継国之物語   作:西次

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 相変わらず遅々たる歩みですが、どうにかこうにか話を進めてまいります。
 文量もやや少なめになってしまいましたが、お楽しみいただければ、幸いです。



第十五話 次代のための布石

 月舟禅師にとって、継国巌勝がどのような存在であったかといえば、なかなか難しい。

 ほぼ身内のようなものだが、肉親ではない。弟子というほどの結びつきはなく、ただの教え子と言うには情を抱きすぎている。

 

 あえて言うならば、月舟にとって巌勝は一切の遠慮なく可愛がれる子供であった。責任も限定的で、もしもの不幸があったとしても、罪悪感を感じずに済む相手でもある。

 年老いた身には、それがどうしようもなく甘美なものであり、当人の才覚の鋭さも相まって、禅師にとっては好ましくてしかたがなかったのだ。

 錯覚といえば錯覚に過ぎないが、老人は相手が若いというだけで、勝手に未来を夢見て、子供に情景を向けることがある。

 

 そうした感情を自ら覚えたことに、月舟自身も戸惑うことがあるが、これが紛れもない現実であると受け入れてもいた。

 縁談を持ち出したのも、それが理由の一つと言えなくもない。しかし、継国家の将来を見据えるならば、いずれは切り出さねばならぬ話でもあった。

 

――富岡の立地は、多方面に食い込むにはいい場所にある。危険といえば危険だが、婚姻がうまく行けば伝手が一気に広がろう。武家ならば警戒されても、僧ならば受け入れられる、ということもある。

 

 単純に巌勝の婚姻を考えるならば、相手が富岡家である必要性は、必ずしもなかったのだが――そこはやはり、老僧の狡猾さというべきだろう。継国家への利益は前提だが、当然ながら自身と所属する曹洞宗への利益誘導が、ここには確かに存在している。

 

 曹洞宗としては、縁談を機に富岡領への自宗の浸透を試みることができる。これまで行わなかったわけではないが、名目があれば継国家の支援が受けられよう。

 武家の後押しは警戒を呼ぶこともあるが、月舟はこれをいい方向に影響させられるという自信があった。富岡家自身が、継国家との繋がりを求める可能性は、決して低くないであろうから、そこにつけ込めばよいと老僧は考えている。

 

 この際、布教は必ずしも必要ではない。むしろそれは度外視して、他宗との繋がりをこそ月舟は求めていた。曹洞宗は、別段他宗を敵視するような組織ではなかったから、話し合う余地はあるはず。

 僧同士の横のつながりは、そのまま情報網の構築につながる。さらには知識の伝達と保存、それらの共有は、知識階級としての僧の価値を高める。次代のための布石として、打てるものなら打っておきたいというのが月舟の結論だった。

 

――少々肩入れが過ぎるとは思うが、わしもこの年よ。老いて枯れるまでの間に、何かしらの成果を、この世に残しておきたくなった。

 

 彼自身の利益をあえて定義するならば、それは自身の教え子たちの安全と発展にあったといえる。

 月舟は自宗にも弟子が多くあり、彼らのためにも仕事を用意し、庇護者をできる限り確保しておきたかった。富岡領には彼らを出向させられれば、それだけ顔を広げられる。ひいては、生き残る手段が増える。

 ただ、自宗の弟子はそれで良いとしても、教え子の中でも最も気にかけているのは、僧ではなく武家――しかも今だ子どもに過ぎない、巌勝その人であった。

 

――婚姻のついては、本決定まで当人には伏せる、と決めてある。そもそも、わしとて結婚生活について知っているわけではない。何かしら適当な教えがあればよいのだが、こればかりは僧にできることはないのだな。

 

 教養を授け、政治を教え、人脈を都合して環境を整える。……十分な力になっているはずである。これ以上を望むほうが、非合理ではあるまいか。

 求めればそれこそキリがないものだが、よりよい環境を求め続けるのは人の性か。そう思えば、月舟とて自嘲したくもなる。

 

――年を食っても、人の世が移り変わっても、おそらく俗世の悩みは尽きまい。わしとて、また数多くいる俗物の一人に過ぎぬか。……せめて、未来ある子どもには、責任ある大人の姿を見せてやりたいものよ。

 

 さしあたっては、自分の仕事をまっとうすること。巌勝への教育は、特に力を入れるべきことであった。

 思いを新たにしたところで、授業の時間である。そろそろ巌勝がやってくる頃合いだと自覚していればこそ、あれこれと気を回したくもなるのだった。

 だが、子供の前では毅然とした態度を保たねばならぬ。学問の師とは、そうしたものだと月舟は実感していた。

 

 巌勝には、最初に歴史を教えた。必要なだけ、最小限ではあるが、子どもは飽きやすい。一つを集中して教えるより、様々な学問を並行して教えるほうが良いと、経験則で知っている。

 教養としての歴史、実務としての算術。実用としての兵法に入るのは、それからにしようと思っていたが、巌勝は飲み込みが早い。

 

 武経七書の内容に入っても、そろそろ良かろうと、月舟は教材を用意している。戦史についても歴史を漁れば、瞠目すべき例はある。

 理論から現実を見て、考察する。それもまた有益な目線であろうと、老僧は思う。武家として闘争から逃れられぬ身の上ならば、せめて心構え位は机の上で理解させてやりたいのだ。

 

 孫子呉子くらいは自主的に学んでいるだろうが、他は継国家も所有してはおるまい。他の五書は寺の蔵書にあるから、月舟が貸し出せばそれで済む。

 もっとも、それが真実、実用に足るものかどうか。その判断を下すのは、やはり月舟自身ではなく、巌勝と彼に続く郎党たちになるであろう。

 

――年老いて、わかる。責任を負う者と、現実に被害に合う者は、必ずしも一致しない。そして今更心を痛めるほど、若くもなれぬ。

 

 兵法の教授は、果たして仏の心に叶うものか? もちろん、よくよく考えずとも、そんなことはありえないとわかる。とすれば、月舟はとんでもない背信をしているのかもしれぬ。

 それでも、老僧は自分の行いが間違いだとは思わなかった。たった一人の武家の子どもを、ひいきしたい。その欲望さえ持てぬのならば、己は死んでいるのと同じことだと思うから。

 

 さて、改めて己が罪と向かい合ってみれば、地獄に落ちてから、償えるものかどうか。そのようなことを、駆けてくる小さな足音を聞きながら、月舟は思うのであった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 継国家の武官筆頭――などと自称している平助であるから、次代の当主とその家庭についても、関心を持つのは当たり前のことだった。

 だから巌勝の婚姻については、頭をよぎったことくらいはあるし、その相手としてどこの誰がふさわしいか――景勝らが気を回すことにも、違和感は覚えなかった。

 富岡家については、平助も詳しい事情は知らない。彼にとって、間接的な付き合いは知ったことにはならない、という認識である。

 両家の顔つなぎの場も、平助には用意できなかったことだ。そこは月舟禅師を信頼する他ないと割り切っているが、気になるものは気になるのである。

 

――日々の業務に追われていると、どうしても富岡領までは手は回らない。家業と鍛錬に加え、情報収集にまで手を伸ばすには、俺個人の能力を超えている。付き合いの浅い家ゆえ、信頼の構築にも時間がかかろう。……結論を急ぐべきではない、か。

 

 まずは様子を見ることだと、平助は判断した。月舟の伝手次第だが、それをきっかけにして食い込んでいけばよい。焦らずとも、見極められる時は来るだろう。

 それよりも深刻なのは、継国家の親子仲である。景勝と巌勝の間には、未だに感情的なしこりがあった。これを取り除いてやりたいが、元が理屈ではなく感情であるだけに始末が悪い。

 

 彼個人の能力で、どうにかなる話ではない――という意味でも、継国家の一連の出来事は平助の精神を疲弊させていた。

 景勝は、月舟禅師から『息子を労れ』と苦言を呈されている。そして景勝はこれを受け入れたはずだった。

 しかし、それでも自ら改善する素振りすら見せないのだから、困ったものだった。言質こそ与えたが、今すぐやるとまでは言ってない。いつ、どう応えるかはこちらで決める――とでも思っているのか。

 現状、唯一の後継者である嫡子との関係改善こそ、当主のやるべきことであるだろうに。

 すぐに取り掛からない事自体が、景勝の精神のあり方を示している。平助は、それをなんとなく理解していた。

 

――あの人は、まだ縁壱を探している。定期的に人をやって、子どもがさらわれたとか、どこかに消えたとか、そうした怪しげな話を集めては調べさせているという。

 

 巌勝も、そうした父の行動が見えているのだろう。これで微妙な感情を抱くな、という方が無理だ。

 彼の心のなかには、己を超える才人としての弟の姿が、色濃く残っているのだろう。父が弟を選び、己を捨てるのではないかという不安は、あって当然だった。

 そうした意図なく、純粋に縁壱を思っての行為であったとしても、なおさら巌勝への対応を放置しておいて良いはずがない。仮に縁壱が戻るとなれば、継国家の跡継ぎが二人になる。

 

 縁壱が予備の立ち位置になるのが正当だが、平助とて景勝の心を完全に理解しているわけではないし、乱世は何が起こるかわからない。

 場合によっては巌勝が憂慮したように、彼を廃嫡し、縁壱を次期当主に据える可能性もなくはない――と、平助は思っている。

 それだけ、あの人は妻である朱乃のことを愛していた。朱乃が「家族三人で仲良く暮らしてほしい」という旨の遺言を残していたことから、景勝はかえってその言葉に囚われてしまったのではないか。

 

――縁壱を厚遇することが、妻への愛情の証明にでもなると、勘違いしているかもしれん。己の誤りを認めるのではなく、むしろ目を逸らしたいがために、朱乃様の言葉に執着しているのではないか。俺の目には、そう見える。

 

 馬借の棟梁として、武家当主としての判断力には陰りはないものの――自身の家庭への対処を誤り続けているのが、景勝という男だった。

 では、誤りを正すために、自分には何ができるのか。自問したうえで、平助はこう答えを出した。

 

――縁壱さえ見つからなければ、問題はないのだ。どこを探してもいないとわかれば、そのうちに諦めよう。諦め、疲弊したところで巌勝の存在を意識させ、嫡子の価値を再認識していただく。縁談は、いい機会だと思うべきだ。

 

 運任せといえばそれまでだが、これ以上の積極策を取る余地は、平助にはない。

 最悪、見つけたところで説得すれば、縁壱のほうが聞き分けてくれて、改めて出奔してくれるかもしれぬ。それでも駄目なら、『事故』にあってもらえばよい。万が一にでも仕損じぬよう、数を揃えておけばよかろう。

 ……と物騒なことを考えながらも、実際には起こってほしくないとは思う。平助とて人の子だから、子どもを手に掛けることなどしたくはないのだった。

 

――巌勝からも『父上と話し合う機会がほしい』との訴えを受けている。すぐにでも実現させてやりたいが、今はあの人のほうが理屈をつけて避けたがるだろう。時間はやはり、置く必要があるな。縁談の進み具合も気になるが、さてこればかりなんとも……。

 

 平助は思い悩みつつ、日々を過ごしていた。一日経ち、二日経ち、三日を数える頃――。

 思いのほか早く、そのきっかけは訪れる。月舟からの使いの者が、彼に教えてくれた。

 

「富岡家との縁談が、ほぼ決まったというのか? それも、あちらの意向で?」

「はい。継国家の同意が得られるならば、そのつもりで進めたい――とのことです。月舟禅師からの言伝ですが、それだけに疑う余地はありますまい」

 

 月舟禅師は、景勝に直通で繋げずに、平助を通して自身の成果を伝えることにしたらしい。 

 その意図を察するに、あの老僧も景勝に対して批判的な目線を向けていることが感じられる。ある意味では同士と見て良いと、平助は判断した。だから、これを奇貨として景勝に迫ることにしたのだ。

 

「わかった。ついでに問うが、以後の富岡家とのやり取りは、月舟禅師から継国家へと引き継がれる。そういう認識でいいのだな? 禅師の意向をいちいち伺わずとも、こちらの都合で進めても良かろうな?」

「はい。以後は景勝様が、富岡家へ直接文のやり取りをすれば良い、と禅師から言われております。後はお互いに返答を交わしながら、ゆるゆる進めていけばよい、とのことです」

 

 聞くべきことを聞くと、平助は景勝にも同じことを伝えるよう、使いの者をやった。

 自身で直接景勝に伝えに行くことも考慮したが、彼には考える時間が欲しかった。

 親子関係については、ここしばらく悩んでいたところだ。景勝と巌勝は、縁談が持ち上がった時期から一度も対面していない。

 事が進んだとなれば、流石に当人に伝えぬわけにもいかないし、それは当主たる景勝が直接申し渡すべき事柄だ。しかし二人の間には、いまだに微妙な空気が漂っている。

 

 これをどうにか解消させたいが、果たして今は適切な時期であるのか。引き返せないところまで縁談を進めて、おもむろに伝える形にしたところで、巌勝は拒むまいが……それはそれで不誠実な気もする。

 平助には即座に判断がつかなかった。とはいえ、時間がすべてを解決してくれるような話ではない。ひとしきり悩んだ後、平助は行動を選んだ。

 

「――よし」

 

 どうせ困難に直面するなら、早いうちに処理したほうがいい。喫緊の課題がない平常時にこそ、問題を洗い出しておくべきなのだ。

 平助は、巌勝と景勝を引き合わせ、縁談を含む継国家の現状を伝える場を設けることに決めた。自分が動けば、景勝はわかってくださると、彼は期待した。

 

 親子なのだ。微妙な感情で、心理的な距離が離れているからと言っても、どうにか取り繕う機会は作れるはずだと思う。

 二人きりならば、それはもうひどい空気になるかもしれないが。――今は、自分がいる。無理にでも同席して、隔意を取り除く手助けをすれば、案外うまくまとまるのではないか。

 巌勝は年に似合わず理知的だし、景勝も物わかりの悪い方ではない。本当に、ただ感情だけが邪魔をしているのだ。ならば、第三者の冷静な指摘があれば、和解……というのもおかしいが、とにかく親子関係をマシなものにできると、平助は信じたかった。

 

 それが継国家の臣の務めであり、景勝に恩を受けた者として、やるべきことであるのだと。

 縁談は決して悪い話ではなく、継国親子はこれを機に結束できる。継国家は今後も発展していけると、お互いに納得できる話し合いになる、せねばならぬ――と、彼は決意する。

 上野国の、一国人の家がどうなろうと、世の中はそう大きくは変わらない。他国者にとっては、さほど興味を引く話にもならないだろう。

 戦国の世は誰もが生きるのに必死であり、一家庭の問題など、他人が斟酌してくれるものではない。

 だからこそ、当事者たちが自力で救済を図らねばならなかった。そして、そのための努力が常に光をそうするわけではないということも、また人の世の現実でもあるのだった――。

 

 

 

 

 

 

 富岡智信がこの一年、信濃と上野の境目を駆けずり回って得られた成果といえば、どうにも乏しいものがあった。

 鬼の痕跡は発見した。人が食われている痕をたどり、怪しい部分を捜索したこともある。それらしい相手を見つけて、詰問したこともある。

 

 だが、あの日に村はずれの家を襲い、人を食い殺した鬼に行き当たることはなかった。偶発的に出会った鬼を斬り伏せることはあったが、智信の勘では無関係であるように思われる。

 生まれたばかりの、人を食い始めたばかりの小鬼が二匹。『新しすぎる』ことから、ごく最近、この近辺で鬼を増やした奴がいたことは疑いようがない。

 

 智信はこれを報告し、その返信を受け取っていた。自分が探った情報であればこそ、己の組織が出した結論を重く見ていた。

 往復するカラスから情報をやり取りする中で、自覚する以上に鬼の中枢に近づいていたことを、彼は知ったのである。

 

――お館様の感性に従うならば、あのとき、あの場所には首魁たる『鬼舞辻無惨』が居たかもしれぬと言う。だとすれば、俺に期待されているのは、木っ端の鬼どもを見つけ次第斬り捨てることではない。無惨につながる縁を確保し、奴の居場所を突き止めることだ。

 

 無惨が血を与えねば、鬼は生まれない。当人か、極めて上位の鬼が、無惨の血をばら撒いたことになる。

 しかし鬼が本気で隠れるつもりならば、常人が今更探っても後の祭りかもしれない。何もかも後付で得た情報であるから、智信としては歯がゆかった。

 焦燥しながらも、張り切って動き回ったのだが、得られた成果は乏しかった。協力者も同様に尽力してくれたが、鬼と張り合える武力を持たぬ一般人に、期待を抱くのは酷というもの。

 智信は鬼殺隊の一人であり、選別も乗り越えた精鋭である。同じ鬼殺隊の同士ならば叱咤したであろうが、そうした過程を経ぬ協力者には、自然と対応も柔らかくなるのであった。

 

「ご期待に添えず、汗顔の至りであります。どうか、この年老いた愚物をお許しください……」

「気にするな。俺としても、自分の足の鈍さが情けない。救援を頼んでおいたから、追加の戦力に期待しつつも、再度捜索を続けるほかあるまい。――あなたは、十分に役に立っている。自分を恥じることなく、今後とも変わりない付き合いを頼みたい」

「おお、そのお言葉、しかと心に刻みまする。あなたがたのお役に立てるのならば、命も惜しくはありませぬ。なればこそ、どうか――」

「わかっている。必ず、鬼は見つけ次第に皆殺す。証拠に首でも持ち帰れればよいのだが、あれらは死ねば跡形も残らぬのだ。……この富岡智信が請け負う。俺は死ぬまで、鬼を狩り続ける。俺の面倒を見てくれる限り、近場で鬼に大きな顔はさせぬよ」

 

 智信は、自身の探索能力について、いささかの疑問を覚えざるを得なかった。救援を読んだのも、そのためである。付け加えれば、戦力も己個人では不足であろう。

 運良く無惨を見つけられたとしても、単独で挑むのは自殺行為だ。かの鬼の王の戦力を推し量れるほど、彼の手元に情報はないが……これまでの戦歴の中で、智信は自分の力が上澄みの鬼には及ばぬことは理解していた。

 

 上澄み――と便宜上表現するが、長く生きて多くの人肉を喰らい、鬼殺隊すら返り討ちにして来たような、古い時代の鬼のことである。

 見た目で判別できればいいのだが、実際に戦わねば力の大小などわかるものではない。だからこそ、より厄介であるとも言える。

 

 鬼殺隊の中でも、その手の鬼と対峙して生き残った者はごく少ない。智信は数少ない生き残りだが、それだけに現実的だった。

 まさか、無惨が部下の鬼どもよりも弱いことはあるまい、とも思う。とすれば、己を含めた隊士の数人が同時にかかったとて、勝機を見出すのは難しいと見ねばなるまい。

 無惨との遭遇戦を想定し、本気で討ち取りにかかるならば、総力戦が必要になる。その準備をするにしても、確たる証拠がなくてはならぬが――。

 いずれにせよ、無惨の周りには多くの鬼がいるだろうことも考慮すれば、捜索の段階でも危険はつきまとう。できれば確たる援護を得たいところだが、さてどうか。

 

――誠二郎の奴が捕まってくれればいいのだが。煉獄家は鬼殺隊でも特別な家格を持つ家で、お館様から直接任務を授かることもある。個人的な友誼で呼び寄せられるかどうかも、微妙なところだ。報告できるだけのことはしたが、いまだに近場にとどまっているという確証もない。だが、この近くには見逃してはならぬ、何かしらの物が存在するような気がしてならんのだ――。

 

 智信が誠二郎(せいじろう)と呼ぶ相手は、代々産屋敷一族に仕えてきた煉獄家の次子であり、次代を嘱望されている男である。次子である以上、彼には兄がいたのだが、早世してしまったために彼が煉獄家の嫡子となる。

 もし戦死でもすれば煉獄家は断絶の危機を迎えるため、扱いには慎重を期すべきなのだが……。

 

――誰も彼もが、鬼を前にして、危険を犯している。自分だけが楽はできぬと、積極的に前線に立って、しかもそれが様になる男だ。そういう男だからこそ、なおさら死なせたくないとは思うのだが、これで存外しぶとく戦うすべを心得ている。ここは、頼っていい場面だろう。

 

 それなりに付き合いのある相手であり、不思議と近くにいるだけで信頼を寄せてしまいそうになるほど、人当たりのいい好人物でもあった。調査を進めるにおいて、彼の人柄を頼りにできるのなら心強いと、智信は思っている。

 ……今から戦力を投入して、成果が挙げられるものか。そこを疑問視されてしまえば、智信も強く主張は出来ない。だから半分くらいは諦めていたのだが。しかし要請から二ヶ月後――期待通りに彼は来てくれた。

 

「智信、来たぞ!」

「おお、誠二郎。久しぶりだな――と、旧交を温める余裕も、今はない。どうにも面倒な事態になってな。腰を据えて取り掛かるためにも、お前の力を借りたいと思っていたところだ」

「オレの力が必要になったか! あいも変わらず、不躾な奴よ。お館様の執り成しがなければ、オレとてこの場に来られたかはわからん。――それほど、状況は厄介なのか?」

 

 誠二郎は有り体に言って、表裏のない人間であり、正直者で豪快な男だった。

 人の信頼を得ているのは、そうした彼の人格に由来する。智信もまた、彼の人柄が好きだったし、だからこそ頼ろうとも思えたのだった。

 

「すでに、鬼の出現を確認している。二匹切り捨てたが、どうにも臭う。……どいつもこいつも生まれたての雑魚だったが、それだけに気がかりだ」

「切り結べば、相手の力量がわかる。その生まれたてに連続して遭遇したなら、たしかにこれは異常事態、策謀の匂いがするな!」

「証拠と言えるものは、俺の感性……いや、はっきり言おう。物証はなく、怪しいというのも勘でしかないが、鬼の頭目が近くにいたのではないか。その痕跡を探るのに、人手がいると思ったんだ」

 

 智信は言いにくそうだったが、その勘を誠二郎は信じた。鬼舞辻無惨は神出鬼没で、居所を掴むのも難しい。

 たとえたどり着かずとも、『追われている』と無惨が感じ取ったなら、逃げるか戦うか、相手に選択を迫ることが出来るだろう。それだけでも意味はあると、誠二郎は考えた。

 

「二人ならば、冒険もできる。もしものときに、一人を盾にして、逃げ延びることもできよう。――誠二郎。その時は、お前が生き延びるんだぞ」

「今から悲観するようなことでもあるまい! もしもの話はもしもの時に考えればよい。……目星はついているのか?」

 

 目に見える過酷な試練があれば、まず己が窮地に飛び込み、同士を守ろうとするのが誠二郎である。

 悲観論を笑い飛ばし、まずは眼の前の仕事に取り掛かることを彼は勧めたのだった。

 

「それが、なんとも。あらかた探ったが、まだそれらしい感覚は掴めんな。だが鬼に遭遇した時点で、上野と信濃の間が怪しいのは確定だ。無惨がいる――とまでは断言できぬしても、側近と呼べるような、強大な鬼が潜んでいてもおかしくはあるまい。そのおこぼれに預かるように、小物の鬼が徘徊しているような雰囲気があるのでな」

 

 智信は深刻そうな表情で行ったが、誠二郎は今ひとつ感覚が掴めない。根拠のない勘で物を言われても――というのが、正直なところだった。

 しかし、誠二郎は智信を友だと思っている。友の言葉は、尊重するのが彼の生き方だった。

 

「オレは何をすればいい? お前は、オレに何を求めているのか。……単なる戦力なら、数を求めてもいいだろうに」

「しばらくは、こちらの都合に合わせてくれ。――具体的にどう、とは言いづらいが、まず周辺の顔役に話を通さねばならん。煉獄やら富岡の名が通っている地方ではないし、刀をぶら下げた武人を見て、過激な反応をされるのが一番まずい。自警団の一員として、まずは働く。何事も、まずは人々の信頼を得てからの話だ」

「……オレだけにしかできない仕事があるから、呼ばれたと思ったんだが」

「お前の人柄を当てにしているんだ。お前くらいわかりやすい男を警戒するやつは、そういない。お前はいつもどおり、鬼を探るついでに治安維持をしていればいいさ」

 

 回りくどいやり方だな、と誠二郎はいった。智信もそう思うが、腰を据えて調査するならば、必要な作業だった。

 どこに潜んでいるか、どれだけの数がいるのか、そもそも把握することすら困難なのが鬼である。

 各地に網を張って、どこかが引っかかるのを待つしかない。今回をきっかけにして、信濃と上野の間に、一つの情報網を作っておきたいというのが智信の案だった。

 土着は手段の一つとして有用だから、鬼の被害者である土地の人々にも、なるべく恩を売っておきたい。治安維持活動は、その中でも鬼殺隊にとって一番容易な仕事であろう。

 

「鬼に比べれば、盗賊や暴徒など赤子のようなものだ。お前にとっては、簡単だろう」

「智信はそういうがな。……人を斬るのと、鬼を斬るのは違う。人を斬る可能性がある治安維持は、なかなかキツイものだぞ」

「そのキツイ仕事を続けるには、なにかしらの救いのようなものが必要なんだ。お前は、自分よりも他人を思いやれる奴だからな。そういう奴が一人いるだけでも、十分助けになれる」

「そういうものか! ――智信、おまえは頭がいいのだな」

「考える時間だけはあったからな。無駄に言葉か多くなりがちなのは、困りものだが。……どうにも、口ばかりが先に立ってしまう。そういう性質なのだと割り切るしかないと思うが――知恵が回って口のうまい奴は、保守的な農村だとなかなか信頼されん。だからこそ、誠二郎。お前の力を、貸してほしい」

 

 戦国の世は随分と人の心を摩耗させたが、皆無になったわけではない。人同士の争いであればこそ、精神が荒んでいくのは仕方のないところであった。

 人が同種である人を傷つけるというのは、よほどの行為であり、名目なしにこれができる人物は、実はそう多くない。

 餓えであったり、恨みであったり、そうした強い動機を持ってようやく刃を構えられる。それが真っ当な人間である。

 これは、返り討ちにする側も同じ道理である。自分の身を守るという、至極当然の成り行きであっても、顔と顔を合わせて間近で殺し合う行為は、人々にとって大いなる負担であった。

 戦国における治安維持では、殺伐とした行為も時には必要とされる。智信はそれがわかっているからこそ、誠二郎のような、あっけらかんとした人柄を求めたとも言える。

 

「しかし、何だな。鬼をただ倒すだけの仕事にはならんと思うと、色々と難しそうだ。協力者は、どれくらいいる?」

「藤の花の家は、近隣だとこの家を含めて三軒。俺が二軒増やしておいたが、どれも格別地位が高い家ではない。……だが、顔が広い連中が多いから、俺達の身元の証明には十分だ」

「だから治安維持か。――畑を耕すでも、猟をするというのでもなく、人々の安全を守ることで口を満たす。……誇り高い仕事だ!」

「そう言ってくれるお前だからこそ、俺は頼りにしたい。――頼むぞ」

「オレも頼りにしている。――つかめるといいな、鬼の王。無惨と刃を合わせる名誉は、オレとて望むところだ」

 

 何事も悩まず、正面から取り掛かるのが誠二郎という男だが、さらりと『二軒増やした』という智信の手腕にこそ、誠二郎は舌を巻いた。

 わざとらしく褒めても、喜ばない男だと知っている。誠二郎は、ただ信頼を口にした。それだけで、彼らはお互いを信じることができた。

 

「そうそう。まずは近場からだが、お前もお前で顔を売っておけ。藤の家の関係者は、横のつながりが広いほど好都合だ。とりあえず、この家の親戚筋とも、顔なじみくらいにはなっておけよ」

「いいぞ! ……とはいえ、オレは農村の作法に詳しくない。顔をつなぐ場には、同席してくれると助かる」

「わかっている。明日にでも、この村の有力者との席を設ける。……近隣の塩切村にも、縁者がいるらしい。どこから鬼の話が出てくるかわからんから、広く浅く顔を繋いでいかんとな」

 

 実務的な話は、そこまでだった。二人の語らいは、それからは他愛のない雑談に入り、お互いの近況を報告し会う程度に留まった。

 どれだけ口が回ろうと、彼らは行動の人である。軽い口調であっても、そこには鬼への殺意があり、執着があった。

 歓談した翌日から、彼らは精力的に動き始める。その調査を続ける中で、継国縁壱という人物に出会うことになるのだが――。

 

 鬼殺隊と縁壱。その運命的な出会いが意味を持つのは、しばらくは先の話であった。

 




 色々と妄想ばかり積み重なっておりますが、読者の皆様には毎回付き合っていただき、感謝の念に堪えません。

 今年も定期的な投稿を心がけていきたいと思っていますので、どうか今後ともよろしくお願い致します。
 最近、冬の寒さが一段と厳しくなりました。読者の皆様がたも、どうかお気をつけください。

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