継国之物語   作:西次

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 舞台設定とか当時の社会環境とかは、それっぽく語っていますが、だいたい適当です。

 あんまり真に受けず、この世界ではそうなんだ、くらいにお考え下さい。



第五話 不幸の予兆

 上野の国には多くの民がおり、そこに住む人々は思い思いに日常を生きている。

 生業も一様ではなく、畑を耕しつつ、狩猟なり採取なりで生計を立てることもあれば、物を売り買いして日銭を稼ぐこともある。

 専業で職人をしている者も当然いるのだが、やれることは何でもやって、食い扶持を得ている者が大多数であった。

 また、農民と武士の区別が難しいこの時代。いくさに出て糊口をしのぐことは、ごく当たり前の手段でもある。そうして戦場で刈り働き――略奪を働くことも、日常の一部といって良かっただろう。

 

 戦国の世の中では、小競り合いなどありふれたもの。戦場のみならず、軍隊が通る道では食料が奪われたり、家屋を占拠されることもあった。その過程で住民への暴行などは、それこそ無数にあったであろう。

 これを防ぐには、有力者の庇護――守護や戦国大名といった者たちの力が必要になる。そもそも連中がこぞって争うから迷惑をこうむるのだが、それはそれとして、現実への対処をしなくてはならない。

 戦いに際しては、優勢な方に媚びを売って『どうか我が家にだけは、火を付けないでください』とお願いをする必要があった。誤って敗勢の方に加担してしまっては、逆に略奪の対象になるため、住民も必死である。

 

 具体的な方法としては、貢ぎ物を贈って保証を求め、略奪禁止の名目を得ること目的になる。

 もし、いさかいを起こしたものがいれば、これを独自に捕縛、処分してよい――という文章を作ってもらうのだ。そうでなければ正統な報復行為でさえ、純粋な敵対行為と見なされ、優先的な略奪対象になることも覚悟せねばならぬ。

 戦国時代の作法とはいえ、無体と言えば無体な話である。しかし、こうした儀礼を守れぬ人間は、誰からも守ってもらえないのが現実であった。

 被害を受けたからといっても、筋を通さず、慣例を無視する。そんな無礼な村があったとしたら、孤立して滅ぶのが関の山だった。悲しいことに、それが時代の流れというものであった。

 

「だから過程を踏むのが大事であるって話だが――ここで重要なのは、補償を求めるための貢ぎ物や、実際の捕縛に必要な戦力は、村々が独自に出さなきゃならんってことだ。……お上は、わざわざ戦場での粗相を見咎めて、処罰のために兵を動員したりはせん。あくまで俺たちは、自助努力によって身を守らなくちゃならんってことだ」

 

 だからこそ、と平助は説いた。戦うにも逃げるにも、馬の存在の有無で大きく変わるのだと。

 賊徒と化した兵どもは、神出鬼没であるにしても、馬の速度には敵わない。馬を備えていれば、兵力の移動が迅速に済み、防衛しやすくなる。

 結果として、賊徒も略奪行為に時間は掛けられなくなり――備えがあるだけで、被害は軽微になるわけだ。

 付け加えるならば、略奪対策のみならず、付け届けを迅速に行うためにも馬の存在は大きい。継国家が良馬を確保していることが、どれだけこの地の助けになっているか。

 平助はそれを巌勝に言って聞かせた。そして継国家の嫡子は、それを不足なく理解して見せたのである。

 

「はい、平助殿。継国家は、上野の武家として……民衆の力になっている。そうして、彼らの支持を得ているからこそ……こうして、大きな顔が出来ている、のですね」

「いささか露骨な言い方だが、そういうことだな。だからこそ、直に生産現場を見回るような、ぶしつけな真似が許されるわけだ。民衆にもメンツがある。土着した武家である継国家であればこそ、信頼して仕事を任せてくれる。――この家なら、決して無体な真似はしない。俺たちのことをわかってくれる……という信頼。継国家が代々積み重ねてきたもので、もっとも大きな財産がこれなんだ」

「なんとなく……わかります。よそ者――例えば、直接の上司である……上杉家の何某かが出張ってきても、彼らは素直に教えてはくれない……ということですか?」

 

 平助は頷いた。直接接しない遠い存在は、遠慮も呵責も感じることはない。現場を知らぬからこそ、想像力を欠如したような収奪を行うものだと、この時代の誰もが知っていた。

 これは学の有無ではなく、体感として理解していたといって良い。巌勝もまた、民衆と接することで、これらを理解しえたのだった。

 

「まさに。その辺りをわかってくれたなら、こうやって連れ出した甲斐があるってもんだ。実際、どこも俺たちを拒まなかったろう? 継国の家の者だと知れば、素直に話し合いに応じてくれるし、嫡子のお前を侮る奴だって、一人もいなかった。これは破格のことなんだぞ」

 

 継国家が代替の利かない存在であり続ければこそ、主家である上杉もその権限に干渉することは難しい。

 大名にとって在地領主、いわば国衆と呼ばれる勢力が、それだけ厄介な存在であることの証左でもあるが、民衆にとっては都合の良い方になびくだけ。そこに善悪はないのだと、巌勝にはおぼろげにも感じ取れたのだった。

 

「――はい。ただの子供である私にも、丁重に接してくださった。先祖の……継国家の大きさを、思い知るばかりです」

「よしよし、いいぞ。あれこれ言われなくても、お前は必要なことを全部理解してくれる。無理を言って、連れ出した甲斐があるってもんだ」

 

 生産量の見積もりを行うため、現地に向かっては確認し、帰還する。それを繰り返していた平助だったが、途中で巌勝に経験させることを思いついた。

 景勝の許可を取れたら、即実行。乗馬させるにはやや早い年齢だが、剣は振れても馬に乗れぬでは侍として格好がつかぬ。

 移動の都合も考え、乗馬の訓練も兼ねて平助は巌勝を馬に乗せた。馬は大人しく賢いものを選抜し、何度も試乗させた上での遠乗りだから、まず問題はなかろうと平助は考えている。

 

「いいか? 俺たちが馬借なんて事業を続けていられるのも、そのために継国家が成り上がれたのも、馬あってのことだ。馬が軍事的にも商業的にも有用な資産であり、これを管理運用するには専門技術が不可欠。それを継国家が抑え、組織化しているからこそ――俺たちは上野国で一角の武家として認識されていると思え。馬は大事にしろ。場合によっては、人命より貴重だ」

 

 五体満足でなくては価値がないのだから、馬を大事にするのは当然であるにしても、巌勝はその所以までは理解していないはず。だからこそ、平助は丁寧に言って聞かせるのだ。

 彼が言うところによると、上納する軍馬についても、継国家が占める割合がかなり大きいらしい。この点においても、我が家は主家である上杉家にも重宝されているのだが、これについては上野の国の土地柄も味方していていたともいえる。

 

 上野は日本三大水系として知られる、利根川の恩恵を多大に受けている土地であり、灌漑や飲用に水運はもちろんのこと、馬の生育においても恵まれていたといって良い。

 特にこの時代――国部村周辺に関しては、沼や川に隣接しており、開拓が進んでいない土地が多く含まれていたことも、この場合は利していた。これらの土地に牧草を成長させ、馬を呼び込んだ後、柵を張り巡らせて一か所に留めれば、管理の手間はかなり省くことが出来る。

 そこで草をあらかた食い尽くした後は、川から水を引き込んでおけば、一定の間隔で牧草は復活する。

 冬場は予め刈り込んで保存していた分を放出すればよく、事業に十分な数は養える。それでも必要以上に増えたなら、外部に売却すれば独自の財源にもなるだろう。

 継国家は馬借として、あるいは守護から認可を受けた武家として、これを代々続けてきた。

 なにより、馬はやみくもに使っても富を生み出せるものではない。専門の経験を蓄積してきた継国家であればこそ、上野での商業的軍事的活用が許されている。そういう事情もあると、平助は語った。

 

「継国家が、いかに主家に貢献しているか。わかってない連中も上杉家の家中には存在するが、お前はそうした声に負けることは許さないわけだ。……俺たちがこの地に寄って、住民と寄り添って生きているからこそ、皆は継国家のために貢献してくれる。代々続けてきた家業と信頼の重さを思えば、たやすく投げだせる責任ではないと、お前にも理解できるだろう?」

「……はい。父上の後を継ぐものとして、身が引き締まる……思いです」

「お前を慕って、地元のガキどもが纏わり付いてくるかもしれん。成長したら、供に戦場に行くことになるかもしれん。その場合、お前は騎乗して、他の連中は徒歩になることだってあるだろう。――今はまだわからんだろうが、お前の家が馬借をやっている。そのことの恩恵を一身に受けているという事実を、きちんと理解できるようになるんだぞ」 

 

 平助は、ほのめかせるだけほのめかして、それ以上は言わなかった。余計なことを言わずとも、そのうちに理解するだろうと巌勝を信頼していたからだった。

 ともすれば、継国家は嫉視を受ける立場にあるのだ――とも教えたくはあったが、幼いうちから知らせることでもないと、彼は考えている。

 

「くどいように言うが、馬は統治力に直接結びつく資産だ。――それを遠国にいる支配者たる守護ではなく、在地領主が持っていること。その事実がどれだけ大きいか? これは仕事に付き合っているうちに、嫌でも理解するようになるだろうよ」

 

 話し込むのはここまで、とばかりに、平助は馬を駆った。それを巌勝は必死についていく。

 馬が良いから、前を行く平助に置いて行かれることはないが――乗馬に慣れるほどには、まだまだ体が出来ていなかった。

 

 巌勝は自身を馬に預けて、時にはしがみつき、時には御すように手綱を引き、その日一日を乗馬の鍛錬に費やしたといって良い。

 平助の仕事に付き合うことが、こんなに大変なことだったとは。子供の身の上では、彼の後を追うことで精いっぱいだった。

 平助の仕事を見学するどころか、疲労に耐え、後追いすることばかりに専念せねばならなかったので、経験らしい経験を積んだ気分にはなれない――というのが正直なところだった。

 

「一日で、出来る限りのところを見て回ったわけだが――おい、大丈夫か?」

「……はい。もちろん、ですとも」

 

 国部村に帰還する頃には、すっかり日が落ちていた。かまどの火は落ちているから、夕食を抜いたまま寝床に潜り込むことになるだろう。それでもいいから、とにかく休みたい気持ちを押し殺して、巌勝は息も絶え絶えに、平助の言葉を待った。

 

「いいぞ、強がれるだけ上等だ。その負けん気を忘れるなよ。いずれ、どうしようもない窮地に立たされた時でも――あきらめない心を持っていれば、思わぬ形で幸運を拾えるもんだ」

 

 そうでなければ死ぬだけだから、虚勢であっても余裕を見せろと平助は言った。

 巌勝はただ、うなづくことしかできなかった。だいたい一日中は馬上で揺れていたため、余力が残されていなかったからでもある。

 

「今日は疲れたろう。ゆっくり休め。――明日の鍛錬は、午後からにしておいてやる」

「は、い。……貴重な経験を、させてもらったと思います。また、明日も……よろしく、お願いします」

「おう、また現場に連れ出すこともあるだろうから、馬にも気を使ってやれ。じゃ、また明日な」

 

 苦笑しながら、平助は休息を指示した。そして巌勝は、虚勢を最後まで張ったまま、挨拶を済ませて自室に向かう。

 ふらふらと危なっかしい足取りだったが、それがまたほほえましく見えて、平助は笑いをこらえねばならなかった。言ったとおりに、負けん気を発揮している嫡子殿に対しては、庇護欲すらわいてくるほどである。

 

「子供の努力というやつは、過ぎれば愛嬌に変わるものらしい。――次代も安泰かな、これは」

 

 平助がどのように周囲を観察し、鋭く生産量を見定めていたか。接する人々の態度と言葉を読み取って、その真意をいかにして読み取っていたか。

 巌勝が早熟な人間であるとはいえ、そうした平助の行動のすべてを把握できていたはずがない。

 それにしても、彼は子供なりに素直な態度で、全力で学習しようと必死であった。これを平助は好ましく思う。

 ただ今回は、純粋に場数を踏ませることだけが目的だった。馬に動かされ、しがみつくばかりでも体力は消耗するもの。疲弊した体で仕事を行うことの大変さを、子供の時分から思い知らせるのは、これだけでも将来の財産になると思うのだ。

 

「気張れよ、巌勝。――お前の背には、国部村の人々の未来がかかっているんだからな。場合によっては、継国家の未来さえ閉ざされかねない。戦国の世の中は、それだけ厳しい――らしいぞ」

 

 不穏な噂など、いくらでも耳に入る世の中である。胡乱な輩が蔓延るばかりか、『鬼』などという迷信染みた話すら広く語り継がれているのだ。

 負け戦での帰り道、夜の襲撃で多くが殺された話を平助は聞いた。それだけならままあること、で済むのだが、生き残りの話では人とは思えぬ力で殴り倒され、死体すら残らなかったと言うではないか。

 

 尋常でない物事が、この世の中にはある。何事も、備えるに越したことはない。巌勝が次代の主君である以上、平助も考えつくした上で、教育を行わねばならぬ。

 自分にはそれだけの責任があるのだと思えば、当代の景勝に対して恨み言も言いたくなった。

 

「俺などには、過ぎた役目ですよ。――月舟禅師に任せるだけじゃ、足りないっていうんですかね。偏愛というなら、これ以上ないほどの偏愛を向けている。その事実を、果たして巌勝と朱乃殿は理解しているのか。いや、理解しているはずもないか」

 

 景勝殿は、いつだって不器用なまま、相手の理解など置いてきぼりにしていくのだから――と。そんな風に、諦観のまま平助は独り言ちた。

 

 

 

 馬を使って遠出することは、巌勝にとっても初めてのことだった。

 疲れはしたが、それ以上に馬の使い方に自信を持てるようになったことが大きい。疲労以上の充実感を感じつつ、厩の番に世話を任せた。

 

「賢くて、良い子だった。くれぐれも……よろしく、頼む」

「へえ、もちろんです」

 

 乗ってきた馬の世話をしてもらうのだから、番の男にも何かしらの見返りを与えたいところだった。

 とはいえ、乗るたびに金子を与えていてはキリがないし、そもそも巌勝には金がない。だから、ねぎらいの言葉をかけるとか、良い仕事をしてくれたと確認した後に、上役に誉め言葉を伝えるくらいが適切であろうか。

 

「馬の管理は、大変だろう。……これからも、頼ることになる。この子は、良い働きをしてくれた。貴方のおかげだろうと、私は思う」

「あ、いえ、そんな」

「また、遠出の時には……この子に乗りたい。任せても、いいだろうか」

「ええと、その。自分でよろしければ、できることはします」

「それで、いい。……また機会を見て、馬と過ごす時間を取りたい。その時には、世話の仕方を教えてくれると……うれしい」

「あ、はい。私などでよろしければ、ぜひ」

「ありがとう。――では、また」

 

 巌勝は、きちんと頭を下げてから、その場を去った。馬の番の男も、恐縮したように受け応えていたが、悪い気分でなかったことは確かだろう。

 子供のうちから、そうした気遣いを周囲に見せられる辺り、巌勝はやはり非凡であったという他ない。

 正しい教育を受けれいればこそ、そうした態度を取れたのだった。この点において、父の景勝は教師の人選を間違えなかったと評価できよう。

 

 このように、巌勝は家人への対応もずさんにしなかった。一事が万事こうした風であったから、継国家の嫡子は早い頃から存在を認められていった。

 姿をあまり見かけない縁壱については、そこまで意識することなく、ただ知識としての存在でしかなかったと言える。

 この点、巌勝は後継ぎとして、なんの落ち度もなかった。廃嫡される可能性など、家中において意識している者は、一人としていなかったのである――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 景勝が朱乃の体調を気遣う気持ちは、結婚当初から変わってはいない。

 それでも縁壱が生まれてからは、見解の相違というか、価値観の違いが露呈したため、お互いの距離が遠くなったこともまた事実である。

 巌勝と縁壱に関して、夫婦間での認識の違い。それが死ぬまで交わらぬとしたら、こんなに寂しいことはないだろう。

 

――平助には、苦労を掛けている。巌勝の教育だけでなく、家庭間の問題にまで首を突っ込ませてしまっては、業務にも支障が出よう。

 

 ゆえ、次に朱乃と顔を合わせたならば、いくらかの譲歩もやぶさかではないと景勝は考えていた。

 たとえ腹心の平助であっても、家族のことでとやかく言われたくはないと言う思いもあった。しかし、個人的なことで部下に負担にかけることについて、景勝は後ろめたさもまた感じていた。

 だから、苦言を呈される前に対策する。それくらいのことを考える程度には、彼にもまっとうな感性が存在していたのである。

 

――私は、家人の選択を間違えなかった。それがわかっただけでも、意味はあるか。

 

 朱乃のための離れの部屋は、きれいに片付いていた。最近は伏せがちとはいえ、病弱な身の上とわかっていて娶ったのだ。身辺の環境に不備がないことを確認できただけでも、訪問した買いはあると景勝は思う。

 ぶしつけに予告なく立ち入る形になったが、そもそも夫婦の間にそんなものが必要であるのか、という話だった。この点、景勝は妻への礼儀を重んじるような男ではなかった。

 

「――あ、景勝殿」

「そのままでよい。無理をするな」

 

 景勝は、無理に起き上がろうとする彼女を制してそう言った。礼儀を重んじないことは、慣習はさておいて、当人たちの体調や感情を優先することにも通ずる。彼は彼なりに、妻を愛しているのだった。

 朱乃とて、夫に対して悪感情ばかりを抱いていたわけでは、決してない。久々の顔合わせで気遣いを示されては、言葉のままに甘えてしまうのが彼女の性でもあった。

 意見と価値観の相違、それらと愛情の存在が別ものであったとして、何の不思議があるだろうか。

 確かにこの夫婦間において、子供の存在が大きかったのは事実である。それはそれとして、お互いへの感情もまた相応の熱量を持っていた。

 忙しい中、夫婦の時間を取りに来る程度には、景勝も朱乃を愛していたし――。

 死を迎えつつある中、悲しむ顔が見たくないと言う理由で、病の悪化を隠す程度には――朱乃もまた、景勝への愛情を示そうとしていた。

 

「具合は、良くないのか」

「……はい」

「巌勝は励んでいる。もう、仕事の手伝いもするようになった。近々、村の子供衆を集めて共に剣の鍛錬をする予定もある。――我が家は順調に発展しているのだ。長生きして、あの子の晴れ姿を見れないのは、損というものだろう」

 

 他者からの見解はどうあれ、景勝は本心から家族を慈しみたいと思っている。それが朱乃にはわかるだけに、家族の中から縁壱だけが外されていることが、どうしても我慢ならなかった。

 いや、本当を言うならば、巌勝への暴力を伴う躾すら、朱乃は反対だった。彼は愛情を持ちながら、息子たちに容赦のないふるまいをする。それを批判したい気持ちは、常に彼女の中にあった。

 

「巌勝の、晴れ姿……ですか。縁壱も、それは見ることができますか?」

 

 しかし、それを率直に指摘する時期は、すでに過ぎたと朱乃は思う。だから、あえて波風を立てないように、慎重に言葉を選ぶ。

 

「僧と武士は、適切な距離を保つべきだ。――それを理解したうえで付き合うならば、私も何も言わん」

「それは、まことですね?」

「こんなところで嘘をついてどうする。……お前が縁壱を気にかけていることは知っている。私も、狭量であったと認めよう。だから、これからは多少の配慮はしていこうと思う」

 

 景勝は、ここまでなら譲歩できると思った。しかしその距離感という概念はあいまいなもので、結局のところは自身の感情次第であるというところまでは、彼も自覚しようとはしなかった。

 それが景勝の器の限界であったのだろう。朱乃はなんとなく、感覚でこれを察した。指摘したところで、認めようとはしないだろうと言うところまで――。

 

「はい。……縁壱が僧として、生涯を全うできるなら、それは良いことなのでしょう」

「兄にも弟にも、分相応の生き方というものがある。わきまわるべきところは、わきまえねばならぬし、我が家の外に出てもそれは変わらん」

「――しかし、せめて。待遇に差はつけても、愛情に差をつけるべきではないと、わかってほしいのです。巌勝に注いだ分、縁壱にも思いやりを与えてやれませんか?」

「平等に扱え、というのであれば難しい話だ。家中の統率に、愛だの思いやりだのとは、武家には似つかわしくない。威厳と権威によって、武家は成り立っている。私が縁壱を差別しているのは、そうせねばならぬ背景があるからだと心得よ」

「武家のそれと、肉親の愛情とは別ものでしょう? 愛情とは、関心そのものです。思いやりとは、相手の幸福を望む感情です。――私は、自ら生んだ子供たちを愛します。貴方にも、そうあってほしい。これは譲れない、私の想いです」

 

 朱乃の想いを、正面から受け止める強さを、景勝は持たなかった。

 武家の在り方、継国家の立ち位置の難しさ、それを支えて生きねばならぬ棟梁としての自分を、維持するだけで精いっぱいの男であったのだ。

 継嗣たる巌勝と、予備に過ぎない縁壱は、生まれからして平等ではない。せめて想いだけでも、と朱乃は望むが……景勝は不器用な人間ゆえ、己を偽ることが許せなかった。

 

「――私は、縁壱を愛してなどおらぬ」

「景勝殿!」

「巌勝を愛しているとも、確りとはいえぬ。……いや、口で言うことだけならばできる。だが」

 

 心が伴わぬ以上、それは不実だと景勝は言った。朱乃は激昂するところだったが、その前に彼は言葉を続ける。

 

「子を慈しむと言うことが、私にはわからぬ。私自身、父を早くに失くしてしまった。父代わりだった叔父も、成人してすぐに死んだ。――教育を受けさせ、間違ったことは殴ってでも辞めさせる。私が、男親として出来ることは、それだけではないのか」

 

 朱乃は、景勝の告白にどのような感想を抱くべきか、即座には判断できなかった。

 彼は彼なりに悩んでいて、その中で自分に出来る限りのことをしていたのだ、と悟る。

 それが正解でないとしても、他の解を思いつくような器用さを持ちえない。その不器用さこそが、今の継国家を不幸にしているのだ。

 

「景勝殿、私は――」

 

 拙いなりに言葉にしようともって、口を開こうとして、やめた。

 景勝が、罰を前にした子供のように見えたからだった。

 向かい合うだけで、何も言わない。そうしたいたたまれない時間が、しばし流れる。

 朱乃は、思い切って、話すことを決めた。

 息を飲み、吐く。

 気持ちを整理して、改めて口を開いた。

 

「……今少し、私の話をお聞きください。わからぬならばせめて、私の意志を認めてはくれませんか。貴方が愛する私の言葉を、せめて形だけでも実行して見せてください」

 

 朱乃の体は、長時間の会話に耐えることが難しくなっている。つたなくとも結論を出しておかなければ、こんな機会は二度とないかもしれないのだ。

 その焦りが、彼女に言葉を選ばせなかった。省みる時間さえ、今の彼女には惜しかったのだ。

 

「まずは行動を、と言いたいのか」

「ただ、認識を変えてください。――兄弟を平等に愛すること。それが難しいなら、配慮だけでも示して、憎んでいるわけではないのだと……縁壱の人生を、認めてあげてください」

「考えて、おく」

「月舟禅師には、後援の確約をいただいております。縁壱の学習の成果は、私の私物の棚に――」

「わかった。……わかったから、無理をするな」

 

 果たして、景勝は朱乃の真意を理解したのか、否か。

 少なくとも、当の本人である彼女は、確認することが出来なかった。言うべきことは言ったとばかりに、床に臥す。

 言葉にすることなく、景勝もまた労わる様に布団をかけてから、退室した。

 

「……平等に、か」

 

 景勝には、巌勝を偏愛している自覚はあった。これを取り返すだけの行動を求められているのだとしたら、自分は縁壱にどれだけの便宜を図るべきなのか。

 

「あれと巌勝の才を比べる機会があれば、わかりやすく是正できるのだが」

 

 巌勝と縁壱の能力に、さほどの差がないのであれば、食うもの着るもの、過ごす環境を見直して平等にすればよい。

 これなら、迷うようなことではないと景勝は思う。

 

「いや、確か――」

 

 縁壱は、巌勝の剣術修行に興味がある様子であり、平助もそれは把握していると言う。

 縁壱が是非にもと望むのなら、今度の剣術修行に参加させてやれば良いではないか。地元の子供たちを集めると言うから、衆目の前で剣技の違いを認めさせてやれば、扱いを急に変えたとしても家人たちも納得するであろう。

 それから気になるのは、縁壱の学習の成果とやらか。一応は、目を通しておかねばなるまい、と景勝は思う。

 

――朱乃の気持ちも、くんでやらねば。私は何も、家族と争いたいわけではないのだから――。

 

 今日家族のために割ける時間は、ここまでだった。後日、折を見て再度話し合えばよいと、彼は考えていた。

 

 その、次の機会がなくなってしまうことなどは――景勝は、想像もしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 両親がどうあれ、縁壱の待遇がどうあれ、巌勝が日々を鍛錬と経験の蓄積に費やしていることは、代わりのない事実であった。

 本人は、それが継嗣としての義務であると信じていたし、周囲もまた彼のその態度を認めている。

 直接の指導を担当する、平助も同じく思っていた。これからは外部へのかかわりも深めて、そう感じる人々が増えればいい。

 巌勝と多くの子供たちを伴って、今日の剣の修行に望んだのは、そうした目論見もあったのである。

 今回は縁壱も伴うという問題もあるのだが、彼の扱いは少々難しい。彼に剣才があるかどうかが問題ではなく、いかなる立ち位置に置くべきか、平助とて決断しかねるところだった。

 

「平助殿もお悩みでしょうが……とりあえず、見学だけさせておけば、角は立ちますまい」

「剣を振らせないことで、明確に区別させる。そういう手もあるといえばあるが……。弟の扱いについて、思うところはないのか?」

「縁壱にも、剣を振らせるべきか否か。そこは、私には判断が付きません。……平助殿がそうと決めたなら、それでよろしいのではないでしょうか」

「そうか。実はな、内々に縁壱にも聞いてみたところ、できるものならやってみたいとの返答も得ている。時間と状況が許せば、少しくらいやらせてみてもいいか、とは思うが――」

 

 平助なりに色々と動いていることを明かしたのだが、巌勝はそれを疎んでいる様子はない。

 しかし、それが見せかけである可能性もある。彼は早熟だから、大人をあざむく態度をすでに覚えていたとしても、不思議はないと平助は思った。

 

「……いかが、なさいますか?」

「出来そうなら、やらせてみる。……本人のやる気と、周囲の雰囲気がそれを許すのなら、戯れに俺と打ち合わせるのもいいさ。義理として、最初の一本くらいはくれてやってもいい。――が、それも流れ次第だ。縁壱の存在が、鍛錬の邪魔になるようであれば、見学だけで済ませることも考えている」

 

 巌勝は、景勝と朱乃のやりとりを知らぬ。平助とて、詳細は把握していない。

 だが、縁壱を参加させながら、明確に差別的な態度をとることは望ましくないだろうとも、平助は考えていた。

 しばらく見学させた後、周囲の反応を見てから判断するべきか。地元の子供たちと、問題なく交流できそうなら、共に剣を振らせるのも良い。

 とにかく、彼は判断を先送りすることにした。柔軟な対応と言い換えることもできるが、平助にとっても継国家のお家事情は、それだけ悩ましいことでもあったのだ。

 

「まあ、それはそれとしてだ。――とにかく今日は、いつもの鍛錬と似たようなことをやる。繰り返して行うものだから、きつくはしない。……ただしお前にだけ、最後に俺と激しく打ち合う稽古をやる。わかるな?」

「はい。……では、そのように」

 

 同世代の子供たちと、初めて顔合わせをする機会でもある。事前の打ち合わせというには、簡素すぎるやり取りではあるが、それで通じる程度の付き合いは、すでにあった。

 問題は、集まってきた子供たちの方にあるが、案外――といって良いだろう。その顔合わせは、まずまず上々の結果となった。

 

「継国さん家の後継ぎには、よろしくしておけって、親父らから言われてるんだ」

「巌勝? っていうんだ。厳つい名前だよなぁ」

「武家って、どんな家? 畑、耕したりしないんか?」

 

 巌勝は教育も行き届いており、身なりも美しい。しかし、他者に対する傲慢さだけは厳しく矯正されていたから、素朴な子供たちにも受けが良かった。

 何より、巌勝はまだ経験の浅い子供である。新たな刺激を前にして興奮しており、共に活動することに対して、まずは大きな興味を隠せなかった。

 彼の元には多くの子供たちが集まった。反対に縁壱は引っ込み思案な態度を見せたようで、一通りの挨拶の後は遠巻きに眺めることを選んだようだった。

 平助は、これを縁壱なりの処世術と考える。問題児ではないことに、ひとまず安堵した。

 

「自己紹介は、適当に済ませたな? ――静かにしろ。これからは、鍛錬の時間だ」

 

 しばし挨拶と交流の時間を取って、それから平助は呼びかけた。当然ながら、彼は今回呼び寄せた子供たち、その親たちとも面識があり、怖い大人として知られていた。

 彼だけは怒らせないようにと、子供たちは親から言い聞かせられている。すぐに静かになって、話を聞く体制になった。

 目上からの命令は、うかつに逆らえない。子供のしつけとして、容赦なく折檻されるのが当然と見なされていた時代である。

 

「最初に言っておくが、俺の言葉に従うように。剣を振ることは、体を鍛えることにつながる。鍛えて敵を打倒するために、今から習わせておくんだ。――遊びじゃないから、悪い振り方をしたとか、無駄なおしゃべりをしたと思ったら、容赦なく叩く。これを、まず覚えろ」

 

 平助がその気であれば、この場の全員を殴り倒しても、彼がお咎めを受けることはないだろう。社会的信頼という力について、子供たちもそろそろ察してよい頃合いだ。

 

「巌勝も、同じ列に加われ。息を合わせて木刀を振る」

 

 鍛錬において、武家の嫡男と農民の息子たちが、同じように横に並んで剣を振る。

 共同体の意識を育むには、同じような体験を共有し、同じ釜で飯を食うのが一番早い。平助はそれを知っていたので、これを実行した。

 

「剣を振って、体が温まったろう。次は打ち合う。木刀から竹刀に持ち替えろ。――基本的に寸止めだが、当たっても相手を憎むな。相手が打った分、お前も打て。やられたら、やりかえされる。そう思って、慎重にな」

 

 巌勝にも言い含めておいたから、彼もまた真剣に同世代の子供たちと向かい合った。上に立つものとしての自覚は後でいい。とにかく子供らしく、仲良くなることを優先すればいいと、平助は考えていた。

 

「初め!」

 

 平助の合図で、一対一の打ち合い稽古が始まる。一組ごとに審判が入っているわけではないから、いちいち『一本!』などと判定するわけではないし、いったん仕切り直してやり直す――といった手順を踏むわけでもない。

 面なり小手なりを打つか、打たれたと思ったら、『今のは決まった』『今のでやられたな』と個々が思うだけで、時を置かずに再戦する。

 誰もが上手に寸止めできるわけではないし、竹刀とはいえ、当たれば痛いのは違いない。それでも乱闘のように収集が付かなくなるところまで加熱しなかったのは、集った子供たちの質が良かったからだろう。

 

「やめ――ッ! そこまでだ。休憩を入れる。息を整えて、お互いに反省するように」

 

 平助の合図で、皆はへたり込むように休止を入れる。

 皆での打ち合いの時間は、そう長くはなかったが――結果的に、巌勝は一度もしくじらなかった。

 竹刀を型に従って打ち、相手の前で寸止めする。彼の剣は体にあたることはなく、しかし剣の振り自体は鋭く芯があった。

 相手の方がそれに驚いて、寸止めを忘れて巌勝の体を打つこともあったが、彼は決してやり返さない。打たれた身をかばうこともなく、淡々と剣を振り、寸止める。

 その行為を続けるだけで、巌勝の相手は恐縮したようだった。剣先がぶれ、弱弱しくなる。それを平助が見咎める前に、巌勝が指摘して。

 

「構わない。恐れるな、打て」

 

 こう言える強さを、巌勝は備えていた。自分の強みを理解していればこそ、彼は恐れなかった。木剣の痛みを、彼は知っている。威力に劣る竹刀であれば、恐れる道理はなかった。

 そして何より、他者を鼓舞することの意味を、幼いなりに把握していたからだろう。彼が実感を持ったのはこの時が初めてだったろうが、言葉にしただけの甲斐はあったと言える。

 巌勝の相手は、それに励まされて動いた。遠慮なく彼を打ち据え、しかし彼もまた応えた。そこには友情に近しい感情があり、育まれつつある連帯感の発露があった。

 

「そこまで! ――疲れただろうから、小休止を入れる。戦場に入った後はともかく、行軍の間には小休止を何度も入れる。ある程度動いたら、休むことを忘れるなよ。自分がどこまで動けるか、無茶が利く範囲を理解しておけ」

 

 平助は遠目でわからないフリをしながら、休憩を告げた。竹刀どころか木刀すら持ったことのない者が多くを占める中、巌勝だけは慣れていたおかげで余裕があった。

 一人だけ余裕があるふりを見せるだけなら、反感を買うこともあったのだろう。特別な出自ゆえ、武家の厳しさを知らぬ子どもは、やっかみ半分に巌勝を「お坊ちゃま」と評したかもしれない。

 

「――辛いか? 剣の鍛錬は、初めてだろう」

「え? うん」

「今日はもう、無理せず流していい。私が傍について、教える風にしていれば、平助殿も何も言うまい。……良いかな?」

 

 ここは連帯感を持たせるための場であるが、序列を感じさせるところは、いやでも目に付くだろうと平助は考えていた。

 巌勝もまた、それは理解した。だから、いっそここで上下関係も構築してしまおうかと彼らは武家なりの思考をする。

 

 子供の内はともかく、成長すれば巌勝は彼らを従えて、いずれはいくさにも赴くことになろう。その時、甘い感情を引きずっていては戦おうにも戦えぬ。

 最初から序列を明らかにし、守るものと守られるものの関係を作っておけば、後々やりやすい。上意下達は事前の仕込みがあってこそ、なりたつものであるからだ。

 

「下々の面倒も、嫌がらずにやるのはいいことだ。――同年代を統率する大将として、早くも資質を見せてくれたと言って良い」

 

 立派に武家の嫡男をやっているな――と、平助はそう評する。

 巌勝のわがままを容認する宣言であり、この鍛錬における彼の立ち位置を確立させる言葉でもあった。

 これで、巌勝は地元の人々からも頼られる人間になれる。もう問題は起こるまい、と平助は楽観した。

 楽観したせいで、見ておかねばならぬものを見逃したと言えなくもない。彼はこの場に、縁壱がいることを忘れていた。彼の存在を意識していなかったことを、おそらく平助は後年まで悔いたことだろう。

 

 

 

 

 

 縁壱は事前に言い含められていたから、自分が見学のためにこの場にいるものだと思っていた。

 だから他者の視界に入らぬよう、相手の視線をさえぎらぬよう、物陰から皆が剣を振る様をただ見続けていた。

 そうした態度が、子供たちからどのような目で見られるのか。そこまで考えられなかったことを、果たして彼の責任としてよいものであったろうか。

 

「参加しないの? 見てるだけ?」

「縁壱って、巌勝さんの弟さんなんだろ? やっぱり強いの?」

「ほら、持って。剣を振って見せて!」

 

 縁壱は、周囲の空気を読み取れぬほど鈍くはなかったが、そのまま従うことの愚かさも知っていた。

 彼自身、見学しているだけでも良かった。後で剣を振る機会でも確約してもらえれば、それだけで満足するつもりだった。

 

「一度だけ、でよろしければ」

 

 周囲の期待に応えるように、一度だけ縁壱は竹刀を振るって見せた。

 立木に一撃打ち込む程度であれば、断りを入れるほどでもなかろうと思って、子供たちの前で彼はその才能を披露する。

 

「え――?」

 

 立木は消失した。

 一瞬、そうと誤認するほどの鋭い打ち込みで、縁壱は自らの力量を証明したのだった。

 

「……失礼します」

 

 消失したかに見えた立木は、根元から跳ね飛ばされていた。

 木片の残骸を確認することなく、縁壱は鍛錬の場を辞した。囃し立てていた子供たちを無視して、悔いを残す形での離脱である。

 

――平助殿に、指導してほしかったな。

 

 改めて、後日お願いしよう。縁壱はそう考えていたし、すぐに自室に戻った後は、書に向かって自習して一日を終えた。

 彼個人はそれで済んだが、責任者の平助はかえって難しい立場に置かれてしまった。

 

「……どうしたもんかね」

 

 流れ次第では、縁壱にも大っぴらに剣を持たせることも考えていた。しかし、勝手に流れを変えられてしまっては、今後の対応も深慮が必要だった。

 

「巌勝には見せられんな。――口止めしても、長くは持たんだろうし、さて」

 

 根元から弾け飛んだ立木を見ながら、平助は思案した。縁壱が勝手をしたことを確認した彼は、適当な名目をつけて鍛錬を取りやめ、巌勝も早々に退散させた。

 この場で見せては、兄弟のこじれになる。彼自身、考える時間を欲していたからというのもあった。

 

――縁壱はおそらく、剣の鬼才だ。何かの間違いでは、こうはならん。

 

 平助には、一つの確信があった。縁壱の才能は、継国家のためにはならない。

 少なくとも武家としての継国家は、巌勝だけで十分に満たされており、縁壱の才覚を保有するだけの余裕に欠けていたといって良い。

 それを知る平助は、これをいかに取り繕うべきか、いかに主君である景勝に報告すべきか。頭を悩まさずには、いられなかったのである。

 

「……巌勝の坊ちゃんを盛り立てるだけの、簡単なお仕事だと思っていたんだがね」

 

 あるいは、貧乏くじを引かされる羽目になるのか……?

 平助は、まさにそれを考えられるがゆえに継国家の重臣が務まるのであり、その時が来れば間違いなく行動できるだけの精神があるがゆえ――景勝の腹心で居られているのだった。

 

 継国家の崩壊は、まさにこの時より始まる。結果から逆算するならば、縁壱が才をもって生まれたこと自体が、この家の不幸であり――皮肉にも、後の世にとっての福音であるのだ。

 

 運命の残酷さとは、あらゆる人の思惑を飛び越えて発生する。全てを俯瞰して判断するものがいるとしたら、そういう他なかったであろう。

 上野の国の継国家は、縁壱一人をこの世に送り出すために発生したのか。そうであるとしたら、これまでの積み重ねは、双子として共に生まれてしまった巌勝の存在は、果たしてどこまでの価値を持つものか。

 

 結論を出せるものは、どこにもいない。あるいは、その事実こそが、継国家の……後には『黒死牟』にとっての、本当の不幸であったのだろう――。

 

 




 取り急ぎの投稿になったので、細部にアレな部分があってもお察しください。

 後日になっても修正が入らなかったら、筆者が面倒くさがったんだなとご理解ください。
 巌勝の曇らせを書きたい気持ちばかりが募っているので、話を進めるだけでも一苦労している現状には、何かと思うところもあります。

 それでも、読者の方々には筆者の苦悩など関係のないこと。お楽しみいただけたのなら、せめてもの暇つぶしにでもなってくれたのなら幸いに思うのですが、いかがでしょうか。

 定期的な投稿を心がけていますので、次回の投稿も同じくらいの感覚になると思います。
 本当は、もうちょっとボリュームを増やしたいくらいなのですが、思うようにいきませんね。

 ともあれ、次回もよろしければ、お付き合いください。では、また――。

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