れない。しかし行く宛もない。そんなときに平助が頼るのは、自身の武力以外にはなかった。

 

――当座は、雨風を防げる荒屋で構わない。銭と飯を調達するには、やはり、いくさに出るのが一番か。すると、どこに引っ付いてどこから奪うか。やって良いことと悪いことをわきまえながら、働く必要がある。

 

 奪うときにも、作法が必要である。袋叩きにされたくなければ、秩序の中で略奪することを学ばねばならぬ。平助の行動理念の中に、そうした感覚が加わった。

 なればこそ、殴り返されない相手を選び、見逃される時期を狙い、節度を守って奪いすぎない。これを守って、生き延びることができたのである。

 ……品のない言い方をするなら、上手に弱者を殴る方法を覚えた、ということになろうか。それでも、彼が特別悪辣だったとは言えぬ。

 飢えた人間は、本当に何でもするようになる。母を消費する手段を用いなかっただけでも、平助はまだしも、真っ当な人間らしさを維持していると言えた。

 

――戦場とて、常に無法がまかり通るとは限らない。敵から何かを奪うにしろ、略奪が許される空気ってもんがある。周りがやっている間は、便乗しても良い。我慢しているときに、空気を読まずに出し抜くような真似は良くない。……慌てる乞食はもらいが少ない。しかし、もらいすぎた乞食は命を狙われる。ほどほどが一番だ。

 

 そうして慎ましく生きていても、平助には養わねばならぬ母が居る。腰を落ち着ける場所が必要であった。

 平助は戦場を渡り歩いたこともあって、仕官とはいかぬまでも『うちの村に来ないか』くらいの誘いは来ている。だがこの話を信用することが、当時の平助には難しかったのだ。

 

――袋叩きにされた過去を思うなら、信用する相手は慎重に選びたい。騙し討ちにされるのは、一度で十分だ。だが、意固地になるのもまた、賢くない。さて――。

 

 だが結局のところ、彼は妥協する。国部村の継国家から『我が家に仕えないか』と誘われたときには、母を連れて放浪することにも疲れ果てていた頃合いだった。これを逃せば、自分はともかく母が耐えられぬことは明らかだったために。

 

 景勝が平助に目をつけたのは、近場に使えそうな武力が転がっていたから、という部分が大きかっただろう。それ以上に、平助が最後の一線は超えない人物であったこと。分をわきまえた、ただの破落戸とは違う存在であることを理解していたからである。

 

――自分の見る目とやらが確かなら、ここを終の棲家にしても良いと思う。アテが外れなければいいが。さあ、景勝殿。俺はまだいいが、母には温情を頼むぞ。

 

 初めは妥協であったからこそ、平助は自分を迎え入れてくれた国部村に、義理を果たさねばならぬと考えた。この生来の律儀さこそが、彼とその母を生かしてくれたのだろう。

 母は程なくして病死したが、少なくとも安楽な家の中で逝くことができた。それは救いに違いないと、平助は思う。

 

 その上、景勝は平助に学を付ける機会すら与えた。近場に寺があり、そこの禅僧の学識が優れていることから、知識の伝達には熱心であったこともある。青年になったばかりの、年若い平助ならば、学び直しの機会さえあれば、それなりに伸びるだろうと期待されたのだ。

 とはいえ、無償で教育を受けられるわけではない。この場合の教育費の負担は、継国家が持つことになるだろう。

 平助は、もともとは縁のない自分に、どうしてここまで投資するのか。期待を裏切るとは考えないのか。景勝自身に疑問をぶつけてみたことはあるが、返答はこうである。

 

「身内に信用できるものが少ない、とは言わぬ。だがしがらみがなく、そこそこ使えそうな駒が手に入ったのだ。将来性を鑑みて、それなりに投資するのは理にかなっておるだろう。……この点に関して、裏などないぞ。私は、本気でそう思っている」

 

 その返答に、平助は景勝の感情を垣間見た。継国家の郎党に、何かしらの問題があるのか。武家の当主のしがらみとは、何であるのか。興味を持った瞬間であった。

 平助には期待に答えられる才能があり、努力したくなる背景もあった。景勝への義理と興味が、彼に学を付けさせたと言ってもよい。

 

 教育が終わったときには、読み書きに計算については、それなりにものになったと自負している。しかし古典や詩歌、儀礼の知識となると、どうしても追いつかないところがあった。ここは肌に合わなかったのだろうと平助は思う。

 勉学自体、日常生活の合間にすることであったし、国部村に入ってから覚えることは多かった。そこそこの結果を出せただけでも上々とせねばなるまい。

 何より、彼は武人としての能力が突出していた。文は、武を補佐するくらいにあれば、それで十分期待に答えられたと言える。

 そして平助は家業である馬借の仕事に習熟し、いくさにおいては前線で活躍することで、家中における信頼を得た。文武両道を、成果によって証明したのである。

 すると彼に投資した景勝は、慧眼であったという評価にもなった。平助の成果は、景勝の支援があったからこそだと、周囲も認めた。

 

――それを意識させる振る舞いくらいは、して差し上げるのが礼儀というものだろう――。

 

 平助の世渡りの上手さが、誰に対しても良い結果をもたらした。継国の家中から信頼を受ける頃には、国部村という組織の中でも名のしれた有名人になっており、さらに馬借の業務を通じて外にも顔を売っている。

 仕事の幅を広げても、それに対応できる能力が平助には備わっていた。継国家に来て、おおよそ十年を数える頃には――彼は景勝の許可さえあれば、自由に手腕を振るえる特権を得るほどになっていた。

 周囲からの嫉視や反対が、皆無であったわけではない。ただ、それを結果で黙らせられるほどに、彼は実績を積み重ねていったのだ。この点においても、平助は景勝の期待に完全に答えたとも言える。

 こうなると、景勝も平助の活躍の理由を知りたくなる。期待をかけた方も、本当にここまでやってくれるとは思っていなかったから。だからこそ、どうしてここまで頑張れるのかと問うたことがあった。その返答はといえば――。

 

「不思議なことをおっしゃいますね。期待されたから、それに答えただけです。俺は生まれも卑賤で、学も対して有りはしませんが、やらねばならぬことと、やってはならぬことの区別位はつきます。……景勝殿は、俺に色んな物を与えてくれた。母に穏やかな死に場所を与えてくれた。それだけでも、期待に答え続ける理由になりますよ」

 

 これが本心である保証などない。むしろ言い訳のようなもので、真意は別にある――と、考えることもできた。

 しかし、こうした分別のある発言を、そのまま信じてやりたくなる程度には、平助は景勝との間にも信頼を作り上げていた。当人の正直な気持ちとしては、気まぐれのような投資であったというのに、とんでもない奇貨となって帰ってきた。そんな気分であったろう。

 景勝は、自分が幸運に恵まれたことを、ここでようやく理解したのである。

 

 時は流れ、巌勝と縁壱の兄弟が生まれ、少年に成長する頃になると――平助の名は、継国の影響下にある土地において、知らぬものがいないほどになっていた。

 その武名だけで、敵対者を警戒させるほどに。平助が戦場に出て、刃を振るう。それはつまり、継国家が総力を用いて敵を打倒することと、もはや同義であった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 平助は馬の扱いに慣れており、剣はもとより、槍に弓の扱いも心得ている。戦場では自前の武器が駄目になることもあり、死体から剥ぎ取ったり敵の得物を奪って使うことも、それなりにあるものだ。

 一種類しか満足に使えないというのでは、安定した戦果など望めない。そうした不安要素は、まっさきに潰したのが平助という男なのである。

 多少腕に覚えがある程度の、俄仕込みの兵隊相手ならば、三対一でもまず負けぬ。――逆に言えば、それ以上の数で押されれば危ういのだが、そこは戦術の工夫次第であると彼は考えていた。向かい合って正々堂々の、真面目な殴り合いなどやる理由はない。

 足を引っ張りそうな存在も、この場にはいないのだから、好きなだけ自由に動くことができる。

 

――ここからは俺の領分だ。巌勝には申し訳ないが、子供に耐えられる仕事じゃない。

 

 ここで巌勝を伴わない手段を選んだのは当然であろう。巌勝自身は、村長の家で平助の帰りを待っている。

 村長自身、最後の最後まで保身の手段を必要としていたのは理解していた。だからこそ、彼も巌勝をあえて渦中に身を置かせたのである。

 前線からは遠いが、雰囲気を感ずるだけでも今は十分であろう。あとは、自分が負けねばよいだけのことだ、と平助は割り切っていた。

 この武力があればこそ、村長は己を頼った。自身からの報復を恐れるがゆえに、巌勝の身の安全を保証し、国部村への援軍要請を引き受けたのだと平助は理解している。

 

――油断するわけではないが、相手は調子に乗っている若造どもだ。多少は暴力に慣れ、技術があるとしても、俺とは踏んだ場数が違う。

 

 多対一は、戦場ではままあること。特に敗走している状況であれば、珍しくないものだ。

 今回は逃亡が目的ではなく、戦闘による敵戦力の削減が望まれているという違いはあるが、いずれにせよ平助には勝算があった。

 

――連中は、馬に固執している。自分の力量を過信している。予想がつくのはそれくらいだが、その上に若さ未熟さが乗っかれば、俺にできることはいくらでもあるってね。

 

 ここまで騎乗してきた馬を、平助は使い潰すつもりだった。一頭だけでも一財産という時代であるが、継国家に限れば数多くある中の一頭に過ぎない。ご主君も許してくださる、と勝手に考えながら、彼は自身の馬から降りて、丁重に放してやった。

 調教の行き届いた馬である。失うのは惜しいといえば惜しいが、己の命と代えられるものではない。賢い子だから、行けといった方向にゆっくりと、真っすぐ進んでくれるだろう。

 

 入部村の若衆、その過激な集団の中で、一方的に成功体験だけを積み重ねた愚者どもならば、このいかにも怪しげなハグレ馬にも容易く食いつくはず。

 敵を分断し、各個撃破するには、いい囮であると言える。もちろん、それだけで数の優位を覆せぬであろうが――。

 

 平助は、敵の基地を目前にして、余裕を持っていた。連中はこんな時を想定してか、山間の小さな牧場を拠点にしていた。道は狭く、人の手が入っているとは言っても、最低限の整備しかされていない。

 下から上に上がる道筋は、牧場から見下ろせばすぐにわかる。かといって道を外れれば、厳しい山肌は歩きにくく転落の危険がつきまとう。兵を率いていくならば、正道を行くほかなかったであろう。

 そうしなかったのは、まさに平助が単独であり、彼が突出した武力の持ち主だったからだ。自身の武を正しく把握していればこそ、その活用方法も熟知していた。彼の健脚は、山道も苦にしない。

 ――敵を撃退して間がなく、勝利の高揚を覚えているうちに、冷水を浴びせてやろう。そうした意図を持って、平助は敵の若衆を視認するところまで、山間に潜みつつ進んだ。

 

――そろそろ日も暮れるが、こっちも急いでるんだ。なにしろメンツがかかっている。お前らにはお前らの事情があるんだろうが、あいにくとその手の事情を踏み潰すことにも、俺はすっかり慣れちまったんでね。

 

 平助は同情しない。それだけのことを若衆はやったと思うがゆえに。

 遠慮もせぬ。年下の若者の首をはねて功とすることに、なんら葛藤はない。それが継国家の名声につながると知っているがゆえに。

 そしてなにより、次代の巌勝の権威を確立させるためにも、ここで継国家の威を示すのは悪くない手段であろう。

 平助等にとっては、入部村の若衆はただの障害となっていた。その首魁である東次郎にとっても、すでに彼らは切り捨てて良い部品と化していたのである。

 

 弱者は生き方はもちろん、死に方すら選べぬ。そうした時代であった。

 対峙する東次郎は、それを知っていたか、否か。いずれにせよ、彼の運命はこのときに定まっていたのだろう。

 結局のところ、力はより大きな力によって、制されるのが定め。お互いにとって、これは嘆くべき事柄であったのは、違いあるまい――。

 

 

 

 

 

 

 空が朱に染まり、暗くなってくる。この時間帯に馬を動かすのは、望ましくない。

 東次郎は、継国領を襲撃するにしても、明日にしようと思っていた。手下どもの狂奔を利用するなら即座にやるのが最適であるが、何事にも都合というものがある。

 

 なにより先導する立場にある東次郎としては、一方的に略奪が成功しても難しい立ち位置になってしまう。速さは力だ。虚をつくことで、想像以上に成功してしまう可能性もなくはない。

 下手に成功しては、切り捨てることに迷いが出る。果たして、この基盤を放棄して良いものか。外部に出ていくよりも、入部村の若衆の統率者として、この地で好き放題にやったほうが楽しいのではないか――?

 そんなふうに考えたくもなるのだから、悩ましいところであった。その悩ましさが、東次郎から迅速さを奪ったのである。

 

――失敗するなら、派手な方が良い。あの武官筆頭殿は、風評だけでも相当なもんだ。今の俺にどうにかなる相手かどうか、図りきれん。しかし改めて考えてみると、状況はさほど悲観するようなもんでもないかもしれん。

 

 勝てば勝ったで、己の基盤が強化されるのは間違いない。外に出ていく判断は、ギリギリまで保留にすべきであろうか。

 だとしたら、外界へのつながりは如何に利用すべきか? この期に及んで、東次郎は余計なことまで考える余裕が出てきていた。

 もともと、長期間の緊張を保つのが難しい気性であったのかもしれない。多少時間を置いたくらいで緩みが出てきていたのだから、彼の資質も底が知れようというものだった。

 

 そして、そんな浅薄な手合に看破されるほど、平助の用兵は未熟ではなかった。それを証明する事例として、東次郎とその手下である若衆は消費されることになるのだ。

 力には力。悪にはより大きな悪党を対抗させるべし。破落戸を後腐れなく処分させるのに必要なのは、単純な暴力である。――強さこそがすべての基準であり、乱世においてはそれが許された。この点において、東次郎はまだまだ自覚が足りなかったと言う他ない。

 

「明日には動く。お前ら、英気を養っておけよ!」

「東次郎。お前に言われなくったって、ひと仕事する前に一杯ひっかける癖はついてるんだぜ。心配は無用だっての」

「オオ! そいつは頼もしい。……油断だけはするなよ。長老どもを返り討ちにしたばかりだ。連中だって馬鹿じゃない。継国家に恥も外聞も捨てて援軍を求めていたとしたら、明朝には迎撃体制を整えておくべきだ。――二日酔いは許さねぇぞ?」

「わかってるわかってるって! そのあたりの塩梅は、古参の連中ほど理解しているんだからな」

 

 時間はあるはずだった。長老衆と決定的に決別したのは本日のことで、迎撃体制を整えるにしても一日以上はかかるだろうと考えていたし、平助の存在を除いて考えるなら、それは間違いではなかった。

 油断はしていなかったと、東次郎たちは後に語ることだろう。生存者たちは、死者の慟哭を聞くことはないのだから、自らの弁護に終止できる。

 明日からは、間違いなく精兵としての働きを期待できたはずだった。ただ、今日このときだけは堕落していた。それを東次郎も許していた。その時点で、彼らはなるべくして敗者になったと言える。

 勝者は、敗者の言い訳など歯牙にもかけぬ。勝者は勝ち続けるために努力し続け、備えを怠らないからこそ勝者足り得るのだと、平助は心得ていた。反対に、東次郎たちはこれを理解しなかった。お互いの勝敗を分けたのは、まさにこの認識の差にあったろう。

 

「……おん? なんだ、馬が一頭、山道を上がってくるじゃねぇか」

「オオ、大事を前にして景気が良いこった。ひっ捕まえて、厩に繋いでやろう。雌なら良いな。うちの雄のツガイにして、子供を産ませてやれるぞ」

 

 東次郎も、このときは完全に緩んでいた。まだ余裕はあると高をくくっていたからでもある。

 まさか、平助という継国家の武官筆頭が独断で動いているなど、夢にも思っていなかったのだ。

 だから馬を確保しに言った若衆を見守っていただけで、警戒など全くしていなかった。それが敵の誘いであるなどと、想像すら出来なかったのである。

 

「おおっと、そんな暴れるなよ。悪い扱いをするつもりはないんだからな」

 

 見知らぬ相手を前に、馬は抵抗した。若衆はこれを可愛い反抗と、なだめつつ手綱を握る。

 賢い馬だったから、抵抗は最小限だった。ここで無駄に抗っても、誰のためにもならないと悟っていたのだった。

 ――飼い主であった平助の意向を汲み取れる、最良の賢馬であった。聞き分けの良さをみて、良馬であると彼らも理解する。大事を前にして縁起の良いことだと、若衆の方も単純に喜ぶことが出来たのである。

 その油断が、平助の望むところであった。浮かれている陣営であれば、密かに入り込み、良からぬことを企むのにも都合がいい。経験上、彼はそれを知っていた。

 奇襲をかける側と、かけられる側。どちらが優位であるかは、言うまでもあるまい。平助は、まんまと牧場に入り込んだ。後は、静かに目的を果たせばよい。

 

――首謀者は、東次郎という輩ただ一人。こいつの首を取れば、すぐにでも終わる。首を取らずとも、その権威に傷を負わせて追いやれば、それでこの問題は解決する。

 

 音頭を取る頭目を刈り取れば、それで自体は収拾すると、平助は感じ取っていた。それは確かに事実であったろう。

 ただ、それは容易いことではない。簡単な事であれば、村長たちがやっていた。それを許さない程度には、東次郎に従う若衆は武に優れていた。

 しかし、この油断につけこむならば、今だけ成立することがある。馬のいる方向に注目し、平助は物陰から敵を観察できる、この状況。――利用すべきは、周囲にあるもの全て。

 

 牧場で馬を飼う以上、日が暮れれば収容する厩(うまや)は必ず存在する。財産を維持するための場所とも言えるから、そこに誰も詰めていないことはありえない。しかし、油断からか人は少なく、気の抜けた若者が一人いるだけだった。

 

 これ幸いにと、平助は背後から軽く絞めて、警備の若者を眠らせた。ここにある財産たる馬は、もともと平助が入部村に直接売ったものが多い。彼の存在に慣れている馬は、騒ぎ立てて警戒を呼ぶことなく、内部に入り込んだ平助は、次々に馬を厩から放った。

 なおも愚図る馬は放置してよい。とにかく混乱を呼ぶために、平助は次々に手を打つ。警備のために焚いていた松明を一つ、近場から調達し、厩に投げる。

 厩から、もうもうと煙が立ち込める中、平助は誰が駆けつけてくるか。それをよく見ようと思った。目のみならず、耳も済ませて様子をうかがう。

 

「おい、どこの馬鹿だ火の不始末をやらかしたやつは!」

「――しっかりしろ、どこの誰にやられた? ……侵入者? 警戒しろ!」

「消火作業急げ! 井戸から水を汲んでくるんだよ、早くしろ!」

 

 様々な声が聞こえる。日が暮れて視界の悪くなってくる、この時間帯。屋根の上に潜めばそうそう見つかるものではない。

 人間はよほど意識しない限り、頭上への警戒が薄くなる。さらに立ち位置を意識しつつ、暗い夕闇の中に紛れれば、意外なほどに気づかれない。平助は引き続き気配を消しながら、若衆の行動を見守っていた。

 見定めて襲撃し、その一度で全てを決するために。彼は、野生の獣がそうするように、獲物の活動をつぶさに観察している。

 

――頭目はどこに居る? 今何をしていて、どこを見ている? 出てこないとしたら、理由は何だ?

 

 夜目の利く平助は、遠目に己の馬を確認した。囮にした馬は、この騒ぎの中で放置されている。都合がいい。

 危うくなれば、馬の方に走って飛び乗れば、逃げることもできるだろう。後の状況がそれを許すかどうかはともかく、今すぐになら思い切った行動をとってもよい。彼は、そう判断した。

 この場で決着を付ける必要性は、必ずしもない。頭目の行動が遅いようであれば、そのような決断力の欠如が見られるのであれば、即座に行動すべきである。 

 しかし頭目らしい男は、彼の目に映らない。平助が特別良い目を持っているとしても、どんどん暗くなってくる時間帯で、これ以上の捜索は無理だと考える。

 騒ぎが大きくなっているにも関わらず、表に出てこない慎重さを持っているなら、単独での打倒は諦めるべきだった。

 

――頭目だけが優れている集団かもしれぬ。どうにもこの連中、動きが鈍いような気がする。だから頭目としても、下手を打つことを警戒して、危険から身を遠ざけているのか。とすれば、待っていても守りが固まるばかり。事態を好転させるには、さらなる外部からの干渉が必要になるな。

 

 そう判断した瞬間、平助はできる限りの嫌がらせをしてから逃げる方向に舵を切った。

 集団としての練度が略奪と殴り合いに特化しているなら、混乱と暴走への耐性は極めて低くなる。

 ここで傷つけられるだけ傷つけて、集団の武力の根拠たる馬を喪失させればよい。それだけで頭目の権威は消え去り、勝手に内部分裂する可能性すら感じていた。

 敵側の動きから、そうした呼吸を平助は敏感に感じ取ったのである。真実彼らが固い絆で結ばれているなら、このような混乱はすぐに立ち直るであろうに、そんな気配はない。一晩は騒がしくなるだろうと、平助は見切った。

 

――国部村に、援軍の要請はしてある。数が揃えば、後は武力の行使をチラつかせて威圧すれば良い。俺一人への対処にすら手間取る連中、恐れるに足りんわ。

 

 頭目の暗殺が無理であれば、できるだけ傷物にするつもりであった。現実的に考えて、頭目らしい男が手の届く範囲に来ない以上、他に手立てはあるまい。

 状況の変化に応じて、手段を変えて柔軟な判断を下す。平助には、それが許される立場にあった。

 

 退避する際、ついでに少しだけ働いておくかと思う。火の回る厩を尻目に、平助は消火に当たる者たちを数人、後ろから殴り倒していった。

 殺して黙らせることも出来たが、そうするよりは適当に傷つけて生かしたほうが良いと考える。

 死人は口をきけないし、余計なこともできない。だが生きて今夜の失態と向き合ったら、どんな結論を出すだろうか。敵の内輪揉めを引き寄せるためにも、平助は多少の手間なら惜しまない。

 

 五、六人ばかりを打ちのめしたら、危うくバレそうになったので、一旦身を隠す。そして、再度火種を調達したらダメ押しにとばかりに厩に突っ込んだ。

 結果として厩は全焼し、火は周辺にも広がって牧場は燦々たる有り様となった。平助の姿は結局、最後まで補足されることはなく、消火に大慌てになっている連中を尻目に下山し、入部村の村長宅へと戻っていった。

 

 この時点では消火の他にも馬を外に連れ出す努力もされていたため、財産を全損するところまではいかない。しかし多数の馬が焼かれたことは確かであり、建物の消失も含めて被害としても大きかった。

 浮かれていたところに冷水、どころの話ではない。夜が明ける頃、すべてが明らかになった頃には、若衆たちは今後について考え直さねばならなくなるだろう。

 ――そして、立ち直る時間を与えてやるほど、平助は甘くない。翌朝には国部村からの援軍が到着し、入部村からも東次郎の息のかかっていない若衆を集めていた。

 

 東次郎たちが被害の把握と今後の身の振り方を考えているうちに、彼らの根城たる牧場周辺は包囲されていた。

 後の展開はといえば、ありきたりなものである。首謀者の頭目たる東次郎は、内部分裂によって囚われることになり、国部村に引き渡された。

 即座に首を切ってやりたくもあったが、村長の希望もあり、国部村の裁定で斬首することはできない。なにより思い切りの良すぎる犯行が引っかかることもあり、情報を抜き出すために護送し、平助の判断で牢へと叩き込むことにした。入部村の村長も、生かして返してくれるならばと、これを許可する。

 残りの若衆は、入部村の方で処分が下されるだろうが、おそらく軽い罰で済まされるだろう。そこにケチを付けるつもりは、平助も景勝もない。

 

 いずれにせよ、一段落は付いたと考えてよいだろう。平助の活躍の場を巌勝は見ていないが、結果だけを見るなら彼は一人で集団に対抗し、完勝したわけである。これほどの人物を部下にしているというだけで、父を見る目が変わりそうだった。

 

――父を正当に評価できている自信は、ない。いや、私などが評価、というのも不遜であるか。

 

 子が父を批判するというのが、難しい時代でもある。それはそれとして反感はあるのだが、表立って対立するほど、憎しみが強いわけでもない。

 だから、今回の件を機に、親子関係を見直してみるべきかと、巌勝は思うようになっている。

 景勝への報告を前にして、彼は彼なりに考えていた。それを些事だと、誰に言えよう。早熟とはいえ、巌勝は子供であった――。

 

 

 

 

 

 

 

 景勝は、平助が勝って帰ってくることを確信していたし、巌勝への教導も不足なく行うと信じていた。

 多少の危険は覚悟の上だと、巌勝も理解していたはず。そして、最近は剣の腕も上達し、仕事にも慣れてきた頃合い。ここらで刺激のある出来事を経験させて、資質を伸ばしてやるのも親の努めだと思う。

入部村の村長に不穏なところがあるのは知っていたが、平助がいる。あらかじめ言いふくめておけば、不意をつかれることもあるまいと、景勝は高をくくっていた。

 

――仮に、それで死ねばそれまでのことよ。縁壱の行方はまだわからぬが、必ず見つけ出してみせる。私が引退するまでに見つけられれば、巌勝を消費していたとしても継国家は終わらぬ。

 

 巌勝への愛情がない、とは流石に言わないし、思いもせぬ。彼なりに息子への気遣いがあり、期待があった。だがそれとは別方向で、縁壱への思いがあり自家への執着というものがある。

 当人にはそっけなく、あるいは薄情に見られるかもしれないが、男親というのはこういうものだと景勝は考えていた。

 

――私のように、子供の頃から過保護に扱われ、まともに戦場さえ経験させぬような、愚かな親にはなりたくない。そうだ。武家である以上、血に慣れるのは早い方が良い。体が耐えられるのなら、どんどん荒事にも関わらせるべきなのだ。

 

 巌勝が成長を見せることで、景勝の内心にも変化が現れてきていた。それは己の精神の未熟さの発露であり、劣等感とも羨望とも言える複合的な感情の表れであった。

 

 だから、彼らが帰ってきたときにも、掛ける言葉は冷たいものである。あらましを最初から最後まで報告を受けた後、景勝はただ一言、こう言った。

 

「おおよその内容は把握している。お前たちの報告からも、齟齬はない。――伝えるべきことは、それだけか?」

「……ええ、まあ、はい」

「ならば、よい。……問題はこれからだな。東次郎とやらが、素直に情報を吐けばよいのだが。吐かねば吐かぬでやりようはあるが、せっかくの機会だ。最善の結果を求めたいところよ」

「それは、そうですね。……だいたい同感ですよ、ええ」

 

 平助としては、あまり強く言うことも出来ぬ。何かしらの目立った功績を立てたかといえば、そうではないのは確か。

 しかし子供なりに気張っていたことを彼は知っているし、父として何かしらの労いの言葉くらい、あってもいいではないかと思うのだ。

 

「それなりの時間は確保していることだし、東次郎とやらは後日、おいおい詰めていけば良いとしよう。――平助、巌勝はお前の足を引っ張らなかったか? それだけが心配であったのだが」

「足手まといには、なっておりません。巌勝は自分のできる範囲で努力はしました。剣をふるった訳では無いにしろ、継国家の後継ぎとして、無様な真似はさらさなかったのです。そこは、評価してあげてもよろしいのでは?」

「実際に現場を走り回って、成果を上げたのはお前だろう? それで万事、収まるべきところに収まったと私は解釈している。……結構。確認作業は十分だ。下がっていいぞ、私は忙しい」

 

 景勝は聞くべきことは聞いたとばかりに、彼らに背を向けた。この態度には、巌勝も瞬時に頭が沸騰し、口を挟まずにはいられなかった。

 

「父上。私はともかく、平助殿は、本当に素晴らしい働きを――」

 

 巌勝は平助を尊敬していた。彼の働きの見事さを、未熟成に評価しているのが彼である。だから、もう少しくらいはねぎらって良いのではないか。そう思えばこそ、黙ることが出来なかった。

 

「くどい。聞くべきことはすべて聞いた。私は下がれと言ったのだ、巌勝。余計な口を叩く余裕があるのなら、勉学にでも励むのだな。お前には足らないところが多すぎる」

 

 しかし景勝の方は聞く耳を持たぬ、という態度であった。巌勝もこれ以上の押し問答は無益と理解し、言い返すことをやめる。

 そして二人が出ていこうとした際、改めて景勝は言った。

 

「いや、まて。やはり平助だけは残るように」

「はい。……巌勝、また明日な。あまり悪く思うなよ。俺は全く気にしてない」

 

 巌勝は一礼して、去っていった。そうして、平助と景勝は改めて向かい合う。

 

「下手な芝居でしたね」

「――何がだ?」

「多感な時期です。煽るのはやめていただきたい。巌勝の教育の一端を担うものとして、これだけは進言させていただきます」

「それほど酷い煽りだったか?」

「まあまあ、ひどい内容であったかと。謀略の汚い内情を隠したいにしろ、もう少しは取り繕ってください。――巌勝は聡い子ですが、世間を知らぬのです。そっけない対応もそうですが、今少しの配慮があれば、事情を勝手に理解するだけの知力はすでに持っております」

「それが逆に心配だな。賢ければよいというものではない。戦国の世は複雑怪奇だ。敵味方も容易く入れ替わり、利害や面子の対立も、状況次第でどうにでも変化する。究極的には、生き残ることが全てなのだ。家を残すことが最優先で、それ以外は使い潰しても許容されるもの。……無情といえば無情だが、これをほんとうの意味で理解するには、知力ではなく経験がいる」

「だから、下手に賢いと無情な世の中に絶望しかねない、と。いやはや何とも、末法とはこのことでしょうかね。――で、どことどのように話がついて、東次郎を切り捨てる話になったんですか?」

 

 だらだらとした話は全て、このための前振りであったと言ってよい。平助が知りたいのはそこであり、上野の武家の中で、継国家が尊重されているのは経済力だけでなく――根回しの能力も備えているからでもあった。

 東次郎が単独で事を起こしたにしては、手際が良すぎるという部分もある。彼が何をアテにして派手に動いていたのか。それをなんとなく感づいていた平助は、景勝の返答に期待していたのである。

 

「富岡家、と言えばわかるか?」

「点の付いている方の富岡ですね。わかりますとも、ええ、ええ。……そことのつながりを、東次郎とやらが?」

「詳しくは聞くな。お前に下手に伝えると、巌勝にも悪影響が出かねない。それくらいには、私も理解しているからな」

「全部終わったら、今回の事件を解説する約束をしてるんですがそれは」

「お前の勝手だろう? ……多少は語るが、私が話していない分を無理に探ろうとするなよ。思わぬ大事に発展しかねなかったということだけ、伝えておく」

 

 景勝はため息を付きながら、言葉を続けた。それだけで、平助は色々と察せざるを得なかった。

 思えば、景勝の態度は終始一貫しているとは言いがたかった。そのあたりを突っつくと、余計な話が現れてくるのだろう。彼はそれがわかるだけに、追求をやめようと思った。

 

「私に、継国家に感づかれた時点で切り捨てることを決めたらしい。こちらとしても、商売でいくらか譲歩してくれるなら、妥協もやぶさかではないと思った。そういうことだ」

「……お疲れさまです。そうした交渉が事前に成立していたなら、伝えてほしかったとも思うのですが」

「結果はうまくいったではないか。余計なことを伝えずとも、お前は完璧な仕事をする。それくらいの信頼は、重ねていると思ったのだが?」

 

 景勝の態度が色々と不可解だったのは、交渉の内容を内密にし、結果が出るまで見守りたかったという心情があったのだろう。

 それで得たものがなにかといえば、判断は難しい。詳細を知るのは、景勝のみであるが――とにかく巌勝が情報を共有しようがしまいが、平助のやることに変わりはなかったであろう。

 そうすると、終わり良ければ全て良し、景勝の判断は正しかったとも言える。

 

「いちいち言わなくとも、お前はこうして理解してくれている。それで十分だとは思わんか?」

「俺個人の資質に依存する体制は、そろそろ改めるべきだと思うんですが」

「お前にどれだけ投資したと思っている。次代においても、働いてもらわねば困るのだ。――私への不信を重ねるたびに、巌勝はお前を頼りにするだろう。平助が頼りがいのある男だと、あれが肌身で感じてくれたのであれば、それでいいと私は思う」

 

 下手な殺し文句だと、平助は思った。だが、それでも応えたくなる気持ちが湧いてくる。

 自分は本当に、この人に頭が上がらない。まさに、そうであればこそ、平助は継国家への献身だけを考えていられるのだ。

 

「色々と察しましたが、いずれ巌勝に詳細に説明してくださいよ。貴方の胡散臭さは、外向けにはよろしいのですが、身内に対してはどうにも難しく作用するみたいですから。……計算高いのも結構ですが、それを度外視するのが親子関係ってもんじゃないですかね」

「私では至らぬところも、平助であれば埋めてくれると信じられる。お前の補佐があれば、巌勝も間違えずに済むだろう。せいぜい、長生きすることだ」

「努力はしますが、どうでしょうかね。噂の鬼なんかに出会ったら、俺でも生き残る自信はありませんよ」

「鬼か。ありがちな、誇張された噂話に過ぎないと思うが、平助が不安に思うなら案外それらしい奴は存在するのかもしれん。だとしても、考えるだけ無駄だろう。鬼に人が抵抗できるはずもなし、出会ったなら餌になるだけだ。……そのときは、運がなかったと思うのだな」

「そうですね。――まあ、本当にそうですとも。実在してほしくはないですが、考えても無駄だという部分には同意します。だから、巌勝坊っちゃんの教育と、縁壱の捜索は急がねばならない。そういうことですね?」

「わかっているならいい。――下がれ。お前が一番、体を酷使しているのだ。倒れられたら困る」

 

 景勝と平助の会話には、確かな感情があった。お互いに思いやりがあり、あえて言うならば絆とでも言うべきものが存在していたと言える。

 それを確かめるだけ確かめてから、二人は別れた。お互いにやるべきことがあり、仕事にせよ休息にせよ、手を抜ける状況ではないことくらい、二人にはわかっていた。

 

――休んだ後は、色々とまとめるべきことがあるわけだ。巌勝の坊っちゃんのためにも、俺が気張らねばならんとはね。いやはやまったく、手の焼ける親子だぜ。

 

 それがまた、心地よいのが不思議でもあった。当人は自覚していないが、認めた人から求められることが、平助にとっては一番大事なことであったのだろう。

 自身の母を最後まで支え続けたり、継国家に恩を感ずるのは、まさにそんな平助自身の資質に由来していた。

 これを美点として評価する限り、平助の心は継国家に留まり続けるだろう。それがどんなに幸運なことであったか、景勝はわかっていたつもりだった。巌勝もまた、骨身にしみて理解する時が来る。

 惜しむらくは、平助自身が長生きできなかったことであろう。老年を待たずして、彼は果てることになるのだが。

 その原因が生まれた時期が、このときであったことを。これで終わりだと思っていた東次郎との因縁が、まだ続くことを。彼らは未だに、知らなかったのである――。

 




 本当に好き勝手に書き進めていますが、原作の時間軸までの間を埋めよう、あの瞬間の曇らせまで積み上げるだけ積み上げようと、筆者としては必死に書き続けているだけなのです。

 その点にご理解いただけると、幸いに存じます。一ヶ月毎の投稿が今の自分の誠意いっぱいだと思うと、どうにも不甲斐なく思います。

 次回は、もっといい具合に話を進められればと思うのですが、さて。

 よろしければ、次の投稿にも付き合ってくださいませ。ではまた、一ヶ月後にお会いいたしましょう。

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