継国之物語   作:西次

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 思いついた端から書き連ねているので、テンポが悪くなっているところも、ないとは言えません。それでも必要なことだと信じて、執筆を続けています。

 拙い本作ですが、付き合ってくださっている読者の皆様方には、感謝しかありません。

 冗長で進みの遅い本作ではありますが、目を通してくださるだけでもありがたいと思います。



第十二話 敗者の行先

 東次郎は言うべきことは全て吐いたつもりだった。身内からの裏切りなど、彼にとっては何ほどのこともない。国部村の牢獄の中でも、彼は自分を省みて勝者に奉仕したのである。

 拷問など受けるまでもなく、彼は拘束された時点であらゆる尋問に対し、よどみなく答えた。

 己をそそのかした存在について、自分が何をやろうとしていたかの詳細、どうやって若衆を先導したのか――。

 椅子に縛り付けられた体勢のまま、東次郎は隠すことなく、また卑屈になることなく、彼は聞かれるままに応えたのだった。

 もちろん、中には検討に値しないような、真偽定かならぬ話もある。一つ一つ精査されては、どうしようもなくボロは出てくるだろう。

 しかし時間も人手も有限である以上、そんな手間は避けるにちがいない。話を盛って、ことを大きく見せたほうが、自分の重要性を相手にわからせてやれるだろう。浅はかではあるが、彼なりの狡猾さの発露であり、相手次第では目論見通りの結果が得られたかもしれない。

 

――俺は生きる。こんなところで死にたくない。俺は、まだまだ満足していない――。

 

 正直に言うならば、それが東次郎の行動原理だった。だから、彼はどんなに屈辱的であろうと死ななければ負けではないと思っていたし、自分の利用価値を思い知らせれば、十分に挽回できると思っていた。

 入部村の村長は、若衆に甘い。その武力の貴重さを考えれば、統率者であった己を処断するより、今後も利用すべく軽い刑で済ませるであろう――というのが東次郎の計算である。

 

「よくもまあ、白々しく吐けるだけ吐いたものだが……まあ、いい。一応、伝えておく。お前の処遇だが――村長殿のご意向で、殺さずに生きて返すことは決まってる。ああ、わかってるって顔してやがるな? ええ、おい」

「……ふん」

 

 東次郎は相手の呼びかけには応えなかった。その相手の男が平助だと知っていたなら、多少の受け答えはしたかもしれない。

 少なくとも、身動きが取れないほどに縛り付けられた状況で、余裕のある態度など見せなかったはずである。

 継国家の武官筆頭は、自家の権威を犯す相手に容赦しない。与えられた権限を最大限に活用し、自分とお家のためにあらゆる行為を正当化する。平助とは、それが可能な人物なのである。

 

「今、鼻で笑いやがったな。――俺としては、継国家をナメた馬鹿に、死なない程度の罰を与えて帰してやりたいと思うんだが、どうかな。……反省の言葉と態度次第では、加減してやることも選択のうちにあったんだが。お前は本当に、生かして帰したほうが良い手合なのか? また馬鹿をやって、双方に害をもたらすことになるんじゃないか? そこんところ、どう思ってるんだよ、お前」

 

 平助は丁寧に語ることで、東次郎を威圧した。具体的にどう、ということは言わず、脅しによって相手を支配する手管であろう。

 それくらいは東次郎もわかるから、平気で言葉を返す。

 

「無駄に凄むなよ。尋問は終わったはずだろ? さっさと拘束を解いて帰してくれ。――ああ、心配しなくても同じような馬鹿はやらない。その点は、本当に反省しているんだ」

「で、お前は大人しく畑を耕して生きていけるのかよ。――村の警備と有事の戦力として使うなら、お前の扇動能力は余計に過ぎる。そこら辺、自重するつもりはあるか?」

「もちろん! 俺だって馬鹿じゃない。継国家に逆らうつもりはない。力の差を思い知ったから、今後は真面目に生きていくさ」

 

 東次郎は、不幸にも平助という男の実情を知らなかった。彼が敵に対してどれだけ酷薄な人間であるか、知っていたならば、もっとしおらしい反応をしただろう。

 見え見えの嘘を暴かれても、どうとでもなると彼は高をくくっていた。相手が平助でなければ、この目論見は通ったかもしれない。だが、もはやそのような状況ではなくなっていた。

 

「嘘だな。俺にはわかるぞ、東次郎」

 

 不躾に名前を呼ばれたことに、彼はわずかな不快感を覚えた。だから、茶化すように口を開いて、いつもどおりに不敵な態度を維持するつもりだった。

 

「どうして? 本心からの言葉だが」

「お前はもう、入部村に未練はないはずだ。戻った後の待遇も、想像がついてるんだろう? ――武力を奪われて、平凡な毎日を送る。いくさになれば、使い捨ての兵卒として送り出されて、帰ってこないことを期待されるようになるわけだ。……辛いよな、ええ? そんな待遇に甘んじるくらいなら、出奔して野盗の真似事をやるほうがマシだ。そう考えてるんじゃないか?」

 

 だが、平助の言葉は思いの外に冷たかった。反発するように、東次郎も言葉を尽くす。

 

「あんたが心配することじゃないな。――それで、あんたに不都合があるのかよ。よその話だろう? で、あの村長への義理を果たすつもりなら、五体満足で帰してやるのが筋ってもんだ。……ああ、それがわかってるから、悔しくて凄んでるんだな。そうだろ」

 

 東次郎は、詰め寄る平助に対しても、自身の矜持を貫いた。それは敗者の態度ではなく、不適を通り越して非礼ですらあった。

 それは勇気ではなく、蛮勇とでも言うべきものなのだが、当人は自覚すらない。挫折を知らない若者らしい態度と言えば、それまでだろう。眼の前の相手を煽ったところで、良いことはないもないはずだが、東次郎は一方的に言われるままで居ることに耐えられなかったのだ。

 だから、ここ一番で誤る。無駄な威嚇は己の身を損なうのだと、平助は教えてやりたかった。彼自身、上からすくい上げられた立場であるだけに、多少の非礼を許す程度の度量は備えていたから。

 

「口が回りすぎるのは考えものだな。――唇を切り落として、舌を抜いても、五体は満足だと言い張れなくはない。そうしてやっても、あの村長殿は嫌味を吐くくらいで済ませるさ。……嫌われている自覚くらいはあるだろうし、お前のやらかしは、この程度の勝手は許される類のものだ。そうは思わんか?」

「――おい。脅しにしても、もっとまともなことを言えよ。俺を驚かせても、これ以上は何も出てこないぞ。言うべきことはすべて吐いたんだからな」

 

 平助は、一旦東次郎から視線を外して、別室の方へ目をやる。そこに何があるのか、示唆するような態度だった。

 

「さて。鼻削ぎ、耳削ぎ、どちらも聞いたことくらいはある刑罰だろう? 手足が無事なら仕事はできる。両方やっても構わないわけだが、それはどう思う? ……この場でやってやろうか。上手に出来なくても、まあ許してくれ。俺自身、お前の態度に腹を立ててるんでな。手元が狂って傷が大きくなっても、仕方ないと許してくれよ?」

「冗談だよな? そんなことで――」

「冗談で済ませられるかどうかはお前の態度次第だ」

 

 おもむろに向かい合って顔を突き合わせ、早口で言う。ここでようやく、東次郎の目に恐怖の色が浮かんだ。それを確認したうえで、平助は付け足すように言葉を重ねた。

 

「お前は全てを吐いたと言ったが、もう一度確認しよう。刃物と水桶と、それから漬物石を持ってこようか。時間をかけて楽しんでいるうちに、口も軽くなるだろう。――今日は、とことん付き合ってやるからな。段階的にやっていくから、本当に削がれる前に正直に答えるようにしろよ」

「俺はもう正直に、答えられることは答えたって言ってるだろ!」

「ああ、何をもって正直な反応とするかは、俺の独断と偏見で決める。……相応の態度で、これからは臨むようにしろ。わかったな?」

 

 そうして、平助は東次郎への尋問を再開した。その時間において、東次郎がどのような苦しみを得たのか、それを知るのは当人たちのみが知ることである。

 結局のところ、彼は五体満足で開放されたが、その精神には平助への恐怖が刻み込まれていた。

 本格的になる前に、入部村から迎えの人員がやってきたので、幸いにも体に傷を残すことなく、東次郎は帰途につくことが出来たわけである。

 それはまるで、市場に送られる奴隷のような有り様であり、事情を知る平助はいくらかの哀れみの視線をもって、見送ることとなった。

 わかりやすい傷があれば、かえって同情されたかもしれないというのに。因果応報と言えば、それまでであろうが――。

 

 ともかく、東次郎の背後事情について、当人の証言ばかりをアテには出来ぬ。情報が何よりも重要であり、価値が高いことを、平助も景勝も理解していた。

 上野国は今、山内上杉家によって一応の統制は保たれているが、それも今後はわからぬ。扇谷上杉家との争いは、身内同士の内紛のようなものであり、権威の低下は近年はなはだしいものがあると継国家は考えていた。近辺に目をやれば、国人同士でも利害の対立があり、陣営の鞍替えなども珍しい話ではない。

 生き残りを図るためにも、些細なことすら見落としたくはないというのが、彼らの認識だったろう。まさに、この世は群雄割拠の戦国時代なのであった――。

 

 

 

 

 

 

 

 上野国には様々な国人がおり、継国家はその中でも大きな存在感がある――というのは、誇張ではない。

 軍事的にも経済的にも、馬による優位性を大きく確保しているのが継国家であり、それを周囲にも分け与えられるからこそ、かの家は主家に対しても、周りの同格の武家に対しても、相応の発言権を持ち得るのだ。

 ――入部村との一見も、継国家が単独で処理した。いさかいがあり、武力が用いられたとしても、最後にはお互いが話し合いで収めたのであれば、外部からケチを付けられる筋合いはない。

 

 それで物事は解決したが、全てが元通りともいかないのが世の常であった。入部村は山林荒らしの補填として、いくらかの譲歩を迫られるだろう。

 その結果、入部村の村人たちから悪感情を持たれることになるとしても、継国家が手加減する理由にはならぬ。この小さな世界において、継国家は強者であったから。

 

 ――もろもろの諸事を終えて、景勝、平助、巌勝の三人は私室で話し合っていた。内容はと言えば、当然今回の件の総括である。

 景勝はそこまで詳細に振り返ることもあるまい、と思ったが、平助のたっての願いで、巌勝とともに場を設けることにしたのだった。

 

「総括としては、受けた害に見合う補填を得られた。山林荒らしによって入部村の弱みを握り、こちらの利に繋げられた。これ以上を望むべくもない、というべきだな」

「背後関係を洗う前に、首謀者を引き渡すことになったのは、どう受け止められているんですかね。あれはまだ、隠していることがあったでしょうに」

「やつの背後か? 平助にはわかるまいが、私にはおおよその予想がつく。よって、そこは気にするようなことではないな」

 

 東次郎にしろ、入部村の村長にせよ、後ろめたいことを隠していることくらい、景勝にはわかっていた。

 具体的にどう、というところまでは、確たる証拠もないため、あえて追求しないだけのこと。平助には不要な情報であるから、彼は語る必要もないと、話を続ける。

 

「入部村の村長も、自身の失態とわきまえている。いずれにせよ、我らの勝利だ。気兼ねなく、これからも付き合っていけばいい」

「気兼ねなく、補填という名の搾取を行う、と。……私は良いんですがね? 景勝殿はそう決められたわけだが――巌勝、お前はどう思う」

 

 敗者に媚びるような態度は、武家としてふさわしくない。寛容と温情は、場合によっては甘さとなる。舐められるくらいなら、怒りと憎悪を買ったほうがマシだ、と景勝は考えた。

 平助もまた同意見であり、この点においては巌勝も理解を示すであろう。――それくらいには、彼もまた子どもなりに、この世の摂理を把握できるようになっていたはずである。

 

「私等に伺いを立てるまでもなく、平助殿や父上が良しとしているならば、それでよろしいのではないかと」

 

 巌勝は、期待通りの返答をした。子どもの姿勢として、これは間違った態度ではないのだが、やはり平助には物足りない答えでもある。だから、口を出さずにはいられなかった。

 

「強者に従う。それもまた、一つの手段だな。だが、それが常に有効に働くわけではない。――で、景勝殿。俺も一連の出来事の中で、色々と察するところもあるんですが、こいつにはさっぱりでしょう。最初から解説していただけると、今後の糧になると思うのですが、いかがでしょう」

「……そう念入りに言わずとも、わかるように話してやる。余計なところまで話すとわかりにくくなるゆえ、いくらかは省略して話す。必要なら、平助が解説するだろう。巌勝、心して聞け」

 

 流石に場を設けるに至っては、景勝とて急かされるまでもなく、自身の情報を開帳するつもりだった。

 巌勝は自身の後継者として、もっとも有力な嫡男である。縁壱のことを割り切ったわけではないが、この長兄に対して投資を渋るのは不合理であろう。

 

「まず、山林荒らしとその後の対応について、巌勝は疑問に思うことが多かっただろう。背景はともあれ、発端が東次郎という一人の男の決断から始まったことは、確かだ」

 

 東次郎が若衆を扇動し、自身の手駒としたのはすでに巌勝も知っていることであるが。

 そもそも彼が継国家の縄張りである国部村に、どうしてちょっかいを掛けねばならなかったのか。

 その理由について、景勝は就職活動だ、と述べた。抑圧への反発や継国家への嫉妬などもあるだろうが、いちばん大事なのはそこである、と彼は言う。

 

「東次郎とやらは生まれた村を出て、ある武家に……取り繕わずに言うと、富岡家に自身を売り込んでいた。あれには馬術と武力の実績があったから、それなりに検討に値すると、先方も思ったのだろう。……それで、国部村の山林を荒らして、継国家からの干渉をはねのけることが出来たら、彼に従う若衆ごと引き受けても良い――と。そんな風に、話は転がったらしい」

 

 なぜ東次郎が富岡家を選んだのか。そこを景勝は掘り下げなかった。彼は多少知恵が回る程度の破落戸であり、深い考えなどあったとは思われない、とだけ景勝は語る。

 しかし、巌勝が理解するためにも、もう少し踏み込んだ説明が必要であると、平助は感じた。だから彼は、あえて情報源への疑問を呈す。

 

「しかし、結構具体的に話されますね。どこから得た情報なんです?」

「東次郎の売り込み先である、富岡家から直接聞いた話だ。少しは盛っている部分もあるだろうが、おおよその間違いはあるまい」

 

 では、それをどうして富岡家から聞き出せたのか。平助も巌勝も、その経路こそが疑問であった。

 怪訝な雰囲気を察した景勝は、さしたることでもない、とばかりに平然とした顔でいう。

 

「と、言うのもな。――東次郎は能力はあるのだが、素行が悪いことも先方は承知していたらしい。結果次第で受け入れるにしても、想定外なほどの損害を我々に与えることも、先方は危惧していたわけだ」

「ああ! あんまりやられすぎること、こちらの面子にも関わりますからね。具体的な被害が出て、その大本が富岡家だなんて話が広まってしまえば、全面対決になりかねない。被害が大きければ大きいほど、退くことは難しくなる。あちらとしては、どうしても和解できる範囲の結果にする必要があったわけですか」

 

 東次郎たちは、どんな粋がっても、少数の限られた戦力である。怖いのは奇襲だけで、来るとわかっていればさほどの脅威ではない。実際、平助一人に翻弄されたのだから、富岡家の行動には意味があったと言える。

 

「そうだ。だから、あらかじめ備えるよう、私に知らせてきたわけだ。……これはこれで、あまりに東次郎に不利な条件になるわけだが、富岡家としてはやつが成功しようが失敗しようが、興味はないのだろうよ。ほどほどに成功し、我らの手から逃れられる力があるなら、多少の問題があっても抱き込む価値がある。そして失敗するようならば、捨て置けばよい。……今回の件で、明確に富岡家への繋がりが出来た。これは一種の成果だぞ? 情報を流す程度には、あちらも我らに関心を持ってくれているらしい。立ち位置の違う武家との交流は難しいが、使い方次第では貴重な人脈になるだろう。どちらに転んでも、富岡家は利益を確保するつもりだった、というわけだ」

 

 まことに、国人の鏡というべき立ち回りである――と、景勝は皮肉げに評したが、巌勝は納得できなかった。

 富岡家のやりようは狡猾に見える。しかし、あちらもこちらもと手を出しては、かえって義理を欠くのではないか。継国家に肩入れするならば、そもそも東次郎の売り込みなど無視すればよかったではないかと、巌勝などは思うのだ。

 

「……納得できません。東次郎とやらが、企んだのは、単純な欲からであったとして。……富岡家が彼の話に乗りながらも、我らに情報を流す。その不実な行動を、不合理である、と私は思います。我らと敵対するなら徹底するべきで、味方にするなら、最初から東次郎など突っぱねればよい。……違いますか?」

 

 巌勝にとって、この世の中は単純であってほしかった。理由は様々でも、最終的には敵と味方に分かれて殴り合う。いくさとはそういうもので、戦国とはそうした闘争が続く時代ではないのか。

 生存競争であればこそ、複雑な権謀が入り込む余地などないように思える。子どもの理解力では、富岡家と継国家の利害関係がわからない。

 巌勝と景勝の間に、情報格差があるのは確かであるし、前提として立場の違いもあるだろう。

 それでも、理解し難いというのが巌勝の感想であった。それを察しながらも、景勝は深く語ろうとはしない。理解させるにはまだ早い、と彼は見たのだ。

 

「お前はそう言うが、それほど単純に生きられる世の中ではないのだ。……継国家としても、表向きは、富岡家とは潜在的な敵対関係――くらいに止めておきたいと思う。味方にするにも、敵にするも面倒な手合だからな。……あの家は、規模としてはかなり小さいが、複雑な立ち位置にある。扇谷、山内、そして北条。その三つの間を渡り歩く覚悟のある家は、そう多くはない。付き合い方は考えねばならぬが、情報交換ができる程度の関係を維持するのが、ここでは最善だと私は考えたのだ」

 

 敵対しておきながら、情報交換するほどの仲を維持する。その意味を、巌勝は測りかねた。

 敵は敵ではないのか。そんな相手からの情報など、どうして信用できるのか。彼は子どもであるがゆえに、大人の複雑な世界を理解しきれなかった。

 だからこそ、解説が必要なのだ。説明の下手な景勝に変わって、平助が応える。

 

「敵は常に敵であり続けるとは限らず、味方もまた時と場合によって変わることがある。……継国家は、国人としては大きい勢力だが、守護大名が本気になって潰しにかかれば、抵抗すら難しいというのが実情だ。――地方の小さな勢力は、そうした危険を常時背負わされている。生き残るための努力として、敵側にも通じる手段を確保しておくことは、そう珍しいことじゃないんだよ。まあ、それはそれとして、いつから通じていたかは俺も知りたいところですがね。初耳なんですが」

「詳細まで語るつもりはないが……今回の件については、ほとんどギリギリで話が入ってきたのだ。お前たちが最初に入部村に出向く直前、と言ってよい。……富岡家も、なかなかアコギなことをする」

「こちらが山林荒らしの情報を得て、俺が直接動くことも考慮し、その寸前を見極めて情報を提供してきた……というわけですかね」

 

 景勝は頷いた。それだけで、返答としては十分だった。

 

「あの村長が口を滑らせたんですがね。……入部村への苗の提供も、富岡家の口利きですか」

「入部村は、我が家に近い。私の意向を無視して、富岡家が手を伸ばすことはできん」

「……入部村の村長は、富岡家と継国家を渡り歩こうとするくらいの、狡猾さは持ち合わせているでしょう。――つまりは、そういうことですか」

「私は、反対しなかった。黙認した。……それ以上は、聞くな」

「わかりました! そういうことだ、巌勝。今は理解しなくていいが、ここでのやり取りは覚えておけ。世の中は複雑で、ややこしく、しかも弱者に厳しい。……地方の国人は、どんな手段を使ってでも生き残らねばならん。強きに従い、弱体化すれば鞍替えし、誰につくのが正しいのか、常に探り続けるのが小勢力の生き様というものだ。――お前も、その地位を継がねばならん。その難しさを、なんとなくでいい。今から覚悟しておくようにな」

 

 平助は、とにかく言葉を尽くした。それが思いやりからなるものだと、巌勝自身の将来のために、精一杯に、許されるだけの表現をもって、説明してくれているのだとわかった。

 巌勝は、ただ頭を下げて、平助に感謝した。言葉を尽くしてくれる相手に、真摯な態度を持って接することが、己の義務だと信じていたから。

 わかった風な言葉で返すのは、巌勝のやり方ではない。その不器用さを、平助も理解してくれたのだろう。付け加えるように、忠言を口にした。

 

「今回の件の教訓として、重ねて言うならば――無駄に行動力のある馬鹿は、共同体に大きな損害をもたらしかねないということだ。どんなに才能があっても、人格に問題があるなら、重用するのは考えものである――と覚えておけよ。巌勝、お前は将来、人を使う側になる人間だ。能力だけで人を見ず、人格も考慮して、ひとを用いるようにしろよ。でなければ――今回の入部村の失敗を繰り返すことになる」

 

 教訓にするということは、言葉にするだけでは済まない。行動をもって、確かな理解を示さねばならぬ。そのように平助は、巌勝に教えたのだった。

 景勝もまた、これを教えるために場を設けたようなものである。少年は、そうした気遣いを理解できないほど鈍感ではなかったし、この期待に答えられぬほど愚かでもなかった。

 

「――はい」

「わかったなら、いい。そのつもりでしかないとしても、子どもにできることと言えば、それくらいのものだからな」

 

 なんにせよ、いい返事だ、と平助は言った。景勝は無表情を崩さず、ただ頷いた。それで良いのだ、と答えたのだと巌勝は解した。

 継国家は、今このときは通じ合っていたと言ってよい。それがつかの間の出来事出会ったにしても、家族の中で感情を交わし、理解し合っていたという実感は、お互いのためになったはずである。

 だが家族とは、簡単なものではない。努力なくして、関係性は維持できない。それを忘れた瞬間から、崩壊は始まるのだ。

 継国家が後世までその名を継ぎ続けられなかったのは、不運であるとともに、その環境の悪さが影響していたのであろう。

 家の中だけに目を向けられるほど、戦国の世は甘くない。そして、あらゆる感情を置き去りにして、世情は動き続ける。

 彼らの試練のときは、まだまだ続く。いずれ耐えきれずに崩壊するとしても、今はささやかな平穏に、ただ身を委ねるのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 東次郎は、自分が五体満足で、さしたる拷問もされずに開放されたことを喜んでいた。迎えが思ったより早かったことも、彼を喜ばせた。

 神仏に幸運を感謝するとか、肉刑を実行しなかった平助に恩義を感じるとか、そうした感覚は彼にはない。

 ただ、うまくやった。自分は生き延びた、という現実が彼に自信さえ付けさせていた。

 

――次があったら、復讐してやろう。俺が受けた屈辱を、倍にして返してやる――。

 

 継国家という目障りで妬ましい一族にも、復讐せずにはおれぬ。特に跡継ぎの巌勝という子供。

 この世の善意を信じ、悪意など知らぬとばかりにスクスクと育っている、親の愛情を受けているであろう小綺麗な男子を、東次郎は憎んだ。たまたま退去する際、ちらりと視線を向けられたと言うだけで、彼はこの子供に憎悪を抱いた。……羨むような、恵まれた立場で、哀れみの目を向けられたこと。それだけで、憎むに足ると東次郎は思った。

 

――お前と同じ立場で生まれていたら、どれだけ幸せだったろう。……クソが。どうせ、この世に不幸が満ちていることなんて、実感したこともないんだろうよ。反吐が出る。

 

 正しく増長と言って良い有り様だが、当人は自分の特別性と才能を誇っている。だから村を出ても上手くやっていけると思っているし、最悪でも野盗として弱者から上前をはねるくらいのことは、当然できると思っていた。

 

――まあ、なんだ。平助とやらがどんなに渋い顔をしても、結局は入部村への配慮が入る。ぬるい拷問で済ませてくれてありがとよ、ってな。せめてもの恩返しに、殺すときは、ひと思いにやってやってもいいぜ。

 

 東次郎を開放するにしても、手順というものがある。罪を犯したにしても、入部村から放逐されたわけではないのだから、帰属する村への義理は果たさねばならぬ。

 実際に尋問した平助としては、複雑な思いがあったはずだ。東次郎のような愚か者は、まともな反省などしない。恨みに思って、復讐を画策することは明らかなのに、断罪することが出来ぬのだから。

 

 尋問の最中に入部村の村長が迎えをよこした上、わざわざ言伝を持ってきたものだから長期間の拘束も出来ない。言伝の内容も東次郎に関わるものであり、それが妥当であったからこそ、引き渡しは円滑に行われた。

 

 一方的な断罪は、禍根を残す。そこそこの付き合いを維持したいならば、内心はともあれ、継国家としては東次郎を送り出すしかない。

 彼を継国家の手で重く罰すると、他の若衆が動揺し、やけを起こしかねないという事情もある。入部村への配慮として、ここは継国家も譲歩せざるを得なかったのだろう。

 

 やらかした輩を処分するにしても、手順が居る。この点、入部村の村長は慎重に手を重ねたと言ってよい。なればこそ、当主の景勝も容認したのだし、平助も納得したのだ。

 東次郎を再起不能にする。その点において、村長も彼らも、同意を得ていたのだから――。

 

「お迎えご苦労! 村長殿は、まだまだ俺を働かせたいらしいな?」

「……これは護送だ。勘違いするなよ、東次郎」

「おう、そうかい。お前さん、門番から牢番に配置換えしたのかい? まあ、いいが――っておい、何をしやがる」

「俺のことはどうでもいいだろ。――後ろ手に縛るだけだ。抵抗するなよ、こちらは数人で、無理やりやっても良いんだ」

 

 よくよく考えれば、尋問を受けたのは東次郎だけではないはずだが、彼一人だけが数人の監視役とともに護送された。それも拘束されて、である。

 何かしらの、不穏な空気を感じざるを得なかった。これは案外、状況は想像以上に悪くなっていると思った。適当な時期に雲隠れするつもりだったが、もしかしたら猶予など残されていないのかもしれない。

 東次郎は遅まきながら、それに気づいたのである。なまじ自負があればこその、油断であった。

 

 彼には利用価値がある。――殺されるべき悪役、という大事な役割が残されているのだった。

 護送された先は、入部村の外れ、河原のそばであった。そこには、東次郎と同様に牧場に集っていた若衆たちがいた。

 

「おお、お前らも無事だったのか。……うん? で、なんで俺だけ縛られてるんだ? おい」

「――全部、嘘だったんだってな」

「え? なんのことだよ」

「山林荒らしで、俺達は周囲から憎まれるようになった。お前の言うことはデマカセで、後ろ盾なんか居やしない。俺達を扇動して、適当なところで使い捨てるつもりだったんだって、村長が言っていたぞ」

「……んだよ。そんなの、村長のほうが嘘ついてるんだって。今だから言うが、俺には富岡家から仕官の口が来てるんだよ。だから、お前らもそれに乗せてやろうかなって――」

「東次郎だけ、の話だろ、それ。……もういい。結果的に、俺達は負けたんだ。それで、村長は東次郎に全部押し付けて処分して、入部村の統制を図るんだってさ。――細かいことはわからないが、とにかく、俺達だってギリギリなんだ。だから東次郎、悪く思うなよ」

 

 ここに至って、東次郎は悟った。罪を犯した若衆たちの禊のために、自分が生かされていたことを。

 そしてここで首謀者たる己を殺すことで、彼らの罪を全て引っ被る形になることも理解した。荒事に参加したのも、自分の意見に賛同したのも、彼らの自由意志によってであるはずなのに。

 ――使い捨てること事態は事実であったから、東次郎は言い訳をしようとは思わなかった。だが、そうではないだろう。問題は、そこではないのだ。

 

 お前ら、しくじったら当然、死ぬかもしれないとわかっていたんじゃないのか。

 俺に率いられていたんだから、俺の意思で都合よく使われることもあると、わかったうえで俺と一緒に居たんじゃないのか。

 そんな覚悟もなく、美味しいところだけをかっさらって、自分たちは知らん顔で俺を捨てるのかよ――と東次郎は憤慨した。

 

――オオ! 俺は悪党さ、それでいい。だがよ、それでも最後の一線は守っていたつもりなんだぜ?

 

 東次郎には言い分があった。若衆たちにもそれはあったし、村長にもあったに違いない。

 結局のところ、お互いに勝者と敗者に分かれただけに過ぎない。だからこそ、東次郎は悔しかった。

 こんなところで死んでなるかと、拘束された身で最大限に抵抗する。袋叩きになって死ぬのが、彼の本来の運命であったかもしれぬが――まずは一つの幸運が、彼の命を長らえさせた。

 襲いかかってきた若衆の手に、刃物が握られていたこと。そして、東次郎が腕を失う覚悟で後ろ手に縛られたまま、その刃物に腕を差し出して――腕の肉ごと、縄を切ることに成功したのである。

 

――これで、逃げられる! 腕を失っても、生き延びれば次があるんだ――!

 

 左前に縛られていたから、利き腕の右は守られた。左腕を犠牲にして拘束を解いて。後のことは、東次郎もよく覚えてはいない。

 どんな立ち回りをしたのか、詳細を覚えられぬほどに無我夢中であった。それでも生きて刑場から逃げ延びたのだから、東次郎の才覚はもちろんだが、それ以上に運に恵まれていたのだろう。

 結果から逆算して言うならば、悪運というほかなく、果たして生き延びたことが東次郎の幸せにつながったかどうか、いささか怪しくもあるのだが。

 とにもかくにも、彼は死なずに逃げ延びた。しかし、一度ケチが付いた人生は、最後までケチがつけっぱなしで終わることになる。

 それを思い知るまでに、さほどの時間はかからなかった。東次郎は、死ぬまで己の宿業を克服できず、報いを受けるしかなったのだ。

 ――鬼になるべくしてなり、相応の死を迎える。彼は最後まで、悪党を貫き通すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 東次郎は左手に深い傷を置い、体中を斬り付けられながらも、生き延びることが出来た。

 争いのさなかで奪い取った匕首を懐に、夜道をさまよう。

 暗い街道でも、歩いていけば、なにかがあるだろう。幸い、夜目は効く方だ。知らない道に出て久しいが、歩き続ければ希望は見えると信じて進む。

 

――血は流したが、まだまだ俺はやれる。そうだ、俺はもともと血の気が多いんだ。少しくらい失ったからって、何だ。傷にも強いし、体の頑丈さには昔から自信がある。これくらいの傷、死ぬほどじゃない。取り返せる。俺は、死なない――。

 

 適当な民家を見つけて、押し込み強盗でもしてやりたい気分だった。東次郎の精神性が、自分への加害を忘れさせるために、他者を迫害することを求めていたのだが……。結論から言うならば、彼の目論見はあっさり頓挫する。

 遠目に明かりが見えた気がしたので、街道を外れてでも進むと、果たしてそこには民家があった。

 薄く明かりが漏れる家からは血の匂いがしたが、構わずに東次郎は押し入る。何があろうと、己の手で奪い取る覚悟であった。

 なのに、そこで出会った男は涼しい顔をしていたし、血の匂いがしているのに妙に小綺麗に見えた。ぼんやりした明かりの中でも、知的な美男子であるように、東次郎には思えた。

 

「夜の客人か、運が良い。腹の具合は満ちていて、今は血肉を必要としていない。……すると、ふむ。気まぐれを起こすには、悪くない気分でもある」

 

 よりにもよって、押し入った家は鬼の住処であり――さらに付け加えるならば、その鬼は食事をしたばかりで、立ち寄っただけの強盗を食わねばならぬほど飢えてはいなかったのだった。

 しかし、東次郎にそうした事情はわからない。彼には、白面の青年が偉そうに吹いているようにしか見えぬ。

 当然、青年が鬼舞辻無惨という名を持っており、鬼の王であるという事実などわかろうはずもなかった。

 優男に見えたから、脅して奪おうと試みる。それが、どれだけ無謀なことであるかなど知らずに。

 

「何を言っていやがる。状況がわかっているのかよ、お前――!」

「常であれば無造作に殺すか、食うところだが。馬鹿の戯言に付き合う余裕が、今の私にはある。お前こそ、私の寛大さに感謝すべきだぞ。……道化と思えば、その姿もまた面白い。なんだ? どこで調達した刃物かは知らぬが、そんな匕首で私の命を取れると思っているのなら、楽しすぎて笑ってやりたいくらいだな」

 

 腹が満ちていなければ、空腹の苛立ちのままに処したであろうことは間違いない。

 鬼舞辻無惨は暴君の見本と言うべき存在であり、気分次第で他者を害することを当然のように考えている。

 だが裏を返せば、気分と状況次第で、暴君らしい奔放さをも発揮できる部分もあった。元が知識階級の出であるだけに、ただ暴を振るうだけの愚か者ではない。

 刃を見せて凄んでいる若者など、今の彼にとってはカマキリが威嚇しているようなもので、無視して捕まえることなど造作もないことであった。

 

「血を見なきゃわからないってか? お望みなら、そのキレイな肌を血まみれにしてやっても良いんだぞ」

「――身の程知らずを許せる気分なのは、部下が少なくなっている現状を、痛いほどに自覚しているからでもあるのだろうな。……乱世は嫌いだ。気づけば勝手に部下は減るし、捜し物をする余裕もあまりない。南北朝もそうだが、どうして人の世はこうも荒れやすいのだ。私はただ、自分の身を保全したいだけだと言うのに。鬱陶しい連中も湧いて出てくる上にこの有り様、全く持って迷惑甚だしい」

「理由のわからないことを延々とほざき腐る。その図々しさ、死んだぞお前――ッ!」

「こんなものでも、賑やかしにはなるか。飽きるまでは、一人くらい馬鹿を飼うのも良いだろう。――喜べ。私自ら、教育してやろう」

 

 この点、東次郎は運が良いのか悪いのか。彼は散々に痛めつけられ、力の差をわからされた挙げ句――鬼の王に認められて、その傘下に加わることになる。

 外道の末路など決まっているようなものだが、その過程には価値があろう。少なくとも鬼舞辻無惨は、気分次第でそれを認める程度の器量くらいは、持ち合わせていたのだった――。

 




 なんか唐突に無惨様が現れましたが、ここらで顔出しさせておかないと、原作がなにか忘れてしまいそうになるので……。

 そして継国の物語である以上、巌勝の成長物語という一面も、必要だと思っております。私がそうしたいと言うだけなのですが、崩すためにもまず積み上げるという過程がいるのですね。

 原作の流れに入るのはもう暫く先ですが、お付き合いいただけると幸いです。
 では、また。来月の投稿時に、再度お目にかかれることを願っております。

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