継国之物語   作:西次

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 歴史的な出来事とか、当時の武家社会の慣習とか、あるいは武家の副業等については、詳しくありません。
 とりあえず、この世界ではこんなふうになっている、というくらいの感覚で書いております。このノリが肌に合わない方には、申し訳ないと思います。もっと、確かな知識をつけられたなら、よかったのですが……。

 毎回毎回、ギリギリの投稿で余裕がないため、見直しが足りてない部分も多く、矛盾などが発生しているかもしれません。
 それでも定期的な投稿こそが正義である。そう思って、今回も投稿のボタンを押しています。ご理解いただければ、幸いに存じます。



第十六話 継国家と富岡家の婚約話

 父と向かい合うのは、さて何日ぶりだったろうか。そう思うくらいには、巌勝と景勝の間には心理的な距離があった。

 だが実際に顔を合わせてしまえば、何を恐怖していたのか? 己に問いただしたくなるほどに、巌勝の心は平静を保てていた。

 

――度胸がついた、のではない、な。父上から逃げ続けることに、疲れたから。いっそ、立ち向かったほうが、気が楽だと……そう思えるようになったのだろう。

 

 巌勝は今、景勝の私室の中にいた。それだけならば、何も問題はないはずである。大事な話があると聞いているから、余人には聞かせたくないのだろう。

 平助も同席を求めたが、これは景勝が退けた。重要ではあるが、短い話になる。解説も必要ない、というのが彼の判断だった。

 当主の判断が、家の中では全てに優先される。逆に言えば、なぜそこまで意固地にならねばならなかったのか。巌勝はそれを察することまではできないが、楽観が禁物であることだけはわかる。

 

――何の話かは、やはりわからない。家業がうまく行っていることは知っている。いくさが近いとか、村内に問題があるなどという話もない。凶事でないとしたら、慶事であるか。自分が参加せねばならぬ行事なり祭事なりが、あるということか……。

 

 継子という立場でも、ある程度は己を客観視できるのが、巌勝という子どもである。そこまでは察することはできたが、それ以上は難しかった。

 だが、考えを尽くしたことは無駄ではない。少なくとも、景勝の前で動揺し、醜態をさらすことだけはなかったのだから。

 

「今回の話は、悪いことではない。緊張せず、気を楽にして聞け」

「……はい」

「お前に縁談がある。まだ進めている最中だが、各所から許可を取り付ける目処も立っているし、こじれることはあるまい」

「縁談……縁談、とは」

「お前の結婚に関わる話だ。何もわからぬ、という年でもあるまいが」

 

 縁談の意味を知らぬほど、幼くもない巌勝である。困惑したのは、いきなり突きつけられたからであり、あたり前のことのように、さらりと言われてしまったからだった。

 

「わからぬとは、申しません。……しかし、上杉殿にも、承認は得られているのですか?」

 

 だが武家同士の婚姻であるならば、上司の許可を得るのが常道。一応は確認しておかねばなるまいと、巌勝は父に問い質す。

 すると彼は、得意な表情で、すらすらと語ってみせた。

 

「正式にはまだだが、そこは月舟禅師が動いておられる。山内上杉家と古河公方との関係は難しいが、将来的には手を結ぶ余地がある……と言っても、お前にはわかるまい。複雑な事情は、おいおい理解しておけばよいとして、まずは相手の話をしよう――」

 

 それから景勝は富岡家について語っていく。ここでようやく、巌勝は縁談の相手が上野の国人であり、古河公方の息のかかった家である、富岡家だと知った。

 富岡家の名は、彼も聞いたことがあった。商売上、間接的に接することもある家だ。仲介の業者を通じてではあるが、評判も何度か耳にしていた。

 しかし、月舟禅師が動いているとは、どういうことか。日常的に接する老僧が、そこまで遠く高い人脈を持っていることを、巌勝はこれまで知らなかったのである。

 

「――富岡家の娘が、お前と娶せるにはちょうどいい年ごろでな。あちらも積極的に、こちらと縁を結びたがっている。事業的にも都合がいいし、お互いの上役から許可を取り付け次第、婚約という形になる。……実際には数ヶ月ほどの余裕を見ねばならないが、お前なりに気構えは持っておけ」

「気構えとは……?」

「元服はまだ先だが、元服の後に吉日を選び、結婚という流れになる。その前に顔を合わせる機会を何度か設けるが、気構えというのはな、うむ」

 

 景勝は、難しい顔をして、改めて言った。まるで、これこそが大問題だと主張するように。

 

「お前の方から、相手の娘を妻に迎えよう――という態度を示せ、ということだ。これは、家同士の繋がりのためであり、政治的な要求であり、失敗の許されぬ仕事だと思え」

「態度、ですか。それが……私の仕事である、と」

「要は上手にやって、仲良くなれ、ということだ。……女との付き合い方など、これまで教えてこなかった。慣れぬことであろうが、避けてばかりもいられぬ。覚悟だけはしておけ、という話だ」

 

 わかったな、と同意を求められれば、巌勝としては『わかりました』と答える他ない。

 とりあえず頷いたものの、さて、具体的にどう備えたらいいのか。仲良くと口にするのは簡単だが、具体的な行動としては以下にすべき? 巌勝は、息子として父に問う。

 

「覚悟を決めれば、なんでもできるというような、都合の良いことはありませぬ。人と人との付き合いは、感情的なものもございますれば――」

「子ども同士の話だ。今はそう、小難しく考える必要はなかろう。……あちらの娘には、よく言い含めておくよう伝える。お前は、素のままで接すれば良い」

 

 仲が悪くなって困るのは、お互い様であるからな――とだけ、景勝は言った。そして、話は以上だとして、早々に巌勝を退室させる。

 巌勝は困惑するばかりだったが、自分の状況だけは理解していた。己が、他所から嫁を取る。そのつもりで他家とも話をつけているから、これから一家を構える覚悟をせよ――という話である。

 つまりは、継国家の後継ぎとして、自分がようやく認められたような気がしたのだった。それを自覚すれば、むしろ誇らしいことではないか、とも思う。

 

――だが、父上とて、女子供の扱いはうまい方ではない。これは、平助殿から助言をいただかねばなるまい。

 

 巌勝はごく真っ当な分析に上で、そう結論づける。景勝のいないところであれば、萎縮せずに行動できるのが、彼の長所であった。

 だから相談する相手も選べたし、その相手が正しい言葉をくれることも信じられた。

 

 問題は、その当人――平助の方に、暇と言えるほどの暇がなかったことになる。彼は彼なりに、試練と向かい合っていた。いわゆる政治的かつ実務的な難局にあり、景勝の思案を超えた事態に対し、一人で立ち向かっていたとも言える。

 そんなことも知らない巌勝は、たまたま馬屋にいた彼を捕まえて、自室へと招いた。そうして自分の事情を話したのだが、平助はうんざりした表情で口を開く。

 

「景勝殿の楽観に、衰えを感じて仕方ない毎日。その上に、月舟禅師の謀略とか期待とか、余計なモンまで背負わされているのを自覚したところだが……なんだって? 女子の扱いを教えてくれってか。――俺もそうだが、お前も大変だな、ええ?」

「邪魔をした……のであれば、素直に引き下がります。申し訳、ありませんでした」

「まあ待て。なんだ、その、アレだ。俺も考えることが多くてな、どうも――。なんというか、スマン。子どもに当たることじゃなかった。……大人の世界は複雑なんだ。それでも、子どもへの配慮を失ったら、恥の上塗りも良いところだと思う。相談があるんなら、乗るぞ。なあに、人は二日くらい寝なくても死にはせん。三日をすぎれば怪しくなるが、それくらいには、今の俺にもは余裕があるぞ」

 

 態度は悪いが、巌勝の頼みとあらば、無理にでも時間を作る。それだけのことができる男でもあった。

 改めて、気を使って引くべきか、と巌勝は悩んだが――ここで思わせぶりな態度を取るほうが、平助に負担を掛けてしまうだろう。気を使うつもりなら、最初から相談などすべきではなかったのだと、今更のように思う巌勝だった。

 

「……拝聴いたします。できれば、平助殿が思い悩む事柄についても。私などで、お役に立てるのであれば……労力を厭うものでは、ありません」

「そうかい? とりあえず、女との付き合い方は、難しく考えないほうがいいぞ。お前にできることを、できる範囲で付き合ってやればいい。――口にするのも癪だが、縁壱に対するようにしていけばいい」

「……縁壱のように、ですか」

「色々あったが、前はそれなりに気にかけていたことは知ってる。その気遣いがあれば、婚約するであろう女子に対しても、悪くない対応ができるだろうよ。だから、俺はその点は楽観してもいいとは思ってるが……俺の心配は、そこではないんだよなぁ」

 

 助言らしい言葉の後には、心配を口にする。そうした平助の心の内はわからないが、放置して良いことではあるまい。巌勝はあえて踏み込んで、そこを追求する。

 

「心配とは、どのような……?」

「将来的には、お前にも無関係ではないというか、当事者になる話だ。だからここで伝えておくのも一手ではある。――とはいえ、子どもが負うべき悩みではない、とも思うからな」

 

 話すことをためらうのは、それ故だと平助はいう。

 大人の世界は、どれだけ複雑なのか。巌勝とて不安を覚えるが、彼はここで怯むような性格でもなかった。

 

「教えて下さい。……自分に関わることであれば、早いうちから、悩んでおくべきです」

「――ご立派すぎて、泣けてくるな、全く。それくらいに覚悟があるなら、まあいいか。難しい話になるが、前提から話していくぞ」

 

 ならば、と平助は自分が抱え込んでいる諸問題について、少しずつ語っていった。

 

「まず、相手の富岡家について、お前はなにか知っているか?」

「父から多少は聞きましたが、さほどのことは。……古河公方に近しいとか、複雑な立ち位置にある武家だとか、それくらいですが」

「それだけか?」

「はい。他にも細々と耳にはしましたが、どうにも……」

「わかりにくかった、と。――俺が同席していれば、解説もできたんだろうがね。最近のあの人は、どうも話を省略しがちだ。俺だって、後から聞き直したり自分で調べたりして、ようやく意図を把握できるくらいでな。……月舟禅師ぐらいしか、あの人の思考についていけない。これを衰えというべきかどうか、俺は悩んでいるんだが――まあ、それはさておき」

 

 平助は皮肉げな笑みを浮かべながら、続けた。彼なりに複雑な感情があり、思うところがあるのだろう。

 そこまで察した後は、余計なことを言わずに語るに任せるべきだと、巌勝は賢明にも理解していた。そして期待通りに、平助は必要な情報だけを開示していった。

 

「富岡家は上野国の小泉城城主であり、古河公方と上野赤井家に臣従している家だ。うちはマトモな城など持っていない家だが、富岡は違う。俺達なんぞよりも、立派な家柄と地位をお持ちなわけだ」

「我が家も、そこまで卑下するほどではない……と思いますが」

「経済的な実績だけを言うなら、そうだ。馬借の事業は景勝殿の代でさらに大きくなり、上野内の流通の柱になっている継国家。実利だけを思えば、我が家とのつながりを求める武家は多いだろうよ。……しかし、実利だけではないのが武家の世の常で、それゆえに継国家は苦労してきたとも言える。やや強引な言い方になるが、富岡家はその武家の建前よりも実利を優先するからこそ、継国家を選んだ。そう言えるのかもしれん」

「……今少し、わかりやすくお願いします」

「要するに、富岡家は富岡家で複雑なのさ。自身の生き残りを賭けて、我が家とつながることを選んだ。――そう、まさに賭けというほどに、この二家の繋がりは政治的に難しい。わかりやすく語るのは、俺にとっても難題になる」

 

 富岡氏は結城氏の庶流という経緯もあるのだが、そこは省いてよかろうと平助は判断した。

 重要なのは、富岡の上役の上野赤井家、ならびに主筋に当たる古河公方は、過去に山内上杉家と争ったことが何度もあった。肝心の富岡家もまた、その中で古河側で参戦し、立派に戦果を挙げたのである。

 ――つまり富岡家は、我が家の主君、山内上杉家と対立する関係にある。継国家との直接の交戦経験こそないが、そんな家との婚姻が、何をもたらすのか。

 そこまで解説されれば、今回の件がどれだけ複雑なものか、巌勝にもわかった。

 

「わかりません。主家同士が争っているならば、我々もまた、同様に敵対する間柄のはず。それでどうして、婚姻など結べましょうか。ましてや、上杉家からの許可など……下りようはずも、ありません」

「それが結べてしまうのが、政治の複雑さだ。……過去敵であっても、未来はどうかわからない。いずれ同盟を結ぶための布石と考えれば、部下同士を娶せて、情報を交換する機会を作るのも、悪くはない手だろうよ」

「過去に、殺し合っていながら、将来は手を結ぶ……? 遺恨は、引きずる価値もないと、そう言われますか? それでは、殺された同胞の想いは、いかがなさいますか!」

「武家社会は複雑怪奇だ。京都の周辺もひどいらしいが、東国も負けちゃいないぜ? 山内、扇谷、そして古河公方。いずれも敵対と協力を繰り返して、国人の連中も巻き込みながら何度も陣営を入れ替え、覇権争いをしている恥知らず。そんな奴らに恥? わらっちまうぞ、おい。そんなもん、犬に食わせろって話さ。……まずは自家の利益。そのためならば、どんな布石だって打つだろう。それこそ将来を見据えて、政敵に部下の家を潜り込ませるくらいはやるさ。地位の低い、餌するにはちょうどいい具合の国人がいるなら、喜んで送り出すだろうよ」

「我が家は、継国家は、その……ちょうどいい、家なのですか」

「でなけりゃ許可など下りるものかよ。――きつい話だろう? お前に覚悟がないなら、とても言い出せなかったことさ。今更後悔したところで、やめてやらんがね」

「いえ、なればこそ、今……この耳で聞いて、理解することが大事、と思います。平助殿も、ご苦労を掛けまする。後継ぎとして、その心労、お察し致します」

 

 巌勝の答えに、平助は喉が引っ込むような、苦しそうな咳を二つ三つ繰り返した後、悲痛な目で見返してきた。

 

――後悔させた、かもしれない。平助殿は、父の介護を務めているのだろうか。父のみならず、主家の上杉やその部下たちの尻拭いを、何度もやっていたのかもしれぬ。事業においても、政治的な、私などには理解も及ばぬようなことで、何度も煮え湯を飲まされたのだろう。そうした経験があればこその反応だと、今の私には、わかる。

 

 ここまで言われれば、巌勝とて理解する。古河公方と北条の微妙な関係を考えれば、いずれ北条を切って、上杉と結ぶ目がないとも限らぬと、現実的な視点から納得もできた。

 そうした未来を見定めているからこそ、月舟禅師が政治工作を行う余地が生まれ、継国と富岡が結ばれる結果も現れてくるのだろう。

 平助がそこまで言ってくれて、ようやく巌勝も理解した。何もかもを彼の口から吐き出させることに、罪悪感さえ覚えていた。だからこそ話を進めるために、決定的な部分だけを追求する。

 

「政治的な利点はわかりました。馬借の事業においても、富岡は立地が良い。商圏の拡大が目的であれば、富岡や古河との繋がりは、むしろ望むところと言えます。しかし――」

「なんだ?」

「それは全て、こちらの事情。あちらにとって、この婚姻がどれほどの益になるのか。継国と結ばねばならぬ理由が、富岡にあるのでしょうか……?」

 

 巌勝は、平助が当初抱いていたものと、同じ疑問にたどり着いた。そこまで自力でたどり着いたのなら、悩みを共有する資格はあるか、と彼は納得する。

 

「富岡には、嫡男がいないらしい。いや、正確にはいたが、今は家にいない」

「亡くなられた……ということで?」

「死亡したのではなく、出奔したんだよ。何かしらの理由で、家を飛び出して行方知れず。残った弟は幼い上、当主も最近は病気がちで将来が不安だそうだ。――だから、早急に他家と縁を結びたい、とも言っている」

 

 他家と結びたいとしても、やはり、それが継国家である理由は――と、巌勝は言いたくなった。

 だが彼が口に出すより早く、平助は説明を続けた。

 

「あまりにこちらに都合が良すぎて疑いたくなるが……今回の件は、あちらにとっても利益があるわけだ。継国家は上杉家の被官ではあるが、地位としては低いし戦で活躍した記録もない。そのくせ、経済的な実績だけは大きいと来ている。富岡家のような、主家が二つあって立ち回りに苦労する家にとって、我が家は利用価値があるとみなされたんだろうさ」

 

 富岡家は富岡家で、相応の事情があるらしい。とはいえ、利用価値を見出されたにしても、婚約を急ぐ理由にはならぬ気もする。

 いや、もしかしたら富岡家は家族仲が悪いとか、古河公方との折り合いが難しいのかもしれぬ。まして当主の健康に不安があるなら――理屈ではなく思いつきと衝動で、眼の前に来た話に飛びつくことも……なくはない、のか。

 そんなふうに巌勝は解釈した。それはおおよそにおいて、平助と同様の結論でもあった。

 

「ならば、わかります。富岡家の娘、なるべく、優しく接してやりたいと……そう思います」

 

 ここまで聞けたなら、さらなる詳細は、今は必要ない。とりあえずの結論を出すだけでも十分だろうと巌勝は判断した。

 その判断は、平助にとっても救いだった。次代の当主の聡明さを確認できたことは、臣下の幸福である。

 そうして救われたと思ったからこそ、自分からも働きで返したいと思う。この調子なら、懸念を全て吐き出してもいいだろう。全力で支える覚悟さえ持てれば、巌勝は悩みを共有するのに、うってつけの主であると平助は確信したのだった。

 

「許嫁殿には、そうしてやれ。あちらはあちらで、切羽詰まっているだろう。――俺もお前も、うかうかしてはいられんぞ?」

 

 できる限りのことはするが、前途は多難だと平助は言った。まだ問題が残っているのかと、巌勝は問う。

 

「まだ、なにか?」

「知ってのとおり、今回の婚約は、お互いの家はもとより、主家同士の思惑も絡んでいる。そちらの調整が、なんとも、な。月舟禅師は頑張ってくれているし、許可そのものは下りるだろう。だが……主家は納得しても、それ以外の連中まで同調してくれるかどうかは、別の話になるわけでな」

 

 そこまで言われれば、巌勝にもなんとなく状況は察せる。

 上杉の当主の承認は得られても、その部下たちは、継国と富岡の婚姻を不快に思うかもしれない。

 そうなったら、どのような嫌がらせが家に降りかかることか。継国家は政治的に強い家でもなければ、家柄の強みも持たぬ、地侍に過ぎぬ。馬借ごときが成り上がり――などと吐き捨てられても、ある意味では仕方がない部分がある。

 

「富岡家の者からは、おおよその同意は取れているのですか?」

「おおよその同意は、取れているらしい。だから問題は、古河と上杉家の方になる。……ご当主の説得に関しては月舟禅師が上手くやるだろう。戦略的にも実利的にも、当主個人の判断で済むならば、反論の余地はあるまいが――」

「逆を言うならば、その臣下共にとってはまた、別。実利的に反対したくなる理由がある……と、そういうわけですね?」

「まさに、まさにだ。継国家の勢力が伸長することを、望まない志向が上杉の家中にある。同様に、富岡にとっては古河の連中の目が気になるだろう」

 

 しかし、どちらかといえば我が家のほうが深刻だと、平助は続けた。継国家の長年の貢献を、景勝の部下としての視点で実感しているからこそ、上杉の冷淡さが腹立たしいのだという。

 

「あれだけの馬を収めてやって、真面目に金も米もくれてやっているのにだ! ――いや、真面目くさって正直に収めているからこそ、我が家が攻撃の的になっているのかもしれん。継国家を見習え、なんて言葉が、万が一にもご当主の口から出てきたとしたら、どうなる。なんだかんだで献金を渋っている、他の国人衆の立場がなくなるかもしれんな? そう思えば――おい、笑ってしまいたくなるだろうがよ、ええ?」

 

 格別のはからいを得てしまえば、嫉視は当然であろう。だが嫉視程度ならまだ良い。それ以下の蔑視であるとしたら、継国家の武官筆頭としては腸が煮えくり返る思いだった。

 国人であれば、誰しもが己の懐を気にするものだ。自身の領地とその生産量を第一に考え、自家の繁栄のために多少のごまかしはするだろう。それを責めることは、誰にもできぬ。戦国の世においては、自家の生存こそが最優先されるからだ。

 だがここに、真面目くさって正直にすべてを明かし、赤心から主家に仕える国人がいたらどうだろう。そいつが有能で、たまたま経済的に恵まれた環境にあり、我が身を削ってでも主家に財物を献上する態度を見せたとしたら、どうであろう。 

 他の家臣たちから『格好つけめ、余計なことをしやがる』と侮蔑されるのが、ごく当たり前の反応になる。……景勝は、まさにそうした仕え方を上杉家に対してやっているのだった。

 

「馬鹿臭いわ、無能どもめ。――主に尽くせる能もないくせに、他家を責める口だけは立派だと来ている。……いやしくも武士ならば、主のためにどれだけ働けるかが第一義であろうがよ。蔑視と嫉視以外にやることはないのか、ええ? 生まれに恵まれて、主家に侍るだけがお役目の連中が、俺は憎くてしょうがない!」

 

 平助に言わせれば、他の連中が不甲斐ないだけの話なのである。力もないくせに、文句は一丁前に吐いてみせる。そうした手合を、彼は心底嫌っていた。

 嫌っていたからこそ、巌勝にはそうなってほしくないと、心から思うのだった。他人を攻撃する前に、まず己を省みるそうしてこそ、正しく生きることができるのだと、平助はいう。

 

「巌勝、お前は、あんな連中を見習うんじゃないぞ。たとえ恵まれなくても、不当に他者を蔑むな。理由なく、容易く誰かをおとしいれようと思うな。――主のためにこそ、あらゆる手段は尽くされるべきなんだ。……武士とはつまるところ、主君をもり立てて、自分を含めた領民たちを守るために存在する。それを、忘れるんじゃないぞ」

 

 八つ当たり気味に、平助は己の感情を巌勝にぶつけた。巌勝もまた、これも跡継ぎの役目であると、将来の部下の想いを汲み取って、ただ頷いた。

 そのうえで、問いかけたいことがある。これだけを聞ければ、感情の爆発を受け止めた甲斐があるとも思う。

 

「はい。しかし、一つだけ……確認したく、思います。……もし、自らの主君が周囲に災厄をばらまき、領民を収めるだけの器量もない――としたら。いかが、なさいますか?」

 

 巌勝は、ひどく過激なことを言っている自覚はあった。それでも、平助に聞いておきたいと思ったのだ。

 父景勝に思うところはある。さらなる上役たる上杉に対しても、疑問はあった。つまるところ、主筋である山内上杉家は、継国家が尽くすに足る家なのか。上杉家が弱ったとき、これを切り捨てる判断をするのは、きっと自分の役目になる。そう思えばこそ、家臣筆頭である平助の見解を確認しておきたかったのだ。

 今のところ、いずれの家も危機にひんしているわけではないし、悲観すべき要素も見当たらないが、将来はわからない。山内上杉家と古河公方が敵対と協力を繰り返すのならば、継国家もまた政治的に生き残りを賭けて、あらゆる手段を模索していいはずである。

 平助への問いかけは、もしものときに、迷いを断ち切るための理由になる。この問いかけ自体、巌勝の決断力の未熟さを表しているのだが――。

 彼に依存することの脆さを自覚しながらも、巌勝はそれだけの信任を平助に抱いているのだった。

 

「迷わず、自家を優先して判断するべきだ。……曖昧な不安の中で、確たる根拠のないままに、判断することの恐ろしさはあるだろう。だが、それでも最悪の事態に陥ったなら、せめて領民と己の血筋だけでも生き残らせる。そうした手段を選ぶことが、武士の務めであると、俺は思う」

 

 平助は、巌勝の発言に微妙な意味を感じ取っていた。子どもなりに狡猾さを備えつつのあるのだと思えば、その成長を喜べばいいのか、なげいたほうがいいのか。わからないからこそ、余計に不憫であった。

 だからこその、答えである。その平助の思いを正しく受け取って、巌勝は応える。

 

「最悪の事態に備えるのが、私の役目……ということ、ですか」

「備えるのも役目のうち、ではあるが。それだけに目を向けて、最良の展開を逃すのは馬鹿のやることだ。――俺が常に補佐できるとも限らん。勝ち馬を見極め位は、備えておいてほしいな」

「……それは、どのようにして、身につければよいのでしょう。ご教授していただけるなら、幸いでありますが」

「馬鹿を言え、俺だって、それは修行中の身だ。勝ち負けが容易くわかるようなら、誰も苦労はせん。――だが、そうだな。月舟禅師のほうが、年を食っている分、解説は容易かもしれん。処世術を知りたいなら、かの老僧を頼るべきだな」

 

 巌勝は、平助の言葉に頷いて返した。平助もまた、それを満足そうに笑顔で答えた。

 どちらも言葉にしない中で、共通した認識がある。それは、景勝には内密に、自身の生き残りを図ること。その努力を尽くすことを、二人の中で共有していたのだった。

 

「景勝殿は、小賢しい策略を好まれぬ。月舟禅師に対しても、好みに合わぬとなれば、厳しい態度で望むだろう。……それが継国家にとって、最善ではない方法であると知りながらも、自身の頑固さ故に否定するに違いない。俺は――ご主君が、道を誤るところを、そのまま見過ごしたくはない。もし最悪の事態に陥ったならば、せめて御子息にだけは真実を伝えて、適切な対応を取りたいものだ。」

「……はい」

 

 肯定の返事だけを、巌勝は答えた。それ以上の返答は、父に対する背信になる。そう思いながらも、平助の懸念は正しいとも思った。

 

「景勝殿は、最近体調を崩しがちだ。以前からも、いくさを忌避していたところはあったが、必要とあらば従軍することは躊躇わなかった。……しかし今は、もう無理だろうと思う。朱乃様の死が、あの人から生気を奪っていったのかもしれないが……要するに、乱世に向かない人だったんだろうよ」

「父上は、厳しい人でした。しかし、その厳しさを、身内の外には向けようとはしなかった。それをある種の優しさと捉えるのが、平助殿の解釈なのですね?」

「お前の気持ちに寄り添いたいところだが、そう言われると、俺も弱い。……景勝殿の処世術として、外部には必要以上の武力を見せつけずに、政治力と経済力で対応するところがあった。まさにそれ故に、継国家が存続していたと思えば、一概に否定もできんさ」

 

 平助の立場では、それ以上の批判はできなかった。景勝と巌勝、両者に忠義を尽くさねばならぬ、譜代の臣の難しさである。

 巌勝は、そうした平助の立場を慮らねばならなかった。それができるだけの思慮を、すでに彼は備えていた。

 

「聞けたいことは、聞けました。……とにかく、今は婚約を前にして、備えることに致します」

「そうしろ。――景勝殿も、今となっては両家の結びつきにご執心だ。次代を考えて、といえば聞こえはいいが……。その本心は、さて、どこにあるものか」

 

 深く聞くべきことではない、と巌勝はなんとなく悟っていた。自分のためにも、父のためにも、平助の心情を深堀りすべきではないだろう。

 当座の判断に必要な情報は聞き出せたのだから、ここらで満足すべきであった。話を打ち切るのには、いい頃合いである。

 

「平助殿にわからぬことが、私にわかるはずもありません。――では、これにて」

「おう、お前も大変だが、気張れ。大変なのはお互い様だと思えば、何事も割り切りやすくなる。妥協は悪いことばかりじゃないと、そろそろ自覚していい年ごろだ。……清浄を好んで潔癖になると、辛いことばかりになる。だから、少しずつでいいから、清濁を併せのむことを、覚えていくようにな」

「はい。心得て、おります。……失礼」

 

 巌勝は平助の苦労を、一応は理解したつもりである。実感としては難しいが、父への恩義を感じながら、自分にできることを最大限にやってくれている、と思う。

 すでに平助の中では、忠義の心は景勝から継国家そのものへと写っており、巌勝を支える方向で、当人は納得しているのだろう。

 景勝がこれを理解しているかどうかは不明瞭だが、知ったところで平助を非難などできぬはずだ。むしろ、褒めるくらいではなくては、武家の棟梁として不足だと言える。

 平助の想いを、巌勝はなんとなく悟っている。景勝には、晩節を全うしてもらいたい、と。そう思うのは、息子である彼にとっても、心から同意できることであったから――。

 




 武家の結婚については、資料が手持ちにないので、詳細を書こうとしたら、これまたふわっとした雰囲気で適当に書き散らす形になります。

 ばっさりカットして、結婚した、という体で流すことも考えていますが、それで読者の皆様は違和感を抱かれないものか。それだけが、少し気がかりです。

 何かしらのご意見があれば、感想などを通じて伝えていただければ、幸いです。

 ではまた、来月の投稿でお会いしましょう。

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