継国之物語   作:西次

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 割と急ぎで投稿していますので、見直しも不十分で、見苦しい部分もありましょうが、ご寛恕くだされば幸いに存じます。
 定期的な投稿を続けるのは、やはり難しい。それでも出来る限りはと、続けていきたいと思います。



第九話 争いの調停と解決の道筋

 

 継国家の存在が上野で重要なのは、良馬を備えていたからこそであり、この地でそれを得ようと思えば、継国家を抜きにしては考えられないからであった。

 ではその良馬を活用するとして、自家での利用とは別の使い道。すなわち販売先における扱いについては、継国家は関心を強く持っていたわけではない。それが今回、悪い結果につながってしまったとも言えよう。

 

 馬の運用において、衛生面の管理も欠かせない――というのも事実ではあるのだが。そうした方面のみならず、どのように『使う』のか。人それぞれではあるが、良からぬ企みをするものも、やはりいるものだ。

 

「――山を荒らした疑いのある者。そいつが所属している村には、以前に馬を売った覚えがある。運搬や農耕に使うと言っていたが、この様子じゃ良からぬ用途に使っている可能性もあるか」

 

 景勝の意向を受け、先の山林荒らしの情報を探る中で、どうもその点から怪しむべき部分が出てきている。平助は、まずこれを案じねばならなかった。

 実際に命じられてからの数日、平助なりに調べてみる。そのうちに、景勝からも追加の情報が入ってくるから、分析は難しくなかった。

 

「自衛のために用いるなら、文句は言わんのだがね。こちらへの敵意があるとしたら、下手に扱うと禍根を残しかねんな」

 

 うっかり、思い違いで荒らしてしまった、というのであれば、話は早い。疑いの段階とはいえ、正面から抗議すれば、正直に犯人を処断してくれるかもしれない。そうすれば、この件はおしまいだ。

 だが、意図的にやらかしてくれたとすれば、相手は狡猾にも『馬という資源』を荒事に用いる手合だということになる。

 他所でやる分には、責任の及ぶ範囲で好きにすれば良いのだが、継国家の勢力範囲内にちょっかいを掛けに来た以上、なあなあでは済ませたくない。何より、即応しなければまずい理由もあった。

 

「他所での略奪の際にうちの馬を持ち出して、勝手に『継国家の郎党がやりました』なんてことを吹聴されても迷惑だ。――本当に、面倒なことをやらかしてくれたもんだ」

 

 今のところは平助の勘に過ぎないが、どうにも悪い予感がする。わざと国部村の資源を強奪し、それをわかりやすく伝えてきたとしたら、相手はどんな思惑を持って行動しているのだろう?

 調査も推理も、日常業務の片手間に出来ることではないが、短期間なら代理に仕事を任せてもどうにかなる。組織にそうした冗長性をもたせることも、景勝と平助の役割であった。

 これは昨日今日の話ではなく、巌勝が生まれる前から作られていた構造である。二人の間に極めて高度な情報と認識の共有がなされており、それは今回の件でも変わらない。これもまた、継国家が並の武家とは一線を画する部分であろう。

 

――景勝殿は、俺が求めた情報は、可能な限り与えてくれるお人だ。そこに嘘はないと思えば、やはりどうにも臭い。やはり、ここは直接足を運ばねば、どうにもならんか。

 

 すでに怪しむべき人物や集団については、見当がついている。追い詰めるだけなら容易いが、やけになられても困るものだから、手順が重要だった。

 

「俺が馬鹿にされるくらいなら、まだ耐えられる。だが継国家がゴロツキでも構わず商売する、という悪評が広まっては今後に響く。――馬を売る相手は精査してきたつもりだったが、難しいもんだな」

「……何か、ご懸念でも?」

「巌勝にはまだわからんだろうが、ことは国部村との問題に収まらない。もしかしたら、大事になるかもしれん。――色々と、覚悟を決めておいたほうが良いかもしれんな」

「はい。私にも、覚悟を決めよ……と」

「いや? ただの独り言さ。お前を危険にさらす気はない。――そら緊張ばかりしてないで、俺の後だけを追え。仕事はこれからだぞ?」

 

 平助は今、巌勝を連れて馬を駆り、ほうぼうを巡っていた。あからさまに目立つ行いだが、あえて姿を見せることで、継国家が本気で探っていると周囲に見せつける意図もある。

 継国家の武名は、この上野では有名であり、飾りなどでは決してない。当事者は無視しても、周囲がそれに同調するかは別問題。跡継ぎを連れてきたとなれば、それだけでこちらの本気の度合いは伝わるだろう。

 これで相手から折れてくれるなら、情けをかける余地も生まれるのだが。きっと、そうはなるまい、という無情な予感が平助にはあった。

 

「――うちの事業にケチを付けられたとなると、俺としても取れる手段は少なくなる。苛烈な処置が必要になるかどうかは、相手次第だ。まったく、嫌になる」

 

 悪い予想が正しければ、ことは簡単には収まらぬ。厄介ごとの雰囲気をなんとなく感じつつ、平助は有事に備えねばならなかった。

 ただし今回は、巌勝をつれて、彼に経験を積ませようという意思も、そこには含まれていた。

 平助なりの矜持というか、最後に残された余裕が、そうさせていたとも言える。今日に限れば、まだ強い態度が許される。それを彼は、嗅覚で感じ取っていた。

 だから、あえて巌勝を同行させ――怪しい村に突撃するという強硬策を、平助は選んだのだ。

 

「平助殿が、馬を売った。その馬が、山林荒らしをした集団に、使われている。……それが事実だとして、何が問題なのです? 馬に……善悪などないでしょう」

「そんな馬鹿をやらかす相手に、馬という武力を提供したことが良くないって話だ。……野山の資源は、お互いの領分をわきまえて、計画的に採取する必要があるんだ。それを無視して他所から収奪を行うような、不穏な輩が良馬を利用している。――俺の目の届く範囲内で、そんなことを黙認したら面子に関わるんだよ」

 

 巌勝はまだ子供ゆえ、無知な部分がある。それを実地で教えるのに、今回はいい機会だとも言えるだろう。

 平助は、軽い表情であれこれと解説した。理解は難しくとも、とりあえず頭の中に言葉を詰め込むだけでも十分だ。経験を積ませていけば、自然と体に染み込むようになるだろう。

 肝心の事件解決を思うならば、まずは情報が必要だ。そして情報を集めた後は、いかに行動するかが重要になる。

 相手の出方以上に、自身の権限をどこまで動員するか。そこが肝であった。平助は政治的な事情にまで思いを巡らせていたから、極めて曖昧な言い方しかできなかったのだが――流石に巌勝のような子供では、そこまで考えは至らない。

 情報がとにかく必要である、という判断だけは正しいのだが、いまだ幼い継嗣に過ぎない彼にとって、行動の成否までは判断がつくものではなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 平助は継国家の武官筆頭――と、自らをそのように茶化して言うこともあるが、対外的には景勝の私臣というのが正確なところだった。

 要するに、何かしらの官職だの役柄などを正式に与えられたわけではなく、あくまで継国家の家内の地位として、武官らしい仕事をしているに過ぎない。

 

 ただし、それが意味するところは大きかった。要するに、彼がそれだけの実績と実力があり、周囲から認められているからこそ、武官筆頭を称することが許されているのである。

 その手腕といえば、単純な腕力にはとどまらぬ。人付き合いの巧みさは、その最たるものだろう。特に彼は、実利とは関係なく人と仲良くなり、自分の言質を取らせずに、相手から必要な言葉を引き出す話術にも長けていた。

 

――日々の仕事を共にしている間に、そうした平助殿の才覚を知った。私に、同じことが出来るか? 将来的に、自分がやらねばならぬとしたら、どうか? ……自信は、持てぬ。

 

 仕事を共にする中で、平助の対人能力を目の前で見ながらも、巌勝はこれは真似できない、と正直に負けを認める。しかし同時に、できないままでいることも許されぬ、とも思うのだった。

 そうした気分は顔に出るもので、早々に平助には読み取られている。彼は自身の気負いというものが、他人の目からどう見えるかまでは考えられなかった。

 これは指摘せずばなるまい、と平助が思うほどに、巌勝のそれはわかりやすかったのだ。

 

「やたらと力が入っている様子だが、やるべきことは全部自分でやらねばならぬ、なんて気概は誰のためにもならんぞ。――出来るやつ、任せられるやつに、必要なことをやらせる。そうした仕事の配分をするのも、家長の役目だ。細かな業務も含めて、お前がありとあらゆる全てを差配しなければならない、なんてことはないんだぞ」

「継国家の仕事の範囲は、とても広いではないですか。……一つでも預かり知らぬことが、あったならば。万が一、間が悪く、多くの分野に損害を与えることに……なったならば。それが、継国家を危機に追いやることも、ないとは……言えますまい。なればこそ、己の不足を恥じるのです。今は難しくとも――いずれは、できるようにならねばならぬ、と思うのです」

 

 これからの自分の立場を見据えている巌勝は、どうにも気合が入りすぎるところがあり、己がすべてを背負うのだとばかりに、何でもかんでも気負う傾向がある。そうした雰囲気を察した平助が、固くなった精神をほぐすように、穏やかに語りかけた。

 

「理屈はいちいちもっともだが、一時が万事、気を張ってたら力も尽きる。場合によっては、ぶっ倒れることだってあるだろうよ。――で、当主がそんな風に寝ぼけている間に、もっと大きな問題が起こって、どうしようもないままに滅びる。そうした武家は、いくらだってある」

「――平助殿は、何をおっしゃりたいのか。私では不足である。未熟者は、黙ってみていろと、そう言われるのか……?」

「未熟な子供がどう走り回っても、結果が出る話じゃないってことだ。――継国家には、俺がいる。景勝殿も、俺がいるからこそ、家の武名が発揮できると知っている。その意味を、そろそろ思い知っても良い頃じゃないか?」

 

 だから子どものうちから気に病むことは止めておけ、と。今は、俺のやり方を見ておけ――などと、平助は言うのだ。自身に満ちた態度で言うものだから、巌勝はそれを信じたくなる。

 子供が大人に感じるものとして、無邪気な信頼というものがある。肉親に対して辛くなりがちな感覚だが、近しくも血の繋がらない大人に対して、巌勝は無条件の信頼を感じていた。それはある種の、父への対抗心の発露とも言えるかもしれないが――。

 この場においては、完全に正しい判断であった。とにもかくにも、平助という男は、間違いなく有能であり、信頼に値する大人であったのだから。

 

「さしあたっては、問題の集団がいる所――入部村だな。そちらへの工作が必要になる。まあ、そこまでこじれるとは思わないが、顔を突き合わせて話し合うこと自体が大事だからな」

「勉強させて、いただきます。……平助殿、私は見ておりますので、出来ることがあれば、なんなりと申し付けてください」

「応。将来の主君を使い走れる、貴重な機会だ。利用できる状況が来たら、遠慮なく使ってやる。だから今は、力を抜いておけ。張り詰めた弦は切れやすいってことくらい、お前も知っているだろう?」

「――はい。すると、なるほど。……平助殿は、緊張が必要な有事においても、力の抜き方があるのだ、と。その方法についても、享受してくださる、のですね……?」

「それくらいは、もののついでに教えてもいいが。まずは、あれだな。何でもかんでも、意識して実利とか実用とか――学びを得ようと躍起になることは、止めておけ。必要があれば適宜教えていくつもりだから、まずはいい加減に力を抜いて仕事を流すことを覚えろ。その手の要領の良さとか、融通を効かせる柔軟さを、お前は身につけるべきだな」

 

 巌勝からすれば、いい加減な仕事はしたくないし、力を抜いた状態で、満足な結果を出してこれるのか? そこがわからないものだから、平助の言い様に賛同することは出来ない。

 しかし、あからさまに文句をつけることも、長幼の序を鑑みればやり辛かった。

 年上で、明らかに格上の平助に対し、継嗣に過ぎない己がケチを付けるのは、礼を失している。そう思うものだから、ただ沈黙をもって、平助に従った。

 そして平助の方も、そうした子供らしい反発を察しているものだから、ここは行動によって応えようと思うのだった。

 具体的に言うなら、継国家の武官筆頭を自称する人間が、どれだけ多くのことをこなせるのか。それを見せつけることによって、改めて巌勝の信頼を補強しようと考えるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入部村にならず者がいるとして、では彼らを抱え込んでいる村そのものが、悪党の集団であるとか、特別治安の悪い地域であるとか、そういうわけでは必ずしもない。

 何かしらの後ろめたさがあるにしろ、継国家と正面から殴り合う武力があれば、まどろっこしいことなどせず、自ら覇を競うくらいのことはするだろう。

 それをせずに継国家との交流を行い、交渉の窓口を開いているのだから、その方針が争いではなく協調にあることは明らかだった。

 つまり今回の山林荒らしの件は、意図せぬ下層民の暴走である可能性がある。特に若者は思慮が浅いものだから、よそ者にそそのかされれば、たやすく馬鹿をやらかすことだってあるだろう。

 少なくとも、村の意思決定に関わる長老衆の意思ではあるまいと、平助は考えていた。この考えについては、巌勝も反論しようとは思わない。

 

「それで、巌勝。お前ならどう動く? 入部村は眼の前だが、思いつきでいい。山林を荒らされた落とし前をつけるとしたら、まずどれから手を付けようか」

「……村長に、まずは話をつけます。この村に、怪しい集団がいること。そのゴロツキが、うちの馬を使って……国部村の管轄内の山林を、荒らしたこと。これを伝えて、調査の許可を得ます」

「まあ、正しい。俺もその方針で問題ないと思うが、交渉は水物だ。ひょんなことから物事が解決することもあるし、意外な事実が物事を複雑化させることもある。――ともかく、まずはやってみようか。力に物を言わせるのは簡単だが、継国家は軽率に武力を振り回すような家ではない。名目が出来るまでは、相手に合わせるのも必要なことだと思え」

 

 平助は、一切合切を正面から問いただせるだけの力があるのだろう。初手で相手を威圧する手段を選ばないのは、村長を始めとした入部村の長老衆への気遣いであるといってよい。

 戦時ならばともかく、平時の揉め事であれば、まず交渉から入る。

 平助のような、武と知が釣り合うような人間でなければ、舐められても仕方のないところであろう。

 いかなる交渉であれ、蔑視ではなく敬意を勝ち取れる。なればこそ、彼は継国家の筆頭武官を称するに足る男なのであると、巌勝は今回の件を通して知るのだった。

 

「止まれ! ――平助殿か。この入部村に、何か御用でも?」

「おう、五郎殿。今回は前触れなしの訪問で、すまんな。緊急の要件だ。村長殿は、ご在宅かな?」

「……ああ、いるぞ。見慣れない子供が傍にいるところを見ると、今回は厄介事か? まあ、お前さんの連れなら、礼儀もわきまえているだろう。入れ」

 

 巌勝は会釈だけをして、平助とともに村に入った。流石に平助は顔が売れている。入部村に立ち入る際も、細かなやり取りは必要ないらしい。

 連れの巌勝に対しても、深くは聞かずに安易に通した。彼が連れているのだから、問題ないだろうという信頼がなくては、こうは行かぬ。

 

「平助殿、お久しぶりですな。今回は、どのようなご要件で参られたのかな? 商売の話は、もう少し先のことになると思っていたのじゃが」

「村長殿。此度は急な訪問、申し訳ない。ちと厄介なことが起こりまして――入部村と国部村の関係にも、悪くすれば影響しそうな案件なのです。どうか、お聞きください」

 

 そして村長の家に入り、当の本人と顔を突き合わせるまで、障害らしい障害もなくスルスルと話が進んでいった。

 村長と顔を合わせたときは、流石に無視されることはなかったにしろ、巌勝の紹介についてはあっさりとしたものだった。

 彼自身、名を名乗った後は黙っていただけで、どんどん話が進んでいく。話を聞くに、気安い仲であるらしい。巌勝は、その事実についても感嘆せざるを得なかった。

 

――武力と実務能力を備え、外部から信頼を得る才能も、ある。……なるほど。これは、父が信任するはずだ。

 

 巌勝は、戦国の武家に生まれたものとして、外敵に無防備な村がどれだけ脆いか、知識として理解している。

 平助がその気なら、村の防備を抜けて、村長の命すら奪うことができよう。その事実に、子供ながらに驚愕したのである。

 

「どうしても、確認せねばならぬことが出来ましてな。――入部村と、国部村の境にある山林に、この村の若い衆が立ち入り、無断で草刈りと薪の収集をやっていたらしい。証言の中には、渓流の魚も無断で釣り上げて、持ち帰られたという話もあった。……これは、大事ですぞ」

「ふむ……」

「境界を冒しての燃料の持ち出しと、川魚の密猟。いずれも重罪でありましょう。被害を受けた者としては、泣き寝入りなどありえないとご理解ください」

 

 村長のほうが明らかに年長であるにも関わらず、平助は不躾に要件を述べた。

 慣習や礼法を無視してでも、急がねばならない案件がある。そうした態度を押し通す意思が、彼からは感じられた。

 

「そもそも、山林の渓流の漁と、樹木や草花採取の取り決めは、お互いに前々から厳密な取り決めがあったはず。川魚と野草の乱獲は、地続きである国部村にも大きな影響を与える。――そちらが一方的に破ったのだから、国部村としては落とし前をつけてもらわねば、納得しませんぞ」

 

 村長は、平助の主張を穏やかな表情で聞いていた。それが老獪さなのか、あらかじめ承知したうえでの不敵さであったのか。巌勝には、わからない。

 平助にも、確かにわかるとは言えまい。だから疑いを確信に変えるため、言葉を付け加える。

 

「せめてこれが村長の承認のもとで行われたことであったのか。若い衆が勝手にやらかしたことなのか。それをこの場で明かしてもらいたい。いずれであれ、覚悟も決められるというのもの。――強硬な手段は最後まで取っておきたいが、そちらが不実な態度を貫かれるなら、こちらも考えがありますぞ」

 

 まさか、何も知らぬというわけがあるまい――という態度を、平助は取っていた。

 そして村長もまた、自分が何も知らぬ馬鹿であるなどと、継国家の武官筆頭たる平助の前で公言したくはなかった。

 

「わしの意思ではない。こちらも、先日話を聞いたばかりでな。対応は、これからというところじゃ。……血の気の多い若衆は、農事ばかりに集中できぬらしい」

 

 とんとん、と村長は膝を指で叩く動作をする。平助はそれを確認すると、わずかに眉を上げて反応してみせた。

 何かしらの符丁であろうかと、そばで見ている巌勝は思った。答え合わせはまた別の機会として、平助はここで明らかに態度を変え、柔らかな口調で村長に問いただす。

 

「なるほど、わかりました。……つまりは、若衆の勝手であると?」

「誰がどう、とはまだ言いたくない。素行の悪い連中には、心当たりがある。調査を待っていただきたい」

 

 なんとなく、巌勝にも予想できた答えである。平助も、この点をこの場で深堀りしようとは思わない。

 何かしらの理由があったとしても、誰が聞き耳を立てているかわからない状況で、村長が正直に語るはずもないのだ。だから、彼は実務的な部分をこそ問いただす。

 

「見通しが立っているなら、待つのは良いでしょう。……幾日ほど、必要ですかな?」

「明日の昼前には、村中の意見を聞き、疑わしい者を特定できるじゃろう。皆が皆馬鹿ではないし、長老衆の協議を待つまでもない。わしの独断で、今から動く。それで、納得してくださらんか」

 

 ここまでのやり取りを見る限り、村長よりも、平助のほうが立場が上であるようだった。巌勝の目には、そう見えた。

 継国家の立場が強いのか、武官としての実績がそうさせるのか。最近になって、ようやく家業と直面した巌勝にとっては、判断が難しい。

 その後も細々としたやりとりがあったが、巌勝の目にはそれがどう大事で、なぜ妥当であるのか? 根本まで理解することは出来なかった。ただ見ているだけの時間だったが、雰囲気をつかめただけでも有用であったと思う。

 

「以後、余計なことはさせぬ。ゆえ、そちらも強硬な態度は控えていただきたい」

「下手人の処分については? できれば引き渡してもらいたいので、勝手に首を切られては困るのですな」

 

 背後事情まで把握したい継国家としては、勝手に口封じされるのも面白くなかった。

 単なる気まぐれ、憂さ晴らしのための山林荒らしとも限らぬ。何かしらの意図あっての行動であるとしたら、そそのかした誰かがいるとしたら、これを放置することは出来ない。

 

「過ちを犯したものとて、たやすく殺そうとは思わぬ。しかし恥をさらすようではあるが、入部村は馬の扱いに長けた大人が少ない。引き渡した後の扱いについては、ご考慮いただきたい」

「殺すな、と仰られる。……まあ、結構。そちらにもそちらの事情がありましょう。下手人共が抵抗しない限り、穏便に事を済ませると約束します」

 

 村長は、村民が大事であるらしい。それがどれだけ醜い行いをしていたとしても、生かしてやりたいと考えているのだろうか。

 甘い考えだ、と巌勝にもわかる。だが平助は、この村長の甘さには理由があると考えていた。ただのお人好しに、戦国の世の村を治めることなど出来ないのだから。

 

「うむ、結構。お互いに合意を得られたようで、何より。――これは愚痴のようなものじゃが、わしらから言わせてもらえば、そもそもの元凶は我が村の貧しさにある。貧しいがゆえに、若者ほど収奪に頼ろうとする。そして近くに豊かに見える場所があれば、少しくらいはと思って、掠め取りたくなるのじゃろう。……国部村の豊かさが、周囲からの嫉視を生んでいる。これは、ご理解くだされ」

「――田植えの時期は、ようやく過ぎた頃合いです。しかし入部村の田圃は、いささか寂しいような気がしますな? 植え付ける苗にも不足していれば、周りから収奪もしたくなるものでしょう」

 

 入部村の田畑の様子は、巌勝も見ている。なにげに疑問に思っていたが、国部村と比べて作付面積が少なく、苗も貧弱に見えた。――それは今聞くべきことなのか、とも思ったが。

 しかし改めて考えてみると、去年の実入りが、よほど悪かったのか。食いつなぐだけでも大変なのだろうと、彼も同情した。

 ただし平助は、巌勝ほど能天気に同情してばかりもいられなかった。

 

「必要な分だけいくらでも、とは申しませんが。国部村からも、多少は貸し付けることが出来ます。よろしければ、いくらか提供しましょうか?」

「それには及ばぬ。他所で苗を借りるアテも、一応はある。平助殿に心配される謂れはありませんな」

「左様で。……邪魔をしました。また明日、こちらに。昼過ぎには来るつもりですが、下手人を捕らえておいてくれれば有り難く思います」

「なんとかしておこう。――こちらこそ、思いもかけず、迷惑をかけてしまって申し訳ない。身内の不始末はこちらで抑えておく。景勝殿には、よろしく伝えてくれ」

「ええ、ええ。もちろんです。――では」

 

 もはやこの場に用はないとばかりに、平助は巌勝を連れて村長宅を出ていった。

 巌勝は側にいただけで、一瞥すらされなかった。未熟な彼は、先程の会話を頭の中で反芻して、両者の意図を正確に把握しようと努力するばかりだった。

 そんな巌勝の様子を見て、平助は苦笑した。入部村を出て、人目のないところまで進んでから、彼は言う。

 

「不思議だったか? あれこれと村長と話したが、面白みのない話だったろう?」

「……そこまで薄い話ではなかったと、思いますが……」

「そうでもない。あれくらいのやりとりは、今日日どこでもやっている。今回の件については、明日の方が本番だから、この程度の話し合いで一々疲れてはおれんよ」

「山林荒らしは、あれで結構、重大な約定破りでは……ないのですか? それが、どこでも?」

「国部村の外では、ちょくちょく聞く話だ。それで、そのたびに適当な村人が、ケジメとして首を切られる。まあ、継国家の手の届く範囲では、ちと珍しい類になるが、それはともかく。――好んで語りたい話でもないから、巌勝にはあえて関わらせてこなかったのさ」

 

 だが、これからは違うと平助は言った。武家の仕事の中でも、治安の維持はかなり重要な位置にある。

 そして村落間での揉め事、争い事を調停するには、周囲の環境はもちろんのこと、その村がどうやって生き残ってきたのか。その過程を見ることもまた、大事である。

 

「それから、あの村長の言い分――馬を扱える人材は貴重、というのは事実だ。うちの馬は、結構荒っぽい。時間をかけて慣らさないと、なかなか思い通り動いてくれないからな。その分、力は強くて武人の蛮用に耐えてくれる。入部村にそうした人材がいるなら、なるべく失いたくないんだろう。……身代わりを立ててきても、受け入れてやるくらいの度量が求められているわけだ」

 

 身代わり、と平助は言った。それはつまり、下手人は実際に凶行を行った人物ではなく、適当な相手を差し出して、犠牲にしようというのだろうか。

 罪人はのうのうと生きて、無実の罪を背負って死ぬ者が生まれることになる。それを許してよいのかと、巌勝は問いたかった。

 

「よろしいのですか、それは……」

「ケジメさえつけてしまえば、入部村のことは入部村で決めるべきだ。そうだろう? あちらなりに悩みもあるんだろうし、こちらも変に干渉して藪をつつきたくない。俺の強い態度も、村長の弱気さも、嘘に近い……こう言って伝わるかはわからんが、いわば演技のようなもんだ」

「もしや、密かに事前にやり取りをしていて……今日の振る舞いは、あらかじめ決められていたことだったと?」

「そこまで露骨じゃねぇよ。――まあ、それなりに付き合いのある相手だからな。言葉にしないところで『察してください』と示されたら、『たぶんこういうことなんだろう』で流す。俺の感覚では、村長は嘘はついていないが、知られたら不都合な部分は語らなかった、くらいだな」

 

 話の中で何度か、巌勝には不可解なやり取りが混じっていたことを思い出す。すると、終始立場が上に見えた平助は、実際にはそこまで優位ではなかったということか?

 

「よく、わかりません。……正直、どこまで把握できたものか」

「すべて終わったら、情報を総ざらいして見直す。その時に、必要なら解説でもしてやるさ。――とにかく、こちらの妥協点としては、下手人の確保は一人だけでも構わない。うちに連れ帰って、あれこれと問いただして、情報を絞ればおおよそのことは想像がつくだろうよ。……手間はかかるが、それも後日の課題としておこうか」

「……なんとも、難しいもの、ですね」

「難しく考えるなよ。俺の想像が正しいとは限らんし、誰もが己の思惑を持っている。不安に思うくらいなら、開き直って何も考えないで行き当たりばったりに生きるのも、それはそれで一つの手段だと思うぞ。――考えることは、部下に任せる。それもまた、上司の度量ってやつさ」

 

 だとしても、巌勝はそんな脳天気な生き方はしたくなかった。武家の継嗣にふさわしい、懸命な道を歩きたかった。

 そして、この件が解決する頃には、そうした真っ直ぐな生き方がどれだけ難しいことか、改めて理解するようになるのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 国部村に帰り、平助は巌勝と別れた。彼は継嗣なりにまだまだ勉強することがあり、月舟禅師からの課題も、最近は増えた様子だった。

 子供には子供らしい苦労がある。そう思えば微笑ましいのだが、翻って己を鑑みれば、現実的な問題に立ち向かわねばならなかった。

 

――入部村の村長は、大事になることを望んでいない。しかし、現状に不満があるのは紛れもない事実。そして、我が継国家に含むところがあるという。……さて。景勝殿はどう判断するかね。

 

 平助は景勝に報告するため、その私室に立ち寄る。個人的に懸念するところはあるが、当主の判断を仰ぎたい部分もあった。明日の昼に全てが解決するならば、そこまで難しく考えることではないのだが――。

 入部村の村長との話し合いについて、平助は景勝に報告した。重々しい表情で、うなずきながら景勝は報告を聞き、全ての情報を頭の中で精査するのに数呼吸。

 そして平助を睨むような目で見た後、口を開いだ。

 

「平助。巌勝を連れて行ったことは、良いとしても。供回りを連れずに二人で行くのは、軽率だったのではないか? 最悪巌勝を人質に取られて、脅迫されたかもしれんのだぞ」

「多少は付き合いのある連中なんで。そこまで強硬に迫られるとは思ってませんでした。あんまり大勢で行くと警戒されますし――そこまで追い詰められてるなら、なんとなく雰囲気でわかります。十数人くらいなら、俺一人でどうにか片付けられる範囲ですし、村としても働き手を失いたくはないはず。俺の力量を知っている村長なら、かえって強硬な手段は取りにくいと思ったんですよ」

「だから、巌勝に場数を踏ませることを選んだ、と。――お前でなければ、許さぬところだったぞ。まあ、過ぎたことは責めまい。村長から発言を引き出したことを思えば、むしろ良くやったというべきだろうな。あれも、何かしらの役には立ったのだろう」

 

 ここで景勝は、唐突に巌勝を褒めた。いや、褒めたと言うには言葉が足りぬかもしれない。

 しかし、景勝の不器用さを思えば、これが彼なりの称賛の仕方なのだろうと、平助は理解していた。だから、あえて踏み込むように言う。

 

「一応断っておきますが、巌勝自身が何かを言ったとか、やったというわけではありませんよ。子供が一人いれば、雰囲気が多少は柔らかくなるところはありますが、本当にそれだけです。経験を積ませるためだけに、連れて行ったまでです」

「巌勝は、その場にいただけでも役目を果たしていた。継国の跡継ぎは、最近になってお前に連れ出されることが増えた。近隣の村長ならば、その目的などを勝手に深読みし、当たりをつけて推測するくらいはしているだろう。――そして、ああした場に連れてきて、発言させるでもなくただ居ること。そこに不気味さを感じて、一種の威圧として機能していたことは間違いない」

 

 入部村の村長は、それくらいには耳も早く、鼻も聞く手合だと景勝は付け加えた。

 半端に賢しいからこそ、余計なことまで頭を回して、口元がおろそかになる。平助は意図してやったとは言わないが、景勝はそこまで評価した。

 

「ははあ、物は言いようですな。……巌勝はまだ、政治を理解できる齢ではありませんが、今は場数が大事です。それさえご理解いただいているなら、自分としては十分だと考えます」

「――ともかく、よくやった。入部村の背後には、お前も聞き知った家がいる。今回の件はおそらく偶発的なものだが、これを奇貨として交渉に臨みたい。穏便に済ませられるならそれが一番だが、さて明日はどうなるかな」

 

 景勝は、いきなり多量の情報を放出してきた。前提となる知識を持つ平助でなければ、すぐについていくことは出来なかったろう。

 

「……他家の話ですか。こちらからすれば入部村は近隣ですが、その某家にとってはどうでしょう。わざわざ手を伸ばす理由がありましたかね?」

「ふむ。語ってもよいのだが、明日の交渉に影響が出ても困る。……今は、匂わせるだけにしておこうか。そのほうが、気も引き締まろう。詳細は、入部村から帰ってきてから話す。それで良いな?」

「――おおせのままに。俺からの要件は、以上です」

「そうか。では、明日に備えよ。――次も巌勝を伴うかどうかは、改めて考えるように。お前があえて連れていきたいというのであれば、もう止めんよ」

 

 それだけを言って、景勝は平助に退室を促した。平助には未だ疑問があったが、景勝に語る気がない以上、追求する気にもなれなかった。

 意味深な発言もそうだが、巌勝を連れて行くことを容認するような発言に違和感を覚える。鉄火場になる確率は、今日よりも明日の方が大きい。今日までならば、安全であろうという見込みが平助にはあったのだが、明日はそうとは限らない。

 入部村の長老衆が、山林を荒らした若衆を抑えられるかどうか。それ次第では、難しい展開になる。手勢を連れて行くことさえ、彼は検討していた。

 そんな中、巌勝の面倒を見れるかどうか。いささか以上に難しく思っていたから、平助は明日は同行させず、帰ってから結果だけを伝えるつもりだった。しかし――。

 

――景勝殿は、むしろ今日行ってほしくなかった。明日なら、むしろ許容できた。そう言い切れる、何かしらの情報を掴んでいるのではないか――?

 

 隠し事をしているからと言って、不信を抱くわけではない。その程度で失うような信頼関係ではないのだから、この場合は巌勝への教育方針をどこに持っていくか。その解釈の問題になる。

 

――よし、行くか。最悪、俺が命を捨てれば済む話だ。

 

 とはいえ、現状は平助に丸投げされているようなものだから、自身の決断が全てであった。

 命がけの仕事など、武家にとってはいつものことである。畳の上で死ぬことを望むなど、とんでもない贅沢だとわきまえても居る。

 この命にかけて、巌勝は必ず守ると決心できるのならば、鉄火場を経験させるのも教育のうちだろう。

 巌勝の才覚、感性は、この程度で潰れるほど脆くはないという確信もあった。平助が決断できたのは、まさに巌勝がこれまで重ねてきた実績が、後押しした結果である。

 こちらから勧めたならば、本人は断るまい。明日の入部村で、何が起こるかはわからない。交渉だけで穏便に済むのか、何かしらの衝突が起きるのか。

 いずれにせよ、武家のものとして良い経験になるだろう。巌勝は、継嗣として正しい道を歩んでいる。景勝も、それを望んでいるはずだと、平助は思った。

 

 継国家から消えた縁壱が、今どこで何をやっているのか。そんなことはもう、平助の頭の中からは消えていた。

 巌勝もまた、経験を積むことに一生懸命で、遠く離れた身内のことを、いつまでも気にしては居られなかった。将来のことなど、誰にもわかるわけはなかったのだ――。

 




 あんまり余計なことを書くのもどうかな、という気分になりましたので、今後は前書きとか後書きについても、なるべく省略していこうかと思います。

 あるいは、そこまで気を回す余裕が筆者から失われている、というだけなのかもしれませんが。

 とにかく毎回、目を通してくださっている読者の皆様方には、感謝しております。
 よろしければ、また次回の投稿でお会いしましょう。では、また。

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